770 名前:聖王さまとオオカミさんのお話 [sage] 投稿日:2009/10/29(木) 19:13:52 ID:VggiyLq.
771 名前:聖王さまとオオカミさんのお話 [sage] 投稿日:2009/10/29(木) 19:15:24 ID:VggiyLq.
772 名前:聖王さまとオオカミさんのお話 [sage] 投稿日:2009/10/29(木) 19:16:06 ID:VggiyLq.

聖王さまとオオカミさんのお話



「そういえばヴィヴィオちゃんの家って犬飼ってるんだっけ?」


 そう問うたのは、ザンクトヒルデ魔法学院でのヴィヴィオのお友達の一人だった。
 時間はお昼休み、お友達数人で集って、中庭でお弁当を食べている時だった。
 問われ、ヴィヴィオは目をパチクリとさせて問われた言葉を咀嚼する。
 うちで飼っている犬、つまりこの前話したザフィーラの事だろう。
 そう判断し、彼女は答えた。


「うん、かってるよ。でもザフィーラは犬じゃなくてオオカミさんだよ」

「オオカミ? 恐くないの?」

「うん、すっごく優しいし、モフモフってするとあったかくて気持ちいいよ」

「そうなんだー」


 ヴィヴィオの言葉に、へー、と感心する少女。
 そしてその少女は、でさ、と言葉を続けた。


「ちゃんと首輪とか付けてる?」

「くびわ?」

「うん、そう、首輪。してないと大変な事になっちゃうんだよ」

「大変な事?」

「うん。あのね、飼い犬にちゃんと首輪をつけてないと保健所の人に捕まっちゃうんだって」

「捕まっちゃう、の? それでどうなっちゃうの?」

「のらいぬ、って言って、そういう犬は殺されちゃうんだって」

「ころされちゃうのッ!?」


 その言葉に、ヴィヴィオはほとんど叫びに近い声で言った。
 そして想像する。
 保健所の人に捕まり、無残にも連れて行かれて殺されてしまうザフィーラの事を。
 想像しただけで胸が張り裂けそうだ。
 ヴィヴィオは目尻に、じわぁ、と涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をする。
 そんなヴィヴィオに、少女は慌てて説明をした。


「ああ! で、でもね、大丈夫だよ? そうならないようにできるから」

「ほんと!?」

「うん、あのね……」





 その異変に最初に気付いたのはフェイトだった。
 異変とは、彼女の、正確には彼女となのはそしてヴィヴィオが住む機動六課の隊員寮の自室での事だ。
 フェイトらの部屋の寝室には本棚があり、その一角はヴィヴィオ用に使われている。
 幼いながらも読書が好きなようで、少女は毎週お小遣いをもらうたびに何か本を買っては本棚に入れていた。
 それが、どうにも今見たところ本が増えていないのだ。
 どうしたのだろうか、もしやお金が足りないのか?
 やや過保護気味な保護者であるフェイトはそんな心配をし、少女の名を呼んだ。


「ヴィヴィオー、もしかしてお小遣い足りない?」


 問えば、金髪オッドアイの少女、ヴィヴィオが寝室にひょこり顔を出す。


「えっとね、今ちょきんしてるの」


 そう言ってヴィヴィオが見せたのはブタさんだ。
 正確に言えば、陶器製のブタさん型の貯金箱。
 既に内部に大量の小銭を投入されたのか、ブタさんが揺れれば鈍い金属音が響く。
 それを見て、フェイトは再び疑問を問うた。


「貯金? 何か欲しいものでもあるの?」

「うん」

「なんならお小遣いあげようか?」

「いいの、もうじゅうぶんあるから」


 と、少女は義母の申し出を断った。
 もう十分に資金を調達できたヴィヴィオは、明日にでもアレを買いに行こうという算段を立てていた。





 その日は洗濯するには最高の、良く晴れた日だった。
 雲一つない快晴の下、機動六課隊員寮の庭先で寮母であるアイナ・トライトンは洗濯物を干していた。
 彼女の足元には大きな青い狼、ベルカの守護獣ザフィーラの姿もあった。
 ポカポカと照る陽気、なんとも平和な日和。
 ただ耳には涼やかさを孕んだ風が小さな風音を聞かせる。
 と、そこに音が響いた。
 草の上を駆ける少女の足音と、声である。


「あ、いた。ザフィーラ〜」


 狼の名を呼び、駆け寄る一人の少女。
 ブロンドヘアにオッドアイの瞳、高町ヴィヴィオである。
 学校帰りにしては少し遅いな、などと思いつつ、ザフィーラは立ち上がって少女に向き直る。
 そこで一つの事実に気付いた。


「あら、ヴィヴィオそれどうしたの?」


 問うたのはザフィーラの横にいたアイナだった。
 彼女が問い掛けたのはヴィヴィオの手に握られた一つの包に対してだ。
 その質問に、少女はややはにかんだ笑みを見せつつ、中身を取り出す。


「えっとね、ザフィーラにプレゼントなの」


 そう言って彼女が取り出したのは、一つの装身具。


「首輪?」


 アイナは目の前に差し出された物の名称を告げる。
 それは日光を受けて艶やかに光る、黒い皮製の首輪だった。
 何故そんなものを買ったのか。
 まあ確かにザフィーラは狼の、大型のイヌ科の生物であるが。
 しかしヴィヴィオが何故プレゼントと称して持って来たのかが分からない。
 故に、その意をアイナは問う。


「どうしてザフィーラにこれを?」


 彼女の問いに、ヴィヴィオは、視線をザフィーラの体躯に向けながら答えた。


「えと、学校でおともだちに“首輪してないとワンちゃんは保健所の人につかまっちゃう”って聞いたから。お小遣い貯めて買ったの」


 紅と翠のオッドアイの瞳に一杯の慈愛を込めて、少女はそう告げた。
 良く見ればその首輪は上質で厚手の皮で作られた、決して安物ではない物だ。
 ヴィヴィオはお小遣いを貯めて買ったと言ったが、この子が貰えるお小遣いでは一度や二度貯めた程度では買う事はできない。
 果たして少女は幾度、買いたい物を我慢して、したい事を我慢したのか。
 幾らヴィヴィオが利発な子といえどまだ小さい年頃の子供だ、お菓子だって食べたかっただろうし、本やオモチャだって買いたかっただろうに。
 それでも少女が浮かべるのは笑みで、大好きな青い狼への慈愛だった。


「そうなの。ヴィヴィオは優しいのね」


 単なる世事ではなく、アイナは本心からそう漏らした。
 今の時勢、こんなにも心の綺麗でまっすぐな子はそういたものではない。
 褒められたヴィヴィオは、恥ずかしそうに頬を赤く染めて、えへへ、とはにかみの笑みを零す。


「じゃあ私がザフィーラに付けてあげましょうか? ザフィーラ大きいから」


 案じの言葉を掛けたアイナだが、返って来たのは首を横に振っての否定。
 少女は色違いの綺麗な瞳で彼女を見上げながら、幼いのにどこか凛然とした声を放つ。


「いいの、わたしのプレゼントだから、わたしがしてあげるの」


 そう宣言すると、ヴィヴィオはゆっくりとザフィーラの青い巨躯に近寄る。


「じゃあつけてあげるね。イヤだったらごめんね?」


 青くフカフカとした狼の体毛に、ヴィヴィオは首輪を持った指を沈ませる。
 大きなザフィーラの身体に手を回すのは大変なようで、少女は身をよじって四苦八苦した。
 が、なんとか首にクルリと手を回す事に成功し、小さな手は適切な位置でしっかりと首輪のバックルを締めた。


「はいできあがり。これでもうお外さんぽしても大丈夫だよザフィーラ♪」


 まるで天使みたいな笑顔で、少女は青い狼にそう告げた。
 いや、もしかして比喩抜きにこの子は天使なのかもしれない。
 アイナはヴィヴィオの笑顔に、一瞬本気でそんな事を思った。
 だがプレゼントを贈られた当のザフィーラは、早々に先ほどと同じく地べたに寝そべってしまう。
 

「あれ? もしかしてイヤだったのかな……」


 自分の好意としての行いがいらぬ世話だったのかと、ヴィヴィオは不安そうな声を漏らした。
 が、そこに否定の言葉が響いた。


「そんな事ないわよ。ザフィーラ凄く喜んでるわ」

「ふえ? そうなの?」

「ええ、本当よ。」


 そう言いながら、アイナは青い狼を見る。
 彼の身体の中で一際フサフサと柔らかく豊かな毛並みを持つ箇所、尻尾が静かに揺れていた。
 イヌ科の生き物は嬉しい時、どうしても尾を振ってしまうのだ。
 だからアイナは自信たっぷりに言った。
 しかし、もしもザフィーラが尾を振っていなくとも彼女はそう言っただろう。
 なにせ、


「ヴィヴィオみたいな可愛い女の子にプレゼントを貰って、嬉しくない子なんていないわよ」


 そう、アイナは自信を持って少女に告げる。
 彼女の言葉にヴィヴィオは安心したように、そうなんだ、と笑みを零す。
 そして少女はとてとてと狼に寄ると、その体躯に思い切り抱きついた。


「えへへ、よかった」


 モフモフとザフィーラの体毛に顔を埋め、彼に抱きつきながら少女は幸せそうにそう言った。


 全て世は事もなし、ただただ晴天の元で少女と狼は平和の中にまどろんだ。



終幕。


著者:ザ・シガー

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