最終更新: nano69_264 2011年12月04日(日) 20:47:59履歴
508 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:05:52 ID:7qL5aCfg [2/7]
509 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:06:25 ID:7qL5aCfg [3/7]
510 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:07:02 ID:7qL5aCfg [4/7]
511 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:07:47 ID:7qL5aCfg [5/7]
512 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:08:30 ID:7qL5aCfg [6/7]
俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない!
昼下がりの午後である。
食堂である。
晴天である。
それすなわち、天下泰平、世は全て事もなし。
平安にしてうららかなる日という事だった。
機動六課の隊舎でもそれは同じであり、特に事件もない今日と言うありがたい日を、皆が満喫していた。
食堂で漫然と箸を弄ぶヴァイスもまたそうだ。
ぼぅ、っとしながら、彼は視線をそれとなく窓の外に泳がせる。
燦々と降り注ぐ春の心地良い日差しを受けた木々、その緑の映える中庭。
昼食を食堂でなく、持参の弁当などで済ます者の中には、中庭で爽やかな日差しと春風を味わいながら楽しむ人も多い。
ふと見れば、ライトニング分隊のフォワード二人、エリオとキャロもそんな中にいた。
木陰に座り、下に敷いたシートの上にランチバスケットと水筒を並べている。
キャロが手に取ったサンドイッチをエリオに差し出し、少年はどこか気恥ずかしそうに頬を染めてそれを受け取る。
少女が首を傾げて何かを聞くと、少年はまた恥ずかしそうにしながらも答える。
遠くにいるこっちにまで会話の内容が聞こえてきそうな雰囲気だ。
二人の年齢と相まって、まるでおままごとのような愛くるしさがあった。
同じようにその様を見守っている者達も、皆顔には優しげな微笑を浮かべていた。
なんと言えば良いのか……とにかく、“青春”と言いたくなる。
甘酸っぱくて瑞々しい、そんなイメージ。
そこでヴァイスは視線を正面に向けた。
眼前には一人の女がいた。
女がいるのは場が少しでも華やぐから良い。問題はその食している品だ。
敢えて言おう――牛丼であるとッ!
しかもただの牛丼ではない、それはナニを隠そう特盛であった。
ご飯も肉も並盛の倍近くあり、さらには上から生卵が落とされ、たっぷりの紅しょうがも乗せられて掻き混ぜられている。
加えて言うなら味噌汁とお新香まで付いている様であった。
このメニューのなんと男らしい事か。
断じて女人が頼んで格好のつく食事ではない。
だがしかし、その印象は食している本人があまりに呆気なく破っていた。
がっしりとどんぶりを把握した左手は不動にして、箸を持つ右手は流麗に、そして豪快に牛丼を口に運ぶ。
適度なタイミングで味噌汁とお新香も口に運ぶ動きは、もはや百戦錬磨の兵の様相であった。
女でありながらこうも見事に牛丼を喰らうのは果たして誰なのか。
彼女はヴァイスの良く知る人間であった。
「姐さん、美味いっすか?」
「ん? ああ、美味いぞ。お前も今度頼むといい、うちの食堂の牛丼はなかなかのものだ」
きりりとした美貌でそう返したのは、誰あろうヴォルケンリッター烈火の将にして、機動六課ライトニング分隊副隊長、シグナムその人であった。
ポニーテールに結われた桜色の艶やかな髪、豊かに起伏を描く女性的な肉体、麗しい美貌。
紛れもなく絶世の美女である。
ただ、その豪快が過ぎる程に男らしい食事のチョイスと食べっぷりが美麗なる容姿の全てを壊滅的なまでに蹂躙していた。
シグナム曰く。
前線派の騎士として、訓練で消費したエネルギーを効率よく摂取する事を考えるとこれが最上のメニューなのだそうだ。
それにしたってもう少し女らしいところを見せても良いのではなかろうか。
ヴァイスはそんな事をぼんやり考えながら、自身の昼食であるサンマ開き定食を箸でつつく。
漫然とサンマを口に運びながら、視線は外でお弁当を食べるエリオとキャロ、目の前のシグナムを見比べた。
「そういえば姐さん」
「ん? なんだ?」
「姐さんっていつも昼メシ食堂じゃないっすか」
「ああ、そうだな」
「自分で作ったりしないんすか、弁当とか」
「料理が出来ないわけではないが面倒だからな。作ろうと思って作れない事はない」
と、付け合せの味噌汁をずずっと啜りながら返すシグナム。
だが次なる刹那、ヴァイスが何とはなしに発した言葉は、まったくもって予想外の、不意打ちに近いものであった。
「へぇ、姐さんの作った弁当なら是非一度食べてみたいもんっすね」
言葉と共に、微笑を湛えるヴァイス。
悪戯っぽくはにかんだ微笑みは、本人はまったく意識せずに作ったものだが、何とも爽やかで心地良い最上のものだった。
唐突に間近で見せ付けられたその表情と言葉によって、普段は心の奥底に格納されたシグナムの乙女心はエクセリオンバスター級の砲撃がぶち込まれ、完膚なきまでに貫通されたのは語るまでもなかった。
パッと花弁が開くように淡く紅潮した顔を、彼女は持ち前の超人的反射神経でどんぶりを持ち上げて隠す。
そしてモグモグと牛丼を掻き込みながら、問うた。
「わ、わたしの作った弁当が……食べたいのか?」
「ええ、まあ」
ヴァイスは茫洋と外の景色を眺めながら、それこそ半分意識は上の空でそう応えた。
だがしかし、対するシグナムは、どんぶりの底で隠した顔に並々ならぬ決意を湛えていた。
果たして彼女がその思いつめた顔で何を想い、何を覚悟したのか。
それは窓から望む晴天を見上げたヴァイスにはまったく以って想像もよらないものであったのは確かである。
■
「あるじいいいいい!!」
夜分遅く、帰宅早々はやての部屋に駆け込んだシグナムは、さながら勝鬨を上げる古武士の如き野太い叫びを上げた。
もうそろそろ寝ようかと布団にもぐりこんだパジャマ姿のはやてが、掛け布団を跳ね上げて半身を起こし、驚愕に顔を引きつらせたのは当然の事と言える。
戦場の虎口に飛び込まんとするばかりの凄まじい形相のシグナムがまた、はやての不安を掻き立てた。
この騎士が狂乱の果てに自身を斬り捨てに来たと言われても信じてしまいそうである。
まあ、制服姿で無手のシグナムの様子からしてそのような事は詮無き妄想なのだが。
ともあれ、はやては自身の家族に対してまず第一声を発し、コンタクトを試みた。
「お、おかえりシグナム……いきなりどうしたん?」
そう問えば、回答は即座に打ち返された。
「主はやて、お頼みがあります。どうか私に料理を教えていただきたい!」
懇願を告げるや否や、シグナムはその場で頭を下げて土下座したのである。
わざわざ料理を教えるくらいの事で、しかも何の脈絡もなく頼み込みに来るとは一体どういう理屈なのか。
もはやはやての脳で処理しきれる話ではなかった。
彼女に出来た事はたった一つ、
「……べ、別にええよ」
肯定の返事を出すのみであった。
そしてその後に起こる事も、はやてには予測など出来なかっただろう。
「それはありがたい! では今すぐにでも!」
「ちょ、ええ!? 今からなん!? あ、明日からでもええやん、というか私寝たいんやけど……」
「何を申されるのですか主! 戦は待ってなどくれませぬぞ!」
「い、戦って、何いっとるんや……」
「ええい! 早くしてください主いッ!!」
「ちょ、ちょっとま……ひあ〜!」
ほとんど無理矢理引きずられる形で台所に強制連行され、はやての素っ頓狂な悲鳴が夜分の八神家に響いた。
家人はみな就寝中であり、烈火の将の狂行を止める者は誰一人とていなかったのもまた悲劇であった。
結局はやてはその晩、明け方までシグナムに付き合わされる事となった。
南無三である。
■
「……」
はやてが地獄の夜を迎えてから数日後の機動六課隊舎廊下で、シグナムは神妙な面持ちで廊下の曲がり角に待機していた。
手にはさながら自爆テロを行うテロリストの手製爆弾よろしく小包が大事そうに抱えられていた。
主君の薫陶によって身に着けた料理スペックをフル活動させて作り上げた、お弁当に他ならない。
お弁当を手に待ち構えるのは、業務を終えてヘリ格納庫から出てくるヴァイスである。
廊下の角に身を隠し、頬をやや赤らめている姿はやはりというか当然というか、道行く隊員の眼を止める様だった。
通りかかったシャマルが声を掛けようと視線を向けたが、その瞬間に返された刃もかくやという鋭い眼光とそこに秘められた“邪魔するな”という意思に遮られた。
シャマル女史がその凄まじい気迫に涙目になって遁走したのは言うまでもない。
かわいそうである。
だがシグナムはそのような事に頓着しなかった。
歴戦の騎士の意中にあるはただ一つ、ヘリ格納庫より出てくるであろう一人の男の事だった。
それから幾許もない時が流れた時だった、ようやく待ち人の姿が現れた。
整備用のツナギの上にジャケットを着た長身の男、ヴァイス・グランセニックその人であった。
シグナムは思わずごくりと唾を飲む。
言っておくが興奮したから生唾を飲んだのではない、単に緊張の為だ。
気分は絶対的な死地に赴く前、愛剣の柄を握り締めた時に相当する。
歴戦の兵は未だかつてない緊張感に包まれ、同時にそれを踏破して進まんと決意を決める……。
だが、しかしであった。
意気軒昂と赴かんとした刹那、彼女より先にヴァイスに声を掛けるものがあったのだ。
「あ、ヴァイス陸曹。これからお昼ですか?」
涼しげな美貌に微笑を湛え、そう問い掛けたのは誰が見ても美丈夫と言い切れる青年であった。
名をグリフィス・ロウラン、シャープな眼鏡の良く似合う、機動六課の部隊長補佐官だ。
ヴァイス共々、機動六課では数少ない大人の男性隊員であるからして、ヴァイスと言葉を交わす機会も比較的多い。
だがそれにしたってあまりにもタイミングが悪いではないか。
シグナムは胸中にてそう毒づき歯噛みした。
かといって、話の間に割って入ってまで用向きを伝える程に烈火の将の乙女心は強靭ではなかった。
物理的な戦闘力と反比例するかの如く、彼女の女性としての精神は芽を出した若葉の如く繊細である。
俗世ではこれをヘタレと呼ぶ。
それはともかくとして、シグナムの殺気交じりの視線をよそにグリフィスはヴァイスに話しかけるのであった。
「良かったら昼一緒しませんか? ちょっと外に行くんですけど」
「ん? なんかいい店でもあんのか?」
「ええ、最近この近くにラーメン屋が出来まして。それでご一緒しないかと」
ラーメン屋、なるほど、それは男同士が連れ立って食しに行くには正しく絶好の店であった。
グリフィスがヴァイスを誘ったのもそのような理由であろう。
一人で食べに行くには寂しいが、女性を誘うのも気が引ける。
ガチンコなラーメン屋には何故だか知らないがそんな男くさい風情が漂うものなのだ。
「まあ特に用事もねえし、良いぜ」
これを断る道理もなく、ヴァイスは実にあっさりと了承した。
それを一部始終見ていたシグナムは、一瞬迷うがしかし……恨めしそうな眼で彼らを一瞥するや、踵を返した。
「ん?」
その刹那、ふわりと舞う桜色の髪を、ヴァイスは視界の端で一瞬だけ眼に留めた。
「姐さん?」
■
自分自身でさえ信じられないほどのヘタレぶりを発揮して逃げ去り、シグナムは今六課隊舎の中庭で一人ぽつんと座っていた。
頬を撫でるそよ風も、燦々と降り注ぐ太陽も、瑞々しく緑を輝かせる若草の香りでさえも今の彼女には忌まわしく思える。
つまりはひがんでいたのである。
「……はぁ」
抜けるように蒼が広がる晴天を仰ぎ見つつ、シグナムは魂まで吐き出さんとするかと思えるほどに深く溜息をついた。
合戦ともなれば例え敵が幾千幾万と陣を組み立ちはだかろうと臆さぬ気概を持つ己が、たかだか男に一声掛けるだけの事に狼狽し、竦みあがって逃げ出すとは。
数百年以上の昔、戦乱の古代ベルカで彼女に首級を取られた亡者共が聞けば抱腹絶倒するのは間違いない体たらくであった。
何故あそこでもっと気合を入れられなかったのかと悔やめども、時既に遅し。
いつまでも過去の失敗を後悔し続けるとは惰弱である、そして彼女はこと男女関係ともなれば類稀なるヘタレだったのだから仕方がない。
今のシグナムに残された道はただ一つ。
膝に上に乗せた弁当箱、その中に鎮座するおかず、都合二人分を黙々と消費する事のみであった。
内訳は以下の通りである。
炊き過ぎて焦げたご飯、焼きすぎて若干焦げた厚焼き玉子、同じく焦げたつくね団子、焦げたピーマンの肉詰め、そして焦げる心配のなかったブロッコリーの塩茹でとほうれん草のお浸しであった。
少しばかり焦げたものが多すぎるのは何も彼女が炎熱変換資質を持つ騎士だからでも、過度な愛情が料理に現われたからでもない。
ただ単に調理に慣れず悪戦苦闘した結果であった。
それでも、最初は暴走した闇の書の闇をも連想させる奇怪な物体を生成していた事を鑑みれば、十二分に食べられるレベルのものにまで仕上げた頑張りぶりを賞賛したいところである。
余談であるが、試作段階の料理を味見させられたシャマル女史には心よりご冥福をお祈りする。
話を戻そう。
つくね団子の焦げた味を噛み締めつつ、シグナムは自分の邪魔をしたグリフィスを謀殺できないものかとぼんやり考えていた。
それが本気なのかはたまた冗談の類なのかは憶測の難しいものである。
ともあれ、その時シグナムの思考は焦げたつくね団子とくだらない計算に費やされており、背後より近づく気配に気付く余裕がなかったのだ。
「これ、姐さんが作ったんすか?」
「はひぇ!?」
突如として真後ろより浴びせられた聞き覚えのある声に、シグナムは普段の凛々しさからは想像も出来ないほど愛らしい悲鳴を上げて驚いた。
それでも膝の上にあった弁当箱をひっくり返さなかったのは、それまで培ってきた並々ならぬ武芸の賜物であろう。
だが驚いた拍子に頬につくね団子の欠片をくっ付けている様はあまりにもお間抜けであった。
間抜けな顔で振り返った先にいたのは、やはりというべきか、ヴァイス・グランセニックに他ならなかった。
予想だにしなかったヴァイスの登場に、シグナムは目を白黒させて驚いた。
「な、なんでお前がここにいる!?」
「なんでって、別に特別理由はないっすけど。どうしてそんな事聞くんすか?」
「……ッ」
そう問われればシグナムは黙るより他になかった。
まさかグリフィスとラーメン屋に行くかどうかと話していた様子を覗いていた、などと素直に白状できるわけがない。
そんな度胸があればそもそも最初に声を掛けていた。
言葉に窮するあまり弁当箱の中にあった塩茹でブロッコリーを箸でちまちまと虐待するシグナム。
淡く頬を染めて、恥ずかしそうに視線を逸らす様は大層愛らしいのだが、食べ物で遊ぶのはあまり感心しない事ではあった。
そしてそんな所作こそがヴァイスの視線を禁断の弁当箱へといざなうのである。
「まあ、姐さんを見かけたんで付いてきただけなんっすけど。それ、美味しそうですね」
「そ、そうか……?」
「はい」
ヴァイスの言葉から察するに、彼は男同士で行く気ままなラーメン屋巡りよりシグナムの方が気になったという事である。
果たして、そこに僥倖を見出せぬほどに彼女も愚かではなかった。
ヘタレではあるが。
ブロッコリーの塩茹でをヴラド・ツェペシュ公よろしくザクザクと串刺しにしていた箸の先を恥じらいまぎれに口の中でもごもごと弄び、シグナムはちらりとヴァイスを見上げた。
今の気分を例えるならば、地獄と見紛う修羅の激斗の中で敵陣深くに斬り込んで、敵軍の大将首を単身で取りに行く時の心境であった。
一歩間違えば死……それほどの覚悟を決め、シグナムは消え入りそうなか細い声でぽつりと告げた。
「つ、作りすぎてしまったからな……良かったら、その……お前も食べるか?」
ドラムロールよろしく高鳴る心臓の鼓動、燃えてしまいそうな頬の熱を感じながら、お弁当箱を差し出して彼女は問い掛けた。
男女関係や色恋に関してはどこまでも臆病なシグナムの、なけなしの勇気であった。
彼女の一世一代の覚悟に対するヴァイスの答えは……、
「それじゃあ、喜んで」
にこやかな笑顔と肯定であった。
その表情と言葉に、嬉しさのあまり一瞬魂が涅槃に旅立ち掛けたのはここだけの内緒である。
そして彼女は“たまたま持っていた”と照れ隠しに主張してもう一組の箸を手渡し、ようやく念願かなってヴァイスにお弁当を食べさせるというミッションをコンプリートしたのであった。
多少不恰好ではあるものの、愛情というこの世で他に勝るものなきスパイスを加えられた料理に、彼も大層満足したようだった。
自分の頑張りに彼が満足してくれて、シグナムもまた無上の喜悦に頬を染めた。
ただ喜びのあまり、周囲の目を気にしていなかったのはその時のシグナムには考える余裕などない事だった。
中庭で仲良く手製の弁当を食すなど、誰がどう見てもバカップルのそれであった。
後日、隊内で持ち上がった二人の交際疑惑に対してシグナムは、顔をまっかっかにして否定したりする事になるのだが、それはまた別の話である。
終幕
著者:ザ・シガー
509 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:06:25 ID:7qL5aCfg [3/7]
510 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:07:02 ID:7qL5aCfg [4/7]
511 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:07:47 ID:7qL5aCfg [5/7]
512 名前:俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない! [sage] 投稿日:2011/06/22(水) 03:08:30 ID:7qL5aCfg [6/7]
俺の姐さんがこんなに可愛いわけがない!
昼下がりの午後である。
食堂である。
晴天である。
それすなわち、天下泰平、世は全て事もなし。
平安にしてうららかなる日という事だった。
機動六課の隊舎でもそれは同じであり、特に事件もない今日と言うありがたい日を、皆が満喫していた。
食堂で漫然と箸を弄ぶヴァイスもまたそうだ。
ぼぅ、っとしながら、彼は視線をそれとなく窓の外に泳がせる。
燦々と降り注ぐ春の心地良い日差しを受けた木々、その緑の映える中庭。
昼食を食堂でなく、持参の弁当などで済ます者の中には、中庭で爽やかな日差しと春風を味わいながら楽しむ人も多い。
ふと見れば、ライトニング分隊のフォワード二人、エリオとキャロもそんな中にいた。
木陰に座り、下に敷いたシートの上にランチバスケットと水筒を並べている。
キャロが手に取ったサンドイッチをエリオに差し出し、少年はどこか気恥ずかしそうに頬を染めてそれを受け取る。
少女が首を傾げて何かを聞くと、少年はまた恥ずかしそうにしながらも答える。
遠くにいるこっちにまで会話の内容が聞こえてきそうな雰囲気だ。
二人の年齢と相まって、まるでおままごとのような愛くるしさがあった。
同じようにその様を見守っている者達も、皆顔には優しげな微笑を浮かべていた。
なんと言えば良いのか……とにかく、“青春”と言いたくなる。
甘酸っぱくて瑞々しい、そんなイメージ。
そこでヴァイスは視線を正面に向けた。
眼前には一人の女がいた。
女がいるのは場が少しでも華やぐから良い。問題はその食している品だ。
敢えて言おう――牛丼であるとッ!
しかもただの牛丼ではない、それはナニを隠そう特盛であった。
ご飯も肉も並盛の倍近くあり、さらには上から生卵が落とされ、たっぷりの紅しょうがも乗せられて掻き混ぜられている。
加えて言うなら味噌汁とお新香まで付いている様であった。
このメニューのなんと男らしい事か。
断じて女人が頼んで格好のつく食事ではない。
だがしかし、その印象は食している本人があまりに呆気なく破っていた。
がっしりとどんぶりを把握した左手は不動にして、箸を持つ右手は流麗に、そして豪快に牛丼を口に運ぶ。
適度なタイミングで味噌汁とお新香も口に運ぶ動きは、もはや百戦錬磨の兵の様相であった。
女でありながらこうも見事に牛丼を喰らうのは果たして誰なのか。
彼女はヴァイスの良く知る人間であった。
「姐さん、美味いっすか?」
「ん? ああ、美味いぞ。お前も今度頼むといい、うちの食堂の牛丼はなかなかのものだ」
きりりとした美貌でそう返したのは、誰あろうヴォルケンリッター烈火の将にして、機動六課ライトニング分隊副隊長、シグナムその人であった。
ポニーテールに結われた桜色の艶やかな髪、豊かに起伏を描く女性的な肉体、麗しい美貌。
紛れもなく絶世の美女である。
ただ、その豪快が過ぎる程に男らしい食事のチョイスと食べっぷりが美麗なる容姿の全てを壊滅的なまでに蹂躙していた。
シグナム曰く。
前線派の騎士として、訓練で消費したエネルギーを効率よく摂取する事を考えるとこれが最上のメニューなのだそうだ。
それにしたってもう少し女らしいところを見せても良いのではなかろうか。
ヴァイスはそんな事をぼんやり考えながら、自身の昼食であるサンマ開き定食を箸でつつく。
漫然とサンマを口に運びながら、視線は外でお弁当を食べるエリオとキャロ、目の前のシグナムを見比べた。
「そういえば姐さん」
「ん? なんだ?」
「姐さんっていつも昼メシ食堂じゃないっすか」
「ああ、そうだな」
「自分で作ったりしないんすか、弁当とか」
「料理が出来ないわけではないが面倒だからな。作ろうと思って作れない事はない」
と、付け合せの味噌汁をずずっと啜りながら返すシグナム。
だが次なる刹那、ヴァイスが何とはなしに発した言葉は、まったくもって予想外の、不意打ちに近いものであった。
「へぇ、姐さんの作った弁当なら是非一度食べてみたいもんっすね」
言葉と共に、微笑を湛えるヴァイス。
悪戯っぽくはにかんだ微笑みは、本人はまったく意識せずに作ったものだが、何とも爽やかで心地良い最上のものだった。
唐突に間近で見せ付けられたその表情と言葉によって、普段は心の奥底に格納されたシグナムの乙女心はエクセリオンバスター級の砲撃がぶち込まれ、完膚なきまでに貫通されたのは語るまでもなかった。
パッと花弁が開くように淡く紅潮した顔を、彼女は持ち前の超人的反射神経でどんぶりを持ち上げて隠す。
そしてモグモグと牛丼を掻き込みながら、問うた。
「わ、わたしの作った弁当が……食べたいのか?」
「ええ、まあ」
ヴァイスは茫洋と外の景色を眺めながら、それこそ半分意識は上の空でそう応えた。
だがしかし、対するシグナムは、どんぶりの底で隠した顔に並々ならぬ決意を湛えていた。
果たして彼女がその思いつめた顔で何を想い、何を覚悟したのか。
それは窓から望む晴天を見上げたヴァイスにはまったく以って想像もよらないものであったのは確かである。
■
「あるじいいいいい!!」
夜分遅く、帰宅早々はやての部屋に駆け込んだシグナムは、さながら勝鬨を上げる古武士の如き野太い叫びを上げた。
もうそろそろ寝ようかと布団にもぐりこんだパジャマ姿のはやてが、掛け布団を跳ね上げて半身を起こし、驚愕に顔を引きつらせたのは当然の事と言える。
戦場の虎口に飛び込まんとするばかりの凄まじい形相のシグナムがまた、はやての不安を掻き立てた。
この騎士が狂乱の果てに自身を斬り捨てに来たと言われても信じてしまいそうである。
まあ、制服姿で無手のシグナムの様子からしてそのような事は詮無き妄想なのだが。
ともあれ、はやては自身の家族に対してまず第一声を発し、コンタクトを試みた。
「お、おかえりシグナム……いきなりどうしたん?」
そう問えば、回答は即座に打ち返された。
「主はやて、お頼みがあります。どうか私に料理を教えていただきたい!」
懇願を告げるや否や、シグナムはその場で頭を下げて土下座したのである。
わざわざ料理を教えるくらいの事で、しかも何の脈絡もなく頼み込みに来るとは一体どういう理屈なのか。
もはやはやての脳で処理しきれる話ではなかった。
彼女に出来た事はたった一つ、
「……べ、別にええよ」
肯定の返事を出すのみであった。
そしてその後に起こる事も、はやてには予測など出来なかっただろう。
「それはありがたい! では今すぐにでも!」
「ちょ、ええ!? 今からなん!? あ、明日からでもええやん、というか私寝たいんやけど……」
「何を申されるのですか主! 戦は待ってなどくれませぬぞ!」
「い、戦って、何いっとるんや……」
「ええい! 早くしてください主いッ!!」
「ちょ、ちょっとま……ひあ〜!」
ほとんど無理矢理引きずられる形で台所に強制連行され、はやての素っ頓狂な悲鳴が夜分の八神家に響いた。
家人はみな就寝中であり、烈火の将の狂行を止める者は誰一人とていなかったのもまた悲劇であった。
結局はやてはその晩、明け方までシグナムに付き合わされる事となった。
南無三である。
■
「……」
はやてが地獄の夜を迎えてから数日後の機動六課隊舎廊下で、シグナムは神妙な面持ちで廊下の曲がり角に待機していた。
手にはさながら自爆テロを行うテロリストの手製爆弾よろしく小包が大事そうに抱えられていた。
主君の薫陶によって身に着けた料理スペックをフル活動させて作り上げた、お弁当に他ならない。
お弁当を手に待ち構えるのは、業務を終えてヘリ格納庫から出てくるヴァイスである。
廊下の角に身を隠し、頬をやや赤らめている姿はやはりというか当然というか、道行く隊員の眼を止める様だった。
通りかかったシャマルが声を掛けようと視線を向けたが、その瞬間に返された刃もかくやという鋭い眼光とそこに秘められた“邪魔するな”という意思に遮られた。
シャマル女史がその凄まじい気迫に涙目になって遁走したのは言うまでもない。
かわいそうである。
だがシグナムはそのような事に頓着しなかった。
歴戦の騎士の意中にあるはただ一つ、ヘリ格納庫より出てくるであろう一人の男の事だった。
それから幾許もない時が流れた時だった、ようやく待ち人の姿が現れた。
整備用のツナギの上にジャケットを着た長身の男、ヴァイス・グランセニックその人であった。
シグナムは思わずごくりと唾を飲む。
言っておくが興奮したから生唾を飲んだのではない、単に緊張の為だ。
気分は絶対的な死地に赴く前、愛剣の柄を握り締めた時に相当する。
歴戦の兵は未だかつてない緊張感に包まれ、同時にそれを踏破して進まんと決意を決める……。
だが、しかしであった。
意気軒昂と赴かんとした刹那、彼女より先にヴァイスに声を掛けるものがあったのだ。
「あ、ヴァイス陸曹。これからお昼ですか?」
涼しげな美貌に微笑を湛え、そう問い掛けたのは誰が見ても美丈夫と言い切れる青年であった。
名をグリフィス・ロウラン、シャープな眼鏡の良く似合う、機動六課の部隊長補佐官だ。
ヴァイス共々、機動六課では数少ない大人の男性隊員であるからして、ヴァイスと言葉を交わす機会も比較的多い。
だがそれにしたってあまりにもタイミングが悪いではないか。
シグナムは胸中にてそう毒づき歯噛みした。
かといって、話の間に割って入ってまで用向きを伝える程に烈火の将の乙女心は強靭ではなかった。
物理的な戦闘力と反比例するかの如く、彼女の女性としての精神は芽を出した若葉の如く繊細である。
俗世ではこれをヘタレと呼ぶ。
それはともかくとして、シグナムの殺気交じりの視線をよそにグリフィスはヴァイスに話しかけるのであった。
「良かったら昼一緒しませんか? ちょっと外に行くんですけど」
「ん? なんかいい店でもあんのか?」
「ええ、最近この近くにラーメン屋が出来まして。それでご一緒しないかと」
ラーメン屋、なるほど、それは男同士が連れ立って食しに行くには正しく絶好の店であった。
グリフィスがヴァイスを誘ったのもそのような理由であろう。
一人で食べに行くには寂しいが、女性を誘うのも気が引ける。
ガチンコなラーメン屋には何故だか知らないがそんな男くさい風情が漂うものなのだ。
「まあ特に用事もねえし、良いぜ」
これを断る道理もなく、ヴァイスは実にあっさりと了承した。
それを一部始終見ていたシグナムは、一瞬迷うがしかし……恨めしそうな眼で彼らを一瞥するや、踵を返した。
「ん?」
その刹那、ふわりと舞う桜色の髪を、ヴァイスは視界の端で一瞬だけ眼に留めた。
「姐さん?」
■
自分自身でさえ信じられないほどのヘタレぶりを発揮して逃げ去り、シグナムは今六課隊舎の中庭で一人ぽつんと座っていた。
頬を撫でるそよ風も、燦々と降り注ぐ太陽も、瑞々しく緑を輝かせる若草の香りでさえも今の彼女には忌まわしく思える。
つまりはひがんでいたのである。
「……はぁ」
抜けるように蒼が広がる晴天を仰ぎ見つつ、シグナムは魂まで吐き出さんとするかと思えるほどに深く溜息をついた。
合戦ともなれば例え敵が幾千幾万と陣を組み立ちはだかろうと臆さぬ気概を持つ己が、たかだか男に一声掛けるだけの事に狼狽し、竦みあがって逃げ出すとは。
数百年以上の昔、戦乱の古代ベルカで彼女に首級を取られた亡者共が聞けば抱腹絶倒するのは間違いない体たらくであった。
何故あそこでもっと気合を入れられなかったのかと悔やめども、時既に遅し。
いつまでも過去の失敗を後悔し続けるとは惰弱である、そして彼女はこと男女関係ともなれば類稀なるヘタレだったのだから仕方がない。
今のシグナムに残された道はただ一つ。
膝に上に乗せた弁当箱、その中に鎮座するおかず、都合二人分を黙々と消費する事のみであった。
内訳は以下の通りである。
炊き過ぎて焦げたご飯、焼きすぎて若干焦げた厚焼き玉子、同じく焦げたつくね団子、焦げたピーマンの肉詰め、そして焦げる心配のなかったブロッコリーの塩茹でとほうれん草のお浸しであった。
少しばかり焦げたものが多すぎるのは何も彼女が炎熱変換資質を持つ騎士だからでも、過度な愛情が料理に現われたからでもない。
ただ単に調理に慣れず悪戦苦闘した結果であった。
それでも、最初は暴走した闇の書の闇をも連想させる奇怪な物体を生成していた事を鑑みれば、十二分に食べられるレベルのものにまで仕上げた頑張りぶりを賞賛したいところである。
余談であるが、試作段階の料理を味見させられたシャマル女史には心よりご冥福をお祈りする。
話を戻そう。
つくね団子の焦げた味を噛み締めつつ、シグナムは自分の邪魔をしたグリフィスを謀殺できないものかとぼんやり考えていた。
それが本気なのかはたまた冗談の類なのかは憶測の難しいものである。
ともあれ、その時シグナムの思考は焦げたつくね団子とくだらない計算に費やされており、背後より近づく気配に気付く余裕がなかったのだ。
「これ、姐さんが作ったんすか?」
「はひぇ!?」
突如として真後ろより浴びせられた聞き覚えのある声に、シグナムは普段の凛々しさからは想像も出来ないほど愛らしい悲鳴を上げて驚いた。
それでも膝の上にあった弁当箱をひっくり返さなかったのは、それまで培ってきた並々ならぬ武芸の賜物であろう。
だが驚いた拍子に頬につくね団子の欠片をくっ付けている様はあまりにもお間抜けであった。
間抜けな顔で振り返った先にいたのは、やはりというべきか、ヴァイス・グランセニックに他ならなかった。
予想だにしなかったヴァイスの登場に、シグナムは目を白黒させて驚いた。
「な、なんでお前がここにいる!?」
「なんでって、別に特別理由はないっすけど。どうしてそんな事聞くんすか?」
「……ッ」
そう問われればシグナムは黙るより他になかった。
まさかグリフィスとラーメン屋に行くかどうかと話していた様子を覗いていた、などと素直に白状できるわけがない。
そんな度胸があればそもそも最初に声を掛けていた。
言葉に窮するあまり弁当箱の中にあった塩茹でブロッコリーを箸でちまちまと虐待するシグナム。
淡く頬を染めて、恥ずかしそうに視線を逸らす様は大層愛らしいのだが、食べ物で遊ぶのはあまり感心しない事ではあった。
そしてそんな所作こそがヴァイスの視線を禁断の弁当箱へといざなうのである。
「まあ、姐さんを見かけたんで付いてきただけなんっすけど。それ、美味しそうですね」
「そ、そうか……?」
「はい」
ヴァイスの言葉から察するに、彼は男同士で行く気ままなラーメン屋巡りよりシグナムの方が気になったという事である。
果たして、そこに僥倖を見出せぬほどに彼女も愚かではなかった。
ヘタレではあるが。
ブロッコリーの塩茹でをヴラド・ツェペシュ公よろしくザクザクと串刺しにしていた箸の先を恥じらいまぎれに口の中でもごもごと弄び、シグナムはちらりとヴァイスを見上げた。
今の気分を例えるならば、地獄と見紛う修羅の激斗の中で敵陣深くに斬り込んで、敵軍の大将首を単身で取りに行く時の心境であった。
一歩間違えば死……それほどの覚悟を決め、シグナムは消え入りそうなか細い声でぽつりと告げた。
「つ、作りすぎてしまったからな……良かったら、その……お前も食べるか?」
ドラムロールよろしく高鳴る心臓の鼓動、燃えてしまいそうな頬の熱を感じながら、お弁当箱を差し出して彼女は問い掛けた。
男女関係や色恋に関してはどこまでも臆病なシグナムの、なけなしの勇気であった。
彼女の一世一代の覚悟に対するヴァイスの答えは……、
「それじゃあ、喜んで」
にこやかな笑顔と肯定であった。
その表情と言葉に、嬉しさのあまり一瞬魂が涅槃に旅立ち掛けたのはここだけの内緒である。
そして彼女は“たまたま持っていた”と照れ隠しに主張してもう一組の箸を手渡し、ようやく念願かなってヴァイスにお弁当を食べさせるというミッションをコンプリートしたのであった。
多少不恰好ではあるものの、愛情というこの世で他に勝るものなきスパイスを加えられた料理に、彼も大層満足したようだった。
自分の頑張りに彼が満足してくれて、シグナムもまた無上の喜悦に頬を染めた。
ただ喜びのあまり、周囲の目を気にしていなかったのはその時のシグナムには考える余裕などない事だった。
中庭で仲良く手製の弁当を食すなど、誰がどう見てもバカップルのそれであった。
後日、隊内で持ち上がった二人の交際疑惑に対してシグナムは、顔をまっかっかにして否定したりする事になるのだが、それはまた別の話である。
終幕
著者:ザ・シガー
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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