589 名前:ノーヴェの純愛奮闘記 [sage] 投稿日:2010/11/21(日) 13:15:34 ID:yw6O0f8E [2/5]
590 名前:ノーヴェの純愛奮闘記 [sage] 投稿日:2010/11/21(日) 13:16:09 ID:yw6O0f8E [3/5]
591 名前:ノーヴェの純愛奮闘記 [sage] 投稿日:2010/11/21(日) 13:17:25 ID:yw6O0f8E [4/5]

ノーヴェの純愛奮闘記 最高の日


 最悪、最悪、最悪、最悪。
 少女は胸の内で何度もそう叫んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 でも口から出るのは荒くなった吐息だけ。
 無理もない、彼女の足は履き慣れない靴を纏い疾走に酷使されているのだ。
 さらに雨で濡れて肌に張り付く服が不快感を煽り、冷たくなった大気が体温まで奪う。
 そして何より心因的な焦りがある。
 いかに戦闘機人の身体能力が優れていようとも、それは多大なるストレスだった。
 だが、それでも足を止めるという選択肢は無く。
 ノーヴェ・ナカジマはひたすらに雨のクラナガン市内を走っていた。





 さて、元を正せば話は今から一ヶ月ほど前に遡らなければならない。
 ノーヴェは以前から想いを寄せていた青年と恋仲になり、晴れて恋人関係になったのである。
 だが、順風満帆とはいかなかった。
 なにせお互いに色々と部隊や局の仕事があったり、ノーヴェに関しては家族と同居なので自宅に呼ぶわけにもいかず。
 二人はデートをする時間がなかなか取れないのだ。
 初めて彼氏が出来たというのにキスどころか手を繋ぐ時間も取れないとはなんという生殺しだろうか。
 彼が送ってくれるメールや、寝る前の一時に交わす電話がなければ堪りに堪ったフラストレーションが爆発してどうなったか知れない。
 そして時は先週、二人はお互いに休日を合わせてデートしようと相談したのだ。
 恋人同士になってようやくそれらしいイベントである。
 それはもう胸が躍った。
 まず服選びである。
 なるべく新鮮で、なおかつ自分に似合った、そして出来るだけ清楚で愛らしく見えるものを選ばなければいけない。
 店頭に並んだものを直接見るのはもちろん、ネットも駆使してあらゆる商品に目を通し、マルチタスクの限りに吟味を重ねて選別する。
 選んだのはミッドの有名メーカーが秋の新作として発売したフレアスカート。
 色は淡いグレーで、ふちに配されたフリルが女の子らしい可愛らしさを下品になりすぎないレベルで強調。
 上は袖口にワンポイントでリボンが付いたタートルネックのシャツ、色は白。
 ショートカットに切りそろえた綺麗な赤い髪は、珍しくヘアゴムで纏める。
 できるだけ新鮮で、それでいて可愛く見てもらおうという配慮をしたチョイスであった。
 そしてデートの内容も決まった。
 まずは二人でショッピングモールを見て回り、夜は予約したレストランで食事。
 レストランといってもそこらのファミレスなんかじゃない、高級ホテルの中に店を構えた、いわゆる良い店というやつだ。
 ホテルの中にあるのだから、もしかしたら雰囲気によってはそのままお泊りに……。
 そんな事を考えてしまうと、それだけでもノーヴェは顔を真っ赤にしてしまう。
 期待と不安に満ち溢れた夜を幾度も過ごし、時は遂に約束の日となる。
 ドキドキしてなかなか眠れなかったが、体長は万全。
 この日の為にチョイスした服に袖を通し、いざ行かん。
 恋する乙女は意気込んでお気に入りのパンプスを履いて、最初の一歩を踏み出した。
 ……その瞬間だった。
 ブチンッ! と何かが千切れる音。
 下を見る、パンプスの皮ベルトが切れていた、ぐらつく足元、姿勢制御、無理な体勢で反対の足を出す。
 それらの事象がもたらした帰結は悲惨なものだった。
 なんと、シャツの袖が下駄箱の蝶番に引っかかって破れてしまったではないか。
 この日の為に買った新品がである。
 それ自体もショックだが、問題はその後だ。
 ノーヴェは慌てて引き返し、自室のクローゼットを引っ掻き回して代わりの服を探したが、こういう時に限ってなぜか“これだ!”という服が出てこない。
 結局、代替品の服を発見するまで二十分も掛かってしまった。
 時計を見る。
 今からダッシュすればぎりぎり間に合うだろう。
 新しい靴に履き替えた脚は戦闘機人としての性能を発揮して走り出す。
 だが悲劇はそれで終わらなかった。
 人ごみを掻き分けて走る少女に、空から幾つもの雫が降り注いだ。
 事前にチェックした降水確率十%、その確率に反駁して来た土砂降りの雨だった。
 濡れた歩道の上を走れば転ぶのは必至、自然と緩む歩調。
 ならばタクシーでも拾おうかと思ったが、まったく運のない事に見当たらない。
 仕方なく雨を一身に受けて、この日の為に選んだ服をびしょ濡れにして走るノーヴェ。
 こうして話は前述のくだりに戻る。

 さながら天に憎まれたかと思うほどの不幸続き。
 最悪だこんちきしょう、と、気丈な乙女が泣きそうになったとて不思議ではあるまい。
 このままでは待ち合わせの時間に遅れるのは必至。
 その旨を伝えようと携帯を取り出すが、またもや不幸の連続か、電波状態が最悪で繋がらない。


「……最悪だ」


 遂に口から出る内心。
 でも、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 買い物の時間も含めて、レストランの予約時間までにはそれなりに余裕がある。
 彼だって少しくらい遅れた事については咎めまい。
 そう思考しながら、ふと脚を止めるノーヴェ。
 遂に訪れたのは、待ち合わせ場所にたどり着く直前の最期の横断歩道である。
 さあ、ここを無事通れば目的地は目と鼻の先だ。
 久しぶりに彼に会えるという期待感から、胸の鼓動がドキドキするのを止められない。
 と、その時だった……。


「びええええええ!!!!!」


 唐突に耳をつんざくような泣き声。
 視線を向ければ、そこには歩道の真ん中で泣きじゃくる子供がいた。
 近くにその子を慰める親の姿がない事から、迷子だとすぐに分る。
 周囲に目を向けるが、それらしい人の姿はないし、子供を気にかける優しい者もいない。
 ああもう、どうするよ……。
 もちろん彼氏と待ち合わせをしているのだからスルーしたって構わないだろう。
 だって恋人と見知らぬ子供と天秤に掛けて、どちらを選ぶかなんて決まってるじゃないか。
 ってか、あたし別に子供好きじゃねーし。
 そうだよ、あたし以外の親切な人がきっと何とかしてくれるよ。
 スルー、スルー。
 うん、そうだ、そうしよう。
 そのような諸々の思考をしながら、気付いた時にはノーヴェは子供に歩み寄っていた。
 うわ! 止めろばか! ナニ考えてるんだ!
 心の内で冷たい理性の放つ叫びを聞きつつ、しかし体は反対に動く。


「どうした? 迷子か?」


 普段より優しい声で問いながら、しゃがんで子供と視線を合わせるノーヴェ。
 幼い子供は涙で潤んだ目をぱちくりさせながら、こくんと頷いた。
 心の内で、このばか! もう知らないからな! と言い捨てる理性は完全に無視して、ノーヴェはそっと子供に手をさし伸ばした。


「よし、じゃあ一緒に探すか。あたしが見つけてやるよ」


 にんまり笑ってそう言ってやると、子供は安心してノーヴェの手を握り返した。
 時刻は既に待ち合わせ時間を優に越えていた。





「本当に、どうもありがとうございました」


 そう言いながら、迷子のお母さんは何度も頭を下げた。
 ノーヴェは苦笑しながら、どういたしまして、と言って会釈する。
 雨の去った曇天の下で、迷子とそのお母さんもそれに手を振って応えた。
 去り行く母と子を、ノーヴェは優しげな、そして悲しげな眼差しで見送った。
 結局、あの子供の母を見つけるまでに掛かった時間は三十分。
 待ち合わせの時間どころか、レストランの予約だってもうキャンセル扱いになっているだろう。
 彼は……もう帰ってしまっただろうか。
 携帯を取り出して連絡しようとしたら、なんと電池切れで通話不能ときた。
 今日はなんとも踏んだり蹴ったりだ。
 雨は去ったというのに、瞳を潤ませる雫がある。
 言うまでもなく、乙女の涙だった。


「はぁ……ばかだな、あたし」


 自嘲しながらそっと目元を手で拭う。
 きっと、嫌われてしまった。
 こんなに遅れて、連絡もできなくて、びしょ濡れになって……。

 全部自分のせいだ。
 今からどんな顔して会いに行けば良いんだろうか。
 そう、考えた時だった。


「はい、ご苦労様」


 という聞きなれた声と共に、くしゃ、と髪を撫でられる感触。
 振り向けば、彼がいた。
 栗色の髪を揺らし、いつもの優しげな微笑を浮かべた、大好きな人。
 彼はまるで飼い犬を撫でるように、濡れたノーヴェの赤毛を丁寧に梳いてくれた。


「み、見てたのかよ……」


 嬉しい内心に反して、ついつい出てしまう憎まれ口。
 だが彼はそんな少女の反応すら包み込むような微笑を浮かべて、髪を梳きながら答える。 


「ああ、あの子とお母さんが何度もお礼を言ってる辺りからね。さすがに横から水を差すのもアレだし。話が終わるまで待ってた」

「……覗き見なんて、悪趣味だぞ」

「ごめん」

「……」


 素直すぎる彼の言葉は、素直になれないノーヴェにとって最大の弱点だった。
 こうも素直に謝られると、何も言い返せなくなる。
 彼の眼差しには少しも怒りの色がない。
 こんなにも時間に遅れて、迷惑をかけてしまったのに。


「な、なあ……あのさ」

「ん?」

「怒って……ない?」


 恐る恐る、上目遣いで聞いてみた。
 返ってきたのは、相変わらずの優しげな微笑と髪を撫でる指の感触。


「そんなわけないだろ」

「……ほんとう?」

「本当に」

「そっか……」

「ああ、ノーヴェは優しい良い子だね。よしよし」

「こ、子供あつかいすんなよ」


 彼のからかうような言葉に、嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて少しだけふて腐れた風に言うノーヴェ。
 もちろんちっとも怒っていない、むしろもっとそうして欲しいとすら思っていた。
 でも、彼は律儀にそっと手を離す。
 名残惜しそうに寂しげな目で見つめたが、それを知ってか知らずか、彼は構わず言の葉を連ねた。


「さて、レストランもキャンセルになったし、どこかで夕飯でも食べようか。どこが良い?」

「別に、どこでも良いよ」

「そっか、じゃあ一番近い店は……ああ、あそこのファミレスでも良い?」

「……うん」


 諸々の苦難の末、高級レストランからファミレスという転落を経てようやくノーヴェは彼と一緒に夕食を取った。
 普通に考えれば最悪で、不幸極まりない一日だったが、少女はそうは思わなかった。
 むしろ最高の日だった。
 だってそうだろう。
 大好きな人が自分の傍にいてくれるんだから。
 それだけで、ノーヴェは幸せだった。
 その日彼と一緒に食べたハンバーグセットは、もしかしたら今まで食べたものの中で一番美味しかったかもしれない。
 店を出た後で露天で買ってくれたネックレスは、例え安物でも少女にとっては宝物になった。

 でも、一つだけ残念な事もあった……。

 デートの最後、彼はノーヴェを家まで送り届けたのだ。
 ありがとう、と言う反面、内心少女は不満に思った。
 そのまま送り狼になってくれても良かったのに……、と。



続く。


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目次:ノーヴェの純愛奮闘記
著者:ザ・シガー

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