143 :「潮風の消える海に」1:2010/08/15(日) 13:22:21 ID:9HvnSm+O0
――神奈川県の鶴見区に広がる、湾岸工業地帯。
主人公・宮地進は、地元でもハイレベルの進学校に通う学生だが、複雑で息苦しい家庭環境と、将来に夢も目標も見いだせない現状に悩まされ、
鬱屈した日々を送っていた。

そんな夏のある日、学校をサボって鶴見線の終点、海芝浦駅に足を向けた進は、そこで同年代の少年・東上浩介と出会う。
明るく陽気な浩介は、ホームから見渡せるドン詰まりの海を眺めながら、「この海の向こうへ行ってみないか?」と言う。
それは、沈んでいるヨットを引き上げ、修理して、海の向こうへ旅に出るという計画だった。
夢物語としか思えない話に半ば呆れながらも、浩介の、自由で、かつ自信に溢れた姿に惹かれ、進は誘いに乗る事にする。

そして2人は、工場敷地の水路に沈んだヨットを引き上げる算段に取り掛かるが、途中、高級外車が敷地内に停まって、中で騒ぎが起きているのを目にする。
アベックの男が、女を連れ込んで強引にHを迫っているのだろうと判断して、2人で協力して車から女の子を助け出す。
女の子は、お嬢様風の美少女だったが、顔に似合わず強気な性格で、辛辣な物言いをする少女だった。
助けて貰ったにも拘らず、憎まれ口を叩く彼女――榎田美潮に、進は腹を立て、その場で彼女を水路に蹴り落とす。
美潮も負けじとやり返し、その場はケンカ別れとなった。


144 :「潮風の消える海に」2:2010/08/15(日) 13:23:20 ID:9HvnSm+O0

計画を実行に移すべく、行動を始める進と浩介。
一方、美潮は2人に興味を抱き、周囲をうろついたり、悪戯を仕掛けたりといった行動を繰り返すようになる。
そんな美潮の相手をする内、偶然から美潮のクラスメイト、椎木莉佳子と知り合う進。しかも莉佳子は浩介とも知り合い(緩やかな幼馴染関係)だった。
旧知の縁という事で、莉佳子はヨット計画に一枚噛む。それを見て、何故か面白くなさそうな美潮。

しかしある日、苦労して引き上げた筈のヨットが消えてしまう。
美潮の悪ふざけだと早合点した進は、彼女の家に押しかけ、両親の見ている前、玄関先で彼女を殴ってしまう。
以降、美潮は姿を見せなくなり、絶交状態となる。浩介らに諌められ、自分の早合点に気付いた進は、夏休みの終わりに謝りに行く。
ばつが悪そうに謝罪する進に、美潮は不機嫌な態度を見せるが、慰謝料として進に10万円と菓子折を要求してきた。
実はそれは、ヨットを取り戻す為のものだった。ヨットは工場の警備員に見つかり、保管施設に放り込まれていたのだった。

「あたしが取り戻したんだから、このヨットの所有権は、あたしに有るわよね」と宣言する美潮。
以降、おおっぴらに修復作業に参加するようになるのだった。


146 :「潮風の消える海に」3:2010/08/15(日) 14:02:47 ID:9HvnSm+O0
2年目の夏。
ヨットの修理はほぼ終わり、皆は船を乗りこなす為の、操船技術の習得に力を入れていた。
進と美潮は、相変わらず軽口を叩き合うような仲だったが、練習の合間に、海で一緒に遊んだりするようになった。

そんな日々の中、進は、美潮が母親の再婚で、榎田家に入ったのだという事情を知る事になる。
一方美潮も、進の家は両親が離婚し、母親は既に別所で再婚している事。さらに進自身は、母親と別の愛人の子供で、父と血が繋がっていない事などを知る。
父子2人きり、しかもどこか冷淡で、よそよそしい父親との関係に、進は悩んでいたのだった。

お互いの事情への理解を深めていく2人だったが、台風が接近したある日、進は工場敷地の内に、いつかと同じ高級外車が停まっているのを目撃する。
嫌な予感に駆られて確認すると、車内ではあの時と同じように、美潮が男に迫られていた。
強引に彼女を助け出した進は、消沈する美潮から事情を聞く。
男は、義父の取引先の関係者で、義父が決めた婚約者なのだという事。初めて会った時も、デートと称して連れ出され、迫られていたのだという事――。
ショックを受ける進だったが、話しているうち、自暴自棄になった美潮は、ヨットで嵐の海に出ようとする。
必死で押し留める進は、「なんでも言う事を聞く」と言ってしまう。それに対して、遊びに連れて行ってと言う美潮。
結局、デートのような約束をしてしまう。

海辺のレジャー施設(ショップやレストランが集まった所。多分横浜の「みなとみらい」辺り)でデートをする2人。
嫌な思いを払拭するように楽しむ美潮に、進は自分も楽しみつつも、安堵する。そして、自分が美潮に惹かれている事を自覚する。
レストランで夕食を摂りながら、「親父さんたちとキチンと話し合った方がいい」と言う進。
しかし美潮は、穏やかな表情のまま、どこか自虐的な調子で語り始める。
――近いうちに結婚式を挙げる手筈が、着々と整ってきている事。今回のデートは、いわば最後のワガママみたいなものだという事。
全てが手遅れな状況に、言葉を失う進。――美潮が他の男の物になるという事を意識して、胸が焼けるような気持ちを味わう。


147 :「潮風の消える海に」4:2010/08/15(日) 14:05:47 ID:9HvnSm+O0

暗澹とした気持ちで帰ろうとする進だったが、美潮はそんな彼を呼びとめる。
「男と女がデートして、食事だけして、はいさよなら、で終わると思ったわけ? ……期待、してたんじゃないの?」
美潮に先導される形で、気が付くと、進はラブホテルに連れ込まれていた。
「あの人(婚約者)がどういう人間か、知ってるでしょ。あたしが今まで、何もされてこなかったと思ってる?」
挑発的な言葉に、怒りと嫉妬を掻き立てられる進。いざという段になって怯みだす美潮を、強引に奪ってしまう。

しかし事後、シーツに残った赤い染みに、愕然とする進。
挑発的な言葉を投げていたが、美潮は処女だったのだ。
「あんな人に奪われるぐらいなら、あんたが良かった」と告げる美潮。
進は痛ましさに胸をふさがれ、何も言えなくなってしまう。

別れ際、美潮は一つ尋ねる。――レストランでの話は、単に友達として案じてくれたからなのかと。
今さら自分の気持ちを告げる事は出来ないと、進は「そうだ」と答えてしまう。
「あたしの勘違いだったみたいねっ!」と泣き叫び、走り去る美潮。
そして、それ以来、美潮は姿を見せなくなった――。

(続く)


148 :「潮風の消える海に」5:2010/08/15(日) 14:44:23 ID:9HvnSm+O0

3年目の夏が来た。
美潮が姿を消したまま、進、浩介、莉佳子の3人だけで、計画は進められていた。
浩介と莉佳子は、互いに名前を呼び捨てにする間柄になっていたが、仲の良い恋人同士――というわけでもなく、微妙な関係のようだった。
ある日、進は莉佳子から、近所の神社で開かれる夏祭に誘われる。
実はこの夏祭、彼女たちの学校(ミッション系女子高)で、恋人のお披露目式のような場となっていた。
女友達に向かって、思わせぶりな態度で進を紹介する莉佳子。
「どういうつもりだ?」といぶかしむ進に、莉佳子は、宙ぶらりんの関係を終わらせたいのだと答える。
美潮を意識して、微かに動揺を覚えながら、「浩介はいいのか」と尋ねる進。莉佳子は、「浩介に甲斐性があったら、苦労してない」とこぼす。
そして流れのまま、2人は唇を合わせるが、全く感情が灯らない事を確認する。結局、お互いに、気になる相手は別にいるのだと自覚するのだった。

数日後、進が工場敷地に行くと、そこに1年ぶりに、髪を短く切り落とした美潮が姿を現した。
憎まれ口こそ相変わらずなものの、かつての勝気さが影を潜め、大人しげでばつの悪そうな美潮の姿に、進は戸惑う。
あれから婚約者とどうなったのか――気が気でない進だったが、どうやらあれ以来、良くも悪くも進展は無いようだった。
話しているうちに元気を取り戻し、莉佳子との事で嫉妬を見せたりもする美潮。
浩介と莉佳子に謝り、再び仲間同士、4人でやっていく事になる。


149 :「潮風の消える海に」6:2010/08/15(日) 14:46:29 ID:9HvnSm+O0

やがて計画も大詰めに入り、4人は最後の問題に突き当たる。
ヨットで旅が出来るのは2人まで。誰と誰が行き、誰と誰が残るのか――。
家庭環境に苦しんできた進を知る美潮は、進が行く事を望んでいた(恐らく、自分と進が、一緒に親元を捨てて行く事を望んでいた)。
しかし、冷淡ではあっても自分をここまで育ててくれた父親を裏切る事は出来ないと、進は残る事を表明。
義父や婚約者との確執に悩む美潮こそ、行くべきだと主張する。
裏切られたようなショックを受け、美潮は逆上するが、考え込んだ後、分かったと言って、去っていった。

そして、決行の日――その夕方。
進は、2年前のあの日と同じように、海芝浦のホームに一人で佇んでいた。
未練と痛みを振り切れず、煙草で自分を誤魔化しながら、思わず美潮の名を呟いてしまう進。――すると、その声に返事があった。
「あたし、煙草臭いキスって嫌いなの。これからはやめてよね」
平然とした顔で現れた美潮は、自分も権利を譲ったのだと、何でもないように言う。
口論を始めながらも、徐々に互いの想いが滲みだす2人。
初めて会った時――海に蹴り落とされた時から、進の事が好きになり始めていたと告白する美潮。
「愛してるって言わせてみせる!」と叫び、進を海に投げ落とし、自分も後から飛び込んでくる。
胸の奥のわだかまりを洗い落としたように、2人は素直な気持ちで、互いの想いを確認し合うのだった。


150 :「潮風の消える海に」7:2010/08/15(日) 14:49:32 ID:9HvnSm+O0

互いの気持ちを確認した2人だったが、付き合う為には、婚約者という最後の問題を解決する必要があった。
美潮は、弁護士を職業にしている、進の父に相談する事を思いつく。
父は、結婚可能年齢の異なる国に移住する事、先に誰かと結婚してしまう事など、次々と極端な解決法を提示する。
しかし最後に穏やかな調子で、「まず最初に、やっておく事があるのではないかな?」と言う。
「親に自分の意思を伝える事も出来ないような、箱入りのお嬢様に、大切な息子はやれないよ」と諭す父親。
冷淡で不器用な態度ではあったが、父は父なりに、進の事を考えてくれてたのだった。

その日、美潮は進の家に泊まり、2人は2度目の情事を行う。
――1年前のラブホテル代は、美潮がその為にバイトして、自分で貯めたお金で出した事。
――あれから婚約者から迫られる事もあったが、全力で拒んできた事。
そんなことを告白したりして、美潮は進に、想いの丈をぶつけながら、体を開くのだった。

翌日、美潮と進は、連れだって美潮の家に向かう。
是が非でも婚約を破棄すると息巻く美潮に、最初は驚く両親だったが、進との関係を知って納得。婚約は破棄される事となった。

一方、旅に出た筈の浩介と莉佳子だったが、東京湾を出るか出ないかという辺りから、海上保安庁の巡視船に追いかけられたり、
外洋を渡る装備も、事前申請の類も無しに海をさまよったりで、すぐに捕まって連れ戻されていたのだった。
苦笑いする浩介と莉佳子に、進も苦笑を禁じ得なかった。
(語られてはいないが、浩介と莉佳子の雰囲気も、少し穏やかになっていたようなので、何かあったのだろうと思われる)

――数ヵ月後。
進学など、それぞれの進路に進んでいた4人だったが、再び浩介からの呼び出しを受け、湾岸の埠頭に出向く事になる。
そこで浩介が示したのは、またも沈んだヨット――しかも今度は小型船ではなく、船室を備えたクルーザーだった。
今度こそ海を渡ろうと言い放つ浩介。
呆れ笑いながら、進は浩介を海に蹴り落とすが、直後、美潮が進を、そして莉佳子を落とし、自分も飛び込む。
4人で笑い合いながら、進は、今度は何年がかりの計画になるのだろうと、未来に思いを馳せるのだった。

終わり

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