[519] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:27:41 ID:CjuSeiyM
[520] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:28:27 ID:CjuSeiyM
[521] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:29:13 ID:CjuSeiyM
[522] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:30:02 ID:CjuSeiyM
[523] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:30:52 ID:CjuSeiyM
[524] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:31:46 ID:CjuSeiyM
[525] Nameless sage 2007/09/15(土) 12:32:30 ID:CjuSeiyM

「なのは、本当に大丈夫?」
「うん平気平気。お願いだから、そんな顔しないで?」

 朝の食卓。一日の始まりを感じさせる、妻の手料理。味は十年前からの保障付き。変わらない、だが以前よ
り格段に美味しいといえる食事を口に運びながら、ユーノはただただ心配そうに眉を下げていた。
 きっかけは、なのはの状態が良くなったこと。もう、以前のように暴れることもなく、家族やエイミィたち
とも笑顔のまま。
 だからもう心配しないで、となのはがユーノに仕事に復帰することを勧め、その願いが叶いユーノが渋々ミ
ッドと海鳴市を往復し始めて早数ヶ月。
 相変わらず、ユーノはなのはの体調を気遣ったまま。そして、なのははそれを大丈夫だと拒絶したまま。
 それは、余りいいものではないけれど。
 何故か、前のように戻れたようで嬉しさは拭えない。

「でもなぁ……やっぱり心配だよ」

 この言葉も、半ば習慣のようになってしまったもの。変わらず心配はあるものの、それ以上になのはの事を
信じている度合いは大きい。

「ユーノ君、本当に大丈夫なの。この子が……いてくれるから」
「うん、そうだね」

 大きく膨らんだ腹。それをゆっくり撫で、なのはが頬を赤くして笑みを浮かべた。
 まるで、今の幸せが全て詰まっているように大きく。現実に、全てを宿した新しい家族の眠る場所。

「その子が生まれたら、何しようかなぁ」

 最近の夫婦の話題。それはもっぱら自分達の子供のこと。 
 朝食を口にしながら想いを馳せ、その光景を互いに想像する。

「何でもいいよ。なのはとその子が笑顔なら」
「うん! 最初はね――――」

 なのはが箸を休め、窓の向こうに広がる空を見た。
 やっと、笑顔で空を見れるようになった。
 やっと、空が好きなのだと思い出せた。
 この子が生まれたら、一緒に空を飛ぶのもいい。先天的な飛行能力は不安だけれど、自分もユーノにも備わ
っているもの。この子が持たない筈がない。
 でも、最初は決まっている。誰が何を言おうと、ユーノが何を望もうとこれだけは譲れない。

「――――パパがどれくらい素敵か教えてあげなくちゃ」
「……げほっ、げほっ! い、いきなり変な事言わないでよっ!」
「変じゃないもん。本当の、事だよ……?」

 その真剣な表情に、微かに顔が熱くなるのを感じた。
 ユーノの動揺を気にせず、なのははのろけたようにユーノがいかに素敵かを熱弁し、最後の最後勿体つけた
ようにその一言を加えて微笑む。

「私を笑顔にしてくれるから」

 その言い切った口調に、恥ずかしさも忘れユーノが笑顔を零した。
 そう。
 その為だけに今まで走り続けていた。
 自分の全てをかけて守り抜こう。
 どんなに傷ついても、なのはの子供だけは守り抜こう。
 そう、心の中で硬く誓った。



「いってきます」
「うん、おしごと頑張ってね、あなた」
「い、いってきます……!」

 ――――誓ったはずなのに。
 何故、もっと笑顔にさせてあげなかったのか。
 何故、もっと一緒にいてあげなかったのか。
 何故、もっと彼女の作った料理を褒めてあげなかったのか。
 何故、恥ずかしがってにキスのひとつも返してやらずに、彼女に背を向けてしまったのか。

 もう、そんな事二度と出来なかったのに――――。


魔法少女リリカルなのはStrikerS
―Nameless―
(15)


「……行って、らっしゃい」

 もう聞こえていないにも関わらず、なのはがユーノの背中を見つめたまま呟いた。
 いけない。そう頭で分かっていても堪えきれず、激しく自分を叱咤して耐えようとしても無駄に終わる。

「ごめんね、こんなママで」

 そう呟いて玄関の壁に背中を預け、なのははユーノがいなくなった寂しさに震えていた。
 もう、大丈夫なはずなのに。
 それでもまだ、心の中でユーノにいてほしいと叫んでいる。ユーノを離したくないと、暗い声で言っている
ような気がしてならない。
 ずるずる、と壁に背を預けたまま床に腰を落ち着かせる。目を瞑り、自分の腹を撫で耳を澄ませる。
 そうすれば聞こえてくるのは、とくんとくんという小さな音。自分の心臓の音に合わせそれは小さく、聞こ
えない筈なのに、まるで自分の為に懸命になってくれているよう。

「パパは、ママの事もあなたの事も守ってくれてるのに……ママは誰も守ってあげられないのかなぁ……」

 こんな事聞かせる訳にはいかない。そう、理解していながら言葉は零れていく。
 守りたい。守れるくらいに強くなりたい。
 みんなを守れなくてもいい。けれど、この子だけは守れるくらいに強くなりたい。そうできれば、みんな笑
顔になってくれる気がしたから。
 そんな母の辛さを感じ取ったのか。とくん、と先ほどよりも確かな鼓動がなのはの耳に届く。
 それでようやく思い出す。自分は一人なんかじゃない。ユーノがいなくても、頑張れるということを。

「ありがとう……ママ、もっと頑張るから。誰にも心配かけないように」

 その為に、ユーノに無限書庫の話を持ちかけた。定期的にくるフェイト達からの連絡で、今ユーノがいなく
て本局が大変なことは知っている。自分はいなくても大して問題ない。けれど、無限書庫を動かせるのはユー
ノだけ。
 自分ひとりの為に、ユーノを独占など出来るはずがなかった。
 よし、と拳を握り気を引き締めなのはが重たい体を立ち上がらせる。
 今日、ユーノがいない間の気力は腹の子から代わりに貰っている。もう、寂しいなどと弱音は吐いていられ
ない。
 立ち上がり、リビングへ戻って視線を巡らせる。
 最初にしなければいけないのは朝食を片付けること。その後は皿洗い。問題は次。洗濯物は片付けるか、掃
除をするか。それとも、ユーノに再三言われているように余り動かず、自分の体を労わるか。
 ちゃんと、今自分に出来ることは一生懸命になりたい。だけれど、ユーノや他の皆に言われたとおり、もう
自分ひとりではない体。動くたびに、重い腹を抱えるのはあまりいいとは思えない。
 悩んだ末、とりあえず朝食の皿だけでも片付けようとソファから立ち上がり、不意のインターフォンにスリ
ッパの音を鳴らした。



「はーい、どちらさまですかー?」
「あたしだ。アルフだよ。エイミィがさ、なのはの所に行っても大丈夫だっていうから、来てやったぞ」
「ありがとうございます。アルフ先生」
「うむ。あっ、なのははあまり動かなくていいからな。全部あたしにまかせとけって」

 父と母。エイミィにリンディ。親として、学ばなければいけない事は沢山ある。アルフにもそう。自他共に
認める子育てのプロフェッショナル。そのアルフからは、子育ての厳しさを教えてもらっている。主に、愚痴
という形で。
 アルフが専用の台に立ち、小さな体で、しかし慣れた手つきで皿洗いを始めていた。その間なのはは何をす
るでもなく、何かをしなくちゃいけないと思いながらアルフにきつく言われ、今はスバルたちがくれた育児書
に読破中だ。
 窓を開け、頬を撫でる風に目を細めながらなのはがちらり、とアルフの背中を見る。楽しそうに尻尾を振
り、小さな体で忙しく動くアルフを自分に重ね目を瞑った。
 自分は、アルフのようにできるだろうか。そんな、もう不安とはいえない些細な心配を胸にして。

「――――だからな? あんまり子供は溺愛しないほうがいいんだよ。いつ反逆されるか分からないし、あた
しなんか何回尻尾を引っ張られたことか」
「にゃはは、私には尻尾ないもん。でも、大丈夫だよ。ちゃーんと、厳しくするから」

 でも、この子はきっとそんな事しない。そう、心の中で親馬鹿になりつつ、アルフの確かに引っ張りやすそ
うな尻尾を目で追った。
 洗濯機の稼動音。それに、立ち上がり窓を大きく開けてカーテンを固定する。だが、それすらアルフが目を
吊り上げてなのはを叱り、またしょんぼりと肩を竦めてソファに身を預ける。

「いいかい? なのはが今一番しなくちゃいけないのはその子の事を考えることなんだぞ? ほかの事なん
か、あたしやエイミィがいつだって手伝ってやるからさ。頼むから心配させないでくれよ」
「うん……それは、分かってるんだけど。一人だけ何もしないなんて……」

 今まで自分がしていたことを考える。今はもう絶対にやりたくないと言えるけど、きっとユーノとこの子の
ためなら平気で出来ること。
 それを考え、俯いて、視界に腹に触れるアルフの小さな手が飛び込んだ。

「あいつも言ってあげればいいのになぁ。なのはあのね? なのはは何もしてないなんて事全然ないんだぞ?
 この子を、お腹の中で育ててるんだ。生まれてからじゃない。今も育ててるんだぞ? お母さんが言ったん
だけどな」

 少し、心が沈んでしまった気がした。
 アルフの言葉、それは感心させられるほど大切な事のような気がして。
 自分は、そんな大切なときにユーノがいない寂しさを漏らしてしまって。

「……ママ、出来るのかな……」

 ヴィヴィオの事を脳裏に浮かべた。今はフェイトが代わりに見守っている娘。そして、腹の中の子の姉。
考えて、寒気と共に体を震えさせて。
 怖くなってしまった。
 自分は、やっぱり親になる資格はないのではないかと思ってしまった。
 いくらヴィヴィオが笑顔でも、やってしまったことは消しようがない事。

「大丈夫だよ。なのははこんなにその子の事愛してやってるんだからな。ちゃんと出来るよ」

 アルフが笑顔のまま、なのはの腹に耳を寄せた。なのはがくすぐったそうに動く中、目を閉じてその暖かさ
に触れる。
 不思議と、何か自分まで繋がっているような錯覚を覚えてしまって。
 それが何だかは分からないけれど、きっとなのはの子供だからだな、と納得した。

「こうやって感じてな、フェイトに伝えてるんだ。今、フェイトもあたしみたいに耳を澄ませてるんだぞ」
「うん……」
「フェイトも不安なんだ。自分は本当になのはの子供に会っていいのかって」
「そんなことっ、約束したんだよっ?」



 約束は絶対に忘れない。この子が生まれたら、フェイトのところにいく。そう、なのはが眉をあげて声をあ
げた。
 それがあまりにも真剣な声で、アルフがくすくす、と声を出し。なのはがそれにまた怒り始めて。
 不安など、いつの間にか消えてしまっていた。

「フェイトちゃんも、感じてるんだ」

 アルフの肩を抱きしめ、フェイトのぬくもりを思い出した。
 みんなが助けてくれている。みんなが、自分の為に笑顔でいてくれている。

「うん、もう大丈夫」
「よし。じゃあ、洗濯の続きだな。なのはは座ってていいからな」
「うん。ありがとうアルフさん」

 頷き、再び動き出したアルフの尻尾を目で追って。

「あ、れ……」

 腹部の微かな痛みに眉を潜めた。

「あ、アルフさん! ちょっと来て!」
「どうしたなのは? そんな声出して……」
「あ、あのねっ、今……っ!」

 今度は、先ほどよりも確かな痛み。
 なのはの微かに歪んだ顔。腹部を抑える、震えた手。

「じ、陣痛だねっ? 待ってなよっ今連絡するから……!」

 頷くことは出来なかった。波の様に襲う痛みがそれを許さない。
 痛みに汗をかき、顔を歪めて腹を擦る。

「やっと会えるね。やっと、名前を呼んであげられるね」

 固く誓った約束。
 ユーノと一緒に抱きしめて。
 まっすぐ顔を見つめて。
 二人で決めた名前を呼ぶ。
 その日がやっと訪れた――――。


* * *


 アルフの連絡で店を飛び出し、ただ娘の出産の待ちわびた。
 分娩室の扉を見つめ、きっとなのはは頑張っているのだと拳を握って。
 ユーノは仕事中で来てくれない。それは、なのはが本調子で無いと同意の事。その事に不安を感じながら、
それでも何時間も無言で時を過ごし、時折なのはの叫びが聞こえた気がして涙が出そうになって。
 だが、ようやく。
 ようやく、長くて苦しい時間に終わりが訪れた。
 なのはが生んだ、なのはと彼が愛した子の泣き声に、すべてが報われたような気がした。

「なのは、良く頑張ったな」

 疲労の残る表情でベッドに身を預けたなのはが、その声に微かに微笑んだ。
 見渡せは、そこにいるのは父と母。一番いて欲しかったユーノがいない。それに眉を下げ、辛そうに笑っ
て。
 だが、看護士が抱いた子を見たとき、そんな辛さなど一瞬で消えてしまったような気がした。



「元気な女の子ですよ。抱いてみますか?」
「は、はい……」

 そっと差し出された赤子に、なのはが恐る恐る手を伸ばす。まだすわっていない首に怯えながらも、その頬
に触れ、暖かさに触れ、涙が零れた。
 暖かくて、生きているんだと実感させられて。
 この子が、彼との間に授かった子なのだという事実が堪らなく嬉しくて。
 知らず笑みを浮かべ、なのはが腕の中に確かになったぬくもりを抱いた。

「なのはどうだ? なのはもこうだったんだぞ」
「うん……なんか……」

 自分もこうだったのか、そう感慨に耽り何も言葉が返せない。
 なのはが震えたままその薄い髪を撫で、目を細める。
 自分と同じ栗色の髪。ユーノが大好きだといってくれた髪。それをこの子が受け継いでくれたことが、ただ
ただ嬉しかった。

「始めまして……ママ、だよ?」

 最初にこの子に何を言おう。そんな毎晩考えていたことは、何の意味も成さないことだった。
 考えなくても、言葉が溢れるほど浮かんでくる。浮かんだ言葉は、自分でも驚くほどに優しく聞こえ、微笑
が段々と満面の笑みに変わっていく。
 ただ、少し不安だった。ちゃんと、伝えられているか。ちゃんと、この子は自分なんかの言葉を受け止めて
くれるのか。

「なのは慌てなくても大丈夫よ。ゆっくりでいいから」

 それを桃子たちも感じたのだろう。若干、笑みに不安を混ぜながら孫を抱く娘を見つめた。なのはが生まれ
たときに想いを馳せて。

「生まれてきてくれて、ありがとう……パパは今お仕事中だけど、すぐ来てくれるから」

 母の不安そうな声に、小さく赤子が身じろぎをした。
 それがまるで、自分を安心させてくれているように感じられ、嬉しさと一緒に微かに申し訳なさを感じてし
まった。
 いつも励まされてきた。ユーノがいない不安をこの子が追い払っていてくれた。だからこれからは、もっと
強く。前よりも強くなってこの子を守りたいと強く願う。
 栗色の薄い髪。その微かに揺れているそれに、なのはがそっと手を伸ばす。くすぐったそうに動く子に慌て
て手を離し、もう一度。

「髪の毛はママと一緒だね。あのね、パパが大好きって言ってくれた髪なんだ。きっと喜ぶよ? んー、おめ
めはどっちかなぁ? ママかな? パパみたいに綺麗な緑色かな?」

 出来れば、ユーノのような緑色の瞳がいい。
 あの綺麗な瞳に、自分の姿を映す。それは、自分が笑顔になれること。この子にもそうでありたい。そう、
首を傾げたままなのはは閉じられている瞼をじっと見つめていた。
 ――――そして。



「あ、ママに見せてくれるのかな?」

 抗えないほど唐突に。

「……え?」

 終わりは訪れた。

「あ、あれっ、おかしいな」

 目を擦った。何も変わらない。

「ち、ちがっ、違うよっ……」
「なのは? どうしたんだ?」

 目を擦った。やっぱり同じ。

「い、いやぁ……」

 目を擦った。
 目を擦った。
 目を擦った。
 見間違いだと目を擦り続けた。
 でも変わらない。目の前の生き物は変わらず笑い、自分を見つめていた。
 泣きながら、狂ったように目を擦り続けていたなのはの腕を士郎が制す。なのはの子を抱き上げ、その瞳を
見て絶句して。
 それでも父親として。一人の親として。
 なのはに言わなければと、なのはを見つめそれをやめた。

「んぐっ……!?」

 口を手で覆い、吐き気をこらえているなのはの背中をゆっくり擦る。
 桃子は部屋を飛び出し何処かへ消えていた。看護士を呼びにいったのか、いやユーノに連絡をしにいったの
だろう。自分達の無力さを、当たり前のように痛感した。

「なのは大丈夫だ。すぐユーノ君が来てくれるからな」
「ゆ、うの……くん……?」

 その名前を聞いて、堪えていた全てが決壊した。
 溜まっていた胃液を吐き出し、口の周りを汚したなのはが士郎に抱かれた生き物を見た。
 これがずっといたのか。
 これを腹に宿したまま、自分はユーノに笑っていたのか。
 こんなものを宿した自分に、ユーノは笑顔を向けてくれていたのか。
 ――――これを見て、ユーノはどう思うのか。

「いや……」

 これを生んだ自分を、どんな目で見るのか。

「い、や……いやっ、いやっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!!」

 ――――こころがこわれていくおとがした。
 えがおも。
 つづくはずだった、しあわせなまいにちも。
 まもらなくちゃいけないやくそくも。
 ぜんぶいっしょに。
 その。
 かのじょにそっくりなあかいひとみがこわしてけした。



「なのはっ? おいなのは!? なのはっ、ユーノ君が来てくれるんだぞ!?」

 士郎が悲痛な呼び声で叫ぶ中、なのはは何も反応を返さない。たとえどれ程癒えよとも、傷ついた心は容
易く壊れる。呼び声に返す部分も、もう壊れてしまっていた。
 そして最後に彼女は。
 最愛の人を裏切って。
 愛した全てに壊された。
 そしてそれは、何もかも皆同じ。

「なのはっ、ユーノ君来てくれたわよっ!? 美由紀も――――」
「桃子。もう、いい……」

 ここまで、必死に唇を噛んで堪えていたのだろう。
 ボロボロの、泣き出す前の桃子に士郎が言った。
 もう、我慢する必要なんかない。
 もう、我慢しても何も変わらないという事を。

「そん、な……」

 力を失い、泣き崩れた桃子の横を通り過ぎ、立ち尽くすユーノの目の前に士郎が歩んだ。

「俺達じゃ、何も出来なかった……」

 無力さと、つい先ほどまで思い出していた娘との日々。そのすべてが無意味に思えてしまった。
 残ったのは、なのはが生んだ子供だけ。

「抱いて、くれないか? なのはが愛した子だ。望まれない……でも、なのはが頑張った結果なんだ」
「これ、が……?」

 認めない。そんなもの、認められるわけがない。
 あんなに苦しんで、それでもあんなに頑張って。
 もう少しだった。もう少しで、何もかも報われるはずだったのに。

「なのはは、なのはは……こんなことの為に……」

 もう、最初から決まっていたことだった。
 なのはが想いを伝えようとしたあの日、既にこの結末は約束されていた。

「出来ません……僕は、そんなに……強くない……」

 なのはが笑顔になってくれるから頑張れた。
 視線の先、焦点の合わない空虚な瞳で虚空に漂わせ、なのはは自分を見てくれない。
 それで悟ってしまった。
 幸せで溢れていた一年に満たない日々。
 それは。
 消えることが約束された、儚い夢でしかなかたった事に。
 

 ――――ユーノ君、約束破ってごめんなさい。

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目次:―Nameless―
著者:246

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