435 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 00:09:36 ID:ckqnh6MQ
436 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 00:10:19 ID:ckqnh6MQ
437 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 00:10:58 ID:ckqnh6MQ
438 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 00:11:41 ID:ckqnh6MQ
439 名前:ギンガの恋路 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 00:12:18 ID:ckqnh6MQ

ギンガの恋路 (中篇)


 時間を少し遡る。
 時はカルタスが眠りに落ちる一時間前、彼がキーボードを叩いた最後の瞬間。


「ふう……」
 

 事件資料を纏め上げたカルタスは、疲労をたっぷりと溶かした溜息を吐いた。
 長時間のデスクワークで指も肩も、ついでに座り続けたお陰で尻も痛い。
 肩と首を回せば、凝った筋肉に疲労感が染み渡る。
 体重を背もたれにかければ、オフィスチェアが乾いた金属音と共に軋んだ。
 ふと視線を向けた先、窓の向こうには夜天に二つの月が輝いている。
 つい先ほどまで夕だと思っていた空はとっくに夜闇に染まっていた。
 時間を忘れるほど仕事にのめり込んでいたのがよく分かる。
 それを自覚すると、どっと疲れが押し寄せてきた。
 一体自分は何をしているのだろうか、と。


「俺はバカだな……せっかくの、あの子からの誘いを断るなんて」


 それは仕事への不満ではない、先ほど自分がギンガに取った態度についての後悔。
 別に、今纏めていた事件資料はそれほど早急に仕上げねばならないものではなかった。
 定められた期日までそれなりに余裕はある。
 だが、カルタスは残業してまでその仕事を片付けた。
 彼が生真面目な気質、というのもあるが、実を言えば理由はもう一つある。
 それは、ギンガ・ナカジマという少女の存在に他ならない。
 彼女の告げた夕食への誘いをできるだけ自然に断る為の方便だった。
 ラッド・カルタスという男は、そうやってあの少女と距離を置こうと、常に心がけている。
 理由は取るに足らないもの。
 彼の胸の内で静かに、されど熱く燃える感情が為にだ。
 カルタスの中で滾るその感情は――名を恋という。
 愛しく恋しい、恋慕の感情だった。
 自分より一回り年下の、可愛い後輩であり部下でもある少女に抱いていた庇護欲が恋心へと変わったのは果たしていつ頃か。
 カルタス自身にもそれは分からない。
 あどけない少女が少しずつ成熟した美女へと成長していく様を傍で見守る内に、いつの間にか視線は彼女を追っていた。
 胸の内に宿る熱い想いは心を切なく焦がし、狂おしい恋しさを滾らせる。
 だがカルタスはその想いを成就させようとは思わなかった。
 いや、思えなかった。
 二十台も半ばの自分と、まだ十代のギンガ。
 彼女から見れば自分はオジさんと呼ばれてもおかしくない。
 それに何より、ギンガはゲンヤの娘なのだ。
 ゲンヤ・ナカジマとラッド・カルタスの上司と部下としての関係は、もう既に十年近くを経ている。
 入局してからというもの、局員としての心得から捜査の手管の一つ一つまで、全ては彼の教えによるものだ。
 恩人であり尊敬すべき上司。
 その彼の娘に手を出すというのは、どこか後ろめたいものを感じる。
 故にカルタスはギンガへの想いを胸に仕舞いこみ、ただ燻らせるに任せていた。
 いつか彼女にも恋人が出来るだろう。
 自分よりずっと彼女に相応しい男が。
 それまで耐えれば良いのだと自分には言い聞かせ、カルタスはギンガと積極的にプライベートで関わらぬよう努めていた。
 だが、今日の誘いの言葉はどうだったのだろうか。
 ギンガの告げた言葉には、どこか好意というか、甘い響きが混じっていたようにも思う。


「いや……都合良く考えすぎだな……」


 だがカルタスは首を横に振ってその思慮を掻き消す。
 彼女と両思いであるなど、都合の良すぎる考えだ。
 こんな時はさっさと眠って意識を闇に落してしまうに限る。
 彼はそう断じ、椅子から立ち上がった。


「さて。じゃあ、今日はもうここで泊っていくか」
 

 誰にでもなく呟いた独り言と共に、カルタスは上着を脱いでオフィスに置かれた横長のソファへと歩んだ。
 疲れた時や明け方まで仕事する時、しばしの休息を与えてくれる革張りのそれに、彼は身体を預けた。
 ネクタイを緩め、上着を身体の上に掛ければ後はもう目を瞑るだけ。
 自身の心を惑わす愛しく恋しい少女の事を想い、彼は静かに眠りの世界へと落ちた。





 仕事を終えたカルタスが、家路に就くのを諦めて朝までオフィスで過ごすのは珍しい事ではなかった。
 どうせ家に帰っても寝るだけで、またここに足を運ぶのだ。
 ならば一日や二日を過ごしたとて何の問題があろうか。
 我が家の安ベッドとオフィスのソファなど、大した違いはない。
 そうして今宵もまた、彼は一人職場で夜を明かす――筈だった。
 それを破ったのは触覚への刺激。
 唇と胸板に心地良く柔らかい感触があり、さらには鼻腔をくすぐる甘い香りが覚醒を促す。
 一体なんなのだろうか。
 夢うつつの思考回路を、彼は緩やかに目覚めへと移していく。
 ゆっくりと目を見開けば、そこには影があった。
 電灯の光を隠す、誰かの影。
 目を凝らせばそれは人で、自分に覆いかぶさっているという事が分かる。
 しかも、その相手は自分と口付けを交わしていた。
 あまりの事に一瞬思考は空白となって何も考えられなくなる。
 カルタスの思慮が真っ白に染まる中、彼の唇を味わっていた相手が唐突に離れた。
 天井に設けられた蛍光灯がもたらす逆光の眩しさに一瞬目を細めるが、しかし視覚はすぐに相手を認識する。
 目の前にいたのは、見知った少女の姿。
 甘く芳しい香りを放つ青い長髪。
 ブラウンの管理局制服に包まれた、男の理想を描いたような豊かなプロポーション。
 そして麗しいと形容して仔細ない美貌と、心を惹き込む程澄んだエメラルドグリーンの瞳。
 ギンガ・ナカジマという名の少女が、そこにはいた。


「あッ……え?」
 

 自分を見つめるカルタスの視線に気付き、ギンガは疑問符を零す。
 まるでカルタスが目を覚ました事が信じられないように、少女はただ唖然とする。
 しかしそれはカルタスだって同じだ。
 目を覚ましたら誰かに口付けされていて、それはなんとギンガだった。
 夢みたいな、いや、もしかしたら本当に夢なのかもしれない。
 ギンガに募らせた恋しさ故に、彼女の唇や肢体を夢想した事がない訳ではない。
 寝起きで未だ霞の掛かった思考の中、カルタスはこれが夢幻ではないかと思い始めた。
 だがそんな彼の思慮など知らず、ギンガは頬を赤く染めて恥じらう。


「あ、あの……ち、違うんです。これは……その……」


 慌てて紡いだ言葉は上手く繋げられず、途切れ途切れになってしまう。
 寝込みを襲うような形で彼と口付けを交わしてしまった事が恥ずかしくて、しかしそれをどう言い繕って良いか分からなくて。
 乙女はただ頬を染め、上手く回らぬろれつで言葉を零すばかり。
 その様に、カルタスは思う。


(なんだ、これは……夢か?)


 ギンガが自分に口付けを求めるなど、あまりに現実離れした事象。
 そして自分が思い描いていた望みとあれば、それは夢なのかもしれない。
 ならば確かめてみよう。
 と、彼は判断した。
 

「あ、え? あの……カルタスさん?」


 ギンガのうなじと肩に手を回し、彼女の身をこちらに引き寄せ、
 

「な、なにを……んぅッ!?」


 そして一気に抱き寄せ、キスをした。





 先ほどのあれが夢なのか現実なのか、確かめる一番確実な方法。
 もう一度実行して試してみる。
 カルタスの考えた結論がそれだった。
 なんとも馬鹿げた考えではあるが、寝起きの思考回路に論理性を求めたところで詮無き事だ。
 そして当たり前の事であるが、唐突に口付けをされて腕の中のギンガは慌てる。


「んぅ……んぅぅ!?」


 塞がれた唇から疑問符を零し、いきなりの事に身をよじる。
 だが彼は離しはしない。
 むしろより一層と力を込めて抱き寄せた。
 素晴らしく実った乳房の果実が、身の動きに応じて柔らかく形を変えてカルタスの胸板に至高の感触を。
 うなじに回した指には滑らかな髪が心地良い肌触りを。
 そして、重ねた唇からはどこか甘い味を伝えてくる。
 まるで魂にまで陶酔をもたらすような甘美。
 カルタスは現実と非現実の検証という目的を忘れ、ひたすらにその味に酔った。
 肩に回した手を腰に移し、そのくびれた無駄のないラインを愛で。
 髪にうなじに回した手を頭に移し、長く艶やかな髪を無心に撫で梳き。
 口付けで結ばれる唇には舌を挿し入れて、未だ驚愕の中で震えるギンガの口内を蹂躙。
 舌と舌を絡ませて歯茎から頬まで舌の届く範囲全てを愛撫し、唾液を貪り、そして流し込んでは無理矢理味わわせる。
 二人の唇の間からは舌を絡ませて唾液を交える水音が響き、空気を淫靡に染め上げていった。

 そうした時間がどれだけ過ぎただろうか。
 最初は身をよじって戸惑っていたギンガがその動きを止め、彼の愛撫の全てを従順に受け入れるようになった頃合、ようやくキスの時間は終わりを告げる。
 ギンガの柔らかな肢体に回されたカルタスの手が急に抱き寄せる力を失い、逆に彼女を押しのけるように離した。
 繋がっていた二人の唇は唾液が糸を引き、音もなく途切れる。
 初めて味わった深い口付けの余韻に瞳をとろんと蕩かせたギンガは、それをどこか名残惜しそうに見つめていた。
 対するカルタスは覚醒した意識の元で瞳を細め、静かに呟く。


「どうやら夢じゃない、みたいだな」


 覚醒した思考は、身に起きた事をようやく現実だと完全に認識した。
 胸板の上で形を変えた乳房の柔らかさ、鼻腔をくすぐる甘い髪の香り、そして何より口付けの甘い味。
 到底夢で味わえるものではない、正真正銘現実の感覚だった。


「さて。じゃあ……どうしたもんかな」


 彼は身を起こし、頭を掻きながら困ったように呟いた。
 今までの事が現実だとして、果たしてどうしたら良いものか。
 ギンガが寝ている自分に口付けし、そしてさらに自分がまた彼女の唇を奪った。
 これが意味する事とは、つまり……
 そう彼がそう考えた時だ。
 場に生まれた沈黙を破る音が生まれる。
 それは少女の紡ぐ声。
 今にも消え入りそうな小さな囁きが、瑞々しい唇から零れる。


「あ、あの……私は、その……」


 情熱的な口付けの余韻で上気した頬を、今度は羞恥心がほのかに朱へと染めていた。
 途切れ途切れの言葉を必死に濡れた唇から零し、潤んだ瞳で熱い眼差しをこちらに向けてくる。
 無垢で一途な乙女の姿は、どこまでも愛らしく美しい。
 その様に、カルタスは自然と鼓動が高鳴るのを感じた。
 そして、乙女は言の葉を連ねる。


「私は……私はカルタスさんの事が」


 もはやここまで来たら、彼女が自分に何を想い、何を告げようとしているかなど考えずとも分かる。
 それはまるで夢のような現実の話。
 ありえないと否定し続けた、恋しい想いの交錯だった。
 だが、それをカルタスは遮る。 
 言葉を紡ぎだそうとしたギンガの唇にそっと手を伸ばし、指を添えて制止した。


「……?」


 突然の事に少女は眼を見開いて、視線で疑問符を投げ掛けた。
 カルタスは何の意図があってこんな事をするのか、と。
 対する彼はギンガの言葉を遮ると、身を動かした。
 ソファの上から床に足を着け、その場で立ち上がる。
 同じくギンガにも立つように促し、二人は正面から向かい合う形になった。
 少女は上目遣いに、愛する男を見上げる。
 男はそんな少女に切れ長の瞳を細め、情の込められた視線で見下ろす。
 幾許の沈黙があり、そして破られた。


「ギンガ、それ以上は言うな」


 と。
 彼の告げた言葉の意味が一瞬理解できず、ギンガは硬直する。
 だが耳に響き、思考の奥底まで届いた残響は、確かにカルタスの言葉を認識した。
 それ以上言うな、と。
 彼は確かに自分にそう告げた。
 その言葉の意味するところとは、果たして何か。
 普通に考えれば、結論は一つしかない。


「やっぱり……駄目、ですか?」


 拒絶、なのだろうか。
 問う言葉と共に、ギンガの澄んだエメラルドグリーンの瞳を涙が濡らす。
 やはり駄目なのか。
 やはり自分では彼に選ばれないのだろうか。
 悲しみが乙女の胸の内を、冷たく貫く。
 だが、その言葉をも次の瞬間は否定という名のカウンターが穿つ。


「いや、違う。違うんだギンガ。そうじゃない……」


 少し戸惑った、いつもは決して吐く事のない語調でカルタスが否定した。
 彼は幾度か言葉を飲み込み、咀嚼し、熟慮。
 覚悟を決めたように一度頷くと、そっとギンガの肩に手を置いて彼女の瞳をまっすぐに見据える。
 そして、告げた。


「まずは俺に言わせて欲しい」


 彼女の肩に置いた手に、僅かに力を込め。
 彼女を見つめる瞳に、熱い想いを込め。
 彼女に告げる言葉に、万感の想いを込め。


「俺は……君を愛してる。ずっと前から好きだった」


 静かに、だが深く心に刻み込むように、彼は愛を告げた。





 それはくだらないポリシー。
 年下の少女から言われるのではない、年上の男である自分から告げねばならないという意地だった。
 乙女の愛の言葉を遮った代償に彼は自分からの告白を得て、そしてしっかりと言葉を大気に刻んだ。
 好きだ、と、その言葉を受けたギンガはしばし硬直する。
 意味を把握するのに要した時間はきっかり十秒。
 

「あ……え?」


 思わず疑問符を零し、少女は身を震わせた。
 彼の言った言葉が胸の奥まで染み入って、切なく、そして温かくさせていく。
 自分の抱いていた想いが一方通行でなく、彼もまた同じ想いを抱いていてくれたのだと。
 今まで燻らせてきた恋しさが成就したと。
 その事が、ただただ嬉しくて。
 乙女は瞳から涙を零し、しなやかなその身体を震わせた。
 何か言葉を告げようと唇を動かすが、しかし言葉は出てこない。
 驚きと喜びがギンガの心と身体を打ち抜き、自由を奪っているのだ。
 そんな少女を、カルタスはそっと抱き寄せた。
 彼の広い胸板はギンガをしっかりと抱き止め、もう逃さぬとばかりに捉え。
 そしてカルタスは、自身の胸に顔を埋める少女へと告げた。


「で、俺は君の事が好きなんだが。良かったら君がどう思ってるか教えてくれないか」


 どこか冗談めいた言葉で彼は問う。
 自分の想いを吐露し、何より相手の想いを察したからこその余裕だろう。
 カルタスのその言葉に、ギンガは彼の服をぎゅっと掴みながら、身を寄せながら答える。
 震える声で。
 今までの日々、胸の奥に、心の奥に仕舞いこんでいた言葉で。


「私も……私も好きです。ずっと……ずっと、好きでした」


 つぅ、と頬を伝った涙の雫がカルタスの服に染み込むのも構わず、ギンガは彼の胸板に顔を押し付ける。
 肌に感じる淡い冷たさも気にせず、カルタスは彼女の背に回した手に少しだけ力を込めて抱き寄せ、呟くように告げた。


「そうか。それは嬉しいな」


 万感の喜びと、だがどこか困ったような響きを孕んだ声。
 それは自嘲。
 秘し続けようと思った恋慕の心を容易く吐露してしまった己への嘲り。
 しかし、誰が彼を責められようか。
 愛し恋する少女が、自分が彼女に向けるのと同じかそれ以上の情熱を以って口付けし、愛の言葉を紡ごうとしたのだ。
 これを前に己を律し続けられる程、カルタスの心は硬くも冷たくもなかった。
 理性という名の楔はもはや意味を成さず、胸の奥より出でた熱き思慕の滾りによって潰える。
 だからこそ、今彼は恋しい少女を抱き寄せて、ただ無心に彼女の青く滑らかな髪を撫で梳いた。
 ただただ、時を忘れるように。





 そうしてどれだけの時が過ぎたのか。
 数分にも思えるし、数時間にも思える。
 それ程までに初めて互いの想いを交わした時は甘美で、余韻が心をいつまでも捉えていた。
 カルタスはまるで飼い主に甘える子犬のように自分の胸板に擦り寄るギンガを撫でながら、ふと視線を壁掛け時計に移す。
 確認してみれば経過した時間は、自分が寝入ってより約一時間ばかり。
 長いようで短い時の流れに、彼は、ふぅ、と一息をつく。
 

「ギンガ、ちょっと良いか?」


 告げる声と共に、自分の胸に抱いた少女を浅く突き放す。
 それにギンガは名残惜しそうに寂しげな、男の庇護欲をくすぐる眼差しで彼を見上げた。
 彼女のその瞳に思わず愛おしさがぐっとこみ上げてくるが、しかしカルタスは静かに言葉を連ねた。


「もう遅いから、そろそろ帰らないと不味いだろ? ナカジマ三佐も心配する」


 告げたのは帰宅への促しだ。
 正直なところ、ずっとこのままギンガの温もりと柔らかな身体を抱きしめていたいのではあるが、しかし彼女は大恩あるゲンヤの娘だ。
 彼を心配させるような事は決してできる話ではない。
 故に彼はそう告げたのだ。
 しかし対する乙女はカルタスの言葉に、どこか寂しそうに顔を俯かせ。
 そして、口を開く。
 

「えと……今日はお父さん本局への用事で、いませんけど……」
 

 父はいない、と。
 彼女はそう告げた。
 言外に何を言わんとしているか、それが分からぬ程カルタスも鈍感ではない。
 遅い帰りを案ずる家族がいない、ならばこのまま一緒にいたい。
 彼女はそう請うているのだろう。
 甘美な誘惑だ。
 一晩を共にしたいと、心無垢にして女体を爛熟と咲き誇らせた乙女が求めている。
 あまりにも断り難い誘い。
 が、しかし、カルタスとて並の男ではない。
 今まで十年近い時を捜査官として、様々な修羅場を潜り抜けてきた男である。
 幾ら思慕の想いを交わしたといって、一日と間を置かずに同衾に至るなど鉄の理性が許しはしない。
 故に、口から零れたのは拒絶の言葉だ。
 

「いや、待ってくれギンガ。そういう問題じゃなく、できれば今日はこのまま帰って……」


 そう彼は言葉を連ねる。
 いや、連ねようとした。
 だが最後まで連ねる事はできなかった。
 遮りを為したのは、少女の指。
 白兵戦において鉄の拳を握るとは思えぬ、白く滑らかな指が一本そっと伸びてカルタスの唇に添えられる。
 まるで先ほど彼がギンガにしたように、そのお返しとばかりに言葉は塞き止められた。
 そして少女は、蕩ける程に甘い吐息と共に告げる。


「……このまま帰って、一人になったらって思うと……なんだか凄く淋しくて、切ないんです……」


 だから、と連ね、少女は言葉を続ける。
 耳の奥まで、思慮の奥まで響く甘い残響で。
 どこまでも男を魅入らせる、潤んだその碧眼で。
 柔らかな二つの膨らみを押し付けるよう擦り寄り、しかしその中に恥じらいを孕んで。


「だから、その……今夜は、一人にしないでください」


 絶対的なまでに抗い難い、力ない懇願をした。
 あまりにも男の獣欲と庇護欲と愛欲をそそる、天然自然の媚態がカルタスの心を穿つ。
 もはや鉄の理性など何の役に立とうか。
 少女の告げた請いに彼が応じたのは、言葉ではなく口付けだった。



続く。


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目次:ギンガの恋路
著者:ザ・シガー

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