[318]入院中(フェイなの)<sage>2007/08/06(月) 21:08:14 ID:DkcCj/QO
[319]入院中(フェイなの)<sage>2007/08/06(月) 21:51:51 ID:DkcCj/QO
[320]入院中(フェイなの)<sage>2007/08/06(月) 21:53:17 ID:DkcCj/QO
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[330]入院中(フェイなの)<sage>2007/08/06(月) 22:33:37 ID:Ee4mX+b0
[331]入院中(フェイなの)<sage>2007/08/06(月) 22:34:17 ID:Ee4mX+b0

 ヴィータちゃんは優しい子だ。人の幸せを喜んでくれる。人の悲しみを怒ってくれる。痛みを恐れているから、優しく触れる方法を知っている。とても優しい子だ。とても優しい子だから、いつまでも安らかでいてほしいと思う。私なんかのせいで、余計な心配をさせたくはない。
 私を、重荷にはしたくない。

 船を漕いでいたヴィータが、勢い余って丸椅子からつんのめりそうになったところで目を覚ました。
 戸惑いながら辺りを何度か見渡したが、やがて現状を理解できたらしい。
 自分が今なのはの見舞いに来ていること。いつの間にか居眠りをしてしまっていたこと。
 理解は出来たらしいが、どうにも眠たいらしい。目がトロンとしていて、今にもそのまぶたは再び閉じてしまいそうだ。
 入院生活が始まって以来、ほぼ毎日のように見舞いに来てくれるこの赤毛の少女――というと本人は激しく否定する――が、何でもないような顔をしながらも実はとんでもない激務の間を縫って顔を見せに来てくれていることをなのはは知っている。
 だから、出来ればこのまま寝かしておいてあげたいのだが、病院での面会時間は決まっているし、何より彼女の仕事に支障を来すようなことがあるわけにはいかない。かわいそうではあったが、なのはは声を掛けることにした。

「ヴィータちゃん。時間、大丈夫?」

 肩を揺さぶりながら、少しだけ大きな声で彼女の名前を呼んだ。二言三言不快そうな声をあげた後、手の甲で目尻をこすりながらヴィータが口を開いた。

「ん…。今何時?」
「六時、ちょっと前かな。あ、面接時間もうすぐ終わっちゃうね」

 実をいえば、病院側が設けている面接時間の終わりまでもう少し時間がある。


 ただしなのはの場合、今は——他の患者と比べても——身体がとても疲れやすい状態にあるという医師の診断の元、面接時間も含めて院内での行動を大きく制限されていた。
 ワンルームを与えられた見返りにしては随分と割に合わない。なのはが不満を唱える前にそれらは決定事項となってしまい、この先当分解かれる気配はない。

「じゃあ、今日はもう帰るけど、また明日来るからな」

 外から借りてきたらしい丸椅子を小脇に抱え、ヴィータは出口のドアノブに手を掛けた。
 応じてなのはが手を振る。

「うん。待ってる」

 また明日。とは言わないようにしていた。もしそういってしまったら、どんな用事や仕事を優先してでも彼女がここに来てしまうことをなのはは理解しているからだ。
 それは一時的にはどうにかなっても、後々彼女自身の負担になってくるだろう。だから、待ってる。来るか来ないかはわからないけれど、来るかも知れないことを了解しておく。
 そんななのはの意図をいつからか察してしまったヴィータは、なのはの言葉を少しだけ悲しい思いで受け止めながらも、表面上はなんとか笑顔で応じた。

「おう、また明日な」

 ぱたん。


 バタン!

「悪ぃ、遅くなったッ」

 乱暴にドアを開け放ちながら部屋に入ってきたのはヴィータだった。午後五時半。なのは用に設定された面接時間はもうほとんど残されていない。


「こんばんは、ヴィータちゃん。走ってきたの? 息、あがってるよ?」

 肩を上下させながら飛び込むようにして入ってきた少女の姿を見て、なのはは可笑しそうに右手で口元を隠した。笑っているのを隠したつもりなのかも知れなかったが、その行為はまったく意味をなしていない。

「わ、笑うなよ。マジで急いできたんだからよ」

 それでもしっかりと丸椅子を忘れずに抱えてきていて、枕元の近くに置いたそれの上にヴィータは腰を下ろした。

「あはは、ごめんごめん。忙しいのに来てくれたんだもんね」
「別に、そんなんじゃねぇよ」

 頬を少しだけ赤く染めて、なのはから視線をそらすようにそっぽを向いた。腕を組みながらの一連の動作は、彼女の照れ隠しとして身内では有名だ。

「ありがとう」
「お、おぅ」
「あ、そういえばねヴィータちゃん。今日売店でこんなもの見つけちゃった」

 そういって枕元から取り上げたのは、ウサギのぬいぐるみだった。ややタレ気味の赤い目に、黒い糸で縫い合わされた口。過去にはやてがヴィータに買い与えたぬいぐるみとよく似ている。
 一つだけ大きく違うのは、黒い蝶ネクタイを着けていたヴィータのぬいぐるみに対して、なのはが見つけてきたのは赤いワンピースを着ていた。

「見つけた瞬間、あっ、と思って。こういうのって、どこでも流行るものなのかな?」
 プレゼント。そう言って微笑みながら差し出されたそのぬいぐるみをおずおずと受け取る。
 渡されたぬいぐるみを見つめるヴィータの顔に少しずつ笑顔が広がりつつあったが、一瞬でそれはいぶかしむような表情に変わった。何に気付いたのか、慌てて椅子から身を乗り出した。

「って、おい! お前勝手に出歩いたのか!?」
「無理無理。だって私の足この通りだし」

 なのはが入院した先の事故で、彼女は生命すら危ぶまれるほどの傷を負った。幸い最悪の事態は免れたものの、傷は深く大きく、それ故の入院である。
 その中でも特に際だったのが両足に対するもので、今の彼女は歩くことはおろかベッドから出ることも自力ではままならない。
 そんな状況下にあるはずの彼女が院内であれ出歩くことなどまったくもって不可能なはずで。

「まさか、勝手に魔法使って…」

 身体は動かなくとも、仮装戦闘データによるイメージファイトならできるとなのはは主張したが、入院中ぐらいはおとなしくしてろというユーノのお達しによってなのはの相棒たるレイジングハートは募集され、現在はフェイトの元に預けられている。
 それでもなのは程の魔導師なら杖の支援などなくとも単身で飛行魔法などやってのけるだろう。両足が動かないので、自由自在、というわけにはいかないが、飛ぶこと自体には支障を来さない。
 凄い形相で迫ってくるヴィータにやや圧倒されながらも、なのはは否定の意味を込めて大きく両手を振った。

「そんな無茶しないってば。あのね、今日から、あれ使ってもいって先生が貸してくれたの。て言ってもまだ看護士さんがいないとダメなんだけどね」

 そう言ってなのはが指さした先には白い壁、ではなく、折りたたまれた車椅子が壁に立てかけられていた。

「…車椅子?」
「うん。それでちょっとお散歩しようかなぁってふらふらしてたら売店でそのぬいぐるみを見つけたの」


「車椅子使えるようになったなんてあたしは聞いてないぞ」
「いや、だから今日からなんだってば…」

 ヴィータとしてはどうにも納得がいかなかったらしいが、それでもいったん椅子に座り直した。

「ったく。病人は余計なことに気を遣わなくていいんだよ」
「あはは、ごめんね?」

 別に謝って欲しくて憎まれ口を叩いた訳じゃなかったのだが、そこまでストレートに謝られるとむしろ自分がどう対応していいのか分からなくなってしまう。慌ててフォローを入れる。

「あ、いや、別に。…ありが、とぅ……」
 うん。ヴィータの言葉になのはは満足げに返事をした。それがやはり恥ずかしかったのか、取り繕うようにヴィータが続けた。
「そ、それにしても、もう車椅子か。この調子なら退院ももうすぐだよな」
「そうだね。私も早くこの足治して復帰しなくっちゃ」

 実際のところ、車椅子が使えるようになることと足が動くようになることとでは全くと言っていいほど関係はないのだが、この時点でのヴィータはその事実に気付いていない。

「早く戻らないとヴィータに差をつけられちゃうもんね」
「カンケーねぇだろ。お前にはお前の夢があるんだから」
「うん。そう、だね…。」
 少しだけ、小さな間。時間と時間の間に一筋だけの小さなひびが入ったような、そんな気がした。
 それに気付いたと同時に、ヴィータは深く後悔したが、もう遅かった。後悔は過ちの後に来るもので、起こってしまったことはもう変えられない。

「あ、ヴィータちゃん。時間、大丈夫?」

 それは昨日と同じ、いつものお決まりの言葉。仕事が忙しいはずなのに毎日のように見舞いに来てくれるヴィータのことは純粋に気遣ってくれる優しい言葉。

 それなのに、何故か今日は聞いていてひどく胸が痛かった。

「…そう、だな。悪い、今日はこれで帰るな」
「うん。ありがとね」

丸椅子から立ち上がって、その上にもらったぬいぐるみを乗せて小脇に抱える。もう片方の空いた手でドアの取っ手を掴んだ。

 かちゃり。

ドアを開くその前に、出来るだけの笑顔でヴィータは言った。
「じゃあ、また明日。車椅子使えるからって、無茶するなよ?」
「あはは、大丈夫だよ。じゃあね」
「おう、明日な…」


 ばたん。


 ヴィータはなのはの容態に関して大体のことを人を通して知っている。一番近くにいながらも彼女を守ってやれなかったことに責任を感じて、周りよりもなのはに対して特に気を遣ってきたからだ。
 もし現場に立ち会っていなかったにしても、ほかの守護騎士やその主たるはやて、あるいはなのはと交友があった者たち同様、仕事と仕事の合間に顔を出しにいくようなことはあっただろうが、恐らく今ほど頻繁にはならなかっただろう。
 それだけなのはの負傷はヴィータにとって大きな責任を感じることだった。それは客観的な事実によるものではなく、ヴィータ自身の心が生み出したものだ。
 ヴィータをよく知るもの達はお前の責任ではないと慰めとも励ましともとれる言葉を贈ってくれたが、それはヴィータが抱える重荷を全て取り払うには至らなかった。
 自分一人の力であの事故を回避できたかも知れないなんてうぬぼれたことは考えていない。独力で簡単に解決できる問題などこの世には無いに等しい。
 そもそも自分一人ではどうにも出来ないからこそそれが初めて問題となるのだ。だからこそ夜天の書には守護騎士システムが内在していたのだし、だからこそ守護騎士は四人作られた。
 でも、それでも、ほんの少しだけでも、何かできたのではないだろうか?
 一人でいる時間が来る度に、なのはのことを思い出す度にそんな考えが脳裏をよぎる。
 あの事故は対策の立てようのないような突発的なものではなかった。もっと前――ヴィータがなのはと出会う以前――から少しずつ彼女の身体を蝕んでいたものがその時偶然表に出てきたに過ぎない。
 それはいつ起こってもおかしくなかったはずだ。その予兆もきっとあったはずだ。小さくても確かな危険信号を、なのはの身体は確かに発していたはずだ。それを気づけなかった。一番近くにいたはずなのに、事故が起こるまで気づかなかった。
 シグナムを将とするヴォルケンリッターは夜天の書に組み込まれていた一介のシステムであり、明らかに人間ではなく、それ故の特性を有する。身体は老化せず、魔力次第で負傷はすぐに『修復』される。
 夜天の書の主を己の全てをもって守護する永久機関。夜天の書の一回ごとの活動時間は長くないが、それでも並の人間を遙かに上回る時を過ごしてきた。
 なのはとヴィータ。初めてあったとき、二人の間に外見的な年齢差はさほどなかった。身長やら何やらは育ち盛りであるなのはがすぐにヴィータを追い越してしまったが、年齢で言えば上であるヴィータはなにかとなのはの世話を焼いてきた。
 少なくともヴィータはそのような念を心のどこかで抱いていた。

 しかし、それこそ自分のうぬぼれだったのだろうか。ずっと護ってきたはずだった。それは思いこみだったのだろうか。
 辛いも、疲れたも、少し休みたいも、自分に言ってはくれなかった。察してあげることも出来ずに、結局、彼女の、なのはの大切なものを護ってやれなかった。
 それはとても悔しいことだ。とても悲しいことだ。こんなにも想っているのにそのほとんどが空回りしている。
 なのはの入院が始まって、面会が可能になってから、出来る限り仕事を切り詰めて彼女の元へと通った。差し入れとして果物を食べさせたりもしたし、退屈しのぎ用に本を持ってきたりもした。
 八神家で起こった珍事を面白可笑しく話すこともあったし、ユーノやフェイトを始め、他の来客があった日にはみんなで談笑することもあった。出来るだけ明るく振る舞った。多分意識はしてない。なのはが笑ってくれるから自分も暗くならずにすんだのだ。
 自分からケガのことは聞かないことにした。触れてもよい内容なら、なのはの方から話してくれるだろうし、それに、もしも「大丈夫か」なんて聞いた日には彼女は無理をしてでも元気そうに振る舞うことは目に見えていたからだ。
 聞かれなければ仕事の話も一切しなかった。なのはは現場の復帰を強く望んでいて、入院当初は医師の目を盗んでは無茶なリハビリを始め、しょっちゅうユーノやフェイトに叱られていた。レイジングハートが取り上げられたのはこの頃のことである。
 特に負傷が酷いなのはの両足。正直な話、完治は少し難しいらしい。歩けなくなる可能性だって皆無ではないということだ。五体満足でない人間が、激しい戦闘や危険な任務を伴う武装隊の仕事を続けるのは並大抵のことでは叶わないだろう。
 彼女が目標とする教導隊ならなおのことだ。そんな彼女の前で仕事の話をするのはどうにも気が引けた。
 彼女はもう、空に上がることが叶わなくなるかも知れないのだから。
 腫れ物に触るような気遣いが、果たして今の彼女にふさわしいのかはわからない。でもそれ以外には考えつかなかった。
 そうすることしかできなかった。
 ほかにどう償っていけばいいのかわからない。

 病院内の庭の一角。そこに設けられたベンチにヴィータは座っていた。膝元には先ほどなのはからもらったうさぎのぬいぐるみがちょこんと座っている。
 今日は遅れてきた分、面会終了時間いっぱいまでいられるように時間を作ってきていた。六時終了でも、粘ればもう三十分ぐらいはなんとかなるだろう。だから少し帰りは遅くなるとはやてたちには伝えてあった。
 五時五十分。随分と意気込んで来てしまったものだから、早めに帰ったら恐らく疑問に思われるだろう。何も言われないかも知れないが、心配されるだろう。それは、あまり望ましくない。だからここで時間をつぶすことにした。


「償い、か…」

 ぬいぐるみの耳を玩びながら呟いた。細い指に摘まれて長い耳が前後に揺れる。
 そう、償いだ。いつからかそんな言葉を抱くようになった。自分の周りの人間は、頭に『ど』がつくほどのお人好しばっかりで、自分を省みないですぐに他人を支えたがる、心配する。
 だから決して誰にも言わない、自分の心の中だけにあるその言葉。何に対しての償いなのかは考えたことがないからわからない。
 なのはへの償い。ただそれだけを考えてがむしゃらにやってきた。なのに考えるほど訳が分からなくなる。何がしたいのか、どうすればいいのか、どうすべきなのか。よくわからないものがごちゃごちゃしていて、答えが出せない。
 ちらちらと時計を眺める。先ほど見たときと大して時間は経っていなかった。皮肉なことにこういうときに限って時間の進みというのは遅くなる。

「なのは、怒ってねぇかな…」

 「うん」ではなく「大丈夫」。「待ってる」「また明日」ではなく「じゃあね」。考え過ぎかも知れないが、笑い飛ばせるだけの気力が今のヴィータにはなかった。全然時間は進んでくれない。
「ダセェよな、今のあたし…」
 ぬいぐるみに顔を埋める。目の細かい布の肌触りが気持ちよかった。
 真っ黒い視界の中で、ヒールのかかとを鳴らす硬い音が聞こえてきた。病院の職員か誰かかと思っていたら、どうやらこちらに近づいてきている。顔を上げて、ぼやけた視界で前を見つめた。
 目を強く押しつけていたせいで顔ははっきりとわからなかったが、その服装と長い金髪にはよく見覚えがあった。

「今晩は、ヴィータ。今日もお見舞い?」
「テスタロッサ…」

 鮮明になってきたその端正な容姿は、穏やかな笑顔を浮かべていた。


「あはは…」

 静かになった部屋で一人なのはが口を開いた。誰に対してでもなく苦笑いを浮かべる。

「やっちゃったなぁ」

 帰り際の表情から考えて少し気まずいことになってしまったかも知れない。感受性の強いヴィータのことだからきっと今頃どこかで落ち込んでるだろう。
 なんであんなことを言ってしまったのかよく分からない。気付いたら言ってしまっていた。後悔先に立たず。本当に申し訳のないことをしてしまった。
 次会ったら謝ろう。なんて言って良いのかわからないが、とにかく謝ろう。でも、明日も彼女はここに来てくれるだろうか。酷い言葉を投げつけた手前、自分勝手なことを考える自分に嫌気がさす。

「お前のせいだぞ…」

 自分でもやっと聞き取れるような声で呟く。包帯やらプロテクターやらで固められた自分の足を手の甲で軽く叩いた。痛い。

「あはは、痛いや…」

 目尻が熱くなった。そっと自分の足にすがる。少しだけ包帯が、湿っていた。


 こん、こんこん。
 不意にそんな音が部屋に響いた。ノックの音。恐らく来客の合図。
 自分の面会時間は三十分前にもう終わったし、看護士がやってくるには中途半端な時間。少々疑問に思いながらも、腕で乱暴に顔をこすってから、招きのための返事をした。

「はーい」

 ゆっくりとドアが開いた。白を基調とする院内で強い存在感を放つ黒色の制服。流れるような長い金髪と、穏やかな赤い瞳。それはなのはがよく知る人物であった。

「今晩は。お邪魔するね」
「フェイトちゃん?」
「うん、レイジングハートも一緒だよ」
『今晩はマスター』
「うん、レイジングハート。今晩は」

 フェイト・T・ハラオウン。なのはにとって最も親しい友人の一人だ。なのはの声に笑顔で手を振りながら、ヴィータ同様受付で借りてきたのか、抱えてきた丸椅子をベッドの近くに置いて腰を下ろした。
 入院中は募集されてしまったレイジングハートはフェイトの左肩近くで静かに浮かんでいる。

「ごめんね。急いできたから差し入れはなにも持ってきてないんだ」
「そんなのいいよ。でもどうしたの、もう面会時間は終わってるはずなのに。それに、執務官試験、もうすぐでしょ?」

 医師の判断より他の患者と比べて短いなのはの面会時間は終了時刻をとうに過ぎていた。普通ならこんな時間に受付が人を通すはずがない。
 不思議そうな顔をしているなのはに、フェイトは右手の人差し指を立てて言った。

「ハラオウン家家訓、『権力は使うもの』」

 答えになってない上に言っていることは無茶苦茶だったが、小首をかしげて微笑む姿はとても彼女に似合っていてとても可愛らしかった。呆れか諦めか、なのはは乾いた声で笑うことにした。


「フェイトちゃん、ちょっとだけリンディさんに似てきたね」
「そうかな?そんなことないと思うけど…」

 頬を赤く染めて照れているフェイトには恐らくなのはの真意が伝わっていない。

「でも忙しいのにわざわざ来てくれたんだよね。ありがとう」
「ううん、気にしないで。それより、調子はどう?」
「そんなに悪くないよ。そうそう。今日ね、先生がアレ置いてってくれたんだよ」
「車椅子?」
「うん。まだ看護士さんが一緒じゃないとダメなんだけどね、でもこれで一歩前進」
「そっか。…車椅子だったらはやてに聞けば色々役に立つこと教えてくれるかもね」
「あ、そうだよね。今度はやてちゃんが来てくれたら聞いてみようかな」
「私から聞いておこうか?」
「大丈夫。気にしないで」
「気にするよ。なのはのことだもん」

 淀みなく続いた会話が、そこで初めてとぎれた。あまりにも真剣なフェイトの眼差しがなのはの口を噤ませたのだ。フェイトは続ける。

「私の一番の親友で、一番大切で、一番大好きな人」
「フェ、フェイトちゃんッ」

 なのはは一人で赤面した。フェイトは大まじめな顔で恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言ってのけることが多々あり、それによっていつも赤面させられるなのはは彼女のこの性格をいつもずるいと主張している。

「辛いときや疲れたときは言ってほしいし休みたいなら頼ってほしい。私はなのはのことを支えてあげたい」
「でもッ」

 それは甘えだ。他人にのしかかって自分は楽をする卑怯な手だ。

「そんなの、悪いよ…」

 沈黙。置き時計の秒針が動く音がやけに大きく聞こえた。フェイトが再び口を開けたその音さえもなのはにははっきりと聞こえた。

「ねぇ、なのはは。もしも私が何かに困っていたら助けてくれる?」
「うん」

 それは二人が友達となったときに初めて交わした大切な約束だった。お互いの名前を呼んで、お互いを大切に思って、お互いを想い合っていくための約束。

「今はこんなだけど、きっと、きっと助けに行くよ」
 そっと自分の足をさすった。それだけでも分厚い包帯の下から若干の痛みを感じる。今このベッドから飛び出すことは叶わないが、自分は必ずフェイトの元へ駆けつけるだろう。それだけは絶対の事実だった。

「ありがとう。でも、それなのになのはが困ってるときは私に助けさせてくれないの?」
「…そんなことないよ。フェイトちゃんは今こうやってここに居てくれてる。助けて、くれてるよ?」
「だったらもっと助けさせて。一緒にいさせて。なのはが少しでも悲しい思いをしてると、私も凄く悲しいんだ」

 そっと、なのはの手の上に自分の手を重ねる。

「さっき、そこでヴィータと会ったよ」

 その名前を聞いてなのはの身体が一瞬こわばった。

「少し落ち込んでたよ。何かあったの?」
「うん、ちょっとだけ、八つ当たりしちゃった」

 ヴィータは優しい子だ。となのはは思う。今回の件にしても、本来ならありもしない責任を感じて無理をしながらも毎日顔を出しに来てくれる。
 それはとても大変なことだろう。同じ職に就いていたから理解できる。武装隊の仕事を毎日夕方に一旦でも切り上げることなんて並大抵の努力ではできない。
 無茶をするなとヴィータは言ったが、なのはからすれば彼女の行為自体がよっぽどの無茶である。
 でもそれが自分を想ってくれる故の行為だったから、嬉しくて、少しだけ甘えてしまった。期待するような態度はしない代わりに、彼女の行為に一切口を挟まなかった。


 結果彼女は毎日見舞いに来てくれたし、色々と考えて気を遣ってくれた。それがいつしかお互い当たり前のような状態になってしまって、気付いたら自分は深くヴィータに寄りかかっていた。

「あんまりにも優しくて、私を大切にしてくれたから、知らないうちにわがままになっちゃって。重荷にしたくないって思ってたのに、思いっきり寄りかかってた…」

 そして、幼い子供が母親にそうするがごとく、自分に対しての不満を、なんの関係もないはずのヴィータにぶつけてしまった。多分すごく傷つけて、きっと嫌われてしまった。

「じゃあ、今度ちゃんと謝らないとね」
「うん。でも、もう来てくれないよ。きっと」
「そんなことないよ。ヴィータはすごく優しくて強い人だもん。私たちなんかよりもずっと長い間辛い思いをしてきて、それに耐えてきたんだ。きっと明日も来てくれるし、なのはのこと許してくれるよ」

 フェイトの言葉に泣きたくなった。事実頬には滴が伝っていた。なんで自分の周りにいる人たちはこんなにも優しい人ばかりなのだろう。幸せを喜んでくれて、悲しみを怒ってくれて、辛く当たってもそっと触れてくれる。
 自分にはそんな資格なんて無いのに、なんでこんなにもみんな良くしてくれるのだろう。

「そんなの、決まってる。なのはが私たちに、私たちよりももっとたくさんのことをしてきてくれたから。だからなのはにもらったものを返してるだけなんだよ。ほんのちょっとだけどね」
「私そんなことしたことないよ。いつも助けられてばっかりで、私なんか何もしてないッ」
「気付いてないだけだよ。私たちはずっとなのはに助けられてきたんだ。だからなのはが困っているならどうにかして助けてあげたい」
 いつの間にか自分の頭をフェイトの胸に埋めて泣いていた。フェイトが優しく背中をさすってくれる。柔らかい声色で慰めてくれる。涙が止まらない。声を押し殺すことも忘れていた。

「ねえ、誰かに寄りかかることって、そんなに悪いことかな? 自分で抱えきれないものを人に少しだけ持ってもらうのは、いけないことなのかな?
 私たちが自分一人で出来ることなんてほとんど有りはしないのに、それでも一人でどうにかしなくちゃいけないのかな?
 それってすごく悲しいよ。友達も家族も大切な人も、全部いらないって言ってるんだよ? 私はなのはに、そんな風には思われたくないな。
 なのはは私の一番大切な人だから、私もなのはの大切な人でいたい。それって、わがままかな?」

 隣の病室にいる他人のことや、薄い壁の向こうにある受付にいる看護士のことなど考える余裕もなく、なのはは大きくしゃくり上げた。

「お願いだからなのはのこと、支えさせてほしいな。私がそうしたいから。なのはが悲しいと私も悲しい。なのはが嬉しいなら私も嬉しい。
 でもそれは私だけじゃなくて、みんなも同じ気持ちなんだよ。ヴィータもきっと私と同じ気持ち」
「うん、ありがとう。ごめんね。…ごめんねフェイトちゃんッ」
「私はいいよ。ありがとうもごめんなさいも言われるようなこと、何もしてないから。でもヴィータには両方言わないとダメだよ。大丈夫。きっと明日も来てくれから」
「うん、…うんッ」

 胸の中でなんども頷いた。今の自分にはそれしかできないから。明日そうすることを強く誓って、何度も頷いた。


「なのは」
「なに、フェイトちゃん…」
 気持ちもやっと落ち着き始めた頃、目の前の大切な人に名前を呼ばれた。今は彼女の肩を借りて、頭を寄りかからせてもらっている。
 恥ずかしさがあった上、フェイトの肩が凝ってしまうからと初めは断ったのだが、半ば無理矢理そうさせられた。しかしやってみれば意外と心地が良く、それ以上に好きな人と触れあえているのはもの凄く嬉しかった。



「まだ足の傷、痛む?」

 フェイトの細く長い指が、なのはの腿をそっとさすった。本来なら目を細めたくなるその行為も、今は傷のせいで純粋に感じられない。

「ちょっとだけ」
「こっちも?」

 今度はその手が胸に触れた。出来る限り優しい力で触れられても、今は痛みしか感じられない。

「うん、…ごめんね?」
「いいよ。そんなことで謝らないで。じゃあ、今日はこれだけだね」

 言って、なのはのあごに手を添えて自分を見つめさせた。そのまま、唇を触れあわせる。

「………んんっ」

 いつものように長く激しいものではなく、2、3度互いの舌を触れあわせるだけの行為だった。フェイトがなのはの身体を気遣った故のことであり、気持ちの上ではもどかしたが、その心遣いがなのはには嬉しかった。

「今日はもう帰るね。あんまり遅くいると母さんに迷惑かけるから」

 そうか、出所はそこだったのか。部屋に入ってきた時のフェイトの言葉の答えがやっと分かった。でもそれは口にしないで心の内にしまっておく。

「うん。あ、ごめんね、上着汚しちゃって」

 来たときと変わって、今のフェイトは上着を脱いで腕に掛けていた。室内はともかく今はまだ冬だ。病院の外は相当肌寒いだろう。
 フェイトが引き寄せてくれた胸元でなのはは盛大に泣いた。
 その声はくぐもっていたので外に漏れることはなかったが、どちらにしろ彼女の制服を色々と派手に濡らしてしまった。もうしかしたらシミになるかも知れない。

「いいよ。なのはのだから」
「ななッ、フェイトちゃんッ!」

 とびっきりの笑顔でそんなことを言われたものだから、なのはは激しく赤面した。本当に、こんなことを素で言ってしまう彼女は卑怯だとなのはは思う。

「あはは。大丈夫だよ。予備ならあるから」

 やはり答えになっていない言葉と笑顔を向けながら、フェイトはドアの取っ手に手を掛けた。

「また近いうちに来るよ。駄目そうだったらメールするから」
「うん。待ってる」
「じゃあ、お休み。なのは」
「お休み、フェイトちゃん。レイジングハートもまた今度ね」
『お大事に』
「あはは。ありがとう。」

 ぱたん。


 小さく手を振っていたフェイトの姿が完全に見えなくなる。それを確認してからなのはは小さくため息をついた。

「うぅ、フェイトちゃん、意地悪だよぅ…」


 触れあう程度だけでも、キスをした。触発されてなのは身体はわずかに熱を持ち始めていた。フェイトが触れていった胸や特に下半身がうずく。
 もっと触れて欲しかった。深く貪って欲しかった。自分が痛いと言ってそれらの行為が行われなかったことも今は忘れて、やり場のない思いで近くにあった枕を抱いた。
 明日。そうでなければいつか来てくれたら。ちゃんとヴィータに謝ろう。フェイトちゃんと諭され、なのははそう心に決めた。
 それから色んな話をしよう。自分の身体の状態や、それ故に出来ることと出来ないこと。出来れば助けて欲しいことと、気にしなくていいことを。
 武装隊のこともたくさん教えてもらおう。同僚の様子なんかも是非聞いておきたい。
 そして、もしヴィータが自分のことを許してくれたら、ヴィータ自身のことも注意しよう。もっと自分のことを大切にするように。お見舞いのために無茶な仕事ぶりをやめるように少しだけ叱ろう。
 無茶をすればロクなことがないことは今の自分が一番よく知っている。そうやって脅してやれば多分言うことを聞いてくれるだろう。でもそれは拒絶じゃなくて、感謝と喜びの気持ちを込めて。
 お見舞いに来てくれたみんなにお礼を言おう。精一杯の気持ちを込めて、笑顔でありがとうと言おう。そしてその思いを忘れないで心の内に残しておこう。
 それらが全部出来たら、後はケガの治療に専念しよう。早く自分の夢へと近づけるように。自分を助けてくれたみんなをちゃんと助けてあげられるように。
 それから、彼女にもっと触れてもらうために…。

 
後日談。
 ある日やってきたフェイトが随分とやつれて見えると思ったら、どうやら執務官試験に落ちてしまったらしい。自分の面倒を見てくれていたばっかりにとなのははしきりに謝ったが、フェイトはそれを遮った。

「ハラオウン家家訓、『一度は失敗するもの』」

 それは主に義兄から受け継いだものらしい…。

著者:23スレ317

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