615 :実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2011/08/27(土) 01:06:33.78 0
やっと、やっと書き上がった……!いつぞやのゾルとミズチの続きです。
登場人物にKUSANAGIを選択した理由が沙i耶i杯見て(ストーリーには関係無し)だったって事は去年来とかw
無駄に長いので本当にお暇な時にでもどうぞ。

URL: ttp://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/269007
PASS:mugen
ネタ元&設定等:タイトルなし116続編
カップリング(登場キャラ):ミズチ&エレクトロゾルダート、KUSANAGI、アッシュ&アカツキ、グッドマン、ソル (リョウ&ジミー、汚い忍者&ブロント、カlンlフlーlマlン)
性描写の有無:全年齢
内容注意:シリアス、捏造設定

最後に「ゾルダート戦いはこれからだ!」ってアオリ付けようとして止めておいた。





※8-800・タイトルなし116続編です。
※このSSには男性同士の恋愛的描写が含まれます。
※妄想10000%配合。すっごい捏造。
※キャラクターの性格や口調が違う場合があります。
※特にゾルダート。彼がMUGEN入りして得た彼の個性と言う設定なので、原作とはかなり違う。
※アカツキキャラ内での時系列はアカツキ電光戦記ED後。
※ゲゼルシャフトでMUGEN入りしているのは作中のゾルダートだけ。アカツキはだいぶ前にMUGEN入りしている。
※考えるんじゃない、感じるんだ。

嫌な予感がした方は、何も見なかったことにしてファイルを削除していただけるとお互い幸せになれると思います。









ゲゼルシャフトは彼の出自であり、戦場は彼の居場所であり、戦友は彼の誇りであった。
けれどこの地には全て存在しない。ここは彼の生まれた土地ではなく、遥か距離すら超えた概念を隔てた異世界。
恐ろしい程に平和な世界だった。人と異能者と異形とが、一所に笑い合いながら暮らしている。人種や文化背景など、取るに足らない些末な事であるように、彼にすら思わせてしまう無邪気な世界。異能を自由に振るう事が許され、希望に腕を伸ばす事を許された世界。
けれど、彼には何も無い。己の身一つで呆然と佇んでいる。
ただ腕の中に、神を模した存在。彼の命を救った存在であり、彼から全てを引き離した存在。小さな幼子にして大柄な青年。白く、底のない透明な水面に似て、酷く美しく、胸の内に降り積もるような畏怖を覚えさせる存在。
しかしそれに喜ぶ事も、怒る事すら出来ない。今、周囲に在る何に許されたとしても、自分自身が許す事が出来ない。ただ、ちりちりと胸の底が灼けるような焦燥が、静かに心臓を焦がしていた。
ゲゼルシャフトが全てだった。他には何も無いし、何も知らない。






グッドマンはふと手を止めて、モニターに映るウィンドウの一つを眺める。監視カメラの映像。研究所の中庭で、ミズチが軍服を纏った金髪の青年を抱き枕にしていた。木陰に座り、ミズチに後ろから抱きすくめられている青年は、無表情ながらにどこか困ったような顔で、それでも人形のように大人しく、されるが侭になっている。
近頃ミズチに「お気に入り」が出来た。それこそ幼い子供がお気に入りの毛布やぬいぐるみを抱えて歩くように、側に置いて片時も離そうとしな有様だ。調査の為に引き離そうとした時など、威嚇に”解除”を打ち込んで来た程だ。
「お気に入り」は異世界のクローン兵で、電光機関と言う生体発電装置を埋め込まれていた。面白い機構だとは思うが、グッドマンが調べ上げた所、如何せん生体に掛ける負荷が高過ぎる。
その為、彼ら”エレクトロゾルダート”は消費を前提とした特攻兵器としてしてしか運用できない。コストパフォーマンスは悪いように感じられるが、量産体制を確立してコストを下げているのだろう。ゾルダートの体を調べて解ったのはその位だ。ミズチが何故、その量産パーツの一つに固執するのか、グッドマンには理解できなかった。
しかし原理の解明が出来て居なくとも、現象を利用する事は可能だ。ゾルダートをミズチの”子守”にして以来、ミズチは格段に制御し易くなった。元より地球意志のクローンとして人類に敵対的で有り、何より監視の目を酷く嫌っては研究室を抜け出していたミズチに、間接的とは言えそれを付ける事が出来たのは僥倖だ。今もゾルダートに持たせた小型の記録装置がミズチをモニタリングしている。送信される数値を確認して、グッドマンは再び仕事へ没頭していった。





コートの下、体に巻き付けるようにして装備している記録装置の据わりが悪い気がして、ゾルダートはベルトの位置を直す。行軍時の重装備に比べれば殆ど徒手と言って良い程の軽装だが、複数の電子機器は奇妙に強い存在感を放っている。
腕の中で身じろぎしたゾルダートに反応して、ミズチが瞼を開く。ゾルダートの体に回していた腕を持ち上げ、服の上から触れて機械の位置を確かめると、白い掌をそれに翳す。

「機材の破壊は許可されない」

その腕をやんわりと押し、ゾルダートが頭を振ると、背後のミズチの呼吸に不機嫌そうな色が混ざる。子供がするようにゾルダートの袖を握り、肩口に顔を埋めるミズチに、何か告げようかと口を開こうとするが、上手く言葉が浮かばない。そうしている内にミズチの手が、小さな子供の物に戻っている事に気付き、小柄な体躯を押しつぶしてしまわないように直ぐに身を起こす。
背中に縋り付くようにしていたミズチを膝の上に抱き上げる。胸元に顔を埋めるミズチの頭を撫でていると、今までに感じた事の無い種類の温かさがじんわりと込み上げて来る。ミズチは機材の堅い感触が気に食わないのか、しきりにそれを押しやっている。白く細い腕は酷く繊細な芸術品を思わせ、神像めいた美しさと子供染みた動作とが止揚する様は一つの奇跡のようで、敬虔な信仰心にも似た甘い波が胸を渡る。
こんなにも、穏やかな筈なのに。
胸の底がじりじりと焼けるように熱い。心臓が鋭い刃物で切り裂かれたように痛い。見えない何かに頚を絞められているように息が苦しい。
今この瞬間も、戦友達は戦場に立ち第三帝国の悪夢たる身を体現しているだろう。
言うなればこの感情は罪であり罪悪感である。
彼一人がこの美しいものと平穏とを独占している間にも、戦友達は黒く焼けた空の戦場を駆けている。ゲゼルシャフトの為、優良種たる我らの栄光の為。
本来ならば如何なる手段を用いてでも、速やかにゲゼルシャフトに帰還しなければならないと言うのに。傷も癒えて尚、安穏たる世界を享受し、あまつさえそれを手放し難いと感じてしまっている。許されない事であるのに。
この手を取ったのは紛れも無い自分である。あの時の自分である。
何よりも、自身がミズチとこの世界を拒絶出来ない事が苦しかった。





―――利用されている事は知っている。自分も、これも。けれど決して手放したくなかった。それだけだった。―――





恐ろしい力を持った異形が思うが侭にそれを振るう事が、苦笑一つで許されてしまう。ここはそんな世界だと聞いた。そんな力をより自由に、より”平和的”に振るう為に、幾つもの武術大会が開催されているそうだ。出場者達は新しい対戦相手に目が無く、戦闘技能者なら喜ばれるだろうと、とある大会をグッドマンに紹介された。
ツーマンセルの勝ち抜き戦。パートナーは多くの大会に出場した経験があると言うミズチ。自動操縦の乗り物に送り届けられ、ゾルダートは子供の姿のミズチを抱えて建物へと入った。
こちらの世界の建築物の基準は解らないが、大きな建物だと言う印象を受けた。受付で登録をするように、とグッドマンに言われた事を思い返しながら、辺りを見回す。人やそれ以外がまばらに歩いているが、それらしき物は見当たらない。ミズチに尋ねようにも、すっかり寝入ってしまっている。

「オイ」

誰かに尋ねようかと思った矢先、横合いから声を掛けられた。

「見ねぇ顔だな。どうしてミズチなんざ抱えてやがる?」

赤い瞳に黒い肌の青年が、睨み付けるような強い視線を向けている。殺気にこそ届かないものの、ぴりぴりとした気配を感じ取り、ゾルダートは軽く体を捻り一歩下がる。

「エレクトロゾルダート。現在はWAREZの研究室で世話になっている」

ミズチを庇うような仕草に、青年が軽く表情を動かす。

「あー、そう言やヒゲが何か言ってたな・・・・・・」

小さく独り言ちて、興味を失ったのか不意に背を向けて立ち去ろうとした青年に、慌てて受付の場所を訪ねる。

「あぁ、ここの受付解りにくいんだよな。ロビーで戦闘する事があるから、って裏に有りやがンだよ。付いて来やがれ」

肩越しに振り向いてひらひらと手を振り、歩き出す。

「俺はKUSANAGI。ネスツって所に居るから、まぁテメェん所と全く関係が無い訳でもねぇ―――おら、ここだ」

前を向いたまま独り言のように名乗るKUSANAGIの後に続いてロビーの壁をぐるりと回り込むと、簡素なカウンターが用意されていた。
KUSANAGIに礼を述べ、受付の目の細い道衣の青年に話しかけ手続きを済ませる。カウンターに寄りかかってそれを眺めていたKUSANAGIが口を開いた。

「テメェ、こっち来て短いんだろ。ヒマだし案内してやろうか?」

独特のルールを持つこの世界には、未だ不慣れだった。願ってもない申し出に頷く。再びふらりと歩き出したKUSANAGIだが、長椅子の並べられた待合所の横でふと振り返る。

「いつまでそれ、抱えてんだよ」

それ、とKUSANAGIはゾルダートの腕の中のミズチを見て、視線で並べられた長椅子を示す。今のミズチは見掛けこそ子供だが、一人置いて行かれた所でどうこうなるような存在ではない。ゾルダートも、ほんの一端だが、その力を知っていた。けれど彼はゆるゆると首を横に振る。KUSANAGIは軽く頭を掻き、呆れたように短く溜息を吐くと先立ち歩き出した。

医務室、食堂、控え室の有る棟。テラスから中庭、メインとなる試合会場。二言三言、説明を付け加えながら歩いて、KUSANAGIは会場ロビーに設置された、戦闘が行われるステージを映す大型のモニターの前の長椅子に腰を下ろす。
隣の座面をばしばしと叩くKUSANAGIに促され、ゾルダートはミズチを抱えたまま長椅子に腰掛ける。正面のモニターの中では開会式と思しきセレモニーが行われていた。耳慣れない用語に付いてKUSANAGIがぽつりぽつりと解説を付け加え、モニターに映る覚えておくべき数名の名前を述べる。

「これで大体だ。覚えたか」

モニターに向けていた視線をゾルダートへ向け、KUSANAGIが尋ねる。

「ああ。感謝する、KUSANAGI」

ゾルダートがそう答えた瞬間

「―――ッ!さんを付けろよデコ助野郎ォ!!」

前触れ無く激昂したKUSANAGIに怒鳴り付けられ、ゾルダートは目を丸くする。何が起こったかも理解できず、ただ突然に燃え上がった炎の熱に反応して、ミズチを抱えたまま長椅子から飛び退る。床を踏み鳴らし立ち上がったKUSANAGIがゾルダートを睨む。腕の中、草薙の炎に反応したミズチが瞼を開いた。するりと腕から抜け出し、床に降りると同時に変身する。KUSANAGIに腕を向ける動作に明確な殺意を感じ取り、ゾルダートは咄嗟にミズチの前へ出る。

「すまない、挑発の意図は無かった。―――KUSANAGIさん」

KUSANAGIに向かってそう呼ぶと、水でも掛けられたかのように荒れ狂っていた炎が綺麗さっぱりと消え、彼は激昂した時と同じ唐突さで肩を落として項垂れる。

「…………いや、やっぱ呼び捨てで良い。何かマジメに呼ばれると気持ち悪ィ」

毒気を抜かれた渋い顔で頭を振り、焦げ目一つない耐火その他耐性付きの長椅子に乱暴に身体を沈める。
なぜ彼が激昂し、また鎮静したのか事情がよく掴めず、ゾルダートは戸惑いながらKUSANAGIを見遣る。不貞腐れたように膝の上に肘を突いて余所を向いている様子からは、害意は感じられない。何か、癇に触れる物言いをしてしまったのなら謝ろうと近付く。

「KUSANAGIさ―――」
「さんは要らねぇ」

突き放すような物言いだったが、それまで外していた視線を戻す。ゾルダートに合わせようとしていた視点は、しかし引き寄せられるようにその背後のミズチに向かう。ミズチがじぃっとKUSANAGIを睨んでいた。ゾルダートに押さえられてから殺気こそは仕舞っていたものの、それこそ”我のみを尊ぶ”ミズチにこんな風に睨まれるのは初めてたっだ。

「・・・・・・悪かったよ」

押し出すように、KUSANAGIは苦々しい謝罪の言葉を舌先に乗せる。
ゾルダートとミズチ、どちらへとも無い言葉だったが、怒りの尾を引きずっている様子がない事にゾルダートは微かに安堵する。
気を取り直し再びKUSANAGIの隣に腰を降ろそうとすると、先んじてミズチが長椅子に滑り込んでしまった。KUSANAGIが怪訝にミズチの横顔を見ている。仕方が無いのでゾルダートはミズチの隣に腰を降ろし、彼越しにKUSANAGIに話しかける。

「KUSANAGI、何か気に障る事をしてしまったようだ。謝罪する」
「・・・・・・テメェその性格、地か?」

うんざりとした様子で問われた意味が分からず、首を傾げる。

「お人好しだなってンだよ。―――最近自覚出来てきたんだが、俺も大概どうしようもない性格だぞ」

先ほどの激昂を指して言っているのだろうか。KUSANAGIの言葉がどうにも理解できず、ゾルダートは瞬きをする。

「KUSANAGIは自身に何の利益も確定していないにも関わらず、俺に親切にしてくれた」

答えると、黒い肌の上からでも解る程にはっきりと、KUSANAGIの頬に朱が差した。虚を突かれ驚いたような顔から、何やら複雑な葛藤を経て苦虫を噛み潰したような顔へと落ち着き

「呆れた。マジでお人好しだな」

やれやれと言うように頭を振るKUSANAGIの言葉がやはり理解できず、ゾルダートが反対側に首を傾げていると、その視界を塞ぐようにミズチが抱き付いてきた。ミズチの頭を撫でると、痛くない程度に強く、胸元に抱き寄せられる。
そうしてゾルダートを覆い隠しつつ、先にも増して強い視線で大蛇の瞳孔を持つ瞳に睨まれ、KUSANAGIは思わず指先で眉間の辺りを押さえる。ゾルダートがミズチに執着しているのはそれまでの行動を見れば一目瞭然であるし、どうやらミズチもゾルダートに大層固執しているようだ。常ならばこんな視線を向けられれば激昂していただろうが、どうにもタイミングを逃がしてしまった。この二人が合わさると、怒るのも馬鹿馬鹿しいような気分にさせられる。分かった分かった、と頭を振り

「そろそろ試合だ。控え室行っとけ。オラ立て」
「あ、ああ」

KUSANAGIに促され、ゾルダートは身を起こし立ち上がり、ミズチの手を引く。子供の姿に戻ったミズチを抱え上げ、先ほど会場を案内された時のように学ランの背に続く。

そのまま移動して、ゾルダートとミズチに割り振られた控え室の前に立つ。

「運と実力が有ったら試合でな」

扉のプレートの部屋番号を確認しているゾルダートに告げ、踵を返そうとした所でKUSANAGIは、ふと思い立ち

「お前、前衛できるな?ミズチの攻撃は出が遅いから、試合の時はそこンとこフォローしてやれ。後、部屋ん中にテレビがある。他の試合観て覚悟決めとけ。ここは無茶苦茶なヤツらが多いから」

とアドバイスをする。

「まぁ、何か有ったら来い。俺は二つ向こうの部屋だから」

繰り返し頷くゾルダートにひらりと手を振り、今度こそ踵を返し、KUSANAGIは自分のパートナーの待っているであろう控え室へと向かった。





力をセーブするためだろうか、すっかり寝入ってしまったミズチをソファに寝かせ、ゾルダートはKUSANAGIに言われた通りモニターの電源を入れる。ミズチの眠りを妨げないよう音量を絞り、映像に見入り息を飲む。武器や戦闘法に指定は無いと聞いていたが、大型の刃物や銃火器は言うに及ばず、異能の力に原理も良く分からないギミックの数々。種の無い手品を見せられている様な気分になる。今からこれらと対峙するのだ。ゾルダートは選手達の繰り出す技の一つ一つを食い入るように見詰め、如何に対応するか覚悟し、シュミレートする。

深く集中していた意識が、ノックの音に引き上げられる。はっとして顔を上げ、扉を開き訪問者に対応する。

「時間ですので移動を」

受付に居た、カlンlフlーlマlンと呼ばれていた道衣の青年の言葉に頷き、モニターの電源を落とし、ミズチを抱き上げる。道すがら起こすべきかと迷ったが、ステージ裏に付いた時にはミズチはしっかりと目を開き、表から聞こえる戦闘の怒号へと視線を向けていた。
身振りに促され、ミズチを降ろす。その時、扉に阻まれて姿は見えなかったが、距離を置いて尚、肌を震わせる程の巨大な獣の咆哮が轟いた。未知にして甚大な脅威の気配に、扉の木目を見詰め、唾を飲み込むと、腕の辺りに軽い感触。視線を降ろすと子供の姿のままのミズチが静かに見上げていた。腕に置かれた小さな掌を起点に、いつの間にか強張っていた体の力が抜けて行く。
長く息を吐き、頷く。大丈夫だと言うように、ぽん、ぽん、と手を置くミズチの表情は薄く笑っているように見えた。

一際大きな轟音が響き、威勢の良い女性の声のアナウンスが流れる。前の試合に決着が付いたようだ。扉が開かれ、蹌踉めきながら選手達が退場する。銀髪と茶髪、口汚く罵り合っている鎧姿の二人を横目で見送り、ミズチと共に場内へ足を踏み入れる。

『第七試合!』

アナウンスが響く。向かいの出入口からチーム・ダブルドラゴン、と呼ばれた二人組が姿を現す。ロングコートを纏った青年と、橙の道衣の青年。それぞれジェームス・ルイス、リョウ・サカザキ、とアナウンスが呼び上げる。次いでミズチとゾルダートの名前が呼び上げられ、会場内の視線が集中する。
向かい合う橙の道衣の男が下駄を会場の隅に蹴り出し、片割れの青年はロングコートを脱ぎ捨てる。傍らでミズチが青年の姿に変身したのを見て、ゾルダートも電光機関を起動し、拳を構える。

『Fight!』

声に弾きだされるように飛び出す。KUSANAGIの助言が脳裏を過る。
背後で膨れ上がるミズチの気配。ミズチに向かって、ジェームス・ルイスが地を蹴り駆ける。咄嗟に一歩、電光被服に増幅された脚力で跳ぶように前進し、回し蹴りを打ち込む。ガードされ、空いたゾルダートの側面にリョウ・サカザキが拳を打ち込む。体を捻り、揃えた前腕でガードするが、無理に重心を落としたせいで体勢が崩れる。背後で起こった空気の呻る様な音に、ゾルダートは更に体を捻り地面に身を伏せる。その背を掠めるように打ち出された光る曼荼羅の形の衝撃波がジェームスとリョウを襲う。
伏せの姿勢から全身のバネと電光被服の力を使って体を跳ね上げ、防御にリソースを割いているリョウの襟首を掴む。手首を掴み返される前に電撃を流し、姿勢を崩させて追撃の膝蹴りを打ち込む。更なる追撃の寸で、視界の端に赤い炎の色。咄嗟にリョウを放し下がるゾルダートを掠めて、ジェームスの炎を纏ったアッパーが打ち上がる。

「リョウ!」
「痺れたっ!」

ゾルダートの手から逃れたリョウが飛退り楽しそうに叫んで、どう、と姿勢を落として構える。

「虎煌拳!」

その手から放たれた気功に合わせてジェームスが飛び込み、鋭い踵落としを打ち込む。二つの攻撃を同時には捌き切れず、衝撃によろめいたゾルダートをジェームスが投げ飛ばす。空中でどうにか体を丸めたゾルダートを庇うようにミズチの放った火柱が立ち上る。
牽制にジェームスの放った火球を打ち払い、再度ミズチが”解除”を放つ。身を低く、走る勢いのまま前転し、ジェームスがそれを躱してミズチへ迫る。振り上げられたミズチの蹴り足を受け流して、炎を纏った拳を叩き込む。
四肢を付いて獣のように着地したゾルダートヘ、リョウが蹴りを放つ。自身も前へ出ながら、蹴り足を弾くようにして往なし、ジャブを放つ。数合打ち合い一歩下がったゾルダートが放ったブリッツクーゲルを躱し、地面を踏みしめ気を貯める。

「覇王―――!」

リョウの背後、防戦一方のミズチに追い打ちを掛けていたジェームスが突然体勢を崩す。身体に走る電撃に、ジェームスは事態を悟る。リョウが躱したブリッツクーゲルは、最初からジェームスを狙って放たれた攻撃だった。隙の出来たジェームスを糺で吹き飛ばし、ミズチが交差させた腕を掲げる。

「さあ、無に還ろう」
「―――っ!?」

リョウが背後の異常に気付くが、遅かった。リョウの攻撃を少しでも防ごうと防御体制を取るゾルダートの前で、二人が光に打ち据えられ、K.O.のアナウンスが高らかに響き渡った。
覚悟していた衝撃は来ず、目の前に倒れ伏す二人。

…………勝った?

ゾルダートの喉の奥から熱い呼気の塊が押し出されるのと同時に、膝から力が抜ける。ATPの欠乏による疲労感に伴い、軽い目眩。俯いて目元に手を翳す。

「ッ〜〜〜!」

喉の奥で唸りながら、ジェームスが起き上がる。

「ははは!負けた負けた!」
「笑ってる場合か」
「おっと、すまん」

地面に大の字になったまま笑っていたリョウが、ジェームスに窘められて身を起こす。道衣こそ土埃や電撃で多少黒く汚れていたものの、ダメージを余り感じさせない軽い挙動で立ち上がり、ふとゾルダートに目を留め、首を傾げる。

「おい、大丈夫か?」

指の隙間から見えた道衣の橙に、ゾルダートが顔を上げる。

「あ、あぁ…………一時的な疲労だ。すぐ戻る」
「そうか。しっかり休んで次も勝て!」
「俺達に勝ったんだからな」

笑むリョウに、肩を竦めてジェームスが付け加える。笑みの強さに押されるように頷くと、リョウが手を差し伸べた。

「楽しかった。また手合わせしてくれ!」

ゾルダートは差し出された手とリョウの顔を咄嗟に見比べる。それから自分の手を見て、握手を求められている事を理解するのに一呼吸。電光機関の停止と電光被服が帯電していないかを確認するのにもう一呼吸。躊躇いがちに伸ばした掌が力強い手に握られる。

「俺はリョウ・サカザキだ。そっちのが、ジェームス・ルイス」
「……エレクトロゾルダート」

ふと、二人の手の上に横合いから白い手が乗せられた。きょとんとリョウが見ると、無表情のままミズチが二人の手を引き剥がし、ゾルダートの腕を掴んで引く。二歩三歩と下がるゾルダートの困ったような顔にジェームスが苦笑して、またな、とリョウが手を振った。二人に頷き、踵を返してミズチ向き直り、腕を掴む手に触れる。その手を握り直したミズチは、客席の歓声にその繋いだ手を見せ付けるように軽く掲げ、ゾルダートの手を引いて、歓声を背にステージを後にした。





扉を潜り、ステージ裏の土埃に汗の匂いの交じる空気を吸い込む。未だ心臓が荒々しく脈打っている。ゆっくりと深く呼吸をして、ゾルダートは懐からピルケースを取り出し、グッドマンに与えられたATPを補うためのサプリメントを何錠か口に含み、噛み砕いて飲み下す。

「よう、やるじゃん新入り」

横合いからの声に振り向くと、鎧姿に茶色の髪―――前の試合の選手が薄く笑み掛けていた。口元は確かに弧を描いていたが、目元は何故かサングラスとも違う黒い線のようなもので隠されていて判別できなかった。

「何いきなり話しかけてるわけ?」
「あー、こっちのはスルーしていいから」
「初対面にこの言い草。汚いさすが忍者きたない」

ゾルダートが答える前に言い合いを始めてしまった二人への対応に戸惑っていると

「あれはいつもああだ」

ミズチが小さく呟いて、無視して良いと言うようにゾルダートの腕を引く。ゾルダートが二人との対話を諦める前に、今度は銀髪の選手が顔を上げる。浅黒い肌。白銀の髪の間から、人間のものではない、ひゅんと尖った耳が伸びていた。

「新米にしtはやる方。ジュースを奢ってやろう」

放り投げられた二本の缶ジュースを受け止めて二人に視線を戻した時には、再開された言い合いが殴り合いに発展していた。聞こえているか不安だったがとりあえず礼を言うと、二人は揃ってゾルダートに視線を向け

「次の試合は俺らに当たるからな」
「楽しみにしテ置いてyろう」

妙に息のあった調子でそれぞれ言うと、また喧嘩に戻ってしまう。
威嚇的な笑顔や本気としか思えない殴り合いから、楽しくて仕方がないと、遊びに全力を尽くす子供のようなような歓喜を感じ取る。思えばリョウ・サカザキの笑顔に少しだけ似ている。死力を尽くし相手と戦うのが楽しくて、仕方がない。考えた事も無かった。戦う事が、楽しいとなど。
ミズチと並んで廊下を行く。すれ違いに、幾人かから先程の健闘を称える声を掛けられた。人慣れしないゾルダートの拙い対応をを見兼ねたのか、終いにはミズチがゾルダートを抱え上げ控え室に連れ去ってしまった。






ゾルダートを抱えたまま、戻って来た控え室のソファに腰掛け

「試合はどうだったか?」

尋ねるミズチに、後ろから抱き竦められたまま俯いたゾルダートは靴の先の辺りを見遣り

「戦いで、笑顔を向けられた事は初めてだった…………訓練でもそんな事は、無かった…………認められて、また戦いたいと」

短く、切れ切れの言葉を不器用に、少しずつ積み上げるように口にして行く。
言いたいことは沢山胸の内に有る筈なのに、上手く言葉に変換できないのがもどかしい。
呟かれる言葉の何倍も、胸の内で想いが空転している。

「暖かい。戦うことがこんなに暖かいなど……」

腕の中でぽつりぽつりと呟く彼の短く揃えた襟足ををじっと見詰め、そうしてミズチは問い掛ける。

「……勝ちたいか?」
「―――勝ちたい……もっと戦いたい……!」

ミズチの手を、ゾルダートが握りしめる。強く握り返しながら、ミズチが答える。

「ならば、勝つぞ」

肩越しにミズチを振り返る。表情は無かったが、眼の奥に強く静かな光が灯っていた。
どうしようもなく強い、名付け難い衝動に駆られ、ゾルダートは体を捻り、ミズチに腕を回してその胸に強く額を押し付けた。




―――閉じ込める事は容易だろう。腕の中に抱いて、全てを遮断する。けれど、名も付けられぬ幸福の萌芽を掌に乗せ困惑するその姿を見てしまったなら、日の当たる場所に導き、水を差し出す事を拒める筈もない。―――





ソファに二人寄り添い仮眠を取っていると、ノックの音に起こされた。子供の姿のミズチをそっと離し、扉を開く。

「お前ら飯、まだだろ?食いに行くぞ」

戸口に立ったKUSANAGIに言われて食事がまだだった事に気付き、空腹感を覚える。頷いてソファを振り返ると、起き上がったミズチが額に掛かる黒い髪を払い除け、ソファから降りていた。戸口に立つ二人に気づくと、オーバーサイズの靴を引きずり駆け寄って、ゾルダートに飛び付きKUSANAGIをじっと睨む。

「昼食が未だだ。食べに行こう」

ゾルダートはミズチの頭をそっと撫で、手を繋ぐ。歩き始めて、KUSANAGIが一人だという事に気付く。

「KUSANAGIのパートナーは……?」
「大丈夫だ。新入りの案内して来いとさ。食堂は何かとごたごたが多いからな」

ただでさえ濃い連中が多い上に、食事時は本能のままに振舞うから酷い事になる。道中そんな事をKUSANAGIが言うものだから、ステージ裏で聞いた巨獣の咆哮を思い出して不安になる。ゾルダートの様子にKUSANAGIは意地悪く笑い

「冗談、って言えねぇ所がアレだが、まぁ習うより慣れろってな。フォロー位はしてやるさ」

グローブをした手が軍服の肩を軽く叩くと、ふとミズチが足を止め、倣ってゾルダートも足を止める。三歩程遅れてKUSANAGIが振り返ると、ミズチと目が合った。またかと一瞬身構えたが、今度は威嚇というよりも逡巡の色が見て取れた。
たっぷり十秒、低く唸り声を上げて煩悶するミズチと言う珍しいものを眺めていると、ついに何かの決断を下したのか、一歩踏み出し、空いていた手を伸ばしてKUSANAGIの手首を掴む。ぐいと引き寄せる力は子供の弱いものだったが、意図が読めなく虚を突かれた事もあり逆らわずに踏み出す。同じようにゾルダートと繋いだ方の手も引き寄せると、ミズチは掴んだKUSANAGIの手を、何故かゾルダートと繋がせる。
ゾルダートと目を合わせて首を傾げるKUSANAGIを、幾分か温度の上がった凶眼でギッと睨め付け、ゾルダートの首に抱き着く。ぶら下がった体を空いていた手で横抱きに抱えると、ミズチはKUSANAGIを睨みながら首に回した腕に力を込めて強く抱き返した。突然の事に、ゾルダートとKUSANAGIは眼を見合わせるが、こうしていても仕方がないと、KUSANAGIは肩を竦めて繋いだままの手を引いて歩き出した。


食堂に入ると早速物見高い連中がやって来て、その中の何人かがゾルダートにタチの悪い絡み方をした瞬間に、ミズチがキレた。
予想の範囲内だったので、KUSANAGIは野試合自体は放置してゾルダートの襟首を掴んで安全な壁際まで下がらせる。それから今日のA定食を諦めて売店でパンを買い込んで、壁際で戸惑っていたゾルダートに声を掛け、サバイバル三連勝まで決めていたミズチを回収し、騒動の原因から離れて広がり始めた大乱闘を後にする。

食堂から離れ、ロビーに居を決めて長椅子に並んで座る。未だに変身後の姿で殺気立っているミズチと、しきりに食堂の騒動を気にしているゾルダートにパンを適当に渡し、サンドイッチを分解してパンだけ食べようとする偏食家のミズチを叱ったり、想像以上の量のパンを腹に収めたゾルダートに軽く驚きつつも食事を終える。
食後、寄り添うようにして会話を交わす二人を見遣る。いかにも大切そうにゾルダートの身体に腕を回すミズチに、軽い目眩すら覚えこっそりと溜息を付く。
さて午後の試合が始まるまでの時間、また問題が起こらないようにこの二人をとっとと控え室にでも放りこんで置こうか、とKUSANAGIがアタリを付けた時

「あれー?ミズチとKUSANAGIって、何だか変わった組み合わせだネ」

揶揄うような、鼻につく声が投げかけられる。KUSANAGIが振り向き視線をやると、中庭から続くガラス戸を通り抜けて来るアッシュとアカツキの姿。

「なァに?模造品同士でダッグでも組むの?」

ひらりひらりと手を振るアッシュの挑発的な言動に、KUSANAGIの怒りのボルテージが一瞬で危険水域にまで上昇する。
不穏な空気を感じ取り、ゾルダートはミズチから身を離し顔を上げる。ミズチの陰から覗いた新顔に、アッシュが目を細めた。

「おや、見ない顔だねぇ。ネスツがまた懲りずにクローンでも作ったの?」
「アッシュ、余り―――」

KUSANAGIを煽り立てるようなアッシュの言葉を諌めようと口を開いたアカツキが、不意にその動きを止める。

「……アカツキさん?」

アカツキの異常に気付き、振り返ったアッシュが首を傾げる。アカツキの視線はミズチの隣りに座る見慣れない金髪の青年に据えられたまま、微動だにしない。
様子がおかしい。常に自分を律する彼は、食べ放題バイキングを前にした時だってこんな気迫は出さないし、強敵との試合の前ですら、こんな鬼気は発しはしない。

アカツキの発する気配に、KUSANAGIも一旦自分の苛立ちを押さえ、何事かと二人を交互に見遣る。その視界の中で、ゾルダートが突然ミズチを突き飛ばした。
ゾルダートがそんな行動をするとは夢にも思わなかったのだろう。驚く程あっさりとミズチの手が外れる。ロビーの中程へ飛び退り、ゾルダートは臨戦態勢でアカツキを睨み付ける。

「アカツキ試製一號……!?」
「エレクトロゾルダート……」

あの姿は間違いない。アカツキ試製一號だ。だが、ゲゼルシャフト襲撃後に姿を消した筈の男が何故この世界に。ゾルダートの脳裏を疑問符が駆け巡る。
アカツキ試製一號の捕獲、または電光機関の奪取は高優先度で全てのエレクトロゾルダートに通達されている任務だ。本来ならば速やかに情報の伝達を行い、これの制圧に移るべきである。
しかし。
無意識に退り掛けた足を留め、靴底で床を躙る。
現在のゾルダートには情報を伝達するべき仲間も居なければ、決定の主体となる母体組織も無い。
襲撃命令が生きていようとも、捕獲後に指示を仰ぐべき組織は無い。襲撃対象は単独で挑むには荷が重いが支援は無い。この場に於いての戦闘行為が適切かすら判断材料に不足する。
だが退いて良いという命令は無く、その上―――

「―――電光機関、解放」

寧ろ静かに口の端に乗せ、アカツキが紫電を纏う。
薬室に初弾を装填した火器の銃口めいた黒瞳に見据えられ、ゾルダートは追い詰められた獣の様相で拳を握る。

「電光機関解放ッ!」

電光被服を起動。増幅された脚力で床を蹴り、砲弾を思わせる速度でアカツキに接近。放ったソバットをアカツキが弾く。紫電が散り、弾かれた勢いで下がるゾルダートを追ってアカツキが突進しながらの蹴りを放つ。弾き、流す所に連続で蹴撃が打ち込まれ、撃ち出された電光弾が電光被服の上で弾ける。散る火花に目を細めるゾルダート。低く構えた防御姿勢ごと打ち倒そうとするように、アカツキが踵を振り下ろす。どうにか受け流すと、下がったガードをすり抜けるように腕が伸ばされる。咄嗟に掴む手を掌に電撃を集めて弾き、横に飛んで逃れる。それを追って放たれたアカツキの飛び蹴りがゾルダートの肩口を捕える。痛みを無視して放ったフラクトリットを防御され、突き降ろされた拳に地面に打ち付けられる。続く下段の蹴りから、電光機関の出力を上げた蹴りの連撃に吹き飛ばされる。左腕を盾にどうにか最悪の当りを免れたが、更に迫る電光弾と追撃の拳。

「ッ―――シュテルベン!!」

咄嗟に最大出力で放電を行いこれを迎撃する。大きく息を吸い、電流を受け流すアカツキに拳を打ち込む。無理な放電に視界が揺らいだ。

「……オイオイ」

じゃれ合いを遥かに通り越して殺気を放つ打ち合いにKUSANAGIが渋面を作っている。その隣で、ゾルダートに突き飛ばされ呆然としていたミズチが、ようやく眼前の光景を飲み込んだのか、我に返る気配。爬虫類の瞳に憤怒の炎が宿る。
容赦の無い、それこそゾルダートごと吹き飛ばしかねない勢いで青白く光る曼陀羅を展開するミズチを見て、KUSANAGIは慌てて二人の間に飛び出す。

「オイッ!テメェ等いい加減にしやがれっ!」

怒鳴り声と共に眼前に炸裂した炎を避けて、二人が跳び退る。開いた空間に割り込み、両者を睨む。
ゾルダートは戸惑い、アカツキを視界から外さないようにしながら、KUSANAGIやミズチの様子を伺う。アカツキも、静かな臨戦態勢は崩さぬまま、僅かにやり難そうに眉根を寄せる。
二人の動きが止まったこの隙を逃すかとばかりに、アッシュがアカツキに取り付く。抵抗は思ったほど無かったが、酷く硬質な気配が精神の表面を削った。ミズチの攻撃姿勢が解除されていないのを見遣り

「こ、この決着は試合でとか何かその辺!」

アッシュは少しばかり間の抜けた捨て台詞を慌てて残し、アカツキを引きずって行く。山のように重い最初の一歩が出た後は、アカツキ試製一號は何を言うでもなく踵を返しゾルダートに背を向け、堅い靴底の音だけを残しその場から立ち去った。





「…………ッ」

魂が抜けるように息を吐き、緊張の糸の切れたゾルダートがその場に膝を突き、座り込む。アカツキを追撃しようとしてKUSANAGIに押さえ込まれていたミズチがそれに気付き、駆け寄りしがみつく。
ゾルダートはゆるゆると首を巡らせてミズチに視線をやる。宙を彷徨う手をミズチが掴むと、強い力で握り返された。未だ電光被服が帯電していたのか、一瞬、掌に痛みが走る。
それを無視して両手でしっかりとゾルダートの手を握って、彼を見つめる。ミズチの手を握りながら周囲を―――アカツキの襲撃を酷く警戒している様子は、ミズチを守ろうとしているようにも、その白い手に縋り付いて漸く存在しているようにも見えた。

「大丈夫か?」

ゾルダートの顔を覗き込み、KUSANAGIが尋ねる。意識はしっかりしているものの、疲労の色が濃い。

「電光機関を使い過ぎた…………少し休めば……回復する」

答えて、サプリを取り出して飲み下す。それでも落ち着かない様子の彼を長椅子に座らせ、KUSANAGIが買って来たスポーツドリンクを与えて休ませる。強い打撃を受けていたが、動作に目立ったダメージはないようだ。一過性の物らしかった疲労の色はすぐに回復したが、ゾルダートの表情は暗い。

「アイツと何か有ったのか?」

思わず、そう問いかけていた。KUSANAGIの知る限り、アカツキはこちらでは珍しい位に常識的で、堅物ではあるが温厚な人物だった筈だ。見た限りでのゾルダートの性格と併せて考えても、後に尾を引くような確執を生じる取り合わせには思い難い。
尋ねられて、ゾルダートは小さく首を振る。

「俺がアカツキ試製一號と接触したのはこれが初めてだ」
「じゃあ何で―――」

お互いに顔を知っていて、出会った瞬間殺しあうような仲なんだ、とKUSANAGIが言う前に、ゾルダートがぽつりぽつりと続ける。

「ゲゼルシャフト―――我々の組織は試製一號の持つ軍事機密を追っていた」
「じゃあ、お前はアイツを取っ捕まえる気か?」

ゾルダートが首を横に振る。

「この世界にゲゼルシャフトは存在しない。捕まえたとしても……どう仕様も無い」
「それなら何でアイツから仕掛けて来た」
「試製一號は、我々の持つ電光機関破壊の任を負っている。拠点を襲撃された事も有る」

KUSANAGIは思わず額の辺りを手で押さえ

「あー、その電光機関ってのは、ぽいっとやれるようなモンじゃ……」
「電光機関はゲゼルシャフトの最高機密だ。加えて俺の電光機関は体内に埋め込まれている。着脱は不可能だ」
「だよなぁ……」

ゾルダートは胸元に手をやり、コートを強く握り締める。衣服と肌の下、低く唸る硬く冷たい車輪型の機関。

これは寄す処。この世界で、ここに在るための。
ゲゼルシャフトに帰還しなければならない。けれど、せめて、ゲゼルシャフトに帰る事が出来ないのなら。どうかこの力を取り上げないで欲しい。降り積もる罪悪感に、強く祈る。
自らの足で歩きたい、進みたいと初めて思った。共に歩きたい存在が居る。手放せない。何一つ。

「……ミズチ」

呼ばれる名に応え、白く冷たい指に力が篭る。

「守護を誓う」

呟くミズチの瞳に冷たい光が灯っていた。ゾルダートが望めばすぐにでもアカツキを撃滅せんと動いただろう。
しかしゾルダートは緩く頭を振る。これは自らの罪。自ら清算しなければならない罪の形だ。決して、ミズチを巻き込む訳にはいかなかった。

進まなければ、進まなければ。その言葉だけが頭の中でひたすらリフレインされる。フラッシュバックするのは黒く焼けた戦場の記憶。繰り返し頭を振りながらも、ゾルダートはミズチの手を放すことが出来なかった。

「ん。」

二人を最後に一瞥し、何やら思索をまとめたKUSANAGIが立ち上がる。

「お前らは控え室に戻っとけ」

そう言い残して背を向ける。ミズチが頷く。我に帰ったゾルダートが目で追うその背は、網膜に日輪の図案の残像を僅かに残し、ロビーを抜けて去って行った。








几帳面な歩調で廊下を進むアカツキの行き先が食堂だと気付いた時には安堵を覚えかけたが、纏う空気に残る硬さにアッシュは気を引き締め直す。
食堂に着くと、何時ものように空の食器の山を量産し始めるアカツキの向かいに座り、言い訳程度にミニサイズのラザニアを突付く。座る距離は何時も通り。アッシュが喋らなければ、途端に会話が少なくなるのも変わらない。あからさまにならない程度に相手の様子を探り、一言切り出すタイミングを伺っていた所、最後の一皿を綺麗に片付けたアカツキが先に口を開いた。

「アッシュ」

呼び声に、フォークを置いて彼の黒瞳を見る。アカツキは緑茶で口を軽く湿らすと、淡々とした調子で続ける。

「お前は言えば理解してくれると思っている。今後、この件には手を出さないで欲しい」

OuiともNonとも答えずに頬杖をついて前髪を弄い、アッシュが訪ねる。

「アカツキさん、あの軍服と知り合いなの?」

アカツキの反応にはどこと無く心当たりがあった。元の世界で確執が有った者の間―――例えば何時ぞやの因縁、例えば誰それの仇―――に流れるような空気。しかしアカツキの見せたそれは個人的な感情と言うには奇妙に事務的で硬質だった。
僅かに不自然に伸びた―――記憶の中の規則を参照しているような―――間を挟み

「あの、男。奴の持つ特秘……この世界には俺以外、所持する者の居なかった技術の破壊の任を、俺は負っている」
「ふぅん。つまりボクが初めて見る”お仕事モード”だったってワケね」

つい、と唇の端を持ち上げ、頷く。仕事中の軍人のやり難さは知っている。彼の時代背景を考えれば尚一等、融通なんて利かないのは火を見るより明らかだ。任務…………正規の物ではあろうが、異世界の話だ。彼に取って、今でもそれがどれ程の拘束力を持っているものか、危険を覚悟で、少し挑発してみる。

「……でもさぁ、会場で野試合なんて、褒められた物じゃないんじゃない?」

つい、と上目遣いに投げた視線が硬質な瞳孔に打ち据えられる。

「…………警告する。次に妨害行動を起こした場合は、排除する」

鉄のような言葉に小さく息を飲む。次元の壁は彼の行動の妨げにはならない。次の手をどう打ったものかとアッシュが思案していると、食堂の入り口から炎を思わせる声が響く。

「居やがったな!オイ!面貸せ!」

文字通りいつ火を噴くとも知れない空気を放つKUSANAGIに対し、身構えるでもなくアカツキは立ち上がる。赤く光る焔と黒々とした真円を交互に見遣り、アッシュは肩を竦めた。





状況を放置する訳にも行かず二人の後に付いて歩くアッシュは、何も言わず後ろに続くアカツキを気にしながらも、隣を歩くKUSANAGIに囁く。

「何だってKUSANAGIがあの二人に肩入れするのさ」
「うっせぇな。あんな危なっかしいの放っとけるか!」

煩わし気に語調を荒げるKUSANAGIは、如何にも意外そうにふーん、と相槌を打つアッシュを睨み

「テメェだって付いて来てるだろうが」

言うなりキッと青い瞳に睨み返され

「だってあんな新顔が!アカツキさんにボクだって見たことの無い顔をさせるなんて!妬けるじゃない」
「……そう言う問題か?」
「ボクに取ってはそう言う問題なの!」

つんと顔を背けるアッシュ。その程度の問題ならどれだけ良かった事か。けれど、たとえ余計なお節介だったとしても、不器用に、必死に寄り添うあの二人を軽々しく扱い見捨てる事など、どうしても出来そうにない。
せめてゾルダートが吹っ切れてしまえば取れる手段も変わってくるのだろうが、無意識の内に”ゲゼルシャフトの機密”を守ろうとしている辺り、組織を嫌うことすら出来ていないようだ。ゾルダートの言動を聞いている限り、ネスツレベルにタチの悪そうな組織だと言うのに。
KUSANAGIが苦々しい思いでそばかすの浮いた横顔を眺めていると、ふとその空気が変わった。すっと無表情になったアッシュが、KUSANAGIだけに辛うじて聞こえる音量で呟く。

「…………ボクは、アカツキさんがあんな顔するの、気に食わない」
「フン?」
「まぁあれはあれで格好良いんだけどさぁ」

一転今度は相好を崩すアッシュに

「テメェ他人事だと思いやがって」
「他人事でしょ?本来は。ボクにもキミにも」

そこが境界だとばかりに乾いた冷たい目でKUSANAGIを見遣り、アッシュが言う。脳天気な振る舞いと冷徹な瞳、どちらがアッシュの本心なのか分からなくなり、額に手を当て頭を振る。頭を使って小賢しく立ち回るのは不得手だ。ならば真っ直ぐ進めば良いと言ったのは、こちらで出会った誰だったか。思い出す前に扉を潜る。

中庭の一画。立ち止まり、無言で後に続くアカツキを振り返り睨み付ける。感情の見え辛い黒瞳が静かに見返している。静かに佇む姿からはKUSANAGIの敵意に対する反発すら感じられず、電光機関を起動していないのは余裕か配慮か。二人を眺め、アッシュが軽い足取りで数歩下がる。

「テメェ―――」

KUSANAGIが単刀直入に切り出した。

「ゾルに手ェ出すの止めろ。ゾルにもテメェに手を出すのは諦めさせる」

小さく首を振り、アカツキが答える。

「その案は受け入れられない。俺は自衛の為にあのエレクトロゾルダートを攻撃した訳では無い」
「じゃあ何故!?」
「任務だ」

鉄の壁めいて頑ななアカツキに、それでもKUSANAGIは言葉を打ち付ける。傍らで、アッシュの唇が人知れず弧を描く。

「アイツが何か害になるとでも思ってんのか!?抜けててお人好しで!野試合一つにオロオロして!」

感情に任せて振り払った手の軌跡に火の粉が舞う。

「電光機関ってのが目当てなんだろ!?」

その言葉に、アカツキが僅かに眉を顰め、アッシュが目を眇める。

「ンなもんテメェの所じゃどうだか知らねぇがコッチじゃどう考えても型落ち品じゃねぇか!」

届かない事を覚悟する事すらできずに叫ぶ。と、それまで反応を返さなかった冷たい鉄の扉が、冬の日に突然静電気を走らせるように鋭い殺気を迸らせた。
ゾルダートに向けたものより尚、黒く激しい殺気。KUSANAGIが動くより疾く、雷撃の速さでアカツキが動いた。

瞬間的に起動した電光機関が駆動する。KUSANAGIが反応する間も無く、紫電を纏ったアカツキが地を蹴る。足刀が鳩尾に叩き込まれ、KUSANAGIの身体がくの字に曲がる。数発の拳打の後、締めのアッパーカットが顎に決まり、打ち上げる。
無防備に伸び上がった腹へ向け、引き絞られた弓のように構えられた腕が、小さく引き攣った。

「―――ッ……」

拳に集まった電撃はKUSANAGIに打ち込まれる事無く解放され、空間に散った。止めの一撃を辛うじて免れたKUSANAGIが地面に崩れ落ちる。
ゆっくりと長く息を吐き、アカツキは電光機関を停止させる。

「アカツキさーん…………?」

恐る恐る、細い声で問いかけながら、アッシュがアカツキの顔を覗き込む。
先程の憤激を恥じるように、または、未だ完全には収まりきっていない熾火を抑えこむように、強く寄せられた眉根。

「…………まぁ……今のは、KUSANAGIが悪かったと、思うヨ……?」

恐る恐るフォローの言葉を述べる。電光機関は、国の為人の為、彼の人生を掛けて開発した兵器である。不用意にそれを軽んじるような発言をしたKUSANAGIは迂闊だったが、まさかアカツキがここまで怒りを顕にするとは、アッシュも予想していなかった。
軽く俯きKUSANAGIを見下ろし、アカツキは独り言のように呟く。

「エレクトロゾルダートが…………自我の無い器が……短期間でこれだけの関係性を築けるものなのか」

言葉の中に、ほんの微かに戸惑いの色が見えた。KUSANAGIの言葉も少しは効果が有ったのかと、アッシュは内心で感心する。

「で、どうするの?アカツキさん」
「……任務を続行する」
「そう…………じゃあボクは彼を医務室に届けて来るね」

崩れ落ちたKUSANAGIが起き上がる気配は無い。彼も油断していた訳では無いだろうが、あまりに強い殺気の直後の虚を付かれる形になり、まともに攻撃を食らってしまったらしい。

「あぁ…………頼む」
「オッケー任せて」

廊下の角に消えていったアカツキを見送り、反対方向にある医務室へ、襟首を掴みKUSANAGIを引き摺って行く。適当な取り扱いではあるが、アッシュが誰かをわざわざ医務室に連れて行くような事自体が稀有である。

「ねぇKUSANAGI……ボクは今ちょっと機嫌がイイんだ。アカツキさんがあんなに……あんな風に怒るなんてサ、」

為すがままに引き摺られているKUSANAGIに意識が有るかは怪しかったが、上機嫌なアッシュは構わずにチェシャ猫めいた笑みを浮かべ告げる。

「だから―――」






KUSANAGIが立ち去った後、怯え、混乱するゾルダートを労るようにその頭を撫で、ミズチは彼を抱え上げる。驚いたように体を強ばらせるゾルダートを腕に抱き、ミズチは控え室へと速やかに移動する。控え室がどれだけ安全かは分からないが、このままここに居るよりはマシだろう。
戻った控え室で、ミズチはゾルダートをソファに座らせると、ブロントから貰ってそのままテーブルに置きっ放しになっていた缶ジュースを手に取り、プルタブを開けてゾルダートに持たせる。
変身を解かずに扉を睨んでいるミズチの視界の端で、最初の一、二口は大人しくジュースを飲んでいたゾルダートだが、すぐに落ち着かない様子でジュースをテーブルに戻して立ち上がり、うろうろと室内へ視線を彷徨わせ、部屋の隅に設えられていた消火器の横の避難経路図を睨み始めた。
空を飛べる者や身の軽い者が多く、例え事故があっても高層階から平気で飛び降りる連中が闊歩する中で、殆ど昼行灯のような物であったが、建物の概略と経路が記されたそれは戦略的には役に立つのだろう。
軍組織の一部として調整されたゾルダートにとっては、地図を分析するような戦略的行動は日常に属する行為に近いらしく、表情こそ厳しかったが気は紛れたようで、切れる寸前の糸のように張り詰めていた気配が僅かに和らいでいた。
態度が自然体に近づいた事で、ゾルダートの動作が不自然な事に気付く。左半身を庇っているようで、右足に重心を乗せている。思えばサプリを飲む時やジュースを受け取る時を含め、アカツキと戦った後からずっと、右腕しか使っていなかった。

「……怪我か?」

尋ねられ、初めて気付いたようにゾルダートは顔を上げ、体の横にだらりと垂れ下がったままの左腕を一瞥し

「あぁ……電光被服を低出力で起動して固定している。問題は無い」
「―――ッ!固定が必要な程の怪我を放置するな!」

自然と腹の底から声が出ていた。
ミズチに一喝されたゾルダートは酷く驚いた顔をしていた。出会って此の方、ミズチがこんなに大きな声を出した事は一度たりとも無かった。恐らく骨が折れているであろう腕が、今更ながらにつきりと痛んだ。

「直ぐに医務室に、いや、医者を連れて来る。ここに居ろ」

ゾルダートが何か言うよりも早くに踵を返し、手荒にドアを開く。

「待て、危険だ!」

悲痛な色すら滲む声。後を追おうと踏み出した体が大きく傾ぐ。肩越しにそれを見たミズチが、足を止めて後ろを振り返る。

「一人なら攻撃もされないだろう」

ミズチの言葉にゾルダートは強く頭を振り、蹌踉めきながらも歩み寄り腕を伸ばす。その手を取って、ミズチは少しの間、迷ってから、廊下に人の気配がない事を確認する。左右に伸びる廊下には誰も居ない。一瞬、二つ隣のKUSANAGIの控え室の扉を見て、けれどこれ以上KUSANAGIを巻き込む事はゾルダートが望まないだろうと思い直し、頷いて彼の手を引く。

「急ぐぞ」

素早く頷き返し先行しようとするゾルダートの手を引き、松葉杖代わりになるように肩に掴まらせ、体重を掛けるように促す。




幸い医務室に辿り着くまでにアカツキに遭遇する事はなかった。扉を潜ると、直ぐ脇の長椅子に何人か座っているのが眼に入る。ミズチを見てギクリと肩を震わせたり臨戦態勢を取ったり気にした風もない笑顔で手を振ったりしているのは、食堂での一件で見た顔だった。

「hai! KUSAMAGIがちゃっかr逃がしtと聞いていたが結局巻き込まれたのか」

患者ではなく、治療者として負傷者にかたっぱしからケアルを掛けていたブロントが二人を見やり声を掛ける。

「この怪我人の群れを作っt原因はお前らに有ると聞いたのだが?おかげでこのナイトが駆rだされるハメになった」

ミズチの肩を借りているゾルダートを見て、食堂での騒動で負った傷だと思ったのだろう。今、看ている患者に手早くケアルを掛けると、二人に歩み寄り傷の具合を確認する。

「活きの良い新入りだと関心するが、あまり調子に乗ると裏世界でひっそりと幕を閉じる」

そこまで重い怪我ではないと判断して、警告をしつつもゾルダートに手をかざしてケアルを唱える。突然自分を包んだ白い光に驚き、ゾルダートが身を竦ませるが、同時に怪我の痛みが引いた事に更に驚いて自分の手を見つめる。

「これは……」
「魔法Ha初めてか?ケアrは白魔の基本魔法だ。そのくらいの怪我なら一瞬で治せる」
「凄いな……驚いた。感謝する」

恐る恐る手を握ったり足に体重を掛けたりして、本当に怪我が治癒している事を確認しながらゾルダートが言う。

「サポ白のナイトにはこのくらい朝メシ前。感心が鬼なって勝手に家来になrのはお前の自由だがな」

ゾルダートの言葉に気を良くしたのか、ブロントが腕を組んでふんぞり返る。

「ミズいtは?」
「不要だ」

問われてミズチが首を横に振ると、ブロントはそうか、と頷いて

「用が終わったなら帰ることを推奨。奥にけん制破顔ぶっpするsyれにならない世紀末な医者ガイル」

その言葉に頷いて、ミズチが踵を返そうとした時、部屋の奥にある三つ並んだベットの内、右端のカーテンが開いて誰かが出て来た。

「……KUSANAGI?」

渋い顔で髪を掻き回していたKUSANAGIにゾルダートが声を掛けると、ハッと顔を上げて二人を見付け、喉の奥で呻く。

「お前ら、何でこんなトコにいンだよ!?」
「先の戦闘での負傷が行動に支障を来すと判断された。KUSANAGIは、何故ここに居る?」
「……あー」

言い訳を考えてKUSANAGIが言葉にならない声を漏らしていると

「さっkアッシュが連れて来た。治療はしてやったからとっっt行け」

横からブロントが答えを放り込む。動揺はKUSANAGI自身より、ゾルダートを強く打ち据えた。

「アッシュ、とは……試製一號と居た……」

硬直した声帯から押し出す声は酷く震えて、低く細かった。

「……これは…………試製一號が……」

低く、震える声に、怒りの色が含まれている事に気づいた瞬間、

「いやっ!別にそう言うのとかじゃねぇし!!―――ッ!!」

KUSANAGIは何故か酷く居た堪れない気持ちになって、入口近くに居た二人を押しのけるように医務室から飛び出した。

「KUSANAGI!?」

ゾルダートが慌てて続く。最後に忌々しげな表情を浮かべて後を追ったミズチを見送って、ブロントは軽く首を傾げながら、治療を再開した。



足の速さはそう違わなかったが、土地勘の差で先を行く背を見失ってしまった。そうでなくともこの建物は妙に複雑な造りで、屋外も含めれば隠れる場所には事足りない。
先程見た概略図を思い出しながら、ゾルダートはKUSANAGIを探して辺りに視線を走らせる。
KUSANAGIが負傷した。それがアカツキ試製一號によるものならば、原因は間違いなくゾルダートに有る。いつの間にか、ミズチに対する感情とはまた違った一種の親しみをKUSANAGIに覚えていたが、それが胸中を掻き乱す。KUSANAGIを傷付けた原因が自分にあるのなら、ゾルダートはやはり自分がここに存在する事を許す事が出来ない。

焦燥に駆られ廊下を曲がった先で見つけたのは、KUSANAGIではなく白い軍服を纏った姿。
心臓が一つ、大きな脈を打つ。強く奥歯を噛みしめ床面を蹴る。
殺気に気付き、アカツキが迎撃姿勢を取る。黒瞳がゾルダートを見留め、微かに見開かれる。

「何故KUSANAGIを攻撃した!?」

ゾルダートの咆哮に、アカツキの視線が一瞬揺らぐが、機械的に動作する四肢は的確にカウンターを放つ。捌きながら、相手を掴もうと伸ばした腕もまた打ち払われる。
ゾルダートが身体を回転させるように放った蹴りをアカツキは足を上げて受け、深く踏み込み正拳を放つ。回転運動から身体に引き寄せた腕で迎撃するゾルダート。打ち合わされた腕が鈍い音を立てる。数合打ち合って、アカツキが眼前で電撃を炸裂させた。

同時に飛び退いたゾルダートの横を、誰かが音も無く通り過ぎた。青白い光を纏った後ろ姿。ミズチがゾルダートの前に立ち塞がり、追撃を放とうとするアカツキと対峙する。
燐光を纏い行く手を阻む姿を妨害因子と認めたのか、踏み切る瞬間、アカツキは標的をミズチへと移し、鋭い蹴りを放つ。ミズチは堅い軍靴の底を前腕で受ける。鈍い打撃音。腕の払われる動作に合わせて後方へ飛んだアカツキが拳を構え直し、電光被服が紫電を纏い帯電する。

「引いてくれ!ミズチ!!」

ゾルダートの喉から悲鳴染みた叫び声が上がる。しかし、ミズチは背後を振り返らず、ゾルダートも直接ミズチの体に手を掛けるような事はしない。僅かでも隙を見つければ、アカツキはどちらかに攻撃を仕掛けるだろう。

変則的な硬直状態の中、緊張感が膨れ上がる。その空気に割り込んだ、低い声。

「受信したミズチのデータが可笑しいと思って来てみれば」

通路の向こうから現れた赤い外套を羽織った男。グッドマンは目を眇め、対峙する三人を眺める。

「…………」

アカツキは背後から現れる形になったグッドマンを、ミズチとゾルダートを視界に納めつつも、目の端に写す。
三人になってしまった敵を突破し、電光機関を破壊する。アカツキはその可能不可能を冷静に計算する。近接戦闘で有れば、この場で最も速いのはアカツキだ。加えてグッドマンは生体兵器を連れていない。一瞬でもゾルダートとの一対一に持ち込めれば、電光機関の破壊は決して不可能ではない。この期を逃せば相手は防衛態勢を整えてしまうだろう。そのリスクと今攻撃する事のリスク。比較して攻撃の実行を決定する。
初手はフェイントの為にミズチを狙う。ミズチに防御姿勢を取らせ、攻撃は当てずに一動作でゾルダートへ。グッドマンの立ち位置は、一手でアカツキを妨害するには遠い。

「―――電光機関の技術の秘匿か」

動こうとしたアカツキを牽制してグッドマンが呟く。

「草薙の炎よりも制御が容易く再現性が高いのは評価に値する。ATP合成を強化した生物兵器に搭載すれば良い戦力になるだろうな」

初めてアカツキの顔色が変わる。グッドマンは技術者だ。それも生体工学を扱う。今まではアカツキが電光機関の詳細について情報を漏らすことは無かったが、グッドマンほどの技術者がゾルダートを解析すれば電光機関を複製する事は可能だろう。

「ソル=バッドガイに一部情報のコピーを譲渡してきた。口止めはしていないから、拡散を防ぎたければ急いだ方が良い」

掲げられたグッドマンの手にメモリースティック。電光機関のデータのコピー元が納められているのだろう。
アカツキは歯噛みする。情報は容易に拡散するものである。デジタルならば層一層。グッドマンの言葉が例えブラフである可能性が高くても、無視する事は出来ない。事態は一刻を争う。相打ち覚悟でゾルダートを狙う目論見は阻止された。ミズチの妨害を処理している時間も、迷っている時間もない。
身体を翻し、アカツキはグッドマンに向かって飛びかかる。対するグッドマンは慌てずに、一歩身を引いてメモリースティックを放り投げる。
迸る電撃がメモリースティックを精確に破壊し、アカツキはグッドマンの隣を駆け抜け、場から姿を消した。




廊下を曲がりアカツキが姿を消した事を確認すると、電光被服の帯電を解いたゾルダートが歩み寄り、荒い動作でミズチの肩を掴む。

「何故だ!何故前に出た!?」

乱暴な動作で引かれ、ミズチの体が傾ぐ。腰を折り大きく下がった頭に顔を近付け睨むが、静かな水面のような瞳に揺らぎは無い。ただ瞳の奥に映し出されたゾルダートの眼に、感情の散光が疎らに瞬いていた。

「前の戦いで圧されていただろう」

ミズチの言葉に一瞬息を呑み、遣る方無い感情を、砂を噛むように言葉に変えて押し出す。

「だからと言って、ミズチが危険に晒されるなど……複製體など庇わなくとも―――」
「二度と!」

ゾルダートの言葉を遮って、ミズチが叫ぶ

「そのような事を言うな」

負傷を咎められた時よりも感情的でこそなかったが、強い意志に裏打ちされた言葉だった。
ミズチを掴んでいた手を離すと、ゾルダートは弱々しい足取りで一歩下がる。

「俺は……俺は怖い……失う事が。お前を失う事が。電光機関を失い……お前の傍に在る最後の資格すら失う事が……」

見開かれた瞳がぐらぐらと揺れている。喘ぐように弱々しい息を漏らす。ただ感情だけが先行して鈍い痛みが頭を巡る。すーっ、と血の気が降りて行き、目の前が暗くなって行く。処理しきれない感情が、透明な涙として瞳の表面に滲む。

消えてしまいたい。消えたくない。何処へも行きたくない。何処かへ行かなければならない。戦闘の負傷が鈍く痛んだ。それは構わない。だが、ミズチが傷付く姿は見たくなかった。佇むミズチに、負傷したと言うKUSANAGIのイメージが重なり、戦場に倒れ伏し動かなくなった戦友達のイメージが重なる。ミズチを失う恐怖。黒く焼けた空の戦場で死に面して居たあの時よりも、鋭い精神の痛み。血が抜けて行くあの底のない寒さよりも、熱さえ帯びる程に冷たい、凍傷のような寒さ。この感情を恐怖と呼ぶのだと、本能が理解した。

俺は、どうすれば。
他に縋るものがなくて、ミズチを見る。
失いたくない。ただ、失いたくない。

「ならば戦え。勝ち取れ」

ミズチが告げる。

「負傷程度なら仕方がない。傷付いても進むのが、この世界の流儀だ」

ミズチがゆっくりと腕を持ち上げる。前腕のアカツキに蹴られた痣が、青黒く変色し始めていた。白い肌に痛々しく滲む痣を振り払うように一度腕を振り、真っ直ぐゾルダートに伸ばす。

「共に戦おう。共に勝とう。お前が望む限り、この手を離さないと誓う」

差し伸べられた雪のように白い手に、黒い手袋に包まれた掌を重ねる。言葉が出ない。言葉は狭い喉の奥にすっかり支えて、胸の内一杯に吐き出せない想いが詰まって弾けてしまいそうだった。ただミズチの手を強く握る。


掌の感触を確かめるように佇んでいたミズチが、ふと顔を上げ、場にグッドマンが居た事に気づき、渋い顔をする。ミズチの視線の動きに気付いたゾルダートが同じくグッドマンを見つけ、未だ上手く言葉を出せないのに口を開いて助けられた礼を言おうとするので、余計に機嫌が悪くなって睨み付けてくるミズチが愉快で、グッドマンはくつくつと笑い、ミズチに攻撃される前にその場を後にしてやることにした。




―――ただ傍に居てくれることが、この手を取ってくれたことが、こんなにも、温かい。容易に口にし難い、その言葉は。『』―――




土埃に混じり、微かにするのは高熱に灼かれた空気の匂い。
変身したミズチの隣に佇むゾルダート。向かいには、銀髪と茶髪。鎧姿の二人が各々の得物を構えていた。
午後のまだ強い光が土を固めた地面を照らし、短く濃い影を足下に落とす。天井の無い闘技場の上には、微かに雲の欠片を散らした青い空が広がっていた。周囲の観客席からの熱気混じりの視線を感じる。心臓が力強く拍動する。浮き足立つようなこの感情は高揚感だろうか。奇妙なくらい身体が軽い。この一日の内に、かなり電光機関を使っている筈なのに。手足に力が満ちている。空に飛び出す瞬間を待ち焦がれている鳥の雛の翼のように。
軽く握った拳を横に差し伸べる。同じように軽く握り伸ばされたミズチの拳が触れた。

『Fight!』

威勢の良い女性の声のアナウンスに弾き出されるように電光機関を起動、地を蹴り飛び出す。相対する二人は、ブロントが盾を構えて前に出て、軽く俯いて立っていた忍者が軽く後ろへ飛んで下がる。自分達と同じように前衛後衛を分ける心算と考えたゾルダートは、下がった忍者に向かってブリッツクーゲルを撃ち、更に前へ出る。弾速の早い雷球を見て、自分には当たらないと判断して忍者へ向かうそれを完全に無視し、ブロントが特異な形状の長剣を振り上げる。

「ハイスラァ!!」

長身の膂力と長剣の重量で振り下ろす剣呑な一撃を、全力を以て回避する。凄まじい風切り音を立てて地面を穿った長剣を握るブロントが微かに顔を顰める。電光被服に展開したある種の磁場を維持しながら、ゾルダートは金属製の武器ならある程度弾けること確認する。
ブロントが再び長剣を振り上げる前にゾルダートが反撃の拳を打ち込もうとした時、ブリッツクーゲルを打ち払った忍者が無数の手裏剣を放った。

「おらおらおらぁ!」

ゾルダートを狙ってだろうが、ブロントを思いっきり巻き込む攻撃にゾルダートは一瞬ぎょっとする。対するブロントの方は慣れたもので、額に青筋を立てながらも、盾を後方に構え身を屈めて被弾面積を減らしてやり過ごす。
ゾルダートも倣うように両腕で顔を庇い姿勢を低くし、電光機関の磁場で手裏剣を弾く。一部ブロントに当たる攻撃まで弾いて騎士を庇う形にすらなったが、手裏剣の嵐を凌ぎ切った。後方で射線上に置かれていたミズチが同じように手裏剣を打ち払う。
盾を背中側に回しているせいで空いたブロントのガードを狙って、ゾルダートが拳を構える。踏み込む寸前、頭上から影が落ちる。見上げる前に咄嗟に飛び退る。どのような方法を以ってか、ゾルダートの頭上に転移していた忍者が全身の体重を乗せた短刀を打ち下ろす。それを磁場と体捌きで躱した所に追撃の蹴り。肩に食らってよろめいた所に

「生半可なナイトには真似できないホーリー!」

ブロントの放った光が炸裂し吹き飛ばされる。追撃に移ろうとした忍者を牽制してミズチが火柱を放つ。ステップで火柱を躱し追い縋る忍者に。更に”解除”の曼荼羅を撃ち込む。
どうにか空中で受け身を取ったゾルダートが足から地面に着地。即座に地を蹴り忍者に飛びかかる。合わせて前に出ていたミズチが鋭い蹴りを放つ。ゾルダートが忍者の腕を打ち、無理矢理下げたガードの隙間を縫うように閃くミズチの白い足。鉢金の上から頭部を蹴り飛ばされた忍者がもんどり打って吹き飛ぶ。

「追撃のグランドヴァイパー!」

入れ替わるように地を這うような低空から迸るブロントのアッパーがミズチを吹き飛ばす。
次いで振り上げられた長剣を躱しながら足元を引っ掛けるように蹴りを放つ。ブロントの長身が傾ぎ、追撃のために足を振り上げようとした瞬間、復帰した忍者が放った手裏剣が精確にゾルダートの目玉に向かって飛来する。磁場を強化した左手を振るい既の所で手裏剣を打ち払い、体勢を立て直したブロントが振り降ろした長剣を避けて飛び退り距離を置く。

「キングベヒんもス!」

ブロントが腕を伸ばし叫ぶと、ステージの扉を突き破って巨大な獣が飛び出した。
かつてステージ裏でゾルダートを竦ませた巨獣の咆哮。暗い紫の体色をした四足の獣がゾルダートを睨む。
脅威は感じる。けれどあの時ほど恐ろしくはなかった。

戦って、勝とう。傷付く事は怖くない。

心の中で唱え、ゾルダートが牽制の為に放ったブリッツクーゲルを事もなく打ち消し突進する巨獣に接近する。巨獣の足下で弾けた小石がゾルダートの頬を掠め一文字の傷を刻む。けれど怯まない。次の一歩のために足が持ち上げられた瞬間を見切り飛び込む。
キングベヒんもスが足下に飛び込んだ獲物を見失う。ゾルダートを探そうと言う思考を巨獣が抱く前に、ミズチが曼陀羅を展開し、キングベヒんもスの注意を引く。
上体を倒し手で地面を押して走る。頭の後ろを、身体を押し潰されそうなほど至近を駆ける巨大な質量。存在感に打たれるような感覚を覚えながらも巨獣の腹の下を駆け抜け、後に続いて攻撃を加えるべく、得物を構えていた忍者とブロントの前へ飛び出す。
虚を突かれた二人が攻撃へ移るまでの一瞬の間に、ミズチの狙い済まされた火柱が二人を撃つ。

己の失策に歪み次手の為に思考を回す忍者の表情。挽回の為に歯を食いしばり盾を構えようとするブロントの表情。地面を揺るがす足音。火柱の燃え上がる音。客席のざわめき。抜けるような空の青。

全てを吸い込むように深く息を吸い、電光機関を駆動させる。電光被服の上を紫電が駆け、爆発的に膨れ上がったそれが解き放たれる。

「シュテルベンッ!!」

高電撃を浴びた二人が身を震わせ、崩れ落ちる。その背後でベヒんもスの突撃を大きく飛んで躱したミズチが地面に着地した。

『K.O.!』

響くアナウンスと歓声を聞きながら、水面から顔を上げた時のように勢い良く胸一杯に息を吸い、深く長く吐く。深い目眩に沈み込みそうな感覚と、血管の底から沸き上がる荒々しい充実感の双方に包まれる。
この感覚を求めて、ここの住民は拳を握るのだろうか、と呆と思った。
やがてATP不足に寄る目眩の方が勝ち、貧血のような冷気を帯びた意識の底に強く牽引される。サプリメントを飲んだ方が良いのだろうが、すっかり気が抜けてしまって腕が上がらない。
ふと、後ろからミズチの体温の低い腕が体に回されたので、安心して瞼を閉じて沈む意識に身を任せた。誰の目にも晒されなかった俯いた顔の口元は、ほんの僅かに柔らかく、穏やかな弧を描いていた。







視界の端に疾走する白い上着の人影。それを見止めてアッシュは足を止め、踵を返して走り寄る。

「すまない、急いでいる」

速度を緩める素振りを見せず、走るアカツキが口速に言う。

「分かってる。誰?」

追従して走りながら、言葉短くアッシュが訪ねる。

「……ソル=バッドガイ」

答えに、アッシュは走る方向を変え、別の通路に飛び込む。

「控え室、こっち!」

その言葉に、アカツキは殆ど躊躇いを見せずに転進し、アッシュの背に続く。最短ルートで会場を駆け抜け、目的の扉を見つけると

「おっ邪魔しまーす」

ノックもそこそこに扉を開け放つ。
荒っぽく開かれた扉。選手に用意された控え室のソファに腰掛けた人影。主武装である封炎剣を手元に引き寄せ、無関心さを主成分に構成される赤茶の瞳を二人に向けたこの部屋の滞在者、ソル=バッドガイ。その片手にあるPDAを見て、アカツキは息を整え姿勢を正す。

「突然の来訪をお詫びする。折り入ってお願いしたい旨がある」

折り目正しく頭を下げたアカツキを最奥に灼熱を宿すマグマの静かさを持つ瞳で一別し、ソルが自分の手の、先程まで眺めて居たであろうPDAを示す。

「……これか」

アカツキがぐっと顎を引く。

「電光機関のデータの破棄を、願えないだろうか」
「ここで俺が破棄しても、どうせその内どっかから広がるんじゃねぇか」

突き放すように答え、ソルが付けっぱなしだったテレビに視線をやる。画面内で戦っているのは、長い髪を翻すロボットめいた外形の生物兵器、ジャスティス・コピー。その傍らの巨大な犬のような生き物が、同じく生物兵器であるギアのレオパルド・コピー。大会でギアを見かけることは珍しい事ではないが、コレちょっと出る大会間違えてない?と内心の突っ込みを飲み込んで、アッシュは場の推移を見守る。

「俺は電光機関の開発に携わった。その力も、危険性も理解している。俺は、電光機関を捨て置く事は出来ない」

今まで電光機関の詳細が出回らなかったのは、唯一それを所持しているアカツキの刻苦の賜物であった。実際、アカツキが好奇心旺盛な面妖な変態技術者どもから逃げ回っているのが目撃されることもあった。
自分に据えられたアカツキの視線を横目に見返し、ソルはテレビに視線を戻す。

「……分からん事も無ぇ」

ギアの概念も製法も大分広まってしまったが、ソルとしては面白くない事だろう。対戦相手のペンギン型生物が投げる金ダライを本体部分にどっかんどっかん喰らいまくってるレオパルドを複雑そうな苦々しい目つきで眺めている。
自分とアカツキの境遇を重ねているのだろうか。人でないものとして長い歳月を閲したその表情からは、内心は伺えなかった。

「やれやれだぜ」

溜息を吐くように呟いて、PDAを机の上に投げ出す。引き渡しの意志と見てアカツキが手を伸ばそうとした瞬間、ソルが逆手に握った封炎剣を振り上げた。

「―――!」

刹那の躊躇いもなく振り降ろされた封炎剣が液晶画面を叩き割り、四角い刃がPDAを貫く。追加で駄目押しとばかりに封炎剣から炎が上がり、PDAを内部から焼き焦がす。

「うわ……」

アッシュが小さく呟く。机から引き抜かれ持ち上げられた封炎剣の先に、徹底的に物理フォーマットされたPDAの残骸が引っかかっていた。焦げた樹脂の嫌な臭いが鼻に付く。

「コレで良いか?」
「あ、あぁ……協力に感謝する」

あまりに唐突で乱暴で徹底した行動にアカツキが一瞬呆気に取られるが、直ぐに再び姿勢を正し、深く頭を下げる。

「この借りは、いずれ」
「いらねぇよ」

ぶっきらぼうに答え、封炎剣を振ってPDAの残骸をゴミ箱に放り込むと、そのまま封炎剣を肩に担いで部屋を出て行ってしまった。





ソルの部屋を後にし、二人連れ立って歩きながらアカツキが口を開く

「付き合わせてしまって済まなかったな」
「んーん。て言うかボク、見てるだけで何にもしてなかったし」

言いながら苦笑する。アッシュにしては珍しい、悪びれた表情だった。

「それにさ、ホラ。最初で最大のチャンスをボクが邪魔しちゃったワケでしょ?」

罪悪感を滲ませた瞳でアカツキを伺う。

「あぁ……あれは…………いや、いい」

僅かに宙に視線をさまよわせてから、軽く目を伏せ、嘗ての同僚には弛んでいると言われるだろうが。と独り語ち

「機を逃したとしても、お前には説明して置くべきだろうと判断したのは俺だ」

静かに語るアカツキからは、後悔の念は感じられなかった。

「……そっか…………」

思いがけない宝物を拾ったように、アッシュはそっと目を細め

「……ねぇ、例の彼、どうするつもり?」
「……捨て置く訳には行かないだろう」

難しそうに眉をしかめるアカツキに、一転アッシュは無邪気さの中にいつものいたずらっぽさを一滴含めた笑みを浮かべ

「でもね、例えば、さ」

とっ、と一歩、軽やかにアカツキの前に出て足を止める。

「電光機関で悪さを働こうとしたヤツなんかが出たらサ、ボクがちゃんと退治を手伝ってあげるから」

顔を上げ、どこか不思議そうな表情をアッシュに向けたアカツキに、彼は首を傾げて微笑んで見せた。

「なべて世は事も無し、だヨ」

アカツキは僅かに目を見開き、それから瞑目し

「…………感謝する」

覆い隠すように翳された掌の向こうの表情を、アッシュは敢えて窺うことはしなかった。









ふっと瞼を開く。
見知らぬ天井を認識し、それが控え室の天井だと認識し、首に回された細い腕を認識する。
ゾルダートに体重を預け、昏々と眠る子供の姿のミズチの呼気が穏やかで、ただ眠っているだけだと確認すると、そっと体を放し、眠気に似た目眩に逆らうように身を起こす。
重い腕を上げ、サプリメントを口に含み、飲みかけのままだったジュースに手を伸ばす。糖分の含まれた甘いそれは補給に都合が良かったので、首を傾けてそのまま飲み干す。
缶を置き、息を吐いて、ソファで眠っていたために凝り固まってしまった筋を解すように、少し体を動かす。目立った負傷が無いことを確認し、再びソファで眠るミズチに視線を移す。
長く変身したままで居たからだろう。力を消耗しきり、深く沈み込むように眠りに落ちたミズチは暫くは目覚めそうに無い。通信機を起動してグッドマンにその旨を連絡し、部屋に備え付けてあった毛布をミズチに掛けると、ゾルダートはそっと明かりを落とし、控え室を後にした。

廊下を歩き、通りがかった数人に尋ね、目的の姿を探す。
人気のない建物の裏口。階段に座り込んでいた彼に歩み寄る。
近寄るゾルダートに気付いたKUSANAGIの肩が跳ねる。咄嗟に腰を浮かしかけたKUSANAGIだったが、もうここで対話を避ける訳には行かないだろうと腹を括り、荒っぽく腰を下ろし直してゾルダートを睨み上げる。

「……お前、単独で行動できるのな」

KUSANAGIの照れ隠しの皮肉に、笑い飛ばすなり怒るなりすれば良いのに、ゾルダートは朴訥に頷く。その反応の焦れったさに、バリバリと髪を掻きながら頭を振る。

「KUSANAGI」

呼びかけられて、手を止め、顔を上げる。四角四面に生真面目に、直立不動の姿勢を取っていたゾルダートがじっとKUSANAGIを見る。

「すまない。ありがとう」

深く腰を折って頭を下げる。ひたすら誠実なそれは、KUSANAGIの周囲には存在しなかった類の物で、多少の覚悟こそ決めていたものの、やたらとくすぐったい。
あんまりに真っ直ぐなそれを、今すぐ立ち上がって背を向けて走り出すだの野試合をふっ掛けてみるだの、とにかく逃げ出したいのを、ぐっと奥歯を噛み締めて堪え、茶化しも否定もせずに受け入れる。

「別に……流れ”勝手に”に比べりゃ、理不尽でも何でもねぇよ」

顔に血が集まって、頬が赤くなる。色黒で良かった、と思考をそらして平静を保っていたら

「俺が言いたかったんだ」

能面ヅラがはにかむように笑った。笑えるのかコイツ。一瞬呆気に取られてから、俺、ミズチに殺されるんじゃねーの。と考えて、思い出す。

「そう言や、ミズチはどうした?」
「眠っている。随分力を使ったようだったから」
「……起きた時にお前がいなかったら暴れるんじゃねぇの」

泣くとか不安がるとかそう言う可愛気のある方向へは考えない。

「そ、そうだろうか……」

途端にゾルダートの方が不安気になって、落ち着かない様子で控え室のある棟の方を降り仰ぐ。

「すまない、ミズチの様子を見てくる」
「あ、オイ。一人で動いて大丈夫か?」

踵を返しかけたゾルダートを引き留める。アカツキとの敵対問題自体は片付いていないのだ。けれどゾルダートは案外平然とした様子で

「問題無い。試製一號と言えど、単騎相手に無条件に負けてやる程、俺は甘くない」
「……お前案外横柄なのな……ま、いっか。気を付けろよ」

強がりと言うより、慣れと腹を括ったのとで地の部分が出てきたんだろうか。こう言う所はこっち向きかもしれない。逆に安心した気分で小さく笑い、軽く手を振って見送る。

「またな、ゾル」

そう言うと、何故かゾルダートが今し方引き留めた時よりも妙に固い急激な動作で足を止め、ぎこちなく振り返り

「あ、あぁ。また、な。KUSANAGI」

頷いて小走りに駆けだした。





走りながら、KUSANAGIが容易く告げた言葉を反芻する。
もうこれ切りになってしまうものだと、思いこんでいたから酷く驚いた。
何回でも会えるし、優先度の低い会話もして良い。それが不思議で貴重で仕方がない。戦場では戦友達もゾルダート自身も、いつ死んでしまうか分からなかったから。
だからあれ程ミズチと離れたくなかったのだと、自分の執着心に初めて気付く。気付いて、あの白い姿が傍らに無いことに酷く落ち着かなくなる。
急いで控え室へ帰ろうと、ゾルダートが走る速度を上げようとしたとき

「やあ。電気の兵隊サン」

赤い姿が目に入った。
瞬時に足を止め、一足飛びに退って距離を取り、電光機関を起動。相手を睨み付ける。

「別に、何もする気はないよ。ボクはキミには義理も恨みも無いからネ」

大きく解放された日の射す窓の縁。厚い壁の十分に面積の有る所に腰掛けたアッシュがにんまりと笑って見せる。

「……用件は」
「そうだね。敢えて言うなら、誘導係、かな?」
「……試製一號か」
「アカツキさんに頼まれた訳じゃないよ。むしろボクがアカツキさんに頼んだぐらいだし」

猫のように笑う青年の発言の意図が掴めずに、警戒姿勢のまま立ち尽くしていると、アッシュはゾルダートの顔を覗き込むように首を傾げ

「そう言えばキミ、クローンなんだってネ。ミズチやKUSANAGIとは、クローン同士気が合うのかな?」
「―――クローン……?KUSANAGIが、複製體?」

鮮やかに、ごく当たり前のように感情を示していたあのKUSANAGIが、複製體。突然出された情報に、記憶の中のKUSANAGIと立ち並ぶ戦友達の記憶の印象がどうしても重ならず戸惑う。

「そ。オリジナルは草薙京ってジャパニーズ。その内どっかで見かけるんじゃない」

ゾルダートは息を飲んだ。あんなにも感情を顕に、思うがままに振舞うことが複製體に許されているなど。
我など無いものとして用いられる複製體が?ならば今ここでそれを疑問に思っている自分は?
ゾルダートは強く頭を抱える。丁寧に撫で付けてあった頭髪が手の中で乱れる。頭の芯が鈍く重く痛んだ。こちらに来てからと言うもの、慣れない感情に振り回されすぎている。行き場のない頭痛に苛まれながら、あの姿を想う。

「……ミズチ」

ミズチの姿を見たかった。声を聞きたかった。
水面に移る月のような姿を。
神像めいた形を。
降り積もる雪のような、静かに降る雨のような、透明な薄氷のような、貴く儚い奇跡のような、あの存在をただ欲した。

望むほどに、戦友達への罪悪感がじりじりと胸を焼く。
黒く焼けた空の戦場。誇り高い悪夢たる戦友。
戦場は居場所であり、戦友は誇りである。それは、否定する余地すらなく、彼を構成する主要素である。高揚感で誤魔化せど、焦燥も、罪悪感も、彼と不可分だった。
彼は、細く深く、息を吸った。

「………………」

頭痛を振り払うように緩く頭を振る。白い手を取ったあの時の選択を、後悔はしない。ただ、そう決めて、忘れることのできない焦燥を肯定し、静かに飲み下した。

「―――ミズチ」

顔を上げたゾルダートの目を見て、アッシュが上機嫌に微笑った。

「答えが決まったなら、順路はあっち。いつまでも、逃げ回れるモノじゃないでしょ?」

廊下の突き当たる方へ腕を伸ばす。左右に分かれる通路の右側を、爪を赤く塗った細い指先が示した。
電光機関を停止させると、ゾルダートはアッシュの指した通路へと静かに歩き始めた。




こつ、こつ、と軍靴の音が反響する。
会場の一角。ポツリと開いた空隙のような空間。吹き抜けのホールに置かれたオブジェの傍らに、アカツキが佇んでいた。

「……複製體の一体……偶然紛れ込んだか」

彼はゆっくりと顔を上げると、憂鬱そうに呟いた。

少しだけ、忘れかけていた。自分の任務や潜水艦から這い出したあの時の事を。
自省し向き直った筈の兵隊は、何時かの戦場に居た人形ではなかった。

変化の理由はあまりに明白だった。
慌てて独楽鼠のように駆け回ったとして、それの何が変わるだろうか。
恐るべき変化を受け入れるならば……

「次に敵対したその時は躊躇い無く任務を実行する。気を引き締めて置け」

アカツキはそう告げると、踵を返し、硬質な足音を残して歩き出した。
その背に向かってゾルダートは確言する。

「ここが、この世界が俺の戦場だ」

アカツキの背に向かって、自分自身に宣言するように、高く高く声を張り上げる。

「俺はここで生きて行く。何度でも、生き残る」

例えこの胸の痛みが消える事が無くても、もう、あの存在から離れる事は出来ないのだから。
















以下蛇足。

ツンギレデレとかKUSANAGI新しいとか思ったけど煉クンも似たような属性だったでござる。

プロットの時点では「アカツキさん敵役やらせちゃってごめんなさい」だったけど、最終的に「KUSANAGI貧乏くじ全力で引かせまくってマジごめん」になってしまった。だって、すごく良い位置に、アカツキさんの地雷が有るからwww
今回、一番得した人はアッシュ。一番貧乏くじ引いた人はKUSANAGI。一番楽して美味しい所持ってったのはグッドマン。一番お財布が痛かったのはソル。

本文中で書けなかった裏設定:グッドマンに対アカツキさんの対処法を示唆したのはアッシュ。(アッシュ的に、”お仕事モード”のアカツキさんは危うく見えた。このまま放って置くと心身共に危なそうだから、とっとと引き離すなりぶつけるなりして落ち着かせてしまおうという魂胆。実はKUSANAGIとやってることはほとんど変わらない。ゾルに対する嫉妬の割合も見た目ほど大きくない)大体の成り行きを理解していたので、アカツキさんと合流した時にグッドマンの対応がやたら早かった。仕込み人だけどありがとうなんて言われちゃって、罪悪感やら嬉しいやら。

お付き合い頂きありがとうございました。

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