第七十七景 謁見 << 物語 >> 第七十九景 死桜
謁見の日、土砂降りの中、源之助と修三郎は傘もささず帰路を急いだ。笹原邸についた頃には下ろし立ての裃が泥まみれだったが、ぬかるみに足を取られて転ぶような武芸者ではない。それは、死地よりの生還だったのだ。
一方清玄は、駕籠で帰宅していた。出迎えたいくが見たのは、普段閉じている双眸を大きく開き、真愉快な謁見であったという清玄の姿。びしょ濡れの裃を脱ぎ捨て、捨てろと言い放ち、風呂に頭まで浸かる清玄。考えていたのは、駿河大納言の狂乱が過ぎており、何時までも公儀は放っておくはずはないと考えを巡らせていた。風呂上り、一(いちのじ)を抜き、これが天下人の剣かとも、駿河五十五万石に明日はないとも、金岡に問い詰めたが、その返事はかえって都合がいいと意外なものだった。その理由を問い詰めると、駿府の旅籠は御前試合を拝観する他国の大名家で軒並み貸し切りとなっており、清玄殿の剣名は一日にして天下に流布されると。万が一大納言家が潰れようとも、高名が残っていれば尾張なり紀州なり望むままに仕官の道が開かれているといった。大納言を踏み台に江戸ヘ飛ぶ。盲竜が将軍家光の領する江戸の景観を思い浮かべた時、江戸を訪れたことのないいくの脳裏にも、清玄のそれと全く同じ景色が映っていた。
夜、源之助は晋吾とともに、泥まみれの裃を洗っていた。その後、清玄と同じように湯に浸かる源之助は、謁見の場で突如命を絶たれた剣士のことを思い出していた。あの者にも自分と同じように、戦うべき相手と、守るべき家があったはずだと。涙を流しながら、自己の存在など刹那に散りゆく儚きもの、そのように思い知ったとき、源之助の脳裏に浮かんだものがあった。
明かりを持ち、源之助らが洗った裃を見つめる三重の姿がそこにある。その時、背後から源之助が現れ、三重を優しく引き寄せた。
斬ってください。その夜にもあなたの妻となります。
一方清玄は、駕籠で帰宅していた。出迎えたいくが見たのは、普段閉じている双眸を大きく開き、真愉快な謁見であったという清玄の姿。びしょ濡れの裃を脱ぎ捨て、捨てろと言い放ち、風呂に頭まで浸かる清玄。考えていたのは、駿河大納言の狂乱が過ぎており、何時までも公儀は放っておくはずはないと考えを巡らせていた。風呂上り、一(いちのじ)を抜き、これが天下人の剣かとも、駿河五十五万石に明日はないとも、金岡に問い詰めたが、その返事はかえって都合がいいと意外なものだった。その理由を問い詰めると、駿府の旅籠は御前試合を拝観する他国の大名家で軒並み貸し切りとなっており、清玄殿の剣名は一日にして天下に流布されると。万が一大納言家が潰れようとも、高名が残っていれば尾張なり紀州なり望むままに仕官の道が開かれているといった。大納言を踏み台に江戸ヘ飛ぶ。盲竜が将軍家光の領する江戸の景観を思い浮かべた時、江戸を訪れたことのないいくの脳裏にも、清玄のそれと全く同じ景色が映っていた。
夜、源之助は晋吾とともに、泥まみれの裃を洗っていた。その後、清玄と同じように湯に浸かる源之助は、謁見の場で突如命を絶たれた剣士のことを思い出していた。あの者にも自分と同じように、戦うべき相手と、守るべき家があったはずだと。涙を流しながら、自己の存在など刹那に散りゆく儚きもの、そのように思い知ったとき、源之助の脳裏に浮かんだものがあった。
明かりを持ち、源之助らが洗った裃を見つめる三重の姿がそこにある。その時、背後から源之助が現れ、三重を優しく引き寄せた。
斬ってください。その夜にもあなたの妻となります。