[175] シャマるときシャマれば sage 2008/01/10(木) 01:53:32 ID:3c8xf8n0
[176] シャマるときシャマれば sage 2008/01/10(木) 01:54:49 ID:3c8xf8n0

それはフェイトが一度目の執務官試験に失格して程なくの頃合い。
ハラオウン一家が居間のテーブルを囲って深刻な顔を合せていた。
ただひとり、フェイトだけがうつむきがちに視線を低くしている。

「うーん、成績は申し分ないし、実践演習もホントに実践をこなしているんだけど…」
「そうだそうだ! 落ちたのは絶対何かの間違いだよ!」
「アルフ、実際の試験は練習や演習と違う。どこか、捻くれた所があるんだ」
「そうね、フェイトさん、少し素直すぎるものね」

褒めを半分、たしなめを半分、リンディが微苦笑。
褒められた、と思ったフェイトの顔が照れている。

「よし、わかった。今まで仕事の片手間に勉強を見ていただけだったが、本腰入れて僕もフェイトを見よう」
「そ、そんな…いいよ」
「君はもっと問題を出す人間の意図を読んだ方がいい。僕がいろいろと意地悪な問題を作ろう」
「あ、そうだわ」

ぽん、と手を打つのはリンディ。
一同の目が集まる。

「家庭教師を、雇いましょう」



「という訳でフェイトくん、今日から君の勉強を見るようになったジェイル・スカリエッティだ。よろしく」
「逮捕」

スカリエッティがフィイトへと差し伸べた手をクロノのバインドが縛り上げる。
両手を縛る薄水色の手錠じみた魔力を不思議そうに見て、スカリエッティは不満げだ。

「この家では家庭教師の人権は認められていないのかな?」
「次元犯罪者がよく言えるな……母さん! 極悪人捕まえたけど!」
「あらあら」

パタパタと、台所からエプロンで手をぬぐいながらリンディが現れる。

「ようこそ。フェイトさんの事、お願いしますね」
「任せなさい。10問解けば人間不信、20問考えれば社会不適合社になるような悪徳な問題の数々を提供しましょう」
「フェイト、ヤバイよこのおっさん」
「ううん、でも……執務官になるためだし…」
「ドクターとでも呼びたまえ。なに、君は優秀だと聞いている。私は君の視野を広げる手伝いをするだけさ。最初は遊び感覚で構わないよ」

ぷちぷちとバインドを破りながらスカリエッティがニヤリと笑った。
断固としてクロノとアルフがスカリエッティの前に立ち塞がる。

「いいや、こんな怪しいのにフェイトは任せられないね!」
「ふむ、それは困ったな。これでも仕事はきっちりとこなす人間なのだがね」
「どうだかね! 信用できないよ!」
「いや、仕事をこなさねばならん、理由があるのだよ、アルフくん」
「?」
「私の家には12人の姉妹がいてね、全員が全員まだ幼いのだ。両親はおらず、私ひとりで育てねばならんのだが、流石に12人だ。口に糊する
だけでも精いっぱいなのだよ。いつもいつも私が作る小さな椀に入ったカレーを不満なく『美味しいよ、ドクター』と笑ってくれる。足りるはずが、な
いのだ。育ちざかりだぞ、あの娘たちは。それなのに、もっと、と一言も口にせずにただ出されたものを食べて過ごしてくれるのだ。あまつさえ、
『ウェンディ、もっと食べなよ』と姉が妹に分けてあげるのだ。それを見た時、私は己の不甲斐なさを呪った。もっと身を粉に……いいや、できるこ
とならばこの身をあの娘たちに食べさせて腹を満たしてやりたいぐらいだ。私はいい。私はどんなに辛い思いをしていいのだがね、なぜあんなに
いい娘たちが苦しく貧しい生活を送らねばならんのか………だから、私はもっと美味しいものをあの娘たちに届けるために、今、仕事をきっちり
こなさねばならんのだ」
「うう、ぐす。フェイト、このおっちゃんに任せようよ…ぐしゅぐしゅ」
「おい、泣くな! だまされるな! ウェンディまだ稼働していないぞ!?」

大泣きに泣くアルフはもう全開でスカリエッティ応援の態勢である。秘蔵の骨までスカリエッティに差し出す始末だ。
クロノ一人でスカリエッティを止めようとするが、当のスカリエッティはと言えばリンディに顔を向けている。

「奥さん、どうやら息子さんは人格に問題があるようですな」
「やはり!? 薄うす気づいていたのですが……師匠を間違えたかしら……」
「仕方ありますまい。ならばフェイトくんと一緒に、クロノくんの面倒も見てあげましょう」
「あら大助かり」
「いや、僕はもう試験に受かってるんだが…」
「君の場合は、道徳と倫理観を排除した、自分のための自分だけの自分による快楽の見出し方を教授しよう。任せたまえ、伊達に欲望を無限に抱えてないよ」
「結構だ」
「そう壁を作る事はない。大した自己管理能力だが、それでは彼女の一人も作れんよ?」
「僕には……」
「僕には?」
「僕には?」
「僕には?」
「僕には?」

ニヤニヤしながらスカリエッティが、不思議そうにフェイトとアルフが、嬉しそうにリンディが、聞き返す。
一発で頭が冷えたクロノは小さく、恥ずかしそうにそっぽ向いた。

「…………な、なんでもない…」
「エイミィよね?」
「か、かあさ!?」
「ほぉ、興味深い。後でどんな娘さんなのか聞かせてもらいたい」
「あ、エイミィとか」
「へー、エイミィとねぇ」

不貞腐れたクロノがプリプリ怒りながら出て行こうとするが、スカリエッティのバインド。

「な!? 離せ!?」
「そう邪見する事はあるまい。人生の先輩として、女性の喜ばせ方なども授業しようじゃないか」
「要らん!」
「さて、フェイトくん、まずは君の試験対策からだ。教材は残念ながらひとつずつしかないのでね、クロノくんと一緒に読むといい」

手渡された教科書には『嫌われ者の思考』『好かれない人の行動パターン100』といったタイトルが並ぶ。
著名はレジアス・ゲイズさんだ。
著名を眺めながらスカリエッティがしみじみと。

「いや、彼も努力をしているとは思うのだがね、それでも映像描写のほとんどが敵役のそれではないか」
「? 誰のことですか?」
「8年もすれば分るよ。さて、まずはそもそもどんな人間が試験官に抜擢されるか、なんて話をしようか」

まだもがくクロノを無理やり座らせて、スカリエッティが講義口調で2人に対面して椅子に腰を下ろした。



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目次:シャマるときシャマれば
著者:タピオカ

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