780 :実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー:2011/11/26(土) 02:48:00.97 0
|・ω・`)ダレモイナイ トウカスルナラ イマノウチ


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PASS: mugen
ネタ元&設定等: 本動画無し 
カップリング(登場キャラ): 七夜志貴×ネームレス、草薙京、空条承太郎
性描写の有無: R-18
内容注意: ほのぼの 独自設定多目 14スレ目607の設定を受け継いでいます

「ななやんが昭和の貧乏学生みたいな生活してたら萌えるよね」という妄想からの産物です。
よろしければどうぞお楽しみください。




☆何でも無い日万歳な七無しです。
 R-18.冗長。スレネタではない俺設定を多用しています。

☆本SS内での独自設定
 ・七夜は四畳半ぼろアパートに白レンと二人暮らし
 ・イゾルデは死亡確定、ネームレスも知っている
 ・ネームレスはグローブ無しでも多少炎を抑えられる


ほのぼの日常話にいくつかサービスシーンを盛りこんだSSです。
二人の世界でいちゃいちゃしてる七無しを見てみたい方はどうぞ。



---



 七夜はかつて決まったねぐらを持っていなかった。路地裏のあちこちを転々とし、あるときは廃墟に潜り込み、あるいは知人の家に転がり込んで、適当に夜露を凌いで過ごしてきた。それがある時期を境に、ひとところへの定住を始めたのだ。
 繁華街の大通りから少し奥まった場所、雑居ビルに囲まれて時代から取り残されたような古い街並みの合間、これまた古い木造二階建てアパートの、東向きの角部屋。これが七夜の現在の住居である。四畳半の一室と、狭い台所にトイレがあるだけの簡素な造りだ。壁も薄く、年数を経た建物ゆえにトタン屋根はしばしば雨漏りするし、そこら中から隙間風が忍び込むような環境だが、彼は特に不便を感じていないようだ。
 七夜はこの住居に鍵を掛けない。彼の習慣ではなかったし、盗まれて困る物もあまり無い。それに、彼の部屋には猫が出入りするから、鍵を掛けては却って都合が悪い。そもそも、七夜が定住を決めたのは猫たちのためである。
 猫の一方は、名目上彼の使い魔である白レンだ。主従関係にある以上、二人で行動する時間が増えてきたので、一人の時と同じように野宿でやり過ごすのが難しくなったし、白レンの方が根無し草の生活を嫌がった。それがこの部屋に住んだ元々の理由である。まあ、住んだら住んだで彼女はアパートの安普請ぶりに文句ばかり垂れているのだが。
 もう一方の猫は、ネームレス。彼は時折、七夜に会いたがる。しかし、刹那の遣い鳥が一期生の間で回す手紙以外に、七夜とネームレスの間には連絡手段が無かった。そこで、七夜はこの部屋を借りてすぐ、自らネスツの宿舎へ赴いて彼にここの住所を伝えた。会いたければこの場所へ来い、もし部屋にいたら相手をしてやる、と言葉を添えて。そうして、ネームレスはこの部屋へ通うようになった。それこそ野良猫が餌を貰いに来るように、ふらりと気まぐれにやってくる。やがて泊まり込む事も多くなっていったが、彼がネスツの上層部から咎めを受けている様子が無い所を見ると、どうやら彼の行動は黙認されているようだ。後にKUSANAGIから聞いた話では、七夜の部屋に通い始める以前、ネームレスには夜間徘徊の癖があり、夜中に宿舎を抜け出しては屋外で空を眺めていたり、市街地をうろついていたという。なるほど、ふらふら出歩かれるよりはとりあえず誰かの元に留まっていてくれた方が安心と言うわけだ。この界隈で深夜に一人で外を歩くなど、いっぱしの戦闘員であっても相当な危険行為だろう。闇に潜む人ならざるモノ、あるいは普通以外の人間にとってみれば格好の餌食だ。例えば、殺人鬼としての七夜志貴のような。


***


その日の夕方、七夜が部屋へ帰ると、玄関に白いスニーカーが一足揃えて置かれていた。成程、大きいほうの猫が来ているなと七夜は考える。靴は一足きりだから、白レンは居ないようだ。
「ただいま」
奥へ向かって呼びかけると、襖がそっと開き、部屋から玄関扉へ、冷たい風が吹き抜ける。そして、隙間からネームレスが顔を覗かせた。
「おかえり、七夜」
「何がおかえりだよ、他人の家で」
いつも通りの返事をして、七夜は靴を脱いで揃え、自室の四畳半へ上がった。部屋の数少ない家具、座卓と小さな箪笥、一組の布団は前の住人が置き去りにしたものであり、現住人の七夜も有難く使っている。ネームレスが換気のために窓を開けたのだろう、出掛ける前に篭っていた湿っぽい空気はすっかり逃げ出していた。
「レンは何処へ行った?」
「知らない。来たときにはもう居なかった」
そう言ってネームレスは首を横に振った。黒いジャケットにインディゴ色のジーンズ。私服姿も今ではすっかり見慣れたものだ。彼が選ぶ服装は、K’同様黒を好む傾向以外は何処となく草薙京のものに似ている。
「成程。まあ、大方お前の親の処だろう」
七夜の台詞に、ネームレスは不機嫌な眼差しを送った。彼は自身のオリジナルを指して“親”と呼ばれる事を嫌う。七夜はその視線を受け流し、窓を閉めて障子戸を引いた。夕暮時、電灯の消えている室内は薄暗い。
「まあ、あいつと居るんなら特に間違いも無いだろうさ。保護者も同伴の事だし。さて、ところで…」と七夜はネームレスを振り返る。
薄暗がりの中、ネームレスの白い前髪が影のようにぼんやり浮かんで見える。その下の表情を確かめるには明るさが足りない。七夜は窓辺を離れ、白い影に手を伸ばした。
「どうする?俺たちはいつもの間違いを犯すか?」
と、影がふわりと左右に揺れた。
「いや。それだけで一晩を明かす気分じゃない」
「……ああそうかい」
そう言って、七夜は電灯の紐を引いた。蛍光灯が点き、室内が明るくなる。七夜の前に立ち尽くすネームレスは、少し困ったような表情をしていた。
「まあ、こっちも今すぐ遊びたい気分じゃないしな。夕飯だってまだだ。腹ごしらえの後で改めて考えても構わないだろ」
さて、と七夜は部屋を見渡した。ふと目に付いたのは、窓の下に置かれたカゴ。数日分の洗濯物が詰め込まれている。
「おっと忘れてた。こいつも始末しちまわないと。俺はまず風呂屋へ行くけど、お前はどうする?」
「一緒に行く」
「了解。着替えの準備を頼む」
そう言って七夜は洗濯カゴを掴み、台所へ向かった。流しの下には石鹸と洗剤がひと揃い入ったカゴがある。こういう細々した物は、白レンが何処からか調達してきたものだ。ネームレスは箪笥の一番下の引き出しを開け、自分の下着を引っ張り出した。最初にこの部屋で泊まった時に汚れた服を置いていって以来、この引き出しには彼の着替えが置かれるようになっている。次に一番上の引き出しを開け、七夜の着替えを取り出す。これは白レンが見立ててきたものらしい。その下の段にあるタオル類はネームレスが提供した。
この通り、部屋の日用品を増やしているのは、家主である七夜よりも白レンやネームレスの方である。
家の中に物が増える度、「部屋が埋もれちまう」と七夜はぼやくのだが、一方で、彼自身に不要な物でも七夜はめったに物を捨てないのだった。
洗濯カゴを七夜、風呂用品と着替えのカゴはネームレスがそれぞれ抱え、二人はアパートを出て近所の銭湯へ向かった。この銭湯にはコインランドリーがあり、七夜はいつもそこで洗濯を済ませている。歩いて約五分の距離を、いつものように下らない話をしながら往く。しかし会話と言うには七夜が一方的に喋ってばかり、ネームレスは相槌を打つだけだ。しかし、それくらい不均等な言葉のやり取りが二人にとっては丁度良い。
間もなく辿り着いた銭湯の番台には、やせぎすで皺だらけの老人がいつものように座っている。七夜が回数券を二枚切り離して差し出すと、無愛想な爺さんは骨ばった手で紙きれを受け取った。老人は眼鏡の奥から青年二人組をじろじろと睨む。毎度のことながら、ネームレスは検分するような老人の視線を避けて、七夜の袖を引いてそそくさと男湯ののれんをくぐった。脱衣所には2人ほど知らない客の姿があった。
「…あの老人、どうしてあんな風に俺たちを睨むんだ」
脱衣所のカゴを取りながらネームレスが小声で尋ねると、七夜は洗面台の鏡を指差して言った。
「自分の顔を映してみな」
「………」
「お前、自分の風貌が目立つって自覚が無いだろ。確かに爺さんの視線は少々不躾だけどさ」
「…解ったよ」
ネームレスは憮然として左頬の傷跡を指でなぞった。
大会の場なら大傷のある顔や風変りな髪色くらいごまんといるが、この界隈はごく普通の人間ばかりが住んでいる場所だ。彼の姿は悪目立ちしてしまう。
七夜はさっさと学生服を脱いで脱衣カゴに入れ、持ってきた洗濯物を備え付けの洗濯機に放りこみ、着ていたシャツと靴下、下着も一緒に突っ込んで機械に百円玉を投入した。
「七夜」
ネームレスに呼ばれて振り向くと、全裸にカスタムグローブだけを身に付けた彼が、洗剤の箱と脱いだ衣類を七夜に差し出していた。
「洗剤を忘れてる。あと俺のも頼む」
「あ、ああ」
七夜は少し動揺しながらそれを受け取った。スイッチの入った洗濯機を開けて衣類を水に浸け、洗剤の箱を開ける。
最初にネームレスを銭湯へ連れてきた時、裸になるのを嫌がるかと七夜は思っていたのだが、予想に反して彼は人前に裸体を曝すことには全く抵抗を持っていなかった。考えてみればネスツの宿舎も共同浴場だろう。むしろ恥ずかしい思いをしたのは七夜の方だった。彼の裸体を特別視していたのは七夜である。
そう言えば初めてネームレスと寝た晩、彼が七夜の前で服を脱ぎたがらなかったのは、傷跡に触れられるのをためらったからであり、火傷と縫合痕でまだらの皮膚を見せる事自体は平気だったのだ。今ではネームレスの体全体、彼自身には見えない傷まで七夜は全て把握している。あの火傷は神経ごと爛れてしまい触れても感じないが、あの創傷は敏感でよく反応してくれる。ネームレスの体で、七夜が触れた事の無い場所は一か所だけ。
「……七夜?」
不意にネームレスが怪訝そうに七夜の顔を覗き込んできた。
「…おっとぉ!」
七夜は突然我に返り、危うく洗剤を箱ごと洗濯槽に放りこみそうになった。うかうか物想いに耽るもんじゃない、と七夜は心中で己を叱責した。
「一体どうしたんだ、ぼんやりして」
「ああ、悪いね。帰ったらどうやってお前と遊ぶか考えてたのさ」
「…この馬鹿」
ネームレスは呆れて七夜の額をはたいた。ぼん、と軽い音がして七夜はちょっと仰け反った。
「いてっ」
七夜は大げさに痛そうな表情をし、叩かれた額を手で撫ぜた。痛いというよりは、熱い。そこではっとある事に気が付いた。
「おい名無し…今、左手で叩いたな?」
「え?ああ」
ネームレスがひらりと振った左腕は、生命線であるはずのカスタムグローブが外されて剥き出しの皮膚を晒していた。
「今日は“イゾルデ”を置いていく事にした」
「お前、炎は平気なのか!?」
「訓練を続けていたら多少は抑制できる時間が延びたんだ。水場だし、万一の事があっても大丈夫だろう」
いつの間にそんな訓練を、と言い掛けて七夜は口を噤んだ。そもそも、二人で過ごす時間の方が圧倒的に短いのだ。七夜が路地裏で自身の役目を果たすように、ネームレスはネスツの戦闘員として役割を全うしているのだから。
ふと、ネームレスがくすくすと笑いだした。
「七夜、何だその間抜け面は」
「!」
「そういう顔は初めて見るな。そんなに驚いたのか」
七夜はぱっと自分の顔に手を当てた。彼らしくなく、頭に血が上っているのを嫌というほど自覚した。
ネームレスがにやにや笑いながら浴場へ向うので、七夜は慌ててタオルと石鹸のカゴを掴み、彼の後を追った。
浴場には6、7人ほどの客が居た。やはり、二人とは馴染みでない人間ばかりだ。湯船に近い蛇口を選んで二人は風呂椅子を並べた。ネームレスは真っ先に洗面器へ冷水を張り、左手を浸けた。髪を洗う間も頻繁に左手を水に入れては冷やし、入れては冷やしを繰り返す。気休め程度の行為ではあるが、やはり不安なのだ。
「背中、流してやろうか」
七夜が持ち掛けると、ネームレスは素直に頷いた。
「ああ」
「では、後ろを失礼…」
七夜はおどけた調子で言い、石鹸を泡立てたタオルでネームレスの背中を擦った。継ぎ接ぎの皮膚が赤くなる。
「こら、痛い」
ネームレスは身じろぎをした。
「ちょっと痛い方が好みかと思ったんだが」
 「…お前とは違うんだぞ」
 「はいはい」
 七夜はそう返事をして少し手の力を緩めた。ネームレスは黙ったまま、洗面器を引き寄せて左手をちゃぷちゃぷさせていた。
 ひととおり垢を落として泡を流すと、ネームレスが七夜を振り返り「俺もやる」と言いだした。七夜は「どうも」と、タオルを彼に渡し、後ろを向いた。
 七夜の背中を見るなり、ネームレスは眉をひそめた。肩から背に掛けて、爪で引掻いた傷が治り切らずに残っている。子供の小さな手で付けた痕だ。石鹸を多めに泡立てて、かさぶたを剥がさないようにそっと傷の上を撫ぜる。
 「くすぐったい。もっと力を入れろ」
 七夜の言葉を、ネームレスは聞こえなかったふりをして、右手だけを使い注意深く背中を流した。七夜の方もそれ以上は何も言わず、されるままに任せていた。
 ひとしきり体を洗い終え、二人は二つある浴槽のうち湯が温い方へ揃って浸かった。そこでもネームレスは左手を気にし、湯の中でしきりに揉みさすっている。幾度も火傷を負っては治癒を繰り返した結果だろう、それとも他人の皮膚を移植されたのだろうか、彼の左腕は皮膚が歪に変色している。七夜は、その腕に触れてみたいと以前から思っていた。爛れた腕は熱いのか、冷たいのか、皮膚は歪な感触がするのだろうか。そして、触れられた彼自身はどのような反応を返してくれるのだろう。
 「なあ、ネームレス」
 「ん?」
 「左手、触ってもいいか」
 「…ああ、好きにしろ」
 ネームレスは左手を七夜の方に、湯から上げずに差し出した。
 「それじゃあ…」
 七夜は差しのべられた手を両手で包み込んだ。湯の中でも判るほど高い体温が伝わる。皮膚は予想通り縮れて萎びたような感触だったが、掌は意外にも柔らかかった。
 「熱いな」と七夜は言葉を漏らす。
 「約42度だ。これでも安定しているんだが」とネームレスが言う。
 「いいね。これからの季節は重宝しそうだ。寒い夜に抱いて寝たら暖かく眠れるだろうね」
 「腕だけを?」
 ネームレスは苦笑した。
 「まさか。斬り落としたら冷えちまうだろ」
 七夜は造形を確かめるように、ネームレスの手を撫で回した。指の一本一本から、手の甲、掌、手首から肘まで子細に、じっくりと。少しばかりしつこいかなと思い、途中でふと顔を上げ、ネームレスの様子を覗うと、彼はふっと微笑んだ。
 「…気の済むまでやればいい。どうせそのつもりだったから」
 「え?」
 「グローブを外したらお前が手に触りたがるのは、予想してた。お前はある意味解りやすいからな」
 「解りやすい?俺が?」
 「ああ。欲望に素直と言うか…、戦闘時だって、的確に急所を狙うから却って防御しやすいだろう、それと同じで読み易いんだ」
 「…言ってくれるな。人を本能剥き出しの獣みたいに」
 「実際、軋間とかいう男に獣呼ばわりされたんだろう?」
 「今は人間だと言われてるよ。もし本当に理性が無いなら、お前なんか今頃縊り殺してる」
 「その前に俺が焼き殺してやるぞ」
 「剣呑だな」
 「七夜に毒されたせいだ」
 「成程…」
 手を握り合ったまま顔を見合わせ、二人がくつくつと声を殺して笑った、その時。
 「お熱いねぇ、御二人さん?」
 「っ!?」
 突然掛けられた声に、ネームレスは湯から飛び出さんばかりに驚いた。一瞬にして左腕が過熱する。
 「うあっちっ」
 たちまち触れていられない温度になり、七夜は反射的に手を離し、ぱっと声の主を振り返った。腰にタオルを巻き、湯船の側に立つ背の高い男は、七夜もよく知っている人間だった。
 「なんだよ、草薙」
 「なんだとは随分な言い草じゃねえか、七夜」
 草薙京は腕組みをして七夜とネームレスを見下ろしている。七夜は望まぬ闖入者を冷ややかに見つめ、ネームレスは混乱と動揺が入り混じった表情で自身のオリジナルを睨んでいた。
 「良家の坊ちゃんがこんな場末の湯屋なんかに来るもんじゃないぜ。家に風呂くらいあるだろ」
 七夜は口を尖らせて毒づいた。
 「んなもん俺の勝手だろ。たまにはでかい風呂に入りてーんだ。個人の権利だぜ」
 「だからといってこちらの会話に割り込む権利は有りやしないぞ」
 「あるね。公衆の面前でイチャつくアベックは皆の迷惑だ。おまけに物騒な二人組と来てる」
 「…そこまでだ、草薙。妨害者には退場願う」
 「お、邪魔者は強制排除するってか」
 不穏な雰囲気を感じたか、他の客がこちらに目を向け始めた。喧嘩か、と誰かの声がする。京はにやりとして拳を握り、軽く骨を鳴らした。
と、いきなり彼の背後にぬっと大きな人影が現れ、肩を叩いた。
 「止せ、京」
 京は背後の人物を振り返った。比較的背の高い京でさえ見上げなければいけないその相手は、空条承太郎だった。普段から高校生にしては貫禄のある風貌をしているが、全裸で仁王立ちの様子はまた別の迫力がある。
 「んだよ承太郎。冗談に決まってんだろ」
 承太郎は呆れた様子で額の辺りを掻いた。帽子の鍔を摘む動作だが、さすがに銭湯の中ではいつもの学生帽を被っているわけも無い。
 「そうじゃない。自重しろ」
 「なんだい、そっちも蜜月じゃないか。けしからん。余所に茶々を入れてないで勝手に水入らずしてろよ」
 七夜は憮然として言った。
 「誰々が蜜月だってぇ?」
 「やれやれ…止せと言ってるんだ、行くぞ京」
 承太郎は特大の溜息を吐き、京の肩を掴んで引っ張っていく。
 「邪魔して悪かった」
 「じゃあな、バカップル!」
 承太郎と京はそう言って、湯船から死角になる奥の洗い場へ去って行った。
 七夜は舌を出して二人を見送り、それからネームレスの方を振り返り、未だ気が立っている彼の顔めがけて水鉄砲を見舞った。不意打ちの一撃は彼の鼻に命中した。
 「ぶわっ!?」
 「動揺しすぎだ馬鹿たれ」
 ネームレスは鼻を押さえてうなだれた。
 「…すまない」
 「落ちつけよ」
 「うん」
 七夜は浴槽の蛇口をひねって水を足した。今の一件で少々湯が熱くなりすぎた。
 「お前さ、“親”を特に嫌ってるわけじゃないんだろ」
 七夜が訊くと、ネームレスは黙って頷いた。
 奥の洗い場から京の声が聞こえる。浴場の壁で反響し、七夜の耳には判然としない。ネームレスの耳なら聞き取れるのだろうが、彼は敢えて聞き耳を立ててはいなかった。
 「好きも嫌いも無い。赤の他人だ。それでも意識せずにはいられないんだよ、不思議な事に…。K9999だってそうだ。あいつがK’を憎む合理的な理由なんて一つも無いのに、あの調子だ」
 「…それが“血”ってものさ。それこそ本能の領域だろう」
 「なら、俺も獣と同じだ」
 「あるいは俺と?」
 「だろうな」
 そう言って、ネームレスは左腕を湯から持ち上げた。腕全体から水蒸気が立ち上ったけれど、ふやけた指先から炎が噴き出す事も無く、状態は再び安定していた。

 それから程なくして二人は銭湯を出た。未遂だが騒動を起こしかけたのに、いつまでも長居しては他の客から睨まれる。出禁になって困るのは七夜だ。
 夜になって辺りは暗く、気温が急に下がったようだ。
二人は繁華街の方へ寄り道し、いつもの総菜屋で夕飯を買う事にした。七夜が売れ残りの弁当を適当に見繕っている間、ネームレスは揚げ物のコーナーでじっと品定めをしていた。
「七夜、お前は何が食べたい?」
「俺か?コロッケ以外なら何でも。もう食べ飽きた」
「それなら鶏の唐揚げにしようか。3個で120円だな。あ、でもサツマイモコロッケというのは食べた事が無いから一個だけ買うよ。これで180円…」
発泡スチロールのトレイに唐揚げとコロッケを取り分けるネームレスは、にこにこして見るからに上機嫌である。あんまり迷っていると湯冷めするぞ、早く帰って洗濯物も干さなきゃいけないのに、と七夜は思う。
「普段は買い食いなんてする機会も無いから、七夜の家に泊まるとこれが楽しみなんだ」
本気で嬉しそうに言うところを見ると、相変わらずネスツ宿舎の食事事情は悪いらしい。不憫な子、と七夜は心中で呟いた。
「後はおにぎり…ああ、でも」と、ネームレスはレジの方をじっと見つめた。レジの横には中華まんの保温器が置かれ、店員が肉まんを補充しているところだった。
「肉まんも食べたいな。でも両方買う金は無い…一方を諦めるしかないか…」
「…不憫な子!」
七夜は思わず台詞を口に出してしまった。七夜も清貧の身とはいえ、肉まんと握り飯を天秤に掛けて本気で悩んでいる奴にはさすがに同情を禁じ得ない。そもそもおにぎり一個と副菜二品のみで青年男子の腹を十分満たせるわけがない。
「そんな哀れな顔するなよ。肉まんは俺が買ってやるから」
「え…いいのか?」
「いいよ。たかだか100円だ」
 「悪いな…」
 「只じゃないぞ、ツケにしてやる」
 結局、ネームレスは唐揚げとサツマイモコロッケ、昆布のおにぎりをレジに持って行き、七夜は三割引きのチャーハン弁当と肉まんを買って店を出た。
 店内に比べると屋外は随分寒く感じた。木枯らしが吹き始めるのもそう先の事ではないだろう。
 渡された肉まんの紙袋を開けるなり、ネームレスは七夜の方へそれを差し出した。
 「一口要るか?」
 七夜は「有難く」と答えて一口齧りついた。意外に皮が厚く、肉の部分は口に入らなかったが、温かくてほんのり甘い饅頭はそれなりに美味しいと感じた。
繁華街を外れて人通りの少ない路地裏へ、二人は並んで歩いていく。往路と違って会話が無いのは、ネームレスは肉まんを食べるのに集中しているせいだ。七夜は彼の横顔をちらちらと見ながら、本当に幸せそうに食うなぁ、としみじみ思った。今日の肉まんだけに限らず、彼は何でも美味そうに食べるのだ。ひょっとしたら宿舎の食事は全て家畜の飼料みたいなものなんだろうか、とさえ考えてしまう。
ふと、ネームレスは急に真顔になり、食べかけの食品を見つめ、それから空を見上げた。
「………」
眉根に皺が寄り、表情が険しくなる。ああこりゃ泣くな、と七夜が考えているうちに、ネームレスの両目からぼろぼろと涙が零れだした。
「…泣くほど旨いかい」
「……違う」
ネームレスは涙を拭う事もせず、ぐすんと鼻を鳴らした。
七夜は洗濯カゴと弁当のレジ袋を左手に纏め、右手を伸ばしてネームレスの肩を抱き寄せた。ネームレスは黙って七夜へ身を寄せた。身長のほとんど変わらない、二人の肩と肩がゆるくぶつかり合う。
思い出し笑いという言葉があるが、ネームレスは時々思い出したように泣く。けれども実際何を思い出していたのか、彼は滅多に話そうとしない。
二人きりの時ならば、ネームレスは七夜に甘える事が出来る。強固な精神の殻に隠して普段は決して表に曝さない、魂の一番柔い部分をほんの少しだけ七夜に見せてくれる。悲しみという癒える事の無い傷を持つ魂だ。
ネームレスは自身の過去について具体的には語らない。けれど、僅かに与えられた情報と、幾つかの振る舞いから、七夜はネームレスの“育ち”を垣間見る。ネームレスは他者に甘える事を最初から知っていた。不器用ではあるけれど、七夜から与えられる種々の情を、彼は素直に受け止める事が出来た。何より、彼は愛するという事を知っていた。それは、他者から愛情を与えられ、また彼自身も他者に愛情を向けていたという事実の裏付けに他ならない。
非人道的、とネームレスが言って憚らない火星基地での日々も、人の情が入り込む余地さえ無いものでは決してなかったということだろう。もっとも、詳しく想像するには、七夜に与えられた情報は少なすぎるのだが。
「冷めないうちに食っちまえよ」
「…うん」
北風が吹き抜ける小路を、二人は肩を寄せ合ってゆっくりと歩いていった。



***



七夜の部屋の隣と真下は、現在のところ空室である。
だからと言ってあまり大騒ぎするとアパート中に響き渡ってしまうから、できるだけひっそりと過ごさなければいけない。
夜は静かに、しかし濃密に愉しむものである。堕落した遊びにも中々どうして、工夫と慣れが必要なのだ。

「は…っ、う…」
「ん……」
蛍光灯の点る部屋、白い明かりの下で、二人はともに堕ちようとしていた。
仰向けの七夜に跨り、ネームレスは彼の肉を身の内に埋めている。裸体を包む部屋の空気は冷たいが、互いの欲を一点に集め、結合部分だけは焼けるように熱い。
ネームレスが腰をねっとりと揺するたびに粘ついた水音が響き、耐えきれぬ快感が吐息となって表れる。秘所は七夜自身を咥え、きゅうっと強く締めつける。
「う……ちょっと、キツイ」
七夜は小さく呻いた。
「これくらいが、好みじゃ、なかったのか」
ネームレスは皮肉っぽく囁いたが、七夜に痛みを与える彼はそれ以上の圧迫に苛まれているはずだ。
苦痛の中から快楽を拾う術は、他ならぬ七夜がネームレスに仕込んだものだ。七夜が一方的に責めるなら当然のこと、こうしてネームレスを自由に動かせても、彼はあえて純粋な快感を追うことはしない。とんだ被虐趣味だと七夜は思う。
内壁の襞は七夜へ食らいついて離さず、蠱惑的な腰使いは代え難い悦楽を生みだす。七夜が教えた通り、ネームレスは淫乱な娼婦の振る舞いを身に付けたけれども、ネームレスは自身の快楽のためでなく、七夜を悦ばすためだけの手段として技を用いる。表情は真剣で、だらしなく快楽におぼれたりはせず、時折苦痛の色を見せる。好きにさせろとネームレスが持ちかけたからこうしているのに、この有様だ。七夜にとっては面白くない。遊戯の楽しみ方を解っていないのか。だったら上手く手綱を締めて、教えてやらねばならない。
七夜はにわかにネームレスの下腹部へ手を伸ばし、緩く首をもたげる陰茎を掴んだ。
「うあ……っ」
ネームレスは微かな喘ぎを漏らして体を震わせた。戸惑うような表情を見せたのは快感の証だ。ほんの少し均衡を崩してやるだけで、面白いように乱れてしまう。七夜はこの瞬間がたまらなく好きだった。
七夜はもう一方の手でネームレスの腰を掴み、ぐいと強く揺すり上げた。ぐちゃり、と粘液の擦れる音。ネームレスは精一杯声を抑えたが、食いしばった歯の隙間からひゅうひゅうと零れだす呻きを止める事が出来ない。先走りがじわりと零れて七夜の指を濡らした。
再び突き上げようとした途端、ネームレスの目つきが変わった。突然彼は両手で七夜の顔を押さえ、右の親指をねじ込んで無理やり唇を開けさせ、ぐいと乱暴に口付けた。
「――!」
舌が差しこまれ、呼吸まで奪うかのように口内を蹂躙する。ネームレスが強引な手段を取る事は珍しく、七夜は軽く混乱した。生身の熱い右手、無機質で冷たい左手、垂れ下がる前髪がちくちくと額や頬に触れる。
溢れた唾液を飲み損ね、七夜が噎せて咳き込むと、ネームレスはようやく唇を離した。そうして、七夜の耳元へ口を寄せ、
「させない」
そう一言囁き、七夜の耳へ舌を這わせた。
「んっ…!」
全身が総毛立つのを七夜は感じた。無意識に宙をさまよった両腕が、ネームレスの手に捕えられ、頭上へ纏めて拘束される。純粋な腕力では、七夜は彼に敵わない。
そうして、ネームレスは七夜の首筋に軽く歯を立てて吸い、鬱血を残した。赤い痣を満足げに眺めると、七夜と目を合わせ、妖しく微笑んだ。
 「…堕ちる時は、一緒だ」
「………!」
一瞬、犯されるのは自分の方だと、七夜は錯覚した。
再び始まったうねるような運動は、七夜をじわじわと、確実に追い立ててゆく。ネームレス自身もまた、緩やかに絶頂へ向かい始めていた。触れる手はもう無いのに、彼の陰茎は完全に起ち上がり、透明な粘液を涎のように七夜の腹へ垂らしている。ネームレスは、一度だけ後ろの刺激のみで射精に至った経験がある。その時七夜によってもたらされた刺激を、自力で再現しようとしているのだった。そして、その試みは成功しつつある。
とうとう、耐えきれずに七夜は叫んだ。
「あ…あ…、もう、もう逝く…ネームレス…!」
「な、なや…七夜…っ」
ネームレスの手から一瞬力が抜けた。過たず七夜は拘束を抜け出し、両腕でネームレスの肩へ縋った。
「ああ……!」
つかの間の浮遊感。七夜は全身を震わせ、ネームレスの奥へ精を放った。熱い液体の流れる感覚を覚えながら、ネームレスもまた背を大きく反らし、絶頂へ達した。
互いの肉体から急速に力が失われる。弛緩した七夜の腕は布団へ落ち、平衡を失ったネームレスの上体はゆっくりと倒れ、七夜へ覆い被さった。


***



夢を見て、ネームレスは目を覚ました。
ふと目を開けた時、目の前には穴の空いた押入れの襖があり、背中に温かく重い七夜の体が凭れかかっていて、あのあと後始末もろくにせず、裸のまま眠ってしまったのだと思い出した。
 手元には時計も携帯電話も無いが、障子の向こうが僅かに明るく、夜明けに近い時間帯だと判る。布団の外は寒く、出そうとした右手をすぐに引っ込めた。
目が腫れぼったく、濡れていて痛みを覚えた。眠りながら泣いていたらしい。
 ダイモスの夢だった。今はもういない、仲間たちと一緒にいる夢。決して戻りたいとは思わないけれど、懐かしい記憶の再現だった。
 夢だけではない。ふとした拍子に古い記憶が呼び起こされては、自分が好ましく思い、信頼し、愛した人々が想起される。その度に、心臓を氷の手で掴まれたように苦しくなり、涙が溢れ出して止まらない。
このような感情を、寂しさと呼ぶのだろう。過ぎた出来事をいくら悔やんでも、変わるものは何一つないというのに。
 ネームレスは寝返りを打とうして、ふと思いとどまった。冷たいグローブで裸体に触れたら、七夜は目を覚ましてしまうだろう。彼は思い立ち、腹を決めてそっと“イゾルデ”を撫ぜた。
 「すまない。少しだけ、離れさせてくれ」
 そうして、昨日も秘かに行ったのと同じ動作で、指先にそっとキスをして、炎を押さえるため意識を集中させ、装備を解除しグローブから腕を抜いた。左腕は昨日と同様に安定して高い体温を保っている。
 ネームレスは七夜を起こさないよう、静かに体勢を変えて逆の方を向いた。目の前でまだぐっすりと眠っている七夜は、やはり起きている時よりも幾分幼く見える。以前もそんな事を考えて寝顔を観察していたら、不意打ちで唇を奪われたりもした。
 七夜の首筋には、昨晩ネームレスが残した鬱血がまだ色濃く浮かんでいる。そこへ触れようとして、思い留まった。急所に触れてはいけない。彼の無意識に危険のシグナルを送ってはならない。代わりに髪へ指を通した。神経がほとんど焼けてしまった指先では、七夜の髪の柔らかさを確かめられないが、触れるほどに愛おしさが募る。
 自分の気まぐれや我儘を受け止めてくれる人。溢れるほどの言葉を操るくせに、言葉での干渉を行わない人。必要としている時に限って姿をくらましもするけれど、一緒にいられる間はずっと寄り添ってくれる人。何より、愛おしいと思える人が今この瞬間、自分と共に存在しているという事が何よりも幸福だ。愚者の手による陳腐な悲劇の中で引き裂かれた、初恋の傷は未だに疼痛を訴える。けれど、その痛みが現在の幸福をより明確に感じさせてくれるのだ。
 ――どんな言葉を選べば、この感情を伝えられるだろう。愛している、では重すぎるし、口にした自分自身が動揺してしまう。好き、好ましい、信頼している…どれも何かが足りない。
 七夜の髪を弄び、瞼に触れ、頬を撫ぜながらネームレスは考え、ふと思いついた言葉を口にした。
 「感謝…している。今ここで俺の側にいてくれて、ありがとう、七夜」
 そうして、ネームレスは七夜をかき抱いて額に口付けた。そうして、唇を離した途端、急に恥ずかしくなり、かあっと体が熱くなった。たった今自分が相当馬鹿な行為をしてしまった事に気が付いた。慌てて七夜の様子をうかがったが、幸いにも彼はまだ安らかに寝息を立てていた。
 どうか狸寝入りではありませんように。そう祈りながらネームレスは七夜に背を向け、枕元に置かれたカスタムグローブを掴んで装着し直した。

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