��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編
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nano69_264 2009年03月09日(月) 20:52:47履歴
57 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:02:37 ID:/r2lzUcg
58 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:03:51 ID:/r2lzUcg
59 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:04:48 ID:/r2lzUcg
60 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:06:29 ID:/r2lzUcg
９。
あたしの事だ。
いいや、あたしはノーヴェだ。
でも、ノーヴェってのは、９。なら、あたしは９か？
そうだ。
違う。ノーヴェだ。
しかし、ノーヴェはつまり、９。
９番目。だからノーヴェ。
あぁ、そうだ、ノーヴェは９だ。
なら、９なんだろう。
９なのか？
ノーヴェだ。
なんなんだよ、あたしは。
あたしは、なんなんだ？
◇
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。ずっと看ていたのだろう、とノーヴェはまだはっきりしない意識でうんざりした。
毎日のように、気絶するまで苛烈に訓練をした。そして、目覚めればいつも、この小さな姉がいるのだ。
だから、寝ざめはいつも最悪だ。
「もう騎士ゼストやルーテシアお嬢様が来ている。会ってみないか？」
「……」
不機嫌に身を起こせば少しだけ体に痛みが残っているのを感じた。チンクの言葉は黙殺。
一度だけ、ギュッと強く瞼を閉じた。そして眼をしっかり開いて意識をクリアにする。
瞬く間、瞼の裏に再生されたのは気絶する寸前の光景。すなわち、トーレの拳。
ブッ飛ばされて背中がぶつかったところで意識が消え、今に至っている。
いつもの事だ。
「ノーヴェ、もう大丈夫なのか？」
「……」
そうしてさっさとノーヴェは整備室を後にする。それにチンクが続いた。
最初のうちは、つきまとうこの姉へ罵声と憤怒と威嚇で応じた。
ここ最近、それが無駄と分かったノーヴェは徹底してチンクを意識の外に除外して扱っている。
だからついてこようとするチンクの事も、塵芥ほども介さない。
ノーヴェは、教育係と称して常に自分のそばにいようとするこの小さな姉が、心の底から嫌いだった。
「ノーヴェ」
整備室から出てすぐに、珍しい顔とはち会った。
ゼスト。
一度だけ、顔を確認したあと、ノーヴェはもうゼストを見もしない。
「久しぶりだな」
「……」
沈着を鋼で形にしたような人間だった。面識はあるが、数度顔を合わせただけだ。
最初に出会った時、異常なほど動揺していてスカリエッティにつかみかかった以外で表情に変化がない男だとノーヴェは記憶している。
話では、収集したレリックをスカリエッティに預けに来たらしい。
同伴するルーテシアは別のナンバーズといるのだろう。
心の底から、どうでもいいとノーヴェは思った。
「ゼスト」
「久しぶりだな、チンク。ここも賑やかになった」
そして、ゼストの視線はすぐにノーヴェの後ろへ移る。ノーヴェに追いついたチンクだ。
その場を早足に消えようと、ノーヴェの歩は止まらない。
ともに居住するスカリエッティやナンバーズならいざ知れず、ゼストには様子がおかしいと映ったようだ。
引きとめようとさらに声をかけてくる。
「ノーヴェ？」
「……」
「どうした、ノーヴェ」
冷めた目がゼストを睨んだ。
「あたしを呼ぶな」
まるで憎悪。どす黒い想いを込めてノーヴェはそれだけゼストに返事する。
それっきり、ノーヴェはもうゼストに興味なくしたように去ってしまう。
特に顔は動かなかったゼストだが、いささか驚きはあったようだ。他の姉妹は応じてくれる事も併せ、ノーヴェの態度はおかしく見えるのだろう。
後に残るのは、ノーヴェの背中を見つめるゼストとチンクだけ。
「すまない、あの娘はいつもああでな」
「いつも？」
「そうだ。いつもだ」
「ずいぶんと荒んでいるな」
「繊細なんだ。だから、ナンバーズというものが歪だって気づいている。でも、ナンバーズの自分しかいなくて、ノーヴェはあんな風にしか振舞えないんだと思う」
「……もう少し、詳しい話を聞かせてくれ」
◆
「おー、ノーヴェじゃねーっスか」
今度は、見たくもない顔がいた。
ウェンディ、そして…
「よう、お前がノーヴェだろ？ あたしアギトってんだ、よろしくな」
知らない顔。
まるで小悪魔か妖精か。ふわふわと浮かぶそれは、ノーヴェへと子供のように笑いかけてくる。
その屈託ない笑顔が、ノーヴェの癪に障った。片眉が不愉快そうにピクリと動く。
アギトを見る黄金の双眸はもはや怒りの色さえ浮かんでいた。
「おぉ、本当に眼付悪ぃんだな。んだよー、なんでそんなピリピリしてんだ？」
「……」
「このアギト、騎士ゼストの新しい旅の仲間っス。なんと、オリジナルのユニゾン・デバイス！ どうっスか、驚いたっしょ！？」
楽しそうに反応をうかがってくるウェンディも、やはり満面の笑顔だ。
アギトと同種のその破顔に、またノーヴェの気分が害される。
一切の返答をせず、苛立った様子を隠さず、ノーヴェはウェンディを乱暴に押しのけた。
「おっと」
「あ、おい！ 何すんだ！ おい、コラ！ なんとか言えよ！」
さっさと歩いて行ってしまうノーヴェの前へと、アギトは浮遊で回り込む。
「あー、いいっスよ、アギト。いっつもこんな感じっスから」
「いーや、よくねぇ！ なんでそんな態度悪ぃんだよ！ おい、ノーヴェ！」
カッと、頭に血が昇る。
心から殺意を込めて、紫紺の瞳を睨みつけた。
「あたしを呼ぶな」
そして氷の刃のような一言だけを浴びせた。一寸、アギトがひるんで後退までしてしまう。
しかし視線を外せばすぐにアギトのわめき散らす声が降ってきた。
相手にせず、その怒りの言葉を背にノーヴェは奥へと消えていく。
この日から、ゼストの「メンテナンス」のために彼らの一行がその拠点に留まる事になる。
自然、ノーヴェはアギトが他のナンバーズと話す様子を見かけるようになるが、そのたびに強い不快感が生まれた。
楽しそうなのだ。
まるで誰とでも仲良くなれそうなほどに明るいその性格で、ディエチやセインともすぐに打ち解けてしまっていた。
ナンバーズと一緒の折、一挙一動が元気に満ちているアギトを何度か見かけ、たった数日足らずでウェンディたちを好きになり、そして好かれてもいる事が良く分かる。
そんなアギトに、ノーヴェはかつてないほどに苛立ちを覚えた。
そして、その苛立ちは全て、訓練で爆発する。
簡単な事だ。
壊す。
多数あるガジェットドローンを、訓練の名目でただ壊す。
訓練用のガジェットとはいえ、外界で活動している物よりも危険度は数段上だ。
自分を殺そうとする最高級のプログラムを施すように、ノーヴェはスカリエッティに頼み込んでいた。
最初は各部を粉砕された全壊寸前でチンクに回収されている。
あの時そのまま壊れてしまえばよかったものの、と振り返って何度か思う事もあった。
そのたびに、生きてようが死んでようがどっちでもいい、と結論が出る。
そんな訓練用のガジェットドローンも今ではもはや、相手にならない。
トーレの危険度に比べれば微笑ましいものだ。
その日、いつも通りノーヴェは訓練用のガジェットドローンを破壊しつくしていた。
最近のクアットロはスカリエッティと共同で改良型のガジェットドローン開発に余念がなく、データ取りによく彼女の訓練が利用される。
多脚をつけたガジェットドローンなども試作されたがもはや鉄クズだった。
残骸を踏み砕く。
踏む。踏む。踏む。
砕く。砕く。砕く。砕く。
壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。
「たいしたものだな」
何度も何度も踏み砕き続けていたノーヴェの動きが止まる。
振り向けばゼストがいた。
誉め言葉を投げかけた割に、ゼストの双眸は淋しげだ。
いや、悲しげだ。自分に対する憐憫のようなものを感じ、それがまたノーヴェの癪に障る。
まだ苛立ちは収まらない。こいつらが来てからというもの、不愉快な気持ちが膨れ続けるのだ。
アギトの笑い声も、ゼストの憐憫も、心から胸が悪くなる。
「壊す事は楽しいか？」
「……」
楽しい、楽しくない、の話ではない。
壊すために生まれた。
だから、壊そう。もっと壊せるようになろう。
「俺やアギトも、壊したいか？」
「……」
意図が見えなかった。不機嫌なノーヴェの顔がさらに不機嫌そうになる。
ゼストの表情は動かない。
動かない表情のまま、腕が上がる、腰が落ちる。
ファイティングポーズ。
真正面から、ノーヴェを見据えてくる。
だが視線は絡まない。ゼストが見ているのは、ノーヴェの頭―――髪。
「俺の訓練に付き合ってくれんか？」
「……ク」
ノーヴェの口角が吊りあがる。
凄絶な破顔だった。
破壊衝動に塗りつぶされた暗い愉悦を隠そうともしない。
「壊すぞ」
「やってみろ」
「は」
戦闘機人の脚力が地を蹴った。
ぴくりとも動かないその面を粉砕してやろうと全力を込めて拳を高く振りかざす。
圧倒的な踏み込みの最中、ノーヴェの黄金の瞳はゼストの緩慢な動作を見る。
嘲笑が零れてしまうほどに遅い。しかも防御ではなく攻撃の姿勢だ。ゼストの曲がったままの腕がゆっくりと持ち上がっていく。
間に合う筈がないだろう、とノーヴェは心の中でゼストを罵った。
ゼストの鼻が折れ、骨が砕けるイメージ。ノーヴェはゼストを直視する。
ゼストもノーヴェを直視する……いや、違う。
ノーヴェを見ていない。
ゼストが見ているのはノーヴェではない。
見ているのはノーヴェの髪だ。しかし、ゼストはノーヴェではない誰かを見ていた。
ノーヴェのリーチがゼストに届く距離まで詰まる。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――」
◇
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。
「………………ッ！！」
飛び起きた。そして頬がひどく痛んだ。
「大丈夫か？ 手加減したと言ってったのに、ゼストめ…」
「さわるな！」
触れようとするチンクを、困惑さえ交えてノーヴェは振り払う。
チンクはそうされるだろうと分かっていて手を差し出したようだ、拒絶されて気にした風もない。
ノーヴェは、唖然としながら必死で記憶を手繰る。
ゼストとの立ち会い。先制したのは確かだった。
結果は自分がやられた。
しかしノーヴェは自分の拳がどう回避されて、どう顔面を殴られたのかは分からなかった。
ただ気絶する寸前に無骨な拳を見て、背中がぶつかったのは覚えている。
負けた？
なぜ？
どうして自分の攻撃は当たらなかった？
どうして向こうの攻撃でやられた？
しばらく、愕然としていた。傍らのチンクは一言もしゃべらないただ心配そうにノーヴェに付き添うだけだ。
「あいつは…」
「？」
「あいつはどこだ…？」
「ゼストか？ 今はドクターの所だ。体を診てもらっている」
ノーヴェが整備室を飛び出す。
駆ける間も、ゼストが自分を打った一瞬を必死で回想しようとするも無駄だった。
気づけば拳が目に映ったとしか言いようがない。
苛立ちではない意味不明な感情が湧きあがる。それにノーヴェは困惑した。
「やぁノーヴェ、もう起きたのかい」
ラボまで行けば、スカリエッティが茶を一服していた。
無遠慮に部屋まで押し入れば周囲を見渡す。いるのはスカリエッティだけだが、奥にまだいつつも部屋がある。そのどれかだろう。
「あいつはどこだ？」
「騎士ゼストかい？ 今眠っているよ」
「どこだ？」
「どうするつもりかな？」
「どこだ？」
「やられた復讐かい？」
ノーヴェが近くにあったデスクを叩き割った。無精に積んでいた機器ががらがらと落ちていく。
「どこだ？」
「止めておいた方が無難だよ」
もうノーヴェはスカリエッティを見ていなかった。
大股に奥の部屋のひとつに続く扉を開けようとして、
「何の音だ？」
それとは違う扉からゼストが現れる。
「娘が反抗期でね」
「ノーヴェか」
「もう一度、あたしと戦え」
眼光に漲る敵意を燃やし、ノーヴェはゼストを見上げる。
伸長差はかなりある。それでも人間と戦闘機人なのだ、負けるにしてもあれほど無様であっていいはずがない。
「訓練ならば、つきあおう」
「今すぐだ」
「また、明日だ。今日はもう休め」
「ふざけるな！ まだやれる！」
「十分休む事も必要だ」
「要らない！ 戦え！」
手が出た。
ゼストのみぞおち。一直線に右のストレート。
怒りにまかせたが故の渾身。生身相手ならば肉さえ貫けるだけの威力はあったはずだ。
それが、いなされた。
「ほぉ」
勢い余って、転んでしまいそうになるノーヴェを眺めてスカリエッティも感心げに声が出る。
「シューティングアーツかい」
「……部下に教えてもらったものだ」
一寸、何をされたのか分からずノーヴェが立ちつくす。それをゼストが横切った。
「また明日だ、ノーヴェ。それまで、俺の構えや何をされたのかをよく思い出しておけ」
それだけ言ってゼストが出ていった。
ノーヴェは追わない。追えない。自分の拳が届かない事を悟る。
ただ呆然としていた。
「さぁ、ノーヴェ、しっかり食べてゆっくり休む事だ。まず整えるのは体からだよ」
「……じゃあ、なんであいつはドクターに診られてる？」
「騎士ゼストはポンコツ寸前だからね」
「！？」
「あんなに強いのに、とでも思ったかな？ しかし事実だよ。彼はスクラップ一歩手前だ」
「な、なんで…？」
「チンクが一度、彼を殺しているからさ」
「チンクが？」
「…少し、話してあげよう」
そしてゼストとチンクの事についてノーヴェは知る。驚きはあった。そして、疑いも。
自分につきまとう嫌悪の対象にしかならぬ姉。それが、あの男を殺した？
結局、チンクにもゼストにもすぐにその話を聞く気にはならなかった。
聞く限り、チンクとゼストの戦闘は団体戦。参考になるとも思えないし、そもそもチンクと話すのも嫌なのだ。
ただ、ノーヴェの思考にゼストとチンクがよぎる時間が増えた。
◆
「はじめるか」
ゼストが構える。
日をまたぎ、いつもの訓練時間。トレーニングスペースにはすでにゼストが来ていた。
「どうして槍を使わない？」
険呑な空気を遠慮なくゼストへ叩きつけながら、ノーヴェは開口一番にこう言った。
ゼストの構えは解かれない。
「これは訓練だ」
「使えよ、槍。あたしを壊すぐらいも、訓練程度の扱いもできるんだろう？」
「…徒手空拳の俺を倒せるようになってからだな」
「その時はぶっ壊してる」
「やってみろ、と言った」
戦意の熱風と殺意の冷風がゼストに吹く。黄金の双眸が好戦的に煌めけば、ノーヴェの足元にテンプレート。
ゼストとノーヴェを遮るように、地から輝く道が天へ伸びた。
エアライナー。
それも、何本も樹木のように伸びていく。
それはまるで、壁の林。
本来の目的で使う気はない。目くらましだ。
垂直に立ちふさがるエアライナーを壁にして、ノーヴェがゼストの死角へと飛び込んだ。
「！？」
すでに、ゼストはノーヴェが来る方向へ拳を突き出していた。
避けられない。
しかし身をひねるだけの事はした。殴りつけられ、ブッ飛ばされながらノーヴェはゼストを睨む。
ゼストは、今日もノーヴェを見ていない。ノーヴェを見ているが、見ていない。まるで懐かしい者を見ているような。
あたしを見ろよ。
戦ってるのはあたしだろう。
誰を見てるんだよ？
新たにエアライナーを展開して、中空を踏んだ。逆襲の突撃。しかし一直線には攻めない。
何度かエアライナーを小出しして、トリッキーにゼストの周囲を惑わすように飛び跳ねた。
そして稲妻のように、天空からゼストへ蹴りを落とす。
簡単に避けられた。そして、カウンターぎみに肘鉄が入る。鋭い衝撃を受けて滑るように後退。
その最中に追撃してくるのゼストへの対応ができなかった。
実に綺麗にゼストの拳がノーヴェの腹部に突き刺さる。視界が揺れる。しかし、ゼストの拳を見逃さない。
どう攻撃してくるのか。
どう防御しているのか。
見逃さない。
背後の壁のようなエアライナーを踏んだ。
愚直な直線的な攻撃だけはしないように、ノーヴェは心がけて攻めた。
攻めて、攻めて、攻めた。
当たりさえすれば、当てさえすれば。
実際に、何度か当てる事は出来た。しかしその拳も蹴りも、すでに死んでしまった威力でゼストに当たる。
なんなんだ。
工夫と技巧の限りを尽くして、ゼストへの攻め手を緩めなかった。
当たらない。
当たる。しかし当たってもささやかな一撃だ。
なんなんだよ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！！」
ノーヴェは激情ままに空色の髪を振り乱して、ただゼストへ暴風のような攻撃を繰り返した。
次へ
著者：タピオカ
58 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:03:51 ID:/r2lzUcg
59 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:04:48 ID:/r2lzUcg
60 名前：��のパーフェクトはんたいのことば教室 前編[sage] 投稿日：2009/03/01(日) 04:06:29 ID:/r2lzUcg
９。
あたしの事だ。
いいや、あたしはノーヴェだ。
でも、ノーヴェってのは、９。なら、あたしは９か？
そうだ。
違う。ノーヴェだ。
しかし、ノーヴェはつまり、９。
９番目。だからノーヴェ。
あぁ、そうだ、ノーヴェは９だ。
なら、９なんだろう。
９なのか？
ノーヴェだ。
なんなんだよ、あたしは。
あたしは、なんなんだ？
◇
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。ずっと看ていたのだろう、とノーヴェはまだはっきりしない意識でうんざりした。
毎日のように、気絶するまで苛烈に訓練をした。そして、目覚めればいつも、この小さな姉がいるのだ。
だから、寝ざめはいつも最悪だ。
「もう騎士ゼストやルーテシアお嬢様が来ている。会ってみないか？」
「……」
不機嫌に身を起こせば少しだけ体に痛みが残っているのを感じた。チンクの言葉は黙殺。
一度だけ、ギュッと強く瞼を閉じた。そして眼をしっかり開いて意識をクリアにする。
瞬く間、瞼の裏に再生されたのは気絶する寸前の光景。すなわち、トーレの拳。
ブッ飛ばされて背中がぶつかったところで意識が消え、今に至っている。
いつもの事だ。
「ノーヴェ、もう大丈夫なのか？」
「……」
そうしてさっさとノーヴェは整備室を後にする。それにチンクが続いた。
最初のうちは、つきまとうこの姉へ罵声と憤怒と威嚇で応じた。
ここ最近、それが無駄と分かったノーヴェは徹底してチンクを意識の外に除外して扱っている。
だからついてこようとするチンクの事も、塵芥ほども介さない。
ノーヴェは、教育係と称して常に自分のそばにいようとするこの小さな姉が、心の底から嫌いだった。
「ノーヴェ」
整備室から出てすぐに、珍しい顔とはち会った。
ゼスト。
一度だけ、顔を確認したあと、ノーヴェはもうゼストを見もしない。
「久しぶりだな」
「……」
沈着を鋼で形にしたような人間だった。面識はあるが、数度顔を合わせただけだ。
最初に出会った時、異常なほど動揺していてスカリエッティにつかみかかった以外で表情に変化がない男だとノーヴェは記憶している。
話では、収集したレリックをスカリエッティに預けに来たらしい。
同伴するルーテシアは別のナンバーズといるのだろう。
心の底から、どうでもいいとノーヴェは思った。
「ゼスト」
「久しぶりだな、チンク。ここも賑やかになった」
そして、ゼストの視線はすぐにノーヴェの後ろへ移る。ノーヴェに追いついたチンクだ。
その場を早足に消えようと、ノーヴェの歩は止まらない。
ともに居住するスカリエッティやナンバーズならいざ知れず、ゼストには様子がおかしいと映ったようだ。
引きとめようとさらに声をかけてくる。
「ノーヴェ？」
「……」
「どうした、ノーヴェ」
冷めた目がゼストを睨んだ。
「あたしを呼ぶな」
まるで憎悪。どす黒い想いを込めてノーヴェはそれだけゼストに返事する。
それっきり、ノーヴェはもうゼストに興味なくしたように去ってしまう。
特に顔は動かなかったゼストだが、いささか驚きはあったようだ。他の姉妹は応じてくれる事も併せ、ノーヴェの態度はおかしく見えるのだろう。
後に残るのは、ノーヴェの背中を見つめるゼストとチンクだけ。
「すまない、あの娘はいつもああでな」
「いつも？」
「そうだ。いつもだ」
「ずいぶんと荒んでいるな」
「繊細なんだ。だから、ナンバーズというものが歪だって気づいている。でも、ナンバーズの自分しかいなくて、ノーヴェはあんな風にしか振舞えないんだと思う」
「……もう少し、詳しい話を聞かせてくれ」
◆
「おー、ノーヴェじゃねーっスか」
今度は、見たくもない顔がいた。
ウェンディ、そして…
「よう、お前がノーヴェだろ？ あたしアギトってんだ、よろしくな」
知らない顔。
まるで小悪魔か妖精か。ふわふわと浮かぶそれは、ノーヴェへと子供のように笑いかけてくる。
その屈託ない笑顔が、ノーヴェの癪に障った。片眉が不愉快そうにピクリと動く。
アギトを見る黄金の双眸はもはや怒りの色さえ浮かんでいた。
「おぉ、本当に眼付悪ぃんだな。んだよー、なんでそんなピリピリしてんだ？」
「……」
「このアギト、騎士ゼストの新しい旅の仲間っス。なんと、オリジナルのユニゾン・デバイス！ どうっスか、驚いたっしょ！？」
楽しそうに反応をうかがってくるウェンディも、やはり満面の笑顔だ。
アギトと同種のその破顔に、またノーヴェの気分が害される。
一切の返答をせず、苛立った様子を隠さず、ノーヴェはウェンディを乱暴に押しのけた。
「おっと」
「あ、おい！ 何すんだ！ おい、コラ！ なんとか言えよ！」
さっさと歩いて行ってしまうノーヴェの前へと、アギトは浮遊で回り込む。
「あー、いいっスよ、アギト。いっつもこんな感じっスから」
「いーや、よくねぇ！ なんでそんな態度悪ぃんだよ！ おい、ノーヴェ！」
カッと、頭に血が昇る。
心から殺意を込めて、紫紺の瞳を睨みつけた。
「あたしを呼ぶな」
そして氷の刃のような一言だけを浴びせた。一寸、アギトがひるんで後退までしてしまう。
しかし視線を外せばすぐにアギトのわめき散らす声が降ってきた。
相手にせず、その怒りの言葉を背にノーヴェは奥へと消えていく。
この日から、ゼストの「メンテナンス」のために彼らの一行がその拠点に留まる事になる。
自然、ノーヴェはアギトが他のナンバーズと話す様子を見かけるようになるが、そのたびに強い不快感が生まれた。
楽しそうなのだ。
まるで誰とでも仲良くなれそうなほどに明るいその性格で、ディエチやセインともすぐに打ち解けてしまっていた。
ナンバーズと一緒の折、一挙一動が元気に満ちているアギトを何度か見かけ、たった数日足らずでウェンディたちを好きになり、そして好かれてもいる事が良く分かる。
そんなアギトに、ノーヴェはかつてないほどに苛立ちを覚えた。
そして、その苛立ちは全て、訓練で爆発する。
簡単な事だ。
壊す。
多数あるガジェットドローンを、訓練の名目でただ壊す。
訓練用のガジェットとはいえ、外界で活動している物よりも危険度は数段上だ。
自分を殺そうとする最高級のプログラムを施すように、ノーヴェはスカリエッティに頼み込んでいた。
最初は各部を粉砕された全壊寸前でチンクに回収されている。
あの時そのまま壊れてしまえばよかったものの、と振り返って何度か思う事もあった。
そのたびに、生きてようが死んでようがどっちでもいい、と結論が出る。
そんな訓練用のガジェットドローンも今ではもはや、相手にならない。
トーレの危険度に比べれば微笑ましいものだ。
その日、いつも通りノーヴェは訓練用のガジェットドローンを破壊しつくしていた。
最近のクアットロはスカリエッティと共同で改良型のガジェットドローン開発に余念がなく、データ取りによく彼女の訓練が利用される。
多脚をつけたガジェットドローンなども試作されたがもはや鉄クズだった。
残骸を踏み砕く。
踏む。踏む。踏む。
砕く。砕く。砕く。砕く。
壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。
「たいしたものだな」
何度も何度も踏み砕き続けていたノーヴェの動きが止まる。
振り向けばゼストがいた。
誉め言葉を投げかけた割に、ゼストの双眸は淋しげだ。
いや、悲しげだ。自分に対する憐憫のようなものを感じ、それがまたノーヴェの癪に障る。
まだ苛立ちは収まらない。こいつらが来てからというもの、不愉快な気持ちが膨れ続けるのだ。
アギトの笑い声も、ゼストの憐憫も、心から胸が悪くなる。
「壊す事は楽しいか？」
「……」
楽しい、楽しくない、の話ではない。
壊すために生まれた。
だから、壊そう。もっと壊せるようになろう。
「俺やアギトも、壊したいか？」
「……」
意図が見えなかった。不機嫌なノーヴェの顔がさらに不機嫌そうになる。
ゼストの表情は動かない。
動かない表情のまま、腕が上がる、腰が落ちる。
ファイティングポーズ。
真正面から、ノーヴェを見据えてくる。
だが視線は絡まない。ゼストが見ているのは、ノーヴェの頭―――髪。
「俺の訓練に付き合ってくれんか？」
「……ク」
ノーヴェの口角が吊りあがる。
凄絶な破顔だった。
破壊衝動に塗りつぶされた暗い愉悦を隠そうともしない。
「壊すぞ」
「やってみろ」
「は」
戦闘機人の脚力が地を蹴った。
ぴくりとも動かないその面を粉砕してやろうと全力を込めて拳を高く振りかざす。
圧倒的な踏み込みの最中、ノーヴェの黄金の瞳はゼストの緩慢な動作を見る。
嘲笑が零れてしまうほどに遅い。しかも防御ではなく攻撃の姿勢だ。ゼストの曲がったままの腕がゆっくりと持ち上がっていく。
間に合う筈がないだろう、とノーヴェは心の中でゼストを罵った。
ゼストの鼻が折れ、骨が砕けるイメージ。ノーヴェはゼストを直視する。
ゼストもノーヴェを直視する……いや、違う。
ノーヴェを見ていない。
ゼストが見ているのはノーヴェではない。
見ているのはノーヴェの髪だ。しかし、ゼストはノーヴェではない誰かを見ていた。
ノーヴェのリーチがゼストに届く距離まで詰まる。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――――」
◇
気づけば整備室のベッドの上だった。整備室、と呼ばれるが実質的には医務室だ。
ただ、体内にある機械への処置設備が多いせいで、人間社会の医務室よりも物々しい。
「おはよう。どうだ、気分は？」
「……」
すぐ傍らに、チンクがいた。
「………………ッ！！」
飛び起きた。そして頬がひどく痛んだ。
「大丈夫か？ 手加減したと言ってったのに、ゼストめ…」
「さわるな！」
触れようとするチンクを、困惑さえ交えてノーヴェは振り払う。
チンクはそうされるだろうと分かっていて手を差し出したようだ、拒絶されて気にした風もない。
ノーヴェは、唖然としながら必死で記憶を手繰る。
ゼストとの立ち会い。先制したのは確かだった。
結果は自分がやられた。
しかしノーヴェは自分の拳がどう回避されて、どう顔面を殴られたのかは分からなかった。
ただ気絶する寸前に無骨な拳を見て、背中がぶつかったのは覚えている。
負けた？
なぜ？
どうして自分の攻撃は当たらなかった？
どうして向こうの攻撃でやられた？
しばらく、愕然としていた。傍らのチンクは一言もしゃべらないただ心配そうにノーヴェに付き添うだけだ。
「あいつは…」
「？」
「あいつはどこだ…？」
「ゼストか？ 今はドクターの所だ。体を診てもらっている」
ノーヴェが整備室を飛び出す。
駆ける間も、ゼストが自分を打った一瞬を必死で回想しようとするも無駄だった。
気づけば拳が目に映ったとしか言いようがない。
苛立ちではない意味不明な感情が湧きあがる。それにノーヴェは困惑した。
「やぁノーヴェ、もう起きたのかい」
ラボまで行けば、スカリエッティが茶を一服していた。
無遠慮に部屋まで押し入れば周囲を見渡す。いるのはスカリエッティだけだが、奥にまだいつつも部屋がある。そのどれかだろう。
「あいつはどこだ？」
「騎士ゼストかい？ 今眠っているよ」
「どこだ？」
「どうするつもりかな？」
「どこだ？」
「やられた復讐かい？」
ノーヴェが近くにあったデスクを叩き割った。無精に積んでいた機器ががらがらと落ちていく。
「どこだ？」
「止めておいた方が無難だよ」
もうノーヴェはスカリエッティを見ていなかった。
大股に奥の部屋のひとつに続く扉を開けようとして、
「何の音だ？」
それとは違う扉からゼストが現れる。
「娘が反抗期でね」
「ノーヴェか」
「もう一度、あたしと戦え」
眼光に漲る敵意を燃やし、ノーヴェはゼストを見上げる。
伸長差はかなりある。それでも人間と戦闘機人なのだ、負けるにしてもあれほど無様であっていいはずがない。
「訓練ならば、つきあおう」
「今すぐだ」
「また、明日だ。今日はもう休め」
「ふざけるな！ まだやれる！」
「十分休む事も必要だ」
「要らない！ 戦え！」
手が出た。
ゼストのみぞおち。一直線に右のストレート。
怒りにまかせたが故の渾身。生身相手ならば肉さえ貫けるだけの威力はあったはずだ。
それが、いなされた。
「ほぉ」
勢い余って、転んでしまいそうになるノーヴェを眺めてスカリエッティも感心げに声が出る。
「シューティングアーツかい」
「……部下に教えてもらったものだ」
一寸、何をされたのか分からずノーヴェが立ちつくす。それをゼストが横切った。
「また明日だ、ノーヴェ。それまで、俺の構えや何をされたのかをよく思い出しておけ」
それだけ言ってゼストが出ていった。
ノーヴェは追わない。追えない。自分の拳が届かない事を悟る。
ただ呆然としていた。
「さぁ、ノーヴェ、しっかり食べてゆっくり休む事だ。まず整えるのは体からだよ」
「……じゃあ、なんであいつはドクターに診られてる？」
「騎士ゼストはポンコツ寸前だからね」
「！？」
「あんなに強いのに、とでも思ったかな？ しかし事実だよ。彼はスクラップ一歩手前だ」
「な、なんで…？」
「チンクが一度、彼を殺しているからさ」
「チンクが？」
「…少し、話してあげよう」
そしてゼストとチンクの事についてノーヴェは知る。驚きはあった。そして、疑いも。
自分につきまとう嫌悪の対象にしかならぬ姉。それが、あの男を殺した？
結局、チンクにもゼストにもすぐにその話を聞く気にはならなかった。
聞く限り、チンクとゼストの戦闘は団体戦。参考になるとも思えないし、そもそもチンクと話すのも嫌なのだ。
ただ、ノーヴェの思考にゼストとチンクがよぎる時間が増えた。
◆
「はじめるか」
ゼストが構える。
日をまたぎ、いつもの訓練時間。トレーニングスペースにはすでにゼストが来ていた。
「どうして槍を使わない？」
険呑な空気を遠慮なくゼストへ叩きつけながら、ノーヴェは開口一番にこう言った。
ゼストの構えは解かれない。
「これは訓練だ」
「使えよ、槍。あたしを壊すぐらいも、訓練程度の扱いもできるんだろう？」
「…徒手空拳の俺を倒せるようになってからだな」
「その時はぶっ壊してる」
「やってみろ、と言った」
戦意の熱風と殺意の冷風がゼストに吹く。黄金の双眸が好戦的に煌めけば、ノーヴェの足元にテンプレート。
ゼストとノーヴェを遮るように、地から輝く道が天へ伸びた。
エアライナー。
それも、何本も樹木のように伸びていく。
それはまるで、壁の林。
本来の目的で使う気はない。目くらましだ。
垂直に立ちふさがるエアライナーを壁にして、ノーヴェがゼストの死角へと飛び込んだ。
「！？」
すでに、ゼストはノーヴェが来る方向へ拳を突き出していた。
避けられない。
しかし身をひねるだけの事はした。殴りつけられ、ブッ飛ばされながらノーヴェはゼストを睨む。
ゼストは、今日もノーヴェを見ていない。ノーヴェを見ているが、見ていない。まるで懐かしい者を見ているような。
あたしを見ろよ。
戦ってるのはあたしだろう。
誰を見てるんだよ？
新たにエアライナーを展開して、中空を踏んだ。逆襲の突撃。しかし一直線には攻めない。
何度かエアライナーを小出しして、トリッキーにゼストの周囲を惑わすように飛び跳ねた。
そして稲妻のように、天空からゼストへ蹴りを落とす。
簡単に避けられた。そして、カウンターぎみに肘鉄が入る。鋭い衝撃を受けて滑るように後退。
その最中に追撃してくるのゼストへの対応ができなかった。
実に綺麗にゼストの拳がノーヴェの腹部に突き刺さる。視界が揺れる。しかし、ゼストの拳を見逃さない。
どう攻撃してくるのか。
どう防御しているのか。
見逃さない。
背後の壁のようなエアライナーを踏んだ。
愚直な直線的な攻撃だけはしないように、ノーヴェは心がけて攻めた。
攻めて、攻めて、攻めた。
当たりさえすれば、当てさえすれば。
実際に、何度か当てる事は出来た。しかしその拳も蹴りも、すでに死んでしまった威力でゼストに当たる。
なんなんだ。
工夫と技巧の限りを尽くして、ゼストへの攻め手を緩めなかった。
当たらない。
当たる。しかし当たってもささやかな一撃だ。
なんなんだよ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！！」
ノーヴェは激情ままに空色の髪を振り乱して、ただゼストへ暴風のような攻撃を繰り返した。
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著者：タピオカ
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