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「……なるほど。そのようなやり取りがあったのですか」
「そうなんよ。そのようなやり取りがあったわけなんよ」

 ガリューがリビングを出て行った後。

 はやてから一連の流れについて聞き終えたシグナムは出かける前より目の前の主が一回り小さくなったようだと思った。

 先刻の緊迫した空気は今も澱のように形を変えて部屋に居座り、あれほど空腹を訴えていたヴィータやリインすらシグナム達が
買ってきた食料に手をつけていない。ヴィータは何か思うところがあるのか微動だにせず一人で何事かを考えている。ザフィーラも
同様、リインとアギトは立ち上がって所在なげに浮き上がったかと思うとまた着地、を繰り返している。シャマルだけが主の命を
遂行すべく押入れの中に仕舞ってある殺虫剤を探しているところだった。

「……あのう……はやてちゃん?」
「なんやー、シャマルー……」
「買い置きしてある殺虫剤を全部使っても、家の周り全部に撒くほどの量はないんですけど……」
「ほな、別にええわ……」
「……そうですか」


 はやては万事この調子だった。

 先ほど見せた激しい感情の発露も氷剣の様な眼差しも嘘のように、ぼんやりとした目つきで虚空を見つめている。


「……こんなつもりと、ちゃうかったんやけどなあ」


 誰にともなく、といった風情ではやてが呟いた。
 何かを求めて彷徨うような手の動きに気づきシグナムが胸を差し出す。

「揉みますか? 落ち着きますよ」
「……ええわ。この話非エロやし」

 代わりにはやてはゆらりと立ち上がり、床に丸まっていたザフィーラの背に体を預ける。

「わーい、もふもふやー」

(……"あの"主はやてが乳揉みの誘いを断るとは……相当な重症だ……)


 はやての行動の中に見られる弱い"異常性"については、シグナムを始め彼女をよく知る者達なら多少なり気づいていた事だった。

 十一年前、"闇の書"の封印が解かれシグナム達が現れるまで、八神はやてという少女はずっとたった一人で暮らしていた。
 本来ならばまだ親の庇護下に置かれ、周囲の愛を存分に受けながら育つはずの年齢である。彼女が両親を失ってからシグナム達と
出会うまでの日々が、彼女にとってどれほど不安で寂しいものだったかは想像に難くない。他の守護騎士がどう考えているかは
わからないが、『魔法で創られた擬似生命体』という彼女の世界の常識では考えられない存在である自分達をアッサリと受け入れ
家族として迎え入れたのも、優しさや器の大きさといった要素より彼女を取り巻く背景そのものが大きく関係していたのだろうと
シグナムは考えていた。


 そんな彼女が"闇の書事件"で経験したリインフォースとの別離。


 新しく自分の世界に加わった"家族"と、僅か一日足らずで別れなければならなかった彼女の気持ちは察するに余りある。


 自分がもっとしっかりしていれば。
 もっと力があれば、もっと早く自身を含む様々な事に気がついていれば。


 何か出来る事がなかったのか。

 こんなにも小さくささやかな願いを、叶える術は本当に無かったのか。


 きっと事件の終結後――もしかしたら今も彼女は後悔と共にあの日自分が取るべきだった最善の行動について、あらゆる可能性を
検討し続けている。八神はやての中で、リインフォースとの別れはトラウマとなりやがて彼女の中にある性質を顕現させる事となる。

 皆が当たり前に持っているソレを持たなかったからこそ。
 そして手に入れられたからこそ。


 彼女は"絆"というものを過剰なまでに大切にし、それが失われる事については異常に敏感に反応するという一面を持つようになって
いた。


 可能性の話をするのなら、例え彼女がもっと早く"蒐集"に気づいたり闇の書の力を使いこなせるようになっていたところでリインを
助ける術は無かった。
 それどころか彼女は無限の輪廻を繰り返す"闇の書"の呪いを断ち切り、自身と守護騎士四人の命を救う事に成功している。これは
『救う』という面から見ればただ取り込まれ暴走に巻き込まれるばかりだったそれまでの主と比べても段違いの成果であり、これ以上の
結果を求める事は現実的に考えて不可能だ。だが、それでもなおあの日のシミュレーションを繰り返し続けるのが彼女なのだ。

 クラナガンに居を移す際、自分と守護騎士達が『全員で一緒に暮らせる』ような物件を選ぶようシャマルに強く求めていたのも
その表れだろう。既に所属や勤務日程がバラバラになっている八神家において、必ずしも一つ屋根の下で共同生活を送る必要はない。
 もっとも彼女の要望は主を守る自分達にとっては寧ろ自分たちの方から申し出たい内容であり、またそれ以前に純粋な"家族"として
騎士達が望んだ事でもあったのでそれを口にする者は誰も居なかったが。


 そして、その性質は彼女のみならず、時には他人に対しても発揮される事があった。

 死別はもちろん、人身売買等の物理的な離別や時に被害者に遠隔地療養が必要なケースさえ。"別れる・離れる"というキーワードが
絡んだ事件や事故を担当する時彼女の目の色は明らかに変わる。案件に異常なまでに熱を入れ、共同捜査の相手と対立する事も
しばしばだった。


(ただ、それほど実害がある訳ではない。周囲が上手くコントロールすれば意欲の高揚、プラスにこそなれマイナスの効果は
もたらさないと考えていたが……今回は完全に裏目に出た格好だな)

 己の個人的な感情が一因で主を深く傷つけてしまった事にシグナムは臍を噬む。
 常に冷静な視線で状況を把握するのは、人の上に立つ者としては必要不可欠な能力である。それが知らず欠如していたとなれば
表情も歪むというものだ。

「……シグナム」
「アギトか」

 気がつけば目の前に"烈火の剣精"が浮かび心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

「その……つらそうな顔、してたから……」
「心配をかけたな。私なら大丈夫だ」

 そう言ったものの気の利いた言葉も浮かばず、二人はどちらともなくまた顔を伏せてしまう。


「アギ「あのさ!」

 漸く口を開いたと思えばタイミングが被り、互いに譲り合うような仕草を見せた後口を開いたのはアギトの方だった。

「アイツ……ガリューはさ……アタシなんかよりずっと前からルールーや旦那の事を知ってて、付き合いも長かったんだ……だから、
その……」
「恨まないでくれ……か?」
「……あんな風にアイツの声を聞くのは今日が初めてだけど、長く一緒に居たからわかるんだ。アイツは絶対そんな悪い奴じゃない。
今は分かり合えないかもしれないけど……でも、きっと……」
「気にしてはいないさ……永き生の中で他者を手にかけた事は一度や二度ではない。残された者から責められるのも恨まれるのも
慣れている……如何に言い訳を取り繕おうと死者は還らん。私に出来るのは彼らの心を正面から受け止め、己の行為から目を逸らさず
生きてゆく事だけだ……お前はどうだアギト? お前は私を恨んでいるか?」

 シグナムに問われアギトは逡巡した後答える。

「……正直、『恨んでない』とは言えないと思う……ああなる事は旦那自身が望んでいた事だし、シグナムの事を恨めばそれで旦那が
帰ってくるってわけじゃない。でも、やっぱり心のどこかでまだシグナムの事を許せない自分も……いるんだ。ゴメン……」
「構わんさ。お前の正直な気持ちを聞けただけで私は満足だ。出来るならその気持ちを忘れないでくれ、そして私が騎士ゼストが
認めた騎士に相応しくないと判断した時は……」
「ああ。その時はアタシの炎でアンタを焼き殺す。融合騎アギトの名にかけて誓う」

 気分を落ち着かせるために薬湯を淹れてくる、とアギトが台所へ飛んでいくとシグナムはふっと息をついた。


(変わったな……私も)


 かつての自分ならば殺した相手の遺族に何と言われようと心が乱れる事など無かった。
 親の敵討ちと来た幼子を一刀で切り伏せ周囲の人間に"悪魔"と罵られた事もあった。

 その自分が、ガリューに問われた時心震えた。

 隠していた過去の古傷を刃物で抉られたような鋭い痛みに、改めでこの十年あまりでの自身の変化を感じずにはいられなかった。

「少し出てくる」

 ザフィーラに言い残すとシグナムはリビングを出て玄関へと向かった。

 未だ心中に整理はついていないが、少なくとも問われた以上自分には答える義務がある。
 ガリューがこの地を去る前に伝えなければならない。


「おまたせ……ってあれ? ザフィーラ、シグナムの奴は?」
「つい今しがた家を出たぞ」
「はあっ!? 何だよソレ、アタシの薬湯は飲めねえってのかよ……」
「どうだろうな……ただ少なくとも、その湯が必要なさそうな顔はしていたがな」
「……そっか。じゃあ代わりにシャマルにでも……?」
「シャマルもヴィータもリインも、皆さっき家を出た。残っているのはここにいる3人だけだ」
「……どいつもこいつもっ!! ザフィーラ、アタシも出てくる! はやてさんの事頼んだぞ!!」
「心得た」

 アギトが部屋を出て行くと、それまで柔らかな蒼い毛に顔を埋めていたはやてがゆっくりと起き上がった。

「うちの子はみんな、強い子ばっかりやな……私だけや。人の気持ちも考えんと自分の気持ちばっかり押し付けて。ガリューかて
ガリューなりの事情があるやろうに……」
「お言葉ですが、ご自分を過剰に卑下するのは止めた方がよろしいです。先刻の件に関しては、少なくとも責任の所在がどちらかに
百対零という事はありません」
「そうかもしれへんけど……もしこのままガリューが故郷に帰ってしもて二度と戻ってこおへんかったら、私はルーテシアちゃんと
メガーヌはんに会わせる顔があれへん……二人に何てお詫びしたらええか……」
「奴はきっと帰って来ます」

 いつもの豪快さが影を潜めているはやてに対し、こちらはいつも通りの静かな口調で答えるザフィーラ。

「……根拠は?」
「男は女に敵いません」

「……はあ?」

「こちらの話です。ともかく、今は奴の帰還に備えスクライアの送ってくれたデータをチェックしておきましょう」
「……はあ」


(……頼むぞ、アルフ)


          ◆


 時を若干遡る。


(あーあ……やっちまった……)

 八神家を飛び出したものの行く当ても無く、ガリューは目的地も定めず住宅街を彷徨っていた。

(……誰か追って来たり……する訳ねえよな。あそこまで言っといて)

 元々あそこまで酷い事を言うつもりはなかった。

 騎士の誇り、についてはやはり正直賛同しかねる部分がある。
 しかし伝え聞いた状況によると、ゼストは地上本部のトップがいる場所に侵入しシグナムはそれを止めようとしていた。自分達は
犯罪者の一味、シグナムは管理局員。どちらかに逃走の意志がなければ両者が激突するのは至極当たり前の事で、戦闘の結果死者が
出るのもこれまたさほど珍しくもない話だ。非殺傷設定という便利な枷もこのような場面ならば簡単に解除される。

 つまり、客観的に見ればゼストの死は大いに有り得た話で、たとえそこに表には出ない情報が加わろうと自身を納得させるのには
十分すぎるほどの材料は与えられている、とガリュー自身は思っていたしまたそう自分に言い聞かせてもいた。だから八神家で
シグナムの姿を見た時も少し思うところはあったが、けして最初から事を荒立てるつもりはなかった。

 それがいつの間にか口論がヒートアップして、気がつけばつい口をついて出ていた。まさに『売り言葉に買い言葉』というやつで
ある。



(……クソッ! 何期待してんだよ俺は!! いつまでもこんなとこうろついてねえで、さっさとどこへなりと転移しちまえば
いいじゃねえか!!)

 そう思う心とは裏腹に、足は止まる事無く巨大芋虫はどこまでも道路を進み続ける。否、真に裏切っているのは体の方ではなく、
心の奥底に潜むもう一つの心の方だった。

(馬鹿馬鹿しい、さっき自分で言っただろ! 主人も護れねえ召喚虫なんざ虫けら以下だって!! 召喚契約を破棄して転移! 
転移、転移、転移!! お前は久しぶりに故郷に帰るの!!)

 ガリューは怒鳴るようにして自分に言い聞かせ脚を止めた。道路の真ん中だが車の音も聞こえないし、少しくらいは大丈夫だろう。
そう思いながら魔方陣を展開し詠唱を開始する。


(……座標よし……さ、久しぶりの故きょ)
「きゃあああああああぁーー!!」
「お、おわあぁっ!!」


「キシャー(な、なんだぁっ!? 付近の住人か!?)」

 突然の悲鳴に詠唱が乱れ、光の魔方陣が霧散する。

 迂闊だった。

 ここは住宅街、いくら人通りが少ないとはいえここまで誰とも会わなかった事が奇跡に近かったのだ。

「キシャー(しくったぜ、くそっ……)」

「いやあああっ、吼えたよアレ!」
「なんなんだ、こいつ……っ!!」


 ガリューが遭遇したのは一組の若いカップルだった。
 遠目に見ても震えているのが分かる女を、男の方が庇うようにして立っている。

「キシャー(おい、ちょい待ち! 落ち着け! 大丈夫、すぐ終わる! 頼むからそこでちっとだけ待っててくれ!!)」
「きゃあーっ、こっち見てるわよあの化け物!!」
「キシャー(あぁ!? 誰が化け物だよもっぺん言ってみろ!!)」
「いやあっ! 怖いよおっ!!」
「俺の後ろに! 何してくるかわからないぞ!!」
「キシャー(だから何もしねえって! あーチキショウ、言葉が伝わらねえってのは不便だなオイ!!)」

 思うように意思疎通が出来ず、徒に事を荒立てるばかりの状況にガリューは焦る。

(さすがにマズいぞ……このまま人に集まって来られちゃ、転移魔法どころじゃねえ)


 その時男の方が手に持っていた何かをかざしたかと思うと棒状のものが空中に出現した。

「キシャー(デバイス!? こいつ、魔導師か……!!)」
「この……くたばれ化け物っ!!」


「キシャー(ぐっあああぁっ!?)」

 男がデバイスの先端をガリューに向け、光弾が発射される。
 発射された光弾は上半身を起こしていたガリューの腹部に寸分違わず命中し、吹き飛ばされたガリューはブロック塀に叩きつけられる。

「キシャー(こっの……ああぁっ!!)」
「すごいすごーい! 全部当たってるよ!!」
「化け物め……お前が何なのか知らないが、子供が襲われでもしたら大変だからな。ここで息の根を止めてやる」
「キシャー(だから俺は化け物じゃああっ! ねえっ、てっ!! 言ってんだろ……ぐはあっ!!)」

 恋人の前でいいところを見せたいという心理でも働いているのか、男はこれでもかと言わんばかりに光弾を連発しガリューを
痛めつける。元々この姿はそこまで耐久力が高いわけではない。
 何度も光弾を体に受け、吹き飛ばされ体はボロボロになっていく。


「キ……シャー……」


「まだ生きてる……しぶといわね、この化け物!!」
「さっさとくたばれ化け物!!」


 もう何度目かわからない直撃を受け、浮き上がった体が道路に叩きつけられた。


「動かなくなったわね……」

(……ちっきしょう、人の事さんざ化け物呼ばわりしやがって……人を見かけで判断するなって、学校で教わっただろ……)

「待て、まだ動いてる……特大の一発で完全に息の根を止めてやる」

(ていうか、俺が誰かの高級なペットとかだったらどうすんだよお前ら……損害賠償だぞ、裁判だ裁判)

 体を動かそうとするが、傷つけられた体は思うように動きはしない。
 そうこうしている間にも男は魔力のチャージを着々と完成させていく。


(はは……なんだこれ……俺の人生……こんなんで、終わりかよ……)


 膨らんでいく光を見ながら、ガリューは泣きたい衝動に襲われた。

(情けねー……畜生……畜生っ……!!)



「きゃあっ!! 今度は何よ!?」

「犬!? いや……狼……!?」


(ちょっと痛いけど我慢しなよ!)
(!? その声……いっでえええぇぇぇっ!!)
(痛いけどって言ったろ! 男がこんなんで泣き事言うな!!)

 胴を錐で刺されたような痛みが数箇所起こったかと思うと、不意に体が持ち上げられる。

(おおおぉっ!?)
(動くんじゃないよ! 動くとその分強く噛まなきゃいけないから、余計痛い目見る羽目になるからね!!)

 そのまま視界が揺れ、ガリューは何が起こっているかも分からないままひたすら体を動かさないようにして耐え続けた。
   

          ◆


「離すよ」
『うげっ!?』

 いきなり地面に落とされガリューは悶絶しながら転げ回った。

『あいてて……ここは?』

 ガリューがいる場所は森の中だった。一面緑に囲まれ、近くには小川が流れている。

「あいた、たっ……! こ、腰が……やっぱ治癒魔法かけたぐらいで無理しちゃダメだね……」
『その声……アルフなのか?』

 ガリューの目の前で蹲っていたのは、ザフィーラと似た種類の緋色の狼だった。狼から発せられる声はガリューもよく知っている
声であり、問いに応え狼が獣耳の少女の姿に変わる。

「ったく、随分遠くまで行ったと思ったらいきなり殺されかけてるしビックリしたよ」
『す、すみません……つーかよく追ってこれたな。結構あの家からは離れてたのに』
「アンタの体から出てる液体が、ナメクジが這った後みたいにしっかり痕跡として残ってたからね。それにアンタの耳と同じで
アタシは鼻が利くんだよ。ま、耳も結構すごいけどさ」

 アルフは耳をピクピクさせながらニヤリと笑う。

『……聞いたのか』
「事情かい? はやてからバッチリ聞いたよ。初めは怒ってたけど、最後のほうは結構凹んでたね」
『そっか……』
「まあ落ち込んでないでさ、先に顔でも洗いなよ。ここははやて達の家のすぐ近くにある山でアタシとザフィーラの秘密の隠れ家みたいな
場所さ。人間が来る事はまずないからさっきみたいな心配はないよ」
『さっきの、か……』


 自分を"化け物"と連呼しいきなり襲い掛かってきた先ほどのカップル。

 それ自体はさして珍しい事でもなかった。
 昔からモンスター扱いされるのは慣れていたし、警戒されて武器を突きつけられた事もあった。あそこまでしこたまボコられた記憶は
ないが……

 むしろそんな過去よりも鮮明に思い出されたのは、つい数時間前に始めて会話した主人の友人の上司達。

 中には自分を見てダウンする者もいたが彼らもすぐに自分に慣れ、中には最初からフレンドリーに接してくる、初めて出会うタイプの人間

もいた。
あげく普通の人間には聞こえない自分の声を聞き、会話を成立させたり……時には漫才染みた掛け合いをやったり。


「凄い連中だろ? あの家の住人はホントに順応力が高いからね、家長のおかげで」
『な、なんでアイツらの話が出てくんだよ!』

 心の中を見透かされたようで、ガリューは動揺を誤魔化すかのように小川のせせらぎに顔を突っ込んだ。途端――

『あいっ……つー……っ!』
「ちょっ、何やってんだい! こんな浅い小川なんだから、そんなに勢い良く顔突っ込んだら顔面強打するに決まってんじゃん!!」

 短い前脚をばたつかせ必死に顔を押さえようとするガリューの姿を見てアルフが腹を抱えて笑う。

『そんなに笑わなくてもいいだろうが……つうっ……』
「ゴメン、ゴメン……」

 なおも笑い続けていたアルフだが、ガリューの周囲に漂う空気のようなものを見て笑うのを止める。

『なあアルフ……アイツ、凹んでたって言ったよな……』
「はやてかい。まあ、確かに落ち込んでたと思うよ。あの子はあれで結構ややこしいところがあるから」
『アイツもこんな痛い思いしたのかな……体じゃなくって、その、心とか……』

 アルフは答えずにガリューの反応を見守る。

『さっきさ、あの若い男にボコボコにされた時に思ったんだ……シグナムの時よりずっと痛えって』
「そりゃ手加減してくれたに決まってるじゃんか。Sランクが本気で攻撃を仕掛けたら辺り一面焼け野原になっちまうし」
『……いい奴だよな。アイツら』
「今さら何言ってんだい。どこの次元世界に家の壁に風穴開ける原因になった奴を手助けしようって奴がいるのさ。そんな奇特な
人間、はやてやアタシのご主人様とか、ほんの数人だよ」
『全くだな』

 言葉が途切れる。先に口を開いたのはまたガリューだった。


『わかっちゃいるんだ。戦場に立っている以上誰だって死ぬ事はある。けどルーやメガさんの事を思うと、どうしても抑えが
効かなかった……アイツには無様でもボロボロでも生きて帰って来てもらいたかった。今さら言ったってしゃあねえ事なんだけどな』

「ガリュー……やっぱり元に戻るのは諦めて、ご主人様達ともお別れしちまうのかい? アンタが今言った言葉は、アンタが今やってる
事にそのまま跳ね返って来てる事ぐらいわかってるだろ」
『……わかってるよ』

 アルフの問いにガリューが苦しげに吐き捨てる。

『けど、俺はいつだってあの二人に迷惑ばっかかけてる、いつも信頼を裏切っちまう……俺がいたってこの先あの二人にいい事なんて
何一つないんだ、きっと』
「……さっきから思ってたんだけど、アンタの過去にいったい何があったんだい。よかったら話してごらんよ。力になれるかは
わかんないけどさ」
『……』
「じゃあさ、ここは交換条件といかないかい? アンタはアタシに自分の過去を話す。アタシはそれを駄賃代わりに、アンタを元いた
世界まで送ってやるよ」
『お前が?』

 意外そうに訊くガリューにアルフは胸を張る。

「こう見えてもサポート系は一通り使えるんだよ。戻る場所の座標さえわかれば、アンタの訳わかんない転送魔法よりよっぽど確実に
家まで送り届けてやるさ」
『……あんまり、楽しい話じゃねえぞ』


 ガリューは少し悩む素振りを見せた後アルフの申し出を受けた。


『そうだな、最初はどこから話すか……とりあえず俺達の生態からかな。俺達の種族にはユーノって奴が調べた通り、ピンチになった
時に幼体に体を戻す"休眠"つー能力がある。これで一回体をリセットすればブッタ斬られた手足や尻尾とかも再生できるスーパーな
能力なんだが、この能力の本質はそこじゃねえ。この能力が本当に有効になるのは食糧危機が起こった時だ』
「食糧危機……?」
『そう。実は俺達が食料にしてるのは普通の形ある食い物じゃねえ。魔力を体に取り込み体内の器官でエネルギーに変換して活動する
……一応俺達にもリンカーコアがあって魔力は作れるがそれだけじゃ足りねえんで外部からも吸収する。つまり俺達は正真正銘魔力を
"食って"生きてる存在なんだ』
「魔力って……だってアンタ、その口には獲物を捕まえる為の立派なキバがあるじゃんか」

 確かにガリューの大きな口にはナイフのように鋭く尖った無数の歯が生えている。

『それが休眠に関わってくるんだ。俺達は成体になると純粋に魔力しか食えねえが、幼虫のうちは口から普通に食い物を入れて栄養分に
する事が出来る。つまり何らかの理由で食料となる魔力を確保できない時に休眠して幼虫に戻れば、餓死する可能性が大幅に減る
わけだ。もっとも、普通の食い物からだとエネルギーの変換効率が悪いし、キバはどっちかっていうとむしろ自衛の手段としての
向きが濃いんだがな』
「なるほどねえ……でも、魔力を食べるったってどうやって食うのさ」
『俺達の故郷はお前らが言うところの管理外世界って場所の一つなんだが、そこにはリンカーコアと同じ働き――周囲の魔力素を
取り込んで、魔力に変換する希少な鉱石がある。その鉱石が大量にある場所は大気中に魔力が満ち溢れている天然の"魔力溜り"に
なってて、俺達の種族は普段はそこで暮らしてるんだ。ただ鉱石が生み出す事の出来る魔力の量には限界がある。だから俺達は
成長するとこっちの世界の召喚師と契約を結ぶ。契約を結んでる相手から魔力を分けてもらって食料にして、見返りに召喚師に力を
貸す訳だ。ま、大人になったら自分の飯は自分で働いて得ろって感じかな』
「へー……召喚獣ってのは面白い生態なんだね」

 アルフは興味深そうに頷く。
 使い魔である彼女の場合、食べる物は素体となった狼か人間のものである。基本的には狼の性質が勝るらしく肉を好むがそれ以外の
料理も普通に食べる。しかし主人から魔力供給を受けているからといって食事を取らない訳にはいかない。

『こんなマニアックなのは俺達ぐらいだけどな。そもそも本編中に口をカパッみたいな描写がありゃ作者も『コイツどうやって物を
食ってんだ』って考えたりする必要なか……ゲフンゲフン、少し話がずれたな。で、その休眠だが……実は俺は既にこの休眠の経験が
二回ある』
「はぁ!? なんでそんな大事な事を教えないんだよっ!!」
『ちょ、待って……ギブギブ! うへ……死ぬかと思った』
「う……分泌液がベッタリついちまったよ……」
『すまん……ぶっちゃけ『数年かかるけどほっといたら元に戻る』って話したら相手にされないんじゃないかって思ったんだ……』
「あーまあそれはあるかもしれないけどさ……結構小賢しいんだねアンタ」
『そんだけ必死なんだよ……さ、そんな感じで前置きが済んだところで俺の話といこうか。まずは俺と俺をこの世界に初めて喚んだ
主人……メガさんとの出会いから話したらいいかな……』


          ◆


 メガさんとの出会いを一言で表すなら……そうだな、『ビビッた』かな。
 いや、別にメガさんの見た目が怖かったとかそういうんじゃなくてな……

 ――吾は乞う、速き者、闇を往く者……漆黒の騎士。言の葉に応え、我が命を果たせ……召喚!!
 ――キ、キシャー!?
 ――……はあっ!?

 そう、何の因果か俺は成体になる前に召喚師に喚び出されちまったんだ。
 これが釣りなら即リリースなサイズだよ、俺。


新暦5×年 ミッドチルダ第一陸士訓練校


「オーッス、入るわよメガーヌ!」
「(自室に)帰れ」
「ノー、そのネタは中の人違いだから却下デース」

 突然の闖入者にもメガーヌ・アルピーノは慌てない。
 意味不明な事を言われても慌てない。
 なにせクイント・マセラティという人間と知り合ってしまってから、この程度の出来事等すっかり日常茶飯事になってしまったからだ。
 
「何ネタとか訳わかんない事言ってんのよ……何? 用があるなら早く言いなさい」

 メガーヌはベッドに寝転がったままクイントを迎え入れる。

 一見横着に見えるこの動作だが、実はそうしなければならないだけの理由が彼女にはあるのだ。

「オーッス、相変わらずブッサイクだねガリュー! アンタいつになったら成長すんのさ」
「キシャー(オーッス、姐さん! 地味に傷つくんでブサイクとか言わないでください)」
「……」

 そしてその理由は現在、部屋の一角に敷き詰められたボロ布の上に載っていた。

「用があるなら早く済ませて出て行けつってんのがわからないの? アナタは」
「あーららー、連れないねー。せっかく召喚虫に養分吸い取られて外出できないアンタの為に冷たくて美味しいアイスを差し入れしに
来てあげたのに」
「人を干物みたいに言うんじゃないわよ。外出は出来るけどしないだけ」
「はいはーい」

 クイントは肩に下げたクーラーボックスを下ろすと蓋を開ける。

「さあさあ遠慮しないでたーんとお食べ、私の分は別にボックス2個確保してるから」
「うぷっ……クーラーボックス一杯に……」
「キシャー(アイスがぎっしり……見てるだけで胸焼けしてきた……)」

 どう考えても人間の胃腸よりも体積が大きい。中に箱入りやカップ入りのアイスが入ってるなら一つ貰おうと思っていたメガーヌ
だったが、そんなささやかな食欲も吹っ飛んだ。

「ごめん……今はいいや。そこにタッパがあるから詰めて私の冷蔵庫に入れといて」
「あいよー。そだ、ガリューも食べる?」
「キシャー(あ、いや俺はいいっす。冷たいもの食べるとお腹壊すんで)」
「オッケー。じゃああーんしてあげるね」
「キシャー(いやいいって言ってるじゃないっすか、勘弁してくださいよ)」
「あ、スプーンないわ……メガーヌ、ちょっとこのスピア借りるね」
「いいわよー」
「キシャー(ちょ、それ思いっきり刃ついてます! 口の中真っ赤っ赤になりますって! 止めてさせてください御主人!!)」
「あらあら照れちゃってまあ、愛い奴め♪ ほら、あーんしなってばー」
「シュー(むむー! むーん!!)」

 クイントと彼女の召喚虫(暫定)ガリューのこういった掛け合いも、今では毎日当たり前のように見られる光景だ。
 止める気力が勿体無い、というかそんな気力そもそもない。

「キシャー(アアアアーウチッッッ!!)」
「う、うおわっ!? メガーヌ大変! 血、血がドバーって出てきたっ!!」
「……ったく、何やってんのよアンタ達は」

 メガーヌは気だるげに起き上がると鮮血を吹き出すガリューの口の中に躊躇せず手を突っ込む。

「うええっ、ちょ、メガーヌさん!?」
「黙って」
「キシャー(あばばば……ば……?)」
「はい終了。応急処置のヒーリングだから動くとまた切れるわよ。絶対安静」
「おおおお……こ、これが一家に一台・支援型魔導師のヒーリング……って、メガーヌ、服、服! そのまま寝転がったらシーツが
血塗れのスプラッターになるわよ!?」
「うっさいわね、もう……シャワーを浴びに行くに決まってんでしょ。バカクイント」
「あ、じゃあアタシも行くわ! 準備してくるから待ってて!!」

 慌しく部屋を出て行くロングヘアの少女の背を見ながら、メガーヌはここ数週間で劇的に変化した自分の人生の変遷に溜息をついた。 



 きっかけは先日行った召喚の儀式だった。

 "漆黒の騎士"と称される強力な召喚虫を喚び出した筈が、なぜか現れたのは特大サイズの芋虫。
 その瞬間これまで築き上げて来た『訓練校始まって以来の才女』という彼女の栄光は粉々に砕け散った、いや別にそんなものに
こだわる気はないのだが。
 その後教官に調べてもらったところ、どうやらこの芋虫は目的だった召喚虫の成長途上の姿という事だった。
 どうやら何かの術式に誤りがあったのか、それとも自分の魔力が足りなかったのか、いずれにしてもやはり自分は召喚に失敗した
らしい。

「キシャー(あの……ご主人)」
「……何よ」
「キシャー(すんませんでした……ただでさえ俺のせいでしんどい思いしてるのに、また余計な魔力を使わせちゃって……)」
「何でアンタが気に病んでるのよ」


 芋虫を送還しよう、という教官の申し出をメガーヌは却下した。

 これでも召喚魔導師の端くれなのだ。
 自分の過ちの尻拭いぐらい自分で出来ずに、どうして召喚獣との信頼関係など構築できようか。

 それ以来メガーヌは芋虫を自室に連れ帰り生活を共にし始めた。

 ガリューと名づけた芋虫はどうやら魔力を主食にするという変わった生態の持ち主らしく、魔力の大半をガリューに持っていかれる
ようになったメガーヌは訓練や講義以外の時間の大半を寝て過ごすようになった。

 ルームメイトは荷物一式を担いで別の部屋に退避し、初めは面白がって様子を見に来た友人達もガリューの異様を目にすると二度と
部屋のドアをノックする事はなかった。
 今ではこの訓練校で自分に話しかけてくる生徒はほとんどいない。中には何故か、

 ――ねえ、アンタ確かメガーヌ・アルピーノだよね? アタシ召喚獣って見たこと無いんだ、一回部屋に見に行っていいかな?
 ――うおおっ!? なんじゃこりゃああぁ、これ生き物? ねえコレ生き物? うわわ、動いた、今動いたっ! ホントに生きてる
んだね……すっごいね!!
 ――ええっ、アレが成長したらこんなんになるの!? メチャクチャかっこいいじゃん! いーなー、アタシも召喚とかやって
みたいなー……ね、これからも時々、この子の様子見に来てもいい? お礼はするからさっ!!

 この一件がきっかけで知り合って、あまり身動きの取れない自分の世話を焼きに来る(騒動を起こしに来る)ような変わり者も
いるけれど……

「キシャー(もういいっスから送還してください。俺が元の世界に戻ったらここまでご主人の魔力を消費させる必要も無い
訳ですし……)」
「ダメよ。完璧なはずの召喚で、成体じゃなくてアンタが喚び出されたのよ。もっとしっかり術式を見直さないと、送還させたつもりが
全く別の場所に……なんて事になりかねないわ。もう少しだけ待ってなさい。今度は安全確実に、100%間違いなく元の世界に
送り届けてあげるから……それとも、やっぱりガリューは早く故郷に戻りたい?」
「キシャー(そんな質問は卑怯ですよ、ご主人……)」

「おっしゃー、準備完了! シャワー行くよシャワー!!」

 その時準備を終えたクイントが、けたたましく部屋に飛び込んできた。

「……うっさいクイント。たかがシャワーになんでそこまでテンション上げられるのよ」
「何言ってんの! シャワーは厳しい一日の疲れを洗い流す心と体のリフレッシュタイム! いわば人生のボーナスステージ、そりゃ
テンションも上がらいでかっつー話じゃん!!」
「毎日ボーナスステージがあるなんて、アンタの人生気楽でいいわねえ……あ、そういえばこのアイスはどうすんの」
「そりゃ勿論食べるに決まってるでしょ! 風呂上がりのアイスは至高の贅沢、いわばフルドライブ!!」
「つまり?」
「とりあえずここに置いといて!!」

 要するに、『またシャワーの後ここに来る』という事らしい。
 はあ……体をしっかり休めないといけないはずなのに、前より睡眠時間が削られてる気がするのはなぜだろう……

「分かったわよ。ガリュー、留守番お願いね」
「キシャー(ういーっす)」

 部屋を出る間際、メガーヌはふとクイントに疑問に思っていた事を聞いてみた。

「そういえばこんな大量のアイス、何処で買ってきたのよ……高かったでしょ?」
「へっへー、ゲンちゃんが作ってくれたんだ! 材料費だけだと案外安くつくんだよね〜、それでいて市販品より味がいいんだから
ホントゲンちゃん様々って感じだよ♪」
「……なるほど。頑張ってるわねえあの男……しかしこんなののどこがいいのかしら」
「んー、何か言った?」
「別に……さ、行きましょ」



 ……小型の召喚虫ならともかく、俺達クラスになるとそもそも使役できる魔導師の数が限られてくる。
 喚び出されたこっちは選り好み出来る立場じゃない、よほど扱いが悪いとかでないと限りは契約を結ぶ。そうしないと俺達の種族は
生きていけないからな。

 そんな中でメガーヌ・アルピーノって主人に出会えたのは、本当に幸運な事だった。
 たとえ魔術師としての腕は未熟だったとしても、召喚師としての責から逃走する事をよしとせず常に己を高めようとする姿勢は
俺に仕えるに値すると感じさせるには十分だった。


          ◆


 訓練校を卒業後、メガさんと俺は正式に召喚契約を結び俺は彼女の刃となって彼女に立ち塞がる万難を排し続けた。

 思えば、あの頃が一番守護虫らしい事を出来てたんだな……俺。


 それから数年後、俺にとって二人目の主人で現在の主でもある、ルーテシア・アルピーノが生まれた。



新暦65年 メガーヌ・アルピーノの自宅


『どうぞ、メガさん』
「うん、ありがとねガリュー」

 ドアを押さえるガリューに礼を言いながら、その腕に娘を抱いたメガーヌは久々の我が家に足を踏み入れた。

「ふう……やっぱり落ち着くのは我が家よね。ルーテシアもよく眠ってるし、お茶でも入れて一休みしましょうか、ガリュー」
『いや、俺は飲めないんで……』
「あら、そうだったわね。うふふ、クイントに無理やり『あーん♪』なんてさせられてた頃が懐かしいわね」
『や、やめてくださいよそれは……結構なトラウマになってんですからアレは……』
「けど時が流れるのも早いわよね……ああやって馬鹿やってたクイントがギンガちゃんとスバルちゃんを引き取って曲がりなりにも
母親をこなして……今は私もお母さんなんだもの」

 ルーテシアをベビーベッドに寝かせると、その寝顔を見ながらメガーヌは感慨深そうに呟いた。

「ねえガリュー。お願いがあるの……貴方は私の召喚虫だけど、これからは私だけじゃなくて……同じようにこの子の事も護ってほしいの。

ううん、私よりももっと
もっと強く、大切に」
『護ります。俺はメガさんの守護虫で、メガさんの命令を実行する為の存在ですから……メガさんがそう望むなら。でも……』
「でも?」
『……いいんですか、それで。その役目を果たすのが俺で……その役にもっと相応しい人が、メガさんにはいるはずです』
「それは言わない約束よ、ガリュー」
 
 メガーヌは軽く咎めるような口調で言うと、ガリューに向かって苦笑いを浮かべた。

「あの人の力はミッドの地上を、もっとたくさんの人を護るための力だから。私がそれを妨げちゃいけないわ。それに、私は私自身とこの子

を護るくらいの事はできる
から……もちろん貴方の助けがあれば、の話だけど」
『なら、せめて本当の事を話すだけでも……』
「それはもっとダメよ。『避妊魔法を使うから』っていう事で説得してやっと一度だけ許してもらったのに、今更『失敗してました』なんて言った

らさすがに怒られる
だけじゃすまないわ」
『"失敗"ですか……』

 いや、深くは聞くまいとガリューは思った。
 しかしあの堅物男と一回とはいえ説き伏せた主人の手腕も見事なら、自身の槍裁きの如くピンポイントで標的に命中させた奴も見事であ

る。さすがストライカー級、
伊達ではない。

「それに本当の事を知れば、きっとあの人は私を自分の側で戦う事を許してくれなくなる。ガリュー、私はね……『地上に平和をもたらす』っ

ていう大きな夢を追い
続けるあの人が好き。そして、あの人の夢を叶える為に働くのが私の喜びなの。だからこれが私にとって一番いい形……この子には怒ら

れちゃうわね」

 ふえ、と小さな声が聞こえあらあらとメガーヌが立ち上がる。

「ほんとに怒っちゃったのかしら……よしよし、ごめんねー」
『……』

 その時、俺は誓った。
 メガーヌ・アルピーノ、そしてその娘ルーテシアの二人を、全身全霊をかけて護ると。

 だけど運命なんてもんはマジに残酷で、俺の小さな誓いなんぞはまるで紙切れ一枚みたいに簡単に吹き飛ばしちまうもんで。


 九年前の"あの日"、俺はその事を嫌ってほど思い知らされる事になったんだ。




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目次:魔法集団リリカルやがみけInsecterS
著者:ておあー

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