自室に布団が敷かれてあったので、小波は何も疑問に思うことなく、それに近寄った。小波の目は、ほとんど開いていない。そのため手探りで布団のふちを探し、感性でめくってから、引き布団と掛け布団の間に入り、果てには布団を頭まですっぽり被ってしまう。
夜の空気に冷えた布団は、眠気に煽られた就床前の人間の肌に、快適な触り心地を提供した。

「ねむねむ……」

 あまりに落ち着くものなので、小波は意識せず寝言を呟いてしまった。小波にとっては、気がついていないのでいい。ただ、小波が寝言を呟く数瞬前に部屋の入り口へやってきた寝巻き姿の冴花に、幼稚な言葉遣いを聞かれてしまった。
突っ立ったまま小波の様態を眺め、眉をひそめていた冴花は、特有の三白眼をさらにを険しくして、仕方なしの態度で鼻息をならす。

「もう。あなたって人は、ほんの少し、待つこともできないのかしら」

 冴花が誰に言うわけでもなく唇を動かすと、一直線に布団へ歩み、開かれている小さな隙間からもぞもぞと内部へ入り込んだ。こしょばゆい振動に対して、小波は鬱陶しそうに寝返りを打つが、冴花は離れない。

「つめたいわ……。こんな布団に、抵抗なく、入り込んだっていうの。あら、また、ユニフォーム姿で寝てるわ」

 寝ぼけている小波と違い、きちんと感覚がある冴花は、布団の現状を認識した。ついでに小波の物臭さも再確認する。冴花は両手を口許にひきよせて、はあっと息を吐き、暖めた手を小波の頬に当てた。
薄暗い空間にて小波はしかめ面を示すも、数秒すると小波の方から、ぐい、ぐいと、冴花の手を求めてくる。冴花も手を押し返した。かたや、小波は冴花の居ないほうへ、体を傾けてしまう。

「ちょっと」

 小波のあんまりな態度に、さすがの冴花も不満を口にした。されども当の本人は、お構いなしに眠りこけている。冴花はおもしろくなさそうに、背を向ける小波へ覆いかぶさる格好で密着し、彼の脇に己の片腕を通して胸郭にしがみつく。
始めは空いているもう片手で小波の大きい背中をこねくり回していた冴花だったが、小波の意識が覚醒しそうになったので、一度手を止める。次に冴花は、彼の大腿をさすった。
 うなじに息を吐くと、小波がいもむしの反応を起こすので、調子にのった冴花はそこに口をつけた。

「もっと、くっついてよ」

 冴花は唇をうなじから襟足周りへ、さらに耳まで這わせ、極限に達した地点にて、ふっと呪文をかける。当人の耳に入らないことは十も承知だが、言わずにはいられない。そのうち小波はいびきをかき始めた。深い眠りについたのだろう。
 こうなった小波はやすやす起きないことを知っている冴花は、小波の太ももを擦っている指先の力を強め、耳元の唇を頬に移し、ほどほどに吸い付く。
 いたずらに満足した冴花は、小波の耳元にておやすみを告げ、彼の背筋にうずくまった。

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