日本の周辺国が装備する兵器のデータベース


▼FC-1試製01号機。



▼試製04号機。インテークがDSI(Diverterless Supersonic Inlet)に変更されているのが確認できる。

▼試製04号機の主翼付近の写真。試製01〜03号機と比較して、ストレーキ部分が大幅に拡大されている。

▼パキスタン空軍向けJF-17第一号機。


性能緒元(JF-17 Block1)[1][2]
全長14.93m
全幅9.45m(翼端AAM含む)
全高4.65m
空虚重量6,586kg
最大離陸重量12,383kg
機内燃料2,400kg
エンジンRD-93(ドライ5040kg、A/B 8,300kg)1基
最大速度M1.6〜1.8
戦闘行動半径1,296km(空対空任務)、700km(対地攻撃任務)
航続距離1,800km(機内燃料のみ)、3,482km(フェリー航続距離)
上昇限度16,916m
荷重制限-3〜+8G
武装23mm二銃身機関砲×1(220発)
 SD-10Aアクティブ・レーダー誘導空対空ミサイル(霹靂12)
 PL-9赤外線誘導空対空ミサイル(霹靂9)
 PL-5空対空ミサイル(霹靂5)
 AIM-9P空対空ミサイル *パキスタン空軍のJF-17
 MAR-1対レーダーミサイル *パキスタン空軍のJF-17
 通常爆弾、ロケット弾等3,700kg
乗員1名

FC-1/JF-17戦闘機は、パキスタン、中国、アメリカによる共同開発戦闘機セイバー/スーパー7/J-7CP/J-7C(超7/殲7CP/C)戦闘機が頓挫したのち、その開発成果を基にして改めて中国の中国航空工業集団有限公司(AVIC)の傘下企業である成都飛機工業集団有限公司とパキスタンのパキスタン航空コンプレックス(PAC)が、ロシアのミグ設計局の技術的支援を受けて共同開発した単発単座の軽戦闘機。主任設計士は成都の楊偉技師[3]。試作機と初期量産機は中国で製造されたが、2009年からはパキスタンでの現地生産が開始された[2]。第一次生産分のJF-17は「JF-17 Block1」と命名されている。

【「セイバー供弖弉茲瞭楮辰ら、中パ両国による共同開発の仕切り直しまで】
天安門事件によるアメリカの制裁によりJ-7M近代化計画は存立の危機に立たされたが、1991年には成都は自主資金で「スーパー7」計画を継続し、1998年には原型機の初飛行を計画し、ヨーロッパで共同開発パートナーを募集する試みに着手した。

中国をめぐる情勢が激変していたのと同じ時期、パキスタンとアメリカとの関係も悪化していた。アメリカはソ連のアフガニスタン侵攻に対してアフガニスタンの隣国パキスタンへの軍事支援を行い、新鋭戦闘機であるF-16A/B「ファイティング・ファルコン」戦闘機の供給まで行われていた。しかし、1988年にはソ連軍がアフガニスタンから撤退したことで、アメリカのパキスタン支援の前提が消滅。パキスタンの核開発に対する制裁として1990年にはプレスラー修正案が成立[25]。これによりアメリカの対パキスタン向け軍事支援の多くが中断・停止され、予定されていたF-16 の引き渡しも中止されてしまった[2][23]。アメリカからの戦闘機調達の目途が立たなくなったパキスタンにとって、中国との戦闘機共同開発の必要性はいや増すことになった。

「セイバー供弖弉茲進展中の1988年、パキスタンは、F-6(J-6/MiG-19)の退役による戦力の空白を埋めるため、中国から40機のF-7P「スカイボルト」戦闘機を調達することを決めていた[4]。F-7Pは奇しくも「セイバー供廚慮況燭箸覆辰J-7M/F-7M「エアガード」のパキスタン向け機であり、イタリア製レーダー、英マーチン・ベイカー社製射出座席、レーダー警告装置などを搭載し、米製AIM-9L赤外線空対空ミサイルの運用能力が付与されていた[4]。パキスタンは、F-6戦闘機の欠を埋めるストップギャップとしてF-7P(と改良型のF-7MP)の調達を継続し、1993年までに合計113機の調達が行われた。中国側がF-7P/F-7MPの供給を安定的に継続したことにより、パキスタン側の中国に対する信頼度を増すことに繋がった[4]。

パキスタンと中国の関係者は1990年1月にシンガポールで開催された兵器ショーで接触を行った。兵器ショーでは「スーパー7」の模型が展示され、中国側はパキスタンに対して開発計画の継続を打診した。これまでの投資を無駄にせず、期待していたアメリカからの新技術は望めないが、開発を研究レベルでゆっくり調整できるので、資金を節約しつつ、計画の主導権を握れるとの説得が成された。これ以降、パキスタン空軍内部でも、アメリカの資金援助が途絶した中で、限られた予算をどのように用いるか論議が重ねられた。最終的に、計画自体は存続を認められたが、それは書類や連絡レベルでの活動に制限され、実際の開発は許可されないという制約付きでの許可であった[4]。

中国は1992年2月に正式にパキスタンを「スーパー7」計画に招待して、これによってパキスタンが開発計画に復帰したことで、なんとか計画の頓挫は回避する事ができた[5][2]。1992年5月、中パ両国の専門家チームは「スーパー7」の実現可能性の検討作業を開始、10月には正式にパキスタン政府は中国と覚書に調印し、開発における協力関係と、リスクを共同分担することを決定。予算についても厳しい制約を取り払い、政府が予算を付けることが確定し、共同開発計画「スーパー7」は正式に再始動することに成功した[5][8]。

【ロシアの参入と、要求性能の見直し】
開発再開にこぎつけた者の、計画の前提であったアメリカからの技術と資金援助が閉ざされたことで開発は困難が予想されたが、国際環境の激変が思わぬ助けとなった。中国は冷戦の終結に伴い、関係改善が図られていたソ連(1991年からはロシア連邦)に対して技術支援を求め、これに応じて1991年には中国のAVICとロシアのミコヤン・グレヴィッチ設計局(以後ミグ設計局と表記)との間で協力に関する協定が結ばれ、ミグは設計のコンサルティングを行うことになった[3][4]。さらにミグの紹介でエンジン開発を行うクリモフ設計局と製造工場であるチェルニシェフ機械工場とも連絡が付き、RD-33ターボファン・エンジンの改良型RD-93を調達する約束を取り付けた[4]。

実はミグ設計局ではソ連空軍からの要求で開発したRD-33双発エンジンのMiG-29戦闘機に続いて、1980年代半ばに単発エンジンの小型戦闘機案「Izdeliye 33」(以後「33」戦闘機案と略記)の開発を進めていた[6][7]。「33」戦闘機案は、RD-33単発エンジンの小型戦闘機というちょうど「スーパー7」に近いサイズの機体として構想された[7]。のちに「33」戦闘機案は中止されたが、この戦闘機の開発で得られた技術が「スーパー7」計画に活かされる事になった[6]。中国とロシアの協議によりRD-93エンジンの提供が決定、ミグ設計局の協力のもとに成都飛機工業集団公司が開発を担当する事になった[4][5]。

計画再始動を受け、パキスタン空軍では開発チームを再編し、8か月をかけて性能要求書を完成させた。これは1000ページを超える大部なものとなり、あらゆる面での詳細な要求が成されたが、以前とは異なり設計の制約にならないように、主要な指標や要求のほとんどに幅を持たせており、希望値・推奨値・最小許容値を示すことで、設計陣が柔軟に対応できる配慮が施された[8]。ゼロベースでの研究が行われ、ボトムアップ式に要求項目が積み上げられていった。今後20年間、パキスタンが直面するであろう脅威と空戦モデルについて分析と研究がなされ、同国の地理的条件、航空機の運用状況、長期運用に基づいた分類、F-16やF-7Pなどの戦闘機の運用経験、西側先進諸国の新世代戦闘機の情報なども加味した上で、戦闘機の性能要求が確定された[8]。完成した性能要求書は中国側に送られ、2か月を経て1993年10月に両者の署名がなされ、正式な要求書として確認された[8]。中国側では、これに基づいて空力的設計や外観設計の修正についての検討に着手した[8]。

機体に続いて、アビオニクスの設計要求の検討に着手された。パキスタン空軍の分析では、将来の空中線ではその30〜60%が視認外距離での中距離空戦になると考えられ、視認外距離の戦術情報を掌握するには航空機に搭載されたレーダーなど電子機器の性能に強く依存することは明らかであった[8]。遠距離戦闘で優位に立つには、戦術情報の正確かつ迅速な取得と識別が重要であった。さらに、発見・識別した目標に対して実際に打撃を加える中距離空対空ミサイルの存在も不可欠であったが、当時のパキスタンでは実用的な中距離空対空ミサイルを持ち合わせていない状況にあった[8]。また、相手からの見越し外距離からの攻撃を想定して、電子警報システムに加えミサイル接近警告システム、空対空ミサイルを妨害する電子戦システム、マルチモード対応の電子識別システムの搭載が不可欠とされた[8]。1980年代の技術ではこれらのシステムを搭載できるのは大型戦闘機に限定されていたが、エレクロト二クス技術の進歩により装置が小型化したことで、小型戦闘機も上記の装備を実装できるようになっていた[8]。しかし、これらの装備を充実させると価格に跳ね返り取得性を悪化させるリスクをはらんでいたので、費用対効果、取捨選択が重要になった[8]。

パキスタンは伝統的に西側のアビオニクスを評価しており、当時の中国はパキスタンが望む適切な装備を提供できなかったため、「スーパー7」には西側製アビオニクスの搭載を軸に検討が進められた[8]。ちょうどこの時期は冷戦終結後の軍事予算削減に伴い、既存の戦闘機をアップグレードして延命を図るのがブームになっており、各メーカーから第3世代から初期の第4世代戦闘機のアップグレードに利用できる様々な装備が販売されていた[8]。パキスタンは、多機能パルス・ドップラーレーダー、レーザージャイロ慣性航法システム、レーダー警報装置、デジタル通信装置の使用を計画。パキスタンは各国に人員を派遣して調査を行ったが、これは中国側の方が先んじて製品情報を収集してパキスタン側に公開することも行われた。レーダーについては、イギリス、イタリア、イスラエルのものが検討対象とされ、パキスタンのミラージュ/5のアップグレード事業で用いられていたイタリア製レーダーが優位にあると見られていた。

【「FC-1」戦闘機開発計画の展開】
1996年6月28日には中パ両国は戦闘機共同開発計画について合意に達し、相互に50%ずつ出資すること、新型戦闘機の型式名は「FC-1(Fighter China No. 1)」とすることが定められた[5]。開発では成都が中心となり、ミグ設計局とパキスタンの三者の合作という形をとることとなった[5]。これがFC-1のスタートである(ただしスーパー7の名称も引き続き使用されている)。

1999年、核兵器保有をめぐりインドとの緊張が高まる中、新型戦闘機の早期実現を図るためパキスタン政府はついに開発計画を承認[8]。6月28日に両国が「スーパー7/FC-1戦闘機」を共同開発する事が正式に決定された。中国側ではこれ以降、計画名称を「スーパー7」から「FC-1」に変更した。「FC」は「Fighter China」を意味し、「(中国の)輸出戦闘機プロジェクト第一号(出口战斗机项目1号)」を示している[8]。

契約では、中国は二年以内にFC-1の全ての設計図を完成させ、試作機の製造を行うとされており、試製01号機は2003年3月に初飛行を行うことが決定[9]。両国の出資比率は50対50とされ、パキスタンは協同開発費用として1億5,000万ドルを出資し、開発成功後に150機の調達を行う事、中国はパキスタンでのFC-1の生産ライン立ち上げ、段階的にコンポーネントのパキスタンの国産化率を高めていく事に協力するなどの内容も定められた[2]。

1999年9月には、パキスタンと中国の代表団がロシアを訪問し、クリモフ設計局との間でRD-93ターボファン・エンジンの供給に関する協議が行われ、90基前後のRD-93を調達する事がロシア側に伝えられた[9]。2001年 12月、中パ両国は北京でRD93×11基の供給契約を結び、中国はクリモフ設計局に対してエンジン設計に関する情報一式を移転するように求めた[9]。2002年10月には試製01号機に関する全ての設計図が完成し、設計図を基にして成都飛機工業公司ではFC-1試作機の製造作業に着手した[9]。この時期からFC-1の配備を警戒するインドがロシアに対してRD-93の供給を停止する様に圧力をかける事態が発生した。成都では、ロシアに対してRD-93の購入数を100基に増加、一台ごとに240万〜280万ドルを支払う事を伝え、さらにエンジンの需要を拡大するために中国空軍に対してもFC-1の採用を働きかける事を提案して対処する事を余儀なくされた[9]。エンジン供給が途絶すると重大な結果を招きかねないので、中国がロシアに配慮せざるを得なかったのである。しかし、それでも米F404の450万ドル(インド向け輸出価格)と比較すると、RD-93は安価でありFC-1の想定性能を満たす能力を備えているのは間違いなかった[2]。

FC-1の開発契約が調印されたものの、それから二年間は開発作業が停滞を見せることになった、これは、1998年にパキスタンの核実験実施に対する制裁措置として西側諸国が軍事技術協力の中断を行ったため、当初予定していた西側製レーダーの搭載が困難になり、アビオニクスの設計がほとんど進まなくなったためであった。パキスタンと中国は、西側企業に対して交渉やロビー活動を行うと共に、中国側では、西側製装備が調達できない事態に備えてレーダーやアビオニクスを中国製で代替する作業を行わざるを得ず、開発作業は遅延を来たす事になった[9]。

パキスタン空軍は開発遅延が避けられない状況を受けて、当面の戦力減耗を抑えるため中国からF-7PG戦闘機×50機程度を調達してストップギャップとした[29]。中国側もこの情況に対して、―藉の試作機は航空機としての試験に用いて、アビオニクスは限定的なものとする[9]、∪裁が長期化した場合に備え、中国やロシア製アビオニクスを搭載した試作機を製造する、という二つの提案をパキスタン側に提示。2001年2〜3月には、この中国からの提案を受け,鯀択したこと、すなわち開発リスクを減らすため試製01号機は、アビオニクスの構成を簡素化し、基本的な飛行性能とフライ・バイ・ワイヤ制御システムの実証に用いることが取り決められた[9]。

試製01号機は2003年1月末に完成[9]。各種の地上試験を経て2003年8月25日に初飛行を実施した[9]。この飛行は15分間行われ、安全のため降着装置を出したまま飛行し最高高度3,000m、最高速度500kmで飛行を行った[9]。この初飛行を伝える報道でFC-1に「梟龍」のニックネームが与えられた事が公にされた[9]。公式の飛行試験は2003年9月30日に行われ、パキスタン軍の代表団が成都を訪問し、試製01号機の製造を記念する式典を開催。その席でFC-1のパキスタン名をJF-17「サンダー」とする事が発表された[9]。JFは共同開発戦闘機を意味する「Joint Fighter」、「17」という番号には、パキスタン空軍で就役しているF-16に続く戦闘機という意味が込められている[9][10]。

試製01号機は基本的な機体性能の確認と機体の制御装置に関する実証試験に用いるとされ、設計では新機軸の導入は最小限に留め、飛行に必要な基本的な機材以外は搭載しないと決められた[9]。これは、事故の発生リスクを最小限に抑えるために措置であった。開発陣は、FC-1計画の基盤自体が脆弱であり、試作機の墜落事故というトラブルが発生した場合、即計画の中断という事態を招きかねないと判断していた事による[9]。設計時と機体バランスの変化を来たさない様に、未搭載の機材の場所には同一重量の鉛バラストが搭載されたが、その重量は数百kgを超える事になった[9]。試製02号機は飛行試験には供されず地上での各種試験と静強度試験に用いるため、本格的な実用機としての試験は試製03号機が担当する事とされた[9]。なお、試製01号機は気流の剥離を遅らせて安定性を向上させる効果を狙って主翼中央部に境界層板を装備していたが、03号機では廃止されている[9]。

試製03号機は2004年4月9日に初飛行を実施。03号機の飛行時間は01号機の4倍に及ぶ時間が費やされ、実用化に向けた各種試験が実施された[11]。01、03号機による飛行試験により、FC-1の実用性が確認される事になった。ある飛行試験の最中、電気系統の不調によりアビオニクスとフライ・バイ・ワイヤ系統が機能停止に陥るトラブルが発生したが、機能を維持していた油気圧系機体制御システムを用いて着陸に成功したことで、機体の信頼性を証明した形になった[11]。

2004年6月15日、パキスタン空軍とパキスタン航空コンプレックス(PAC)は中国国家航空技術総公司との間で、パキスタンにおけるJF-17の生産契約とPACの航空機工場にJF-17の生産ラインを構築する契約を結んだ[11]。それまで戦闘機の供給を外部に依存しており国内ではオーバーホールしか行っていなかったパキスタンにとっては、国産戦闘機の生産ラインを構築できたのは航空産業にとって歴史的な進歩であった[11]。

【技術実証機から実用機へ】
試製01〜03号機までは飛行機としての性能を確認するための技術実証機であり、設計の問題を洗い出し、最終的な量産型を完成させるための機体であった。

01号機と03号機が飛行試験を重ねるのと並行して、当初から予定していた性能向上型の開発に関する検討も進められていた。パキスタン空軍はFC-1/JF-17について下記の改善点を提示した[11]。
機体重量の軽減試製01、03号機の離陸時の推力重量比は0.91で、これはF-16など第4世代戦闘機にはるかに及ばない。燃料を消費した空戦段階でも1.09に留まっており、これでもF-16におとり、ミラージュ2000やF/A-18より僅かに優れているだけ[11]。エンジン推力の強化が直ぐには出来ない以上、推力重量比を改善するには機体軽量化が不可欠。
搭載燃料の増加FC-1の燃料搭載量は米製F404エンジンを前提とした物であった。実際にはF404より燃費の多いRD-93を搭載したため、当初の搭載燃料では予定よりも航続距離が減少する。要求数値を達成するには機内燃料の増加が必要。
最高速度の増加当初の設計ではFC-1の最高速度はマッハ1.6であった。しかし、視認外戦闘では少しでも速力が高いほうが有利。最高速度のマッハ1.8〜2.0への増加を求める。
機内容積の増加アビオニクスや各種装備の追加搭載を可能とする空間の確保。

また、01、03号機の飛行試験の結果、主翼前縁のドックトゥース付近で気流渦が発生、機体強度の不足といった問題も判明していた[11]。試製04号機の開発では、上記の各種問題の解決が求められる事となった。

一方、この時期はパキスタンをめぐる国際的環境も大きな変化が生じていた[11]。2001年9月11日に発生した米国同時多発テロとそれに続く対テロ戦争により、アメリカはパキスタンに対する政策を一変させた。核兵器の保有以降、アメリカはパキスタンに対する軍事援助を停止していたが、これを解除してパキスタンが求めていたF-16C/DとAIM-120「AMRAAM」の輸出を承認するに至った。これにより、パキスタン空軍は第3世代戦闘機の不足を解消するめどが立ったが、同時に空軍の予算がF-16C/Dの調達に割かれれば、その分JF-17調達費用が削減されるのは避けられなかった[11]。パキスタン空軍と中国側ではFC-1/JF-17の開発方針を巡り議論が交わしたが、その結果実用化が予定より遅れるとしても、FC-1試製04号機の開発を継続して能力向上を行った上で配備を進める方針が再確認された[11]。

試製04号機には、軽量化と性能向上を主眼として多くの設計変更が施される事になった。主翼設計については主翼前縁部のストレーキ面積を増加すると共にドッグトゥースの設計を変更する事で対処した。ストレーキの面積増加は翼面加重を減少させるのにも寄与しただけでなく、機内容積を増加させ、燃料搭載量の増加にもつながった[11]。

パキスタン側が強く要請した速度向上については、機体の軽量化とインテイクとエアダクトの設計変更を行って対処する事が決定された[11]。01〜03号機のインテイクは矩形断面で胴体側にスリップ・ベーンを持つ一般的な設計であった。これは亜音速飛行では問題なかったが、超音速飛行の際には空気の圧縮効率に問題があった[11]。インテイク重量を増加させずに、超音速飛行の際の速度性能を改善するという課題を解決するため、成都飛機公司では凸型のDSI(Diverterless Supersonic Inlet)の採用を決断した。凸部は空気境界層を圧縮して逸らす効果があり、従来のインテイクと比較して超音速飛行時に効率よく空気を圧縮する事が可能となり、最高速度はM1.6からM1.8に改善された[11]。DSI方式のインテイクは、エンジンブレードを隠し、インテイク内への電波の流入を抑制する効果もあり、機体正面からのRCS(Radar cross section:レーダー反射断面積)値を減少させる効果もあった。04号機では、DSI方式の採用とスリップ・ベーンの廃止などで、インテイク関連の重量を100kg以上軽量化する事に成功した[11]。インテイクの設計変更と同時にエアダクトも改良が加えられ、もともと内側に10度傾けて胴体にめり込む様な形だったものが、胴体に並行して取り付けられる形状に変更された。胴体へのめり込みを廃止したのは機内容積の拡大を意図しており、この設計変更によって燃料やアビオニクス関連の空間を確保する事に成功した[11]。

前述した通り試製01、03号機は、飛行特性の試験を主目的としたためアビオニクスは簡易的なものを搭載しており、コクピットの装備も量産型よりも簡素にされ、HUDの下にある多機能ディスプレイは5.25インチのものを二基のみとして、従来型の計器も多く用いられていた[11]。これに対して試製04号機は完全なグラスコクピットとされており、計器パネルのほとんどを三基のカラーアクティブLDC多機能ディスプレイが占めており、高度に自動化されたコクピット設計により、パイロットの操作性が向上し、表示されるデータもコンピュータにより処理されて表示されることで視認性・作業効率の改善が図られた[11]。

04号機の設計作業は2005年3月に完了し、実機の製作が開始された。これと並行して中パ両国においてFC-1/JF-17の生産ラインの構築作業も進められた。04号機は2006年に完成し、同年4月28日に初飛行に成功[11]。04号機の成功を受けて、これをベースとして量産型が製造される事となった。最終的に試作機は合計6機が製造されたが、05、06号機は04号機に準じた機体であった[28]。

【JF-17 Block1の量産に至る経緯】
成都で製造されたJF-17の最初の2機は、2007年3月にパキスタンに到着、3月23日の共和国記念日にイスラマバード上空を飛行して正式公開された[12]。

2008年2月 初め、パキスタンは中国から6機のJF-17を受領し、同国に引き渡されたJF-17は合計8機になった[12]。パキスタン空軍の関係者の情報によると、既にパキスタンでのJF-17のライセンス生産が開始されており、2011年までに年間25機の生産体制を構築する計画[12]。パキスタンでのJF-17の生産は、イスラマバート北部にあるパキスタン航空コンプレックス(PAC)のカムラ工場が担当する。JF-17 Block1の機体価格は1,500万ドルとされる[2]。

2008年1月22日には、JF-17生産ラインの竣工式が行われ、タンビル・マフムード・アフメド(Tanvir Mahmood Ahmed)空軍司令官はその式典で、2008年には15機のJF-17を生産し、将来的には年間25機から30機の生産を行いたいとの意向を示した[12]。パキスタンでのライセンス生産では、ロシア製エンジンを搭載し中核コンポーネントは中国から供給を受けてパキスタンで組み立てて完成させる方式が採られた。段階的に国産品の割合を増やしていき、機体部品の60%と電子装備の80%をパキスタンで内製化するとの見通しを示した[12]。

2009年3月7日、中国とパキスタンはJF-17第一次バッチ42機の共同生産に関する協定に調印。Tanvir Mahmood Ahmedパキスタン空軍司令官によるとパキスタンはJF-17計画に6億ドルを投じたとのこと。中国はパキスタンでのJF-17の生産を支援するほか、生産ライン立ち上げに必要な資金の借款も行う[13]。

パキスタンは2009年3月時点で、評価試験用に8機のJF-17を受領している。これらの機体を使用して今年半ばまでに最初のJF-17戦闘機戦隊を編制する予定。最初の2機は成都で製造され、続く4機がパキスタンで製造され2009年11月23日にロールアウトした[14]。

2010年2月17日、パキスタン空軍の第26航空隊に対するJF-17の配備が開始された[15][16]。JF-17はこの部隊のA-5攻撃機を更新する機体として配備された[19]。翌2011年には、最後のA-5部隊であった第16飛行隊でもJF-17への更新を行った[19]。

パキスタン航空コンプレックスが発注されたJF-17 Block1の生産を終えたのは2013 年末となった [14]。2013年12月18日、50機を発注していたJF-17 BlocK1の最終生産機の引渡しと、JF-17 Block2の生産開始を記念する式典がJF-17を生産するカムラ工場で開催された[17]。

【輸出市場への売り込み】
中国とパキスタンは、FC-1/JF-17をF-5E/FタイガーIIやダッソー・ミラージュIII/5、MiG-21/J-7の後継機として各国に売り込む事を狙っており、バングラデシュやエジプト、ナイジェリアなどが興味を示しているとされ、その後、改良型のJF-17 Block2がミャンマーとナイジェリアに輸出された。

上記の様に積極的に輸出が図られているFC-1であるが、中国空軍自体はFC-1の採用は行わなかった。その要因としては、中国空軍の第四世代戦闘機としては双発エンジン機であるSu-27/J-11系と、単発エンジン機であるJ-10の配備が進んでおり、ここにさらに小型のFC-1を入れる積極的な意義が見いだせなかったことが大きいだろう[12]。仮に中国空軍に採用された場合はJ-9(殲撃-9)の名称が付与されるとも見られていたが、それが実現することはなかった。

【機体性能】
FC-1/JF-17 Block1の機体のサイズは、空虚重量6,586kg、全長14.93m、全幅9.45m(翼端AAM含む)、全高4.65m。空虚重量は6,586kg、最大離陸重量は12,383kg。離陸滑走距離は450m、着陸滑走距離は750m。実用上昇限度は16,916m[1]。FC-1/JF-17の戦闘行動半径は空対空任務で1,296km、対地攻撃任務で700km、航続距離は機内燃料のみで1,800km、フェリー航続距離で3,482kmとされる[1]。パキスタンでは、JF-17に空中受油能力を付与する事で航続距離延伸を計画し、第二次発注分(JF-17 Block2)で実現させている[2]。

FC-1はJ-7の発展型だが、機体形状は全面的に設計変更が施されている。J-7が採用していた機首部インテイクを廃止し、胴体側面に置くサイド・インテイク方式を採用した。これにより機首は先端部をレドームのみとする事が可能になった。当初FC-1のインテイクは矩形断面で胴体側にスリップ・ベーンを持つ一般的な設計だったが、その後再設計され凸型のDSI(Diverterless Supersonic Inlet)になった。凸部は空気境界層を圧縮して逸らす効果があり、これにより最大速度がマッハ1.6から1.8になった[11]。主翼は中翼配置で前縁付け根にストレーキがあり、主翼端にはECM機器収納用のフェアリングがある。水平尾翼は胴体後部の低い位置に配置されている。垂直尾翼は前縁後退角が大幅に減らされ、また後縁部もほぼ垂直に立つ様な形となった。キャノピーは後方視界に優れたバブルキャノピーではなく、機体背面と一体化した形状となっているが、これは後方視界の確保よりも速度性能や機内容積の確保を優先した事による。コクピットの射出座席については、入札の結果英マーチン・ベイカー社PK16LE製射出座席が中国製射出座席を破って採用されている[31]。視界不足を補うためにキャノピーには3つのバックミラーが取り付けられている。FC-1/JF-17の試作機と初期量産機はいずれも単座機であるが、訓練や機種転換に用いるための複座型の開発も計画されており、後にJF-17Bとして実用化されることになる。

機体形状は一新されているが、機体の素材についてはJ-7と同じくアルミ合金中心で、一部にチタン合金と複合材を用いただけに留まっている[18]。これは従来の素材を使うことによるコスト削減が目的とされたが、FC-1の開発を行っていた2004年の中国の軍用複合材料の技術水準から広範に複合材を活用するのに難があったことも背景にある。同時期の戦闘機であるJ-10Aの複合材使用割合が6%と、第4世代戦闘機の平均20〜30%に比べてはるかに少ない割合だったことも、当時の中国が複合材の生産・使用に遜色があったことが伺える[18]。この問題は2010年代に入ると解消されることとなり、FC-1/JF-17についても発展型では複合材の使用範囲を大幅に拡大して性能向上や軽量化を図るようになる[18]。JF-17 Block1の機体寿命は3,000時間と伝えられている[20]。

【エンジン】
エンジンはMiG-29が搭載するクリモフRD-33エンジンの派生型RD-93ターボファン・エンジン(ドライ5040kg、A/B 8,300kg)を搭載する[22]。RD-93エンジンはモスクワにあるチェルニシェフ機械製造工場が生産する。ロシアは2005年に100基のRD-93を2億3800万ドルで中国に輸出する契約を結んでいた[21]。RD-93のパキスタンへの販売認可はロシア側が渋っていたが、結局2006年にJF-17への搭載をロシアは認めた。しかし、インドの抗議もあってロシアは再びRD-93の第三国向け輸出の許可を取り消すなど二転三転が繰り返されたが、最終的には2007年にパキスタンへの再輸出が承認される事となった。パキスタンではRD-93の整備について、当初は中国に依頼し、次第に自国での整備体制を整えていく方針を採用するとしている。なお、中国ではロシアの協力を得た上でRD-33エンジンの国産化作業を行い、このエンジンは2005年にWS-13(渦扇13)の名称が与えられ、実用化にまでこぎつけた。パキスタンではWS-13の評価を行った結果、WS-13の性能はRD-93と同等であるが、すでにRD-93の導入態勢を整えているので二種類のエンジンを並行配備す積極的な理由が見いだせないとしてWS-13の調達は見送られた[32]。WS-13はその後も改良が続けられ、推力向上型WS-13IPEも2020年には少数生産段階に入っている[32]。何らかの理由でRD-93が使えない場合のセカンドチョイスが存在していることは、エンジンに悩まされたFC-1にとっては安心材料であり、WS-13の開発が継続されたのもそこに理由があると考えられる。

2009年9月には、中国はロシアの国営兵器輸出入会社ロスボルエクスポルトとの間で、RD-93エンジンの推力向上型を100基購入する交渉を行っている事が明らかになった[21]。ロシア防衛産業の関係筋によると、交渉は既に基本的な合意を見ており、国防省や関係機関も輸出を承認しており、現在は価格面でのすり合わせが行われている段階。関係筋によると、ロシアは既に500基のRD-93の中国への売却に合意しているとされ、最初の100基は固定価格で輸出され、第二陣の100基の価格は現在協議中と報じられた。

元々のRD-93の推力はA/B時8,300kgであるが、推力向上型ではA/B時9,000kgにまで推力が増加している。RD-93の推力向上型がFC-1/JF-17に搭載できれば、懸案であった推力重量比の改善に繋がり、各種性能を向上させる事が可能となるため、中国とパキスタンとしては是非とも交渉を妥結させたい所であろう。

【アビオニクス】
FC-1/JF-17のアビオニクスの主な構成要素は、コンピュータ、火器管制システム、レーダー、航法装置、通信機器、電子戦システム、グラスコクピット、操縦桿などで構成される[23]。分散式オープンアーキテクチャの使用により、JF-17 は2つの独立した相互にバックアップ可能なミッション コンピューターを備えている。アビオニクスは、MIL-STD-1553Bデータパスを基いて各機材を接続しているが、光ファイバーパスにアップグレードすることも可能[23][30]。パキスタンは当初は西側製アビオニクスの採用を考えていたが、核保有に伴う西側の制裁で入手の目途が立たず、最終的に中国から導入したアビオニクスを採用することになった。ヘッドアップディスプレイや前方赤外線捜索・追跡システムは中国製で、GPS入力を備えたリングレーザー・ジャイロ慣性航法システムも装備している[23]。

JF-17のアビオニクスのソフトウェアシステムは合計100万行以上のコードで書かれており、オープンアーキテクチャの概念が採用されている[30]。プログラミング言語は、通常、軍用機で用いられるAda言語ではなく民間で使用される汎用言語のC++が用いられているのも特徴[30]。これはC++であれば民間に多数存在するソフトウェアプログラマーを活用することで開発期間とコストを抑えられると判断したための措置[30]。JF-17の試作機のアビオニクスに用いられているCPUはモトローラ88000マイクロプロセッサをベースとしているが、他の同レベルの製品に変更することも可能[30]。

JF-17のコックピットは完全なグラスコックピット化されており、その構成は多機能液晶ディスプレイ(MFD)三基、ヘッドアップディスプレイ一基、操縦桿など。操縦桿にはHOTAS概念が採用されており、パイロットは操縦作業を中断することなくデータを入手して、操縦桿を握った状態で兵装操作を行うことが出来る[30]。

JF-17は、中国製レーダーとSD-10アクティブ・レーダー誘導空対空ミサイルを組み合わせて、視認外、億票に対する中距離空対空ミサイルによる攻撃能力を獲得している。しかし、レーダーについても紆余曲折があり、当初はロシア製のファザトロンKOPYO、イタリア製のLIAR(現ガリレオ)Grifo-S7、Grifo-7B、タレス社のRC400などが候補になっていたが、試作機にはイスラエル製のエルタEL/M-2032が搭載された[1][2][8][27]。最終的にJF-17の第一次生産分JF-17 Block1×50機は、中国製KLJ-7パルス・ドップラーレーダーを搭載する事になった[14]。(なお、資料[2]では、JF-17 Block1はイタリア製Grigo-7Bレーダーを搭載したとしている。)KLJ-7は、J-10Aのレーダーと技術面で共通するところの多い機械式パルス・ドップラーレーダーで、アンテナ直径は600mm。1553B型デジタルデータパスを採用しており、各センサーとデータ処理機器を繋いでいる[14]。KJL-7は空対空モードではレーダー反射面積3平方メートルの空中目標を120km以上の距離から発見、距離85km以上からの追尾が可能。これは、SD-10 BVR-AAMの80kmの射程を有効に生かすことが出来る探知距離を備えていると言える[14]。同時に40目標を捜索し、10目標を追跡、その内2目標を同時攻撃する能力を有しているとされる[14][30]。Block1では実用化を急いだことから、空対空モード以外の実装は後日装備とされ、空対地・空対艦任務で用いる精密誘導兵器については第二次生産分のJF-17 Block2から用いることとなった[2]。そのため、Block1では対地攻撃においては通常爆弾とロケット弾の使用が主になった。

操縦系統は縦方向のみ4重デジタルフライ・バイ・ワイヤとされたが、横方向の操作には従来型のメカニカル操作を残していた。これは開発リスクとコストを抑えるための措置であった[24][30]。

電子戦システムについては、自己防御装置(SPJ)、ミサイル接近警報システム(MAWS)、レーダー警報受信機(RWR)、チャフ&フレアディスペンサー(CFD)、敵味方識別装置(IFF) で構成される[23]。

【兵装】
固定武装として、インテイクの少し後ろの胴体底部に23mm二銃身機関砲を配置。搭載弾数は220発[2]。ハードポイントは胴体下×1、主翼下×4、主翼両端×2の合計7箇所。外部ペイロードは3,629kgで、胴体中央のハードポイントは640kg、主翼内側のハードポイントは各1.2t、主翼外側のハードポイントは各600kg、翼端ハードポイントは各200kgの搭載力を備えている[1][2]。全てのハードポイントに最大ペイロードを搭載すると荷重制限をオーバーするので、その際には燃料を減らすなどの措置が必要になるだろう。

主翼翼端のハードポイントは、赤外線AAM専用ランチャーとされ最大ペイロードは200kg[2]。中国製のPL-5PL-9などを搭載することができるが、パキスタン仕様のJF-17ではアメリカ製AIM-9P「サイドワインダー」の運用も可能とされている。JF-17の空対空戦闘における主兵装となる中距離空対空ミサイル(以下BVR-AAMと表記)は、撃ちっ放し可能なアクティブ・レーダー誘導式のSD-10A。これは中国軍で運用されるPL-12の輸出版であり、マッハ4の最高速度で射程70kmを達成している[2]。JF-17は2〜4発のSD-10を搭載する。パキスタンにとっては初となる撃ちっ放し式BVR-AAMであるSD-10の調達により、すでにBVR-AAMを保有するインド空軍に対する質的劣勢を補うことがようやく可能となった。

パキスタンとしてはインド空軍に対する空対空戦闘での不利を解消するべく、まず最優先としてJF-17とSD-10の統合を掲げた。そのため、JF-17 Block1の火器管制レーダーは、空対空モードが主であり、この段階では空対地モードや空対艦モード、それに対応する精密誘導兵器やミサイルの運用能力は事後装備ということにされた[2]。そのため、対地攻撃兵器は無誘導の爆弾・ロケット弾を主とし、レーザー目標指示ポッドを搭載する事で精密誘導爆弾の運用が可能な程度に留まっていた。その後、ブラジル製MAR-1対レーダーミサイルの運用能力を付与することで対地攻撃能力の強化が図られている[25]。

パキスタンでは第二次量産型から空対地・空対艦兵装の充実を進める計画であったが、ここで搭載する兵装についてはヨーロッパ諸国から調達することを想定していた[2]。これは、まだこの段階では、パキスタン空軍の中国製空対地・空対艦兵装に対する信頼性が十分でなかったことによるものとされる[2]。

【JF-17 Block1の今後について】
JF-17 Block1の一機当たりの価格は1,500万ドルと第4.5世代戦闘機としては破格の安さとなっている。これはコスト削減の追求、新技術の導入において費用対効果を追求、レーダーが空対空モードのみである点などが相まった結果であった。ゆえに、マルチロール戦闘機として能力向上が図られたこれ以降のJF-17は調達コストが大きく跳ね上がることとなる(JF-17 Block2が4,000万ドル、JF-17 Block3が5,500〜6,000万ドル)[26]。

50機が生産されたJF-17 Block1は、第二次生産分Block2、第三次生産分Block3と共にパキスタン空軍で運用されている。JF-17の機体寿命は3,000時間と伝えられており、パキスタン空軍が戦闘機を年間 150〜200時間飛行させるとすると、JF-17の寿命は15〜20年となる[20]。2016年4月にはパキスタンと中国の間で、JF-17のオーバーホール体制構築に関する協定が結ばれ、最初の2機は中国で、次の2機はパキスタンでオーバーホールを行うとの取り決めがなされ、2018年10月18日には最初のオーバーホール実施機が試験飛行を無事終えた[29]。パキスタンが自力でのオーバーホール体制を構築できたことで、安全保障面での自律性を向上させ、戦闘機の稼働率と信頼性を高めると共に、輸出市場での市場拡大に有利に働くと考えられている[29]。

JF-17 Block-1の初期導入機 は2030年には機齢が20年に達し、運用寿命に達することになるので、新型機への更新か、アップグレードによる延命措置が不可欠となる[20]。

JF-17 Block1はBlock2に準ずる仕様にアップグレードするとの話もあるので、今後の近代化の有無が注目される所である[2]。

【参考資料】
[1]青木謙知『戦闘機年鑑2023-2024』(イカロス出版/2023年5月25日)219頁
[2]天一「南亚海空新猎手 巴基斯坦空军对海打击力量的发展和技术升级」(下部)『舰载武器』2024.03/No.429 (中国船舶集团有限公司/02-19頁)
[3]捜狐「「原创」枭龙战斗机的前生——超七方案简介」(2017年9月5日)https://www.sohu.com/a/169583575_99935919
[4]北纬40°「“枭龙”战机计划始末」(文:谢里夫-萨-纳阿姆希、編訳:一挺、出典:『现代兵器』)(sean/2016年3月11日)http://www.bw40.net/7742.html/8
[5]腾讯网-腾讯新闻「从歼5到歼20,中国成飞是如何一步一步成为“成洛马”的?」(军武次位面/2022年3月7日)https://new.qq.com/rain/a/20220307A0525G00
[6]今日头条「“滚回绘图板”航空史上那些被淘汰的方案139-米格 产品“33”」(nordland/2022年12月10日)https://www.toutiao.com/article/717540382186510800...
[7]哔哩哔哩「FC-1“枭龙”的苏联兄弟“米格-33”」(账号已注销/2019年9月27日)https://www.bilibili.com/read/cv3665915/
[8]北纬40°「“枭龙”战机计划始末」(文:谢里夫-萨-纳阿姆希、編訳:一挺、出典:『现代兵器』)(sean/2016年3月11日)http://www.bw40.net/7742.html/9
[9]北纬40°「“枭龙”战机计划始末」(文:谢里夫-萨-纳阿姆希、編訳:一挺、出典:『现代兵器』)(sean/2016年3月11日)http://www.bw40.net/7742.html/10
[10]ODIN - OE Data Integration Network「JF-17 Thunder Pakistani Multirole Combat Aircraft」https://odin.tradoc.army.mil/WEG/Asset/JF-17_Thund...
[11]北纬40°「“枭龙”战机计划始末」(文:谢里夫-萨-纳阿姆希、編訳:一挺、出典:『现代兵器』)(sean/2016年3月11日)http://www.bw40.net/7742.html/11
[12]北纬40°「“枭龙”战机计划始末」(文:谢里夫-萨-纳阿姆希、編訳:一挺、出典:『现代兵器』)(sean/2016年3月11日)http://www.bw40.net/7742.html/7
[13]The Economic Times「Pak, China to produce fighter jets」(2009 年 3 月 7 日)https://economictimes.indiatimes.com/news/politics...
[14]Chinese Military Aviation「JF-17/FC-1 Fierce Dragon/Thunder」https://chinese-military-aviation.blogspot.com/p/f...
[15]Embassy of the People's Republic of China in the Islamic Republic of Pakistan公式サイト「First Squadron of JF-17 Thunder inducted in PAF」(2010年2月19日)http://pk.china-embassy.gov.cn/eng/zbgx/201002/t20...
[16]China Defense Blog「Good bye A-5III, Hello JF-17」(2010年2月18日)http://china-defense.blogspot.com/2010/02/good-bye...
[17]IHS Jane's Defence Weekly「PAC announces start of JF-17 Block 2 construction」(Farhan Bokhari/2013年12月18日)
[18]手机新浪网「中国售巴新款枭龙不计成本 复合材料使用量超歼10C」(2018年7月24日)https://k.sina.cn/media_m_1575564.html
[19]Quwa「CAC/PAC JF-17 THUNDER: IS PAKISTAN’S MAINSTAY FIGHTER ANY GOOD?」(Bilal Khan/2017年8月31日)https://quwa.org/2017/08/31/profile-avic-pac-jf-17...
[20]Quwa「Pakistan Reveals ‘JF-17 PFX’ Program」(Quwa team/2024年3月2日)https://quwa.org/2024/03/02/pakistan-reveals-jf-17...
[21]Военный паритет「Китай раскручивает "Рособоронэкспорт". На двигатели РД-93 с повышенной тягой」(2009年9月22日)https://vpk.name/news/32012_kitai_raskruchivaet_ro...
[22]JF-17 Thunder「JF-17 Engine」 https://jf-17.com/engine/
[23]JF-17 Thunder「JF-17 Avionics」https://jf-17.com/avionics/
[24]新浪網「中国双座枭龙战机操纵系统升级 机动性大幅提升」(2013年6月30日)http://mil.news.sina.com.cn/2013-06-30/0921729846....
[25]「パキスタン空軍-ブラジル製MAR-1ミサイル受領」(『軍事研究』2011年10月号/ジャパン・ミリタリー・レビュー)170頁
[26]殷杰「困难重重—浅谈“枭龙”战机能否落户伊拉克」『兵工科技』2023/17(兵工科技杂志社/36-42頁)
[27]手机新浪网「超七战机技术探秘 与F-16、IDF谁领风骚(图)」(千龙新闻网/2003年7月31日)https://news.sina.cn/sa/2003-07-31/detail-ikkntiak...
[28]哔哩哔哩「歼10C的战友枭龙的前世今生」(落英行者/2022年3月3日)https://www.bilibili.com/read/cv15504249/
[29]凤凰网「枭龙在巴基斯坦——巴基斯坦空军装备枭龙战斗机现状」(兵工科技/2022年2月23日)https://i.ifeng.com/c/8DrqmQNfpw6
[30]知乎「划破长空(二)——JF-17的故事」(6BeA96/2017年10月11日)https://www.zhihu.com/column/p/28197327
[31]マーチン・ベイカー社『MB Escape 20』(2008年8月)1頁。(元URL:http://www.martin-baker.co.uk/getdoc/62678197-340b... インターネットアーカイブ:https://web.archive.org/web/20120403190614/http://...
[32]ChinaArms「WS-13IPE engine for FC-31 fighter mass-produced in 2020」(2020年1月26日)https://www.china-arms.com/2020/01/ws-13ipe-for-fc...

【関連項目】
J-7戦闘機(殲撃7/F-7/MiG-21)
セイバー/スーパー7/J-7CP/J-7C(超7/殲7CP/C)戦闘機 【国際共同開発。計画のみ】
FC-1 Block2「梟龍」/JF-17 Block2「サンダー」戦闘機 【国際共同開発】
FC-1B「梟龍」/JF-17B「サンダー」複座戦闘機  【国際共同開発】
FC-1C Block3「梟龍」/JF-17C/JF-17 Block3「サンダー」戦闘機 【国際共同開発】

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