425 名前:嘆きの中で ◆bsNe6z3qW2 [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 21:01:12 ID:R6Sq8DPG
426 名前:嘆きの中で ◆bsNe6z3qW2 [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 21:03:30 ID:R6Sq8DPG
427 名前:嘆きの中で ◆bsNe6z3qW2 [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 21:05:53 ID:R6Sq8DPG
428 名前:嘆きの中で ◆bsNe6z3qW2 [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 21:06:50 ID:R6Sq8DPG

焔、焔、焔――燃え盛る装甲車と機械の群れの残骸が、大通りにコロシアムを作り出していた。
赤というよりも紅蓮と呼ぶが相応しい緋色の世界に、立つ人影は二人。その他の兵士たちは、今はただ観客として場外にいるだけだ。
人の形をした、人で無い存在。身体の内部組織を機械化し、常人をはるかに越える強度の肉体と、高威力の兵装に対応した脳の構造体を持つ化け物。
二十歳にもなっていない小娘が、その実戦車すら素手で破壊する異形だと、誰に想像がつくだろう?
その一種地獄にも似た炎の世界で、向かい合うのは二人の少女である。
白いバリアジャケットに身を包み、ローラーブーツを両足に、黒鉄の篭手を右腕に装着した、青い髪の凛々しい顔。
緑色の瞳で向かい合う異形の少女を睨みつけ、瑞々しい肢体を白兵戦に備えて構える。
高速機動型打撃系戦闘術、シューティングアーツのもっとも基本的な構えであり、それゆえに堅実な戦闘能力を発揮する。
その唇から、いかんともし難い感情が言葉として紡がれた。
震える声――怒りが湧き上がる瞬間の、どうしようもない感情。

「貴方が……貴方達が、なんで、いまさら! まだ、奪い足りないの?!」

憤怒の声を聞いてもなお、異形の少女はせせら笑う。
その4年前よりも成長した肢体を青いボディスーツに包み込み、各所を鎧のようなプロテクターで覆い隠して、短く切った燃えるような赤毛を風になびかせる。
両腕には黒い篭手を、両足にはスピナーのついたローラーブレードを履いた彼女は、恐るべき獰猛さで戦闘機械の残骸を踏み砕き、にぃ、と笑った。
金色の双眸に凶暴な光を湛え、言う。

「足りない、足りないなァ! テメエらからは、何もかも奪い尽くしてやる! 
……なあ、憎いだろ? お前の母親を殺して、お前のパートナーを嬲り殺しにした、あたしたちがな!」

青い髪の少女、スバル・ナカジマは、白いハチマキに触れて気を落ち着かせた。
相手の挑発に乗るな。決して己を見失ってはいけない、敵の狙いは自分を、タイプゼロセカンドとして『起動』させることだろうから。

(あたしは、人間だ。人間で、いいんだ)

左手でティアナの形見であるクロスミラージュを握り締め、敵に向けて照準する。
ぴたりとノーヴェの胸の真ん中に向けて構え、静かに息をはいた。引き金に指をかけ、警告した。

「戦闘機人ノーヴェに告ぐ。貴女を器物損壊と管理局員への任務妨害、傷害の現行犯で逮捕します。
武装を解除し、手を上げてうつ伏せになりなさい」

珍しい拳銃型デバイスを見たノーヴェの瞳が、一瞬見開かれ、口元から嘲笑が消えた。
代わりに浮かぶのは、哀切にも似た何か。過去へ想いはせる瞳に、炎の煌きがちらつく。

「そのデバイス……ティアナ・ランスターのか。テメエに使いこなせるのか?!」

「……投降する気は、無いみたいだね? バインド!」

魔力で編まれた拘束具が瞬時にノーヴェの身体の自由を奪い、腕と胴体を纏めて締め付ける。
しかし、彼女の瞳からは侮蔑のような感情と戦意は消えず、にたりと笑って言った。
スバルは警戒を緩めずにクロスミラージュの銃身を支え、狙う。

「こんなちゃちなもんで、あたしたちは束縛できない――そうだろ、セカンド」

硝子の割れるような破砕音と共に魔力の拘束具が粉砕され、両足のローラーブレードが唸りを上げてノーヴェの身体を加速させる。
スピードスケートのような独特の前屈姿勢になると、弾丸のように空気を引き裂く突進がスバルに迫った。
引き金を引き絞り、がく撃ちにならないように狙い済ました弾丸を撃ち込む。
スバルのデータから射撃系が得意でないと知っているノーヴェは、これを半球状に展開した魔力障壁で弾こうとするも、
意外なことに射撃は魔力障壁を数発で撃ち砕いた。そのあまりにも高い威力に、驚愕する。

「ちぃっ!」

刹那の判断。
ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり、と火花を散らしながら急速旋回し、身を屈めて右腕の篭手からエネルギー弾を掃射、そのままスバルの側面へ回り込む。
スバルはこの殺傷性の高い銃弾を魔力障壁で弾きながら、迎撃に徹する。さしずめかつてのフォワードリーダーのように。
ノーヴェの動輪式脚甲は凄まじい回転音を立てながらアスファルトを滑り、拳銃を左手に握った執務官の向かって左側に飛び込む形となった。
手の甲の結晶体から弾丸を放っていたガンナックルが振り上げられて、スバルの顔面へ向けて放たれ――顔の前で組まれたスバルのリボルバーナックルと激突した。

稲妻のような光が迸り、凄まじい騒音を立てながらぶつかり合う鋼で覆われた拳と拳。
ナックルスピナーが回転しながら、削岩刃のように黒い銃器一体型篭手を削り取る。
黒い粉塵が火花と共にばら撒かれて、堪らない音を生み出し、二人の戦闘機人の間に拮抗状態を生み出す。
ノーヴェが笑う――童女のようなあどけなさと、肉食獣の凶悪さの混じった笑み。
はははっ、と笑い声が零れた。熱狂的興奮を宿した、金色の瞳がスバルの双眸を覗き込む。

「そうだよな、あたしたちは戦闘機人だ! 戦う為の能力、眠らなくていい身体、戦闘に特化した知覚、どんな鋼よりも強靭な強化骨格!
みんな、こうして殺しあう為のものだ、そうだろぉ、セカンドッッ!」

「違うっ! あたしは――生きる為に戦っている! 戦うことだけに飢えるお前達と、同じじゃないっっ!」

「証明して見せろよ、お前とあたし達の違いをなぁ!」

否定すら噛み砕く獰猛さでノーヴェが身体を浮かせ、瞬間的には戦闘機の高速機動にすら匹敵する速度で右脚を一閃した。
衝撃吸収性に優れたバリアジャケットの腹に打ち込まれるスピナー。螺旋が生み出す破壊の力が、バリアジャケットをボロ雑巾のように引き千切る。
超音速の衝撃波が辺り一帯を襲い、スバルの意識を身体と一緒に空中に投げ出させたがそれも一瞬、
すぐに戦闘機人特有の条件反射的な方法で意識を取り戻し、顔の前に掲げたリボルバーナックルの背でノーヴェの掃射を受け止めた。
機銃掃射に似たエネルギー弾の嵐がバリアジャケットを削り取るのも無視して、左腕を動かす。
無数の水色の魔力スフィアが、放物線を描いて落下するスバルの身体を無視して宙に生成され、ノーヴェの顔を驚愕に染めた。
あの魔法は、ティアナ・ランスターの――?
かつて、4年前に見た魔導師の魔法とまったく同じものだった。
青い髪を揺らし、ハチマキを風に任せてクロスミラージュを構え、スイッチとなる言葉を叫んだ。
思い出す――怒りっぽかった相棒の、魔法を使うための言葉を。

「クロスファイアシュートっ! これが、あたしの答えだぁぁ!!」

それは、親友との絆の証として受け継いだ魔法。
消しても消えることの無い、確かに受け継がれたものだった。

「舐めてんじゃねぇ!」

直後、魔力スフィアから放たれるのは中距離誘導射撃の雨。弾幕による相手の昏倒を狙った魔法である。
これに対し、ノーヴェは何処までも余裕の態度を崩さない。四方から迫り来る誘導弾を真っ向から睨みつけ、唇の端を吊り上げた。
白い歯を覗かせつつ、両腕のガンナックルを天にかざし、その言葉を唱えた。

「ナンバー9の装備からリミッターを解除、エネルギーを開放ぉ!」

戦闘機人特有のテンプレートが足元に展開され、ノーヴェの身体から篭手へエネルギーが過剰供給される。
ガンナックルが白熱した輝きを帯び、結晶体から目も潰す閃光が放たれ、ノーヴェの周りに光の壁を発生させた。
その光景は、まるで後光が差したかのように清らかで――堕天使が現れたようにおぞましかった。
クロスファイアシュートの誘導弾が、光の壁に飲まれて炸裂し、跡形も無く吹き飛んだ。
爆風が着地したスバルのいる場所を襲い、閃光が過ぎ去った。直後、ローラーの回転音がして、容赦なくスバルへ突っ込んでくる。
リボルバーナックルに纏わせた魔力を牽制として放つが、相手の攻撃的突進に叩き落された。

「エネルギーのオーバーロード? こんな運用――」

「ああ、両刃の刃だっ! エネルギーはすっからかん、でもな――」

ジェットの炎で加速したノーヴェの右回し蹴りを旋回で捌きながら、スバルはクロスミラージュをノーヴェの喉元に突きつけるが、銃身を白熱する鋼に掴まれ逸らされる。
凶悪な笑みがすぐそこに在り、視線で人を殺せるなら即死しそうな鋭い眼光が肌に突き刺さった。

「――お陰でどんな魔法も相殺できるんだよ! このまま逝け、ランスターの下に!」

瞬間、暴力的な衝動がスバルの脳髄を走り、視界にじりじりっ、と火花が散った。
スパークしそうなくらいの怒りが身体を満たし、自ら封じたものを目覚めさせそうになる。
鎖に縛られた猛獣のような破壊衝動が暴れだして、猛り狂う心に囁く。
開封しろ、と。全ての戦闘機人を破壊する為の能力を――。

「お前が言うな、ティアの名前を! ティアを殺したお前がっっ!」

そのとき、かつての日々が――今はもう消え去った幸福の時が、脳裏に蘇った。
微笑んでいたティアナの言葉――スバルが初めて己が戦闘機人、人でない機械の化け物であること告げた日の笑顔が、破壊衝動に疼く心に告げた。
拒絶され、存在を否定されるのでは? と不安に怯える自分に、ティアナは言った。

『何言ってるのよ、あんたが自分で人であり続けようとする限り、あんたは人間よ。
もし何かの間違いで道を踏み外しそうになったら、あたしが軌道修正してあげるから、安心してなさいよ。
あんたと私はパートナー、相棒なんだからっっ!』

それは死後も続く約束だったのか。
狂気に飲まれかけた意識がクリアになり戦闘本能を抑え付け、右腕に宿る振動波を緻密にコントロールし、破壊の濁流を精密な技に昇華させる。
破壊にしか用いられず、自己さえ危うくする力を制御する術を、スバルはこの4年で磨き上げていた。
ノーヴェの左腕に向けて拳を打ち出し、振動波を解放。

「――<振動拳>!!」

指先から肘までを砕くように流し込まれた破壊波動が、瞬間的にノーヴェの左腕を粉砕し、焼けるような痛みを彼女に与えた。
獣のような絶叫が洩れ、左腕から神経ケーブルや血と肉を垂らしたノーヴェは、後方へ跳び退ると着地と同時に動輪式脚甲を回転させ、
装甲車の陰からこちらを窺っていた陸士部隊を跳ね飛ばしながら疾走する。
ゴミのように吹き飛ぶ陸士たちは鈍い悲鳴を上げて地面へ転がり落ち、その隙を突いてノーヴェは包囲網を噛み破った。
混乱の最中、陸士部隊隊長が、航空魔導師の出撃要請を繰り返し、戦闘機人出現の報を地上本部に伝えていた。
がむしゃらな戦闘機人の突撃に陸士部隊が逃げ惑う中で、スバルはノーヴェを逃すまいと追撃するが、一瞬でかなりの距離を逃げられていて追いつけない。
戦闘車両並みの速度で地面を滑走するノーヴェが、振り返りながら牙を剥くような笑みを飛ばした。
痛みでぎらついた瞳がスバルを見据え、とてつもない圧迫感を与えた。
スバルは黄昏に沈む太陽を背負ってノーヴェを見た。そこにいるのは、身を焼くような痛みに耐える少女であり、壊すべき敵などではなかった。
彼女の命を奪うという選択肢を選ばなかった自分に安堵しながら、声をあげた。

「待てっ! どうしてこんなことを――いや」

頭を振って、相手との距離を詰めようとウィングロードで宙に躍り出ながら疑問を投げかけようとする。
墓場でなのはに会ったときから渦巻いていた疑問を吐き出し、クロスミラージュの銃口を向けた。

「ジェイル・スカリエッティは、生きているのか?!」

「さあな……いずれわかるぜ、あばよ、セカンド」

引き金を引いたが、外れだった。
最大出力の魔力弾がノーヴェの頬を掠め、その髪を幾本か持っていった。
同時に、腰に備え付けられた転送装置が転移座標の演算を完了し、月夜に向かって跳んだその体を眩い光とともに何処かへ連れ去った。
月下に影は消え、虚しい呟きだけが宙に木霊した。
気づけば、太陽は暗く沈んでいて、着地したスバルの耳に、陸士部隊のパトカーのサイレン音が聞こえた。

「ティア……」

失ったものの大きさを改めて知る――二度と戻ってこない親友。

《相棒?》

マッハキャリバーが機械音声でパートナーを気遣うが、無言。
がっくりと膝をついたスバルは、遠くの方から駆け寄ってくる姉の姿を認めると、この日初めてらしくもなく泣いた。
執務官になって、たくさん顔見知りも出来た。友人もいる、けど、けど――。

(もう、戻ってこないんだよね、ティア……)

『バカスバル! 歯を食い縛って前を見なさい』

そんな声が聞こえた気がして――ただ無性に泣きたかった。


遠く、旧市街のはずれにある廃屋にて。
そんな光景を、ビルの屋上から遠視魔法で確認する女が一人。
オリーブグリーンのコートの身を包んだ彼女は、母から受け継いだ栗毛を夜風に揺らして佇んでいた。
その豊麗な胸元には首から提げられた紅玉があり、彼女が魔導師であることを告げていた。

《マスター。敵性戦闘機人の転移先が判明しました。予測ポイント012です》

宝玉が機械音声を放ち、デバイスとしての演算機能で座標特定が出来たことを知らせる。夜風には塵と火の匂いが混じっていて、嫌な気分になった。
高町なのは。時空管理局教導部隊のエースオブエースと呼ばれた女は、青い髪の少女が泣いていることを確認すると、静かに遠視魔法の拡大画面を閉じた。
静かな呟きは、涼やかな声音となって宵闇に響く。

「まだ泣けるなら、泣いたほうがいいよ、スバル。私はきっと……」

枯れ果てた井戸から水が出ないように、女の眼から涙が流れ出ることもまたない。
デバイス、レイジングハートからの報告で敵の拠点の一つは見当がついた。
ジェイル・スカリエッティは――なのはから愛しい家族を一人残らず奪い去った悪鬼は、まだ生きている。
それだけわかれば十分だとばかりに、踵を返しつつレイジングハートに囁きかけた。

「ねえ、レイジングハート」

思えば、このインテリジェントデバイスと出会って14年だ。ただの小学生の女の子が力を手にして、14年。
このデバイスと魔法を彼女に授け、今は時空管理局のデータベースである<無限書庫>で働くユーノ・スクライアは元気だろうか。

《マスター? いかがなされました》

「私は……あんなふうに泣けるかな? 今でも、昔と同じくらい泣けるかな……?」

《……貴方がそう望む限り、不屈の心はともにあります》

デバイスの優しさに、少しだけ笑った。

「ありがとう」

演算、環状魔方陣を展開、空間座標指定――転移。
転移魔法の閃光が瞬いたときには、彼女の姿は消えうせていた。
月夜の明るい晩だった。

第3話 了


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目次:嘆きの中で
著者:シロクジラ ◆bsNe6z3qW2

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