743 烈火の将は狙撃手がお好き sage 2008/04/11(金) 22:37:00 ID:uqaoWOGe
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烈火の将は狙撃手がお好き10 分岐の一 鮮血の終焉


遥か昔、ある剣客がこんな事を言った。
“心という器は、ひとたびヒビが入れば二度とは元に戻らぬ”と。

それは気高き将とて変わらず、烈火より熱き憎悪の豪炎は容易く彼女の心を焼き尽くす。
後には血の惨劇のみが残り、酸鼻なる鮮血の芳香を濃密に漂わせていた。





部屋に入った瞬間にフェイトは壮絶な吐き気に襲われた。
その場は外気に触れた内蔵から発せられる耐え難いほどの悪臭と、今まで見てきたどんな事件現場よりも赤い朱が支配している。
染める朱の根源は言うまでも無く生命の赤、血液の持つ鮮紅である。
時間経過によってドス黒さを出し始めてはいたが、未だ目に鮮やかに映る赤色は否応無く不快感を誘う。
フェイトは必死に吐き気を堪えて部屋の中に足を進める。

そうすると、そこにはかつて“人であったモノ”が鎮座していた。

うず高く盛られた肉片の山、あるいは切り裂かれあるいは力任せに引き千切られ、皮も肉も骨も内蔵も脳髄も滅茶苦茶にされている。
凶器であるカッターナイフが無造作に転がっているがミキサーにかけたとて、ここまで人体を破壊し尽くす事は叶うまい。
制服の残骸に残されたIDカードとオレンジの髪がなければソレがティアナであったとはすぐには分からなかっただろう。

さながら魔獣の捕食の如き惨殺の痕跡、フェイトは堪え難い吐き気と共に深い悲しみの涙を流す。
だが“これは執務官である自分の義務”だと自身に言い聞かせて必死に感情の昂ぶりを抑えながら、もう一つの遺体に目を向ける。
それはティアナであった残骸より、少しばかり距離をおいた場所にあった。
服が血に濡れている以外は争った形跡も無く、殺人現場に残された遺体にしては綺麗なものだ。
傷の無い綺麗な骸(むくろ)、ただ一点‥‥

首が無い事を除いては。





轟々と嵐のように雨が降り風が吹く、まるで彼女の血の痕跡を消す為かと思える程に激しく。
かつて烈火の将と呼ばれた女は傘もささずに、その激しい風雨の中を歩いている。
手には一つのバッグを抱えている、両手で以ってまるで宝物でも扱うかのように大事に抱きかかえていた。
その目は生気を失い正気の光に欠き、艶やかだった髪はたった数日で目も当てられぬ程に痛んでいる。
屍のように蒼白な顔色と相まって、その姿はさながら幽鬼に見える。
彼女の名はシグナム、数日前まで機動六課にその身を置いた気高きベルカの騎士であった女。
シグナムはフラフラとした足取りで、当てどなく歩き続ける。

その時、突如として閃光が走りシグナムの周囲に魔法陣が展開。
円形をしたミッドチルダ式魔法陣から射出された無数のバインドがシグナムの手足に絡みついて拘束する。
瞬時にして万力の如き力で縛り上げて、古きベルカの騎士を捕縛した。

そうすれば、身を隠して待ち伏せを成功させた管理局武装局員の一個中隊が現われる。
彼らは各々の手にデバイスを構え射撃魔法を即発射可能な状態でシグナムの脳天に狙いを定めている、必要とあらばすぐにでも射殺できる容易を整えているのだ。


「シグナム二尉、あなたを殺人と死体遺棄の容疑で逮捕します」


隊長と思われる壮年の武装局員が歩み出て、シグナムに勧告する。
四肢をバインドで拘束されたシグナムは成す術も無く縛られたままだ。
完全なる捕獲、もはやこれを逃れる術など常人ならば有り得ぬ話だろう。
だがバインドの拘束により彼女の手からバッグが落ちた時、場の空気が変わった。


「ああ! ヴァイス!! ヴァイスウゥゥ!!!」


落ちた“ソレ”にシグナムは叫びながら縛られた手を伸ばそうともがいた。
ゴロリ、そんな音と共にバッグからボールのようなモノが転がり落ちる。

夥しい腐臭を撒き散らしながら落下した腐肉の塊、それは数日前に死亡した被害者の一人ヴァイス・グランセニックの頭部に他ならない。
腐った肉と皮が爛れて蛆が湧き、腐汁が垂れ流され、死によって光を失った濁った目は一度見れば一生の悪夢になるだろう。
死人と目の合った武装局員の一人は吐き気を堪え切れずに思わずその場に吐物を撒き散らした。

武装隊の隊長である男は、背筋に走る恐怖を堪えながら死者の一部に手を伸ばした。


「これは‥‥酷いな‥」


思わず呻きのような声を漏らしながら、彼は屍の目蓋を下ろしてやった。
だが死者への憐憫によって行ったこの行為が彼の命を劇的に縮める事となる。
彼は触れてはならぬ鬼の逆鱗へと指をかけたのだ。


「‥るな‥」
「え? 何を言って‥」


聞き取れぬ程の声量のシグナムの呟きに、疑問の言葉が口を出る。
次の瞬間、空気を引き裂くような絶叫が木霊した。


「私のヴァイスに触るなああああぁぁぁっ!!!!!!」


鬼は叫びと共に魔力を爆発的に上昇させ、四肢を拘束するバインドの術式を破壊。
飛行魔法を即時行使して一番近くにいた武装局員に接近する。
瞳は闇より暗き憎悪の炎に燃えており、その鬼気迫る殺気に武装局員は指一つ動かす事も叶わない。
美しくすらあるシグナムの白い犬歯が喉笛に喰らい付き、さながら肉食獣の如く食い千切って鮮血の飛沫を宙に描く。
首の肉を瞬時に失った男は刹那の間に絶命、周囲の武装局員は彼の身体が地に落ちた時になってようやく反撃を始めた。


「くそっ! 撃て撃てえぇぇっ!!」
「相手は丸腰だ、早く仕留めろっ!!」


怒号と共に放たれる射撃魔法の閃光、風雨と混じった光の筋はある種の芸術性すら帯びている。
丸腰の女一人にデバイスで武装した武装局員の部隊との戦い、それも相手はさながら獣染みた狂気に墜ちた狂女である。
言うまでも無く有利不利の差は明白であり、戦いは瞬時に終わるのが普通だろう。

だがここに幾つか想定外の事実がある。
まず一つ、彼女は数百年の永き時を闘争の中に生きた歴戦のベルカの騎士でありどれだけ思考を狂わせようとも本能にまで刻んだ技は消えない。
二つ目、この程度の数的優位は高位のベルカの騎士を相手になんら有利足らないという事。

そして三つ目、これが最も大きい要素である。
シグナムの愛剣であるアームドデバイス、炎の魔剣レヴァンティンは確かに機動六課に残されていた、だがしかし‥‥‥‥

彼女の持つ刃は一つではなかった。



「ぎゃんっ!」


素っ頓狂でさえある程の断末魔の叫びが一人の武装局員の口から漏れる。
その絶叫が響き渡った時には男の頭は幾重に刻まれ、脳漿と墳血を撒き散らしながら地に落ちた。

雨に濡れる緋色の髪を揺らした鬼は、その手に一振りの刃を携えていた。
緩やかな曲線を持つ刀身は常人の想像もつかぬ切れ味を誇り、青く美しい刃紋はもはや芸術の域にある。
シグナムが用いた得物は俗に刀と呼ばれる刀剣、意思など持たぬただのストレージデバイス。
それはレヴァンティンに比べれば、内部に集積された魔法術式は皆無に近く、カートリッジも使えず変形機構も無い物だったが“ある一点”においては、かの魔剣を遥かに凌ぐ妖刀であった。

シグナムは息つく間もなく、即座に次の獲物に狙いを定めて飛び掛る。
飛行魔法の行使と超人的な脚力と共に行われた高速移動は一切の反撃を許さず、標的となった局員との距離を詰めた。
だが武装局員とて木石ではない、反射的に防御障壁を展開して守りを固める。
彼はそれなりに高位の魔道師であったのか、その障壁は固かった。
レヴァンティンとて簡単に攻め抜けないだろう、だがこの妖刀ならば。


「ぎゃああぁぁっ!!!」


再び絶叫、木霊する死の残響と共に男の身体が防御障壁もバリアジャケットも肉も骨も内蔵も構わず胴から横に両断される。
その手応え、まるで研ぎ澄まされたカミソリが柔い紙でも切るかの如し。
妖刀の持つ唯一にして最大最強の能力、それは悪魔的に鋭き刃のもたらす“切れ味”に他ならなかった。

その威力、もし相対したならば例え高町なのはの防御ですらも断ち切るであろう。

狂気の中に墜ちた魔剣士に悪魔染みている程の鋭き刃、もはや武装局員部隊に抵抗する意味など無い。
彼らの運命は既に死神の鎌の届く距離にあるのだ。


「うわああぁぁっ!! 来るなっ!! 来るなあああぁぁっ!!!」


武装局員は眼前に迫る死の恐怖に恐慌し、血が出るほど叫びながら射撃魔法を撃ち出す。
防御障壁を多重展開し、バインドを配置し、陣形を組んでデバイスを構えて迎撃する。
普通ならば相手がどれだけ強くとも立ち向かえる状況だろう、だが今回は相手が悪すぎた。

鬼は人知を超えんばかりの速度で接近しながら、凄絶なる回避によって射撃魔法の嵐を掻い潜る。
魔神の加護でも受けているのかそれとも血肉に刻んだ戦いの本能の成せる業なのか、射撃魔法の迎撃はかすりもしない。

そしてまず一人目、斬られた首が酒瓶のコルクのように勢い良く飛ぶ。
二人目、逆袈裟掛けに胴を斬り上げられ苦悶の表情のまま斬り殺される。
三人目、奇跡的に斬撃を回避したが鞘による返しの打撃に脇腹から内蔵を破壊され、次の瞬間には頭を割られた。
四人目、防御障壁を展開して神に祈るが身体を縦に両断される。
五人目、果敢にも自ら突っ込み攻撃するが‥‥

狂気の鬼が振るう刃の阿鼻叫喚の地獄絵図。
天より降る豪雨と風雷に鮮血の飛沫が混じり、凄惨なる斬殺魔宴を飾り立てる。
そして幾許も無き間に狂鬼の宴は幕を下ろした。

最後の一人を三枚に下ろして、遂に斬る相手がいなくなったのだ。
シグナムは先の戦いが嘘のようにゆっくりと周囲を見渡し、もはや動いている者は己一人だという事をじっくりと認識する。

虚ろな眼に血の気を失った蒼白の顔、雨に濡れた緋色の髪、そして返り血に染まった五体に同じく血濡れの刃の妖しい輝き。
あまりに背徳的で狂い歪んだ姿、もはやそれは至高の絵画であるような凄絶なる魔性の美しさを持っていた。

賞賛する者無き美しき鬼女は手のデバイスを待機状態に戻すと、地に落ちた“恋人”に近付いて行く。


「ああ‥‥ヴァイス‥大丈夫か?」


蛆の湧く死人の頭部を持ち上げると、心の底から愛おしそうに手で撫でながら頬ずりすると、変色した唇にそっと口付ける。
腐った皮も肉もまるで気にしない、彼女にとってソレはこの世の何より愛すべき恋人なのだ。


「もう離さない‥‥私達はずっと一緒だ‥ずっとずっと‥」


シグナムはまるで呪詛のように呟きながら腐る屍を抱き寄せて狂った暗き笑みを浮かべる。
そしてヴァイスの首を再びバッグに入れると、服に付いた血も気にせずに歩き出す。
脳裏にはかつての彼との甘い記憶と妄想が入り混じり、狂気をさらに深く深く淀ませていく。


生まれて初めての恋と愛に筆舌に尽くし難い悦びと幸せを得た将の心は、狂った姦計によって壊れ果てた。
もはや彼女が昔日の凛然たる姿を取り戻す事は永遠に無いだろう。

だが彼女はこれで幸福になったのかもしれない、少なくともこれで彼と引き離される事は無くなったのだから。

終幕。



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目次:烈火の将は狙撃手がお好き
著者:ザ・シガー

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