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一粒

■一粒■

私としたことが、朝ごはんを食べてから気付いた。
梨花の着るものが無い。
目の前で不器用なフォークの持ち方をするこの子は、
一応十六歳の、年頃の娘だ。
十二歳ぐらいからまったく成長していないように見えても、
やっぱり背は伸びてるし、顔つきも大人っぽくなった。

つまりは、お洋服にお金をかける年頃、ということだ。
別に周囲の異性を魅了する必要は無いけども、
町を歩いていて恥ずかしいような格好をさせるのは駄目。
この子を「ちゃんとした子」にする、というのは私の命題だ。
……それが、両親の居ないこの子に対する、私自身の償いだから。

「どうしたの? 鷹野? 難しい顔して」
にやー、っと両手であごを支えて、
テーブルの向こうからこちらを見る梨花は、
ボロを着てたって可愛いとは思う。
早速親馬鹿か、と思ってみたものの、
この子は私のことを、親みたいな存在だとは思っていないだろう。
昨日の夜したことを考えれば……

ああ、とため息をついてうなだれる。
すると、突然私の髪の毛に手が触れた。
「かわいそかわいそです」
言葉とは裏腹に、私を見下すような目。
クールになれ、田無美代子。
そう、私はもう田無なのだ。
鷹野と呼ばれて否定はしないけども、
今の私は隣の奥様からも「田無さん」と呼ばれるほどの、
完璧な田無さんぶりなのだ。
「ありがと、梨花ちゃん」
にっこりと笑顔を返す。
大丈夫、私は大人だ。

「梨花ちゃん、家に服、取りに行く? ほかのものはうちにあっても、
梨花ちゃん用の服は無いから……」
「じゃあ、プレゼントしてよ、鷹野が」
落ち着け、落ち着いて、鷹野、じゃない、
田無美代子! この子は私が育てるの!
いい? これは絶対だから。

「そ、そうね、じゃあ買いに行きましょうか」
まだまだにっこり、笑顔を返す。
大丈夫……大丈夫……
「そうだ、最近県庁の近くに大きなショッピングモールが出来たって言うじゃない?
そこに言ってみない?」
近くの古着屋で買おうとしていた私の計算が、
たった一言で崩れ去ってしまった。
「そ、そう……でも、近くにも素敵なお洋服屋さんがあるのよ?」
主婦志望の私として、たった一言でやめるわけにはいかない。
無駄な抵抗だとは分かりつつも、田舎くささが爆発した古着屋に誘導してしまう。
「駄目……なの?」
野良猫は人間がどう鳴いたらご飯をくれるか分かっているという。
獲物を狩ることの無くなった猫たちが編み出した、一つの新しい技。
この子はそれを持っているに違いない。
そういうことにしてほしい。
わたしは、一言小さなうめきをあげて、承諾することにした。

この田舎において、車というのは生活必需品だったりする。
都会のように電車網は発達していないし、
輿宮にはいろいろあるといっても、すべてがあるわけではない。
女性用の洋服もそう。
鹿骨市が発達しているといっても、田舎にしては、という程度だ。
同じ鹿骨市でも、県庁がある部分と輿宮には、大分開きがある。

その大分開きのある間、
梨花が助手席で何かよからぬことをするのだと、
私は決め付けていた。
なんというか、この子は可愛い。
一言で言えばそうだ。
シートベルトに縛られるがまま、
ちょこんと座って、これから行くちょっとした都会に思いを馳せている。
そうだった、この子はたぶん……これが初めてなのだ。
ずっとずっと、この子はあの村を離れられなかった。
それがこの子の役割だったから。
あれだけ村の老人たちが梨花ちゃま梨花ちゃまと崇拝していたのも今は昔。
昔だったら、一日二日居なくなったら大騒ぎだろうに。

「ねえ、鷹野? 今日のデートの内容はもう決めてあるの!」
満面の笑みをたたえた梨花が、信号待ちの間、突然私に話しかけた。
「へぇ、どんな?」
私は……きっと母の笑みで返事を返せたと思う。
「あのね、お洋服をしばらく見てね、お昼になるでしょ?
ショッピングモールにはレストランもあるから、そこでお昼。
でもね、ショッピングモールには私や鷹野が気に入るお洋服は無くて……
結局輿宮に戻ってくる。
そこで……鷹野が望んだ服屋で、鷹野が私の服を買ってくれる。
だって、鷹野が……選んでくれたんでしょ? その服屋。
私、鷹野と一回遠くに行ってみたいなぁって、そう思ったんだけど、
なかなか言い出せなくて……」
本当にこの子は、幸せそうに笑う。
幸せそうに話す。
昔はもっと老成したように感じたけども、今日は年相応に見えた。
「……梨花ちゃん、残念だけど、きっと輿宮には素敵なお洋服は無いわ。
だから、そのショッピングモールで買いましょう」
「作戦成功なのです☆」

こいつ……

「さぁ、鷹野、行きましょう?」
梨花は車を出てすぐ、私の手を引いた。
「焦らなくてもお店は逃げないわよ」
はやる気持ちを抑えきれずに、梨花は駆け出そうとする。
それを制して微笑みかけると、梨花も返してくれた。
周りから見たら、親子に見えるだろうか?
見えたら見えたで私の年齢から考えて、少し複雑な気分だけど。

田舎の店だと聞いて少し舐めていたが、ショッピングモールは相当巨大だった。
むしろ、この巨大さは田舎という立地だからこそかもしれない。
地上四階地下二階のこの建物は、一階二階のほとんどが服屋だった。
これだけあれば気に入る服があるだろう……というものの、
逆にこれだけ巨大だと、見て回るだけでも大変だ。
「鷹野、私、このマークがついたのがいいなぁ」
梨花は「C」が絡み合ったような図柄を指差した。
「梨花ちゃん、それは傾奇者が着る服の印なのよ? 目に毒だからあんまり見ないほうがいいわ」
私だってそんなこと、ジロウさんに言ったこともないのに。
「じゃあこのLとVが」
「行きましょう、梨花ちゃん、早く行かないと服が逃げちゃう」
私はこめかみを引きつらせながら、梨花の腕を強く引いた。
梨花は意地悪そうに笑ってはいるが、そこがまた可愛かった。
こんな冗談、言い合って笑えるようになるなんて。
本当、縁というものは分からない。

私たちはしばらく店を見回った後、三階のレストランフロアに移動した。
とりあえず、目星はつけておいて、帰り際にまとめて買うつもりだ。
財布の中身がかなり寂しくなるけども、この子がいる間は着るものに困ることは無いだろう。
私が梨花の服を、村からこっそり取ってきてもいい。
そんなことを考えていると、梨花が私の服のすそを引っ張った。

「おなかすいたー」
一体何歳なんだろうこの子は。
今に指でもくわえそうな勢いだ。
「梨花ちゃん……何食べたい?」
「鷹野」
即答だった。
「そ、それ以外は?」
落ち着きなさい、田無美代子。
以下略。
「鷹野が食べたいものだったら、何でも良いよ」
「じゃあ、お蕎麦でも食べましょうか?」
「今目の前にあるから? もうちょっと真剣に選んでよ」
落ち着きなさい、以下略。
「え、えーとそれじゃ……」
私は案内板を見回した。
イタリアンの店が二つ。
ここが無難だと思う。
「梨花ちゃん、パスタとか食べたい?」
「私はお蕎麦のほうがいいなぁ」
落ち付け、落ち着けって!
「り、梨花ちゃん、いい加減にしてくれないかなぁ?」
「ふふ、怒っちゃ駄目よ、鷹野」
「あなたが怒らせてるんでしょうが!」

「あ、た、鷹野……怒った?」
「当然!」
梨花に対するフィルターを解除する。
少しでもこの子を包む憐れみを見てしまったら、
それが最後だ。
「……ごめんなさい……」
「もう、いいわよ。お蕎麦を食べに行きましょう?」
しゅんとしたままの梨花の手を引き、
私と梨花は一番近かった蕎麦屋に足を運んだ。

「あの、鷹野? まだ怒ってる?」
私は答えなかった。
また反応したらからかわれるに決まってる。
「梨花ちゃん、何にする?」
「鷹野……私、要らないの、お洋服も、お蕎麦も……」
「何? またワガママ?」
梨花の顔を見ずに言った。
少し厳しかっただろうか。
「あ、う、鷹野……怒らないで、私を見てよ、鷹野……」
「もう引っかかりません。私と同じもの頼むわよ?」
「鷹野……ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「店員さん、このお昼のセット二つください」

私は、おろおろする店員の顔を見て、初めて気付いた。

梨花が泣いていた。

「ちょっと、梨花ちゃん? 何も泣くことないでしょう?
……あ、お気になさらず、注文は以上です」
その言葉と共に去った店員は、心配そうにこちらをちらちらと見ていた。
「ほら、拭いて? 可愛い顔が台無しよ?」

私はこの子の両親を殺してしまった。
今私がやっていることは、たった一粒ほどのことかもしれない。
でも、この子は確かに喜んでくれている。
ありがとうと言って、ハンカチを受け取ってくれる。

「ワガママな私、嫌い? 鷹野……」
「いいえ」
私は席を立ち、梨花の隣に移った。
「嫌いな人に、こんなことしないわ」
おでこをかきあげて、軽く口付け。
せっかく拭いたのに。

梨花の頬に、一粒。
2007年08月12日(日) 08:15:48 Modified by komiblog




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