――思えば
     
               
――爽やかな 春の風の様な女性(ひと)だった 
    小さな花弁舞う季節 桜の神社で二人出逢った 

「やぁ、詩乃ちゃん。来たよ。遅くなってごめん」         

――輝く 夏の日差しの様な女性だった 
    深緑茂るまばゆい世界 子どもの様に二人はしゃいだ

「やれやれ、今日も疲れたよ。仕事がまたちょっと増えてさ、景気も良くなってきたのかな」

――静かに照らす 秋の月の様な女性だった 
    芒が流れる夜の道 涼風受けて二人歩いた

「花、買って来たんだ。ほら、なかなかいいセンスだろ。今挿してる奴、ちょっとしおれてきてるから、替えておくね」

――柔らかい 冬の雪の様な女性だった 
    雪の白に染まる街 ただよう恋人達の群れ 彼らに混じって 二人寄り添い 夜空見上げた

「・・・それじゃあ、また明日、詩乃ちゃん。ゆっくり休んで。・・・絶対、帰ってきてね」

静かに まるで石の様に 君は眠り続けている
君が季節を映さなくなって どれほど経ったか
二人の時間も くすみきった石 これっぽっちも動いていない

だから 待つ 二人の時間が再び動きはじめるその時まで
俺は 待つ
百年でも 待つ
石の様に 君と一緒に



【詩乃抄】



去年の春は寒かった 何時まで経っても冷たい風が吹き荒び 神社の桜も咲くのが遅くて 咲いたら咲いたですぐ散った
去年の夏はいやに雨が多かった 嵐もよく来て外にあんまり出なかった 夏の日差し ほとんど浴びてないな
去年の秋は暗かった 見上げた空はいつも灰色 泥のような雲が邪魔をして 月の形が思い出せない
今年の冬は ・・・外を見れば 黒々とした雪の塊が べちゃべちゃと 重苦しい音を立てて崩れていく

じきに冬が終わる 全てが凍った 暗い季節が漸く終わる 今年の春はどうなるのかな 
また一年 時間が過ぎる ああ この冬が終われば 俺の身体も心も二十五年目
この時代に来てもう二年 解っていたけど 時間の流れは 容赦がない 

ああ 辛い

ただ 待つという事が辛い 
時間が歴史が 君を待たずに進んでいくのが辛い  
君のネックレスを ロザリオとして握りこむ ネックレスは直ったのに 俺がどれ程祈ろうとも 君は未だに治らない 
挿し替えている花達も しおれてはしおれては 物悲しそうに君を見下ろす
君にも時間は流れている筈なのに この一年間という月日 
ああ そんな まだ たったの一年しか経っていない 百年待つなど 何処の馬鹿か

君の心を残して 俺の心も少しずつ 少しずつ進んでしまっている現実に 歯軋りが止まらない
時計に嘲笑われているようだ コチコチコチコチ煩いから 家の時計は全て 無表情なデジタル時計に替えてやった
時計に心を乱されるなんて 時間を好きにできる時代の人間が情けない
無力すぎて笑ってしまう 深く俯いて肩を躍らせる
とうとうこれが癖になった もう“笑う”なんて事 こうでもないと出来やしない

そうして その後 いつも決まって
泣いてしまう
泣いてしまうと眠れない どれだけ疲れていようが眠れない

詩乃
 
もう一度 もう一度どうか どうかその口を動かして
「愛しとーよ」 と 云って欲しい そうすれば きっと眠れる
だが 微かな呼吸の為だけに 隙間程度に開かれたその唇は 震える事すら  無い

せめて せめて名前だけでも 愛しているなどはいらないから そんな贅沢は言わないから   
そう想って 思わず顔を上げ 無色の石となっている君を見つめてしまい

全身を震わせ また 泣いた




――こ なみさん



誰だろうか 誰かが 俺を呼んだ 

情けない 男が一人 泣いている所に

誰だろう 






「・・・なん、で、・・・ないてるん?」   「・・・」

「つらい・・・ことでも、あったん?」  「・・・」

「・・・こなみ、さん?」          「・・・」

「・・・いきてる?」             「・・・」

「・・・しんで、るん?」          「・・・」

喉が一気に渇いていく。まるで熱い鉄板の上に水滴を垂らしたかの様に、水分がカラカラと消えていくのが解る。
折れる様に俯いていた頭をゆっくり上げる。目の前の光景に瞬きが出来なかった。
これ以上、涙によって視界が霞むのを良しとしない。

「・・・へんじ、して、ほしい」

栗色の瞳が、うっすらとこちらを見つめている。
このような茶色い瞳の人は、この世の中沢山いる筈なのだが、・・・言うならば百年ぶりに見た様な、
久しい感覚であった。あの日から、重々しく閉じられ続けていた瞼が、僅かではあるが、確かに開いている。
長いまつ毛の隙間から、不安そうに揺れ動く瞳。それをじっと見つめてしまう。・・・きっと、俺の瞳も、ぶるぶると震えている。

――鎧戸のような彼女の瞼は 緩やかな山なりを描いてうっすら開き 彼女の瞳をようやっと 外の世界に解放した

「・・・いし、みたい」          「・・・」
「じかん、とまっとーよ?」      「・・・」

少し不機嫌そうな表情をしている。いや、しているのではないかと感じただけだ。
表情自体はよく出来た蝋人形の如く、ぴくりとも動いてない。
小さく小さく開いた口から漏れている言葉は、廊下から響く誰かの足音で掻き消されてしまう程の、儚い音だった。

「・・・もー、いーです。・・・ねよ」

「だめだ」
「それは・・・だめだ。許されない」

「・・・ん、あー・・・あは、いき、とる・・・やん・・・もぉ、なかなか、へんじ、せんと・・・ひど・・・」

「俺の台詞だよ」
「それは・・・俺が、君に」

「・・・・・・わた、しに?」

「あぁ・・・」

「・・・??・・・?・・・ど、こ?ここ・・・」

「病院・・・」

「・・・なん、で?」

「・・・なんでも」

「・・・こたえに、なて、へんよ?」

「・・・うん。・・・・・・しょ、・・・正直、俺も、・・・なんやろか、わからん・・・」

「・・・ぷっ、うつってる。うまい、うまい」

「・・・」

「う、うた、詩乃、ちゃん」

「ん・・・?」

「お・・・、か、おかえ、おかえり」

「う、ん・・・?」

「・・・・・・・・・おかえり。・・・おかえり・・・」

――そう何度も何度もつぶやきながら

   彼女の 可愛らしい 桜のような唇に指を当てた
   彼女の 眼の覚めるような 深緑の髪を撫でた
   彼女の 優しくゆったりと流れる 芒のような眉をなぞった
   彼女の 息を呑むほどに美しい 白雪の頬に手を滑らせた
  
彼女に触れた俺のかさついた手は、痺れを切らした様に震えていた。日々に疲れてしゃがれてしまった声も、余計に震えていた。
石の様に凍てついていたものが、永い時を経てようやっと解放された様な感覚だった。

病室の壁に掛けられている時計の音が、しっかりと聞こえる。先程まで、嫌悪して聞こえない振りをしていたのに、
今はどうだろう。げんきんなもので、どこか安堵を感じる、優しい音に聞こえてくる。時間が正しく平等に進んで行っている事を示す音。
目の前には・・・涙をぽろぽろと流しぐずぐずに顔を崩して、それでも精一杯に微笑んでいる俺を、
弱弱しく、でも間違いなく、その栗色の瞳で見つめている詩乃。

止まっていた二人の時間が、漸く、ゆっくりと、動きだした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「小波さん、改めて、お誕生日おめでと♪」
「うん。ありがとう、詩乃」

隙間あれば、そこから冬の気配が図々しく部屋を覗いてくる3月上旬。・・・今日は、俺の27回目の誕生日。
半日遊びまわってやっとこさ戻った、狭くてボロい社宅の自室。そこで詩乃から、本日2度目の祝福の言葉を貰う。
今年は幸いにも日曜日に重なった為、何の気兼ねの必要もない、終日ハッピーバースデーだった。
今週いっぱい、残業が続いて大変だったけど・・・その分のご褒美だ。いや、まだまだ今日のこの日を満足した訳じゃないけどね。

「さて。まぁ、ご存知のとおり・・・お祝いケーキ、作ってみたんやけど」

じゃじゃーんと効果音を口走りながら、冷蔵庫から出したホールケーキをちゃぶ台の上に置く。
今日出かける前に、冷蔵庫借りるねと言って20センチ四方ぐらいの箱を置いていったアレだ。
「入らへんからよけるね」と冷蔵庫の上に追いやられた、若干古めのキャベツの半切れが、恨めしそうにこちらを見ている気がする。
詩乃に忘れられているな・・・明日あたり野菜炒めにでもして貰ってくれ。

「うぉー、フルーツ盛り沢山だね」
「えへへ、一口で何度も美味しいをテーマに製作しました。はい、紅茶もどーぞ」

ティーポット・・・じゃなくて急須を緩くまわし、そして色濃い紅茶を俺用のカップと自分用のカップに注ぎ分け、こちらに滑らせる。
カップから仄かにあがる湯気と紅茶自体の深い紅さが、カラフルで華やかなケーキとは対照的な落ち着いた雰囲気を醸し出している。
少々欲張り気味に、苺、桃、葡萄、蜜柑・・・と滅多矢鱈に、様々な果物がデコレーションされているフルーツケーキ。
確かにに美味しそうだが・・・少し無秩序な感じ。それが詩乃らしいのかもしれない。
そしてケーキの円縁には、色取り取りの蝋燭が等間隔で立てられている。

「はぁ・・・俺、もう27なのか・・・」

その数だけ、律儀に立てられた蝋燭を見て、ついついため息が漏れる。

「もうおっちゃんゆーても差し支えないねぇ〜」
「まだ辛うじて大丈夫だよ・・・世間的には。あぁ、子どもの頃は蝋燭が増えたら、結構喜んでいたんだけどな・・・」

(もう・・・この時代に来て4年、か)

時間犯罪者確保の任務を無事に終えた後、俺はコールドスリープに入らずこの時代に留まった。
元の時代に戻る事は考えもしなかった。上司はいつも通り、花火大会みたいにポンポン怒ってるんだろうな・・・
・・・いや、そもそも生まれてもいないか。

――未練というものを 初めて感じた気がした 

「えへへ、じゃあさっそく。火ぃつけるね」

柄の長いライターでリズム良く蝋燭に火を灯す詩乃。点け終わると立ち上がり、電灯の紐を引いて部屋の灯りを落とす。
蝋燭のほのかにゆれる灯火が、部屋を照らす。彼女の円らな瞳に、ケーキ上の小さな灯り達が映し出されている。

「はい、じゃあー、小波さんっ。・・・はっぴばーすでぃとぅーゆー♪はっぴばーすでぃとぅーゆー♪」

小さく手拍子をしながら、祝いの歌を口ずさむ詩乃。最後まで歌いきると、どうぞっと言わんばかりにケーキに向かって両手を差出す。
促されるまま蝋燭に灯された火を吹き消して行く。・・・27本。正直、かなり、キツイ。
吹きつけながら、少し目線を上げ、詩乃の方を見る。ニコニコしながらがんばれがんばれと身体を揺さぶっている。
・・・もし来年も用意してくれるならば、10年分1本で注文しておこう。あぁ、あと、出来るだけ細めの、火力が控えめの奴で。

「フゥゥゥー、フッ、ファ、ハァ」
「ぱちぱちぱちぱちぱち」
「ハ、ハァ、ハァ、ゼェ、ぶふっ、げほ」

チアノーゼ気味になっていないか少し心配だった。アレだけ野球の練習で走り込んで、肺活量もそれなりに備わってるだろうに。
俺が息を整えてるうちに詩乃は立ち上がり電灯を点け直す。灯りの下、うっすらと蝋燭から煙が立ち上っていた。
それを少し呆然と見つめる。脳天が未だにクラクラしていた。少しよろつきながら、詩乃が淹れてくれた紅茶をすする。

「えっへっへ、これ、けっこういー感じに作れとーやろ。早起きしてがんばったんよ〜。さ、食べよ食べよ」

キツい全身運動を終えた様に見えるであろう俺を流し気味に、手にしたナイフでケーキをサクサク切り分け始める詩乃。
・・・神社で掃き掃除をしているときの様に、ほんの少し音程のずれた鼻歌を歌いながらケーキに入刀している。
その楽しそうな様子を見て、事故に遭って、長い間死んだかの様に眠り続けていた事を、逆に思い出してしまう。


――本当に

   本当に 帰ってきてくれてよかった 


2年前、詩乃は1年間という長期の昏睡状態から奇跡的に目覚めた。目覚めた原因は・・・有名なお医者さんでも分からずじまい。
事故での外傷がほぼ無かった事もあり、詩乃自身が目覚めようとしたのだとか、周囲が諦めず声を掛け続けたからだとか、
そういう抽象的な結論で纏まっていた。とにかく、目覚めてからというもの、詩乃は見る見る内に回復していったのは確かな事実だ。
その様子は、全国のニュースでもほんの少し、話題になった程だ。新聞かテレビかの取材の人が、何度か病院を訪ねて来ていた。
記念というか、新聞の三面欄の切り抜きをアルバムに挟んであったりする。

もちろん、順調に回復していったとはいえ、彼女が1年間の生活ブランクを取り戻すのには、それなりに時間が掛かった。
というか、完全にまともな生活に戻ったのは、つい最近の事。それまで毎日、辛いリハビリをする生活だった。
始めの内は身体を起こすのでさえ、指を動かすのでさえ苦労していた。筋肉や体力の衰えが彼女を病床に縛り付けていた。
それでも、彼女は歯を食いしばってリハビリに励んだ。もっとゆっくりでもいいと、俺を含めて周囲は言った。
しかし彼女は「わたしにはすごい待たせてしもた人がおるから、急いでよーならなあかんのよ」と言って聞かなかった。

「んー♪ 我ながら美味しにできた。これはもう天才かもしれへんなぁ♪」
「・・・あれ、小波さん・・・食べへんの?ちょっと大きに作ってしもたから、どんどんもろてくれんと、わたしだけが太るハメに・・・」
「え、あぁ、うん。もちろん、頂くよ」

呆けていた己を取り戻し、自分に用意されたフォークを掴む・・・が手が滑ってしまい床に落としてしまう。まだ頭がふらついてるのか。

「・・・あーあ。・・・ふふ、もぉー、しゃあないなぁ。ほら、あーん」

自分のケーキの欠片をフォークに乗せ、俺の口元に持って行く詩乃。
反射的に、言われた通り口をあーんと開け、彼女のケーキを入れてもらう。
生クリームのちょうどよい甘さと、果物の酸っぱさが口いっぱいに広がる。

「ど?美味しやろー。実は、お菓子作るんが上手な友達に特訓してもろてたんよ。・・・正直、リハビリよりきつかったわ。えへへ」

口を執拗にもぐもぐさせて味わっている俺を見て照れたのか、笑い話を挿む詩乃。
俺もその表情を見ながら、ケーキの甘味を十分に堪能した後、喉にごくんと落とす。
少し、沈黙。
冬の名残と春の訪れが混じる候。外の風の音が、窓ガラスを震わせ、伝って部屋を震わす。

「あ・・・詩乃、寒くはない?」
「ん?・・・うん、別に寒ないよ。・・・とゆーかエアコン、壊れたまんまやろ」
「たはは・・・」
「元々暖房とか好きやないから、わたしはかまへんのやけど・・・なんで直さへんの?」
「いや、お金が・・・ね」
「ふぅん・・・めちゃくちゃ節約家やのにね。でもそれで身体痛めたらあかんよ?」

以前、部屋の大掃除をしていた時に、誤って壊してしまった備え付けのエアコン。
いずれは大家さんに正直に話して弁償しなければいけないのだけど、今は少しでも蓄えが欲しかった。1円でも、だ。
詩乃とのデート以外ではキリキリに詰め、我慢節約の生活をしている。それなりにお給料は貰っているのだが・・・、
そうするのには、ある理由がある。

「あ、そうそう、プレゼントあるんよ。そんないろいろ寒そうな小波さんにコレ」

がさごそと自分の手提げカバンをあさる。

「えー、セーター。マフラー。その他いろいろ・・・」
「天気予報、まだまだ寒さ、ぶり返すゆーてるからね。いろいろ編んでみました。これも編み物得意な友達に以下省略」
「へぇー・・・おぉ、すごいね。プロが作った奴みたいだ」

手渡されたプレゼントを広げて自分の肩幅に当ててみたりする。ほんのちょっと大きめ、かな?
・・・でも自分のためにわざわざ作ってくれた物なんて、すごく感慨深い。

「世界にひとつのプレゼントだね、・・・詩乃、ありがとう」
「えへへ、そんな大したモンやないけど・・・あ、やったらわたしのネックレスと同じやね」

首元に光る、いつかのネックレスを指で摘む。ビーズが単純に連なった、デザイン的には特に面白みの無いネックレス。

「すごい大事にしてるね、それ。いつもしてるし」
「うん、宝物やもん。そんでお守りみたいな感じかな」
「う、子どもの小遣いでも買えるような安物で・・・なんか俺、かっこわるいなぁ」
「あはは、じゃあ、高い奴はそのうちに期待しとこかな」
「うん・・・」

言いながら先程と同じく、「はい、あーん」と促して食べさせてくれる。楽しいのか、ひょいひょいと口に放り込んでいく。
頬をパンパンにした俺を嬉しそうに見守る詩乃。今年で21になる彼女だが、・・・少女の様に無垢な笑顔だった。
だけど、その表情に心が上擦る。少し年下だが、彼女はすでに成人を迎えた、立派な女性だ。
円らな瞳、白い肌、ふっくらとした唇。少女と女性が入り混じる魅力に思わず見惚れてしまう。ん?と俺の強い視線に気づく詩乃。

――どうしよう このまま 勢いづけて言ってしまおうか 止めておこうか 
   落ち着け 彼女の誕生日に言うのじゃなかったのか 

   いいや どうせいずれ云うのだから 前倒しにしても 問題は ない

「・・・」
「? 小波さん?どしたん?」
「詩乃」
「うん?」
「結婚しよう」

――言ってしまった

「・・・」                  「・・・」
「返事・・・、して欲しい」        「・・・」

石の様に、時間が止まっている。ぱっちりと開いた眼。
満月の様にまんまるい栗色の瞳が、ふるふると震えながらこちらを見据えている。

「・・・詩乃?」              「・・・」
「えぇ、・・・と」              「・・・」

――しまった まずった 焦ってしまった 時機を見誤ったか 元時間監査が聞いて呆れる

「・・・ご、ごめん、なんでもない。忘れて」

「あかん」

「え?」

「あかんわ。それは許されへん」

「・・・?」

「いやいや、ちゃう。うん、ちゃうよ。あかんことはないんよ。でも、あかんわ」

「??」

「忘れるんはあかん。もう無理や」
「うん、それはもう、あかん」

「忘れることはあかんけど、・・・ええよ」
「結婚するんは、ええよ」
「うん、かまへん。うん。うん。かまへんのよ。それは」

「・・・いいの?」

「うん。OK。ええよ。いいです。はい。よろしい。うん。」

こくこくと、あかべこの如く頷き続ける詩乃。・・・ひょっとして、混乱しているのだろうか。

「・・・」

「うん・・・。うん・・・。結婚や・・・。そや・・・。結婚。」

「・・・う、詩乃ちゃーん?」

眼を見開いたままの詩乃。俺は手を彼女の顔へと伸ばし、ワイパーの様に振る。

「うん。わかってる。よしよし。いいなぁ、結婚。ん?むんー・・・。ん?・・・・・・結婚ってナニ」

混乱していた。

「大丈夫?詩乃。視点が定まってないけど・・・」
「だ、だだ、ダイジョブ、んだ、大丈夫。・・・うん、うん。・・・・・・ふぅ・・・ふぅーう。うん。・・・ふぅ」

沈黙。いつの間にか吹き荒んでいた風も止まったようで、荒れた音は無くなっていた。
代わり、壁に架けられたアナログ時計の、コチコチという音が目立つ。まだ続く沈黙。
突如、詩乃はごくんと息を呑み、意を決した顔つきで俺の方を真っ直ぐ見つめ直した。
ひと呼吸置く。

「・・・はい。結婚しましょう。小波さん。」

はっきりとした物言い。言い切った後少しはにかんだ笑顔を見せる詩乃。
この言葉、この笑顔、これから先、誰にこの二つを忘れろと言われても、もう、忘れる事は出来ないだろう。

「・・・よかった。ありがとう、詩乃。・・・・・・あは、はぁー、・・・よかった」

背中にぽっかりと穴が開いて、そこから身体中の気が抜ける様だった。へなへなと背筋を崩す。同時にある種の達成感を感じる。

「ふぅ、・・・ふふふ。はぁ。うふふ、嬉し。あはー、どないしよ。とうとうプロポーズされてしもた」

詩乃も現実味を感じてきたようだ。手を頬に当て、うりうりと紅潮させた顔を振る。

――あの頃の どんな任務よりも 緊張した 当然 その褒美は どんな成功よりも 大きい

「ごめん、いきなりで。びっくりさせちゃったね」
「うん、えへへ、まだもうちょっと・・・2年か3年は待っとかなあかんかなぁって、油断しとったんよ」
「・・・そっかぁ。結婚かぁ。んー・・・。じゃあ通い妻するんも今年いっぱいやなぁ。えへへ、通い妻って響き、結構気にいっとたんやけど」

眉を少し下げ、嬉しそうでもあり、残念そうでもある。彼女は元気になってから、毎日欠かさず朝食や夕食の世話に来てくれている。
・・・お泊りで、晩御飯の後の“お世話”なんかも結構してくれるんだけど、まあそれはね、うん。

「んふー、なんやろ。今日は小波さんのお誕生日やのに。わたしが嬉しなっとーね」
「あ、じゃあ、雅仁(おとう)さんにお嫁にいくーて言わなあかんなぁ・・・。うーん、ちょっと緊張するかも」
「結婚やまだまだ先よってゆーてしもとったから、驚くかなぁ」

両手の指を編みこませ、パタパタとしながら恥ずかしそうに呟く。その細く長い指を見て、頭から抜けていた重要な事を思い出す。

「あ・・・指輪は・・・」
「んぁ・・・?あん、ええよ、そんなん。あ、やや、そんなんやないけど・・・また、全然後でも。・・・ゆーてくれただけで、もうわたしは充分」
「いや、大丈夫だよ」
「?」
「次の、君の誕生日に渡すから。詩乃に似合う、一番綺麗な石、今度・・・一緒に見に行こう」

これを云うために、今まで働いて働いて働いたといっても過言じゃなかった。
指輪だけじゃないぞ。結婚資金だって、新婚旅行だって、二人での生活だって、その他諸々、全部俺一人でどうにかしてやれる。
雅仁さんにお金で迷惑かけるのもアレだしね。・・・そうだな、子どもだって・・・・・・はて、そいつはどれくらい掛かるんだろう。
とにかく、遊び人の同僚達には、絶対に見せられない通帳があるんだ。

――だから 大丈夫 二人は ただ二人の時間を 進めるだけでいい

「あわ・・・わ、わたしも、これは、なんか、なんかせなあかんな。どど、どうしょ、なにしよう」
「・・・そのままで」
「?」
「詩乃はそのままでいい。・・・俺は、詩乃が“帰って”きてくれただけで、良かったから」
「・・・」

立ち上がり、詩乃の傍に寄る。そして、彼女の丸い肩に手を置き優しく抱く。じっと、彼女の瞳を見つめる。

「ん・・・」

今までに何度もした、軽い口づけだった。特に変哲もない。だが、長かった。コチコチと、壁に掛けられた時計が俺達を見下ろしていた。

「ん・・・」
「は・・・」

唇を離す。はぁ、と詩乃が息を漏らした。彼女の胸がゆったりと上下する。

「詩乃・・・」
「・・・」
「な、なんか、胸、どきどきしてきた。んなキスや、いっつもしてるのにね」

あはっ、と笑って自分の胸に手をやる詩乃。そのまま俯いて考えているのか、口を少し尖らせる。
また、少しの沈黙。聞こえるのは何かを急かすような時計の音。

「・・・・・・・・・ねぇ、小波、さん。・・・・・・その、そのぉ・・・・・・、する?・・・いや、しよ、か。小波さん。・・・その・・・しよ?」

上目遣いで呟く。俺の胸も、打ち鳴らすような鼓動を始める。こういう事、普通は俺が言うもんなんだろうけど。
プロポーズで勇気を使い切ってしまったのかも。・・・あぁ、やっぱり肝心なとこで冴えない。よくよく思い返せば、今までエッチを
誘っていたのはいつも詩乃だった気がする。「結婚は2、3年は待たないと」と言ってたのはこういう事なのだろうか。

いやいやいやいや、そういうのはもういい。今現在、もじもじとこちらを見つめる詩乃を待たせている、それこそが男の恥だ。
・・・今は、そういうコトにしておこう。

「・・・しよっか」
「・・・うん・・・。うん、しよ。小波さん」
「よっしゃ、しよう!」
「はい!しよ!・・・なんか、いいことやのに、しんみりなんは、よーない。うん、いつもどーり、元気よく、らぶらぶしよ。ね」

にっこり笑って俺に抱きついてくる。彼女の深緑の髪から、その色通りの清らかな香りが鼻をくすぐる。

「・・・ふっふっふ、ちなみにねぇ、今日は“大丈夫な日”なんよ。もう、これはもう、べったべたにするしかないねぇ」
「と、いうのは・・・生でいいの?」
「・・・うん、まんまで、してほしい。もとからね、今日はそのつもりやったし・・・それにプロポーズ記念?後付やけど」

よいしょと立ち上がり、俺の手を取る。そして、はよベッドいこ、と誘われる。
彼女に手を引かれるまま立ち上がり、パイプ骨組みの簡素なシングルベッドへ向かう。
詩乃が全快してから、何度も何度も愛し合った、俺たち二人だけの場所。
狭いからしっかり抱き合う様にしていないと眠れないし、スプリングもボロくて逐一ギシギシとやかましい。
でも、それがいい。
そのベッドに辿り着くなり、詩乃をゆっくりと押し倒し、そのまま彼女の頭を抱え込んでディープキスを始める。

「ン、はぅん、ちゅう、ちゅ、んーん、ちゅうん、ふぁ、んちゅ」

先程の、まぁなんとか人前でも出来るような(やらんけど)キスとは段違いにエロティックなキスをする。
性器を刺激しているわけでもないのに、気持ちがいい。いや、彼女の色声が、感触が全身を刺激しているか。
ほのかにケーキの味がする。甘い。それに乗せて春夏秋冬の果物の香りがする。良い匂いだ。

「ぷ、ふわぁ、えへ、気持ちいーねぇ。こういうキス、わたしめっちゃ好き」
「俺も、すごく好きだよ。詩乃の口、エッチだから」
「んふ、じゃ、もっとエッチになろ。ん、ん、んちゅ、ちゅ、あむ、ちゅる」

わざと唾液を分泌させて、それを舌に乗せキスを仕掛けてくる詩乃。受け取れ切れなかった唾液が垂れて詩乃の口元に戻る。
もったいない、と俺は彼女の口全体を咥え込む様にしてそれも舐めとる。
彼女の口の香りが、そのまま俺の口の匂いになる。ケーキが微かに混じり深みを増した、女の甘い香り。これも一つの性的な匂いだ。
・・・だけど俺は、もっとエッチな匂いを知っている。この世で俺だけが知っている匂い。
ふいにすっと口を離す。舌をだらりと垂らした彼女が名残惜しそうに、うぅんと唸った。

「あんーぅ、もっとちゅーしたいのにぃ」
「俺、詩乃のもっと、エッチなとこにキスしたいな」

彼女の腰に手を当てて揉み込む様に摩る。そしてその手をそのまま太ももに滑らせ、内股寄りに、肌を転がす様に再び摩る。

「んもぉー、しゃあないなぁ♪・・・・・・あ、しも・・・た」
「ん?どうしたの?脱がすよ?」
「え、いや、ま、その、えぇー・・んやけどもぉ・・・。そや、で、電気消さへん?その、恥ずかしいなーって・・・」
「・・・え、恥ずかしい・・・の?・・・・・・今更なので残念ながら却下です」

棄却を言い渡す。俺は身体を起こし、彼女のスカートのボタンに手を掛ける。
詩乃はうー、とちょっと恥ずかしそうに唸りながらも、脱がし易くなるよう腰を上げる。スカートを掃ってしまい、
続いてショーツにも手を掛ける。ちょっと透けてる感じの、所謂勝負物なのだろうか。これまでに見た記憶がない、黒の下着。
恐らく下ろし立ての、それの股間部はじんわりと湿っていた。いつもは結構可愛い系の下着を愛用しているのに、
でも、詩乃の白い肌に映える、中々的確なチョイスだった。ごくりと唾を呑み、少し慌しく脱がす。
開かれた白い脚。蛍光灯の灯りを反射する、てらてらと光る膣口。彼女の最もエッチな部分。俺達が、最もひとつになれる部分。
・・・が目を引く前に、その上の部分、彼女の恥丘に目線を奪われる。

「・・・あれ、・・・なくない?」
「・・・・・・今日、デートいく前な、ウチのお風呂場で整えよったんよ。・・・したら、その、ずりって間違うて、変に剃ってしもて」
「もうかまへんわぁって、全部、やってしもた・・・」

顔を真赤にして失敗の告白。その通り、つるつるになってしまっている彼女の生殖器周辺。恥部全体の形がよく解る。
これまでなんども弄んだ秘部も、新しい顔というか、新鮮に見える。少し視線を引いて見れば、改めて彼女の恥部の美しさに息を呑む。
汚れを知らないとは事実上言えないが、“初々しい”“まっさら”といっても過言じゃない美しさだ。
しかも上着を着けたままというのがまた、淫猥な演出となって彼女の魅力を持ち上げる。ピンク色のカーディガンにブラウスと、
少女のようなかわいらしい服装に、ちょっと“悪いコト”をしている感覚になる。・・・見惚れすぎた。
詩乃が怪訝そうな目線を俺に送り始めている。とりあえず、毛があった筈の部分を撫でてみる。指がつぅーっとすべる。新感触。

「ん、あうぅ、恥ずかしい・・・小学生の子ぉみたいや・・・」

恥ずかしがる詩乃。ちょっと涙目になってる?・・・重ねて犯罪的に可愛い仕草だ。うぅ、なめるんならはよして、との目線。
膣に顔を近づける。かすかな呼吸をする様に胎動する彼女の性器。それが吐く息は、俺の大好きな“雄を興奮させる雌の香り”だ。
舌を突き出して、膣の上部にちょこんと顔を出しているクリトリスを触ってみる。

「はぅ、う、んんん、いき、いきなりそこぉ?」
「ちゅ、詩乃からしよっていったのに、いやに恥ずかしがるね」
「やって、やっぱ、その、脱いでみたら恥ずかしいもん。するんは別に、ええんやけど、かっこ悪・・・」
「気にしないよそんなの。それに元から毛、薄かったんだから。つるつるでよりしやすい。へへ、いつもよりたっぷり味わおう」
「・・・ばかぁ」

舌を引っ込め、唇でそれを優しく挟み込んでみる。ひゃぅぅっ、という甲高い声。そのまま何度も挟み直して、刺激を続ける。
やはり陰毛が無い分、やり易い。いつもよりは激しめに愛撫。クリトリスがみるみる内に充血していていく。
完全に勃起し、ぷっくりと膨らんで小豆の様になる。局地的な刺激を止め、舌の腹を使って大胆に、彼女の性器を下から上に
舐めとる。くぅぅっ、と仰け反り善がる詩乃。舌でつんつんと突っついて刺激し、またついばむ様にキスもする。
次第に膣の湿り気が本格的になってくる。唾液の様にじわじわ分泌されていく愛液。それを舐め取る、そしたらまた湧いてくる。
さっき食べた柑橘類とは違う、動物的な酸味。

「はん、くぅう、へへ、変、に、なってまうよ・・・あぅん、む、むぅ」
「も、もう、だいぶ濡れてるやろ、あ、はん、も、許ひてぇ」
「んちゅ、もっと、いっぱい出してくれたら、ちゅ、やめよっかな」
「・・・も、もぉー、前みたいに、おしっこみたいなんがでたら、どーするんよぉ・・・」
「んー?ちゅ、また、布団、丸洗いしないといけないね?ちゅ」
「〜〜〜〜!ひぃ、うぅ、はよ濡れてぇ・・・い、イッてしまぅ・・・」

足先の指をわしわし動かして、快楽に耐えている詩乃。口に握った手をやり、本当に涙目になっている。
眉を顰め、顔を真っ赤にし、むぅー、と恨めしそうな表情。しかしながら脚の付け根にある秘所からは蜜のような愛液がとろとろと
湧き上がる様に分泌されている。これ以上の段階は、彼女が懸念したような事態になるのが前回の経験から予測出来た。
もっといじめてあげるべきだったかも知れないけど、俺自身も十分楽しんだし、ここで引く事にする。

「うはぁ、ふ、じゃ、これでおしまい」
「はぁ、うぅ、ふぅ、や・・・っと終わったぁ、ほんまに、もう、ひどい・・・」
「・・・・・・んぅ、ふぅ、ふぅ。・・・ほ、じゃ、次、わたしが、舐めたげるね、小波さんのおちんちん」

詩乃はふらりと身体を起こし、カーディガン、ブラウス、そしてブラジャーを次々と脱ぎ捨て、俺のほうに這い寄る。
首に掛けられたままのビーズのネックレスが、彼女の形の良い乳房とともにふわふわ揺れる。
丸い乳房の先に尖る乳首、白い肌に映えるネックレス。ごくっと唾を呑む俺を尻目に、ズボンのベルトロックを手早く外し、下ろす。
トランクスをパンパンに膨らましているペニス。先程の詩乃と同じく、頂点部分が若干湿っている。
それを指で撫で上げる詩乃。しながら荒れた息を整えようと努めている様だが、・・・逆に興奮していってる様にも見える。

「あはぁ・・・、もぉ、ぎんぎんになっとーねぇ。ぴくぴくしとぉ」

何往復か慈しむ様に撫でたあと、下着に手を掛け下ろす。完全に勃起しているペニスが勢い良く姿を現す。
わぁ・・・と息を漏らす詩乃。手で優しく包み、少し皮がかぶっているのを、指でこちょこちょとずらしながら優しく丁寧に剥く。
そして根元を軽く握り、そのままちゅ、と音を立てて亀頭部分にキス。そしてそこから段々と降り、胴体部分にもキスしていく。

「はぁ、はぁ、えっちな、匂いがもうしとーよ」
「はは、詩乃に、はやくいじめて欲しいんだよ」
「えへ、ほんと、こないにひくつかせて、もぉ・・・。出しとてしゃあないんやね。うふふ、あーむ」

俺を咥え込む。ペニス全体を、彼女の体温と唾液が包み込んでいく。
口内で舌をうねうね動かし、ペニスの上部を重点的にを刺激。同時に唾液も一層分泌させて満遍なく湿らせていく。
尿道口の部分が、彼女の上顎に当たってかなりの性感触だ。思わず顔をしかめてしまう。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、頭を上下させて本格的なフェラチオを始める。

「詩乃、気持ちいいよ、うわ、あ、おおお、すごい」
「むちゅ、ちゅる、むう、ンン、ん、んんん」

口を離し、尿道口を舌の腹で押さえつけ、優しくねぶる。愛おしい動きをする彼女の頭に手をやり、すりすりと撫でてあげる。
続いて詩乃は舌をちろりと突き出して、裏表関係なく丁寧に舐め上げ始める。俺はその少し強かな感触を眼を閉じて楽しむ・・・。

「ん、れろ、・・・小波さん?ちゃんと、んちゅ、おちんちん、自分でも、ちゃんと洗いよらなあかんで。ぺろ、白いのが、ちょっとついとーよ」
「・・・え゛・・・ご、ごめん、昨日、しっかりお風呂は入ったんだけど」
「んふぅ、もう、不潔なんはあかんよ?おちんちん、病気になったりしたら大変・・・ん、ちゅる」

まずったな、3日前にお掃除して貰ったばかりなのに、もう垢が出ていたのか。皮を洗ってるだけじゃあ、確かに意味無いよなぁ。
ちょっと居た堪れないが、詩乃は気にせずぺちゃぺちゃと、ソフトクリームを啄む様にペニスをねぶり続けている。

「うふぁ、んふ、おそーじおそーじ。えへへ、おいし。むちゅ、んちゅ、んふぅ、ちゅ」

舌を戻して唇だけで吸い付く様にキス。汚れを削いで、綺麗にしてくれたであろうカリ首の段の裏も丁寧に愛撫してくれる。
舌の熱でペニスが溶けてしまうような快感。いつしか尿道口から透明の液体が顔を出し、大粒の涙の様な水玉を作っていた。
詩乃はそれに気づくと舌の腹でペロリと舐める。そのまま口内に持っていき口の中で舌を転がして味わっているのだろうか、
もごもごとしている。その間、手を使ってペニスを刺激してくれる。詩乃のぷにぷにとした柔らかい指の感触がかなり切ない。

「はン・・・しょっぱ・・・。いつも思うんやけど、このお汁って、なんの意味があるんやろか」
「うは・・・さぁ・・・?あー、そだ、前に、い、挿れた時、女の子のお腹の中とか、ヨくしてくれるって聞いたことある・・・かな」
「へぇー・・・じゃあ、もっと出さなあかんね♪・・・そうだ、よいしょ、えっへっへ」

詩乃は悪戯っぽく笑うと身体を少し寄り起こし、自分の乳房を掴んで、乳首を俺のペニスの口にちろちろあてがう。
硬いというか柔らかいというか、奇妙なクニクニとした感触が、尿道に入らんとばかりに暴れる。勃起したものを性器に挿れこもう
なんて、変な話だが男女の役割が逆転したみたいだ。

「うはぁ、詩乃の乳首、すっごい感触。ん、いっ、あ、あぁ、でも俺、口で、してくれるほうが好き・・・かなぁ」
「んー?そぉ?ふふ、アクセントアクセント。わたしも、ん、あは、気持ち、いーしねぇ。これはいいアイデアや・・・」
「・・・て、そ、そんなに口のほうがいいん?」

乳首を使っての亀頭責めが思ったより受けが悪いと気付いてか、詩乃は少し萎縮の表情をする。確かに気持ちいいし何よりエロティック
だったが、実のところ、乳首が尿道口にぐにっと入ろうとすると若干痛い。・・・二人が初めて交わった時、詩乃は最後まで破瓜の痛みに
堪えて俺を包んでくれたのに・・・何というか、情けない。いやいや、今日は俺の誕生日だし、そもそもそこは乳首入れる所じゃないし・・・。
・・・などと一人、これまた格好のつかない思考を廻らせていると、「じゃー、またお口でしたげるね」という言葉と共に、彼女が
身体を少し退かせて頭を俺の股間へと下げる。あぁ、こんなにも献身的な、可愛い女性の情愛を無下にするなんて。罪悪感というか後悔。

「ちゅ、ちゅ、ん、ちゅ・・・んちゅるる、じゅる」

再びペニスに口を寄せ、亀頭部分を重点的に吸い付ける詩乃。先のクンニに対する逆襲のような、強烈な刺激。
もしかしたら乳首却下に対する抗議も含まれてるのかも知れない。その妙な猜疑心も、精液だけじゃなく尿なんかも
一滴残らず全部吸いだされてしまいそうな吸い付きの為だ。正直、もう、ツライ。

「うあっ、おあぁ、あわ、詩乃、も、もう、出そう・・・やばぃ」
「うん?ん、ん、いいよぉ、ちゅる、んふ、いつもみたいに飲んであげよか?それとも・・・うふ、わたしにかけてみる?」
「あぇ・・・外でもいいの?」
「今日は、ん、小波さんのお誕生日やもん。・・・さっきの、舐められるんは、我慢できんでごめんゆーてしもたけどね」

俺の眼を見て、ニコリと微笑む。こんな淫行をしているとは思えない、見るものに癒しを与える優しい表情。
掛けるとか・・・もしそうしたなら、この麗しい女性が、どんな姿になってしまうんだろうという興味があるにはあるのだが。

「む、れろ、小波さんの、好きにしてかまへんよ。・・・って、いつも好きにしてるか。ちゅる、どーする?」
「じゃ、どしよ、うあ、ご、ごめん、せっかくなので、このまま、だし、ます」

重ねて情けないが、もはやこの2択をどうするか、考える猶予はなかった。
彼女の顔に向けられた尿道口から、白く濁った精液が、水鉄砲の如く、びゅっびゅっと勢い良く飛び出る。
彼女の清清しい緑の髪に、少し紅潮した頬に、唾液ですでにべたべたの口周りに、白く濁った液体が分別なく飛びつく。
片栗粉を入れすぎた“とろみ”の様に粘ついた液体が、掛かった所からずるずると、ナメクジの様に降下していく。

「んあ、あ、あつぅ・・・、あは、わぁ、元気いーねぇ。あわ、ひゃん、あは、と、止まらへんねぇ」
「ぅあ、は、ごめ、こ、こんなにでるとは・・・」
「ん・・・うふふ、こんな、べちょべちょにして…気持ちよかったんやね。んふ、えへへ・・・上達したもんやなぁ」

口周りに飛んだ精液を舌なめずりで舐めとる詩乃。顔が俺の精液塗れになっていて、そのあまりのエロティックさに見とれる。
今まで何度もフェラはしてもらったけど、ここまで彼女自身を汚した事はないな・・・ってそうじゃない。

「わ、悪い、髪にまで飛んじゃってる、ティッシュティッシュ」

ベッド脇に置いてあったティッシュ箱から乱雑に3,4枚抜き取り、彼女の髪や頬に付着した精液を拭いてあげる。
自分で拭くから別にいいのに、とでも言いたげな目線で詩乃は身を任せる。俺は、いえいえ、少々こちらにも贖罪的な意義があるので、という様な作り笑いをしながら、彼女を丁寧に拭っていく。

「あ、しもた。一発目はナカにやってもろたらよかった。せっかく、こないに濃いの、出してくれたのに」
「・・・次、これよりも濃いの、ちゃんと出してあげるよ」
「ほんと?あ、あは、ほんとや、もうおっきなってきとーね」

射精直後でも、彼女の汚れた艶姿を視、触れた事によって、ペニスは自然と硬さを取り戻しつつあった。
3回目くらいになればそれなりに落ち着いてくるものなのだが、こんな、一回出したくらいじゃそうそう終わらない。

「はぁ、・・・ふぅ。あ、おちんちん、わたしもお掃除してあげよか?ドロドロ・・・」
「んー・・・いや、いいよ。どうせ、今日はナカに出すし。口でされたら、またそのまま出したくなっちゃうよ」
「うふふ、・・・ナカとか、やっぱドキドキするなぁ。・・・あんー、そや、結婚したら、子どもも、作らなあかんね」
「ん?あぁ、子どもできたら・・・名前はやっぱり雅仁さんにつけて貰おうか?」
「ふふ、仕事の一部やしね。その道のプロやで、雅仁(おとう)さんは」
「おとうさん、か。そんじゃいつか雅仁さんがお爺ちゃんて呼ばれるようになるのかな、・・・はい、拭けたよ。・・・それじゃあ」

彼女の掃除をあらかたし終わり、俺も上着類を脱ぎ捨て全裸の状態になる。
そして、一呼吸。本番移行のアイコンタクトを送った後、彼女の肩を支えながらゆっくり押し倒す。

「ふふ、顔、見ながらするんがいい?」
「うん、・・・つまんないかな?うしろとかのほうがいいかな?」
「んーん。全然、かまへんよ。むしろいいと思います」

体位の王道・正常位。好きにしていいと言われたが、やっぱりこれで詩乃と繋がりたい。
乱れ広がる長い髪、快感の期待に火照る表情、左右に柔らかく垂れ落ちそうな乳房、その上で小さく主張する乳首。先ほどのカウパーで
チラチラ光っている。俺は、芸術品と評しても良い、繋がる前の彼女の淫らな裸体を視姦し精神をさらに昂ぶらせていく。
詩乃自身も首元に光るネックレスを少し横に払い崩し、肢体を艶かしくよじってみたり、手を剃毛された恥丘に当てて摩ったり、
秘部を引きつらせたりして俺を扇情する。何度も何度も、好き勝手に抱いてきた裸体なのに、相変わらず見惚れてしまう。

「ねぇ、小波さん、そろそろ抱いてくれへんと、身体冷えちゃう。ね、はよ、温めて・・・?」

結合を待ちきれなくなった詩乃に急かされる。確かにオーラルセックスで火照った身体も、この季節では早々に熱を引き下げてしまう。
肉体的にも精神的にも結合の準備が整い、掛け布団をマントの様に羽織った後、挿れるよ、と剛直なペニスを彼女の秘部にあてがう。
うん、きてぇ、と懇願され、大きく開かれた彼女の光る門に、腰をゆっくり、ゆっくりと押し付ける。

ぬるりとした生々しい感触。先程散々味わった、彼女の口内以上の水分を感じる。
双方、腹の奥底から押し出されるような深い吐息。最奥まで突き進め、俺は彼女にのしかかる様に抱きつく。
そして挿入と同じく、ゆっくり静かに腰を動かす。運動するには十分に濡れている結合部だが、音は立てない程度のスピード。
運動に敏感なベッドのスプリングも反応しかねるほどの、じっとりとした性運動。俺の胸板と彼女の乳房もずるずる擦れ合う。

「ふぁぁ、んんん、あん・・・く、ぅ、はあぁぁ、ぁ、ゆっくり、なんも、気持ち、いい、ねぇ・・・」
「うん。今日はゆっくり、ゆっくりしたいんだ。詩乃の顔、じっくり見ながらするのが、一番気持ちいいから」
「うふぅ、わたしも、小波さんのかっこいい顔、見れるんが、好きよ」
「・・・詩乃って、なんで、こんなに可愛いんだろう。ありえないくらい可愛い」

彼女の頬に指を当てる。先程の精液のかすれた跡が少し残ってしまっているが、その愛らしい顔立ちに一寸の狂いは無い。

「・・・えへ、・・・そりゃ、小波さんの奥さんになる女やもん。可愛て当然・・・」
「・・・・・・うぁ、痛い、恥ずかし・・・。うぅぅ、ちゅーして」

自賛となってしまったのを照れ、隠そうとキスをせがむ詩乃。紅みを増していく彼女の頬。当然、要望に応える。
唇を優しく押し合い、そしてそれは次第にディープなキスになる。

「むん、ん、んん、ちゅ、んぁ、ふ」

舌をべろんと突き出して、空中で絡める。舌同士で握手し合い、また、表面のざらつきを磨き落とす様に擦りあう。
目を閉じて口を半開きにし、執拗に舌を躍らせる詩乃は、何だか生まれたての小動物みたいだ。・・・まぁ、俺もだろうけど。
舌が乾いたのを感じ、顔を寄せて再び唇同士をひっつけてのキスをする。隙あらば唾液を分泌させて、俺の舌を伝い、彼女の舌をも
濡らして彼女の口内へと流し込む。俺の口内もまだケーキの甘い味が残っているが、先ほどのクンニの酸味も残っているかもしれない。
さて、詩乃はどんな味を感じたのだろう。

「ちゅ、ん、ちゅ、ん。詩乃、俺の、美味し?」
「ん、んん、えへ、おいしーよ。ケーキと、小波さんの、味がする。んんー、もっと、ちょーだい。もっと、呑みたい」
「詩乃の、アソコの味は、しなかった?さっき、いっぱい舐めたんだけど」
「え、お、うぅ、わ、わたしのおつゆの味や、そんなん、わからんよぅ。・・・てか、それゆーたら、小波さんのおちんちんの味も」
「うっへ、それは言わないで」
「ふふん、もぉ、そんなんなるんやから・・・ほら、はいはい。よけーなことはいいから、もっとちゅー、しなさい」

口を可愛く、咲きかけた蕾の様に窄ませて、キスの続きをねだる。むーむーという、急かす声。
その様子を楽しみながら、俺は口を閉じ、口内に唾液を目一杯溜めこむ。そして彼女の口へとそれを零さぬよう持って行き、流し込む。
ん、ん、と息を弾ませて俺の水分を呑んでいく詩乃。呑み切ったと思うと舌をこちらに突っ込ませ、俺の口の中をサーチする様に
物色しだす。歯や歯茎、頬の内側まで、恐らく出来る限界まで舌を伸ばし舐めていく。最後にチロチロと俺の舌を突き、誘う様に
舌を引っ込めていく。わたしにもして、というサインと解釈し、俺も舌を伸ばして彼女の中を楽しむ。綺麗な歯並びを舌の先で確認し、
頬の内側をぬたりと触って口の中の体温そのまんまを感じていく。・・・二人とも結構舌が長いもので、こういう時にこの特長は役に立つ。

「んっ、れろん、むん、んふ、んんっ」

口の中を楽しんだ後、詩乃がした様には引っ込まず、舌同士の格闘を再開させる。
とにかく舌をうねらせて、刺激を与えられるだけ与える。互いに荒い息を漏らしながら、必死に吸い合う。
自然に湧き出る唾液が口からこぼれて彼女の頬をべたべたと濡らしていく。尤も、こぼれているのは俺の唾液だけじゃないのだが。
その激しい口部の動きに反して、腰の動きは依然ゆっくりと、まるでメトロノームの如く正しいリズムで動いていた。
彼女の未だに狭くてきつい膣道を、血圧でパンパンに膨れた肉棒が進んでは引き、進んでは引きを繰り返している。

「ぷふぁ、はぁ、はぁ、すご、すごいねぇ。こんだけ、キス、しながらでも、おナカ突けるんやね」
「え? うん・・・へへ、一口・・・いや、二口で、二度美味しいだろ?」
「??・・・・・・・・・あ、あぁー・・・。・・・・・・うわ、ほんと、立派な、おっちゃんなんやねぇ・・・」
「・・・・・・・・・そんな深刻そうに言わんといて・・・」

あほな事口走るんじゃなかったとちょっぴり後悔。詩乃がぷっ、と噴出してくれたのが救いか。あぁクッソ、恥ずかしい。

「ふふ、でも、ン、腰は、止まらへんのねぇ♪は、あっあっん、は、おまんこの毛ぇないから、お、小波さんのがじょわじょわする」
「はぁ、あは、新感覚?・・・なんかね、ほんとに、は、止まらないというか、止めらんないよ」
「もう、ほんと、ずぅっとね、ゆっくりゆっくり突かれてるから、なんか、小波さんの、おちんちんが、わたしのになったみたい」
「はは、二人で、ひとつにっ、なってる、感じだね」
「うふふ、ん、んー・・・。ふぁぁ、気持ち、いい・・・。なんで、こんなに気持ち、いいんやろ、ンっ、ふ」
「はぁ、ふぅ、ふぅ、解ったら、つまん、ないよ。解んないから、もっと、続け、よ?」
「うふ、ん、うん、ていうか、えっち、しながら、こないに、しゃべるんとか、なんか、これも、初めてやね」
「悪く、ないだろ?」
「ン、えへ、たいへん、よろしいです、大人の、えっちって感じ・・・」

数日前に行った、互いが失神しかけるような激しいセックスとは違う、スローセックス。
肉体をひたすら擦り合わせるのではなくて、心を寄せあって互いを慈しむ行為。恋人としての一つの区切りを越えた、尊い行為。
櫛の通った長い髪と、色白のしなやかな肢体を必死に揺さぶって、俺の名前を叫び続ける詩乃も確かにいいが、こう、嬉しそうな、
・・・穏やかな快楽に浸る表情も愛おしい。性欲とか、そういう生物学的な、単純な欲望じゃない。
もっと、高尚で、俺の語彙では何とも表現し難い欲望に満たされる。

「んん、はぁ、詩乃、俺の、可愛い奥さん」
「ふ、うふふ、んあ、・・・愛しとーよ、“あなた”。なぁんて・・・んっ」

あはっと照れ笑いする彼女。その口を塞ぐ様にもう一度口づけする。
そうした理由は、彼女が淫猥だったとか扇情的だったとか、やはりそんな性的な感情からなどではない。
ただ単に、彼女が愛しかった。身体はぴったり引っ付いているのに、その瞬間、顔が離れてしまっていた事が、とにかく許せなかった。

「んちゅ、んふぅ、はぁ、はぁ、はん、あん、ふぁ、けっ・・・婚したら、毎日、毎日寝るとき、こうやて、こうやって、抱き合えるんやね」
「うん、うん、ちゅ、んは、毎日、ん、えっちしようね、ちゅ」

・・・あ、でもちょっと大変かもしれない。毎日こんなに出していたら・・・ハゲるかも。

「あぁ、あかん、やっぱ毎日は、あかん・・・わ、小波さんやて、お仕事、大変やから」
「週5、くらいやね」

週休は2日頂けるそうで。

「はむぅ、ちゅ、ふ、んんんん、ん、ふん、ふぅん・・・」

ついばむ様にキスしたり、舌を引き出して犬の様に口や頬を舐め合ってみたり、お互いの気持ちいい表情をうっとり観察してみたり。
何度も何度も繰り返すこの行為。荒い息がさらに音量を上げていく。俺も詩乃も無言で愛し合う。決して静かではない沈黙。
俺と彼女が鳴らす秩序の無い動物的な音と、時計の規則正しい機械的な音が部屋に響く。たまに表を走る車の風切り音がするが、
そんなもの俺たちの耳には届かない。俺たちの――味覚、嗅覚、視覚、触覚、聴覚の五感は、この部屋の中、もっと言えば、
ベッドの上で発生している刺激だけを感受している。

――どれくらいの時間 愛し合ったのだろうか やっぱり時計だけが知っている

粘土をこね合わせるような、終わりの見えない行為。依然、至極ゆっくりな運動なのに、身体も心も激しく鼓動する。きっと詩乃も同じ。
顔へのキスや愛撫だけでは飽き足らず、彼女の髪、頬、首筋、肩、背中、乳房、腹、お尻、太もも。
腰を振りながら、口と手で彼女の肌という肌を満遍なく愛撫する。まだほんの少しだけ痩せ気味な感じだが、彼女の肉体は柔らかく、
俺の硬くかさついた手・・・いや身体全てに潤いの感触を与える。

彼女も俺と同じく、しなやかな指と小さな口で俺の全身を満遍なく愛撫してくれる。
双方の性感帯・・・敏感な乳首をこねあったり、耳を唇で挟んだり、西瓜を抱え込む様にして髪をわしゃわしゃ乱しあったり。
互いの肉体で、触れた事の無い場所などすでに無い。しかし飽きはしない。好きな場所を好きなだけ、好きに愛撫し合う。
肌寒さなんて微塵も感じない、温もりの運動。限界さえなければ延々と、そう、100年でも続けてしまえそうだった。

「んぅ、すき、すきぃ、はぁぁ、す、すきぃよ、小波さん・・・すきぃ、すき、えへ、すき」

ふいに、ふぅふぅという熱っぽい吐息と一緒に彼女が口走る。俺の頬にべったりと手を当て、愛おしそうに滑らせながら、
単純な、愛の言葉を甘い息と共に呟き続ける。思わずもっと悦ばしてやろうかと腰を強く振りそうになるが、耐える。
愛熱が高まってきたのだろうか。詩乃は、セックスで気分が昂ぶってくるといつも、うわ言の様に俺の名前や愛情を囁く。
俺もそれに応えるが如く、彼女の名前を呼び返す。二人の行為の習慣の一つだった。
でも今日は、ただ単に行為の一環として、単純な言葉で応えるのではない。
プロポーズに成功した後だからか、ここに来て彼女に云いたい言葉が、胸の奥から次々と湧いて出る。
彼女が息を吐く様に呟いた愛情と同じく、俺も押しとどめる事なく、それを吐き伝えた。

「俺も、・・・俺も詩乃が好きだよ、詩乃がいないと、俺、もう、だめだよ・・・だめなんだ」
「好きだ、愛してる、詩乃。死ぬまで、一緒だ、いいや死んでも・・・・・・あ、あぁ、いやだ、もう、絶対、一人で、眠っちゃだめだよ」

腰の動きを止め、心が少し乱れながらも、彼女の眼をしっかり捉えて云う。親指に首のネックレスを引っ掛け、そのまま彼女の顔に当て、
親指とビーズの二つ合わせで頬や眉の淵、唇をなぞる。少し、あの時の事を思い出した。行為の最中に思い出すなんて初めてだ。
気づかぬ内に涙目になっていたのだろうか。その雰囲気に、少しあっけに取られ、眼をぱちくりさせる詩乃。

「・・・ぷっ、うふふ、ふぅ・・・うん、わかっとーよ。こんな、泣き虫の、寂しがり屋さん、もう、ほっとかれへんよぅ」
「それに・・・わたしも、泣き虫で寂しんぼやから、ほっとかんでよ?」

両手を俺の頬に当ててぺちぺち叩く。そんな彼女の瞳にも、ほんのうっすら水分が浮かんでいる。
詩乃は、その手で俺の顔を挟んで自分に寄せ、好きよ、と一言云って唇を合わせるだけのキスをする。
水面に揺れる月の様に、丸く、大きな瞳。これ以上無い、超至近距離で見つめ合う。

「ん、ふ。ほらほら、腰、止まっとーよ?はぁーあ、眠たなってきたなー」

キスを止め、少し挑発じみた表情。俺はぎゅ、という膣の圧力を感じ、悪い悪いと腰を振り直す。詩乃も、俺の身体を先程の様に
摩り始める。俺も、彼女の手の動きを真似して愛撫する。相手をイかせない様に、しかし気持ち良くなれる様に、愛し合う。
冷静と情熱の板挟み。しかしストレスにはならない。身体も心も、ただただ泣けてくるほどに気持ちがいい。
音を出さない程度の、ゆっくりとした運動をしていた筈なのに、いつのまにか、ずちゅ、ずちゅと、生生しい性音が
鳴ってしまっていた。いや、動きの早さは変わらずだ。単純に、互いの性器が濡れきったのだろう。
布団の中で充満している、咽返る様な匂いが、腰を振る度に外へと押し出されて来ている。
じんわりと滲み出たお互いの汗と、俺のカウパー、そして詩乃の膣液が混ざり合った、雄雌の深愛を意味する匂い。
それを深く吸い込んでしまった瞬間、俺は急激な射精欲に苛まれた。

「ふぅ、はぁ、詩乃、そろそろ、でるかも、くぅっ、や、でる、よ」
「うん・・・いいよぉ、だ、して。・・・欲しい。小波、さんが。・・・ちょーだい、こなみさん、ちょーだい、いっぱい、ぜんぶ」

俺の腰をそのたおやかな脚でぎゅぅっと挟み込む。これはセックスの終り・・・射精する際の彼女の癖だ。今日の、避妊具無しの行為では
これの意味合いが多少濃くなる。細い腕も俺の首にするりと巻きつけ、きて、という光悦の表情で懇願する。

「うん、俺も、詩乃に、全部、あげたい・・・う、んは」
「んく、こなみ、さん、あ、あ、あ・・・んはぁ・・・」

吐き出す瞬間も、動きは変わらず、ゆっくりとだった。ぐにゅう、と彼女の最奥まで突きこんで、尿道口を脱力させ射精する。
どく、どく、どくと大きく鼓動しながら、彼女の膣内に精を流し込む。射精自体もこれまでの行為と同じく、ゆっくりと、そして、長い。
意味も無いのに股間部に波打つような力を入れ、精巣内の液体を全部出し切るつもりで彼女の膣内、否、胎内を満たしていく。
詩乃は、それを瞼を閉じて感じている。静かに深呼吸しながら、体の内に広がる熱を感じている。俺も、瞼を閉じて、感じてみる。
彼女の膣が優しく鼓動する。俺の全てを慈しむ圧力。ピストン中の快感よりも、射精の瞬間の快感よりも、心地が良い。
ふと、後頭部に優しい感触。彼女が首に掛けていた手を後頭部にずらし、俺の顔を自分の方へ引き寄せる。
瞼を閉じたままでも正確に唇同士の座標が合点し、吸い寄り合う。・・・この行為・・・今日、何度目になるのだろう。
無意味、これまでの食事の回数みたいなものだ。

――口付け 口を付け合うだけ でも 彼女の全てが流れ込んでくる 彼女にもきっと 自分の全てが流れ込んでいる

射精が完全に終わる。こんなに沢山の量を出したのは初めてかもしれない。魂も一緒に吐き出したような気だるさ。
ああ、今、詩乃のお腹のナカは、俺の精液で真っ白くなっているんだろうな。
少し、覗いてみたい気もするが、彼女の口付けからどうにも離れられない。

誕生日が終わるまで、あと一時間くらいだろうか。
・・・元からそんな、時間なんて関係ないけどね。
この永遠に続きそうな余韻を楽しんだら、一度、お風呂に誘おう。汚してしまった髪を洗ってあげなければ。

ああ、でも、このまま眠ってしまうかもしれない。今日はまだ、一度しか繋がっていないけども。
いや、そもそもペニスも射精しっぱなしで、詩乃から抜いてもいないんだけども。電灯も点けっぱなんだけども。
ついでに言うと明日は普通に仕事なんだけども。その上当番で早出しないといけないんだけども。

・・・でも。

詩乃の唇から伝わってくる、「愛しとーよ」が、まるで子守唄みたいで。

やっぱりそのまま、眠りに落ちる事になった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――同じ時間を歩いていく 初めて出逢ったあの日から そして君が目覚めたあの日から

   何度も何度も 同じ一年四つの季節を 身体も心も寄り添って 二人一緒に 同じ歩幅で歩いていく

   いつか そう百年も経てば 二人は石になっている

   同じ石に ひとつの石になっている

   春は風を受けて 夏は光を浴びて 秋は月を映して 冬は雪に包まれる

   全ての季節を映す 鏡のような 綺麗で静かな石となって 永い永い久遠の時間を 共に 二人で


【詩乃抄】 終


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おばーちゃーん、やっほー。かぁわいー孫が雁首揃えてきましたよん」
「もぉ、お姉ちゃん、病院なんだからはしゃがないでよ・・・お婆ちゃん、お婆ちゃん。起きてる?」

「・・・ん、起きとーよ。・・・よい、しょ。二人とも、いらっしゃい。今日はどーしたん。お見舞いに来てくれたん?」

「ぶっぶっぶー。50点。せーかいは・・・はい、おばーちゃん、お誕生日、おめでと。今日はお祝いに来たんだよー」

「まぁー・・・わざわざ。・・・ふふ、ありがとーねぇ」

「えへへ。実はさっき、お爺ちゃんのお墓寄ってお参りもしてきたの。お婆ちゃんの誕生日だから。ご報告♪」

「へぇ・・・お爺ちゃんに会いに・・・」

「はぁーあ。おじーちゃん死んで、もー2年かぁ。野球もっと教えてほしかったのになー。死ぬまでへんなポエムばーっか作ってさ」
「・・・・・・ねぇ、おばーちゃん。おばーちゃんは、もっと、いっぱい長生きしてよ?」

「ふふ、女のほうが長生きするもんやからね。まだまだ。・・・ふぅ、ゆーても、はよ退院せなあかんねぇ。・・・・・・。」 

「お婆ちゃん?どうかした?・・・わ、泣いてるの?」

「ん?ん、んーん。なんでも、ないよ。・・・あぁ、そや、二人とも、来年は受験なんやろ?お母さん心配しとったよ」

「・・・そう、そうなの!なのにお姉ちゃんてば、この前出来たカレと野球してばっっっかりなのよ。お婆ちゃん、どう思う?」

「あらら。彼氏も野球もええけど、ちゃあんとお勉強もしとかなあかんよ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


――あの人のことやから また あの時みたいに 寂しい寂しいゆうて泣いとーやろか

   それとも 詩をいっぱい作っても 聴いてくれる人がおらんゆうていじけとーやろか 

   なんよ わたしの時や わたしが泣いても泣いても起きてくれへんかった癖に 

   なんよ いつも一緒やゆうときながら さいごは 一人でさきさき そのまま行ってしもうて

  


   ごめんね わたしも ちゃんと行くから もうちょっとだけ もうちょっとだけ待っててね 

   石の中で暇せんように 小波さんの知らんいろんな話 いっぱい持っていくからね   【終】

管理人/副管理人のみ編集できます