最終更新: nano69_264 2009年02月04日(水) 18:57:34履歴
593 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:09:23 ID:fPfkjkfC
594 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:10:46 ID:fPfkjkfC
595 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:12:03 ID:fPfkjkfC
596 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:13:05 ID:fPfkjkfC
597 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:14:35 ID:fPfkjkfC
598 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:15:29 ID:fPfkjkfC
599 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:16:07 ID:fPfkjkfC
ある中将と教導官の日々10
レジアスは憂鬱だった。
会議の最中だというのに、やはり彼女の顔が、なのはの顔が頭から離れずに鬱々とした気分に沈み込んでいる。
目の前に提示された資料も、他の重役の会話もどこか上の空で、思慮は宙ぶらりんのまま。
そんな時だった、彼の反応を呼び起こす名前が耳に響いたのは。
「地上本部に高速で飛来する物体だと!? 本当か!?」
「識別コードは!? もしやテロかっ!?」
「いえ、この反応は管理局局員です、というか……これは、高町なのは一等空尉っ!?」
高町なのは、その単語が出た瞬間、レジアスは目を丸くして硬直した。
そして彼らの言葉を脳裏で反芻する。
こちらに向かっている。 誰が? なのはが……
「な、なんだってえええええっっ!?」
レジアスの驚愕の叫びが、会議室の中にキーンと響き渡った。
□
空、どこまでも青く澄んだ大空。
白い雲は燦然と照る太陽の光を受けて、空の蒼穹をより一層引きたて白く輝く。
正に快晴、見ているだけで心も晴れ渡るような素晴らしい空模様。
そして、その空を駆ける一筋の閃光があった。
桃色の魔力光で一直線の軌跡を残し、低温・希薄な高高度の大気を切り裂いて飛行するソレは人型。
よく見れば、白いバリアジャケットに身を包み美しい栗色の髪を二つに結んだ少女だと分かる。
少女は美しい空にも眼下の街並にも見る事無く、ただ進行方向上に存在する巨大ビルディングに全神経を傾けていた。
“時空管理局地上本部”、狂おしいばかりの恋に踊る少女が想いを馳せる人の待つ場所である。
『高町一等空尉。高町一等空尉、聞こえますか?』
そんな時だった、少女、高町なのはの脳裏に念話通信が響いたのは。
なのはは眉間に僅かなシワを刻み、普段なら決して見せないように顔を歪める。
冷静に考えれば、今の自分は飛行許可もなにもない。
無許可での飛行、例えそれが全周囲サーチ魔法を駆使し危険度を極力避けたものだとしても厳重注意の対象には違いない。
レジアスの事ばかり考えてまったく失念していた。
「はい、こちら高町なのは」
『こちら地上本部管制。貴官の飛行許可申請は確認されていません。すみやかに飛行を中止してください』
事務的な対応で相手は念話通信でなのはに指示を送る。
従うべきだ。
長年時空管理局に仕え法と正義の名の元に戦ってきたなのはには、どう考えても命令を肯定し受け入れる以外の選択肢はない。
そう、ない筈だった。
だが彼女は返答に肯定とまったくの正反対、命令の拒絶を選んだ。
「断固拒否しますっっ!!!」
裂帛の、聞いただけで思わず背筋が痺れそうな怒声がなのはの声、そして思念から響き渡る。
彼女との念話交信をしていた女性陸士隊員は、そのあまりの気迫に思わず席を転げ落ちそうになった程だ。
女性陸士隊員は気を取り直し、再度交信を試みる事にした。
そうだ、もしかしたら自分の勘違いかもしれない。
あの有名なエースオブエースが、あの高町なのはが、こんなトンチキな事を言う筈がない。
そうだこれきっと幻聴かなにかだ、と自身に言い聞かせ女性陸士はもう一度マイクを握った。
『あ、あの……高町空尉? 今なんと? 少し聞き難かったので、もう一度お願いします』
イエスと言え、心中でそう呟く。
だがしかし、嗚呼しかし、世界はいつもこんな筈じゃない事ばっかりだ。
「何度も言わせないで欲しいのっ!! 答えは“絶対にNO”なのっっ!!!」
地上本部航空管制官を務める女性陸士、セーラ・フェアレディは今度こそ、その場で盛大に椅子ごとずっこけた。
いつもは理知的かつクールな女性として凛としている彼女だが、流石にこれは効いた。
思わず現実が受け入れられず、ずっこけた不恰好な姿で床に突っ伏してしまう。
だがいつまでもそうしてはいられない。
かけたメガネの位置を直しつつ、セーラは立ち上がりもう一度椅子に腰を下ろす。
『あ、あの……なにを言っているんですか? このままだと首都航空隊に出動を要請しなければならないのですが……』
「恋する乙女は止まらないのっ! 神仏悪魔、たとえ目の前になにが立とうともっっ!!!」
もうダメだ、意思疎通不能。
セーラは密かに自慢にしているショートカットの金髪を掻き乱すように頭を抱える。
まさかあの有名なエース級魔道師が電波だったなんて。
ショックを受ける心に鞭を打ち、セーラは待機中の首都航空隊の出動要請をコンソールで打電した。
□
『こちら地上本部管制。予測ではあと約2分で目標がそちらに到達します。相手は管理局のエース級魔道師です、まずは説得を試みて武力衝突は可能な限り避けてください』
「了解、なるべく交戦は避ける」
ミッドチルダ首都クラナガン。
そこにそびえ立つ法の塔、管理局地上本部の上空で男、首都航空隊第一中隊隊長マイケル・サザーランドは念話通信で管制官の女性に返答を返した。
手にしたデバイスを握り締め、振り返って自身の後方に並んだ部下達に視線を向ける。
ずらりと並んだ彼らの顔には常の精悍さや凛々しさはない。
あるのは困惑というか、疑念というか。
未だに、高町なのはが警戒対象であるという事実が飲み込めないのだろう。
それはマイケル自身も例外ではない。
今でも何か悪い冗談の類ではないかとさえ思っている。
だが自身の常識や思慮は任務とは切り離して考えるべきだと冷静な意識は告げていた。
「おいお前ら。確かにこいつは冗談みたいな話かもしれんが、もっとしゃんとしろ。そんなんじゃミッドの平和は守れんぞ」
「は、はい。すいません隊長」
「分かったら術式構築の準備でも」
しとけ、と続けようとしたが、それは叶わなかった。
彼が言葉を発した瞬間、デバイスの索敵圏内に反応、同時に緊急アラートが伝えられ背後に視線を向ける。
そこには光があった。
眩い閃光、一瞬目がくらみそっと細められる。
太陽か? いや、太陽ならば頭上の天に照っている、では今視線の先にあるアレは一体なんなのだ?
疑問符が脳裏に幾つも浮かび、それを解決すべき推理も同時並行で浮かぶ。
正解に辿り着くのにそう時間はかからなかった。
光源の正体は桃色の魔力光だったのだから。
『総員対ショック体勢っっ!!!』
事態を理解した瞬間、マイケルは命令伝達の速度を優先して口ではなく念話で指示を送った。
自身も瞬時に防御障壁を展開し、飛行魔法行使に用いる魔力供給量を増やして姿勢維持を強める。
そして、次なる刹那にそれは来た。
瞬く間、反応する事すら出来ぬ超高速で彼らの横合いを桃色の閃光が軌跡を描いて通過する。
その姿を視認する事すら出来ず、次いで訪れた衝撃、高速で巻き起こる旋風の凄まじい威力を浴びた。
猛る空気の奔流はさながら嵐の暴風、障壁を展開していたというのに、彼らの身体を大いに揺らした。
歯を食いしばって衝撃に耐え、マイケルは自分達の速報を電光石火の速度で過ぎ去った光に視線を向ける。
そして呆然としながら呟いた。
「なんだ……ありゃ?」
『サザーランド隊長! 今対象、高町一等空尉が通過しました!』
すかさず入る地上本部管制官、澄んだ女性の声が念話通信で脳裏に響く。
その言葉に、マイケルは思わず声に驚愕を混じらせた。
「ちょ……本当か? 当初の予測接触時間より相当速いぞ?」
『高町空尉のデバイスはカートリッジシステムを組み込んでいます、恐らくはカートリッジを消費してその分を飛行速度に回したんでしょう』
「それにしたって、ありゃ半端ないぞ」
カートリッジを消費して魔力を供給したとしてもあの速度はかなりのモノだった。
だが感嘆してばかりもいられない。
自分達の任務は首都の空を守る事であり、今しがた超高速で飛行していた乙女は止めるべき脅威なのだ。
マイケルは即座にデバイスを構え、部下に命令を下す。
「B分隊とC分隊は結界構築。A分隊は俺と一緒に対象の拘束に向かうぞっ!」
彼の怒声が空に響き渡った刹那、次の瞬間には全員が冷静に忠実に迅速に指令を実行する。
十人の魔道師、二個小隊の局員が総員を上げて限定範囲内で結界を構築した。
展開された強固な魔力壁がなのはの進路を閉ざし、彼女は反射的に身体に急制動をかけて中空で停止。
そして麗しい美貌を苦々しく歪ませ、自身に追いすがって来た局員達に鋭い視線を向けた。
「……邪魔をしないで」
「高町一等空尉! 飛行許可なしでの飛行魔法の行使は違法です、速やかに解除を……」
「邪魔をしないでっっ!!」
彼の言葉を裂帛の声で遮ると共に、なのはは手にした魔法杖を振りかざす。
そして桃色の魔力光で構成された魔法陣が現れ、無数の渦となって目の前に局員達に襲い掛かる。
熟練の腕前が見せるその速度は正に神速、抵抗する間もなく武装局員の四肢に喰らい付く。
それは魔力で作られた鎖、チェーンバインドの名を持つ拘束魔法。
一瞬にして自由を奪われ、空中でさながらマリオネットの如く吊り下げられた。
「ぐおっ! た、高町空尉!? 一体ナニを」
「邪魔なの、少しそこで頭冷やしてると良いの」
「いやいや! まずあなたが頭冷やしてください!」
なのはは視線を彼から離すと、手にしたデバイスを今度は進行方向を遮る魔力の壁に向ける。
そして腰のスカート部分から予備のマガジンを取り出し、新たなカートリッジをリロード。
自身の愛機に過剰な程の魔力を供給、同時に脳内で構築した術式を構築し魔法陣を形成する。
この状況で彼女がする事はただ一つ、砲撃による結界の破壊だろう。
それは無謀だった。
いくらSランクの魔力と戦闘力を有するエースとて、リミッター下では限界がある。
それが分からぬ高町なのはではないが、今の彼女に後退の二文字はない。
「た、高町一等空尉、無茶ですよ。我々の部隊が構成した結界を今のあなたが……」
「うるさいのっ! ここで引いたら恋する乙女の名が廃るのっっ!!」
「へ? 恋する、ってナニを……」
彼の疑問符が言い切られる事はなかった。
それより早く、莫大な魔力を消費して作り出された魔力の閃光が巨大なうねりとなって吐き出される。
魔力の奔流はさながら流星の如く、空に一筋の光の架け橋を生み出す。
乙女の恋路を邪魔する壁が消滅するのに、そう時間はかからなかった。
「レジアスさ〜ん! 待っててなの〜っ!!!」
少女は一直線に、一片の迷いもなく一瞬の躊躇無く、残る全ての力を振り絞って加速した。
法の塔に、地上本部に、あの人のいる場所まで一直線に、乙女は空を駆けた。
今の彼女を止められるものなど、恐らくこの世にありはしないだろう。
□
空気の抜けるような音を立てて、会議室の自動ドアが左右に開かれた。
自然、部屋の中にいた人間の視線がそこに集中する。
そして彼らは目を見開いて驚愕した。
理由は一つ、その場に立っていた一人の少女の姿を認識して、だ。
クシャクシャに乱れたサイドポニーに結われた栗色の髪、あちこちからプスプスと煙を上げているバリアジャケットは本来の白を失い煤け。
一体どれだけの障害を乗り越えてここまで辿り着いたのか、息は荒くなっており、小さくはないその胸を上下させている。
彼女が誰か知らない者などここには一人もいない。
有名な教導官にして管理局有数の高位魔道師、高町なのは。誰しも一度くらいは聞いた事があるだろう。
だからこそ一同は驚いているのだ。
そのなのはがバリアジャケットを纏い、デバイスを手にして管理局地上本部の高官の集まった部屋に許可なく押し入る。
解釈次第では、いやむしろ疑う余地がないほどに犯罪染みている行為だ。
思わず、その場の人間は皆息を飲んだ。
レジアスとなのは以外は。
「た、高町空尉……」
つう、と汗をたらしながらレジアスの口から彼女の名が零れる。
気不味い後味の別れから初めての再開がこんな状況で、彼の脳裏には様々な感情が溢れ返り混乱を招く。
彼女とどう話せば良いか分からない、どう接すれば良いか分からない、自分が彼女の事をどう思っているか分からない。
それはレジアス・ゲイズという男の人生の中でも、恐らく十指に入るような混乱だった。
彼のそんな心情を知ってか知らずか、そっとなのはの顔が上げられる。
彼女の行動に、思わず会議室の一同は身構えた。
「た、高町一等空尉……これはいったいなんのつもりかね?」
「ここがどこか分かっているのか!?」
「下手をすれば重罪だぞっ!?」
怯えを含んだ声を荒げて高官、レジアスの副官だろう男達がなのはに警戒を告げる。
だがなのははそれをまるで意に返さず、見向きもしない。
彼女が見つめるのはレジアスただ一人。
彼の姿を、顔を、瞳を、ただそれだけを澄んだ美しい眼で捉える。
唐突になのはのバリアジャケットとレイジングハートが解除された。
瞬く間に少女は茶色の制服姿へと変わり、魔法の力を行使しえぬ一人の乙女になる。
この突然の行動にいよいよ理解も想像もできなくなり、会議室の者は一様に首を傾げた。
数秒間を沈黙、静寂の時が支配する。
そしてふと、少女がそれを破った。
「突然お邪魔してすいません、でも……どうしてもあなたに伝えたい事があったんです……」
熱を帯びた潤んだ瞳と共に、静かなそして良く透き通った美しい声で言葉が紡がれる。
言葉も瞳も心も、全てはレジアスただ一人に向けられていた。
この事実を認識し、彼の鼓動は高鳴り背筋に寒気にも似た感触が走る。
そして視線が重なった。
様々な感情を溶かし込んだなのはの眼差し、濃密とも呼べる視線がレジアスのそれと中空で絡み合う。
二人は周囲に他の人間がいる事を本気で忘れてしまいそうになるほどに、互いの瞳にそして存在に魅入られた。
レジアスは確信する、“やはり自分はこの少女に惹かれている”と。
なのはは思う、“やっぱり自分はこの人が大好き”だと。
互いに秘めたる感情は同じく、相手を愛している。
「中将、いえその……レジアスさん……あの……私……その……私……」
上手く言葉が出てこなかった。
言いたい事はたくさんあったはずなのに、伝えたいことは単純だったはずなのに、身体が震えて言う事を聞かない。
小刻みに震えの伝達した手をギュッと握り締める。
さあ、勇気を振る絞ろう、心を強く持とう。
後退なんて許されない、全力全開、自分の気持ちを伝えると心に決めたのだから。
震えていた唇を一度キュッと咬むと、一度大きく息を吸って声を吐き出した。
「私、あなたの事が好きですっ! 大好きなんですっ!! 愛してますっっ!! だ、だからその……け、け、けけけ」
顔を真っ赤に染め上げて、全身を小刻みに震わせて、身も心もその存在の一切合財を震わせて、なのはは言葉を上手く繋げられず言い淀む。
緊張のあまり舌を咬みそうになる。
もう一度脳内で言葉を反芻して、大きく深呼吸して、落ち着いて、でも胸の中に満ちた気持ちをこれでもかと募らせて。
思いのたけを吐き出した。
「結婚してくださいっっ!!!」
それは少女に出せる限りの大声。
キーンと、部屋の中で反射して木霊し耳に響く。
そして静寂。
しばしの後に彼女の発した言葉の意味が脳に伝達され、意味を理解するのにそう時間はかからなかった。
不思議とレジアスに混乱は起きなかった。
それは混乱というより、呆然と言えば良いのか。
少女のどこまでも真っ直ぐで、純粋な好意をぶつけられ、レジアスの意識から半ば常の思慮が消し飛んでいた。
そして、冷静な理性の消えた心、無心なままの状態で彼は素直に答えた。
「あ、ああ……良いとも」
これが、恐らくミッドチルダ史上で最もとんでもない婚約発表の顛末である。
続く。
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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー
594 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:10:46 ID:fPfkjkfC
595 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:12:03 ID:fPfkjkfC
596 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:13:05 ID:fPfkjkfC
597 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:14:35 ID:fPfkjkfC
598 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:15:29 ID:fPfkjkfC
599 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/01/25(日) 14:16:07 ID:fPfkjkfC
ある中将と教導官の日々10
レジアスは憂鬱だった。
会議の最中だというのに、やはり彼女の顔が、なのはの顔が頭から離れずに鬱々とした気分に沈み込んでいる。
目の前に提示された資料も、他の重役の会話もどこか上の空で、思慮は宙ぶらりんのまま。
そんな時だった、彼の反応を呼び起こす名前が耳に響いたのは。
「地上本部に高速で飛来する物体だと!? 本当か!?」
「識別コードは!? もしやテロかっ!?」
「いえ、この反応は管理局局員です、というか……これは、高町なのは一等空尉っ!?」
高町なのは、その単語が出た瞬間、レジアスは目を丸くして硬直した。
そして彼らの言葉を脳裏で反芻する。
こちらに向かっている。 誰が? なのはが……
「な、なんだってえええええっっ!?」
レジアスの驚愕の叫びが、会議室の中にキーンと響き渡った。
□
空、どこまでも青く澄んだ大空。
白い雲は燦然と照る太陽の光を受けて、空の蒼穹をより一層引きたて白く輝く。
正に快晴、見ているだけで心も晴れ渡るような素晴らしい空模様。
そして、その空を駆ける一筋の閃光があった。
桃色の魔力光で一直線の軌跡を残し、低温・希薄な高高度の大気を切り裂いて飛行するソレは人型。
よく見れば、白いバリアジャケットに身を包み美しい栗色の髪を二つに結んだ少女だと分かる。
少女は美しい空にも眼下の街並にも見る事無く、ただ進行方向上に存在する巨大ビルディングに全神経を傾けていた。
“時空管理局地上本部”、狂おしいばかりの恋に踊る少女が想いを馳せる人の待つ場所である。
『高町一等空尉。高町一等空尉、聞こえますか?』
そんな時だった、少女、高町なのはの脳裏に念話通信が響いたのは。
なのはは眉間に僅かなシワを刻み、普段なら決して見せないように顔を歪める。
冷静に考えれば、今の自分は飛行許可もなにもない。
無許可での飛行、例えそれが全周囲サーチ魔法を駆使し危険度を極力避けたものだとしても厳重注意の対象には違いない。
レジアスの事ばかり考えてまったく失念していた。
「はい、こちら高町なのは」
『こちら地上本部管制。貴官の飛行許可申請は確認されていません。すみやかに飛行を中止してください』
事務的な対応で相手は念話通信でなのはに指示を送る。
従うべきだ。
長年時空管理局に仕え法と正義の名の元に戦ってきたなのはには、どう考えても命令を肯定し受け入れる以外の選択肢はない。
そう、ない筈だった。
だが彼女は返答に肯定とまったくの正反対、命令の拒絶を選んだ。
「断固拒否しますっっ!!!」
裂帛の、聞いただけで思わず背筋が痺れそうな怒声がなのはの声、そして思念から響き渡る。
彼女との念話交信をしていた女性陸士隊員は、そのあまりの気迫に思わず席を転げ落ちそうになった程だ。
女性陸士隊員は気を取り直し、再度交信を試みる事にした。
そうだ、もしかしたら自分の勘違いかもしれない。
あの有名なエースオブエースが、あの高町なのはが、こんなトンチキな事を言う筈がない。
そうだこれきっと幻聴かなにかだ、と自身に言い聞かせ女性陸士はもう一度マイクを握った。
『あ、あの……高町空尉? 今なんと? 少し聞き難かったので、もう一度お願いします』
イエスと言え、心中でそう呟く。
だがしかし、嗚呼しかし、世界はいつもこんな筈じゃない事ばっかりだ。
「何度も言わせないで欲しいのっ!! 答えは“絶対にNO”なのっっ!!!」
地上本部航空管制官を務める女性陸士、セーラ・フェアレディは今度こそ、その場で盛大に椅子ごとずっこけた。
いつもは理知的かつクールな女性として凛としている彼女だが、流石にこれは効いた。
思わず現実が受け入れられず、ずっこけた不恰好な姿で床に突っ伏してしまう。
だがいつまでもそうしてはいられない。
かけたメガネの位置を直しつつ、セーラは立ち上がりもう一度椅子に腰を下ろす。
『あ、あの……なにを言っているんですか? このままだと首都航空隊に出動を要請しなければならないのですが……』
「恋する乙女は止まらないのっ! 神仏悪魔、たとえ目の前になにが立とうともっっ!!!」
もうダメだ、意思疎通不能。
セーラは密かに自慢にしているショートカットの金髪を掻き乱すように頭を抱える。
まさかあの有名なエース級魔道師が電波だったなんて。
ショックを受ける心に鞭を打ち、セーラは待機中の首都航空隊の出動要請をコンソールで打電した。
□
『こちら地上本部管制。予測ではあと約2分で目標がそちらに到達します。相手は管理局のエース級魔道師です、まずは説得を試みて武力衝突は可能な限り避けてください』
「了解、なるべく交戦は避ける」
ミッドチルダ首都クラナガン。
そこにそびえ立つ法の塔、管理局地上本部の上空で男、首都航空隊第一中隊隊長マイケル・サザーランドは念話通信で管制官の女性に返答を返した。
手にしたデバイスを握り締め、振り返って自身の後方に並んだ部下達に視線を向ける。
ずらりと並んだ彼らの顔には常の精悍さや凛々しさはない。
あるのは困惑というか、疑念というか。
未だに、高町なのはが警戒対象であるという事実が飲み込めないのだろう。
それはマイケル自身も例外ではない。
今でも何か悪い冗談の類ではないかとさえ思っている。
だが自身の常識や思慮は任務とは切り離して考えるべきだと冷静な意識は告げていた。
「おいお前ら。確かにこいつは冗談みたいな話かもしれんが、もっとしゃんとしろ。そんなんじゃミッドの平和は守れんぞ」
「は、はい。すいません隊長」
「分かったら術式構築の準備でも」
しとけ、と続けようとしたが、それは叶わなかった。
彼が言葉を発した瞬間、デバイスの索敵圏内に反応、同時に緊急アラートが伝えられ背後に視線を向ける。
そこには光があった。
眩い閃光、一瞬目がくらみそっと細められる。
太陽か? いや、太陽ならば頭上の天に照っている、では今視線の先にあるアレは一体なんなのだ?
疑問符が脳裏に幾つも浮かび、それを解決すべき推理も同時並行で浮かぶ。
正解に辿り着くのにそう時間はかからなかった。
光源の正体は桃色の魔力光だったのだから。
『総員対ショック体勢っっ!!!』
事態を理解した瞬間、マイケルは命令伝達の速度を優先して口ではなく念話で指示を送った。
自身も瞬時に防御障壁を展開し、飛行魔法行使に用いる魔力供給量を増やして姿勢維持を強める。
そして、次なる刹那にそれは来た。
瞬く間、反応する事すら出来ぬ超高速で彼らの横合いを桃色の閃光が軌跡を描いて通過する。
その姿を視認する事すら出来ず、次いで訪れた衝撃、高速で巻き起こる旋風の凄まじい威力を浴びた。
猛る空気の奔流はさながら嵐の暴風、障壁を展開していたというのに、彼らの身体を大いに揺らした。
歯を食いしばって衝撃に耐え、マイケルは自分達の速報を電光石火の速度で過ぎ去った光に視線を向ける。
そして呆然としながら呟いた。
「なんだ……ありゃ?」
『サザーランド隊長! 今対象、高町一等空尉が通過しました!』
すかさず入る地上本部管制官、澄んだ女性の声が念話通信で脳裏に響く。
その言葉に、マイケルは思わず声に驚愕を混じらせた。
「ちょ……本当か? 当初の予測接触時間より相当速いぞ?」
『高町空尉のデバイスはカートリッジシステムを組み込んでいます、恐らくはカートリッジを消費してその分を飛行速度に回したんでしょう』
「それにしたって、ありゃ半端ないぞ」
カートリッジを消費して魔力を供給したとしてもあの速度はかなりのモノだった。
だが感嘆してばかりもいられない。
自分達の任務は首都の空を守る事であり、今しがた超高速で飛行していた乙女は止めるべき脅威なのだ。
マイケルは即座にデバイスを構え、部下に命令を下す。
「B分隊とC分隊は結界構築。A分隊は俺と一緒に対象の拘束に向かうぞっ!」
彼の怒声が空に響き渡った刹那、次の瞬間には全員が冷静に忠実に迅速に指令を実行する。
十人の魔道師、二個小隊の局員が総員を上げて限定範囲内で結界を構築した。
展開された強固な魔力壁がなのはの進路を閉ざし、彼女は反射的に身体に急制動をかけて中空で停止。
そして麗しい美貌を苦々しく歪ませ、自身に追いすがって来た局員達に鋭い視線を向けた。
「……邪魔をしないで」
「高町一等空尉! 飛行許可なしでの飛行魔法の行使は違法です、速やかに解除を……」
「邪魔をしないでっっ!!」
彼の言葉を裂帛の声で遮ると共に、なのはは手にした魔法杖を振りかざす。
そして桃色の魔力光で構成された魔法陣が現れ、無数の渦となって目の前に局員達に襲い掛かる。
熟練の腕前が見せるその速度は正に神速、抵抗する間もなく武装局員の四肢に喰らい付く。
それは魔力で作られた鎖、チェーンバインドの名を持つ拘束魔法。
一瞬にして自由を奪われ、空中でさながらマリオネットの如く吊り下げられた。
「ぐおっ! た、高町空尉!? 一体ナニを」
「邪魔なの、少しそこで頭冷やしてると良いの」
「いやいや! まずあなたが頭冷やしてください!」
なのはは視線を彼から離すと、手にしたデバイスを今度は進行方向を遮る魔力の壁に向ける。
そして腰のスカート部分から予備のマガジンを取り出し、新たなカートリッジをリロード。
自身の愛機に過剰な程の魔力を供給、同時に脳内で構築した術式を構築し魔法陣を形成する。
この状況で彼女がする事はただ一つ、砲撃による結界の破壊だろう。
それは無謀だった。
いくらSランクの魔力と戦闘力を有するエースとて、リミッター下では限界がある。
それが分からぬ高町なのはではないが、今の彼女に後退の二文字はない。
「た、高町一等空尉、無茶ですよ。我々の部隊が構成した結界を今のあなたが……」
「うるさいのっ! ここで引いたら恋する乙女の名が廃るのっっ!!」
「へ? 恋する、ってナニを……」
彼の疑問符が言い切られる事はなかった。
それより早く、莫大な魔力を消費して作り出された魔力の閃光が巨大なうねりとなって吐き出される。
魔力の奔流はさながら流星の如く、空に一筋の光の架け橋を生み出す。
乙女の恋路を邪魔する壁が消滅するのに、そう時間はかからなかった。
「レジアスさ〜ん! 待っててなの〜っ!!!」
少女は一直線に、一片の迷いもなく一瞬の躊躇無く、残る全ての力を振り絞って加速した。
法の塔に、地上本部に、あの人のいる場所まで一直線に、乙女は空を駆けた。
今の彼女を止められるものなど、恐らくこの世にありはしないだろう。
□
空気の抜けるような音を立てて、会議室の自動ドアが左右に開かれた。
自然、部屋の中にいた人間の視線がそこに集中する。
そして彼らは目を見開いて驚愕した。
理由は一つ、その場に立っていた一人の少女の姿を認識して、だ。
クシャクシャに乱れたサイドポニーに結われた栗色の髪、あちこちからプスプスと煙を上げているバリアジャケットは本来の白を失い煤け。
一体どれだけの障害を乗り越えてここまで辿り着いたのか、息は荒くなっており、小さくはないその胸を上下させている。
彼女が誰か知らない者などここには一人もいない。
有名な教導官にして管理局有数の高位魔道師、高町なのは。誰しも一度くらいは聞いた事があるだろう。
だからこそ一同は驚いているのだ。
そのなのはがバリアジャケットを纏い、デバイスを手にして管理局地上本部の高官の集まった部屋に許可なく押し入る。
解釈次第では、いやむしろ疑う余地がないほどに犯罪染みている行為だ。
思わず、その場の人間は皆息を飲んだ。
レジアスとなのは以外は。
「た、高町空尉……」
つう、と汗をたらしながらレジアスの口から彼女の名が零れる。
気不味い後味の別れから初めての再開がこんな状況で、彼の脳裏には様々な感情が溢れ返り混乱を招く。
彼女とどう話せば良いか分からない、どう接すれば良いか分からない、自分が彼女の事をどう思っているか分からない。
それはレジアス・ゲイズという男の人生の中でも、恐らく十指に入るような混乱だった。
彼のそんな心情を知ってか知らずか、そっとなのはの顔が上げられる。
彼女の行動に、思わず会議室の一同は身構えた。
「た、高町一等空尉……これはいったいなんのつもりかね?」
「ここがどこか分かっているのか!?」
「下手をすれば重罪だぞっ!?」
怯えを含んだ声を荒げて高官、レジアスの副官だろう男達がなのはに警戒を告げる。
だがなのははそれをまるで意に返さず、見向きもしない。
彼女が見つめるのはレジアスただ一人。
彼の姿を、顔を、瞳を、ただそれだけを澄んだ美しい眼で捉える。
唐突になのはのバリアジャケットとレイジングハートが解除された。
瞬く間に少女は茶色の制服姿へと変わり、魔法の力を行使しえぬ一人の乙女になる。
この突然の行動にいよいよ理解も想像もできなくなり、会議室の者は一様に首を傾げた。
数秒間を沈黙、静寂の時が支配する。
そしてふと、少女がそれを破った。
「突然お邪魔してすいません、でも……どうしてもあなたに伝えたい事があったんです……」
熱を帯びた潤んだ瞳と共に、静かなそして良く透き通った美しい声で言葉が紡がれる。
言葉も瞳も心も、全てはレジアスただ一人に向けられていた。
この事実を認識し、彼の鼓動は高鳴り背筋に寒気にも似た感触が走る。
そして視線が重なった。
様々な感情を溶かし込んだなのはの眼差し、濃密とも呼べる視線がレジアスのそれと中空で絡み合う。
二人は周囲に他の人間がいる事を本気で忘れてしまいそうになるほどに、互いの瞳にそして存在に魅入られた。
レジアスは確信する、“やはり自分はこの少女に惹かれている”と。
なのはは思う、“やっぱり自分はこの人が大好き”だと。
互いに秘めたる感情は同じく、相手を愛している。
「中将、いえその……レジアスさん……あの……私……その……私……」
上手く言葉が出てこなかった。
言いたい事はたくさんあったはずなのに、伝えたいことは単純だったはずなのに、身体が震えて言う事を聞かない。
小刻みに震えの伝達した手をギュッと握り締める。
さあ、勇気を振る絞ろう、心を強く持とう。
後退なんて許されない、全力全開、自分の気持ちを伝えると心に決めたのだから。
震えていた唇を一度キュッと咬むと、一度大きく息を吸って声を吐き出した。
「私、あなたの事が好きですっ! 大好きなんですっ!! 愛してますっっ!! だ、だからその……け、け、けけけ」
顔を真っ赤に染め上げて、全身を小刻みに震わせて、身も心もその存在の一切合財を震わせて、なのはは言葉を上手く繋げられず言い淀む。
緊張のあまり舌を咬みそうになる。
もう一度脳内で言葉を反芻して、大きく深呼吸して、落ち着いて、でも胸の中に満ちた気持ちをこれでもかと募らせて。
思いのたけを吐き出した。
「結婚してくださいっっ!!!」
それは少女に出せる限りの大声。
キーンと、部屋の中で反射して木霊し耳に響く。
そして静寂。
しばしの後に彼女の発した言葉の意味が脳に伝達され、意味を理解するのにそう時間はかからなかった。
不思議とレジアスに混乱は起きなかった。
それは混乱というより、呆然と言えば良いのか。
少女のどこまでも真っ直ぐで、純粋な好意をぶつけられ、レジアスの意識から半ば常の思慮が消し飛んでいた。
そして、冷静な理性の消えた心、無心なままの状態で彼は素直に答えた。
「あ、ああ……良いとも」
これが、恐らくミッドチルダ史上で最もとんでもない婚約発表の顛末である。
続く。
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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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このページへのコメント
セーラとサザーランド隊は良いとばっちりだなオイw
なのは全力全開ですね。結婚式はどこでするのでしょう? 続きが気になります!
吹いたwww
まあある意味なのはらしいが・・・。
私も続きに期待します。
なのはが王子様に見える!?レジアスが姫? 続き待ってます!頑張ってください!
うん、一足飛びすぎる気もするがさすが全力全開娘。
続きまってます。