9 名前:『休日は、ホットケーキ』[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 02:24:07 ID:dd47gSXS
10 名前:『休日は、ホットケーキ』[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 02:26:02 ID:dd47gSXS
11 名前:『休日は、ホットケーキ』[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 02:27:19 ID:dd47gSXS
12 名前:『休日は、ホットケーキ』[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 02:28:34 ID:dd47gSXS

ドアの開く気配と、近付いてくる小さな足音。

ユーノが目を開けると、ベッドの端から覗き込む色違いの瞳があった。
こちらの目覚めに気付いた瞬間、あどけない顔が“ニパ〜っ”と笑みに変わり、
「お──」
素早く唇に人差し指を持っていくと、ジェスチャーに気付いて声を飲み込み、小さく囁いてくる。
「おはよー、パパ」
「お早う、ヴィヴィオ」
ヒソヒソ声で挨拶を交わして、それからユーノは隣で眠るなのはを起こさないよう、
そっとベッドから脱け出した。
「せっかくのお休みだから、ママはもう少し寝かせてあげようね」
囁いて、軽く娘の背中を促す。トコトコと跳ねる足取りでついてくるヴィヴィオと一緒に寝室を
出ると、そのままリビングへ向かった。

ヴィヴィオの手によるものか、カーテンはとっくに引いてあって、明るい日差しが部屋を満たしている。
時計に目を遣ると、いつもより随分と遅い時間だ。
察するに、時間通りに目覚めたヴィヴィオは、いつまで経っても起きてこない両親に痺れを切らせて
寝室まで覗きに来たのだろう。

「お腹すいた? ヴィヴィオ」
まだパジャマのまま、眼鏡を掛け直してユーノが愛娘に尋ねた。
「ん〜〜……」
ピンクのセーターにキュロットスカートのヴィヴィオが、困ったような顔で身体をくねらせる。
お腹はすいた。でもママを起こすのはかわいそう。そんなジレンマが見て取れる。
「ははは。じゃあ、朝ごはんにしようか」
「パパがつくるの?」
正直者の娘は、目を大きく見開いて、不思議そうに首を傾げた。
「フフフフフ、パパを見くびるなよ。こんな事もあろうかと隠してある奥の手が」
ユーノはキッチンに足を運び、収納棚から紙箱を引っ張り出した。
この前、なのはの実家に家族で顔を見せに行ったとき、義母に持たされた土産の品。
「わぁ、ホットケーキ!」
ヴィヴィオが目を輝かせて飛び跳ねる。
正しくはホットケーキの素。粉・卵・ミルクの分量をきちんと守って、ダマにならないよう
充分混ぜれば、少々料理の経験が無くたって失敗なんかしない。と思う。多分……。

いつもは妻が身に着けるエプロンを掛け、ユーノがカップで計量しながら慎重に粉をボウルに移す。
ヴィヴィオはすぐ横で、珍しそうに父の料理姿を見上げていた。
「え〜と、卵、卵……あれ? 卵が無い」
「パパ、卵はこっち」
冷蔵庫の上段ドアを漁っていたユーノに、同じく生鮮用ドアを開けたヴィヴィオが卵を差し出す。
「あぁ、ありがとうヴィヴィオ。それとミルク……しまった! 夕べ全部飲んじゃったか!?」
「はい、これ。いつもヴィヴィオが朝に取ってくるの」
ポストに配達されていたミルクパックを、これも娘が持ってくる。
「あ、ありがと……」
先行き不安そうな娘に引き攣った笑顔を返しつつ、ボウルにミルクを注ぎ卵を割り入れる。

ここで取り出したのが、魔力稼動式のハンディミキサー。
「よし、それじゃあこれを混ぜて──ぶぉっほぉ!? ゴホッ!」
いきなりフルパワーでボウルに突っ込み、粉やらミルクやらが舞い上がってユーノがむせた。
「パパ〜。私がやる〜」
いつの間にか自分も子供用エプロンを着けたヴィヴィオが、小さな踏み台を持ってきた。
ユーノの隣に台を置き、その上に登ると調理台が腰の高さだ。
つま先立ちでスタンドまで手を伸ばし、母親愛用の攪拌器を手に取ると、ボウルの中身を
さっくりと混ぜ始めた。
「へぇ……凄いなぁ、ヴィヴィオ。上手だよ」
子供の作業だからそれほど力は入ってないし、手の動きも“ちんまり”としたものだ。
それでも娘の動作には淀みが無く、ボウルの肌から的確に粉を掬い上げてミルク・卵と混ぜ込んでいく。
「えへへ。ママのお手伝いしてるもん」
褒められたのがくすぐったそうに、ちょっとだけモジモジしながらヴィヴィオが笑う。
「そっか。……じゃあパパはホットプレートの準備をしようかな」
父親としての立場に少々の危うさを感じつつ、ユーノはその場を娘に任せることにした。

 * * *

テーブルの中央。黒い鉄板の上に、クリーム色の生地が円く広がっていく。
「よし! ここから! ここからパパの腕の見せ所だから!」
返しゴテを片手に、ユーノが気合を入れ直す。
お好み焼きの返し方なら、はやてから子供の頃に教わった。あの時の経験を生かして──
「私も! 私もやる!」
椅子の上に乗っかって、ヴィヴィオがプレートを覗き込んだ。
「待った待った。まだ新しい生地を流しちゃだめだよヴィヴィオ。まずパパが試しに焼いてから」
娘を制して、いま焼いているケーキを真剣な顔付きで睨み続ける。

「そうそう、ここ! ココがポイント! 生地の縁が乾いてきたからって、急いで
 引っくり返そうとすると失敗するんだよね。ぷつぷつと気泡が上がってくるまでじっくりと……」
「ぱぱー。ヴィヴィオもホットケーキ焼く〜〜」
「あああああ。駄目だよヴィヴィオ、パパが焼いてるんだから」
新しい生地をプレートに流そうとしたヴィヴィオは、父親に手を押し退けられてちょっとむくれた。

「さて、ここからが本番。コテを使って、ぐるっとプレートから剥がすようにして──」
ちょっと深めにコテを差し込むと、深呼吸一つ。精神を集中させ、ユーノはえいや、っとケーキを
引っくり返した。
「やった! 見てごらんヴィヴィオ、このいい色具合!!」
「……ちょっと焦げてるもん」
一人ではしゃぐ父親を、ヴィヴィオがジト目で睨む。

「よし、完成! ハハハ、やれば出来るもんだね」
不機嫌そうな娘にまるで気付かないまま、ユーノはホットケーキをプレートから皿に移した。
明らかに引っくり返してからの焼き時間が短い。
「なんだ、結構カンタンじゃないか。よ〜し、コツは分かった!
 あと二、三枚焼けば僕もホットケーキを焼くのは完全にマスターでき──」
「いやぁ〜〜〜〜っ!! ヴィヴィオも焼ーーくーーのーー!!」

続けて自分が作ろうとするユーノに、とうとうヴィヴィオが半泣きで抗議し始める。
「ご、ゴメンゴメン。じゃあ次はヴィヴィオの番」
ユーノが場所を譲ると、さっきまでの泣き顔が嘘のようにヴィヴィオが目を輝かせた。
ボウルの生地を掬って、父親のより小さな円をプレートに二つ。

「ほらほらほらヴィヴィオ。そろそろ、そろそろいい感じだよ。今! ナウ!」
「もぉ〜〜。パパうるさい〜〜」
生焼けホットケーキにマーガリンを塗りながら騒ぐユーノに文句を言いつつ、それでも父親より
ずっと上手に、ヴィヴィオは二つのケーキを引っくり返した。見た目もこんがり狐色。

──料理スキルは、娘の方が圧倒的に上だった。

 * * *

「おはよぉ〜。ごめんねぇ、ママ寝過ごしちゃった」
髪を下ろしたままの姿で、なのはが目を擦りながらキッチンに入ってきた。
「あ!? ママ!」
「おはよう。よく眠れたかい?」
フォークを片手に口をモグモグさせていたヴィヴィオと、インスタントコーヒーを啜っていたユーノが
同時に顔を向ける。

「ふわぁ? なんだかいい匂いがする〜」
「ママー、はい、朝ごはん! ママの分!」
母親に駆け寄って、ヴィヴィオが手にした皿を差し出す。載っているのは小振りな円いホットケーキ。
「なに? もしかしてヴィヴィオが作ったの?」
なのはが目を丸くして皿を覗き込む。
「うん!」
「しっかりママのお手伝いしてたみたいだね。僕よりずっと上手だよ」
苦笑するユーノに微笑みを返し、それから膝立ちになって娘を抱き締めた。
「ありがとね、ヴィヴィオ……。大事に食べさせてもらうから」
なのはは皿を受け取って立ち上がると、そっとヴィヴィオの頭を撫でた。
「よーし、せっかくだからママも張り切って作っちゃうぞー!」
「わーーい!!」
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
「おいしー! やっぱりママが作ったのが一番美味しい!」

蜂蜜色の一切れを頬張って、ヴィヴィオが満面の笑みを浮かべた。
ジュワッと沁みたメイプルシロップに、ふわふわのホイップクリーム。
カットフルーツとミントの葉まで添えられたホットケーキの皿は、そのまま喫茶店のメニューとして
出してもいい位の完璧な出来栄えだった。
「ヴィヴィオの作ってくれたホットケーキだって美味しいよ」
なのはも娘の作ってくれたケーキを味わって微笑み返す。

(…………あ〜〜〜……)
仲睦まじい母娘のやりとりを、ユーノはカップを片手にぼんやり眺めていた。
なのはが淹れ直してくれたコーヒーは、インスタントなんかよりずっと香りが深い。
(かなわないなぁ、なのはには……)
父親として、自分なりに娘の歓心を買ったと思ったら、最後に奥さんが登場して文字通り
“美味しいところ”を持って行かれてしまった。

「どしたの、パパ?」
どこか遠くを見るようなユーノの表情に気付いて、なのはが問い掛けた。
「いや……父親の威厳って何だろうな〜〜って……はは、気にしないでいいよ」
「ん〜〜……」
少しだけ小首を傾げてユーノの言葉について考えていた風ななのはが、ニッコリ笑って
フォークに刺した自分のホットケーキを差し出してきた。
「ユーノパパ。はい、あ〜〜ん」
「え!? な、何、なのは?」
「ほらほら、あ〜〜ん」
テーブルの向かいから身を乗り出して差し出されるホットケーキ。艶やかな桜色の唇と、その下で
柔らかそうな丸みを描くセーターの膨らみに視線を誘われつつ、ユーノは
「あ……あ〜〜ん」
結局なのはの微笑に押し切られてホットケーキを頬張った。

「あーーっ!? ママだけずるい! パパ、ヴィヴィオのもあーーん」
椅子の上に立ち上がって、ヴィヴィオもフォークを差し出してきた。
「あーーん」
「はい、パパ。こっちもあ〜〜ん」

妻と娘が交互に差し出すホットケーキを口で受け取りながら、
(…………ま、いいか)
とりあえず、いまここにある平穏を噛み締めよう、些細な悩み事を頭の隅に追いやったユーノだった。

(おしまい)


著者:92スレ8

このページへのコメント

癒されます。

0
Posted by アキュラス 2009年06月15日(月) 13:17:06 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メンバーのみ編集できます