716実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2018/04/29(日) 22:17:25.080>>717
投下し損ねていた慶サウを発見したので。

URL:ttps://www.axfc.net/u/3906903
タイトル:無題
PASS:mugen
ネタ元&設定等:想lいlがl…lテlーlレlッlテlーlすlるl大l会
カップリング(登場キャラ):慶次×サウザー×慶次、(はぁと、ブリジット、紫苑、利家、まつ、射命丸、秀吉、半兵衛)
性描写の有無: 全年齢



※このSSには男性同士の恋愛的描写が含まれます。
※キャラクターの性格や口調が違う場合があります。

嫌な予感がした方は、何も見なかったことにしてファイルを削除していただけるとお互い幸せになれると思います。






大会会場近くの公園の芝生の片隅、大樹の木陰に慶次はごろりと横になってうたた寝をしていた。夢現の境目のまどろみで、頬に寄せる風や柔らかく注ぐ日差しを楽しんで居た彼だったが、その耳にふと場に不釣合いな喧騒が届き、何事だろうかと片方の瞼を持ち上げる。賑やかしいのは良くある事だが、今日はもう一段騒がしい。けたたましい笑い声と大型の車のエンジン音が、かなり遠くからだろうに、聞こえてくる。

「だいぶ賑やかだなぁ。俺に内緒で祭でも始めたのか?」

慶次の呟きに、傍らでおやつのメロンパンを食べていた少女、はぁとが子供っぽくむくれる。

「あー、あの声またサウザーさんだ!」
「さうざー?」

肘を付いて寝転がったまま器用に小首を傾げる慶次に、はぁとは義憤に燃える瞳でその男について語った。若干偏った論調で。

「――――「愛などいらぬ」? そいつぁいけねぇ!」

一通り話を聞き終えて、信じられないとばかりに目を丸くした慶次は勢い良く立ち上がり。ぱんと手を打ち見栄を切り

「命短し、人よ恋せよ! 恋しないなんて、人生まるごと損してるみたいなモンじゃないか!」
「そうですよね! サウザーさんはきっと恥ずかしがり屋さんなだけです!」
「それじゃあ一丁、あの喧嘩に混ぜてもらいに行くとするか!」
「はい!」

同じく勢い良く立ち上がったはぁと頷き合い、揃って騒音の元へ駆け出した。


※※※

場はちょっとした戦場の様相を呈していた。巨大なバイクを改造したような、世紀末臭のする金ピカののりものに乗った男が高笑いを上げている。周囲ではカップル認定されたと思しきコンビ達が、迷惑そうな顔で距離を計っている。

「愛などいらぬ! カップルは滅びよ!!」

偉そうに叫んでいる台車の上の金髪の男は、よく見れば肘を突き足を組んで座っているだけで特に何もしていなかったが、その号令で運転席のモヒカンヘルメットの男が、操縦技術を齧った事の有る者なら思わず舌を巻くような見事なドライビング・テクニックで巨大な車体を横滑りさせ、通りすがりの罪無きジュラル星人を撥ね飛ばした。

「わわっ!?」

その傍らで高い声の悲鳴が上がった。突撃に巻き込まれそうになったのをバックステップで躱したのは良いが、目の前を通り過ぎた世紀末台車の風圧に煽られ、バランスを崩したブリジットがたたらを踏んでよろけている。
無駄に華麗にターンを決めた世紀末台車がブリジットに狙いを付ける気配を察し、舌打ちをした紫苑が、地面を蹴ってブリジットに手を伸ばす。掴んだ細い肩を引き二人の位置を入れ替え、彼を守るように槍を構える。しかしその身も武器も、突進する巨大な台車を迎え撃つには余りに細過ぎる。嘲笑うように肩を震わせた運転手がアクセルを吹かし――

「その喧嘩、ちょいと待ったぁ!」

けたたましいエンジン音を立てて加速する台車と紫苑の間に大柄な人影が割り込む。鞘に収めた巨大な刀を地面に斜めに立て、肩口で柄を支える。隆々たる体躯に威勢の良い掛け声と共に力が込められると、朱塗りの鞘が超重量の突進を正面から受けきった。
鞘の上に乗り上げたタイヤのコントロールを取り戻すために運転手がハンドルを切る。浮き上がったタイヤが重い音を立て地面を叩き、標的から逸れた台車は数メートル程進んで止まる。

「た、助かりましたぁ」
「良いって事よ。逃げな逃げな」
「チッ、礼は言わねぇ。行くぞブリジット!」
「あ、待って下さいよぉ〜! えと、ありがとうございました!」

走り出した二人の背中にチラとやった視線を台車に戻すと、慶次は久方ぶりに出会った友人に向けるような笑みを浮かべ、超刀を肩に担いで歩み寄る。

「なあなあアンタ! サウザーって言うんだろ? 愛が嫌いって聞いたけど本当かい?」
「如何にも。帝王たるこの俺に愛など必要ない」
「あれま。本当にそんな事言っちゃって、よっ――――」

答えると同時に、慶次は大きく跳躍した。体躯に似合わない身軽な動作で台車の縁に膝を曲げて着地すると、自分の顎を撫でながら、しげしげとサウザーを覗き込む。

「勿体無いなぁ。よく見りゃこんなに良い男なのに。恋しないなんて勿体無さ過ぎる」

至近距離に顔を寄せられ一瞬身を引いたサウザーだが、次の瞬間顔を歪め手を振り上げる。

「っ! ――去ね、下郎!」
「っとと!」

発された鋭い殺気に反応して跳んだ慶次だが、サウザーが手刀を振るう方が早かった。脛の辺りに走る痛みに眉を上げ、手を突いて着地した慶次は脚絆ごと切り裂かれた足の傷を見て目を丸くする。

「どうしようはぁと、一発貰っちまったんだけど、これナントカ拳って頭爆発したりするヤツ!?」
「いえ、サウザーさんの南斗聖拳は外部破壊の拳ですから、爆発とかはしないから大丈夫です!」
「あ、そう? 良かった」

ぐっと地面を踏みしめて行動に大きく支障が無い事を確認すると、慶次は何事もなかったかのように超刀を肩に担いでサウザーに向き直る。

「喧嘩がしたいんなら、そんな所に居ないで降りて来いよ。俺が相手になってやるからさ」

くい、と挑発するように手招きされ、サウザーは目を眇める。

「フン、良いだろう。その言葉、存分に後悔するが良い」

台車の上で立ち上がり、ばさりとマントを脱ぎ捨てる。相対する慶次は超刀を勢い良く振り上げ、朱塗りの鞘を宙へと飛ばす。余裕の笑みを以てそれを眺めていたサウザーだが、慶次が刀を返し峰を向けて構えるのを見て、不快そうに顔を歪める。

「何の心算だ、小僧」
「おっとっと、そう言や名乗って無かったな」

向けられた殺気をするりと流し、トボけたように慶次は言って、見得を切って名乗りを上げる。

「前田慶次、罷り通る!!」
「貴様如き、この帝王に髪一筋程の傷も付けられぬと知れ!」

一喝したサウザーが跳ぶ。彼の知る忍達の動きともまた違う、羽の生えたような跳躍に慶次が目を丸くする。

「南斗爆星波!」
「おっとぉ!」

空中から放たれる十字の闘気を躍るような足さばきで回避。足取りと同じく軽やかに、超刀が唸りを上げて振り抜かれれば、闘気は華やかな桜と成って舞う。
長大なリーチを誇示するように、慶次が大きく跳んでサウザーへと刀を振るった。一方でサウザーも僅かばかりの恐れも見せず、鍛え上げた拳ひとつでそれを捌く。
二閃三閃、大振りな太刀筋をあえて引きつけてから既の所で躱し、飛び込んだ内懐でサウザーの手刀が翻る。
超刀が振り抜かれた状態から、慶次は肩口からの体当たりをぶちかました。振り下ろされる直前の手刀ごと、サウザーが圧されるが、僅かでも遅ければ慶次の方が、それこそ超刀で切り裂かれたかのように真っ二つになっていただろう。それを為した慶次は輝くような全くの笑顔で――

「よいしょっと!!」

振り抜かれた超刀の峰が、サウザーの腹に叩き込まれた。
峰打ちと言っても、鉄の棒を慶次の膂力で打ち込まれたのだ。さしものサウザーも堪えきれず、空気を吐き出すような苦悶の声を一つ上げて崩れ落ちた。

「あれま。目ぇ回しちゃったよ」

動かなくなったサウザーを見下ろして、超刀を肩に担いだ慶次が頬を掻く。

「サウザーさん、相変わらずお豆腐だね。どうしますか?慶次さん」
「しょーがないから連れて帰るかね」


※※※

目を覚ますと同時に跳ね起きる。走る腹部の鈍痛に呻き声を零しながらも辺りを伺う。日当たりの良い和室だ。調度品も絢爛さは無いが品が有る。記憶を掘り起こそうと目を細めると、直ぐに呼び水となる騒がしい足音が聞こえた。

「あ、サウザー起きた? 傷は大丈夫か? もうちょいと待ってろよ。すぐに紙袋の先生が来るからさ」

物音を聞きつけたのだろう。肩に小猿を乗せた大柄な男が襖を開いた。

「貴様!」
「わー! ちょっと待った待った!」

手刀を振るおうとするサウザーを、慶次が慌てて制する。

「家の中で喧嘩なんかしたら、まつ姉ちゃんに怒られちまうよ」

悪戯を隠そうとする子供のように辺りを見回しながら、ほらまだ寝てなよ、とサウザーを布団へ押し戻す。流されて身体を傾けかけた所で我に帰り、肩に掛けられた手を打ち払う。

「参ったなぁ」

睨み付ける視線に眉根を寄せて、慶次は痛む手を軽く振る。その首の後ろから、結った髪に隠れた小猿が恐る恐る覗いている。気の抜けるような光景に、サウザーが渋面を作る。再び立ち上がろうとした彼の動作を遮るように、庭から甲高い声が響いた。
慶次が襖を開くと、いかにも武家らしい日本庭園の真ん中に、場にそぐわない扉が一つ。やけに背の高いそれが開き、中から同じくやたらと細長い人影が現れる。人目を引く長身と頭にかぶった紙袋。白衣を纏ったその肩から、伝書役を仰せつかった鷹の太郎丸が飛び立った。まつの元へと帰る太郎丸を見送って、慶次は襖を大きく開き、紙袋の男を招き入れる。

「来てくれてあんがとね、先生。サウザー、今起きたとこ」

人懐こい笑みを浮かべる慶次に会釈を返し、長身を折り畳むようにしてDr.ファウストは室内へと入る。

「さ、私が来たからには大人しく治療を受けて貰いましょうか」

くるりと回された人斬りメスの輝きに、サウザーは溜息を一つ吐いて観念したように布団の上に座り直す。ここで抵抗すれば人斬りメスが閃き、増えた切り傷ごと治療されるだけである。職務に熱い使命感を持つ彼が、たとえ室内でも人斬りメスを振り回すことに何の躊躇いも覚えないと言う事は、事実として知っていた。
サウザーが大人しくなったので、ファウストはその傍らに屈み込んで傷を検分し始める。

「…………はい、はい。骨は無事。内蔵も無事。流石に鍛えてるだけの事は有りますね」

豆腐ですけど。呟かれた余計な一言にサウザーが軽く指先を振るう。紙袋の端が小さく斬り裂かれ、ファウストの動きが一瞬引きつるが、不機嫌そうな表情に殺気が含まれていない事に気付き、再び治療に戻る。

「打ち身に効く軟膏を塗っておきましょうね。痛み止めは要りますか?」
「要らん」

今日の夜には外して構いませんよ、と包帯を巻き終えたファウストは、次に何が面白いのか楽しげにからからと笑いながら二人を見ていた慶次に向き直り

「慶次さん、貴方もですよ」
「あれ? ばれてる? 一応まつ姉ちゃんに手当して貰ったんだけど」
「良いから足をお出しなさい」
「はーい」

どう、と畳に腰を落とし、伸ばされた足をファウストが取る。脚絆を外し、その下に巻かれたさらしを解く。

「あぁ、ほら。骨が削れてるじゃないですか。武士の人はいけませんねぇ。こんな傷でも平気な顔して動き回るんですから」
「骨ったって少しだけだろ?」
「こう言う傷を甘く見ちゃいけません。骨に膿が溜まったらどうするんです…………はい、終わりましたよ。三日間、食後に抗生剤――この薬を一錠ずつ飲んで下さい。今日はお風呂に入らないで。走り回るのも控えて下さいね」
「はいはいっと。お疲れさん先生。お茶の一杯も飲んでってよ」
「いえ、お気持ちは有り難いのですが次の患者が待ってますので。失礼します」
「そっか。ま、いつでも寄ってってよね」

ええ。と答えてファウストは前田家を後にする。見送る慶次の前で長身の後ろ姿がが扉の向こうへ消えると、その扉自体もするりと空気に溶けるように消えてしまった。

「ちぇ。何か俺の方がよっぽど大事みたいにされちゃったよ」

負傷を大げさに扱われたことが不満なのか、子供が拗ねるようにむくれて包帯の端に触れる。

「当たり前だ。我が南斗聖拳は人体を破壊するために長きに渡り研鑽されて来た拳だ」

慶次のぼやきに答え、サウザーはふと気が付く。先程、布団へ押し戻そうとするあの掌を打ち払ったのは、ただ無造作に振るわれた手の甲だった。拳へと視線を落とす。口を滑らせたファウスト医師に対しては、何の淀みも無く繰り出せた、破壊も切断も思うがままの彼の拳である。理解し難い。あの手を振り払ったのは、何故南斗聖拳の拳では無かったのか。一つ一つ、身体に染み込ませるように習得した拳技は何時如何なる時にでも繰り出せる。油断しきったあの男の手首を斬り飛ばす事など造作も無かった筈だ。
思考に沈みかけたサウザーを見て、何を勘違いしたのか慶次がパンと手を打ち鳴らす。

「そうだよな! 腹ぁ減ってちゃ傷の治りも遅くなるってもんだよな!」

顔を上げたサウザーに向かって、ちょっと待ってろよ、と言い残し、現れた時と同様に騒がしい足音を立てて部屋を後にする。何か言う暇もなく置いて行かれたサウザーが仕方なく彼を待っていると、程なく何故か「痛ぇ痛ぇ!」と言う慶次の悲鳴が戻って来た。その傍らに、もう一人分の気配。

「失礼致します」

その気配の持ち主だろう。女の声が掛かる。サウザーが応えると、襖が静かに開き、膝を着いた小袖姿の女性が姿を現す。傍らには耳を掴まれ引きずられてきた慶次がひっくり返っていた。彼女は床に手を突き深く礼をして、芯の通った声で名乗る。

「前田慶次は叔父、前田利家が妻、まつに御座います」

きびきびとした動作で上げられた凛とした表情は、サウザーの包帯を目にしてへにゃりと崩れてしまう。彼女は再び低頭すると同時に、やっと身を起こした慶次の頭を鷲掴み、床に叩きつける。

「家の慶次がご迷惑をお掛けしたようで、何とお詫び申し上げて良いやら……慶次! あなたもお謝りなさい!」
「ご、ごめんなさ…………」

床と慶次の額との間でごり、と音が鳴るほど強く押しつけてから、ようやく羽根飾りを付けた頭を解放する。
慣れているのか懲りていないのか、慶次は頭を上げると直ぐにまつに反論を試みる。

「でもまつ姉ちゃん! 最初に暴れてたのあいつだし、こんぐらいで大騒ぎしてちゃ、こっちでやってけないよ!?」
「お黙りなさい。例えどの世でも前田は武門のお家。礼を失することなど有ってはなりませぬ」

反論をぴしゃりと封じられ、軽く倍は体格の違う女性に逆に気圧される。
あれこれと言い合う二人を眺めながらサウザーは、よくよく表情の変わる連中だ、と。何とかそれだけ感想を抱く。
やがて、はたとサウザーの存在を思い出したように、まつは再び彼に向き直り頭を垂れる。

「お見苦しい所をお見せ致しまして申し訳ございません。宜しければお食事等用意してございます。召し上がって行って下さいませ」
「…………あぁ」

サウザーが頷くと、まつは顔を上げ、花が綻ぶような笑みを浮かべる。

「それでは早速用意をして参りますので」

彼女が襖を閉めようと手を掛けた所で、横合いから聞いた事が有るような無遠慮な足音が響く。

「まつー! 腹へったー! メシはまだかー?」
「まぁ犬千代様! ご客人の前ですよ!」

現れた男を、まつが子供にするように叱りつける。彼はサウザーに気づくと身を正し、前田利家と名乗った。

「ご客人、慶次が迷惑を掛けたようで申し訳ない。怪我の具合はいかがだろうか?」
「この程度、大事無い」

余りに人なつこい様で無邪気に尋ねるものだから、サウザーもつい、そう返す。

「そうかぁ、良かった! まつのメシは旨いから、是非食べて行ってくれ!」

慶次に良く似た底抜けに明るい笑顔を浮かべ、まるで自分のことのように喜ぶ利家。
本当に、良く似た一族である。サウザーは内心溜息を吐いた。遠慮して表に出さなかったのではなく、表に出すのも阿呆らしい気分だった。



問題なく起き上がれたので、身繕いをして居間へ移る。
畳敷の部屋に座したサウザーの両脇に慶次と利家が座り、食事を待つ間中、左右からステレオでまつの飯が如何に美味いか力説され、サウザーはすっかり辟易する。
実際口にした食事はなるほど、二人が自慢するだけあって、力に任せて用意させた世紀末での豪華な食事よりも美味だった。
見た目は決して華やかでは無いのだが、土地や気候の違いだろうか、素材自体の持ち味があって、それを活かすように、しかし手間隙を厭うことなく調理が施されている。
里芋の煮転がしのよく味が染みたものを口にしているサウザーの左右で、ステレオ放送は健在で、それぞれ「おかわり!」と勢い良く叫んでいる。

「はいはい只今! あぁ、サウザー様はおかわりはよろしいのですか?」
「十分だ」

そもそも最初に出された茶碗が冗談のような山盛りだった。一人前の定義について首を傾げざるを得ないような大食の者がごろごろしている世界なので今更驚きなどしないが、遠慮するでも無理をするでも無く、十分な量だった。
サウザーが食後に出された熱い茶を飲み終わる頃に、左右二人も食事を終えて、満足げな声と共に茶碗をドン!と膳に置いて行儀が悪いとまつに叱られる。
毎日のように繰り返されているであろう光景を横目に見ながら、湯呑みを置いて立ち上がった。
三人が喋るのを止めてサウザーを見遣る。と、前田家まで付いて来て隣室で待機していた部下の運転手が外から障子を開け、跪いたままサウザーのマントを差し出す。
受け取ったマントを羽織り、三人を肩越しに振り返る。

「美味な食事に免じて、今回のことは不問にしてやろう」

横柄な態度であるにも関わらず、前田家の三人は何故か楽しそうに笑い合い、断られてもなお門の前まで揃って見送りに来た。
古風な門の前に世紀末台車が停車しているシュールな光景を、最早特に疑問には思わず、サウザーは座席に座る。その背中に向かって、慶次は声を掛ける。

「また遊びに来いよ、まつ姉ちゃんの飯、美味かっただろ?」
「俺は馴れ合いなどせん」
「じゃ、『りべんじ』に来いよ。負けっぱなしでなんて居られないだろ」

慶次の言葉にサウザーは鼻を鳴らし

「貴様のような下郎に二度目は無い。何れかの大会で下してくれる」

その台詞を合図に、運転手がエンジンを掛ける。

「ああ! 楽しみにしてるぜ!」

去って行く車の背に向かって、慶次は大きく手を振った。


※※※

数日経ってサウザーの腹の痣も目立たなくなった頃、聖帝軍の根城にしている建物に来訪者が有った。
通行の許可を待たずに力尽くで罷り通った歌舞伎者は、室内の数段高い位置に据えられた椅子に座るサウザーの前でよっ、と軽く片手を挙げて挨拶をする。

「……何をしに来た」
「や、怪我の具合は大丈夫かなー、なんて思ってさ」

と、本気とも冗談ともつかぬ素振りで、土産の団子を差し出す。サウザーが不機嫌そうな顔のまま受け取らずにそれを眺めていると、慶次が続いて口を開く。

「サウザーさ、大会、どれに出るんだ? 喧嘩するにしても同じ大会に出なきゃ始まらないよ」

その言葉に片方の眉を上げ、サウザーが出場を依頼されている幾つかの大会の名前を口にすると、その一つに慶次がぱっと顔を輝かせた。

「それ! 俺も呼ばれてる!」

断りもなくずかずかと段差を上がってサウザーに詰め寄る。ついでにとばかりに押しつけられる団子の包みを迷惑そうに押し返しながら

「貴様の命日が決まったな。その首を洗って待っていろ」
「あっはは! 風呂に入んないとまつ姉ちゃんに起こられるから、耳の裏までちゃんと洗ってるよ!」

慶次は笑って、サウザーの玉座の重厚な肘掛けに尻を乗せ、土産だった筈の包みを開けて団子の串を二本、手に取る。
無礼者に振るった手刀を斜めに背負った超刀の鞘でさりげなく防がれ、サウザーは迷惑そうに顔をしかめて反対側の肘掛けに身を寄せて肘を突く。
その顔の前に、慶次が団子の一本を差し出す。最初は無視していたが、猫をじゃらすように目の前で振られる団子の鬱陶しさに折れて、引ったくるように串を受け取った。
気を利かせて茶を淹れてきた部下がサウザーに睨まれ硬直する。慶次がそれを手を振って招き寄せ、受け取った熱い緑茶を啜る。

「とーん、って。鳥が飛ぶみたいにさ」

吐息と共に、不意に慶次が呟いた。

「アンタの喧嘩、華がある」

前の戦いを思い出しているのだろうか、遠くの方に視線をやる慶次の口元に笑み。

「だから、アンタとの試合、楽しみにしてるぜ」

サウザーに向き直って、花の咲くような笑顔。

「命日が楽しみとは、度し難い男だ」

一笑に付し、サウザーは団子を口にする。それを見届けると、慶次は満足げな笑みを浮かべ、肘掛けから立ち上がる。

「じゃ、またな。サウザー」

きぃ。と肩の小猿が鳴いた。訪れた時と同じ唐突さで、慶次は春一番が吹き抜けるようにサウザーの元を立ち去った。


※※※

「あはははは! いやぁ、何か忘れてたと思ってたらコレだったよ!!」

さも愉快そうに大笑しながら、慶次が自分の腿をばしばしと叩く。
その傍らで、サウザーは理不尽さの余り、怒りに肩を震わせながら、掲示板に張り出されたタッグ一覧を睨み付ける。
そう。タッグ。
北斗・南斗の拳を修めた者と、戦国に覇を唱えた者。その両名によるタッグをコンセプトにした物がこの大会だった。
そして何の因果か、サウザーとのタッグを指定されたのが、この隣で笑い転げている慶次だった。
それだけだったなら、まだ『嘗て無い程の苛立たしい不幸な出来事』で済んだだろう。
だがしかし。
タッグの横に書いてある一文。
『ダイヤ下二位』
額の血管が切れそうになった。
手酷いこの愚弄にも、慶次は笑い転げるばかりだった。
蹴転がした慶次を踏みつけながら、不意に、少し離れた場所に農民と汚物の最下位タッグがいることに気付いた。

「手前ぇの必殺技無敵無ぇから! 今は悪魔が微笑む時代なんだよ!」
「うるせぇ困った時の羅漢撃! Partyはこれからだぜ!」

あちらはあちらで妙に楽しそうなのが癇に障る。
最早出場者全員を微塵に切り刻んで優勝するしか溜飲を下げる方法は有るまい。
世紀末病人と戦国オクラのタッグが成立してるとか、そんなことはもう関係が無いのだ。

「――――ざー、サウザー! ちょっと。何で俺踏まれてんの!? サウザー? 聞いてる!? とーふ! ――ちょ、痛い痛い! 聞こえてんじゃん!」

※※※

「…………『あれ』は一体何の冗談だ?」

一試合目が終わって、サウザーの苛立ちは頂点に達した。
元より勝敗をタッグパートナーの所為にする心算は無い。が、それにしても自分の試合だと言うのに酒を片手に地面に座り込んで観戦の姿勢を崩さない慶次の態度は余りにも酷かった。
サウザーの怒気に早すっかり慣れた様子で、小猿の夢吉が慶次の肩から飛び降りる。避難先にトキの肩を選択している辺り、傾向と対策は完璧である。

「ごめん! あんたがあんまりにも綺麗だから見蕩れちまってた!」

ぱん! と手を併せて平に拝み倒される。
外連味の無い直情的な言葉に、サウザーは虚を突かれ二の足を踏む。

「貴様は、闘う気は無いのか……」

視線を逸らし、居心地の悪さを誤魔化すように苦々しい表情で言うと

「喧嘩は好きだよ。大好きだ。でも」

サウザーの言葉に、本人すら自覚がないような、困ったような顔で慶次は答える。

「あんたから目を離すのが、勿体なくて」

透かして通す様な視線に耐えかねて、サウザーは慶次に背を向ける。

「もう良い。貴様は俺の背を見惚けて居ろ」

歩き出した背に、咄嗟に慶次は手を伸ばす。

「あっ、サウザー…………怒っちゃった……? ……あのさ、俺は――」
「……もう一度」

慶次の言葉など無視して行ってしまうだろうと思われた足が不意に止まる。

「へ?」
「この大会が終わったら、もう一度。俺と本気で勝負をしろ。刀は返すな。刃を向けて、だ」

肩越しに見返るサウザーの目は、それこそ刃のような剣呑な光を帯びている。

「…………サウザーは、それで満足するのかい?」
「ああ」
「そっか。じゃあ、分かった」

やんわりと微笑み、慶次が同意を示して頷いた。

サウザーからすれば惨憺たる結果ではあったが、観戦者にとっては驚くべき好成績を、殆ど彼一人で残すことになった。
慶次の方と言えば、勝っても負けても始終上機嫌で、観戦者に働けKGなどと罵られながらも、酒を呷ってはサウザーの戦う姿に見入っていた。
働かない慶次にサウザーが何も言わないのを周囲は疑問に思いながらも、通常試合に続いて催された第二部の勝手に仕様で色々な伝説を残し、大会は盛況の内に終了したのだった。


※※※

翌日、申し合わせた通りに山中の人の訪れる事の余りない広場にやって来た慶次は、広場の端で腕を組み、木立の一本に背中を預けていたサウザーに手を振る。台車を先に帰らせたのか、それとも単身でやって来たのか。周囲には人の姿も車の姿も無い。
サウザーは立木から離れると、無言のまま広場の中程まで歩き慶次と向き合う。

「刃を向ける気概は有るな」
「うん、大丈夫。俺だって、真剣になることぐらい有るさ」

答える慶次の肩から小猿が飛び降りる。

「命の覚悟は」
「ふたつ分」

朱塗りの鞘に収まった超刀が、風ぐるまのようにぐるりと回され、振り上げられることで鞘を宙に投げ飛ばす。
それを合図にザウザーは極星の闘気を放ち、撃ち抜くような鋭さで、刀の鍔を狙って蹴り抜く。ジンと手が痺れる衝撃に眉を顰めながらも、慶次は強引に超刀を振り抜いた。
持ち前の怪力である程度は補えて居るものの、慶次はやはり大振りな動き故に隙も大きい。サウザーの隙を消し去った貫き手が傾奇者の顔を捉える既の所で、慶次は躱すと同時に攻撃に出た。
サウザーの虚をつくように、超刀の柄頭が槍の穂先のように突き出される。懐へと飛び込むための前進は止めずにそれを躱すが、翻る刃先が足元を薙ぐ。サウザーの注意が僅かに足元に集中した隙に、踏み切って跳んだ慶次の膝が、サウザーの顎をカウンターで狙う。
大筒の砲撃のようなそれを、すれ違いながらいなす。慶次の着物に長い切れ込みが幾つか走ったが、致命的な流血には未だ至っていない。離れて着地した慶次を狙い、複数の闘気を放ち己も駆ける。慶次が爆星波を捌く時の動きはもう見た。今、サウザーが放った闘気を全て捌こうとすれば、必ず一手分の隙が出来る。勝機を確固たる物にする為に、拳に気を込める。
長い距離を跳んでようやく地面に足を着けた慶次が、ぐるりと独楽のように回って向き直る。超刀は左手にあった。空を切る何かの音。試合開始時に放り投げられた鞘が、正しく丁度、慶次の手の中に落ちて来たのだ。それを力任せに投げ付けて、サウザーの放った爆星波を消し飛ばす。

「蝶よ花よと」

明るい色合いの、よく手入れされた長い髪が光を弾いてきらきらと流れる。
慶次の持つ風の属性の力が集まり束ねられて、竜巻となり、サウザーへと叩き付けられた。
轟と鳴る暴風に次いで飛び込んだ慶次が拳を握り、

「お終いっ!」

大きく振り被った拳はその軽薄な調子に反して全力の物だった。この一突きで終わらせると言う気迫の籠もった拳が暴風に撃たれ身動きの取れないサウザーに迫り、

「誰も俺を倒すことはできぬのだ!!」

瞬間、サウザーは南斗鳳凰拳の極意全てを開放した。あらゆる攻撃、暴威を空を舞う羽そのものの動きで受け流し、一撃に全力を賭けていた慶次にカウンターを浴びせる。
風が収まり、地面に降り立ったサウザーが足を踏み出した。

「、ぐっ──ッ〜〜!!」

対峙する慶次の姿勢が崩れる。超刀を地面に突き立て、杖にするように縋りながら堪えてサウザーを睨むも、耐え切れずに地面に倒れ込む。

「が、……あぁ…………あ。もー、駄目かも……」

大きく息を吐き、ごろりと地面に転がり大の字になる。闘気の消えた目で歩み寄るサウザーを見上げ、掠れた声で口を利く。

「やぁ、サウザー…………俺を……殺すかい……?」

サウザーは答えずに間近まで歩み寄り、慶次を見下ろす。切れた額から流れる血を手の甲で煩わしげに拭うと、屈んでその手を慶次に伸ばした。

「──っ!」

頬に走る痛みに慶次が眉を顰める。指先で慶次の頬の切れた所から滲む血を拭ってやると、サウザーは膝を折ってどさりと地面に腰を落とす。慶次と同じく力尽きたような動作だったが、背は真っ直ぐ起こしたままで、立てた片膝の上に手を置いている。

「……悪くない闘いだったぞ、小僧」

告げるサウザーの口元に微かな笑み。

「…………俺の首は、いらないのかい?」

ほぅと息を吐きながらも、慶次が減らず口を叩く。

「預けて置く」
「そっか…………じゃ、預かっとく」

何が面白いのか、くすくすと笑う慶次を眺めていると、サウザーの視線に気付き、寝転がったまま視線だけを巡らせて見返して来る。視線が合うと、慶次がにへらと頬を緩める。それを見て、サウザーが顰め面をすると、慶次がまた笑う。不機嫌そうな表情をしながらも、サウザーは視線を逸らそうとはしない。
時折、慶次が堪えきれずにこぼす忍び笑いの他は、葉擦れや鳥の声しかしない静かな山の中、どれ程そうして居ただろうか、

「んー……」

不意に慶次が口を開く。

「あのさ……サウザー。そろそろ……医者の先生を呼んでも良いかな? ……血が足りなくってさ…………なんか…………めまいが…………」

眠りに落ちる直前のようにぼんやりと、けれどそんな楽観が出来ない程に青褪めた顔色で。

「まつねーちゃんに……たろーまる……借りてきたから…………たろーまるー……」

呟く程度の大きさの呼び声を聞き付けて、木立の中から一羽の鷹が飛び立つ。サウザーが挙げた腕に舞い降りた太郎丸に、慶次が話しかける。

「紙袋のせんせー……わかるよな?……ここの場所はもう、お前の足に結んである紙に書いておいたから…………たのむぞ、たろーまる……」

一声鳴いて舞い上がった太郎丸と反対に、慶次の意識は地面に吸い込まれるように薄れていった。意識が途切れる瞬間、サウザーの声が聞こえた気がした。


※※※

「んー……」

呻いて寝返りを打つ。スプリングの利いた寝具は南蛮系の文化の物だろうか。

「むー……」

顔を埋めた枕も柔らかい綿の詰まった物だ。犬の四郎丸の腹を枕に昼寝をする時のようで、幸福感に頬が緩む。

「んぅ〜〜〜〜」

じゃらっ、とカーテンを開く音がして、無粋な光が慶次の至福の邪魔をする。もたもたと寝返りを打ち、引き上げようとした掛け布団が何者かに無情にも引っぺがされた。

「目が覚めたならとっとと起きろ」

掛け布団に巻き込まれ、「いて」とも「ぐえ」とも付かない呻き声を上げて、どさりと無様に床に落ちる。
硬い木の床に肘を突いて顔を上げる。腕に走る痛みに目をやると、丁寧に包帯が巻かれていた。正確な仕事はファウスト医師の手による物だろう。次いで声の主に視線を移す。予想し、期待していた通りの顔。

「う、うぅ〜。サウザーの南斗無情起床拳……」
「訳の分からん名前を付けるな」

起き上がりかけた慶次を蹴転がして背を向ける。足早に部屋を去りかけて、不意に入り口で足を止め

「早く来い。食事を用意させてある」

肩越しに振り返って床から見上げる慶次に告げる。

「……あ、めし?」

寝ぼけ眼を擦りながら、その単語に反応して起き上がる。
先に行ってしまったサウザーを慌てて追うことはせず、机の上に揃えて置いてあった服を手に取り身繕いをする。この部屋の備え付けでは無いらしい櫛や鏡は、彼の部下が用意してくれたのだろう。日頃からあの暴君を相手にしているだけあって、外見の割に良く気が回る。

「お待たせ、夢吉」

着せられていた入院着からいつもの服に着替え、着手際良く髪を結い上げる。飾り羽を挿し、慶次は机の上に座って待っていた夢吉に手を伸ばす。差し出された手を伝って肩に登った小猿がきぃ、と一声鳴く。

「さーて、急がないとまたサウザーが怒るかな、っと」


モヒカン頭の部下に案内され、足早に食堂に入ると、朝餉は既に広い机の上いっぱいに並べられていた。

「遅い」

慶次の方を向こうともせずに吐き捨てるサウザーに苦笑する。

「歌舞伎者の身支度には時間がかかるんだってば」
「まるで女だな」
「あ、分かる?この飾り帯女物なんだけどさ、良い色だろ?」

皮肉の積もりで言った言葉をあっけらかんと返され、サウザーの眉間に皺が寄る。

「しかし朝から豪勢だねぇ」
「あの女の料理以外は喰わんか?」
「まさか。まつ姉ちゃんの料理は格別だけど、好き嫌いはしないよ」

超刀を壁に立てかけて、慶次がサウザーの向かいに座り、ぱん、と手を打っていただきます。と挨拶する。
堅く焼いた白パンに、よく煮込んだ野菜のスープ。甘辛く味付けをして焼いた豚に、丸のままの鶏に詰め物をして油を掛けて熱を入れたもの。南蛮料理は物珍しく、これはこれで好きだ、が

「ちょっと多すぎない?」

鶏料理にナイフを入れながら首を傾げる。慶次もそれなりに食べる方だと自覚しているが、それにしたって二人分には多い。周りにいる部下の分も込みなのかと言えば、椅子は二脚しかない。第一……

「サウザーは食わないの?」
「食べる気にならん」

料理に手を着ける素振りもなく、腕を組んだままのサウザーはふいと顔を背ける。

「おいおい、駄目だろサウザー。朝飯は一日のえねるぎー源だって医者の先生言ってたぜ? それに俺一人じゃこんなに食いきれないし。ちゃんと食べろってば、ほら」

慶次が立ち上がってサウザーの皿に料理を取り分ける。

「朝から脂っこいものばっかり見てるから食欲が無くなるんだよ。果物とか、な、こっちの野菜の汁物とかならいけるだろ?」
「人を勝手に胃弱キャラにするな」
「してないよ。それに俺だって獣の肉は食べ付けてないんだから」

取り分けた料理が綺麗に盛りつけられた皿を胡乱に眺め、それでも渋々手を付けるサウザー。
野菜のスープを飲み、ちぎったパンを口に運ぶ。
サウザーが食べ始めたのを見て、満足げな顔で自分の食事を再開した慶次を眺めながら、サウザーは内心で料理人が変わったのだろうかと内心で首を傾げる。食事の味が違う気がする。今すぐに食事を用意した部下を呼び付け問いただしたかったが、相手が前田慶次と言えど客人の前である。疑問を心の内に仕舞って食事を続けた。

「っはー! 食った食った! ごちそうさまでした! ねぇ! 悪いんだけどさ、流石にもう食べきれないから、残りはまかないに回してやってくれないかな?」

ぱんっと手を打ち一礼した慶次が、壁際のサウザーの部下に言う。サウザーの顔を伺う視線に、好きにしろと軽く手を払う仕草をすると、部下は深々と礼をした。

「泊めてくれてあんがとな、サウザー。また遊びに来るからさ」

慶次が小猿を肩に乗せ、負傷を感じさせない動作で立ち上がり、超刀を背負う。
包帯だらけの姿に思わず引き留める言葉が喉元まで出かけたが、療養ならばそれこそ自宅の方が良いだろう。全て飲み込みサウザーは、ばいばい、と戸口から手を振る慶次を無言のまま見送った。


※※※

試合会場へ続く道の端でその後ろ姿を見かけた。派手な着物の大柄な上背に、高く結った栗色の髪。その隣に、高歯の赤い洋靴に黒い翼の少女の姿。前田慶次に射命丸文。あまり見ない取り合わせだが、どちらも顔が広いので不自然と言うほどでもない。歩きながら何か話している様子だったが、背後からなので表情は見えない。

「おい」

運転手に車を停めさせ、世紀末台車の上からサウザーが声を掛けると、二人の肩がビクリと跳ね上がった。引き攣った笑顔のようなものを浮かべながら、揃ってサウザーを振り返る。

「よ、よおサウザー! 奇遇だな!?」
「あ、あややサウザーさんではないですか! 本日はお日柄も良く!?」
「…………貴様等、何を企んで居る?」

サウザーの纏う空気が一息に冷える。どうでも良いような、でも取りあえず攻撃を加えておこうかと言うような、危機感や使命感よりも、圧倒的に面倒臭さばかりが先行するが、捨て置いても面倒臭い事になるのだろうと言う経験測。煩わしい障害物を脇に除けるような、熱意の無い作業的な害意。
何せ愉快犯には事欠かない世界だ。慶次がその口だったとは知らなかったが、少なくとも天狗の方は異変を愉しむ口だ。

「いや! 別に企みとかじゃ無いんだけどちょっとその」
「あやややや! 私、少々用事など思い出しましたのでこの辺でお暇させていただきますね! 慶次さん、お話はまたいずれ!」

ぴ! と手を挙げ、射命丸が宙に浮く。翼をはためかせると、幻想郷最速と言われるだけの速度で、ブン屋の少女は瞬く間に視界から消え去った。

「あ、逃げ──! って夢吉まで!?」

天狗に続き、小猿が慶次の肩から逃亡し近くの街路樹の枝に登る。
そんな光景を視界の端に捉えながら、サウザーはとん、と倒立の姿勢を取る。万全の体調である今、わざわざそんなことをする必要は無いのだが、戦いの中で付いてしまった奇癖を未だ矯正することなく、腕の力だけで宙に飛び上がり両腕を広げた十字の構えを取る。

「南斗鳳凰拳奥義!」
「ぎゃあああああ!!」

「お師……」

呟きながら見上げた空に、師の面影のついでに天狗の姿を探すが、疾うに逃げ去った後らしく黒い羽の一枚も見あたらなかった。

「さて」

呟いて慶次に向き直る。

「何の悪巧みをしていた?」

見下ろす視線の先で、慶次がむくりと身を起こす。以前の決闘の時とは違い手加減はしてあったので、さしたるダメージはない。

「別に悪巧みなんてしてないよ。ただ、本を貸してくれってだけで」
「本、だと?」

武将であるだけに思いの外、教養のある慶次だが、傍目からは書物を読み説く類には見えない。

「って言っても絵双紙だけどな」

そう言われてサウザーは腑に落ちた。幻想郷なら慶次の時代の書物も流れ着いて居るだろうし、ブン屋ならばそう言った物に出会うことも多いのだろう。
慶次が何の本を探しているのかは知らないが、自分に関係の無い事だと分かった途端、興味が失せた。
鼻を鳴らして慶次に背を向ける。

「なーなー、サウザー。また一緒の大会出ようぜ。俺も預けてる首、取り返さないといけないしさ」

手加減したとは言え冤罪で奥義を食らわせられたことに対する文句も言わず、慶次はサウザーに笑顔を向け、あれこれと喋り始めた。


※※※

歌舞伎者と言うのは酷く暇で神出鬼没のようだ。
その後も慶次は数日サウザーの根城に居座ったかと思えば、一ヶ月顔を見せずに居たり、ふらりとやって来たかと思うと、やれ祭りだ大会だと外を引きずり回す。
サウザーの逆鱗に触れることもしょっちゅうで、同じ回数だけ南斗聖拳に晒されたが、懲りずにまた現れる。
日毎に増して行くかと思われた苛立ちは、ある日を境に消えて行った。
劇的な何かが有ったわけでは無く、要は慣れと諦めだ。この世界に順応して行った時と似ている。
華やかな気配が空気のように。騒がしさが環境音のように。思えてきた頃、サウザーはある大会に出た。

「サウザーさーん!!」

嬉しそうな声を上げて駆け寄ってきた少女。愛乃はぁとに視線を向ける。

「お久しぶりですサウザーさん! 元気してました?」
「見ての通りだ。お前の方は相変わらず無駄に騒がしいな」

突き放したようなサウザーの回答にも、はぁとは人なつこい態度を崩さずに

「はい! 私も元気でしたよー!! 大会もいっぱい出ました! サウザーさんも色んな大会に出てるみたいですね!」
「ん? ……あぁ。碌でもないものも有ったがな」
「今日の大会も楽しみです! あ、私Bブロックです! サウザーさんはどこですか?」
「Cだ。この俺が出るからには優勝は叶わぬだろうが、せいぜい決勝戦まで勝ち抜いて来るが良い」

答えると、はぁとが何故か口を噤み、その丸く大きい瞳でサウザーをじっと見る。

「……サウザーさん、何か変わりました?」
「何だと?」
「だって、いつもより優しいし、それにすっごい楽しそうだし」
「………………」

不思議そうな表情で指摘され、サウザーは眉をしかめる。

「慶次さんと、サウザーさんのお話するんです。慶次さん、とっても楽しそうで」

その名前が出た瞬間、サウザーは我知らず拳を握り込んでいた。不可思議に胸裡が騒いだが、不愉快だとは感じなかった。

「俺があの下郎に影響されたとでも言いたいのか? 馬鹿な事を」

そのざわめきを覆い隠すように、平坦な調子で答える。

「そんなことより、この戦いで勝つ事を考えたらどうだ」
「あ、私負けませんよ! 愛はぜったい勝つんですから!」
「ぬかせ小娘。Bブロックならとっととリングの方へ行け」

サウザーが言うと、折しもBブロック予選が始まるので選手は集合するように、との場内アナウンスが響く。

「あわわっ、もうこんな時間っ! 行ってきますね! サウザーさん!」

慌てて走り出したはぁとの背に声を掛けるが

「おい小娘、お前は走ると──」

時既に遅く、何もない所で蹴躓いたはぁとが転倒した。

「──転ぶだろう」

溜息を吐いて、はぁとの襟首を掴んで引き起こす。少女はぶつけた鼻を赤くして、照れ笑いをしながら走って行った。
その後ろ姿を眺める。
牙の抜けた獣と揶揄されるだろうか。
それも構わない。サウザーは元より墜ちぬ将星であり鳳凰である。
何一つ、障りなど有る筈が無い。
だから、胸のざわめきの存在を認めた。
苦々しい程に甘ったるいそれを。


※※※

珍しく、サウザーの方から酒の席に誘って来たものだから、慶次は二つ返事でそれに乗った。
人の少ない落ち着いた雰囲気のバーだった。静かで品が良くて、派手好みのサウザーでもこう言うのは好きなんだな、と思いながら、慶次は彼に続いてカウンター席に座る。
花や月を見ながら大勢で呑む酒は好きだが、こう言う席も良い。
何より、花にも月にも引けを取らない星が居る。
楽しくていつもよりも口が回るが、対するサウザーの方も、普段より口数が多かった。

「──恋を、したかも知れん」

不意にサウザーが言った。

「へ?」

慶次は一瞬きょとんとしてから

「えっ! 本当に? サウザーが!?」

衝撃的な発言に、思わず身を乗り出す。
否定をしないサウザーの様子を見て、満開の桜が花開くように表情が輝き出した。

「二度は言わん。ただ……」

足を組み、カウンターに頬杖を突いて、慶次の方を見ようとせずにサウザーは続ける。

「相手が、男なのだが……」

何処と無く頑なで、それでいて浮ついたようなサウザーの態度の理由の一端を理解して、慶次は頷いた。

「うん。でも大丈夫だよ」

サウザーがこちら見ていなくても、慶次は微笑んだ。

「ザウザーは良い男だし、同性に惚れる事だって良くある事さ」
「……そうか」

慶次から見て、サウザーは落ち着いているように見える。照れ隠しに攻撃して来るような事も無い。

「サウザーが誰かを好きになれて、俺も嬉しい」

まるで自分の事のように浮かれてはしゃぐ慶次。

「なあ、誰か聞いても良い?」

けれど小さく頷いたサウザーが言葉を紡ぐ前に、ふと思い付いて手を打つ。

「あ、そうだ! 『ひんと』頂戴! 当てるから!!」

そこでサウザーはようやく慶次に視線を向け、良いだろう。と答えた。

「えっとね、先ずは歳! 年下? おっさん? 同じくらい?」

顎に手を当てて考えながら、慶次が問う。

「そうだな……正確に知っている訳ではないが、俺とそう代わりは有るまい」

少しだけ首を傾げて、淡々と返すサウザー。

「背は?」

頭の中に『候補者』の顔を並べながら続けて尋ねる。

「かなり高い。体格も、南斗や北斗の拳法家と比べても見劣りはせんな」
「へぇー、ガチムチかぁ。じゃあ、髪型!」
「栗毛の長いのを、高くで括っている」
「武器持ち? 素手?」

本の一瞬、不自然にならない程度の間の後

「刀だ。毛色は変わっているが」

サウザーは答えた。

「ああ! 分かった分かった!!」

ぱん! と慶次が音を立てて手を打つ。日焼けのある頬は紅を掃いたようで、その目は、きらきらと輝いている。

「……では、誰だ?」

こくりと唾を飲み込み、サウザーが尋ねる。
勢い込んで慶次が答えた。

「サムスピの徳川慶寅!!」

付いた頬杖から頭が落ちた。カウンターに額がぶつかって、ごっ、と鈍い音がした。

「違う…………」

顔を起こしながら、サウザーが唸るように言う。

「……刀は一本。大太刀の類だと思うが、本人は『超刀』と呼んでいるな」

慶次の動きがぴたりと止まる。

「小猿を連れていて、恋だ祭りだと、とにかく喧しい」

ここまで言えば理解できるだろう。と、改めて慶次を見遣る。

「…………サウザー……俺……」

慶次の顔色は、真っ青になっていた。
今の今まで満開に咲き誇る桜のような気勢だったのが、一瞬で立ち枯れた古木のような有様に成り下がっている。
視線は狼狽えるように宙をさまよい、手も小さく震えている。

「俺……俺…………ごめんっ……!」

まるで悲鳴を上げるように謝罪の言葉を口にして、慶次は脱兎の如く背を向けて駆けて行ってしまった。
追うことは、出来なかった。
伸ばした腕は取り残され、それもやがて力無く落ちた。


正直に白状すれば楽観していた。即時に色良い返答が出るとまでは思っていなかったが、悪いようにはなるまいと。
慶次の厚意に胡座を掻いていたのだろうか。
後悔も、今となっては先に立たない。
全ての気力が萎えて、砂になって崩れ落ちてしまいそうな、寧ろそうなってしまいたいような気分だった。
カウンターに肘を突き、組んだ手に額を乗せて深く深く沈み込む。

「あやや。どうしたんですか、そんな八頭身のAAみたいな落ち込み方しちゃって」

だと言うのに無遠慮に、その少女はサウザーに声を掛けて来た。

「去ね…………貴様を相手にする気力も無い…………」

顔すら上げずに彼は射命丸を追い払う。

「ひょっとして、慶次さん絡みの事だったりします?」

言い当てられて、サウザーの肩が小さく震える。

「あやや。やっぱりですか……」

ばつの悪そうな顔をして頬を掻く射命丸に視線をやると

「いえね、実は慶次さんにはお見せしちゃったんですよ……幻想入りしてた北斗の拳第二版本。初版ってコレクター居るんで幻想入りしにくいんですよねー」

そんな事を言いながら、サウザーの隣、先程まで慶次が座っていたのとは反対の椅子に腰を降ろして

「ほら、貴方に見つかって、さんざ挙動不審な対応をしてしまいましたでしょう? あの時ですよ。思えばアレが色んな事の原因だったかと」
「あぁ……あれこれ詮索して触れ回るのが貴様の趣味だったな」
「いやいや、本当は記事にするでもない個人のプライベートを喋って回るような真似はしませんよ? ブン屋のプライドに掛けまして」
「では何が言いたい」
「今回のはちょっとフェアーじゃないなーって。思いましてね」

わざと核心には触れず、はぐらかすような言葉を並べながら

「こちらにPCタブレットがございまして」

幻想郷に似つかわぬ最新機器を取り出して、一つの動画を立ち上げる。

「サウザーさんにも、慶次さんの過去をお教えしちゃいましょう」


※※※

八意診療所から出て来た半兵衛が、秀吉の姿を見留めて歩み寄って来る。

「経過は」
「うん、小康だって。でも、この頃は血も吐かないし苦しくもない。こちらの医者は優秀だね、秀吉」

処方された薬の小包を携えた半兵衛が答える。こちらの世界に来て最も喜ぶべきことは、この腹心にして友人である竹中半兵衛の病を治せる医者に出会えたことだった。

「ならば何よりだ。行くぞ」

踵を返し、歩き出そうとした秀吉の足が止まる。
見知った顔が居た。それは、よろよろと頼りない足取りで秀吉に近付いて来た。

「秀吉、ひでよし、どうしよう」

真っ青な顔で、今にも泣き出してしまいそうな表情で、慶次は縋り付くように秀吉の胸元を掴む。

「……慶次? どうしたと言うのだ」

袂を分かった嘗ての友。こちらの世界に来て、敵対とも和解とも休戦とも言えない気まずい関係だったことすら忘れてしまった、或いはそんなことも考えられないような酷く混乱した様子の慶次を咄嗟に突き放すことが出来ずに尋ねた。

「俺、サウザーを傷付けちゃった……」

突然出てきた名前に、秀吉は怪訝な表情をする。

「あいつは俺だ、利とまつ姉ちゃんに会えなかった俺なんだ!」

秀吉の疑問を気に留めず、慶次はまくし立てる。

「あいつには幸せに恋して欲しいのに。俺が……俺がそれを台無しにしちまうなんて」
「慶次?」

恐れ知らずの筈の慶次の腕が震えていた。状況は理解できなかったが、余程のことが有ったのだと推測は出来た。

「お、俺……怖かったんだ」
「慶次、言葉が足らぬ」
「足りない方が、気付かない方が良かったんだ。俺がまだこんなに、恋することが怖いって思ってたなんて……!!」

今にも崩れ落ちそうな慶次の肩を掴んで支える。秀吉にこそ及ばないものの、大柄な筈の身体が常より一回りも二回りも小さく感じられた。

「……秀吉、馬か駕籠でも手配しようか?」

見かねた半兵衛が提案する。肩越しに見やり、頷こうとした所に、辺りを威圧する殺気染みた気配。背中を向けていてすら、その気配の主を理解したのか、慶次が身を竦ませる。

「臆したか。前田慶次」

むしろゆっくりとした足取りで歩み寄りながら、サウザーは口を開いた。
常ならば、こんな挑発には天真爛漫な闘志で返しただろう慶次だったが、今はぎこちなく振り返るのがやっとだった。

「貴様は、この俺を疎んでいるのではなく、恐れているのだな」

何かを確認するかのような言葉。慶次は黙して答えなかったが、無言は肯定と取る。

「全て観た」

愛した女と親友とが将来を誓い合った。
それを自分の事のように喜んで祝福した男が居た。
けれど親友は覇道の為に女を殺してしまった。そんな悲劇。

「貴様が何を恐れているのかも理解した」

故に、サウザーは絶対の自信を以て続けた。

「この程度で俺が諦めると思ったか。この帝王が!!」

圧倒するような一喝。
滑り込むように飛び込んで来た射命丸がサウザーの傍らに降り立ち、何か茶色い小瓶を差し出した。視線すら向けずに受け取った小瓶の中身を飲み干したサウザーが金色の闘気を纏う。

「常時塊天……!」

仮面越しに分かるほど、半兵衛の顔色が青ざめる。地面に転がった小瓶には、『えーりん印のチートドリンク』の文字。

「貴様の恐れを全て刻んで、証明してやろう。このサウザーの強さを。全力で立ち向かって来るが良い」

真摯なまでのサウザーの殺気に、慶次の震えが止まった。

「待て。何故俺も巻き込まれる」

サウザーの殺気が自分にも向けられていることに気付いて秀吉が抗議する。

「そこに立っているのが悪い。ついでに言えば大体お前のせいなのだろう」

それを傲慢に袖にしてサウザー。
さらに抗議しようとした所で、慶次が秀吉から身を離し前へ出た。

「秀吉、頼む。マジで戦ってくれ」

何時になく、真剣な様子で慶次が言う。
何時しかのいたずらの時のように、秀吉に背を預けて。

「……分かった」

逡巡の間は短かった。秀吉は大きな手に力を込め、強大な敵対者を睨む。

「はいはい、半兵衛さんは下がって下さいね。そこに居ると巻き込まれますよ」
「で、でも秀吉が……!」

半兵衛を肩を押して下がるように促す射命丸。

「あれはもう手遅れです。大丈夫、そこに医者がいますから!」

天狗の言葉を証明するように。何より、慶次の恐怖を真っ向から叩き潰す為に、サウザーは地を蹴った。


※※※

「サウザーは……強いんだなぁ……」

秀吉共々蹴散らされた慶次は地面に転がって空を仰ぐ。
その視界にサウザーの姿。慶次の傍らに立ち、傲然と見下ろす。

「恐怖は失せたか」
「うん。粉々」

憑き物が落ちたように安らかな表情で、慶次は答える。

「前田慶次。この帝王の寵愛を受けるが良い」
「んー。もっと、いい人に告白するみたいに」

一瞬顔をしかめた後、

「……愛している、慶次。俺のものになれ」

サウザーが言い、嬉しさと恥ずかしさを柔らかく混ぜたような表情で、慶次が笑って

「うん」

しっかりと頷いた。

「よいしょっと」

かけ声と共に起き上がった慶次は、同じように傍らに転がっていた秀吉の苦虫を噛み潰したような顔を見て

「なぁ秀吉。俺はさ、友達だから秀吉が間違ったことしてたら殴るけど、秀吉に幸せになって欲しく無いなんて、一回も思ったこと無いんだぜ」

と笑った。

「……それでこの様か」
「今日のはツケといて」

仕返しでもいたずらでも、何でも。と笑う慶次に、秀吉も表情を緩める。

「ならば考えて置くか」
「首を洗って待ってるよ」
「慶次」

かつて親友だった頃の雰囲気そのままに談笑する二人を遮るサウザーの固い声。慶次はサウザーを見上げて苦笑する。

「あはは、ごめんてばサウザー。拗ねると可愛いぞ」

大事な人を脇に退けてしまって居たことを謝りながら、素直に拗ねる彼に手を伸ばす。憮然とした表情のままその手を握り返し、サウザーは慶次を引き起こす。
慶次がひらりと手を振り、地面に転がったまま秀吉が頷く。それから慶次はサウザーの首に腕を回して抱きついて

「冬が終われば春が来る。あんたは俺の、春告鳥だったんだね、サウザー」

そう言って、幸せそうに微笑んだ。




「いや、こんがらがりきって最後に力ずく。実にMUGENらしいですねぇ。おぉ、熱い熱い」

秀吉の傍らに、かつん、と音を立てて高歯の洋靴が立つ。天狗の少女は睦まじく場を後にした二人をにやにやと見送って、秀吉の肩を掴んで助け起こそうとする。

「おぉ、重い重い。天狗の細腕はゴリラを担ぐようにはできて居ないんですよ」
「ひ、秀吉っ!! 大丈夫かい!?」

そこへ半兵衛が駆け寄って来て、天狗とは反対側の肩に手を添えて助け起こそうとする。

「大事無い。一人で立てる」

二人の手をやんわりと退けて、秀吉が立ち上がる。
秀吉は慶次の去って行った方向を暫し眺め

「墓参りに行った所で、あれも不快に思うだけかもしれないが……いや、そもそもこちらにあれの墓など無いのか……」
「よろしければ地獄にならご案内出来ますよ? 閻魔に訊ねれば、ご本人と話すことも可能かも知れませんね。あ、別に生きたまま行けば生きたまま帰って来れますからね? 往復切符です」

ぼやいた言葉に射命丸が答える。

「そうか……そんな事も可能ならば、一度くらいは頭を下げに行かねばな……半兵衛、お前は──」
「──僕も行くよ。当然だろう、秀吉」

主兼親友が余計な事を言う前に半兵衛は答えた。

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