[659] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:02:12 ID:BdD/URXC
[660] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:03:15 ID:BdD/URXC
[661] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:04:30 ID:BdD/URXC
[662] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:05:41 ID:BdD/URXC
[663] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:06:47 ID:BdD/URXC
[664] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:08:31 ID:BdD/URXC
[665] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:09:47 ID:BdD/URXC
[666] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:11:08 ID:BdD/URXC
[667] Nameless sage 2007/09/11(火) 01:12:20 ID:BdD/URXC

「色々ご迷惑をおかけしまして。ありがとうございました」
「い、いえいえっ! 全然そんなことないですよ! ユーノ君も無事だったんだからいいじゃないですかっ!」

 頭を下げ続ける桃子に、同じように眉を下げたエイミィが病室を後にした。俯けていた視線を上げれば、海
鳴市に来た元機動六課の面々が、肩を落として黙り込んでいた。
 エイミィからのユーノの容態に一度は暗い雰囲気が払拭されたものの、すぐさまその空気は戻り誰もが目を
背けて拳を握る。

「なのは大丈夫だよ! それよりさっ、私ねなのはに話したいことがあるの! だから、一緒に行こうよ!」

 麻酔が効いて眠るユーノの傍ら、なのはが彼の手を握り締め涙を流していた。ユーノが治療を受ける間にし
らされた妊娠の事実すら、なのはの涙に拍車をかける。
 そして、それすら理解できていないフェイトの笑顔。隣に座り笑顔を振りまく様子に、なのはの震えは止ま
らない。

「お願いだから……どっか行って……」
「そ、そんな事いわないでよ! ねぇなのはぁ、何でもいいからさぁ……」
「やめて……やめて、やめて、やめて!」

 叫び、激しく頭を振り始めたなのはにさすがのフェイトもたじろいだ。乾いた音をたて椅子が転がり、フェ
イトが上目遣いでなのはを見た。
 なのはが憎悪と言ってもいい感情に顔を歪め、フェイトを睨み震えていた。

「フェイトちゃんが……あんな事するからっ、私が……辛いのに……あんな事するからぁっ!!」
「ぁ……」

 なのはが言ってるのは、フェイトが最初に無理やりなのはを襲ったこと。他の事は未だなのはは知らないま
ま。
 思い出し、肩で息をするなのはにフェイトが手を伸ばして小さく呟いた。

「謝りに来たんだ……会って、話して……謝りたかった……」

 だから会いたかった。おかしくなるくらいに会いたかった。ただそれだけを願い続けた。いくら、それ以外
に望むものがあろうとも、その言葉以外を考えなかった。

「許してくれないかも知れないけど……許してくれなくてもいいから……会いたかった……」
 
 フェイトがなのはの手を握り、落ち着かせて抱きしめる。

「離してよ……抱きしめないでよっ、触らないでよっ!」

 明確な拒絶の言葉。それでも、なのはの心は解けていく。
 十年。それは、ユーノへの思いを募らせた時間。
 そして、それと同時。

「フェイトちゃんは、酷いよ……ずっと……信じてたのに……」
「うん、ごめんね……」

 十年間、フェイトに支えられ続けた日時間だった。
 だからいくら拒もうとしても、拒めなかった。

「なのは……もしかしたら、また傷つけちゃうかも知れないけど……聞いてほしいんだ……」

 今から言う言葉は、その十年を粉々に壊す言葉。
 彼女の信頼を、もう一度裏切る言葉。


「私……そんなんじゃないんだ……なのはの事……応援してなんかいなかった……」

 けれど、それ以外に壊れたもの。
 それは全て直るから。

「ユーノの事、誰も取ったりしないよ。スバルも違うんだ。だからもう怖がらなくていいんだ」

 もう、ユーノがいなくなるなんて怖い思いはしなくていいんだ。


魔法少女リリカルなのはStrikerS
―Nameless―
(14)


 病室の赤いランプを見ている間、ただひたすら唇を噛んでいた。
 結局何もしなかったこと。
 なのはに教えられた勇気を、戦いの場で奮わなかったこと。
 誰かを傷つけるのが怖い。そう、感じた幼い日々が再びスバルの中に蘇っていた。

「スバル大丈夫よ。ユーノ先生、嫌なことになったりしないわよ」
「うん……」

 小さく頷いたスバルに、車椅子のティアナが笑顔を作る。彼女も戦いには参加できなかった。動かない足と
左腕がそれを許してくれなかった。
 それ故に、スバルを励まし続けた。夢を壊したと嘆き続けるスバルに笑顔をつくり、全てを彼女の一番隣に
いた自分の責とした。
 事実それだけではないけれど、それがあればスバルを慰めることが出来たから。

「ほらっ、いつまでもそんな顔しないの! なのはさんに結婚おめでとうって言うんじゃなかったの?」
「会えない……怖くて……なのはさんが、怖い……」

 会ったら、また何かをされそうだから。
 また、苦しくなりそうだから。
 また、なのはの変わった姿を見てしまうから。
 そう考え、その場を動かないスバルに苛立ったティアナがスバルの頭を小突き、にやりと笑った。

「じゃあ、こう考えなさい。いいスバル? なのはさんが結婚できたのは全部スバルのおかげ。なのはさんが
事を起こしたのは全部スバルのせい。なら、結婚できたのだってあんたのおかげよ。分かったわね? 分かっ
たらとっとと行きなさい」

 どうせ悔いるのを止めない。どうせ、自分を責め続ける。それならそこに少しだけ足せばいい。
 そうティアナに背中を押されたスバルが、それでも納得できないと立ち止まる。それと同時、ランプが消え
ユーノが眠った状態で現れた。
 それを追って駆けていくなのは。その、目に溜まった涙に胸を抉られたような錯覚を感じた。
 なのはをフェイトが追いかける後ろにつき、病室に入るのを確認してもそれ以上は進めない。
 そのままティアナの元へ戻ろうと踵を返し、

「あらスバルちゃん。久しぶりね」
「あ……桃子、さん……お久しぶりです……」

 病室に入ろうとした桃子に、逃げることも出来ず凍りついた。
 どうしたの、と首を傾げる桃子に息を呑む。
 その笑顔は、最初に出会ったときのものと変わらない。包容力に満ち溢れた、なのはの母だと納得してしま
う暖かい笑み。
 多分、だからかもしれない。

「ひくっ、す、すいません……うっ、くぅ……」
「スバルちゃんどうしたのっ? ユーノ君なら大丈夫だし、なのはもね、最近ほんとに調子よかったのよ?
 今日は少し失敗しちゃったけど、なのはなら大丈夫だから泣いちゃ駄目」


 一度、なのはに似てると思った後は止まらなかった。桃子に抱きつき、皆が見てるのも構わず泣き続ける。
 それを桃子が受けながら、落ち着かせようと頭を撫でる。涙の溢れるスバルの瞳を覗き込み、笑みを浮かべ
た。
 スバルがようやく落ち着いたのを確認してから離れた桃子が、スバルの手を引き近くの椅子に座らせて手を
握る。
 それから、話を聞いたのだ。
 なのはの事。ユーノの事。スバル自身の事。
 黙ってそれを聞いていた桃子が、笑みのままスバルを抱きしめ何を置いても最初にと、それを言った。

「ありがとうスバルちゃん。なのはの事、心配してくれたのよね? ありがとう」

 別に見返りなんて求めてなかった。しいて言えば、その後のなのはの笑みが見たかった。
 そう願って二人の仲を強引に近づけようと奔走して、そして失敗して。
 だから、桃子から出てきた言葉が、自分に向けられたものなのだと理解した瞬間、抵抗よりも拒絶よりも先
に、零れた涙に俯いた。

「なのははね、小さい時からだったんだけど、誰かに迷惑かけたり困らせたり出来ない子だったの。だから、
みんな何も出来なくて、いつの間にかなのはの性格って、受け入れちゃってたの」

 それが、なのはがユーノに何も言えなかった原因。幼いころの、自分達がしてしまった過ち。
 なのはを理解すればする程、想えば想うほど突きつけられてしまう見えない壁。壁は、絶対に崩れないほど
強固なもの。
 その壁の硬さは、なのはがその人を強く想っていることに他ならないから。

「だけどね、今のなのはは違うでしょ? 誰に迷惑をかけても誰を傷つけてでもユーノ君と、お腹の赤ちゃん
を守ってるの。ちょっとやり過ぎかもしれないけどね……でも、迷惑かけてくれるのは嬉しいわ。ちょっと、
不謹慎だけどね」

 迷惑をかけるならかければいい。
 心配も同じ。
 優しくするだけじゃ、守るだけじゃ意味がない。
 心配をかけられなければ、それを支えてあげなければ家族なんて何の意味もないものだから。

「一人じゃ今日みたいになっちゃうけど、皆がいれば大丈夫。スバルちゃんはね、なのはの壁を壊してくれた
の。誰も治せなかった頑固者を治してくれたんだから、そんな顔しちゃ駄目よ」

 断言し、桃子が立ち上がった。スバルに行こう、と声をかけ促して。
 それに、スバルがゆっくり首を横に振って立ち上がる。

「スバルちゃん?」
「今日はやっぱりやめておきます。ちょっと、やりたい事があるので」

 見ればスバルは元気な笑顔。先ほどの辛そうなそぶりはない。
 そう、と頷いた桃子がスバルに背を向ける。

「よし、あと少しじゃない。全力全快で」

 意気込み、スバルが勢い良く踵を返した。
 先ほどまでいた場所に戻り、車椅子に座ったままぼんやりとするティアナと共に、病院を後にする。

「ちょ、ちょっとスバル! 戻りなさいよっなのはさんに会ってないでしょっ!?」
「いいのっ! 付き合ってティア!」

 病院を抜け、スバルが記憶を頼りにそこへ向かう。

「確か、この辺にあった気がするんだけどなぁ……」


 この辺へ来たのは、出張任務の時以来。色々なことがあり過ぎて薄れそうな記憶の中、目当ての場所を見つ
けたスバルがティアナと共にそこへ向かう。
 無言のままティアナが店内を見渡し、なるほど、と笑みを浮かべた。
 やっぱり、この相棒はこういうのが良く似合う。

「ティアナ、悪いんだけどさ……」
「はいはい。こういうのってどこの世界も一緒ねよね……新婚さんの赤ちゃんだし。スバルは向こう探し
なさいよ」
「うん、えへへ……ありがとティア」

 若干熱くなった頬を無視し、ティアナが一人車椅子を動かし辺りを探す。以前の記憶では、ここ一帯では最
大の規模を持つところ。
 丁度資金も有り余っている。遠慮なく使ってやろうとした矢先、店内に甲高い呼び声が響き真っ赤になった。

「スバルうっさい! そんな大声出さなくても聞こえるわよ!」
「ご、ごめん……あ、そんなことよりあったよ! でも沢山あって分からないんだ……ティアも選んで」
「どれどれ……ほんと一杯ね。私だって経験ないんだから分からないし……全部買っちゃえば?」

 財布を見て中身を確認。結果から機動六課の任務達成という事実は、フォワード陣の財布までもを膨らませ
ている。日本円に換えたのは微々たる物とはいえ、それでも遊ぶのを投げうれば十分買えるだろう。
 そう頭の中で計算していたスバルが、ふと同じように財布を見ているティアナに笑みを浮かべた。

「あんたの為じゃないわよ。お世話になったなのはさんの為。勘違いしないこと」
「うん分かってるよティア」
「半分かしなさい。持ってあげる」

 うん、と頷いたスバルが三分の一だけをティアナに渡し、レジへ赴く。目を見開く店員が、目の前に積み重
ねられたそれに苦笑い。
 袋詰めにされたそれは、スバルの腕にくっきりと跡をつけていた。
 その帰り、なのはの自宅へ向かった二人が疲れきったエイミィに出会い首を傾げた。

「お帰り。もうみんな帰ってきてるよ」

 元駐屯所兼ハラオウン家別宅兼新婚二人の自宅と貸したマンションは、加えて軌道六課のホテル代わりと化
している。
 ユーノの所からなのはをどうにか連れ戻した六課陣が、疲れた様子で帰るのを見届ければその疲労も頷ける
もの。
 その場にいなかったことに俯いた二人に、エイミィが重たそうな袋に今度は逆に首を傾げた。

「なのはさんへです。こういうのだったら、あっても困らないと思うので」
「そうだね、なのはちゃん今日は疲れて眠ってるから。明日にしなよ?」

 頷いたスバルがティアナと共に去り、息を一つ吐いたエイミィが空を見上げた。

「明日は晴れそうだね……お洗濯日和だ」

 そんな、すっかり主婦になってしまった自分に苦笑し、なのはを想った。

「なのはちゃんとも、こんな会話しちゃうのかなぁ」

 多分それは遠くない。今は少し離れているけれど、恐らくきっと。
 皆が支えているのだから。
 ――――次の日。エイミィの予想通り空は晴れ、青空がどこまでも続いていた。

「ほら、今更やめようとしてどうするのよ。ここで止めるならお金返しなさいよ」
「分かってるからっ、押さないでよティア!」

 高町夫妻宅の扉の前。スバルとティアナの声が、ざわめきを作っていた。


「なんやもう……近所迷惑やから静かにしよな? なのはちゃんに話あるんやろ?」
「あっ、はやてさん! この馬鹿どうにかしてください。今頃になってやっぱりやめようなんて」

 ティアナがスバルを急かす中、はやてのため息が小さく零れた。
 頭が痛かった。全部終わったと帰ろうとするフェイトも、それをとめるエリオもキャロの事も。

「スバルも、ちゃんとやりたい事やり遂げて。まだ、スバルは何もしてないんやから」

 フェイトは全てを話した。なのはが許したかは知らないが、それは最初の一歩だろう。だからスバルも。そ
う、促されたスバルが恐る恐るインターフォンに指を伸ばす。

「な、なのはさーんおはよーございます。スバルです!」

 扉の向こう。スバルの声には反応はない。ただ、なのはがそこにいる気配だけは伝わった。
 頭が軽く白くなりながら、なのはの反応を待つスバルの耳にそれが届く。

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 合わせる顔がない。そう、なのはは泣き続けた。
 頭を擦り付け、扉の向こうにいるであろうスバルに誤り続けた。

「わたしも……勝手なことして……なのはさんの気持ちも考えないで……」

 違う、と扉越しになのはから。
 顔を合わせない会話。それじゃあ、駄目だとはやてが扉を開け苦笑した。

「二人とも、ゆっくりでええから。ちゃんと互いの顔見て。お話はそれからや」

 うん、と小さく頷いたなのはにはやてが笑顔で頷きを返し、スバルの荷物を見た。

「これ……赤ちゃんの育て方とか……妊娠中とか、困ると思って……」

 スバルがなのはの目の前にそれを置く。大量の本の山。それが、昨日スバルとティアナが買ったもの。

「スバルが……買って来てくれたの……?」

 玄関で崩れたままのなのはがスバルを見上げ、涙をこぼす。それに、くすぐったそうに頬を掻くスバルが
本を一冊取り、なのはに手渡した。

「やっぱり、わたしはこういうおせっかいなことしか浮かばなくて……みんなに迷惑かけて……突っ走るしか
出来なくて……迷惑でしょうか?」

 そんな事はない。ただ、嬉しくて言葉が出ない。
 こういう所が彼女らしいと好きだったはずだから。自分には出来なかった事を平然とやってのけるスバルに、
羨ましさすら感じていたから。
 だから。
 今なら、心から言える。

「スバル……ごめんね……それと……ありがとう……これ、大事に読むから」
「はい。でも、ボロボロになるくらい読んじゃってください」

 そう冗談のように言ったスバルに、なのはがクスリ、と微笑んだ。
 ユーノが退院する間、じっくり読んで考えよう。
 どうやったら、笑顔ので溢れた家族になれるかを。


* * *




 秋が終わり、冬が来る。年が開け、新しい始まりが訪れる。そんな、瞬く間の数ヶ月。

「もう、帰るの?」
「うん、これからはそれぞれ新しい任務が待ってるんや。いつまでもゆっくりできへんし、久しぶりになのは
ちゃんと二人きりもええやろ?」

 長期休暇は終わり、元軌道六課の面々が海鳴市を離れる時。
 見送りに来たユーノが名残惜しげにする中、一番離れたところ。一人俯いているフェイトに歩み寄った。

「フェイト久しぶり。全然会えなくてごめん」

 その数ヶ月、フェイトはただ部屋に閉じこもり続けただけ。心配するエリオともキャロとも話さず、ただ心
の準備をしていただけ。

「迷惑かけて……ごめん。もう、こっちには帰ってこないから……なのはとも会わないから」

 その心の準備ももう終わった。これからは、なのはの幸せを願うことだけをしていこう。そう心に決め、一
人足早にミッドチルダへ帰る為の準備を始めた。その決意は固く、ユーノも他の皆も何も言えない。

「なのはの所に戻ってあげて。お腹、もう大きくなってきたんだから」

 なのはの様子も今は落ち着いている。最後に暴れたのは、ユーノが退院する間際。寂しさに耐えかねた時く
らい。それも、駆けつけたエリオとキャロが宥めてくれていた。
 不安は残る。なのはは、まだ怖がっているから。大切な家族を守ろうと、奔走しているから。

「フェイト、いままで僕もごめん……もっと僕がしっかりしてれば……良かったのに」

 そんな事ない、と首を振ったフェイトがユーノの手を握り最後の望みを口にした。

「幸せにして。なのはの事……私がしてあげたかった分も……守りたかった分も……支えて、あげたかった分
も……」
「本当になのはに会わないつもりなの? なのははもう、君の事怒ってない。ちゃんと、話だって出来る。そ
んな事いう必要ない」

 心の準備と、硬く決めた想いを更に強固にするための数ヶ月。それ故にフェイトはユーノの言葉を拒絶し、
一歩踏み出した。
 もう、なのはに会う資格はない。そう、心を凍らせた。
 だがそれでも、零れたものが止まらない。

「いいのっ、もう、会っちゃいけないのっ……なのはは、やっとユーノの傍にいられるの……私は……そこに
いられない。見る資格なんかない」

 涙が止まらずフェイトの頬を伝っていく。何度拭おうとも意味はなく、耐えかねたフェイトが逃げるように
転送用の魔方陣の中に消えた。
 それを、とめられる者は誰もいない。

「待ってっ! 待ってフェイトちゃん! お願いだからっ!」

 大きくなった腹を抱え、それでも懸命に走り寄るなのは以外はとめられない。

「な、なのは走っちゃ駄目! 動かなくていいからっ、今行くからっ!」

 涙を忘れ、誰よりも早くなのはの元へ駆け寄ったフェイトが、バランスを崩しそうになったなのはを支え、
表情を厳しいものに変えていた。
 反射的になのはの頬を叩き、抱きしめる。

「何に考えてるのっ! なのははもう自分だけの体じゃないんだから! こんな時まで無茶しないで!!」
「うん……そうだね……でも、フェイトちゃんに会いたかったから……ずっと、会いたかったから……」


 汗の浮いた顔を辛そうに歪めたまま笑うなのはに、我に返ったフェイトが慌てて飛びのいた。そのまま、今
度こそはと背を向け、逃げようとするフェイトの腕を掴みなのはが振り向かせる。
 暖かい、なのはの唇の感触がフェイトの目を見開かせた。

「ごめんね……これくらいしか、出来ないから……」
「なの、は……?」

 呆然とするフェイトの手をなのはが握り、胸元に抱きしめて目を閉じた。
 そしてそのまま、ありがとう、と呟いた。

「フェイトちゃんが、どう思ってたかなんて関係ない……私はそれで支えられてたから……フェイトちゃんが
いてくれたから……ユーノ君を諦めないでいられたの」

 なのはの、その笑顔が好きだった。
 暖かくて、強くて、寂しさを忘れさせてくれる笑顔が好きだった。
 ただそこにはいつもユーノがいて。
 嫉妬して、気付かないうちに忘れていた。

「なの、は……なのは、なのは、なのは……!!!」

 自分が好きだったのは。
 本当に愛していたのは。
 彼の隣で、幸せそうに笑うなのはだったのに。

「ごめんね……ごめんね……まだ、色々怖いけど……いつか……いつか絶対フェイトちゃんの所に会いに行く
から。この子が生まれたら、一番最初にフェイトちゃんに会いに行くから……フェイトちゃんは、私の一番だ
から……ユーノ君と……同じくらい好きだからっ……」

 まだ謝りきれていない。フェイトの全てを否定した罪が拭えない。
 ただ、ずっとフェイトを抱きしめていたなのはが、小さな少女を視界に認めた。フェイトが笑顔でなのはを
促した。
 そう、まだ足りない。

「なのは、ままぁ」

 まだ、謝りきれていない。

「ヴィヴィオ……」

 抱き合う二人の間に入るように足に抱きついたヴィヴィオが、涙を流し久しぶりに母の暖かさに涙を流した。

「ごめんねっ、助けてあげられなくて……なのはママ……なんて、もう言わなくていいんだよっ?」
「違うよ! なのはママはなのはママだよ!? ヴィヴィオの、ママだよ……ママで……いて……」

 全てが癒えていくような気がした。
 涙を流し、抱きついた我が子を手を取り自分の腹にそっと触れさせた。

「なのはママ?」
「妹かな弟かな」

 ゆっくりとヴィヴィオの手を動かし、くすぐったそうに目を細めたなのはがヴィヴィオの顔を手で挟み、
額を合わせた。
 何、と涙声で呟くヴィヴィオに、はにかむように笑い言葉をつむぐ。

「ヴィヴィオはね、お姉ちゃんになるの。お姉ちゃんになってくれるかな?」

 ヴィヴィオがゆっくりと視線を動かす。なのはと、自分の妹か弟かと、その子の父。最後に、もう一人の
母に。


「みんな家族?」

 それは、予想していなかった言葉。
 ただ、自分の子供ならそうなのだろと思っただけ。
 ただそれでも、夢を見た。
 自分とユーノとその間の子と、フェイトとヴィヴィオ。そしてみんなが笑っている姿を。

「うん、家族だね。みんな家族だ」

 何もかもが癒えていく。
 壊れたものは直らないけれど、新しい何かが生まれようとしている。
 皆と別れ、なのはとユーノが手を繋ぎ歩いていく。
 そして、その後。
 ある日の、二人の約束――――。

「――――もう結構大きくなってきたね。もう動いてるんでしょ?」
「う、うん……あのね凄いんだ……ドンドン、ドンドンって私のお腹沢山蹴るんだよ?」

 その言葉に興味がそそられたのか、ユーノががなのはの腹に耳をあて目を瞑り、我が子の生の鼓動を感じ取
るようにする。
 確かに感じるのは、音ではなくなのはの腹の中に一つの命があること。愛し合い、なのはを守りながら手に
した生涯の宝物。
 ユーノの普段の優しそうな表情が何倍にもなり、彼の頭を撫でていたなのはも目を細めて微笑んだ。
 膨らんだ腹に耳を当てられている羞恥心も、ユーノがが自分の中にある命を愛でていることに比べれば些細
なこと。

「もうすぐ……だよね? もうすぐ、私達の赤ちゃん生まれてきてくれるんだよね?」

 視線を巡らせれば、部屋を埋め尽くしているのは新しい家族への贈り物。
 その、他の者が見れば苦笑するほどの量は、二人がどれ程までに愛情を込め、この腕で抱きしめられる日を
心待ちにしているのかが、手に取るように分かるようだった。

「なのはも、体の方は大丈夫だよね? もしもなんて、僕いやだよ?」
「大丈夫……私、この子の為だったら頑張るから」

 ユーノがが心配しているのは、体ではなく心のほう。それを分かっているなのはが申し訳なさそうに眉を下
げ、今できる精一杯の笑顔を浮かべた。
 愛情が込められた子供へのプレゼントは、同時になのはががどれ程までに今の状態まで立て直したかと比例
した。
 もうそのことは考えない。これから、なのはは更によくなっていくはずなのだから。

「うん、今のなのはの姿……みんなにも見せてあげたいなぁ……」
「あ、そろそろこの子のお名前考えてあげなきゃ駄目だよ」
「そ、そうだね……うーん、何がいいのかなぁ……僕こういうの得意じゃないかも……もう何か考えてる?」

 困り顔のユーノに苦笑して、なのはが小さく頷いた。
 その表情は、今のなのはには珍しい、自身に満ち溢れた綺麗な笑顔だった。

「へぇ、どんなのかな? 教えてよ」
「じゃあ、耳貸して」

 何も考えずなのはに耳を向け、言葉を待った。耳に微かに感じる吐息。ユーノが、焦れたようになのはに視
線を向け目を瞑る。

「ん……」

 気持ちよさに頬を染め、なのはが余韻を感じながらユーノから唇を離して瞳を見つめた。


「秘密だよ」
「えっ、なんでなのさ、別に秘密にしなくてもいいんじゃないの?」
「あのね、私が考えた名前……きっと気に入ってくれるから……きっと、同じこと思ってくれるから」
「え……?」

 ユーノを手を握り、自分の瞳にユーノを映す。同じようにユーノの瞳に映るのは、なのはのユーノを信
じきった微笑みと輝いている瞳だけ。
 まだ前のようには戻らないけれど、それでも十分に綺麗だと感じることが出来た。

「真剣に考えて。この子の名前、誰よりも幸せに、誰よりも優しく……そんな名前。私と同じなら嬉しいな
ぁ……」
「そっか……」

 自分となのはが確かに繋がっているならば、きっと同じ未来が待っている。
 自分達の子をこう呼びたい。そう願う未来はきっと同じの筈だから。

「分かった。なのはが考えたのと同じ名前、僕もきっと考えてみせる……だから、待ってて
ね」
「うん……待ってる。信じてるから……」

 なのはの笑顔に、ユーノも頷いて笑みを返した。


 そんな、満ち溢れた幸せがここにあった――――。

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目次:魔法少女リリカルなのはStrikerS―Nameless―
著者:246

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