[312]斬人<> 2007/02/19(月) 17:49:28 ID:VjWPmc+W
[313]斬人<> 2007/02/19(月) 17:50:08 ID:VjWPmc+W

 優しい歌を聴きたがっていたね、いまだに出来ない事だけれど……
 無情に刻む時の中で、また独りきりになって……


          神経がワレル暑い夜


 #2


 兄のいなくなった部屋の中で、フェイトはただ呆然と座りりこんでいた。
 クロノの顔を思い出す。自分の姿を見て、普段の聡明さの欠片もないうろたえた表情を……。
 唇に手を当てると、彼の熱がまだ残っている。自分に対するはちきれんばかりの想いが、あの口付けには宿っていた
気がする。クロノが何時から自分に恋焦がれていたのか、フェイトに理解する術は無い……。
「ふぇ〜いと〜」
 考え込むフェイトの耳に気の抜けた声が入って来る。
 オレンジに極めて近い明るめの茶髪に犬の耳を生やした童女、フェイトの使い魔であり、人生を共に過ごす大切な
パートナーでもある。
「アルフ……」
 フェイトは使い魔の名を呼ぶ。彼女は心なしか眠そうだ。
 無理もない、クロノの声に気付く前までフェイトはアルフと寝るつもりだったのだから。
「ふぇ、フェイトっ! なにやってたんだい!?」
 アルフは自分の姿を見るや否や、いきなり素っ頓狂な声を張り上げる。
 よく見れば、今のフェイトはパジャマのボタンを外されて、下着をさらけ出している状態だった。
 更に、今いるのはクロノの部屋でしかもベッドの上、そして着衣の乱れた自分。
 その図式から見出される答えは、いろいろ意味で的を射ていると同時に外してもいた。
「いっ、いいいいくらなっ、ななんでも、はやや早すぎるって! そっ、そりゃふぇふぇふぇフェイトもとと年頃の女の子だっ
て事ととぐらぐらぐらい、ああああたしにだってわかるけどさ!」
 アルフは動揺しているのが見て取れるほど、あたふたと呂律の回らない口調でまくし立てる。
 そんな彼女の様を見て、フェイトの頭の中で現状が再確認された。
 クロノに唇を重ねられ、舌を絡められ、いわゆる大人のキスを味わわされた上に、押し倒された。あのまま拒まなけれ
ば、一線を踏み越えてしまった事は想像に難くない。思い出しているうちに、顔がどんどん熱くなって来る……。
「フェイト、あいつにそんなことされたのかい!?」
 アルフの一言がフェイトの意識を現実に引き戻した。
 アルフとフェイトは精神リンクで繋がっている。今のフェイトは精神的に混乱し、無防備と言っていい、思考が手に取る
ように見えてしまうことは必然であった。
「あいつ、どこに行ったんだい!?」
 アルフは数年前まで見慣れていた十代半ばの人型に変わり、指をパキパキと鳴らしている。
 眉間にしわが寄り、眼は獣形態の時と寸分たがわぬ程にギラつき、犬歯をむき出しに怒る姿は、一歩間違えずとも殴
り殺しかねないと思わせるには充分な殺気を放っていた。
「それが……」
 アルフに言われて思い出した。クロノはここに今いないのだった。
 窓を見れば、雨粒がガラスを叩きつける音が止まない。こんな雨の中をクロノは周りの見えていない状態で走って行
った事になる。風邪だけで済めばいいが、下手をすれば肺炎になってしまうかも知れない。
「急がなきゃ!」
 フェイトは慌てて玄関へ向かおうとするが、アルフに止められる。
「待ちなってば、そのカッコで行くつもり?」
 彼女はまだ、落ち着きを取り戻していなかった。
 気が付けば、クロノは臨海公園に来ていた。
 普段なら夜でもカップルが夜の海を見ながらいいムードにでもなるのだろうが、この雨の中でそれを敢行するような人
間はいない。よって、殆ど無人だ。
 だから、ここへ来た。ここならば、誰にもこの惨めな姿を見られずに済む……そう思ったからだった。
 アースラへ戻る選択肢もあったが、仕事を終えたばかりで帰宅したにもかかわらず、一日もしない内に戻るのは気が
引けた(と言うよりは残ったクルーに余りいい顔をされそうにない)。
 ベンチに座り込んで空を見上げると、厚い雲に切れ目が見え始める夜空は、自分の体から熱を奪い続けていた雨が
止み始めている。……今は止んで欲しくなかった。
 とめどなく流れ続ける涙も、穢れきったこの心も体も、すべてが溶けて無くなってしまえば良いとさえ思っていた。
 雲の流れによって形を変える月の下、独りきりになった青年は妹の顔を思い出す。
 きっと、傷つけてしまった。二人とも精神が成長してしまった故に、どうしようもなくなってしまった。
 狂っている……たった一度の夢だけで理性が壊れ、一時の情動で押し倒し、自分の手で穢してしまうところだった。
「……ぁ…ぁぁぁ……あああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ」
 喉が張り裂けんばかりの大声が、夜の公園にこだまする。近くにあった街頭に懇親の勢いで額を叩きつけた。
 眉間から一筋の血が垂れ落ちて口へ進入し、舌に鉄の味が広がった。ぎりぎりと歯を食いしばり、己の浅はかさを憎
む……殺意さえ抱かんばかりに。
「何をしているのだ?」
 突然耳に入った聞き覚えのある声にクロノは思わず振り向く。
 赤紫色の長髪をポニーテールにまとめ、凛とした表情を見せる長身の女性と、柔和な雰囲気を放つ金髪の女性が片
手に傘をさし、片手には買い物袋を提げた姿で立っている。
「……シグナム……シャマル.……」
 クロノは二人の女性の名を呼んだ。


 引き返すわけには行かない自分の行く先はどうなってしまうのか?
 クロノは次第に分からなくなっていく……

前へ 次へ>?
目次:神経がワレル暑い夜
著者:斬人

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メンバーのみ編集できます