��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編
最終更新：
nano69_264 2009年04月19日(日) 12:44:26履歴
610 名前：タピオカ[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:46:00 ID:aK5fXjWE
611 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:48:26 ID:aK5fXjWE
612 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:49:07 ID:aK5fXjWE
613 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:49:42 ID:aK5fXjWE
614 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:50:19 ID:aK5fXjWE
615 名前：タピオカ[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:55:30 ID:aK5fXjWE
「肉体強化？」
ゼストとの訓練と称した一方的な殴打被害が始まり早数日。
ゼストと戦い、意識を失い、気づけばチンクに介抱され、という繰り返し。
しかしノーヴェは未だに有効打を与えられずにいた。それでもなお突っかかってめげないのは安いプライド故だ。
拳も蹴りもゼストに届けば威力がないものばかり。
どう頭をひねっても、緩急つけて動き回っても、ゼストに強い一発を加えられない。
痺れを切らしてスカリエッティに頼み込めば、
「駄目だよ、先月みんなで強化したばっかりじゃないか。体を悪くする」
「頼む」
他との関わりを断ち、コミュニケーションのほとんどが暴力と威嚇のノーヴェにしては実に誠意が見える態度だった。
生まれてこれまでに、見た事ないかもしれないノーヴェのその姿にスカリエッティも顎をさする。
「止めておきたまえ。騎士ゼストを倒せる強さは、肉体強化や武装なんてものじゃ得られないよ」
「頼む」
「はっきり言っておくが、私が施せる最高の技術でチューンしたとして、今の君では無理だ」
「頼む」
苛立ちのボルテージがぐんぐん上昇しているのは、スカリエッティにも見て分かる。
それを抑え込んでノーヴェは一途さを失わない。
良く言えばひたむきだが、悪く言えば頑固だ。今までになかった、傾向である。
よほどゼストを壊したいのだろうか、とスカリエッティも小首をかしげてしまう。
「そんなに騎士ゼストを壊したいかい？」
「壊したい」
ノーヴェにとって、壊す事については対象に関心を持つか否かにおける大きなバロメーターになっている。
例えばトーレなどは危険さや恐ろしさは知っている者の中でも段違いだ。
だから敬意に似た思いも抱く。
が、その反面、このまま訓練を続けて肉体強化を重ねれば、空戦はともかく地上戦だけで限定すれば壊せるであろう未来が見える。
スカリエッティは、今のノーヴェでも壊せる。
しかし、スカリエッティが狂っているのも本能的に理解できるのだ。
だから自分では壊せないとても大きな何かを壊すのだろうと、ある種の期待を持っている。
しかしゼストは朧だ。一撃でも叩きこめる術さえ閃けば、壊せる気もする。
その一方で、いつまで経っても追いつけないのではないかとも思う。
素直に表現すれば、ノーヴェは計りかねている。
「ククク、随分と騎士ゼストがお気に入りのようだ」
「違う。気にくわない」
「熱を上げているじゃないか」
「あいつは、あたしを見ていない」
「へぇ…」
くしゃりと己の空色の髪をかきまぜながら、ノーヴェが愉快ならざる面で柳眉を逆立てる。
「君がクロ−ンなのは知ってるね」
「？ あぁ」
「騎士ゼストは知ってるのさ、君のオリジナルをね」
「……そいつを、見てるんだな」
「多分ね。資料でしか見た事無いけど、よく似てると思うよ、君と君の元になった人物は―――目、以外はね」
「目？」
ふと、目元に指先を這わせてノーヴェが不可解そうに口を紡ぐ。
金色の瞳が、そこにあるはずだ。
「君は力加減、しないだろう？」
「いらない」
「だからずっと戦闘機人なのさ。そこだけは、オリジナルとまるで違う」
「？」
「ククク、要するに君は強いって事だよ」
「それでもあいつに勝てない」
「騎士ゼストも長く滞在している事だ、そんなに急ぐ事はないだろう」
「……」
ルーテシアやゼストがこの拠点に留まってもう随分と経つ。
二人の性格からすると、検査や調整が終わればさっさと出ていくのは容易に予想されるが、アギトがいた。
アギトが気に入っているのだ、ナンバーズを。
底抜けに明るく、ひまわりのように楽しむアギトとナンバーズにも一緒にいたいと思っている者がいる。
そのおかげでずるずると出発が伸びているわけだ。
ノーヴェからすれば、昏いストレスが募る一方だった。
アギトは嫌いだ。あの笑顔も笑い声も、虫唾が走って仕方がない。
嫌う理由のこそ違うが、すでにノーヴェの中でアギトはチンクと同列に不愉快な存在だった。
「今すぐにでも、壊したい」
「こだわるね、壊す事に」
「そのために生まれたんだろう？」
「？？？」
一寸、スカリエッティがきょとんとした。
眼を瞬かせるその姿は、天才らしからぬものだった。
それから大きく吹き出した。
何がおかしい、とノーヴェの苛立ちがまた一段と大きくなる。
「君たちは私の傑作だよ？ そんな無益を目的にしていたと思われるのは心外だね」
「じゃあ、なんだ、あたしたちをどうして造った？ 壊すためじゃ、ないのか？」
「むしろその逆さ」
「逆…？」
「そう。無論、破壊者としての機能は十分に備えているさ。しかしね、問題は壊した、その後だ」
「後？」
「壊すという言葉の、反対の意味を持つのは何かな？」
「………作る」
本当にそうか？
一瞬よぎったノーヴェの思考。しかしそれを、彼女は無視をする。
それ以外に、何がある。
「そうだね、それもある。なら、それが君に出来る事だ」
「ハッ」
バカバカしいとしかノーヴェには思えなかった。建設的な思考なんて育む必要なんてない。
戦って、戦って、戦う。戦闘機人なのだから。それでいい。それしかない。
自分は壊すための戦闘機人だ。
鼻で笑うノーヴェに対し、スカリエッティも何がおかしいのかうすら笑いを止めはしなかった。
◇
「なんでだよ！」
それは、ある日突然だった。
ダイニングでの事。
食事を済ませば積極的に語りかけてこようとするチンクを無視してさっさと一人になるノーヴェだが、それをほんの少しだけ伸ばしたのはアギトの叫び声による。
今までに聞いた事のない感情がこもっていた。
怒りか、悲しみか、戸惑いか、恐れか。
いつも胸が悪くなるような朗らかな声しか聞いた事がないから、これにノーヴェは興味を抱いた。
「なんでお前ら！ それで平気なんだ！ おかしいだろう！ 変だって思わねぇのかよ！！」
特に仲良くなっていた、セインとウェンディを相手にアギトは体いっぱいに主張しているのが見えた。
その顔は自分の常識が通じない事への驚愕が張り付いている。
ノーヴェの頬が緩む。
爛漫なあの顔が、こんな風に歪むとは思ってもみなかった。
何に怒っているのかは知らない。
もっと、その顔が無様になればいいと願う。
「なんで名前が数字で我慢できるんだ！！ お前ら！ お前らそれでいいのかよ！！」
「なんでって…」
「なぁ」
大声張り上げられている意味が分からず、当のセインもウェンディもどう対処していいのか困っていた。
何がそんなにおかしいのか、二人には理解できない。
その場にいたディエチも、アギトの振る舞いに当惑していた。
ただひとりだけ、心に大きな波紋が起こる者がいた。
ノーヴェだ。
「名前だぞ！ 名前なんだぞ！ なんでだよ！！ なんでなんだよ！！」
「だ、だからウェンディって名前で、いいじゃねぇっスか」
「数字じゃねぇか！ 名前だ！！ 名前なんだ…！ 数字は…数字は数字だ！ 名前じゃねぇ！！」
「そんな事言われても…」
「そうっスよ、これも名前っス」
「あたしも、名前気に入ってるし……」
アギトの瞳に絶望が陰る。怒りも悲しみも超えた思念。
泣きだしてしまいそうなその顔は、間違いなくノーヴェが望んだ無様さだ。
しかし今のノーヴェに、そんなアギトを嗤う思いにはなれなかった。
アギトの想いは、ノーヴェと同じ不満であり、同じ怒りであり、同じ絶望だ。
ふいに切なさがノーヴェを襲う。
なんなんだ。
アギトの手をとりたい気持ちが湧くのを自覚して、それを心から否定する。
そうすると、笑えてきた。
ぎょっとしたように、傍らのチンクが見上げてくる。ディエチが、トーレが、セインが、ウェンディが、アギトがノーヴェに視線を集める。
「おい名無し、自分の名前もないのに人の名前に説教か？」
「……んだと」
「寝ぼけて全部忘れてたくせに、説得力ないぜ。つけてもらった名前のくせに」
「おい、もっぺん言ってみろ」
みるみる赫怒がアギトを満たす。悲しみや淋しさといった感情が軒並み排除され、真っ赤になってノーヴェを睨む。
昂りとともに、ちろちろとアギトの周囲に炎が灯る。彼女の心がそのまま形になったかのようだ。
「もらった名前で偉そうにすんな、名無し。大切な大切な名前も忘れて、何してんだ？」
「おい、ノーヴェ！」
「笑えるぜ、お前。おい、数字が名前のあたしたちじゃ不満か？ お前もどうせ、似たようなもんだろう」
「ノーヴェ！」
チンクの静止を振り切って、全部言い切ればアギトが憎悪込めて炎を放った。
同時、ノーヴェも踏み込んだ。アギトを叩きつぶす気で、拳を振るう。
紅蓮が目の前に飛び込むが、どうでもいい。自分は焼けて、アギトも潰れる。素敵な結果だ。
巨躯と小柄が、飛びこんだ。
ゼストとチンクだ。
チンクが炎を砕き、ゼストがノーヴェの拳を受け止めた。
「「ぐッ！」」
焼ける匂いと、硬質な衝突音。
気づけばノーヴェは止まり、アギトが呆然としていた。
チンクのボディスーツのところどころは焼けて溶け、ゼストはノーヴェの拳を受けた手が痺れていた。
「チ、チンク！？」
「…大丈夫だ」
自分の炎でチンクを焼いたパニックに、今までのむき出しの怒りもどこかへ消えてアギトが飛んだ。
ゼストは、ノーヴェの目の前だ。見下ろしてくるゼストの目は、ノーヴェを憐れんだもの。
「んだよ……」
またノーヴェが拳を握る。
「見るなよ……！ そんな目で見るなあああああ！！！」
「…少し頭を冷やせ」
愚直な拳だ。簡単にいなされて、ゼストの蹴りをモロに食った。
浮遊感。壁まで吹き飛ぶ勢いだと直感するが、すぐに背中に衝撃―――壁じゃない。
（あ）
自分は知っている。この衝撃を。
いつも、いつも、訓練で意識を手放す直前に受ける、背中の衝撃。
「…………お前だったのかよ」
チンクがノーヴェの背を支えていた。
◆
「おい」
「…ノーヴェ」
チンクの火傷の再生が終わったのを見計らい、二人きりの所で声をかけた。
ノーヴェから声をかけることなど、滅多にない。護った恩を売る気はないが、チンクにとってそれは嬉しい事だった。
あれから、すぐにアギトを伴ってゼストが出立の準備を始めた。
アギトがナンバーズに対して、友好を断ち切ったのだ。
昨日までともに肩を組まんばかりに楽しんでいた態度から１８０度の転身である。
もはやアギトには、ナンバーズが不気味で異常な者たちとして映っていた。嫌悪さえ胸に渦巻いている事だろう。
「……」
「……」
声をかけたノーヴェだが、しばらく口ごもる。何を切り出せばいいのか、考えなんて纏まっていない。
チンクもしばらく、ノーヴェを待ったが苦笑しながら唇を開く。
「有難う、と言うんだ、ノーヴェ。流石に、熱かったんだぞ？」
「……なんで、間に入ってきた？」
本当に聞きたい事はこれではない。いつも気絶する自分を支えていたのかを、聞きたかったはずだ。
自然と、まるで違う事を尋ねてしまっていた。
「当たり前だろう、お前が焼けていた所だったんだ」
「……なんで…」
「ノーヴェ、名前が名前ではないと疑って自分が何なのか掴めないのは、分る」
「！」
「それを壊すと言う行為で紛らわすのも、仕方がないと思う。今さら名前を与えても、お前は拒否するだろう」
「あんだけムキになりゃ、分るか」
「ずっと前から、知っていた」
「……馬鹿言え」
「私もそうだった、騎士ゼストと戦った後、戦闘機人である自分が何なのか分からなくなった。本当に自分はナンバーズでいいのか分からなくなった」
「……あいつを殺したんだろう？」
「そうだ、私は騎士ゼストを殺した」
「それこそ戦闘機人じゃねぇのかよ」
「騎士ゼストの戦いは、私がそれまで考えていた戦いという物と違っていた」
「……」
「壊すためじゃない、護るためだ。戦いで、それができるんだ」
「あたしたちの戦いは、壊す事だろう」
「それだけじゃない。私は、お前たちに物を教える事だってできる。護る事だって、できるんだ。確かに、我々は戦闘機人だ。しかし、戦うだけじゃない。壊すだけじゃない」
―――むしろその逆さ
スカリエッティの言葉がよみがえる。
指針が消える。自分は何なのか分らなくなる。スカリエッティは違うという、ゼストは壊せない、チンクは諭してくる。
どこへ向かえばいい？
作るために、戦うのか？
それは、いったいどんな戦いだ？
絶対に解けない課題でも出された気分で、ノーヴェが歯を噛む。
まるで今まであった足場が夢幻だった感覚。自分が立っている場所が分からなくなる。
浮遊感と不快感と虚脱感。
何なんだ。
「あたしは一体……何なんだ……」
「お前は、私の妹だ」
今まで考えてきた事を覆された混乱と不安で呆然とうつむくノーヴェを隻眼が見上げてくる。
手を握り締めてくれる。
「戦闘機人である事も、ナンバーズである事も、気にするな！ お前は、私の妹だ」
「……知ってるよ」
「受け入れてくれ。壊す事ではなく、家族がいる事をお前の寄る辺にしてくれ。私はお前たち妹がいてくれたから立ち直れた。今度は、お前が私を頼って欲しい」
視線は交差しなかった。ノーヴェは力なくチンクから目をそらす。
ずっと、支えてきてくれた。いつも共にあろうとしてくれた。
家族だという事を、言葉なんかじゃ表せないほどに示してきてくれた。
これまでのチンクの心遣いが膨大すぎて、目まいさえ覚えておののく。
何度も何度も、絆を結ぼうとしたチンクをはじいてきた。
今、それが出来ない。いや、したくない。手を、つないでいたい。
それでも、
「……うるせぇ」
手を振りほどいた。
ただの意地だ。壊すための戦闘機人であると信じていたのを容易に止められない。
何なんだ。
壊すための戦闘機人か。チンクの妹か。
◇
訓練スペースにゼストは立っていた。
もう旅に戻る。その前に、ノーヴェと最後の稽古だ。
最初にノーヴェを見て、取り乱した。クイントそっくりで逆上し、スカリエッティに掴みかかりもした。
そして、ノーヴェの訓練に愕然となった。
破壊衝動でしか動いていない。滅ぼす以外に何もない戦い方だ。敵も味方も、自分も滅ぼす。
導くには、言っても無駄だとすぐに分かった。体に加減をたたき込むしかなかっただろう。
そして教導にあたり、素手のノーヴェには槍よりもシューティングアーツの方が都合が良かった。
奇しくも、クイントから教えられたシューティングアーツだ。
槍を失くした想定で素手の戦いを覚えるためだったが、まさか彼女のクローンに教える事になるとは夢にも思わなかった。
訓練の最中、不完全なシューティングアーツを操るのに何度も何度もクイントの幻影をなぞった。
ノーヴェの髪にクイントの特徴が色濃く、まざまざと思い返せたものだ。
これでもかというほど叩き伏せ、ノーヴェの緊張と脱力が混じった打撃だけを受けた。
今のノーヴェの技量では力を乗せる事もできない弱い打撃だが、上手い打撃だ。
あれに重みが加われば、一撃で人を打倒できる。
倒せるだけだ。殺すまではいかない。殺す攻撃よりも強力なのに、人を死に至らしめない打撃。
それを、ノーヴェの無意識の中に叩きこんだ。
遠からず、ナンバーズは管理局とぶつかる。間違いなくだ。
あのままのノーヴェであれば、その時に局員の大虐殺を行い、味方も巻き込み最後に自分も滅んでおかしくはない。
ここでノーヴェに力の加減を経験させておく事は、ナンバーズにとっても、管理局にとっても利益になるだろう。
気配。
ノーヴェだ。
「来たか、ノー………」
言葉が止まる。
真っ赤な、髪。
燃えるような彼女の激情のように、ノーヴェの空色の髪が真っ赤に染まっていた。
思わず二の句が継げないゼストに、ノーヴェが不機嫌そうな目になる。
「その髪はどうした？」
「染めた」
「……そうか」
「これなら、あたしのオリジナルを見る事もないだろう」
「…知っていたか」
「おい、槍を使え」
拳を突き出し、腰を落とす。ノーヴェの構え。それにふと、ゼストが違和感を得た。
ノーヴェが静かだ。炎じみて猛るいつものノーヴェと違う。
「そして、あたしを見ろ！ クイントじゃなくて、あたしと戦え！！ ゼスト！！」
真っ直ぐに見詰めてくる黄金に、ゼストは純粋な闘志を見た。
破壊衝動でもなく、不安定な幼さでもなく、己が滅んでも頓着しない魂ではなく、混じりけのない闘争心。
自分の強さがどこにあるのか、それをただ知りたがっているような好奇心じみた無垢な想念。
その真っ白さにゼストも驚く。
まるで生まれて間もない子のよう。それでもなお、強固な意思と意志がノーヴェに宿っている。
自然、ゼストが槍を構えた。
無言。
肌に痛いほどの空気が満ちていく。一色触発のその雰囲気が、今のノーヴェに清々しい。
ゼストとノーヴェの心気が澄まされていく。心身が晴れ渡っていく。
鏡のように凪いだ精神が、お互いがお互いの呼吸を映す。
ただ真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、それだけに意識を集中させるノーヴェの瞳が揺らぐ。
心は揺らがない。
そしてゼストはノーヴェの瞳が黄金から空色へと変じるのを見た。
まるでクイントの双眸。理性で自分の野性に方向性与えた者の双眸。
ノーヴェが踏み込んだ。
とても単純な軌道。愚直なまでの一直線。そして、美しい一撃。
見事なノーヴェの動きに感嘆さえ含んで、ゼストはそれを堂々と迎え撃った。
槍の軌跡は見えなかった。ただ、背中の衝撃は覚えている。
◆
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。ずっと看ていたのだろう、とノーヴェはまだはっきりしない意識で思った。
毎日のように、気絶するまで苛烈に訓練をした。そして、目覚めればいつも、この小さな姉がいるのだ。
だから、寝ざめはいつも最悪だった。
「もう騎士ゼストやルーテシアお嬢様は行ったよ」
「……」
ゆっくりと身を起こせば少しだけ体に痛みが残っているのを感じた。
一度だけ、ギュッと強く瞼を閉じた。そして眼をしっかり開いて意識をクリアにする。
瞬く間、瞼の裏に再生されたのは気絶する寸前の光景。すなわち、ゼストの構え。
ブッ飛ばされて背中がぶつかったところで意識が消え、今に至っている。
「ノーヴェ、もう大丈夫なのか？」
「……いつも気絶したあたしを支えてたのか？」
「訓練での事か？」
「あぁ」
「気絶しない日がないぐらいだからな、私がずっとついていた」
ノーヴェもう一度寝っ転がる。大きく、深く息。
たった一つの言葉や行動で心動かされるほど、人の心は軽くない。しかし、
「ずっとか」
「ずっとだ」
本物だ。本当に、この幼い外見の戦闘機人は、自分の姉であるのだ。
「勝てなかった」
「強いからな、騎士ゼストは」
「あれは、壊せない」
「壊す事に、こだわらなくてもいい」
「……あぁ」
不思議と穏やかな気持ちでノーヴェが黄金の双眸を閉じる。
自分は壊すための戦闘機人ではない。では、何だと言われればどう答えていいかノーヴェもまだはっきりしなかった。
ゼストを壊せないなら、壊せなくてもいいと思った。
そして、槍を振るうゼストを壊せないと確信する。壊せない物もある。壊せくなくてもいい。
それは、今までの自分が壊れると言う事。
しかしノーヴェは、その今までの自分が壊れる事に対して快さを感じていた。
壊す事に執着しなくなった時、恐ろしい不安に襲われると思っていたのに、そうでもない事に気付く。
そしてあれだけ忌み嫌っていたチンクと語る事ができる。
……あるいは、壊す事に執着しなくなっても隣にチンクがいるから不安ではないかもしれない。
一緒にいれば、壊す事への執着が薄れると感じていた。壊す事は重要じゃないと思わされると感じていたのだ。
だからチンクに触れたくなかった。
今、壊す事への貪欲さが霧散してチンクと触れる壁はないのだろう。
奇妙な気分だった。
ただ、やろうと思う事は決まっている。
壊す事の、反対を模索してみようか。
「あたしは、あんたの妹でいいのか…？」
姉という、新しい指針に沿って。
「馬鹿だな。いい、悪いじゃなくて、お前は私の妹だ」
「…そうか」
ノーヴェが、チンク姉、と口にする日はこれより遠くない。
終
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「直す」編
レジアス「おっぱいだよ、早く！！」
ノーヴェ「は、はい…」
ディード「ね…姉様」
ノーヴェ「レ、レジアス中将、やっぱりやめよう、こんなこと…な」
レジアス「ダメだ！！ だったらこのアインヘリアルくっつけて撃てるようにしてくれよ
アイン・ヘリ・アル！！ アイン・ヘリ・アル！！」
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「直す」編 終
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「護る」編
チンク「あ、ウェンディ！ それは姉のお肉だ！」
ディエチ「せっかく焼いたのに！」
ギンガ「コラ、ウェンディ！ 自分で焼きなさい！」
ゲンヤ「うぉ！？ おいおい、ウェンディ、俺の肉を取るなよ」
ウェンディ「へへへぇ、油断大敵っスよ。焼き肉は隙を見せてはいけねぇっス。さぁって、次は……」
ノーヴェ「うおおおお！ この肉はあたしの肉だ！ 絶対に渡さねぇ！！ うおおおお！！！」
スバル「うおおおお！」
・
・・
・・・
お燐「お会計、１００万円になりまーす！」
ゲンヤ「げぇ！」
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「護る」編 終
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著者：タピオカ
611 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:48:26 ID:aK5fXjWE
612 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:49:07 ID:aK5fXjWE
613 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:49:42 ID:aK5fXjWE
614 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 後編[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:50:19 ID:aK5fXjWE
615 名前：タピオカ[sage] 投稿日：2009/03/18(水) 18:55:30 ID:aK5fXjWE
「肉体強化？」
ゼストとの訓練と称した一方的な殴打被害が始まり早数日。
ゼストと戦い、意識を失い、気づけばチンクに介抱され、という繰り返し。
しかしノーヴェは未だに有効打を与えられずにいた。それでもなお突っかかってめげないのは安いプライド故だ。
拳も蹴りもゼストに届けば威力がないものばかり。
どう頭をひねっても、緩急つけて動き回っても、ゼストに強い一発を加えられない。
痺れを切らしてスカリエッティに頼み込めば、
「駄目だよ、先月みんなで強化したばっかりじゃないか。体を悪くする」
「頼む」
他との関わりを断ち、コミュニケーションのほとんどが暴力と威嚇のノーヴェにしては実に誠意が見える態度だった。
生まれてこれまでに、見た事ないかもしれないノーヴェのその姿にスカリエッティも顎をさする。
「止めておきたまえ。騎士ゼストを倒せる強さは、肉体強化や武装なんてものじゃ得られないよ」
「頼む」
「はっきり言っておくが、私が施せる最高の技術でチューンしたとして、今の君では無理だ」
「頼む」
苛立ちのボルテージがぐんぐん上昇しているのは、スカリエッティにも見て分かる。
それを抑え込んでノーヴェは一途さを失わない。
良く言えばひたむきだが、悪く言えば頑固だ。今までになかった、傾向である。
よほどゼストを壊したいのだろうか、とスカリエッティも小首をかしげてしまう。
「そんなに騎士ゼストを壊したいかい？」
「壊したい」
ノーヴェにとって、壊す事については対象に関心を持つか否かにおける大きなバロメーターになっている。
例えばトーレなどは危険さや恐ろしさは知っている者の中でも段違いだ。
だから敬意に似た思いも抱く。
が、その反面、このまま訓練を続けて肉体強化を重ねれば、空戦はともかく地上戦だけで限定すれば壊せるであろう未来が見える。
スカリエッティは、今のノーヴェでも壊せる。
しかし、スカリエッティが狂っているのも本能的に理解できるのだ。
だから自分では壊せないとても大きな何かを壊すのだろうと、ある種の期待を持っている。
しかしゼストは朧だ。一撃でも叩きこめる術さえ閃けば、壊せる気もする。
その一方で、いつまで経っても追いつけないのではないかとも思う。
素直に表現すれば、ノーヴェは計りかねている。
「ククク、随分と騎士ゼストがお気に入りのようだ」
「違う。気にくわない」
「熱を上げているじゃないか」
「あいつは、あたしを見ていない」
「へぇ…」
くしゃりと己の空色の髪をかきまぜながら、ノーヴェが愉快ならざる面で柳眉を逆立てる。
「君がクロ−ンなのは知ってるね」
「？ あぁ」
「騎士ゼストは知ってるのさ、君のオリジナルをね」
「……そいつを、見てるんだな」
「多分ね。資料でしか見た事無いけど、よく似てると思うよ、君と君の元になった人物は―――目、以外はね」
「目？」
ふと、目元に指先を這わせてノーヴェが不可解そうに口を紡ぐ。
金色の瞳が、そこにあるはずだ。
「君は力加減、しないだろう？」
「いらない」
「だからずっと戦闘機人なのさ。そこだけは、オリジナルとまるで違う」
「？」
「ククク、要するに君は強いって事だよ」
「それでもあいつに勝てない」
「騎士ゼストも長く滞在している事だ、そんなに急ぐ事はないだろう」
「……」
ルーテシアやゼストがこの拠点に留まってもう随分と経つ。
二人の性格からすると、検査や調整が終わればさっさと出ていくのは容易に予想されるが、アギトがいた。
アギトが気に入っているのだ、ナンバーズを。
底抜けに明るく、ひまわりのように楽しむアギトとナンバーズにも一緒にいたいと思っている者がいる。
そのおかげでずるずると出発が伸びているわけだ。
ノーヴェからすれば、昏いストレスが募る一方だった。
アギトは嫌いだ。あの笑顔も笑い声も、虫唾が走って仕方がない。
嫌う理由のこそ違うが、すでにノーヴェの中でアギトはチンクと同列に不愉快な存在だった。
「今すぐにでも、壊したい」
「こだわるね、壊す事に」
「そのために生まれたんだろう？」
「？？？」
一寸、スカリエッティがきょとんとした。
眼を瞬かせるその姿は、天才らしからぬものだった。
それから大きく吹き出した。
何がおかしい、とノーヴェの苛立ちがまた一段と大きくなる。
「君たちは私の傑作だよ？ そんな無益を目的にしていたと思われるのは心外だね」
「じゃあ、なんだ、あたしたちをどうして造った？ 壊すためじゃ、ないのか？」
「むしろその逆さ」
「逆…？」
「そう。無論、破壊者としての機能は十分に備えているさ。しかしね、問題は壊した、その後だ」
「後？」
「壊すという言葉の、反対の意味を持つのは何かな？」
「………作る」
本当にそうか？
一瞬よぎったノーヴェの思考。しかしそれを、彼女は無視をする。
それ以外に、何がある。
「そうだね、それもある。なら、それが君に出来る事だ」
「ハッ」
バカバカしいとしかノーヴェには思えなかった。建設的な思考なんて育む必要なんてない。
戦って、戦って、戦う。戦闘機人なのだから。それでいい。それしかない。
自分は壊すための戦闘機人だ。
鼻で笑うノーヴェに対し、スカリエッティも何がおかしいのかうすら笑いを止めはしなかった。
◇
「なんでだよ！」
それは、ある日突然だった。
ダイニングでの事。
食事を済ませば積極的に語りかけてこようとするチンクを無視してさっさと一人になるノーヴェだが、それをほんの少しだけ伸ばしたのはアギトの叫び声による。
今までに聞いた事のない感情がこもっていた。
怒りか、悲しみか、戸惑いか、恐れか。
いつも胸が悪くなるような朗らかな声しか聞いた事がないから、これにノーヴェは興味を抱いた。
「なんでお前ら！ それで平気なんだ！ おかしいだろう！ 変だって思わねぇのかよ！！」
特に仲良くなっていた、セインとウェンディを相手にアギトは体いっぱいに主張しているのが見えた。
その顔は自分の常識が通じない事への驚愕が張り付いている。
ノーヴェの頬が緩む。
爛漫なあの顔が、こんな風に歪むとは思ってもみなかった。
何に怒っているのかは知らない。
もっと、その顔が無様になればいいと願う。
「なんで名前が数字で我慢できるんだ！！ お前ら！ お前らそれでいいのかよ！！」
「なんでって…」
「なぁ」
大声張り上げられている意味が分からず、当のセインもウェンディもどう対処していいのか困っていた。
何がそんなにおかしいのか、二人には理解できない。
その場にいたディエチも、アギトの振る舞いに当惑していた。
ただひとりだけ、心に大きな波紋が起こる者がいた。
ノーヴェだ。
「名前だぞ！ 名前なんだぞ！ なんでだよ！！ なんでなんだよ！！」
「だ、だからウェンディって名前で、いいじゃねぇっスか」
「数字じゃねぇか！ 名前だ！！ 名前なんだ…！ 数字は…数字は数字だ！ 名前じゃねぇ！！」
「そんな事言われても…」
「そうっスよ、これも名前っス」
「あたしも、名前気に入ってるし……」
アギトの瞳に絶望が陰る。怒りも悲しみも超えた思念。
泣きだしてしまいそうなその顔は、間違いなくノーヴェが望んだ無様さだ。
しかし今のノーヴェに、そんなアギトを嗤う思いにはなれなかった。
アギトの想いは、ノーヴェと同じ不満であり、同じ怒りであり、同じ絶望だ。
ふいに切なさがノーヴェを襲う。
なんなんだ。
アギトの手をとりたい気持ちが湧くのを自覚して、それを心から否定する。
そうすると、笑えてきた。
ぎょっとしたように、傍らのチンクが見上げてくる。ディエチが、トーレが、セインが、ウェンディが、アギトがノーヴェに視線を集める。
「おい名無し、自分の名前もないのに人の名前に説教か？」
「……んだと」
「寝ぼけて全部忘れてたくせに、説得力ないぜ。つけてもらった名前のくせに」
「おい、もっぺん言ってみろ」
みるみる赫怒がアギトを満たす。悲しみや淋しさといった感情が軒並み排除され、真っ赤になってノーヴェを睨む。
昂りとともに、ちろちろとアギトの周囲に炎が灯る。彼女の心がそのまま形になったかのようだ。
「もらった名前で偉そうにすんな、名無し。大切な大切な名前も忘れて、何してんだ？」
「おい、ノーヴェ！」
「笑えるぜ、お前。おい、数字が名前のあたしたちじゃ不満か？ お前もどうせ、似たようなもんだろう」
「ノーヴェ！」
チンクの静止を振り切って、全部言い切ればアギトが憎悪込めて炎を放った。
同時、ノーヴェも踏み込んだ。アギトを叩きつぶす気で、拳を振るう。
紅蓮が目の前に飛び込むが、どうでもいい。自分は焼けて、アギトも潰れる。素敵な結果だ。
巨躯と小柄が、飛びこんだ。
ゼストとチンクだ。
チンクが炎を砕き、ゼストがノーヴェの拳を受け止めた。
「「ぐッ！」」
焼ける匂いと、硬質な衝突音。
気づけばノーヴェは止まり、アギトが呆然としていた。
チンクのボディスーツのところどころは焼けて溶け、ゼストはノーヴェの拳を受けた手が痺れていた。
「チ、チンク！？」
「…大丈夫だ」
自分の炎でチンクを焼いたパニックに、今までのむき出しの怒りもどこかへ消えてアギトが飛んだ。
ゼストは、ノーヴェの目の前だ。見下ろしてくるゼストの目は、ノーヴェを憐れんだもの。
「んだよ……」
またノーヴェが拳を握る。
「見るなよ……！ そんな目で見るなあああああ！！！」
「…少し頭を冷やせ」
愚直な拳だ。簡単にいなされて、ゼストの蹴りをモロに食った。
浮遊感。壁まで吹き飛ぶ勢いだと直感するが、すぐに背中に衝撃―――壁じゃない。
（あ）
自分は知っている。この衝撃を。
いつも、いつも、訓練で意識を手放す直前に受ける、背中の衝撃。
「…………お前だったのかよ」
チンクがノーヴェの背を支えていた。
◆
「おい」
「…ノーヴェ」
チンクの火傷の再生が終わったのを見計らい、二人きりの所で声をかけた。
ノーヴェから声をかけることなど、滅多にない。護った恩を売る気はないが、チンクにとってそれは嬉しい事だった。
あれから、すぐにアギトを伴ってゼストが出立の準備を始めた。
アギトがナンバーズに対して、友好を断ち切ったのだ。
昨日までともに肩を組まんばかりに楽しんでいた態度から１８０度の転身である。
もはやアギトには、ナンバーズが不気味で異常な者たちとして映っていた。嫌悪さえ胸に渦巻いている事だろう。
「……」
「……」
声をかけたノーヴェだが、しばらく口ごもる。何を切り出せばいいのか、考えなんて纏まっていない。
チンクもしばらく、ノーヴェを待ったが苦笑しながら唇を開く。
「有難う、と言うんだ、ノーヴェ。流石に、熱かったんだぞ？」
「……なんで、間に入ってきた？」
本当に聞きたい事はこれではない。いつも気絶する自分を支えていたのかを、聞きたかったはずだ。
自然と、まるで違う事を尋ねてしまっていた。
「当たり前だろう、お前が焼けていた所だったんだ」
「……なんで…」
「ノーヴェ、名前が名前ではないと疑って自分が何なのか掴めないのは、分る」
「！」
「それを壊すと言う行為で紛らわすのも、仕方がないと思う。今さら名前を与えても、お前は拒否するだろう」
「あんだけムキになりゃ、分るか」
「ずっと前から、知っていた」
「……馬鹿言え」
「私もそうだった、騎士ゼストと戦った後、戦闘機人である自分が何なのか分からなくなった。本当に自分はナンバーズでいいのか分からなくなった」
「……あいつを殺したんだろう？」
「そうだ、私は騎士ゼストを殺した」
「それこそ戦闘機人じゃねぇのかよ」
「騎士ゼストの戦いは、私がそれまで考えていた戦いという物と違っていた」
「……」
「壊すためじゃない、護るためだ。戦いで、それができるんだ」
「あたしたちの戦いは、壊す事だろう」
「それだけじゃない。私は、お前たちに物を教える事だってできる。護る事だって、できるんだ。確かに、我々は戦闘機人だ。しかし、戦うだけじゃない。壊すだけじゃない」
―――むしろその逆さ
スカリエッティの言葉がよみがえる。
指針が消える。自分は何なのか分らなくなる。スカリエッティは違うという、ゼストは壊せない、チンクは諭してくる。
どこへ向かえばいい？
作るために、戦うのか？
それは、いったいどんな戦いだ？
絶対に解けない課題でも出された気分で、ノーヴェが歯を噛む。
まるで今まであった足場が夢幻だった感覚。自分が立っている場所が分からなくなる。
浮遊感と不快感と虚脱感。
何なんだ。
「あたしは一体……何なんだ……」
「お前は、私の妹だ」
今まで考えてきた事を覆された混乱と不安で呆然とうつむくノーヴェを隻眼が見上げてくる。
手を握り締めてくれる。
「戦闘機人である事も、ナンバーズである事も、気にするな！ お前は、私の妹だ」
「……知ってるよ」
「受け入れてくれ。壊す事ではなく、家族がいる事をお前の寄る辺にしてくれ。私はお前たち妹がいてくれたから立ち直れた。今度は、お前が私を頼って欲しい」
視線は交差しなかった。ノーヴェは力なくチンクから目をそらす。
ずっと、支えてきてくれた。いつも共にあろうとしてくれた。
家族だという事を、言葉なんかじゃ表せないほどに示してきてくれた。
これまでのチンクの心遣いが膨大すぎて、目まいさえ覚えておののく。
何度も何度も、絆を結ぼうとしたチンクをはじいてきた。
今、それが出来ない。いや、したくない。手を、つないでいたい。
それでも、
「……うるせぇ」
手を振りほどいた。
ただの意地だ。壊すための戦闘機人であると信じていたのを容易に止められない。
何なんだ。
壊すための戦闘機人か。チンクの妹か。
◇
訓練スペースにゼストは立っていた。
もう旅に戻る。その前に、ノーヴェと最後の稽古だ。
最初にノーヴェを見て、取り乱した。クイントそっくりで逆上し、スカリエッティに掴みかかりもした。
そして、ノーヴェの訓練に愕然となった。
破壊衝動でしか動いていない。滅ぼす以外に何もない戦い方だ。敵も味方も、自分も滅ぼす。
導くには、言っても無駄だとすぐに分かった。体に加減をたたき込むしかなかっただろう。
そして教導にあたり、素手のノーヴェには槍よりもシューティングアーツの方が都合が良かった。
奇しくも、クイントから教えられたシューティングアーツだ。
槍を失くした想定で素手の戦いを覚えるためだったが、まさか彼女のクローンに教える事になるとは夢にも思わなかった。
訓練の最中、不完全なシューティングアーツを操るのに何度も何度もクイントの幻影をなぞった。
ノーヴェの髪にクイントの特徴が色濃く、まざまざと思い返せたものだ。
これでもかというほど叩き伏せ、ノーヴェの緊張と脱力が混じった打撃だけを受けた。
今のノーヴェの技量では力を乗せる事もできない弱い打撃だが、上手い打撃だ。
あれに重みが加われば、一撃で人を打倒できる。
倒せるだけだ。殺すまではいかない。殺す攻撃よりも強力なのに、人を死に至らしめない打撃。
それを、ノーヴェの無意識の中に叩きこんだ。
遠からず、ナンバーズは管理局とぶつかる。間違いなくだ。
あのままのノーヴェであれば、その時に局員の大虐殺を行い、味方も巻き込み最後に自分も滅んでおかしくはない。
ここでノーヴェに力の加減を経験させておく事は、ナンバーズにとっても、管理局にとっても利益になるだろう。
気配。
ノーヴェだ。
「来たか、ノー………」
言葉が止まる。
真っ赤な、髪。
燃えるような彼女の激情のように、ノーヴェの空色の髪が真っ赤に染まっていた。
思わず二の句が継げないゼストに、ノーヴェが不機嫌そうな目になる。
「その髪はどうした？」
「染めた」
「……そうか」
「これなら、あたしのオリジナルを見る事もないだろう」
「…知っていたか」
「おい、槍を使え」
拳を突き出し、腰を落とす。ノーヴェの構え。それにふと、ゼストが違和感を得た。
ノーヴェが静かだ。炎じみて猛るいつものノーヴェと違う。
「そして、あたしを見ろ！ クイントじゃなくて、あたしと戦え！！ ゼスト！！」
真っ直ぐに見詰めてくる黄金に、ゼストは純粋な闘志を見た。
破壊衝動でもなく、不安定な幼さでもなく、己が滅んでも頓着しない魂ではなく、混じりけのない闘争心。
自分の強さがどこにあるのか、それをただ知りたがっているような好奇心じみた無垢な想念。
その真っ白さにゼストも驚く。
まるで生まれて間もない子のよう。それでもなお、強固な意思と意志がノーヴェに宿っている。
自然、ゼストが槍を構えた。
無言。
肌に痛いほどの空気が満ちていく。一色触発のその雰囲気が、今のノーヴェに清々しい。
ゼストとノーヴェの心気が澄まされていく。心身が晴れ渡っていく。
鏡のように凪いだ精神が、お互いがお互いの呼吸を映す。
ただ真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、それだけに意識を集中させるノーヴェの瞳が揺らぐ。
心は揺らがない。
そしてゼストはノーヴェの瞳が黄金から空色へと変じるのを見た。
まるでクイントの双眸。理性で自分の野性に方向性与えた者の双眸。
ノーヴェが踏み込んだ。
とても単純な軌道。愚直なまでの一直線。そして、美しい一撃。
見事なノーヴェの動きに感嘆さえ含んで、ゼストはそれを堂々と迎え撃った。
槍の軌跡は見えなかった。ただ、背中の衝撃は覚えている。
◆
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。ずっと看ていたのだろう、とノーヴェはまだはっきりしない意識で思った。
毎日のように、気絶するまで苛烈に訓練をした。そして、目覚めればいつも、この小さな姉がいるのだ。
だから、寝ざめはいつも最悪だった。
「もう騎士ゼストやルーテシアお嬢様は行ったよ」
「……」
ゆっくりと身を起こせば少しだけ体に痛みが残っているのを感じた。
一度だけ、ギュッと強く瞼を閉じた。そして眼をしっかり開いて意識をクリアにする。
瞬く間、瞼の裏に再生されたのは気絶する寸前の光景。すなわち、ゼストの構え。
ブッ飛ばされて背中がぶつかったところで意識が消え、今に至っている。
「ノーヴェ、もう大丈夫なのか？」
「……いつも気絶したあたしを支えてたのか？」
「訓練での事か？」
「あぁ」
「気絶しない日がないぐらいだからな、私がずっとついていた」
ノーヴェもう一度寝っ転がる。大きく、深く息。
たった一つの言葉や行動で心動かされるほど、人の心は軽くない。しかし、
「ずっとか」
「ずっとだ」
本物だ。本当に、この幼い外見の戦闘機人は、自分の姉であるのだ。
「勝てなかった」
「強いからな、騎士ゼストは」
「あれは、壊せない」
「壊す事に、こだわらなくてもいい」
「……あぁ」
不思議と穏やかな気持ちでノーヴェが黄金の双眸を閉じる。
自分は壊すための戦闘機人ではない。では、何だと言われればどう答えていいかノーヴェもまだはっきりしなかった。
ゼストを壊せないなら、壊せなくてもいいと思った。
そして、槍を振るうゼストを壊せないと確信する。壊せない物もある。壊せくなくてもいい。
それは、今までの自分が壊れると言う事。
しかしノーヴェは、その今までの自分が壊れる事に対して快さを感じていた。
壊す事に執着しなくなった時、恐ろしい不安に襲われると思っていたのに、そうでもない事に気付く。
そしてあれだけ忌み嫌っていたチンクと語る事ができる。
……あるいは、壊す事に執着しなくなっても隣にチンクがいるから不安ではないかもしれない。
一緒にいれば、壊す事への執着が薄れると感じていた。壊す事は重要じゃないと思わされると感じていたのだ。
だからチンクに触れたくなかった。
今、壊す事への貪欲さが霧散してチンクと触れる壁はないのだろう。
奇妙な気分だった。
ただ、やろうと思う事は決まっている。
壊す事の、反対を模索してみようか。
「あたしは、あんたの妹でいいのか…？」
姉という、新しい指針に沿って。
「馬鹿だな。いい、悪いじゃなくて、お前は私の妹だ」
「…そうか」
ノーヴェが、チンク姉、と口にする日はこれより遠くない。
終
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「直す」編
レジアス「おっぱいだよ、早く！！」
ノーヴェ「は、はい…」
ディード「ね…姉様」
ノーヴェ「レ、レジアス中将、やっぱりやめよう、こんなこと…な」
レジアス「ダメだ！！ だったらこのアインヘリアルくっつけて撃てるようにしてくれよ
アイン・ヘリ・アル！！ アイン・ヘリ・アル！！」
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「直す」編 終
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「護る」編
チンク「あ、ウェンディ！ それは姉のお肉だ！」
ディエチ「せっかく焼いたのに！」
ギンガ「コラ、ウェンディ！ 自分で焼きなさい！」
ゲンヤ「うぉ！？ おいおい、ウェンディ、俺の肉を取るなよ」
ウェンディ「へへへぇ、油断大敵っスよ。焼き肉は隙を見せてはいけねぇっス。さぁって、次は……」
ノーヴェ「うおおおお！ この肉はあたしの肉だ！ 絶対に渡さねぇ！！ うおおおお！！！」
スバル「うおおおお！」
・
・・
・・・
お燐「お会計、１００万円になりまーす！」
ゲンヤ「げぇ！」
��のパーフェクトはんたいのことば教室 「護る」編 終
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著者：タピオカ
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