南京大虐殺に関する論争の解説と検証

 国際法学者の佐藤和男は、『正論』(産経新聞社)2001年3月号にて、「南京事件と戦時国際法」という文章を書いている。その中で、1949年ジュネーブ第3条約(捕虜条約)第5条について、下記のような文章を書いている。
 第二次世界大戦の経験に鑑みて、一九二九年捕虜条約をさらに大幅に改善し拡大した一九四九年のジュネーブ第三条約(捕虜の待遇に関する条約)の第五条は、「本条約は、第四条に掲げる者〔捕虜の待遇を受ける資格のある者〕に対し、それらの者が 敵の権力内に陥った時から最終的に解放され、且つ送還される時までの間、適用する」、「交戦行為を行って敵の手中に陥った者が第四条に掲げる部類の一に属するか否かについて疑いが生じた場合には 、その者は、その地位が権限のある裁判所によって決定されるまでの間、本条約の保護を享有する」と規定している。
 一九四九年捕虜条約は、一九二〇〜三〇代の捕虜に関する国際法規に比較して飛躍的に進歩した内容を示していて、もちろん支那事変当時の関連諸問題に直接影響を与えるものではないが、少なくとも右の第五条に見られる「敵の手中に陥った者」のことごとくが「敵の権力内に陥った者」(捕獲国から国際法上の捕虜としての待遇を保証された者)とは限らないことを示唆している点において、注目に値しよう。
佐藤和男「南京事件と戦時国際法」p.312 (『正論』2001年3月号、産経新聞社)

  佐藤は、「敵の権力内に陥った者」を「捕獲国から国際法上の捕虜としての待遇を保証された者」と定義付けているが、これは明らかにおかしい。
 なぜならば、「捕獲国から国際法上の捕虜としての待遇を保証された者」は、第5条前段でも、「本条約は、第四条に掲げる者に対し、それらの者が敵の権力内に陥った時から、(略)適用する」と書かれている
 つまり、その条件として、下記2つの条件を必要としている。
‖荵余鬚坊任欧觴圈並4条A項 交戦者6類型、B項 占領地・中立国の軍要員)
敵の権力内に陥った者
 したがって、△里澆両魴錣如嵎甞郵颪ら国際法上の捕虜としての待遇を保証された者」となるわけではない。

 そして、第5条後段では、「交戦行為を行って敵の手中に陥った者」のうち、上述の,両魴錣傍慎舛生じた場合、「その地位が権限のある裁判所によって決定されるまでの間、本条約の保護を享有する」と言うのであるから、「敵の手中に陥った者」がことごとく捕虜となるのではないことは、そもそも明白だろう。
 これは、上述の△両魴錣任△襦崚┐慮⇔脇發亡戮辰拭彈圓里Δ繊↓,両魴錣傍慎舛生じた場合を論じているのである。
 であれば、△両魴錣諒幻澄崚┐慮⇔脇發亡戮辰深圈廚函崚┐亮蠱罎亡戮辰深圈廚蓮同じ意味で使われていることになる。


「権力」の意味


 そもそも「敵の権力内に陥った者」とはどういう意味なのかを考えてみたい。辞書では「権力」を下記の通りとなる。
デジタル大辞泉の解説
けん‐りょく【権力】
他人を強制し服従させる力。特に国家や政府などがもつ、国民に対する強制力。「権力を振るう」「権力者」

 この辞典の意味を用いて「敵の権力内に陥った者」を言い表すならば、”敵を強制し服従させる力の中に陥った者”というところだろう。
 このような状態は、もちろん捕虜の状態に該当することは間違いないが、捕虜以外であっても、交戦下の敵軍に捕まったすべての者が「敵の権力内に陥った者」と言えるだろう。

足立純夫による解説


 次に足立純夫が、同条文を解説しているので紹介したい。
足立純夫『現代戦争法規論』p.187
 前記の部類のいずれかに属する者が捕虜となるための条件は、それらの者が敵の権力内に陥ることである。この意味は、交戦者が自己の全く自由意思によることなく、自己の力の及ばない実力のために相手方の権力内に陥るに至ったことをいう。従って、一方の交戦国の国民が相手交戦国側に脱出し又は亡命した場合には、相手方から捕虜の待遇を受けることはない。しかし、いわゆる軍刑法にいう逃亡者は捕虜になる。また、敵の権力内に陥るとは、敵国交戦者に捕獲された場合に限らず、敵国の警察、民間防衛機関又は文民により捕獲され又はそれらの者に対して投降した場合は、敵の権力内に陥ったものとする。
 戦場で捕獲した敵の要員は一応すべて捕虜とするが、それらの者のうち捕虜たる資格について疑義のある者、例えば交戦行為を行ったため又は交戦者を援助する目的で敵対行為に従事していたため捕獲されたが、捕虜たる資格を享有するとは思われない者。或いはその他の理由により捕虜たる待遇の享有を主張するがその資格に疑義のある者は後送の後、権限のある裁判所の決定に付なければならない(第5条第2項)。

 足立の説明では、「敵の権力内に陥ること」の意味として「自己の全く自由意思によることなく、自己の力の及ばない実力のある相手方の権力内に陥るに至ったこと」という。
 この内容は、上述のデジタル大辞泉で補った「敵の権力内に陥った者」を詳細化した内容と言えるだろう。
 「自己の全く自由意思によることなく、自己の力の及ばない実力のある相手方の権力内に陥るに至った(者)」とは、何も捕虜資格のある者とは限らず、先に示した通り、交戦下の敵軍に捕まったすべての者がこの状態に該当する。

まとめ


 以上、見てきたように、「敵の権力内に陥った者」とは、佐藤が言うような「捕獲国から国際法上の捕虜としての待遇を保証された者」という狭小な意味を持った語句ではなく、「自己の全く自由意思によることなく、自己の力の及ばない実力のある相手方の権力内に陥るに至った(者)」という非常に広範囲の意味を持った語句であることが分かる。
 また、第5条の「敵の権力内に陥った者」と「敵の手中に陥った者」は、同義の語句であることが確認できた。
 以上のことは、日本政府が採用しているジュネーブ条約第3条約第5条の訳文においても「having fallen into the hands of the enemy」を「敵の権力内に陥った者」としている事実からも、この結論を裏付けているといえる。

参考資料

捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第三条約)


https://www.mod.go.jp/j/presiding/treaty/geneva/ge...

第四条〔捕虜〕
A この条約において捕虜とは、次の部類の一に属する者で敵の権力内に陥ったものをいう。
(1) 紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊又は義勇隊の構成員
(2) 紛争当事国に属するその他の民兵隊及び義勇隊の構成員(組織的抵抗運動団体の構成員を含む。)で、その領域が占領されているかどうかを問わず、その領域の内外で行動するもの。但し、それらの民兵隊又は義勇隊(組織的抵抗運動団体を含む。)は、次の条件を満たすものでなければならない。
 (a) 部下について責任を負う一人の者が指揮していること。
 (b) 遠方から認識することができる固着の特殊標章を有すること。
 (c) 公然と武器を携行していること。
 (d) 戦争の法規及び慣例に従って行動していること。
(3) 正規の軍隊の構成員で、抑留国が承認していない政府又は当局に忠誠を誓ったもの
(4) 実際には軍隊の構成員でないが軍隊に随伴する者、たとえば、文民たる軍用航空機の乗組員従軍記者、需品供給者、労務隊員又は軍隊の福利機関の構成員等。但し、それらの者がその随伴する軍隊の認可を受けている場合に限る。このため、当該軍隊は、それらの者に附属書のひな型と同様の身分証明書を発給しなければならない。
(5) 紛争当事国の商船の乗組員(船長、水先人及び見習員を含む。)及び民間航空機の乗組員で、国際法の他のいかなる規定によっても一層有利な待遇の利益を享有することがないもの
(6) 占領されていない領域の住民で、敵の接近に当り、正規の軍隊を編成する時日がなく、侵入する軍隊に抵抗するために自発的に武器を執るもの。但し、それらの者が公然と武器を携行し、且つ、戦争の法規及び慣例を尊重する場合に限る。

B 次の者も、また、この条約に基いて捕虜として待遇しなければならない。
(1) 被占領国の軍隊に所属する者又は当該軍隊に所属していた者で、特に戦闘に従事している所属軍隊に復帰しようとして失敗した場合又は抑留の目的でされる召喚に応じなかった場合に当該軍隊への所属を理由として占領国が抑留することを必要と認めるもの。その占領国が、その者を捕虜とした後、その占領する領域外で敵対行為が行われていた間にその者を解放したかどうかを問わない。
(2) 本条に掲げる部類の一に属する者で、中立国又は非交戦国が自国の領域内に収容しており、且つ、その国が国際法に基いて抑留することを要求されるもの。但し、それらの者に対しては、その国がそれらの者に与えることを適当と認める一層有利な待遇を与えることを妨げるものではなく、また、第八条、第十条、第十五条、第三十条第五項、第五十八条から第六十七条まで、第九十二条及び第百二十六条の規定並びに、紛争当事国と前記の中立国又は非交戦国との間に外交関係があるときは、この条約の利益保護国に関する規定を適用しないものとする。前記の外交関係がある場合には、それらの者が属する紛争当事国は、それらの者に対し、この条約で規定する利益保護国の任務を行うことを認められる。但し、当該紛争当事国が外交上及び領事業務上の慣習及び条約に従って通常行う任務を行うことを妨げない。

C 本条は、この条約の第三十三条に規定する衛生要員及び宗教要員の地位に何らの影響を及ぼすものではない。

第五条〔適用の始期及び終期〕
 この条約は、第四条に掲げる者に対し、それらの者が敵の権力内に陥った時から最終的に解放され、且つ、送還される時までの間、適用する。
 交戦行為を行って敵の権力内に陥った者が第四条に掲げる部類の一に属するかどうかについて疑が生じた場合には、その者は、その地位が権限のある裁判所によって決定されるまでの間、この条約の保護を享有する。

Convention (III) relative to the Treatment of Prisoners of War. Geneva, 12 August 1949.


https://ihl-databases.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/...

Art 4.
A. Prisoners of war, in the sense of the present Convention, are persons belonging to one of the following categories, who have fallen into the power of the enemy:
(1) Members of the armed forces of a Party to the conflict, as well as members of militias or volunteer corps forming part of such armed forces.
(2) Members of other militias and members of other volunteer corps, including those of organized resistance movements, belonging to a Party to the conflict and operating in or outside their own territory, even if this territory is occupied, provided that such militias or volunteer corps, including such organized resistance movements, fulfil the following conditions:
(a) that of being commanded by a person responsible for his subordinates;
(b) that of having a fixed distinctive sign recognizable at a distance;
(c) that of carrying arms openly;
(d) that of conducting their operations in accordance with the laws and customs of war.
(3) Members of regular armed forces who profess allegiance to a government or an authority not recognized by the Detaining Power.
(4) Persons who accompany the armed forces without actually being members thereof, such as civilian members of military aircraft crews, war correspondents, supply contractors, members of labour units or of services responsible for the welfare of the armed forces, provided that they have received authorization, from the armed forces which they accompany, who shall provide them for that purpose with an identity card similar to the annexed model.
(5) Members of crews, including masters, pilots and apprentices, of the merchant marine and the crews of civil aircraft of the Parties to the conflict, who do not benefit by more favourable treatment under any other provisions of international law.
(6) Inhabitants of a non-occupied territory, who on the approach of the enemy spontaneously take up arms to resist the invading forces, without having had time to form themselves into regular armed units, provided they carry arms openly and respect the laws and customs of war.

B. The following shall likewise be treated as prisoners of war under the present Convention:
(1) Persons belonging, or having belonged, to the armed forces of the occupied country, if the occupying Power considers it necessary by reason of such allegiance to intern them, even though it has originally liberated them while hostilities were going on outside the territory it occupies, in particular where such persons have made an unsuccessful attempt to rejoin the armed forces to which they belong and which are engaged in combat, or where they fail to comply with a summons made to them with a view to internment.
(2) The persons belonging to one of the categories enumerated in the present Article, who have been received by neutral or non-belligerent Powers on their territory and whom these Powers are required to intern under international law, without prejudice to any more favourable treatment which these Powers may choose to give and with the exception of Articles 8, 10, 15, 30, fifth paragraph, 58-67, 92, 126 and, where diplomatic relations exist between the Parties to the conflict and the neutral or non-belligerent Power concerned, those Articles concerning the Protecting Power. Where such diplomatic relations exist, the Parties to a conflict on whom these persons depend shall be allowed to perform towards them the functions of a Protecting Power as provided in the present Convention, without prejudice to the functions which these Parties normally exercise in conformity with diplomatic and consular usage and treaties.

C. This Article shall in no way affect the status of medical personnel and chaplains as provided for in Article 33 of the present Convention.

Art 5.
The present Convention shall apply to the persons referred to in Article 4 from the time they fall into the power of the enemy and until their final release and repatriation.
Should any doubt arise as to whether persons, having committed a belligerent act and having fallen into the hands of the enemy, belong to any of the categories enumerated in Article 4, such persons shall enjoy the protection of the present Convention until such time as their status has been determined by a competent tribunal.

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