344 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:10:21 ID:7Ow0g00X
345 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:11:17 ID:7Ow0g00X
346 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:12:23 ID:7Ow0g00X
347 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:13:09 ID:7Ow0g00X
348 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:14:07 ID:7Ow0g00X
349 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:15:08 ID:7Ow0g00X
350 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:16:15 ID:7Ow0g00X
351 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:17:04 ID:7Ow0g00X
352 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:18:18 ID:7Ow0g00X
353 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:19:12 ID:7Ow0g00X
354 名前: ◆K17zrcUAbw [sage] 投稿日:2008/10/17(金) 14:19:59 ID:7Ow0g00X

(なんだ……?)
意識が遠のく。
しかし浮遊感はないし、体が痛むわけでもない。
(私は…?……そうか)
全て夢。
本当は死んだのだ。
チンクは沈みゆく意識に身を委ねた。
(死人でも夢を見るものか…)
きっとこのまま深い闇の中にいるのだ。
いつか全てを忘れていく。
そして自分がわからなくなるのだ。
(もう……悔いはない)
『はいはい朝だ朝だ』
『ふがっ…もががが!!』
夢ではなかった。
口の中に進入してくる指の感覚に覚えがある。
ラルフだ、またラルフが指を差し入れたのだ。
『んむっ……ふ…ぁ……』
ぐりぐりと口内をかき回され媚声が漏れてくる。
目の前のラルフは笑いながら指を動かしている。
『ふぁやふゆふぃをぬふぇっ!!(はやく指をぬけぇっ!!)』
『はいはい』
今ので分かったのだろうか?
口から指を抜きタオルで拭くラルフにチンクはとってかかる。
『ま、また指か!!それ以外の起こし方を知らんのか!?』
ガミガミと怒鳴るチンクだが何処吹く風。
ラルフはさっさと立ち上がり部屋を出ようとする。
ドアに手を掛けてふと振り返る。
『あ、そうそう。お前昨日何も食べなかっただろ?飯できてるからはやく来いよ』
そう言って部屋を出ていく。
言われて気付いたが、確かに空腹感がある。
約3日程は食べなくても大丈夫だが空腹には勝てない。
起きた時から鼻をつく香ばしい魚の匂いに思わずよだれが出てしまう。
『……はっ、いかんいかん』
慌ててよだれを拭うが、その過程である違和感を覚える。
袖がない。
いや、妙にスースーする。
ゆっくりと目線を下に落とした。
そこには確かに存在はするが決して大きくはない子供サイズの胸が見えた。
『…………』
チンクは枕元に置いてあった自分の服を掴む。
いそいそと服を着込むと深呼吸をする。
そして一息置いて呟いた。
『コ…ロ…ス……!』
またもや全裸で放置されていた恥ずかしさなど消え去り湧き上がるのは殺意のみ。
こめかみをひくつかせながら部屋を後にした。
建物自体あまり複雑ではないため、迷うことなく食事の用意された居間まで向かうことが出来た。
チンクのプライドのために決して匂いに釣られたわけではないと言っておこう。


居間にはすでに朝食を口にしているラルフとリリーがいた。
チンクはすぐにラルフにつかみ掛かる。
『貴様!昨日といい今日といい私を裸で放置とはどういう事だっ!!』
『もががが!!』
魚を咥えたままガクガクと肩を揺すられるラルフ。
慌ててリリーが止めに入る。
『待って、違うの』
『なにがだ!!』
きしゃー、と今にも火を吹きそうな勢いでリリーを睨み付ける。
しかし目が見えていないためあまり憶していないようだ。
リリーはチンクに事情を説明する。
『あなた……シャワールームで倒れてたの』
『なに?』
チンクは記憶の糸を辿ってみる。
海岸に打ち上げられて、拾われて、家に運ばれて、服を脱がされて、シャワーを浴びて、記憶がない。
チンクは首をひねった。
『ん…?確かにシャワーの後から記憶が……』
『それでラルフ君が急いでベッドに運んだの』
『慌てちまったから服着せるの忘れてたぜ!』
ラルフはあちゃー、と頭を抱えてみせるが顔は笑っていた。
チンクは無性にラルフを殴りたくなったがなんとか堪えた。
一応は命の恩人なのだから少しの事には目をつぶる事にする。
リリーはクスクスと笑いながら再び箸を進める。
ラルフもチンクの手を振りほどいて再び魚を丸かじりにする。
『俺は別にお子様の裸で欲情しないからな。それより早く食』
全て言い終わる前にラルフの顔にチンクの拳がめり込んだ。
リミッターはかけられているが流石は戦闘機人。
上体を極限まで捻り、うまく体重を乗せたコークスクリューブローがクリティカルヒットした。
『……大丈夫?』
ラルフが倒れた音を聞いてリリーが声を掛ける。
びくんびくんと痙攣しながら鼻血を噴出すラルフから答えは返ってこなかった。
チンクはふんっと鼻を鳴らしながらイスに座り食事をはじめた。

『それじゃあ、今からチンクの捜索を始めるわ』
海上更生施設の船着き場でギンガは姉妹達含む捜索隊にチンク捜索に関する説明を行っていた。
チンクが行方不明になり二日。
他の姉妹達のメンタルケアをしながら捜索のために課外更生プログラムとしての外出許可をとったり等ギンガはこの二日間あちこちを駆け回り少しやつれていた。
しかし、姉妹達のため少しも疲れは見せずに気丈に振る舞うギンガ。


そんなギンガにゲンヤは今は亡きクイントの母としての面影を感じていた。
『それではこれよりチンク捜索に出ます。各班は船に搭乗、担当区域の捜索に当たってください』
『『了解』』
次々と船に乗り込む姉妹と管理局員達。
しかし、ノーヴェだけは全く動かずに立っていた。
若干震えているのに気付いたゲンヤがポンと肩を叩く。
『心配すんな、必ず見つかるって』
『………ぅ』
この件で一番ショックを受けているのは他でもないノーヴェである。
自分のせいでチンクが流されたと他の姉妹達に負い目を感じ、ここ二日間は塞ぎ込んでいた。
いかに戦闘機人といえど心はある。
ましてや生まれてからずっと一緒に過ごして来た姉妹達との絆は計り知れないものである。
ゲンヤはその事を誰よりもわかっている。
大切な妻であるクイントを失った時の悲しみを知っているからだ。
震えながら自分を見上げるノーヴェを見てゲンヤはそっと抱き締めてやった。
『泣きたきゃ泣け。我慢すんな』
『ぅ……うぅ…うぁぁ……』
堰を切ったように泣きじゃくるノーヴェ。
ゲンヤはギンガに目配せをし、ノーヴェを捜索隊から外した。
そんなノーヴェの様子を見ていたウェンディが呟く。
『一番辛いのはノーヴェッスよね…』
ゲンヤに抱かれ施設内へ戻るノーヴェ。
その様子を船上から眺める姉妹達。
皆の気持ちは同じだった。
何としてもチンクを見つける。
吹き付ける潮風を受けて、皆がそれぞれ決意した。

『聞かせてもらうぞ』
『何を?』
木の間に吊されたハンモックに揺られるチンクとラルフ。
寝ようとしていたラルフにチンクが声を掛けた。
『ここの事だ』
『この島?……ただの島』
『嘘を吐くな。リリーが言っていた訳ありとは一体なんだ?』
チンクの問いに少し眉がつり上がるラルフ。
それをチンクは見逃さなかった。
何かを知っている。
チンクはさらに問い詰めてみる。
『貴様は一般人ではないだろう。私を見ても何も言わなかったしな』
だんだんと険しくなるラルフの表情。
チンクは確信した。
この男は全て知っている。
『私は犯罪者だぞ?なぜ管理局に連絡しない』
『ここは田舎だからな。誰が犯罪者かなんて知らねぇし、連絡するような設備なんかねぇよ……』


チンクに背を向けて枕代わりにしていた本を開く。
背中が答える気がないと語っていた。
ラルフの態度に苛立つチンクはついに声を荒げる。
『貴様!!真面目に答え……』
それ以上は口に出来ない。
喉元へ突き付けられた刃、凄まじい程の殺気にチンクは動けなかった。
肩越しにデバイスらしき物をチンクに突き付けたラルフは静かに告げる。
『刻むぞ』
背筋に悪寒が走り、脂汗が吹き出る。
たった一言に込められた強大な威圧感にチンクは息もできない。
まるで喉を締めつけられているかのような圧迫感を感じる。
かつて刃を交えたゼストでさえこのような威圧感は無かった。
(この男……出来る…!)
身動き一つとれないチンクにラルフは語りかける。
『ここにいる住人のほとんどは訳ありの人間だ』
ラルフが声を発すると途端にチンクの体を襲った威圧感が消える。
『はぁ……はぁっ…』
『あんまし詮索すんな。みんな平和に暮らしてんだ…』
それ以降ラルフが言葉を発することは無かった。
チンクはすっかり諦め不貞寝を決め込んだ。
それからしばらく二人はハンモックに揺られていたが、突然子供達の声がした。
『ラルフ兄ちゃん!!』
『た、大変だよ!!』
ガサガサと木々の間から次々と子供達が出てくる。
その誰もが焦りと恐怖に満ちた表情をしていた。
ただならぬ様子にラルフが飛び起きて子供達を保護する。
『村が、村が変な奴に!!』
『なに!?』
皆が住む村が変な奴に襲われている。
子供達の口からはその言葉しか出ない。
しかし緊急事態であることは理解出来た。
『チンク、子供達を頼む!!』
『お、おい!!』
チンクに子供を押しつけて村へと駆け出すラルフ。
何がなんだかわからずに呆然とするチンク。
森の中へ消えて行くラルフの背中を見ていたが、すぐに子供達が騒ぎだす。
『どうしよう…ラルフ兄ちゃんでも危ないよ!!』
『ま、待て!その変な奴とは一体どんな……』
チンクは子供達を落ち着かせ、状況を聞き出そうと試みる。
しかし子供達はパニック状態に陥りまともに話も出来ない。
仕方なくチンクは子供達を一か所に集めて森から遠ざける。
村の方から子供達の言っている変な奴が出てくるかもしれない。
チンクはそこらに落ちていた流木を拾い、構えた。


『安心しろ、お前達は私が守る』
『お姉ちゃん……』
(頼むぞ……ラルフ)
リミッターがかけられ流木一本程度の武器ではどうにもならないであろう。
しかしそれでも気丈に振る舞い、子供達に不安を与えてはならない。
自分がしっかりせねば後にいる者達に危険が及ぶ。
姉としてのプライドがチンクを奮い立たせた。

『な、なんだ…これは……』
ラルフが村に到着した時、そこは凄惨という表現が正しい状態にまで陥っていた。
建物はほとんどが半壊し、住人達は血を流しながらあちこちで呻いている。
『おい、大丈夫か!!』
『ぐ……ラルフ…か』
近くの木にもたれ掛かる男にラルフが近付く。
男は頭から血を流している。
どうやら腕が折れているようで肘があらぬ方向に曲がっていた。
『お、俺はなんとか…』
『一体なにが……』
『ば、化け物野郎が出やがった……いきなり村を襲いやがって』
恐らくそれが子供達の言っていた変な奴であろう。
ラルフは詳しく聞き出す。
『どんな奴なんだ?』
『見た目は人間なんだが……腕が…ぐ…』
『腕…?…おい、しっかりしろ!!』
どうやら気絶したようだ。
戦闘用としては単機でも充分な戦闘力を発揮するであろう機人にチンクは苦戦していた。
紙一重でかわしてはいるものの、リミッターのせいでまともに動く事も出来ない。
ランブルデトネイターが使えればまだやりようはあるが、それも使えない。
第一使えたところで身の回りに金属はない。
ちらりと子供達の逃げた方向を見る。
どうやら岩山の向こうにうまく隠れたようだ。
打ち付ける波や木々の揺らめく音が響く。
ジリジリと距離をとる。
接近されれば勝ち目はない。
(なんとか耐えなければ……)
目の前の機人は静かにチンクを見据えている。
完全な戦闘用にチューンされてはいるが、うかつに手出しをしてこない。
弱体化してはいるがチンクは戦い慣れている。
その立ち回りに隙はなかった。
膠着状態のまましばらく睨み合っていたが、先に動いたのは機人の方だった。
腕を振り、砂浜をかきあげる。
きめ細かい砂がチンクの視界を覆う。
目潰しのつもりだろう。
砂はチンクの目に入る。
『ぐ……しまった…』
痛みでまともに目も開けられない。
すぐさま機人は間合いを詰めて体を捻る。


戦闘用としては単機でも充分な戦闘力を発揮するであろう機人にチンクは苦戦していた。
紙一重でかわしてはいるものの、リミッターのせいでまともに動く事も出来ない。
ランブルデトネイターが使えればまだやりようはあるが、それも使えない。
第一使えたところで身の回りに金属はない。
ちらりと子供達の逃げた方向を見る。
どうやら岩山の向こうにうまく隠れたようだ。
打ち付ける波や木々の揺らめく音が響く。
ジリジリと距離をとる。
接近されれば勝ち目はない。
(なんとか耐えなければ……)
目の前の機人は静かにチンクを見据えている。
完全な戦闘用にチューンされてはいるが、うかつに手出しをしてこない。
弱体化してはいるがチンクは戦い慣れている。
その立ち回りに隙はなかった。
膠着状態のまましばらく睨み合っていたが、先に動いたのは機人の方だった。
腕を振り、砂浜をかきあげる。
きめ細かい砂がチンクの視界を覆う。
目潰しのつもりだろう。
砂はチンクの目に入る。
『ぐ……しまった…』
痛みでまともに目も開けられない。
すぐさま機人は間合いを詰めて体を捻る。
『……!!』
腕を振る音に気付いてチンクが上体を逸らす。
刹那、チンクの体があった空間を鋭い爪が切り裂く。
すぐさまチンクは後に跳ぶが、機人はそれに追従するように地を蹴る。
『…く………』
ヒュンと腹部に鋭い突きを繰り出される。
身を捻るが避けきれない。
服が裂け、脇腹から血が飛び散る。
そのまま砂浜に倒れ込むがすぐさま横に転がる。
チンクのいた場所に爪が突き刺さる。
『こいつ…!』
痛む脇腹を押さえながら足払いをかける。
不意を突かれ、転がる機人。
チンクは起き上がり距離を取ろうと後に跳んだ。
しかし機人は腕を打ち出し、チンクに向けて飛ばす。
完全な不意打ちに回避出来ずまともに攻撃を受けてしまう。
『が………っ!』
腹部に深く突き刺さる爪。
なんとか引き剥がそうとするも力が入らない。
機人は立ち上がり、腕に繋がれたワイヤーを巻き始める。ズルズルと引き寄せられるチンク。
血が流れ、意識も朦朧としてくる。
(ま…まずい……)
このままでは間違いなく殺られる。
チンクの中に死への恐怖が沸いてくる。


(なぜだ……一度は死を覚悟したはず…)
いや、戦闘機人として生まれた時からいずれこの体は壊れるであろうと思っていた。
しかし六課との戦いで捕まり、姉妹達と共に施設での新たな生活が始まってから変わった。
戦闘機人としてではなく、人として生きる事を覚えた。
人と接する術を知った。
ものを食べる喜びもあった。
恥ずかしながら保健の授業は楽しみだった。
戦いとは縁のない生活を送って初めて気付いたのだ。
自分は生きている、と。
動いているのではない。
人と何ら変わりない生活を送っている。
(いやだ……まだ…)
死にたくない。
まるで人のような感情が芽生える。
チンクは確実に人になりつつあった。
しかし、無情にも目の前の機人はチンクに向けて爪を突き立てようとする。
(……ダメ…か…)
『おぉぉぁぁぁぁぁ!!』
突如聞こえてきた雄叫びと共に機人が吹き飛ばされる。
その勢いでチンクに刺さっていた腕が外れ、血が飛び散る。
『ぅぐっ!!』
『おい!しっかりしろ!!』
『ラル…フ……』
血を流すチンクを抱きかかえるラルフ。
どうやら間に合ったようだ。
ラルフはチンクに止血処理を施す。
腹部に手をかざす。
どうやら治療魔法を使っているようだ。
『子供達は…無事だ……』
『ああ、ありがとう……これで取り敢えず大丈夫だ』
応急処置を終えたラルフはチンクを木の影に寝せ、ポケットからカードを取り出す。
厚みのあるそれはどうやらデバイスのようだ。
ラルフは起き上がろうとする機人を見据える。
『そこで寝てろ……後は俺がやる』
そうチンクに言う。
言葉は怒気と殺意を孕んでおり、ラルフから威圧感を感じる。
すう、と右手でカードを左の腰に携える。
まるで居合いを行うかのような体勢で機人を見据える。
先程の衝撃で幾つかの部品が壊れたのかバチバチとスパークしている。
しかし目標を確認し、すぐさま突撃してくる。
ラルフにその爪を突き立てるまで1秒もかからないだろう。
目にも止まらぬスピードでラルフを補足する。
捉えた、思考はそう考えただろう。
ラルフの笑みなど視界に捉えずに。
『………セットアップ』
一瞬、チンクにはそう見えた。
ラルフを捉えたはずの機人は止まっている。


ラルフの眼前で。
目の前に突き付けられた爪を臆すことなく見つめるラルフ。
その目は閉じている。
静かに右手に握られた刀を降ろす。
『………遅い』
プッ、と機人の肩口から血が吹き出る。
堰を切ったように次々と体から血が溢れる。
その血は流れ、体を覆う。
まるで線を引くかのように。
(な……なにを)
チンクは未だに何が起こったか理解できない。
普通なら1秒足らずの間に起きた出来事を瞬時に全て把握するのは不可能だ。
それもその行為が目にも止まらぬ速さで行われていたなら尚更不可能だ。
『幕引だ』
ラルフが呟く。
同時に線を引くかのように体を流れていた血が一気に飛び散り、体は頭の方から徐々に形を崩していく。
バラバラと肉と鉄が足元に散らばる。
十、二十と次々に細切れが増えていく。
『な………』
チンクは驚愕した。
ラルフがあの一瞬で繰り出した斬撃、その数156。
手にした刀型デバイスからは赤い血が滴り落ちる。
瞬く間に機人の体はただの血肉と鉄屑に変わった。
『何を驚いてんだ?』
デバイスを肩に担いでチンクの方に振り向くラルフ。
顔中返り血だらけで生々しい。
『その格好は…』
『ああ、これか?』
ラルフはひらひらと袖を振って見せる。
返り血で真っ赤に染まってはいるが、それは確かにバリアジャケットである。
『俺も昔は魔導師だったんだよ』
デバイスを待機状態に戻す。
バリアジャケットも解除され、いつもの服装に戻る。
『大丈夫か?』
『血は止まっている…』
着ていた服は赤く染まっている。
血は止まっているものの出血量は少なくはない。
チンクの顔色は優れなかった。
『とにかく、村に戻ろう。他の皆の手当てもしなくちゃいけないからな』
ラルフはチンクを抱え、村へ向かおうとする。
と、ふと振り向いて辺りを見回す。
『子供達は?』
『あっちの岩場に隠れているはずだ』
『そうか』
チンクから子供達の事を聞いて再び振り返る。
『迎えに行かないのか?』
『血まみれでか?』
『………なるほどな』
二人はこれでもかと言わんばかりに真っ赤に染まっている。
確かにこの状態で子供に会えるわけがない。
とにかくいったん村へ戻る事にした。



『ラルフ君!!』
『リリー!!』
村に戻るとリリーが住人達の手当てをしていた。
どうやらリリーも魔導師のようだ。
治療魔法で次々と住人達の傷を癒していく。
そのスピードと回復力は並の魔導師とは段違い。
『……チンクさんも』
『あ、あぁ…』
リリーは目が見えない。
だが、それでも鼻をつく血の匂いでチンクの怪我を見抜いていた。
服を捲りあげ、腹部を露出する。
傷は深かったが、内部の機械までは傷ついていないのが幸いだった。
腹部に治療魔法を施す。
『しかし……あれは一体なんだ?人間じゃねぇだろ』
戦闘機人の存在は知らないようだ。
チンクは少し黙っていたが、意を決して切り出す。
『あれは戦闘機人だ』
『戦闘機人?』
チンクはまだ治療されていない傷を見せる。
脇腹が抉られ、中の機械が見えている。
ラルフはスッと目を細めた。
『……なるほどな』
『戦闘用に骨格や筋肉を人工の物に取り替えたりしている。あれは腕そのものが機械化していた』
リリーが脇腹の傷の治療に入る。
徐々に閉じて行く傷にラルフが疑問をぶつける。
『魔法は効いてんのか?』
『一応生身の部分にはな。機械には定期的なメンテナンスもいるが』
チンクは自嘲気味に笑う。
『軽蔑でもしたか?』
『いや、別に』
軽く答えたラルフに少し驚く。
リリーも微笑んでいた。
『関係ねぇよ。ここにいりゃ、誰だって家族なんだからな』
ニッと笑うラルフ。
チンクは呆然としていた。
これが訳ありの人間が生活出来る理由。
誰だろうとどんな理由があろうとも平和に暮らしたい者は皆家族。
基本互いに互いの素性には触れない。
人殺しだろうがクローンだろうがロボットだろうがお構いなし。
『変な島だろ?』
『……そうだな』
少しだけ表情が緩む。
あのまま更生施設を出ても戦闘機人である自分が受け入れてもらえるのか不安はあった。
しかしここならそんなことは気にしなくてすむ。
人として生きる事が出来る。
(しかし…私には……)
不意に思い出すのは妹達の姿。
不安なのは妹達も同じだ。
自分だけのうのうと生きていいのか。
チンクの表情は再び暗くなる。
(私は……どうすれば…)



それからどれくらいたっただろうか。
動けるようになった住人達が壊れた建物を修復している。
ラルフも木材を運んだり、廃材を片付けている。
チンクは置かれた廃材をイス代わりにし、頬杖をついていた。
(家族……か)
自分の家族は自分を生み出したスカリエッティと同じ戦闘機人の姉妹達。
スカリエッティとウーノ、トーレ、クアットロ、セッテは拘置所にいる。
残る妹達は今まで一緒に更生施設で過ごしてきた。
それなりに幸せだった。
しかし、今はこうして島の住民達に受け入れられている。
戦闘機人であることを蔑む者はいない。
誰もが普通に接してくれる。
幸せなのだ。
(わからない……私は…)
どちらが本当に幸せなのかわからない。
社会の目に怯えながら妹達と暮らす方がいいのか、妹達を捨ててここで人として暮らす方がいいのか。
チンクは迷っていた。
『チンクさん』
『………リリー』
膝を抱えて座り込んでいたチンクに声を掛けるリリー。
隣に座りチンクに飲み物を手渡す。
『…迷ってる』
『わかるのか?』
不意に自分の心境を言い当てられる。
リリーは苦笑する。
『うん、少しだけ……』
チンクは手にした飲み物を口にする。
この島でとれた果物を擂り潰したジュースのようだ。
程よい酸味が口の中に広がる。
『妹達の事を考えていた…』
『妹さんがいるの?』
『あぁ……私と同じ戦闘機人のな』
チンクは空を見上げる。
もう日暮れだろうか、空はほんのり薄暗かった。
『私はどうすればいいのだろうか……』
『……』
リリーはその質問の意味を理解していた。
迷っている。
ここで生きていくか、妹達の元へ戻るか。
チンクは溜め息をついた。
『どちらにしろ、私は普通の生活など出来ない』
『どうして?』
フッ、と笑う。
『『不器用だから』』
チンクの放った言葉とシンクロするようにリリーも同じ言葉を交わす。
しばらく沈黙したが、耐えられずに吹き出してしまう。
『ぷ……やはりわかっていたか』
『ふふ…ラルフ君に似てるから』
『そうか?』
『うん……ラルフ君も昔はそうだった』
リリーの表情が曇る。
『ずっと、ずっと悩んでた。長かったよ、今の暮らしが出来るようになるまで』


それはラルフの過去に関係があるのだろう。
だが、リリーはそれを話そうとはしない。
話したくないのだ。
『聞かない方がいいか?』
『うん……ラルフ君に怒られちゃう』
『そうか…』
話したくない過去など誰にでもあるのだろう。
ラルフが言っていた通り、ここでは誰もが平和に暮らしている。
それでいいのかもしれない。
それ以上は聞かない事にした。



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目次:チンクの奇妙な生活〜あなたがくれた少しの優しさ〜
著者:◆K17zrcUAbw

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