「やれやれでやんす。ホント小波君はどこまでも主人公体質のヒーローでやんすねえ。
 あそこまでいくと逆に虫酸も走らないでやんすよ」

ベンチに座ってイメージトレーニングをしていると、餅田がぼやきながら話し掛けて来た。

「まぁそれには同感だね。つくづく凄い奴だよ」

「オイラはこれでも甲子園にも行った混黒のエースでやんすよ?傍目から見れば主役と呼んでも
 差し支えないハズでやんすのに…あんな事されたらとてもそうは思えないでやんす」

ぼやくのも分かる。本当は餅田みたいな奴こそ、主人公に選ばれるべきなのかもね。
元々努力に定評のある奴だったけど、校内戦でオレ達に負けてからは、鬼気迫るといった感じだった。
正面から小波に挑戦していける姿を、羨ましいと思った事もあったっけ。

「それも同感だ。今日の試合は僕にとってとても重要な意味を持つ、ずっと待ち望んでいた小波との真剣勝負だったんだけどね。
 いつの間にやらあの二人の物語の脇役だ」

「…お互い辛いでやんすね」

二人向かい合ってお互いに同情の視線を向け合う。
混黒に戻ってからは、餅田とは本当に長い時間一緒に練習し、切磋琢磨しあった。
…まぁいつの間にか恒例となった、練習後の1打席勝負では8割勝ったけど。
小波に対する同じ思いがあるだけに、餅田とは小波に次ぐ親友になれた気がする。

「………そこでも小波君に次ぐんでやんすか」

「うわっ!?心読むなよ」

「そんな顔してただけでやんす」

更に拗ねて落ち込む餅田。
いやでも本当に感謝してるんだよ?

混黒に戻って、覚悟していた事とはいえ、チームに溶け込めずに苦労していたオレを
餅田が陰ながら手を回して、支えてくれていた事をオレは知っている。
本人は否定してたけどさ。
まったく女房役が支えられるんじゃ、立場が逆だよね。

ま、その代わり野球面ではオレが支えてやってたけどさ。
そんな事を思いながら、ここまでの戦いを振り返る―――



…と言っても、ここまで特に苦戦する事も無く勝ち上がっただけに思い出は薄い。
この辺が、小波との違いなのかなぁ。
悪く言えば綱渡りのギリギリで、良く言えばお客さんを楽しませる試合を続けて勝ち上がって来た小波は
やっぱり主役っぽさがあった。
…初戦で先行相手に負けかけてた時はブン殴ってやろうかと思ったけど。
二戦目も『間違ったヒーロー』一歩間違えれば小波の未来だったかもしれない相手に対しての、逆転サヨナラ勝ち。
いや、小波ならああはならないか。アイツは本物だからね。

多分、この試合もお客さんは開拓の勝利を願ってる、その方が面白いと思っている人が多いだろう。
オレも客観的に見ればそう思う。
小波の辿って来た軌跡を見れば、どんな漫画だよって感じだもんね。

接戦をモノにして来た勢いのあるチームが、圧勝を続けた格上のチームを破るなんてのも
あまりにもベタで………そして王道な話だ。
僕も新聞で「怪物」だなんて言われてるけど、大抵の物語で怪物は英雄に退治されるものだ。
千羽矢にはカッコ付けてあぁは言ったものの…オレで本当に勝て「でも」


「でも、勝つでやんすよ」


!そんなオレの考えをまたも見透かしたように餅田は力強く宣言した。

「全く…ホントに雨崎君は捕手の癖に、すぐに考えが顔に声に出るでやんすねぇ。
 そんなんじゃあ勘の良い奴にはすぐバレるでやんすよ?」

「…気をつけるよ」

「雨崎君の考えてた事は大体分かるでやんす、それはオイラもずっと考えてた事だから分かるでやんす。むしろオイラだからこそ分かるでやんす」

ずっとコンプレックスを抱えて来たオイラだから―と餅田は言外に言う。

「でも、それでも、オイラは勝つでやんす。それが目標で夢で悲願でやんすから。
 例え他の奴に空気読めとか言われても知らないでやんす。邪道でいいでやんす。それが最近の流行りでやんすし。
 オイラだって、ずっと努力して来た。勝つ資格は十分に持ってるハズでやんす!!!」

自分に言い聞かせるように、自分を鼓舞するように叫ぶ餅田。
誰にも文句は言わせない、文句を言う権利を持ってる奴なんてどこにも居やしないと背中が語っている。
…なんて気合だ。

…やれやれ、敵わないなぁ。餅田、お前は十分に王道だよ。王道の主人公だ。
小波にだって負けやしない。
こんな泥臭い奴がエースなんだ、ウチが勝つのも悪くないシナリオだろうさ。

誰もが自分の人生という物語の主人公―なんて良く聞く台詞で、ナンバーワンよりオンリーワンみたいな事も良く言われるけど
そんな事には何の意味も無い、負け犬の理論だと中学の時に少しの間居たコーチは言っていた。
確かにそれはその通りだろう。

でも、それでも、良いんだ。他の事はあくまで些事。
目の前の事に、自分の想いにただ正直になれば良い。
オレは小波に勝ちたい。このチームで甲子園に行きたい。千羽矢のご褒美が欲しい。
それだけ考えれば良い。

全員が全員、自分が主役だと思って居れば、名作が産まれるハズさ。
…ま、願わくば自分の惚れた女の物語のヒーローになりたかったケドね。
いいさ。片想いだって、悪くはない。

「うん、そうだよね。確かにそうだ、ありがとう覚悟が決まったよ」

餅田と顔を合わせ今度はニッと笑い合う。

「ま、それにでやんすね。…良いんでやんすよ別に脇役でも。
 チハちゃんの勝負の、駒の一つになれるなら十分でやんすよ。…きっと奇跡も起こるでやんす」

餅田―――。
切なそうな、それでいて嬉しそうな複雑な想いがこもった表情で
チラリと千羽矢を見ながら餅田は言う。

もしかして、餅田は千羽矢の体の事を知っているんだろうか?
化粧の効果もあり、ぱっと見る分には千羽矢の体調の事に気付くのは難しいだろう。
校内戦以降の欠席の数等から、芳しくない事は想像がついても
……………もう、長くない事までは、気付けないハズだ。
そんなヘマをする奴じゃない、オレの妹は。

…あえて聞く事はしない。聞くのも野暮ってものか。

それに、餅田の言葉は身に染みた。
そうだ、千羽矢と小波との勝負とは言ったって。実際にやるのはオレ達だ。
オレ達の頑張りで千羽矢を勝たせる事が出来る。
気の抜けたプレーをして負ける事は絶対にあってはならない。それこそ千羽矢への裏切りだ。
アイツは天才、雨崎千羽矢だぞ?
アイツの人生の大一番が敗北なんて結果になっていい訳が無い。
そんな事は…このオレがさせない。
千羽矢の中のオレの役が、飛車か角かナイトかルークかは分からないけど
オレが王将(キング)を殺ってやるさ。



「それにしても、でやんすね」

餅田が空気を変えようとしたのか、照れ隠しなのか声の調子を変えて言う餅田

「彼氏彼女が敵同士で甲子園巡って対決―なんてのは邪道もいいとこでやんすよね。
 フツーは彼女の祈りで彼氏が勝って、その夜学校の校舎で記念パーティと称してムフフでやんすよ
 …発生率は低いでやんすがorz」

やけに具体的な例を挙げて言う餅田。
…まぁ邪道っていうか、ゲームか何かの話だろうけど。
もしそんな事に小波と千羽矢がなれば、オレは小波を殺すけどね。

しかし…フム。
考えてみれば、普通はくっつくのはマネージャーと主人公というのが王道だろう。
小波の好きな野球ゲームではマネージャーはヒロインじゃない事多いけど、普通はそうだろう、うん。
そういう意味ではオレと千羽矢の立ち位置は王道だ。
しかも血の繋がりの無い妹のおまけ付き………。

「このエロゲ野郎でやんす………」(ボソッ)

「な、なななな何言ってんだよぉっ!」

「今初めて雨崎君への強い殺意を感じたでやんす…アンタの立ち位置も美味し過ぎでやんすよ!
 ていうかベタ過ぎでやんす!死ね!」

「死ねって言った!?女房役に対して!?」

「五月蠅いでやんす!…というかよく通じたでやんすね。もしかして雨崎君もそういう漫画好き…」

「な、なななななんの事かな?」



「いつまでくっちゃべってんの二人共!!!!!」



オレがバットで餅田を黙らせようと振りかぶっていると、背後からの千羽矢の怒鳴り声が脳天を貫いた。

「うわっ!?ち、ち、ちちち千羽矢」

き、聞こえてないよな?特に最後のは。

「もう整列でしょ、睨みでも利かしてビビらせて来なさい!」

バン!と餅田共々背中を叩かれて送り出される。
やれやれ、おてんばな王将(キング)だ。
餅田と三度顔を合わせて苦笑しながら、オレ達は小波達の待つ整列場所に向かう。





整列場所に居るのは、かつて一緒にプレーした懐かしい顔。
詰井、軽井、杉田、澄原、プル畑、沖田、御影、宇佐美、下山。
…そして小波。
皆気合いの入った良い表情だ。だれも臆していない。
…いいね。相手に取って不足は無い。最高に熱い試合をやろう。

「両校並びに、礼!!!」

「「よろしくお願いします!!!!!!」」



第四章につづく

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