924 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:20:39 ID:DkGeKUJ6
925 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:21:53 ID:DkGeKUJ6
926 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:23:00 ID:DkGeKUJ6
927 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:24:05 ID:DkGeKUJ6
928 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:26:05 ID:DkGeKUJ6
929 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:27:21 ID:DkGeKUJ6
930 名前:外道流れ旅[sage] 投稿日:2009/05/27(水) 21:27:57 ID:DkGeKUJ6

外道流れ旅 SWORD&BULLET


 テッド・バンディ、魔銃の二つ名を持ち暴虐と陵辱をこよなく愛する外道。
 ジャック・スパーダ、魔剣の二つ名を持ち剣戟と死闘をこよなく愛する外道。
 とある仕事をきっかけに知り合ったこの二人の外道は今、どういう訳か行動を共にしていた。
 魔銃と魔剣、世に悪鬼よ羅刹と疎み蔑まれる人殺しのろくでなし共。
 これは、血と暴力を求めさすらう二匹の外道の物語である。





「こーれーで……二百匹目っと」


 言葉と共に、森の色濃き緑を引き裂いて一筋の赤い閃光が高速で射出された。
 それは魔力の塊、攻撃し殺傷する為の術式、射撃魔法の光だ。
 魔法と呼ばれる広く世界に普及した術理、行使したのは一人の男。
 レザー調の血のより赤いバリアジャケットを纏い、手に巨大な拳銃型デバイスを持った金髪の美男子、テッド・バンディ。
 広き管理世界で外道の殺人者として指名手配されている犯罪者である。
 高位のミッド式射撃魔法の使い手であるバンディは、先ほど自身の放った魔弾の餌食に飛行魔法を行使して近づいた。
 深い森の中、そこには鮮やかな虹色の羽を持つ一羽の鳥が胴を撃ち抜かれ、血の泡の中に沈み身体をピクピクと痙攣させている。
 その死に際の哀れな鳥に、外道の男は酷薄な笑みを浮かべてとどめの一発を撃ち込み、息の根を止めた。
 鳥の名はエピオルニス、この世界、61番目の管理世界スプールス固有の生物で絶滅危惧種に指定されている希少動物。
 もはや言うまでもないが、これはつまり禁じられた狩猟行為、密猟である。
 厳しく密猟は規制されているエピオルニスであるが、その剥製は好事家によりかなり高値で取引されており密猟は後を絶たない。
 そしてバンディもまた、そんな裏ルートでつく魅力的な値段に釣られてここに狩りをしに来た犯罪者の一人である。
 血に濡れた鳥の尾を掴み持ち上げると、彼は自分の後ろにいたもう一人の男に声をかけた。


「おーい、さっさと袋持って来い」

「はいはい。まったく、人使いが荒い人ですねぇ、まったく」


 と、呆れたような口調で外道の相棒が血染めの麻袋を手に現れる。
 首の後ろで結んだ黒い長髪、白い詰襟の聖職者のようなバリアジャケットを纏う、揺れる左袖から右腕のみの隻腕と分かる長身痩躯の男、ジャック・スパーダ。
 魔剣の名で恐れられた最強最悪の殺人鬼にして殺し屋、人を斬り殺しそして殺し合う事にしか生き甲斐を見出せない圧倒的な狂人にして、今はバンディの相方を務める犯罪者である。
 隻腕の男は片手に持った麻袋の口を緩めると、それをバンディに差し出す。
 外道の銃使いは、それに先ほど仕留めた鳥の骸を放り込んだ。


「これで袋も20個目ですねぇ、総じてざっと」

「200匹ジャストだ。こりゃあ随分な稼ぎになんぜぇ」


 バンディは己がデバイス、全体的に角ばったデザインに十字架のあしらわれた拳銃型の愛機を指先でクルクルと回す。
 鍛えられた腕が成す高速のガンスピン、さらに男はそのまま腕を跳ね上げ、宙に放る。
 華麗な曲線を描く得物を反対の手で掴む、まるで曲芸師のように熟練の芸を披露。
 そして、口元に邪悪な笑みを嬉しそうに浮かべ、言う。


「はは! こんだけありゃあ、しばらく金には困らねえ」

「ですねぇ。しかし」

「しかし?」


 相方の隻腕の言葉を反芻するように男は問う。
 ジャック・スパーダは一度頷くと、言葉を続けた。


「この世界、動物や自然保護の為に管理局員が常駐してるらしいじゃないですか。こんな堂々と狩りをしてて大丈夫ですかね?」

「ああ? んなもん大した事ねえだろうが。こんなへんぴな辺境世界にいるようなヤツぁ高が知れてんだろ。
それに……てめえとしちゃ、手応えのあるヤツがいた方が嬉しいんじゃねえか? え? 戦闘狂(バトルマニア)」


 問われ、スパーダは笑みで答えた。
 まるで子供がするような、無邪気ささえ感じる屈託ない微笑。
 だがそれ故に怖気を感じるような薄ら寒い表情。
 顔に浮かべたそこには、決して常人、まともな感性を持つ人間にはない正気を欠落した者の色があった。


「言うまでもないでしょう? 私の唯一の生き甲斐ですよ、殺し合いは」

「はっ。そう言うと思ったよ、このぶっ壊れが」

「ははは、あなたには言われたくないですよ。いつも女性を犯す事ばかり考えてるよりかはマシじゃないですか?」

「うっせえ、バァカ」


 一見するとまるで悪友同士の語らいのように、外道は言葉を交わす。
 ただし語らう内容は殺戮や陵辱の、正常な価値観や規範を逸脱した悪徳ばかりではあるが。
 と、そんな時だった。
 唐突にバンディが視線を対面のスパーダから外し、宙を仰ぐ。
 視線のその先、遥か遠方の空から飛来する物体を彼の知覚が捉えたのだ。
 射撃型魔導師として常に半径2キロメートル、自身の射程内を索敵し照準する術式、魔力知覚(マギリングセンサー)。
 それが今、一個の外敵要素を感知した。
 バンディは感知した対象の方向を見据え、視力も術式を行使して強化する。
 常ならば霞んで見えぬ距離、米粒程度にしか見えぬ相手の姿を視認。
 それは竜、翼で空を飛ぶ大きな竜とそれに跨る少年少女だった。


「ああ、なんかこっち来るぞ」

「ほぉ、管理局の方で?」

「わかんねぇ。でもまあ、たぶんそうだろうな、結構派手に撃ちまくってたし」


 本日、既に三桁に昇る数の希少動物を射撃魔法で狩っている。
 魔力波動にしろ銃声や銃火にしろ、人の興味を引くのには十分すぎるだけの事をした。
 当然といえば当然である。
 飛来する竜の影、それは確実に管理局かそれに類する者なのだろう。
 だが、二人には少しの緊張もない。
 むしろ口元には薄ら笑いすら浮かべている。
 それは邪悪な、どす黒く濁ったような笑みだった。
 無理もない、こちらに来るのはたった一匹の竜と二人の少年少女なのだ。
 自分たちは数多の次元世界で悪鬼羅刹と恐れられ、管理局の魔導師だろうがなんだろうが目の前に立ちはだかる全てを蹂躙してきた猛者である。
 あんな小さな子供らに負ける道理などどこにもなかった。
 あえて言うなれば、彼らは贄。
 獰猛な肉食獣の前に哀れにも飛び出してしまった子ウサギのようなもの。
 二匹の魔獣は、眼前に現れた餌に口元から涎を垂れ流し、喜悦に胸躍らせ小さく笑った。
 嗚呼、久しぶりのご馳走だ。と。





 スプールスの自然保護隊が状況を察したのは、今から数時間前の事だった。
 上手く隠蔽されていたが、空間転移魔法の微弱な反応があり、射撃魔法のものと推測される銃声や銃火が確認された。
 これれらの要素から導き出される事象、それは即ちこの世界で発生する最も多いそして唯一の犯罪、密猟が行われている事を示す。
 J・S事件終了後から保護隊メンバーとしてこの地で任務に従事してた少年少女、エリオとキャロは事態を解決すべくすぐさま保護隊施設を発った。
 召喚師であるキャロの使役竜フリードリヒに跨り、二人は現場に急行する。
 そこで目にしたのは、森の中に立つ二人の男だった。
 長身痩躯を白い衣服に包んだ、黒髪で隻腕の男。
 金髪を揺らした美貌の、赤いレザーを着た男。
 金髪の男が手に持つ銃、周辺の魔力残滓から察するに恐らくは拳銃型の射撃タイプのデバイスと判断できる。
 それを認識したエリオとキャロは警戒心を強め、表情の険を宿す。
 凶悪な密猟者には今までも何度か遭遇してきた、二人は油断せぬよう気を引き締めて眼前の男達の前に降り立った。
 エリオは手に愛槍、ストラーダを構え。
 キャロは自身の召喚竜フリードの背に乗ったままで。
 竜の羽が巻き起こす風が止むと同時、最初に声を発したのはキャロだった。


「私たちはこの周辺の自然保護隊の者です、少しお話を伺ってもよろしいですか?」


 問われ、答えたのは金髪の男。
 まるでこちらを小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべて美貌を歪め、男、テッド・バンディは言う。


「ああ、何か用かい?」


 その言葉に、今度は槍を持つ少年、エリオが問う。


「あなた方はここで何をしているんですか?」

「んー、観光? かな」

「ならその袋の中身はなんですか」

「さあね」

「見せていただけませんか。もしあなた方が密猟者でないのなら、ですが」


 少年は単刀直入に、嫌疑の眼差しを向けて言う。
 銃を手に、血溜まりの元で血濡れの袋を持った男二人。
 これを“観光”などと言われ、信用できるほどエリオも抜けてはいない。
 この要求に、金髪の男はどこかおどけたような笑みを浮かべて答える。


「ああ、ハイハイ、じゃあよ〜く見ておいてくれよ?」


 瞬間、紅き閃光が煌めいた。
 バンディの手にした銃が瞬く間に跳ね上がり、その銃口から鮮紅の魔力弾が射出される。
 大気を切り裂き突き進む魔弾が狙うは、竜に跨る召喚師の少女の眉間。
 バリア破壊術式を纏う貫通特化の直射弾、喰らえば絶命必至の閃光がキャロ目掛けて撃ち放たれる。
 が、それがその目的を果たす事はなかった。
 着弾直前、少女の手前で爆音と衝撃を伴い、紅き魔弾は両断された。
 勇敢なる槍騎士によって。


「ヒュ〜、ヤルじゃん坊主」


 少年との会話で彼に注意を向けると見せかけて、召喚師の少女から殺そうとしたバンディは口笛交じりに言う。
 抜き撃ちで放たれた射撃魔法を、高速移動で射線に回り込み、刃で絶つ。
 若き槍騎士、エリオの成した技前に男は純粋な驚きと賞賛を送った。
 だが、対する少年の瞳には鮮やかな程の怒りが燃えていた。
 自分ではなく隣りの少女を狙ったという相手の卑劣さに、エリオの眉根が正義感から来る怒りに歪む。


「局員への障害未遂現行犯であなたを逮捕します。大人しく武装を解除してください」


 と、猛る心を抑えつつ、少年は理性的な言葉と共に槍の穂先をバンディに向け構える。
 言葉に出さぬ怒りを代弁するかのように、エリオの愛機ストラーダの刃には幾筋もの電撃が走った。
 大気を焼く電撃がオゾン臭を殺気と共に漂わせ、少年の身らしからぬ気迫をかもし出す。
 だが、これに対し眼前の男二人はまるでエリオを嘲笑うかのように口元に微笑を浮かべる。


「だとさ、どうするよ?」

「うーん、そうですねぇ。逮捕されるのは嫌なので、とりあえず抵抗しますか」


 日常の瑣末な事柄を語るような、本当に軽い口調で隻腕の男、ジャック・スパーダは言うと一歩前に進み出る。
 同時、彼の一本しかない腕が翻ったかと思えば、そこに一振りの刃が顕現した。
 それは切っ先から柄尻まで、使い手であるスパーダの身の丈を超えるような長剣型のデバイス。
 浅く弧を描くそれはさながら刀のようであるが、ブレードの両サイドに刃を有する諸刃の形状から剣であると分かる。
 長大な得物を軽々と振り上げ、肩の上に乗せながら男は少年に微笑を浮かべた。
 戦闘を前にした張り詰めた空気の中で浮かべるとは思えぬ、心の底からの喜悦の笑みで。


「さて、では始めますか。私はあの少年を頂きますよ」

「はっ、好きにしろ」

「ええ、好きにさせてもらいましょう。では……」


 言の葉の残響が空気を揺らした刹那、隻腕の男の姿は掻き消える。
 まるで霞と消えるように、先ほどまで立っていた大地に土煙だけを残して視界から消失。
 だがエリオは確かにその鋭敏な感覚で察知した。自身の上方からナニかが迫るのを。
 意識の外、肉体に覚えこませた無意識と第六感に従い、少年の身体は愛槍の穂先を縦一文字に斬り上げる。
 瞬間響いたのは凄まじく甲高い金属音。
 刃と刃の狂想曲(ラプソディ)が空気を彩る。
 ストラーダを軋ませ視線を向ければ、そこには隻腕の男が狂気に染まりきった瞳でこちらに笑いかけていた。


「さあ、では始めましょうか♪」


 狂った剣鬼が言うや次なる刹那、超速の剣舞が幕をあげた。
 隻腕の剣士と幼き槍騎士の剣戟演舞が甲高い刃の音色と共に始まり、二人の身体は高速移動によりさながら風の如くその場から消えた。
 剣と槍との睦み合いが生む火花の光と残像が生死を賭けたダンスを刻む。
 エリオとスパーダはそのまま刃を交えつつ側方へと跳び、森の中の開けた場所へと落ちる。
 パートナーの後を追おうとキャロもまたフリードを駆ろうとするが、それは一筋の閃光に阻まれた。
 紅い、血のような朱の魔力弾。
 放ったのは言うまでもなく先ほどの外道、テッド・バンディ。
 男はさながら餓えた獣のように、その瞳をギラつかせ、笑う。


「おいおい、嬢ちゃんの相手はこっちだぜ?」


 その眼、まるで地獄の底のような眼。
 そして大気を伝播する気迫、空気が凍てついたかと思うような、想像を絶する殺気と魔力が五体から滲み出る。
 瞬間、キャロは感じた。
 自分の跨る竜、フリードリヒの硬い皮膚が震えているのに。
 召喚師である少女には分かる、竜の身体を震わせるものの正体が“恐怖”だと。
 飛竜は怯えているのだ、目の前にいるたった一人の人間が、自分とは隔絶した次元の戦闘存在である事を本能で知ったが故に。
 それを認識し、キャロは背筋に氷塊を流し込まれたような怖気を感じる。
 青ざめ、震える少女に、バンディは悪魔のような微笑みを浮かべ、告げた。


「さぁて、じゃあお楽しみと行こうか」


 地獄の始まりの合図は、そのたった一言だった。





 森の中の開けた地、青々と草の茂る原を少年と剣鬼が駆ける。
 隻腕の鬼が振るう刃、長剣が織り成す剣閃がエリオの首を薙がんと右から真一文字に振るわれた。
 スパーダの放つ右からの、自分からすれば左方向からの刃を、少年は魔力強化された反射速度で防ぐ。
 愛鎗ストラーダを手中で巧みに回転、物理保護と加速、そして魔力刃の鋭利化を施したそれで、襲い来る魔剣を掬い上げるように上方へと斬り上げた。
 魔力によって成された物理保護術式がぶつかり合う閃光、次いで今度は甲高い金属音と火花が生まれ、鮮やかな戦場の演舞を彩る。
 絶命必死の魔刃をなんとか防いだエリオだが、しかし彼には安心する暇などない。
 次なる刹那には既に二撃目、上段から振り下ろす刃が放たれた。
 縦一文字に少年の五体を両断せんと、高速の兇刃が振り下ろされる。
 天の陽光に銀色と輝く白刃、エリオの正中線を断とうと放たれた魔剣。
 若き槍騎士は、先ほどの防御動作の慣性を利用してストラーダの穂先をさらに一回転させ、再びその穂先で敵の刃を防いだ。
 魔力と硬質な刃同士が激突し、その衝撃に空気が爆ぜる。
 デバイスとデバイス、刃と刃、狂気と正気。
 二つの存在がぶつかり合い、人の神経を逆撫でする耳障りな金属音を立てて互いの得物を軋ませる。
 エリオは額に嫌な汗を流しながら、顔に苦渋を浮かべた。
 鍔競っている相手からの圧力が尋常でないのだ。
 足元の草地、その存外に硬い地層の大地に深く足がめり込み、全身の筋肉と骨格が悲鳴を上げている。
 隻腕、相手は腕がたった一本しかないというのに、まるで巨人か人外の魔物でも思わせるような金剛力を誇った。
 魔力による身体強化の気配も薄い。
 これが剣鬼の純粋な肉体の力だと知り、少年の身体から余計に汗が溢れる。
 怖気の、恐怖からくる汗だ。
 親代わりになってくれたフェイトに、かつての上司であるシグナム。
 エリオは多くの、強く気高い戦士を知っていたが、今目の前にいる相手はその全てと決定的なまでに“違う”。
 少年は、闘争の場でここまで楽しげに嬉しげに、そして壊れた笑みを浮かべられる者など知らなかった。


「ふふ、良いですねぇ、良いですよあなた。その年でよくそこまで鍛えたものです……久しぶりに楽しめそうですよ♪」


 まるでプロムの夜に、最高の美少女とダンスできる少年のような。
 まるでクリスマスにサンタさんから最高のオモチャをもらった子供のような。
 嬉しくて嬉しくて堪らない、そんな無邪気で毒気のない笑顔を、隻腕の男、ジャック・スパーダは浮かべていた。
 ありえない。
 それはエリオの常識から考えてありえない事だった。
 普通の人は戦いの場でこんな明るい笑みは見せない。
 普通の人は命のやり取りの場でこんな嬉しそうに喋らない。
 普通の人はこんなに壊れていない。
 異常だ。
 目の前のこの男は明らかに常軌を逸していた。
 人間が人間であるための正常性、正気をどこまでも果てしなく欠いていた。
 それを認識し、恐怖と嫌悪が混ざり合った感情がふつふつと心を侵食する。
 もし許されるなら逃げ出したいとさえ思う。
 だがそれは許されない、少年の心が、そこにある正義感が許さない。
 自分が成す事は背を向けて逃げ出す事でなく、相手を打ち倒し、勝利する事だ。
 胸中で自身を叱責、幼い騎士は体内のリンカーコアを燃焼させ魔力を搾り出す。
 ストラーダの物理保護に五体にかけた身体強化術式へとさらなる魔力を流し込み、強大な敵の膂力へと押し返した。
 押されつつあった鍔競り合いを五分の状態へと持ち直す少年の気概に、剣鬼は笑みを喜悦でより深く染める。
 と、そんな時だった。
 二人が斬り結ぶその場よりいくらか離れた場所で音がした。
 爆音ともとれる高出力射撃魔法の射出音、そして人にあらざる獣、恐らくは竜の断末魔に似た叫び。
 それがフリードと先ほどの金髪の男の戦闘音だと、エリオが察するのにそう時間はかからなかった。
 パートナーの窮地を感じ、少年は思わず狼狽を見せた。


「くっ! キャロッッ!!」


 視線を音のした方向へと向け、少女の名を叫ぶ。
 が、それは決して闘争の場において、眼前に敵のいる状況でして良い行為ではなかった。
 少年の身体から力が僅かに抜けた瞬間、鍔競る刀身に火花と共に凄まじい圧力が生まれる。
 今まで感じていた力が嘘のような、超絶の金剛力。
 瞬間的に四肢に魔力を流し、燃焼させ、身体強化術式が行使されたのだ。
 その力はエリオを、物理保護・デバイス・肉体、それら一切合財をひっくるめて吹き飛ばした。
 フワリと感じる無重力的な感覚。
 自分が、浮いた、という自覚を得る間もなく、少年の意識が寸断された。
 エリオの思考力を奪った正体、それは蹴り。
 鍔競りから少年を吹き飛ばし、そのまま流れるように放たれた前蹴りが中空の彼の鳩尾を捉えたのだ。
 金属製レガートを装着したブーツ、その爪先が魔力による物理保護を施され、エリオの肉体をバリアジャケットなど無いかの如く蹂躙。
 内臓はおろか背筋に埋まる背骨までへし折りそうな力で行われた蹴撃に、少年の意識は霧散した。
 意識を失った肉体は宙を数メートル舞い、草と硬い土の上に落ちる。
 まだ成長しきらぬエリオの身体が柔らかな草で数回バウンドし、まるで投げ捨てられた人形のように面白いくらい転がった。
 その衝撃に意識が戻ったのか、少年は転がる慣性に従って身体を制御、槍を支えに制動をかけた。
 ストラーダを杖代わりにエリオはなんとかその場に踏みとどまったが、蹴られた箇所から激痛が全身を駆け巡る。
 苦痛に顔をしかめ、血を吐き漏らしながらも少年は強靭な意志でそれを捻じ伏せ、視線を敵に向けた。
 瞬間、目の前に長剣の刃が翻った。


「ッッ……」


 目の前に切っ先を突きつけられ、エリオは言葉にならない声を零す。
 日の光を反射し、銀色に妖しく輝く魔剣の刃。
 もし相手にその気があるならば、エリオは瞬きする間に絶命し果てるだろう。
 剣を交え、この剣鬼がそれだけの実力を有しているという事は嫌というほど味わった。
 息吹を感じるほど間近な“死”の気配。
 少年の背筋が、本能的な恐怖により滝のように流れた汗で濡れる。
 額に脂汗を浮かべ、表情を強張らせるエリオ。
 だが、対する隻腕剣鬼は残念そうなというか、なんともいえない表情で少年を見下ろしていた。


「あぁ〜、もう何してるんですか。せっかく良い戦いだったのに、よそ見して油断するなんて、減点ですよ?」


 さながら教え子を優しく叱るように、狂った男はエリオを嗜めた。
 明らかにこちらを殺す気だというのに、発露する感情はどこまでも穏やか。
 再認識させられる異常な狂気性、壊れた人間の情緒。
 今まで感じたものを上回る恐怖が心を染めるが、それは一瞬だった。
 次なる刹那、エリオは己が目に映った光景に恐怖も苦痛も忘れ、声の限りに叫ぶ。


「キャロッッ!?」


 愛するパートナーの名を。





「あー、こっち終わったかぁ?」


 気の抜けたような問う声と共に、金髪の男がやって来た。
 各所にベルトや鋲のシルバーを有する紅いレザー調のバリアジャケットを纏い。
 右手には十字架の刻まれた拳銃型デバイスを持ち、そして左手にはボロボロになった桃色の髪の少女を引きずっていた。
 白を基調としたバリアジャケットのあちこちを穿たれ、引き裂かれた哀れな形(なり)の召喚師の少女。
 パートナーのその様に、少年は声を張り上げ彼女の名を叫ぶ。
 キャロ、と。
 名を呼ばれ、少女は顔を上げる。
 幾分か血の気は引いた顔で少年を見つめ、乙女もまた彼の名を呼んだ。


「……エリオ、くん」


 か細い、消え入りそうな儚い声。
 そして自分を見つめる涙で潤んだ瞳に、少年は細胞一つ一つに至るまで刻まれた恐怖を跳ね除け、奮い立った。
 先ほどまで震え上がる寸前だった脚は磐石と立ち、力を失いかけた腕は力強く槍を構え穂先を敵に向け、眼光はカミソリのように鋭い気迫を帯びる。
 これに、二人の外道はそれぞれに別種の嗜虐的笑みを浮かべた。
 金髪の美貌を持つ悪鬼は、左手で襟首を掴んだ少女を掲げ、邪悪に笑む。


「安心しろよ坊主、かる〜くボコっただけで“まだ”何もしてねえ」


 それは悪魔のまるで弱い獲物を嬲り殺すのを楽しむ魔獣のような、獰猛な笑顔だった。
 獲物は言うまでもなく手にした少女。
 その穢れ無き純潔、雄を知らぬ未成熟な女体に、外道の獣は嬉しげに楽しげに笑う。
 と、金髪の悪鬼に、相方であるもう一人の鬼がふと問う。


「こっちはまだお楽しみの最中、ってところですが。さっきの竜はどうしました?」

「ああ、もうとっくの昔にバラしたぜ。綺麗に脳天ぶち抜いてな。ま、火力はそこそこあるが所詮はケダモノ、トロイ動きしてやがったから軽いもんよ」

「左様で」


 フリードリヒの死、それをエリオは認識し血が出るほど歯を噛み締めた。
 二人の会話、そしてキャロが捕まったという事実からも明らかだろう。
 機動六課入隊当初、キャロと初めて出合った時もあの竜と一緒だった。
 思わず目元を一筋の涙が流れるが、少年騎士はそれを首を振って払う。
 今は悲しみ暮れる間などない、この悪鬼のような二人の男を倒し、キャロを救わなければならばいのだ。
 たった一人を相手にしても絶望的戦力差を有する悪魔、それを今度は二人同時である。
 劣悪を通り越して最悪とも呼べる状況。
 そうエリオが認識した瞬間、唐突に隻腕が相棒に語りかけた。


「バンディさん、そのお嬢さんにまだ手は出さないでくださいよ?」

「あ? 指図する気かよ?」

「いえいえ、ただの相談ですよ」


 そう言うや、剣鬼はクルリと視線をエリオに向ける。
 ギラギラと、まるで遊ぶのに夢中な子供のように喜色と輝く瞳が少年をまっすぐに捉えた。
 そして、狂った剣鬼は嬉しげに言う。


「こうしましょう、もし私を倒せたらあのお嬢さんは解放します」

「おいおい、俺は了承してねえぞ?」

「しかし、もしあなたが負けた場合はあちらのバンディさんがとてもとても酷い目にあわせます」

「って、聞いてねえし」


 苦言を漏らすバンディを無視し、スパーダはニッコリと笑って問うた。


「どうですか? 素敵な提案でしょう?」


 まるで意中の女性をデートに誘うように、心の底から嬉しそうな問い掛けを男はした。
 エリオはその狂気に気おされながらも、唾を飲み込み、答える。


「……分かりました。約束、してくれますね?」

「ええ、もちろんです」


 答えが出るや否や、それを合図として再び剣戟の舞踏が始まった。
 一人の少女の純潔を賭け、正気と狂気がぶつかり合う。
 狂った刃の宴が。


続く


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目次:鉄拳の老拳士 拳の系譜
著者:ザ・シガー

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