「開拓高校小波投手!ナイスピッチング!甲子園決勝というこの大舞台で、堂々たる姿を見せています!」


TVから聞こえてくる音は、私の最愛の彼氏の活躍を告げてくれていた。
あはは…カッコ良いなぁ。
もうその投球フォームを見る事が出来ないのは残念だけど、見なくても分かるよ。
これだけの大観衆を沸かす事が出来るんだ、やっぱり小波君は日本一だよ。

「アハハ…全く、これでまたファンが増えちゃうね。彼女の座、守れるかな…」

「何弱気な事言ってるんだよ、らしくないぞ。小波が他の女になびくもんか。
 そんな事になったらオレがボコボコにしてやるよ」

「それ楽しそうだね、アタシも混ぜてよ。パパも加わるだろうから、雨崎家総出で袋叩きだ♪」

「よしきた!」

そんな事を言って二人で笑い合う。
おニイは相当無理してるだろうけど、いつも通りに振舞ってくれるのが有り難い。
変にしんみりするのもらしくないもんね。
正直もう喋るのは相当辛いし、意識も途切れ途切れだ…………


…………おっとまた切れてた。
途切れ途切れだけど、最期までアタシらしく在りたいと思う。

蝋燭の燃え尽きる寸前の輝きも、あの試合で使い切って
今のアタシは残り火というか余韻みたいな状態なんだろうけど、それでもまだ確かに生きてるんだ。
願わくば、せめて小波君が日本一になる瞬間を見届ける迄は、聞き届ける迄はもって欲しいな。

「一球目はインローに132kmのカーブか。スタミナにはまだ余裕がありそうだし、三振を取りにいってるな」

おニイが試合開始からずっと、ヘタクソな実況と解説を続けてくれている。
それで十分アタシは試合を頭に浮かべる事が出来る。
頭の中で鮮明に小波君が、連投の疲れは隠せないけど、躍動感溢れる一生懸命なプレーを魅せている。

ありがとうおニイ。
ホントアタシは幸せ者だよ。
大好きな彼氏の活躍を見ながら、大好きな家族の声を聞きながら逝けるんだから。
全然怖くなんてないよ。

「よっし三振!!これで残すは後二回だ、1点のリード守り切れよこな――――――



あれ…これ、あの時の………。
いや、あの時より深い………そっか。
これが正真正銘の、走馬灯か。

心地良いおニイの声を聞きながら、アタシは自分の人生を振り返る旅に出かけた。
今度はちょっと長くなるかもね。
でも、絶対戻って来るから…リンゴ待ってるよ、小波君。









―――あ、よ、よろ、よろし…

―――よろしくね、おニイちゃん



…これは、おニイと初めて出会った時かな。
一泊二日人生を振り返るの旅〜の一つめがココってどうなんだろ。
普通、昔から順番に見るものじゃないの?

う〜んまぁでも、それでもおかしくはないのかな。
アタシがはっきりと覚えてる記憶って、そのあたりからの気がする。
雨崎家に来るまでの記憶も、勿論ある事はあるんだけど何かはっきりしないっていうか、偽物みたいに感じるんだよね。
産みの親の事も写真でしか見た事無いし、それよりは余程パパとママの方に親近感を感じてる。
ママの事も写真でしか見た事ないけど、おニイのお母さんって考えると、何となくどんな人か想像出来る。
きっととっても優しい人だったんだろう。



―――ムリにむずかしいことばを使うなよ。へんなヤツ!

―――アタシはヘンじゃないもんアンタがバカなだけ〜♪



アハハ、今度は小波君との出会いか。
そうえば初っ端からケンカしてたっけ。
ホントは結構前から遠くから眺めてて、話しかけるのもかなり勇気が要ったっけ。

いつから惚れたのかって、前に考えてた事あるけど
やっぱり最初からだったのかもね。何か気になってたよ、楽しそうに野球してる姿がさ。



それから走馬灯はどんどんと移り変わって行った。
殆どは他愛無い、三人で遊んでるシーン。
ヒーローごっこをしたり、ナマーズパークに遊びに行ったり、トックンしたり、試合を見に行って応援したり…

ホント夢を見てるみたいな気分なんだねコレ。思ったより一つ一つが長いけど。
これで現実世界は一瞬とか凄いなぁ。っと…



―――嘘。この症例………テロメア異常?

―――野球なんか止めて、昔みたいに私と遊んでよ。

―――アンタが西高の番長?恨みは無いけどさ、アタシのストレス解消に付き合ってもらうヨっっ! バキィッ!

―――オラオラァッ暴走天使デスサイズのお通りだぁっ!! ブロロロロロ

―――綺麗…そして皆幸せそう。………何、やってんだろ。アタシ………。



おっとっと…思い出したくない事も思い出させてくれるねぇ。
いやー若気の至りってカンジ?
あのイルミネーションは何回見てもサイコーだよね〜。

………でも真面目に、あの時は辛かったな。
簡単に受け入れるのはムリだった。今だってホントに受け入れられてるか分かんないけど。


でも悪い事ばかりじゃないって今は思えてる。
この体質が、臆病なアタシの背中を押してくれたんだって
時間の大切さを教えてくれたんだって
今は…思える。
もしこの体質が無ければ、きっとこんなに幸せな想いを感じる事は出来ないだろうからね。
あっ丁度それを実感したシーンだ。



―――アタシは小波くんが好きー!!だーい好きー!!!

―――だいすきだー!!!!!

―――…ちょっと寒くない?

―――いいよ、小波くん。来て、サイコーの思い出一緒に作ろうよ。



あ、アハハ…こうやって客観的に見ると、ケッコー照れるもんだね。
今思えば野外で何やってんだという。
…気持ち良かったケドね。…オホン。
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お、おっとそれで遂に、あの試合か。
××県予選大会決勝戦。開拓高校対混黒高校。
うわーなっつかしいなぁ。ちょっと前の事のハズなのに、もう随分前に思えるよ。

あっおニイの特大場外ホームラン!!!
あの打球に当たった金髪の外人さんが居て、後で謝りに行ったっけ。
いやーでもあの時は絶対勝ったと思ったのになぁ。

その裏の開拓の怒涛の攻撃には参ったよね。
モッチーも一生懸命投げてくれて、他の皆も守ってくれたけど抑え切れなかった。
あそこでツーランスクイズなんていうバクチを打ってくるなんて、冴花のヤツにもしてやられちゃった。
まぁ次ですぐお返ししてあげたけどさ。


「よっしゃ!ファインプレーだよ池田さん!おニイもナイスブロック!」

「くぅーアレを止めるか…ショートは穴だと思ってたのになぁ」

「一塁線!!抜けた!!! 回れ回れー!!!滑れ!頭から!! 良し!!!」

「ここで回って来るか…流石に持ってるねぇ小波君。内野前進!外野前進!1点もやらないよ!…ん?」


おっとっと…普通に試合に入り込んで応援しちゃってた。
いやでもホントに良い試合だね。
アタシも最後の方は他に何も考えずに試合に没頭してたよ。
小波君が最初に言ってた通り、熱くなれた。
この試合があったから、一生分生きた。他の誰の人生にも負けてない!と胸を張って言える。


―――ぶちかませー!!おニイー!!

―――ズバンッ!!!  ストラーイク!バッターアウト!ゲームセット!!!

―――ここから開拓高校の新たな歴史が始まります!!


あぁ…終わっちゃったか。負けちゃった。あと少しだったんだけどな。
じゃあこの旅も、もうすぐ終わりだね。
そろそろ現実に戻らなくっちゃ。
丁度、優勝の瞬間を見た事だし、今度は甲子園…の…優…しょう……シー…ンを










「初出場で初優勝の快挙!開拓高校が成し遂げました!」


意識が戻った、というより意識が帰って来たアタシに聞こえて来たのはそんな音だった。
ちぇっちょっと帰って来るのが遅れた…かな。
小波君が日本一になる瞬間の音を聞きたかったのに。
アタシの大好きな、ズバン!という小波君の投げたボールが、ミットを轟かせる音を。
きっと甲子園中に響いたんだろうな。

「勝った!小波が勝ったぞ!」

アタシの耳元で、おニイが興奮した声を上げる。
それにアタシは、力を振り絞って応える。

「よ、かった、ね。これで、おニイは…日本で2番め…だ」

これはアタシが優勝を知って、最初に思った事だ。
ゴメンね、小波君。
勿論小波君おめでとうって思ったけど、一番はおニイおめでとうだったよ。
嫉妬しちゃう?
まぁまぁずっと側に居てくれたんだから、これ位の役得は許してあげてよ。

「えーと…ああ、そうだな。オレは小波以外には負けない」

「バカね…勝つって…いわなきゃ…」

もう、そんな情けない事言わないでよおニイ。もうこれ最後の会話かもなんだよ?
まぁいいか、分かってるから。口ではそう言っても
今のおニイは、小波君にも真正面から立ち向かえる、強い男だって事。
いつかは一番にだってなれるよ。それを見れないのは残念だけどね。

…あー何だか眠くなって来ちゃったな。

「? !! ―――?―――――!!――――――?――!!!!」

あはは、もう耳も聞こえなくなっちゃったみたい。
おニイが何か叫んでるのは感じるけど、何言ってるのか分かんないや。
どんどん体から力が失われていくのを感じる。
幽体離脱ってこんな感じかな。
あ、そうだ。一つ言っておくことがあったんだ。
最期の言葉がこれになっちゃうのはアレだけど…ま、これもアタシらしいかな。


「お、ニ、イ…

「―!?―――!!―――!!!」

「ご、め、ん、聞こ、えな…い、や。お、ねが、い……こ、なみくん、につたえ…て」

「―――!―――?」

「リンゴ、食べられなくてごめん」


最期の言葉だけは、何とかつっかえずに言って
アタシの意識は再び断絶される。
薄れゆく意識の中で、もう戻って来る事は無いであろう事が何となく分かる。

でも、見た訳じゃないから確証は無いけど。
最期の瞬間、私は笑えたハズだ。
顔は青白くて腕は細くて、どこから見ても不幸を体現したような格好だったけど
表情は、それを吹っ飛ばす位に幸せそうに



にっこり、と。




第十二章につづく

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