637 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/03/19(木) 22:29:05 ID:20hkHK62
638 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/03/19(木) 22:30:22 ID:20hkHK62
639 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/03/19(木) 22:31:39 ID:20hkHK62
640 名前:ある中将と教導官の日々[sage] 投稿日:2009/03/19(木) 22:32:20 ID:20hkHK62

ある中将と教導官の日々11


 自分の想いが受け入れられるなんて微塵も思っていなかった。
 ただ胸の内で燻っていた気持ちを、産まれて初めて抱いた恋心を、この愛しいという心を、全力で伝えたい。
 そう思った。
 そしてなりふり構わずに、半ば半狂乱とも呼べるような勢いで思い切り感情をぶちまけた。
 もうどうとでもなれ、なんてどこかで思いながら。
 だから信じられなかった、彼の口から了承の言葉を聞けた事が。


『ああ、良いとも』


 いささかしわがれたような渋い残響、確かに彼の、レジアス・ゲイズの言葉でそう言われた。
 内容を即座に理解する事ができず、思考に一瞬の空白が生まれる。
 そしてじっくり数秒かけて言葉を反芻し、言葉の意味を飲み込む。
 次の瞬間、視界が真っ暗になったかと思えばそこで意識が途絶した。
 嬉しすぎて自分が気絶したと知ったのは医務室で目覚めた時だった。





 時空管理局地上本部、ミッドチルダ首都クラナガンにそびえ立つ壮大な法の塔。
 その広大な内部には様々な施設が存在する。
 武装局員用の訓練室、様々な出身世界の食文化に対応した大きな食堂、多くの議題を消化する為に存在する大小様々な会議室。
 そして緊急手術まで対応可能な医務室。
 その医務室の中、個々がカーテンで仕切られた幾つも並ぶベッドの上に一人の少女の姿がある。
 艶やかな栗色の髪を左で一つに纏めたサイドポニーテールの髪型に、女らしい起伏に満ちた瑞々しい肉体を青と白の教導隊制服に包んだ美しい少女。
 機動六課スターズ分隊隊長、高町なのは。
 先ほど上階の会議室でド派手な告白劇をぶちかまし、その返答に了承を受けて気絶したなのはは今ここで寝かされているのだ。
 少しばかり制服が暑苦しいのだろうか、少女は悩ましげに身をよじり眉根を歪ませる。
 何度か寝返りを打っている内、なのはは闇に溶けていた意識を覚醒させた。


「んぅぅ……あれ? ここは……」


 少女は言葉と共に半身を起こし、眼を擦る。
 先ほどまでの興奮やら精神的衝撃が強くて意識と記憶がまだ半ば混乱している、上手く現状を理解できない。
 曖昧な思考しかできない脳髄を必死に動かそうとしていると、ふと横合いから声がかけられた。


「気がついたかね?」


 しわがれた渋い声、意識が断絶する前に聞いた声、自分が一番好きな声。
 視線を向ければその主、レジアスがこちらを心配そうな眼差しで見つめていた。
 彼の視線がこちらをまっすぐに捉える。
 瞬間、ようやく思考が状況を把握した。
 途端に恥じらいの気持ちで胸が一杯になって、頬が鮮やかな朱色に染まった。


「あ、あの……さっきは、その……すいません」


 赤くなった顔を隠すように俯くと共に、なのはは蚊の鳴くような小さな声で謝罪の言葉を口にする。
 先ほど会議室で思いのたけをぶちまけたとは思えぬほどしおらしい態度、普段は見せない彼女の“女の子”の部分だった。
 ベッドの上でシーツをキュッと握り締め、小さく縮こまった姿はとても愛らしくてひどくこちらの庇護欲をそそる。
 少女の姿に思わず胸を高鳴らせつつ、レジアスは小さくコホンと咳をして息を整えた。
 どうにも彼女をまともに見ていたら見惚れて上手く話ができない。


「ああ……まあ、別に気にしないでくれ。首都航空隊や会議に出席していた者も、誰も今回の事を問題にはしないそうだ」

「そ、そうですか……」


 言葉が終わり、沈黙が場に降りる。
 どちらからも何も言い出せず、歯痒いような静寂。
 気不味い、これはなんとも気不味い。二人は共にそう思った。
 というか、冷静に考えれば考えるほど何と切り出せば良いか分からない。
 求婚をして、それを承諾されたのだから、今の二人は言わば……


(婚約者(フィアンセ)……なの、かな?)


 状況を把握しようと事態の理解を進めるなのはの脳内に、ふとそんな単語が湧いて出てきた。
 冷静になりかけた思考が再び茹るような熱を帯び始める。
 ちらりと視線を上げてレジアスを見れば、彼も少しばかり顔を赤くしていた。
 もしかして同じ事を考えてるのかな、なんて事を思う。
 いや、それはむしろ願望なのかもしれない。
 彼と自分の想いが同じであって欲しい、というささやかな願い。
 その想いが既に叶っていると知らず、少女はただ恥じらい頬を染める。
 そんな中、最初に口を開いたのはなのはだった。


「レジアスさん……さっきの言葉、ほ、本当ですよね?」


 恐る恐る、少女はそう尋ねた。
 確かに彼の口から求婚に対する了承を得たが、まだいまいち信じられない。
 心のどこかで、これが実は夢か幻ではないのか、なんて馬鹿げた考えがどこかにある。
 だから確かめたかった、もう一度彼の口から言葉を聞いて。
 なのはの言葉を受けて、レジアスは恥ずかしそうに俯く。
 そして、また息を整えるように小さく咳をして視線をなのはに戻した。まっすぐに向いた眼差しが少女を捉える。


「ああ、本当だ」


 きっぱりと、少しも言い淀む事無く言い切った。
 既にそこには羞恥も躊躇も無い。
 強い意思を秘めた瞳の中には、ただレジアス・ゲイズという男の愚直なまでの覚悟があった。
 途端、なのはの心臓の鼓動は天井知らずに跳ね上がる。
 こちらを見つめる眼光に、少女はじわりと胸が熱くなるのを感じた。
 駄目だ、心の中にある“好き”という気持ちが抑えきれなくなりそうだった。
 頬に熱を感じる、きっと鏡を見れば真っ赤に染まっているだろう。
 恥ずかしかった、でも目を反らせなかった。
 自分の言葉にまっすぐに答えてくれた彼から、視線を外すなんて出来るわけが無い。
 顔にさらなる熱が宿るのを感じながら、羞恥が胸の中で大きくなるのを感じながら、少女は言葉を紡いだ。


「あ、ありがとう……ござい、ます」


 あまりに嬉しすぎて、言葉が上手く言い切れずに途切れ途切れになる。
 火照った頬をなにか冷たいものが伝うのを感じた、そっと指で触れてそれが涙だと気付く。
 ああそうか、人は悲しさだけじゃなく嬉しくても涙を流すんだ、そう実感した。
 いい年をして人前で、それも大好きな人の前で泣くなんてみっともないと思って、なのはは濡れた目元を拭う。
 でも、何度拭っても後から後から涙の雫が溢れ出してきて止まってくれない。
 少女はいつの間にかしゃっくりを上げて泣きべそをかいていた。


「えぐっ……ひっく……」


 小さく背を丸めて鳴き声を押し殺そうとするその姿は、決して普段の彼女が見せないものだ。
 親しい者達にも簡単に見せない、強靭な理性と自制心の殻に隠した弱い部分。
 それが今、産まれて初めて好きになった人の前に曝け出された。
 なのはがそんな風に泣き出すと、彼女の背中がそっと撫でられた。
 レジアスだ。
 彼の大きくゴツゴツとした手が、丸まった少女の小さな背中を優しく撫でる。
 涙を擦り真っ赤になった目をなのはが上げれば、レジアスは何も言わず慈しむような柔らかい視線を返す。
 彼は何も言わず、ただ優しく見つめて、優しく撫でてくれた。
 少女は心の芯から温かく溶け出すような錯覚を感じた。
 こんな風に支えてくれて、優しく心を解きほぐされるのは初めてで、嬉しすぎて涙が止まらない。
 しばしの間彼に優しく背中や髪を撫でられる中、なのははゆっくりと口を開いた。


「わ、わたしぃ……こわかったんです……レジアスさんが、わたしのこと……もしかしたら、すきじゃないかも、って……」


 途切れさせながら言葉を吐き、それを隠すように乱暴に涙を拭うから綺麗な顔がクシャクシャなってしまった。
 せっかくの美貌が台無しになってしまっているが、どこか幼げで愛らしく見える。
 レジアスはただ、そうか、とだけ呟いて頷く。
 あまりみだりに相手の言葉を遮らない、聞きに徹してくれる優しさだ。
 その優しさに甘えるように、なのははシーツに涙の雫を落しながらしゃっくり交じりの言葉を続ける。


「だからぁ……えぐっ……よかった……うれしかった、です……わたしのこと、うけいれてくれて……」


 泣き続けてグシャグシャになった顔を上げて、なのはは精一杯笑った。
 いつもの凛として、それでいて柔らかな笑みではない。
 それはまるで不器用な子供がするような泣き笑いだった。
 レジアスは思う、きっとこれがこの子の本当の姿なんだろう、と。
 高い戦闘力を持つ魔道師でもない、エースの名高き管理局の教導官でもない、部下から信頼を向けられる機動六課スターズ分隊の隊長でもない。
 高町なのはというただの女の子の姿だった。
 彼女のそんな姿に、自分の中の愛しさがより強くなるのをレジアスは感じる。
 闘う力など彼女に及ばぬのに、おかしな話だが“守ってあげたい、支えてやりたい”と思った。
 だから、背中に回した手に力を込めて泣き続ける少女を自分の胸に抱き寄せた。


「ふえ……あ、あの……レジアスさん?」


 広くそして厚い彼の胸板に抱かれ、なのはは戸惑いの声を上げる。
 だがそこに混じるのは羞恥だけでなく、明らかに喜悦と恍惚もあった。
 頬が燃えるように熱い、心臓が破裂しそうなくらいに高鳴る、胸の中に甘いものが込みあがる。
 好きな人の腕の中に抱かれるという産まれて初めて味わう体験は、ただどこまでも“至福”の二文字しかなかった。
 そして、レジアスは自分の胸に掻き抱いた少女に囁くように語りかけた。


「そう泣かないでくれ、これでは私が泣かせているみたいだ」

「す、すいません……」


 一言謝罪を述べれば、二人の間にまた沈黙が訪れる。
 医務室の中で響くのは、互いの息遣いと触れ合った肉体越しに感じる心臓の鼓動のみ。
 こうして身体を寄せ合っていると、まるで相手と自分の鼓動が一つの音色のように奏でられているような錯覚を感じる。
 いつの間にか少女の顔から涙は消え、代わりに恥じらいを帯びた微笑が浮かんでいた。
 ただ好きな人と時間を共にする、それだけで心は満たされるのだから。
 しばしの間、二人はただ吐息と鼓動の織り成す楽曲に耳を傾けた。
 数分かそれとももっと多くの時間が過ぎた頃だろうか、先に沈黙を破ったのはまたなのはだった。


「えっと……でも、これから大変ですね……色々と……」

「ああ。まあ、確かにそうだな」


 多くの人間の前でとんでもない発言をぶちかましてしまったのだ、そして人の口に戸は立てられない。
 それに話題が話題だ、もう幾らか噂が漏れていてもおかしくはないだろう。
 そう考えると、流石にいきなり“結婚”とは話を飛躍させすぎたかとも思うが、もう遅い。
 こうなったら最後まで突っ走るしかないだろうと覚悟を決める。
 だがふと、一つの疑問が少女の胸に過ぎった。


「あ、そういえば……」

「ん?」

「あの……秘書官の、オーリスさんって確か娘さんですよね? 姿が見えないんですけど……」

「ああ、オーリスなら今は私とは別件の仕事で」


 レジアスがそう言った瞬間、言葉はそこで中断された。
 医務室の入り口で凄まじい破砕音、自動ドアが吹き飛ばされたのだ。
 空中で何度も回転した金属製のドアが床の上に落ち、豪快な音を立てて転がる。
 よく見ればなにやら人間の足でつけられたような凹みがあった。
 きっと誰かが蹴り飛ばしたのだろう。
 視線を入り口の方に向ければ、その主が立っていた。
 言うまでもなく、オーリス・ゲイズその人である。
 オーリスは部屋に入るなり、憤怒と困惑に染めた表情で叫んだ。


「お、おおお、おお父さん! 大丈夫ですか!? 高町なのはに会議室で押し倒されて無理矢理入籍させられたって聞いたんですが、って、なに抱き合ってるのお父さん!!!」


 最初から混乱していたオーリスだったが、ベッドの上で抱き合う二人を見てその混乱はさらに加速。
 普段の怜悧な姿はどこへやら、眼鏡の秘書官は見ていて愉快なくらい大慌てになった。
 レジアスとなのはは一度顔を見合わせると、なんとも形容し難い困り顔になる。
 さてはて、この娘に現状をなんと伝えれば良いものか。
 まあ、あまり深く考えても仕方ないか、と互いに言葉もなく視線だけで語る。


「ああ、オーリス、実は私達な……」

「……結婚する事にしました」


 二人でそう、繋げるように言葉を紡いだ。
 空気に響いた残響が鼓膜に響き、脳髄に情報が伝わり、それを理解する。
 情報として意味を理解した言葉を、オーリスは脳内で何度も反芻した。
 数秒間かけてそれはもうじっくりと。
 レジアスとなのはが結婚、その意味を完璧に理解した。
 そして次の瞬間、あまりに許容範囲を超えた事態に視界はブラックアウト。
 盛大に大の字を描いてぶっ倒れた。


続く。


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目次:ある中将と教導官の日々
著者:ザ・シガー

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