魔法少女リリカルなのはA’s −the day−

[262]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:28:57 ID:myTYdZdK
[263]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:29:52 ID:myTYdZdK
[264]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:32:03 ID:myTYdZdK
[265]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:33:20 ID:myTYdZdK
[266]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:34:47 ID:myTYdZdK
[267]640 ◆CaB8KPh.gs <sage> 2006/12/20(水) 16:36:10 ID:myTYdZdK

桜色の光が、ゆっくりと落ちていく。

少しずつ、少しずつ。
暗い空虚な世界を切り裂き落ちていく光は、
次第にその明りを弱めながらも、確かに輝き続ける。

落着点を、目指して。

暖かな光は、どんなに掠れようとも、けっして消えはしない。
それはまさに、希望の光であった。


魔法少女リリカルなのはA’s −the day−

第十三話 the day −約束の日−


真っ暗だった闇は、いつしか何も無い、真っ白な世界へと変わっていた。

どれくらい、そうしているのだろう。
いつからか、フェイトは雪原にも似たその世界に、一人立っていた。

───どこだろう、ここは。

声を出してみようとして、自分の声が聞えなくなっていることにフェイトは気付く。
更には、この光景が視覚によって捉えられたものではないということも。

彼女の視覚には、なにも映ってはいなかった。
この白い風景は、自分の意識がそう認識している、知覚によるものだ。

首を振って辺りを見回したつもりでも、その感覚が無い。
見えなければおかしいはずの自分の身体すら、なにも見えない。

それらのことを理解するに至り、ようやく。

(ここは……みんなは……?)

当然、誰もいるはずもない。
世界はどこまでも果てしなく白く、そして空虚だった。

なのに不思議と、孤独感は感じない。
ひどく満たされた気持ちで、不安はまったくといっていいほどない。

その感覚が奇妙で戸惑うフェイトの知覚に、
少女の声が響き渡る。

<<───フェイト。ようやく、みつけた───>>

忘れようもない、懐かしい声だった。

(……え?)

だが、フェイトは疑問をより深くする。
何故、彼女の声が?夢の中以外で会ったこともない彼女の声が、どうして?

次の瞬間。
彼女の問いに、答えるかのように世界が砕けた。

そして、辺り一面に記憶からけして消えることのない、あの緑の世界が広がった───……。

*   *   *

時を同じくして。

まるで残り火のごとく小さく、儚いものとなった桜色の光が、
到達すべき場所へと落着した。

偶然か。あるいは奇跡か。
結界の、小さな小さな綻びから漏れ出した魔力の光は、限りなく力を弱めながらも、
確かにその光を保っていた。

光沢すら消える、この冷たい世界にあっても。

桜色の出会った水色の宝石は、音もなくそれを、内部へと取り込んだ。

*   *   *

「……んな……ト……ちゃ……」

少女たちが泣き崩れる病室内で。
ユーノの腕の中から漏れてくるなのはの声を、クロノは虚空を見つめながら聞いていた。

───まるで、なにもかもが抜け落ちたようだ。

ほんの数分前に失われた家族が、自分の中に占めていた割合の大きさを、実感する。
これほどまでにあの子の存在は、大きかったのだと。

自分の胸のなかに、恋人の嗚咽を受け止めつつも。
クロノ自身もまた、自失としていた。

*   *   *

その子は、気付けばそこにいた。

「久しぶりだね、フェイト」
「───え?」

現れた少女に対し驚き、自分の声が出るようになっているのに驚く。
見れば、なくなっていたはずの全身の感覚も、姿かたちも。
いつの間にか戻ってきていた。

「会いにきたよ、って言ったのに。さっさと行っちゃうんだもん」
「アリ……シア?」
「うん?」

まったくもう、と肩を竦める少女におずおずと尋ねるフェイト。
訊かれた当の本人は、何?といった感じで、フェイトが何を訊きたかったのかも気付いていない。

「ここは、どこ?」
「どこって……うーん?どこだろ?名前まではわかんないなぁ」

嘘をついているとは思えなかった。
少女は───姉は。無邪気に首を捻って、真剣に悩んでいる。

アリシア・テスタロッサは。
かつて夢で出会った幼い姉、そのものと何ら変わりはしなかった。

「アリシア……君がいるってことは、その」

ここは、私は。
認めたくないことを、フェイトは自ら口にする。

「私は……死んだの?」

彼女の言葉に、小さな姉は首を捻るのをやめ。
しばし、黙りこくって───やがて、頷いた。

*   *   *

ロストロギア。ジュエルシード。

かつてそうよばれていた「それ」は、魔力を得て蘇った。
その魔力に込められた、深い願いを受けて。

また、即座に外部環境が己の稼動に適さない、
虚数空間であることを判断した。

よって、「それ」は。
本来、外部に起動させるべき力を。
自身の内部、外殻に護られた己が内に、発動させた。

発動の鍵となった魔力の持ち主たる、少女の強い想いを受けて。

*   *   *

「……そう」
「肉体的には、ね。もうリンカーコアが、限界だった」

もしかしたら。
そんな儚い願いは、崩れ去った。
もうきっと、あの場所には。みんなのところには、戻れない。

「ごめん、フェイト。きっと私のせいなんだ」
「ううん」

私の代わりに生み出されたり、しなければ。
俯くアリシアに、フェイトは首を横に振った。

「そんなことない。私、十分幸せだったよ」

近寄り、随分身長に差のできた姉を抱き寄せる。

「みんなと会えて。新しい家族とも暮らせて。それも全部、アリシアがいてくれたから。
 でなければ、私は生まれてくることはなかったんだから。少しもアリシアが気にすることなんてない」
「フェイト」

アリシアがいてくれたから、自分は一人にならなかった。
なのはやクロノ、リンディ母さんやはやて。みんなと出会うことができた。
そして今も、アリシアがいてくれるから一人じゃない。

「……ありがと。でも……」
「アリシア。三年前のこと、憶えてる?」
「三年……前?」
「そう。闇の書の中で過ごした日のこと」

憶えていなくても、当然かもしれない。
なにしろ、あれは闇の書がフェイトに見せた、夢に過ぎないのだから。
あの夢で出会ったアリシアが、今目の前にいるアリシア本人とは限らない。

「……忘れるわけ、ないじゃない。ほんとうに、嬉しかったんだから。妹に会えて、私」

だがしかし、彼女は憶えていた。
わずかながらも、共に過ごした時間を。
それが今、フェイトにはたまらなく愛おしい。

「あのとき、言ってたよね。『現実でも、こうしていたかった』って」
「……」
「今なら、アリシアのその気持ちに、応えられる。ずっと側にいられる」

あの日はきっと、このときのための約束だったのだとフェイトは思う。
雨の中、交わした言葉。あれは二人の今日この日のために結ばれた誓いだった。
二人のための、約束の日。

「だから、ね、私。怖くないよ」
「フェイト……」
「私もやっと……一緒にいけるんだから。アリシアや、リニス……それに母さんのところへ」

*   *   *

起動した蒼い宝石が、暗い廃墟の中へと浮び上がる。

二条の光が放たれ、現れるのは二つの影。
同時に、完全に死んでいた機器系統に火が入り、
重厚な音を立てて稼動が始まる。

黒衣と、白衣。
二人の女性の指が、キーボードの上をなぞっていく。
いとし子の燻る命の炎を、再度燃え上がらせるために。

*   *   *

「……私だ」

胸元のデュランダルが着信を告げ、クロノは渋々応答した。
無力感と虚脱感に、今は何もしたくないというのに。

『艦長、大変です!!』
「……どうした?」

受け答えも自然、投げやりなものとなる。
今は放っておいてほしかった。

『時の庭園の動力炉が……稼動しています!!』
「なんだと?」

エイミィを抱いたまま壁のほうを向き、報告に耳を傾ける。
そんな彼の背後で、事後処理を進めていた医師たちの一人が素っ頓狂な声をあげた。

「バイタルが……復活しました!!」

*   *   *

「───ごめん」

しかし。フェイトの思いとは裏腹に。
アリシアは困ったように眉根を寄せて首を振ると、
そっとフェイトから身を離した。

「アリシア……?」
「ごめん。だめ、なんだ」
「アリシア?」

繰り返し、横に振られるアリシアの首に、フェイトは戸惑いを隠せない。

「言ったでしょ、『会いにきた』って」
「え?」
「フェイトは、戻らないと。待ってくれてる人たちのところへ」
「でも……!!」
「大丈夫。リンカーコアさえ正常になれば、フェイトは助かるんだ」
「そうじゃなくてっ」

せっかく、会えたのに。
これからずっと一緒にいられると思ったのに。
かつてとは、立場が逆になっていた。

泣きそうな顔で見下ろす妹を、アリシアは見上げ微笑む。

「フェイトには、私が母様にさせた思いを他の誰かに、させて欲しくないんだ。だから」
「……」
「だから、お願い。言うことを聞いて?」

涙が、零れ落ちそうだった。
アリシアが手を伸ばし、目尻に溜まった雫を拭き取ってくれる。

「こん、なのって……!!」
「うん……ごめんね。二度もこんな辛い思いさせて」

悪いお姉ちゃんで、ごめんね。

「そんな、ことっ……!!」
「ありがと、フェイト」
「私……わた、し!!」
「いい子だから聞き分けて……お願い」

再び。今度はアリシアのほうから抱きしめてくる。
やさしく、強く。
フェイトは堪えきれない嗚咽を漏らし、涙を零しながらも、
繰り返し頷く。もう、それしかできないというほど、激しく。

「ん。いい子だ」
「アリ、シア……っ」

顔を上げて笑いかけてきた彼女も、少し泣いていた。
私のキャラじゃないね、なんて笑いながら。

「ねえ……最後にひとつだけお願い、いいかな?」
「何?」
「一回。一回でいいから。お姉ちゃん、って呼んでくれない?」

一回だなんて。
そんな空しいこと、言わないで。
フェイトは彼女の身体をきつく抱きしめ、言った。

「お姉……ちゃん……」
「うん……」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……っ!!」
「ありがと……嬉しい」

何度も連呼する彼女を見上げるアリシアの目は、紛れもなく「姉」の目だった。
姉の瞳を見つめ、拭っても拭っても溢れ出てくる涙を、フェイトはひどく熱く感じる。

「元気でね、フェイト」
「う、ん……お姉ちゃん、も……」

アリシアが、離れていく。
フェイトも、自分の身体が光に溶けていくのがわかる。

「いつか……また」
「またね」
「母さんたちに……よろしく」
「うん、任せて」

姉の姿が、見えなくなる。
彼女のほうからも、こちらはもう見えなくなっていることだろう。

「さよなら……またね、お姉ちゃん……」

手を振る姉の様子を、脳内に幾度も反芻して。
別れを惜しみ、彼女は姉の暖かさの残る自身の体を。

強く、抱きしめた。
自分の身体に、少しでも彼女の感触を刻むように。

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目次:魔法少女リリカルなのはA’s −the day−
著者:640

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