[179] フェイトとドクターと珈琲と(1/2) sage 2008/02/24(日) 08:56:36 ID:fC270//r
[180] フェイトとドクターと珈琲と(2/3) sage 2008/02/24(日) 08:57:31 ID:fC270//r
[181] フェイトとドクターと珈琲と(3/3) sage 2008/02/24(日) 08:57:57 ID:fC270//r

 ミッドチルダ地上の管理局地上本部の一角。
長方形のほぼ真っ白い部屋の壁際には、何か異様な生物達を宿した妖しい色の生体ポッドがずらり、並んでいる。
そしてその窓際で珈琲を嗜めつつ、朝の光に紫色の髪に金色の瞳の白衣の男――ジェイル・スカリエッティは目を細めた。
ちなみに外光が入ってきているとはいえ、窓はガラスではなく金属並みの高度を持つ物体に差し替えられており、さらに3重になっている。
もちろん開けることなどできようはずもない。
理由は当然、彼の起こした大規模騒乱事件――JS事件から1年も経っていないのであるから当然であろう。
その彼が何故、今怪しい生物達を研究しているのには訳があったが、それはともかく朝の清々しき光を全身に浴びて、
ドクターは自嘲気味に笑いを零さずにはいられなかった。
(くくく、私ほど日の光が似合わない存在もいないだろうな。……ああ500年以上生きていそうな吸血鬼とかであれば別か)
くくく、と相変らずの狂気の宿った笑いを繰り返す彼の後ろで、部屋の扉が開く。
勿論この扉も開くのは容易ではない。この空間自体がいくつもの入れ子になった部屋の最も内側に存在し、キーも一つや二つでは数が合わない。
それ以前に、扉から入ってきた人物――管理局制服姿のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の魔力を生体認証に用いている為、
実質彼女以外に入る事はできなかった。
扉の音に気づいて振り返ったドクターがその長い金髪の人の姿を認識すると、相変らず如何わしい微笑で挨拶を投げて寄越す。
「おはよう、フェイト・テスタロッサ。ご機嫌はいかがかな?」
挨拶をされた人は、それに対して露骨に嫌な顔をしつつ、何度目か分からない不満で返した。
「ですから、私の名前は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。何度言えばちゃんと呼んでくれるんですか、貴方は」
「くくく、すまない。どうもミドルネームという概念が苦手でね」
そういって唯一とも言える調度であるコーヒーメーカーの傍らに歩み寄ると、いつも通りにフェイトの分のコーヒーをカップに注いでいく。
最初は警戒心全開で近寄る事すらしなかったフェイトであったが、必要に迫られて研究をさせてみればなんのことはない、
ひどく人畜無害もいいところの引き篭もり研究者もいいところであった。
なんせ何故あんな事件を起こしたのか、とのフェイトの問に返ってきた答が、ゆりかごに対しての知的好奇心に負けてね、くくく、
なんて本当に子供地味たものであったのだから、彼女が唖然としたのも無理はなかった。
つまり世界にも取引にも興味はなく――単にやってみたかっただけ、という研究者らしいといえば研究者らしいその姿勢に、
少しずつ金髪の色白な執務官もドクターを赦す事が出来始めていた。
そしてその白衣の人が運んできてくれたコーヒーを素直に受け取って、一口飲むと、自然と表情が緩む。
「相変らず、美味しいですね……ありきたりなインスタントの粉を使っているはずなのに」
「くくく、これはこれで研究対象としても面白いからね。粉の量、フィルターの角度、それから……ああ、いけない。何か御用かな?」
つらつらと語り出してしまいそうな自身の口を諫めてから、本題を促す金色の瞳。
案外、その表情や視線が優しくてフェイトには、事件当時のような嫌悪感はほとんどなく、むしろどちらかと言えば好き、と言える様な感情すらあった。
少しだけ表情を崩して、微笑んむ。
「いえ、特に何も。様子を見に来ただけですから……食料は大丈夫ですか?」
そう言って彼女が視線を向けたコーヒーメーカーの棚には、パンやらクッキーやらが大量につめこまれている。
ドクター曰く、研究モード、に入ってしまうと、まさに寝食を忘れてここに篭り、本気で出てこない。
一応朝の9時から夜の10時までと決まっているのだが、成果が出そうであったり、
きりが悪かったりすると平気で徹夜で研究に没頭し牢に戻ろうとしない為、結局如何に罪人とはいえ心配になった彼女が持ち込んだものであった。
「ああ、平気だよ……そもそもほとんど口にすることもないからね」
そういって周りを見回せば、ずらりと並んだ生体ポッドには虫とも動物ともつかない、異形の生物達が多数、一応生きていた。
それに倣ってフェイトもそれに目を向けるが、正直こちらの方はあまり好きではなかった。
「研究は、進んでいるの?」
「んー」
もう一口コーヒーを飲んでから、神妙な顔で説明を始める。
「捜査協力のできる、知性のある、戦闘能力を持った善良な、昆虫、もしくは獣を作成してくれ、とそもそもの依頼が
夢物語もいいところだからね。そうそううまくはいかんよ……人間を使うのであれば、3日で量産可能だが」
にや、とそこで邪悪に笑われて、顔をしかめつつフェイトは一応たしなめる。
「全く、何故そう狂気染みた研究者に自分を貶めようとするのですか。貴方が興味があるのは、量産や成果ではなく、研究そのものでしょう?」
その言に、くくく、とひどく可笑しそうに笑う。
「くくく、まあ、その通りだがね。ただ一つ訂正してもらえないかな。狂気染みた、ではなく狂った研究者だよ。
私の数少ない矜持とアイデンティティを傷つけないで欲しいね」
彼らしい冗談に思わず噴き出してしまうフェイト。
「狂気が矜持なんて……確かに狂ってはいますけど……貴方は普通に立派な人間ですよ。多分、割と、真っ当な」
そこでじーっと見つめられて、ほんの少しだけ恥ずかしそうに目線を逸らすドクター。
「褒めてくれるのは嬉しいが……それはかなり、あー、なんだ……居心地が悪いというかこそばゆいというか……」
まるでからかわれた父親のような反応に、微笑で追撃をかける。
「少しだけ――私は貴方の事を誤解していたのではないかと、思い始めているのですが」
「いや、誤解ではないね。生命操作技術に異様な執念を燃やす狂気の広域次元犯罪者で稀代の研究者――」
「でも、その罪を犯させたのは、評議会――貴方がドゥーエに殺させた、過去の管理局の偉人達――ではないですか。
貴方も、私は、犠牲者だと思うのですが」
そこで気まずそうに口をつぐんで俯く彼女に、にやにやと笑いつつ嫌味なフォローをするあたりが、ドクターらしい。
「いやいやいや。戦闘機人達を動かしたり、ゆりかごを起動させたりしたのは私自身の意志だよ。
紛ごうことなき犯罪だ。……贖罪を求められても困るがね。なにせ本来であれば用のない体だ、この私はね」
相変らずの自身すら何か物の様に扱うその姿勢に、事件当時からであったが、フェイトは違和感を感じずにはいられなかった。
「前から、お聞きしたかったのですが……貴方は、一体、何者なんですか?」
「私?私は古代ベルカの技術を持って生み出された、アルハザードの遺児、と知っているはずだが?」
「いえ、違います。貴方自身の意思について聞いています」
「私の意志?そんなものが必要なのかね」
「え……」
きっぱりと言い切られて唖然とする執務官に、さらに理解不能な世界の言葉が投げかけられていく。
「私の存在意義は、研究で必要とされる生物を製造すること――それ以外に意味などなかろう」
「違う、違います、貴方にだって意思はありますよね?それはどこへ?」
「そう言われても困るな……戻るべきところも守るべき人も、元より、ない。自己犠牲などと言われても、そもそもこの体自体に未練などかけらも――」
「もってください」
ぎっ、と顔を近づけて近寄られて、仕方なさそうに頭に手を載せる。
「そう言われても困るね……何せ性分だからな」
はぁ、とそこで大きくため息をつくと、表情を険しくして顔をしかめるフェイト。
「性分といったって、限度があります。もう次の記憶移植なんてできないんですから、真面目に罪を償ってくださいね」
「まあその辺はそちらで好きにやってもらっていいのだがね……ところで、プロジェクトFの残滓の二世は、まだ生まれないのかね?
是非死ぬ前に一度は見たいのだがな」
「う……そ、それはそのうち……」
実はこの部屋に来るたびに、まるで孫の顔がみたい、と上記のように繰り返すスカリエッティに、フェイトはかなり困っていた。
挙句誤魔化しても鋭い追撃が飛んでくるので、回避のしようがないのである。
「全く、私の心配などいいから、仕事に身をやつしていないで早く相手を見つけなさい。
若いうちはまだいいが、いい加減肌も荒れるぞ。……瞳にも若干疲れが残っているね。昨日は11時半……ぐらいか」
そう赤い瞳を見つめてきて、仕事を終えた時間を完全に言い当ててくるから、余計に始末が悪い。
「わ、わかってますよ、言われなくても……」
「なんなら私がお相手しようか?」
「前に娘みたいなものだと仰ってましたよね。貴方は自分の娘を抱けるんですか?」
「自分のクローンを娘達に埋め込むような男だからな。その程度の倫理観など持ち合わせていようはずもなかろう」
「でも……聞きましたよ。埋め込む前にあの子達全員にそれは丁寧に確認を取ったって。……そしてギンガには埋め込まれていなかった」
「なんのことだかさっぱりだね」
「ほら、そうやってまた視線を逸らすー、どうしてそこで貴方は逃げるんですか!」
「まぁまぁ、私が嫌ならこの子とかどうだい?このいぼいぼつきの触手とか慰みものにはもってこ――」
「バルディッシュで斬り潰したくなるから、嫌です」
「そうか?大量にコラーゲンを分泌しているから、肌が綺麗になること請け合いだ。
しかも女性の体を知り尽くしているからね。耳の裏から指の先から足の間まで全身を丁寧に触手を這いずり回らせて愛撫してくれる。
もちろん処女は奪わずに、ひたすら快楽だけを与えてくれるように設計してあるのだが。折角苦労して作ったのに、少しは認めて欲しいね」
「徹夜までしてなにやってるかとおもえば!淫獣作成ですか!ちゃんと仕事してください!」
そこでふう、と両手を広げると、生体ポッドの側で呆れた笑みを浮かべる。
「やはり天才はいつの世も理解されないものだね。まずは性的な欲求を処理する事が堅実で迅速な仕事を進める上での肝と言っても過言では」
「……わかっててやってますよね?ね?ていうかこの間も言いましたよね。猟犬型でいいですからって」
「……それだと簡単すぎて面白くないんだよ……何かこう、情熱を注げるような、全てを忘れさせてくれるような課題はないのかね」
「はいはい、わかりました。今度聞いてきておきますから、ほんとにもう」
そこでふん、と荒く鼻息をつく娘同然の人に、向けられる瞳は本当に優しかった。
そして現にフェイトがコーヒーカップを開けて手渡すと、丁寧に受け取ってコーヒーメーカーの傍らに置きに行く様子は、
心優しい父親に見えないこともない。
その背に、一言だけ残してフェイトは部屋を立ち去る。
「では、またきます」
「ああ」
そして、自動扉が空気の音と共に閉まって部屋に1人取り残されたドクターは、静かに再び生体ポッドを見上げつつコンソールを叩き始めた。



著者:どっかのゲリラ兵

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