396 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/24(木) 23:13:01 ID:oNTzfdZw
397 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/24(木) 23:13:42 ID:oNTzfdZw
398 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/24(木) 23:14:22 ID:oNTzfdZw
399 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/24(木) 23:14:53 ID:oNTzfdZw

ギンガの恋路 (前編)



 さて、それは何年前の事だったか。
 少なくとも当時の彼女は、今の容姿からは想像できないくらいあどけなく、幼い少女だった。


「は、はじめまして。本日付けで入隊する事になりました、ギ、ギンガ・ナカジマ二等陸士です」


 声と共にぺこりと頭を下げ、ギンガはこれから自分の上司となる男に挨拶する。
 その頃の彼女の階級は今の陸曹ではなく二等陸士で、階級だけでなく顔も体もてんで子供だった。
 顔は14歳の少女の、年相応の童顔。
 身体も女性らしい凹凸なんて欠片もない、可愛らしいなだらかなラインを描いている。
 そんな少女に、上司であり先輩でもある男は笑顔で応えた。


「ああ、よろしくなギンガ君。俺はラッド・カルタス陸曹、今日から君の上司だ」


 鋭い眼差しを細め、カルタスは可愛らしい後輩に優しく笑った。
 それが二人の初めての出会い。
 ラッド・カルタスとギンガ・ナカジマの、初対面の思い出だった。





「ふう……」


 夕刻の茜の光が差し込む陸士108部隊のオフィスで、彼女の口から疲労を孕んだ息が漏れた。
 その日のデスクワークを終えた少女はオフィスチェアの上で、うん、と背を伸ばし、身をしならせる。
 背筋を伸ばした事で胸に実った二つの豊かな果実が強調され、その豊満なラインを見せ付けた。
 熟れたボディラインに、ふわりと揺れる蒼の長髪、そして麗しい美貌。
 108部隊に入隊してから3年を経て美しく成熟した、ギンガ・ナカジマという少女である。
 現在部隊が対応している捜査の事件資料を纏め、もはや後は家路に就くだけ。
 デスク上で人工光を放つディスプレイの電源を落とし、ギンガは周囲を見渡した。
 窓から差し込む光は既に陽光から月光に移りつつあり、同僚の姿はほとんど見当たらない。
 もう残っているのは自分だけだろうか。
 そう思った彼女の思慮は、だがすぐに裏切られた。


「あ……カルタスさん」


 名を呟いた先には、男がいた。
 ギンガの腰掛けた位置から数メートル先、他の席から少し距離を置いて鎮座する捜査主任の席に腰掛けた男。
 切れ長の瞳、ややこけた頬、僅かに白髪の混じった黒い髪をオールバックに整えた偉丈夫。
 陸士108部隊捜査主任と二等陸尉の肩書きを持つ男、ラッド・カルタスその人である。
 彼もまたギンガと同じく、捜査に関するデスクワークの残業をしていたのだろう。
 集中した面持ちで机上のディスプレイを見つめ、キーを叩いている。
 が、ギンガの呟きを聞いたのか、彼は視線を上げた。
 捜査官として何度も危地を潜り抜けた、奥に鋭さを内包した切れ長の瞳が少女を捉えた。
 一瞬胸の奥をざわめかせ、ギンガは背筋を伸ばす。
 それは緊張と、そしてそれ以上の甘酸っぱい感情からの反応だった。
 されど少女の胸の内など知らぬ男は、いつもの通りに冷静な言葉を紡ぐ。


「ギンガ、まだいたのか」
 
「あ、え……はい」


 カルタスの言葉に、ギンガはやや口ごもりつつ答える。
 差し込む夕の光の中でカルタスには分からなかったが、少女の顔はほんのりと朱色に上気していた。
 理由は、やはり彼の眼差しだろう。
 静かに、鋭く、人の心の奥底まで見透かしそうな辣腕捜査官の視線。
 何よりギンガにとっては、ことさら特別な視線だった。
 長時間のデスクワークで疲れた目を指でこすりながら、カルタスはオフィスチェアに身を預け、また言葉を連ねた。


「もう帰ると良い。随分遅くなったし、事件資料ももう随分纏まってるだろう?」

「え、ええ。そう、ですね」


 彼の問いに答えつつ、ギンガは手元でもじもじと指を遊ばせる。
 言葉を言い出そうとし、だが言い出せず。
 何度か口を意味もなく開き、少女はたどたどしく言の葉を紡いだ。


「あ、あの……良かったら一緒に帰りませんか? その……たまには一緒に夕食でも……」


 夕焼けの茜色に溶けそうなくらい頬を赤くし、告げたのは夕餉への誘いだった。
 込められたのは初々しく、そして甘い感情。
 淡い期待を孕んだ乙女の誘いを、だが男は冷たい響きで返した。


「すまん。悪いが俺はもう少し残って仕事を片付けるよ」


 鋭い容貌に眉尻を下げた苦笑を浮かべ、カルタスが告げたのは穏やかな拒絶。
 その言葉にギンガの表情が曇るが、しかし彼はすぐに視線をディスプレイに戻したので気付く事もない。
 豊かな胸の前で少女が手を固く握り、哀しげな色を瞳に溶かした事をカルタスは知らない。
 知る由もない。
 もはや目の前の画面しか見ぬ彼に、ギンガは何度か声を掛けようと口を開く。


「……」


 しかし、紡ごうとした声は出でる事無く。
 虚しく無音を刻み、乙女は今日もまた自分の想いを胸の内に仕舞いこみ、


「じゃあ……お先に失礼します」


 蚊の鳴くような声でそう告げてオフィスを後にした。
 




 茜色に燃え上がる夕焼けの光が沈み行き、紫色の残滓を残して夜へと移る空の下、ギンガは家路を歩いていた。
 その日の空が美しき情景を描こうと、頬を涼やかな風が撫ぜようと、乙女は物憂げな顔を俯かせている。
 理由はたった一つ。
 先ほどのカルタスとのやり取りである。
 彼女がああしてカルタスを誘ったのは、これが初めてではない。
 今まで何度も彼を誘っては二人の時間を作ろうと摸索してきた。
 結果は芳しくなく、成功した事はあまりない。
 その事を思い返し、少女は力ない溜息を吐いた。


「はぁ……やっぱり今日も駄目だったかぁ……カルタスさんったら、私の気持ちも知らないで……」


 と。
 ギンガは誰にでもなく、独り言を呟く。
 それは彼女が燻らせ続けている恋心のささやかな吐露。
 そう、ギンガ・ナカジマという少女は、ラッド・カルタスという男に恋をしていた。
 自分より一回り年上の、頼れる先輩であり上司でもある男に抱いていた尊敬の念が恋に変わったのは果たしていつ頃なのか。
 ギンガ自身にもそれは分からない。
 敢えて答えるならば、いつの間にか、だろうか。
 気付けば視線は彼を追い、胸の中には彼への想いが満ちていった。
 そして、少女が自分の中に芽生えた、甘く、淡く、切ない気持ちは恋だと気付いたのはつい最近。
 故にギンガはカルタスとの距離を縮めようと、今日のように彼を誘っていた。という按配である。
 しかし前述のように、彼女の誘いが成功した例は少ない。
 ラッド・カルタスという男は基本的に気さくで人当たりの悪い人間ではないが、どこか仕事をプライベートより優先する節がある。
 故に、先ほどのように仕事帰りの食事の誘いを断ることも少なくない。


「今度は休日に買い物でも誘ってみようかな……あ、でもいきなり二人でなんて……」


 顎先に指を当て、ギンガは歩みながら思慮を巡らせた。
 どうしたら彼と一緒の時間を作れるか、どうしたら彼に自分を意識させられるか、どうしたらこの想いを実らせられるか。
 今まで幾千幾万と繰り返してきて、そして今もまた幾千幾万とシミュレートする理想の仮想。
 されど成功した試しのない夢想。
 少し虚しいな、とは思う。
 だが、諦めよう、とは思えない。
 レールウェイの駅が近づき、ギンガは今度の休日にカルタスを誘う誘い文句を思案しながらバッグに手を入れた。
 サイフに入れたIDで駅の改札を通る為だ。
 が、しかしそこにはあるべき感触がなく、カバンに突っ込んだ彼女の指は虚しく空を掻いた。


「あ、あれ?」


 疑問符と共に何度もカバンの内を漁るが、目的の物は出てこない。
 カバンだけでなく服のポケットも探したが、結局サイフは見つからなかった。
 果たしてどこで無くしたのだろうか。
 少なくとも朝出勤する時は確かに持っていたし、使いもした。
 ギンガは記憶を遡り、そして思い出す。


「あ、そういえば……机の上に」


 オフィスで自分の机の上に置いたのを。
 
 



「あれ?」


 忘れ物を取りにオフィスに戻ったギンガが発したのは、疑問符の一声だった。
 理由は光。
 既に勤務時間を随分と過ぎた時分、誰もいない筈のオフィスは蛍光灯の白光が満ちていた。
 最後に残っていたのはカルタスだったが、彼が帰る際に消し忘れたのだろうか。
 自分のデスクの上にあったサイフをポケットに仕舞いながら、ギンガはそんな事を思う。
 が、その考えは次の瞬間、ギンガの視界に映ったものに否定された。
 オフィスの一角に鎮座するソファの上に、見覚えのある人間が寝そべっている。
 寝やすいように乱雑に制服のネクタイを緩め、上着をシーツ代わりに身体に掛けた男。
 ラッド・カルタスの姿だった。
 

「カルタスさん……」


 彼の名を呟き、ギンガはそっと近寄る。
 近くで見れば、カルタスは随分と酷い様だった。
 寝不足になる程仕事した為か目元には隈が浮かび、眉間には浅くシワまで刻まれている。
 服もずいぶんとよれよれで、もしかしたらこうやってオフィスで夜を過ごすのも初めてではないのかもしれない。
 彼の立てる寝息は静かだが、しかし深く連なる。
 仮眠のつもりがいつの間にか本気で寝入ったのだろうか、それとも最初からこうして夜を明かすつもりだったのか。
 それは分からないし、分かりようもない。
 ただ分かるのは、彼がこんな風に消耗している様を見て切なくなる自分の気持ちだけ。


「もう……こんな所で寝て、風邪でも引いたらどうするんですか?」


 その場で膝を突いてソファの上で眠る彼の顔を覗き込み、ギンガは問うた。
 もちろん答えを期待しての問いではなく、目の前の彼を見て自然と口から漏れた言葉だ。
 少女は手を伸ばし、眠るカルタスの髪をそっと撫でた。
 オールバックに整えられた髪には幾本か白いものが混じり、自分と出会ってからの月日を感じさせる。
 初めて会った頃は、確か全てが黒く染まっていた。
 いつしか全て白くなってしまうのだろうか、果たしてそれはいつか。
 そして、その時までに自分の想いは伝えられるだろうか。
 まったく無意味な妄想で、だがどうしても考えてしまう。
 彼の髪を無心に撫でながら、ギンガは堪らない切なさを感じた。


「まったく……人の気も知らないで……」


 自分が抱く恋心など知りもせず、仕事に明け暮れて疲れ果てた男へと乙女は呟く。
 そして、いつの間にかギンガは彼へと身を寄せていた。
 まるで寂しがり屋の子犬が主人に甘えるように、寒さの中で温もりを求めるように。
 窮屈そうに制服に包まれた膨らみを彼の胸板に重ね、吐息が掛かるほど顔を近づける。
 静かに脈打つ鼓動が、柔らかな乳肉を通してギンガに伝わり、しかし彼女の中では鼓動は逆に早まっていく。
 肌に伝わる彼の体温が、身体の芯まで響く彼の鼓動が、鼻腔に溶ける彼の匂いが。
 その全てがギンガの心を甘く蕩かせていく。
 もう、彼女はそれ以上自分の心を抑える事が出来なかった。
 カルタスの肩に手をやり、より一層と身を寄せていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 何度か理性が制動をかけるが、恋慕に脈打つ心がそれを砕き。
 そして、遂に身は重なる。
 

「んぅ……」


 少しかさついた男の唇に、艶やかに潤う乙女の唇が触れた。
 それは少女が初めて味わう口付けという名の愛撫。
 今までキスはおろか男性と付き合う経験もなかったギンガであるが、間近で感じた愛する男の鼓動と熱が普段の清楚さが嘘のように彼女を大胆にさせていた。
 夢や空想でしか交わさなかったファーストキスに、乙女は夢中で溺れた。
 唾液を貪る事も、情熱的に舌を絡ませる事もない、稚拙な愛撫ではある。
 されど、産まれて初めて味わう愛する男との口付けは甘美で、少女の心を甘く潤した。
 重ね、触れ合わせただけのキスは身じろぎする度に唇から淡い快感をもたらし、ギンガをどんどん蕩かせていく。
 最初は戸惑いを感じていた筈の心はいつの間にか、もっともっと、と彼を求めていた。
 求める心に身体は従順に応じ、身を重ねる。
 豊かで柔らかな乳房をより一層押し付け、唇を強く触れ合わせていく。
 抑圧され、秘され続けた感情の発露は容易に納まってはくれず。
 しばしの時、ギンガは我を忘れて、時を忘れて、口付けに没頭した。
 一体どれだけの時間を彼と繋がっていたのだろうか。
 唇を重ね続け、いつしか息苦しさを感じたギンガは、最初にした時と同じようにゆっくりと顔を離した。
 音もなく身を離し、少女は今まで瞑っていた瞳を静かに開く。
 そして、ギンガは見た。


「あッ……え?」


 しっかりと見開かれた、カルタスの切れ長の瞳がこちらを見据えるのを。



続く。


次へ
目次:ギンガの恋路
著者:ザ・シガー

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メンバーのみ編集できます