298 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:07:10 ID:CIChSnwM
299 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:07:54 ID:CIChSnwM
300 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:08:25 ID:CIChSnwM
301 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:09:25 ID:CIChSnwM
302 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:10:12 ID:CIChSnwM
303 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:10:41 ID:CIChSnwM
304 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:11:14 ID:CIChSnwM
305 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:11:42 ID:CIChSnwM
306 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:12:38 ID:CIChSnwM
307 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:13:04 ID:CIChSnwM
308 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:13:48 ID:CIChSnwM
309 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:14:46 ID:CIChSnwM
310 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:15:26 ID:CIChSnwM
311 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:16:00 ID:CIChSnwM
312 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:16:23 ID:CIChSnwM
313 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:17:02 ID:CIChSnwM
314 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:17:29 ID:CIChSnwM
315 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:18:12 ID:CIChSnwM
316 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:18:56 ID:CIChSnwM
317 魔法集団リリカルやがみけInsecterSその7 sage 2008/05/06(火) 16:20:21 ID:CIChSnwM

 いつものように召喚魔方陣が現れ、いつものようにその輪の中に飛び込んだ。

 もう何度目だろう。
 回数なんて元から気にしちゃいない。けどまあ、きっと最初から数えていたとしてもたぶんとっくに飽きてやめちまってるだろうと
思えるぐらいには間違いなく繰り返している、いつも通りの過程(プロセス)。

 なのに、いつもと同じ道を通って到着したはずの終着駅には、いつもと全く違う光景が広がっていて。


 喚び出された時にはもう、全てが手遅れだった。
 灰色の床に真紅のコントラスト。血海の中心、命を懸けて護ると誓った人がそこにいた。



新暦66年 クラナガン某所のある「施設」



 
『メガさん!? こりゃ……なんつー傷……!!』

 血溜まりの中、一人の召喚魔導師が倒れている。
 メガーヌ・アルピーノ。ガリューと召喚契約を交わす彼の主人であり、掛け替えのないパートナー。そのパートナーが今、全身に
無数の傷を負った状態で床に倒れていた。

『大丈夫ですか! メガさん、メガさん……っ!!』

 伏した彼女に近づきより間近で見れば、如何に異種族の彼であろうと目の前の"生物"の状態が非常に危険である事に気づく。

 手、足、胴、胸……無事な箇所は何処にもない。
 均整の取れた美しい肉体に刻まれた幾多の裂傷からは、未だ止む事の無い出血。
 そこから流れ出る紅い血液は、正しく秒単位で目減りしていく彼女の生命そのものを表していた。

『クソッ! なんでっ……なんでこんな事に……!!』

 紅い海からメガーヌを引き上げたガリューだが、彼にはそれ以上の事は何も出来ない。
 彼の専門はあくまで目の前の敵を討ち倒す事で、彼女が"こんな風"になる事を未然に防ぐのが彼の役目だ。治療も出来なければ
出血を止める手段すら持ち得ない。せめて傷口を押さえようとしても全ての傷をカバーするのに両の手だけでは到底足りる訳も無く、
やはり今のガリューに彼女を救う術は何一つ無かった。
 
『待っててください! 今すぐに姐さんを呼んできます!!』
「……クイント」
『そうです! 姐さんは今何処にいるんすか! 近くにいる筈ですよね!?』

 だが、メガーヌはガリューの問いには答えず、唇を薄く曲げて笑うだけだった。

「本当にバカよね、あの子ったら……こんな重症の自分を庇わなきゃ……一人だけなら、きっと逃げられた筈なのに……」
『……メガさん?』
「ねえ……見てよこの傷。どう……考えても……助かりっこ、ないじゃない……」
『……何、言ってんすか……メガさん。クイント姐さんは、どこにいるんですか?』
「……そりゃ……私だって、死にたくはないけどね……でも、自分の、から、だ……なんだから……手遅れかどうかは……自分が
一番よくわかるわ……」
『冗談は止めてくださいよメガさん……あのクイント姐さんですよ? 殺しても絶対死なないような、"鉄の双掌""鉄拳無双"の
クイント・ナカジマ分隊長ですよ? そんな人をなんで……なんで、そんな言い方するんすか?』

「……向こうに、行ったら……きっと怒るわね……あの子……」

『やめてくださいよ! わかりました、つまり何処にいるかわかんないんですね!? じゃあ姐さんじゃなくてもいいです! ゼスト
隊長は!? デミオの奴は!? この際あのお調子者のハマーや"腹ペコ"ハリアーでも構いません! とにかく誰でもいい、すぐに
治癒魔法か移動系の出来る奴を探して来ますから!!』
「行かないで!!」


 鋭い声に呼び止められ、駆け出しかけたガリューの足が止まる。
 召喚虫の自分にとって主人の命令は絶対だ。それが主人の為にならないとわかっていても、命じられれば逆らう事は許されない。 
 
『だけど……だけど……!!』
「いいの……私は、もうすぐ……死ぬから」


 あっさりと、けれどはっきりと。

 まるで『明日は街へ買い物に行くから』とでも言うように、彼女は淀み無く自らに迫る運命を甘受する一言を発した。
 そう、きっと数分後。長くても数十分後には彼女の命の炎は完全に燃え尽きてしまうだろう。

 ガリューにはそれがわかる。
 わかっているからこそ必死にそれを否定しメガーヌに認めさせようとしなかったのだ。

『メガ……さんっ……!』
「そんな顔、しないで……こうなったのは……貴方の、責任じゃ、ない……あなたは、とてもよく私を……そしてあの人や、クイント、
みんな……ルーテシア。誰の事も、本当によく護ってくれたわ……ありがとう……」
『当然です!! 俺が貴方の守護虫で、貴方の刃で、貴方の盾である限り!! お礼なんて言わないでください……最期みたいな事……
言わないでください……!!』

 きっと自分が人間なら涙を流していただろう、とガリューは脳の何処かに残っていた冷めた部分で思った。

 否、既に彼は泣いていた。

 常の人間には聞こえぬ声で、伝わらぬ声で確かに哭いていた。

 それがわかっていたから、召喚士はまるで自らの幼い娘に話しかけるように優しく彼に語りかけた。

「泣かないで……ガリュー……貴方は、私の誇り……貴方が居たから、私は戦えた……いつも騒がしくて、トラブルメーカーで……
でも馬鹿みたいに優しくて、頼りになる親友に……世界の誰より愛しいあの人に……そして、娘に……ルーテシアに出会えた……
みんな、貴方が引き合わせてくれたのよ」
『そんな事ありません! 貴方だったから俺は戦えた、自分の力以上のものを出せた!! 全部貴方が俺の主人だったからです!!』
「あはは……そんな事、言われたら……照れるじゃない」

 メガーヌは力の入らぬ腕を懸命に動かし、半身を起こしてガリューに正対する。

『メガさん、動いたら傷が……!』
「今さら……安静も何もないわよ……馬鹿ね……」

 メガーヌは目を閉じると、唇を動かし言の葉を紡ぐ。
 同時にガリューの居る場所を中心に濃紫の魔方陣が現れ、ガリューの体を紫電が飲み込んでいく。

『魔法……!? 無茶ですっ、すぐに止めて下さい!!』
「黙って……動かないで。その場でジッとして、何があってもその場を離れないで」

 その言葉には"契約"や"主従"といった言葉さえ超越した次元の、覚悟を決めた者だけが持ち得る揺ぎ無き力強さがあった。
 ガリューは縛られたように動きを止め、自分の足先が紫の渦に包まれてゆくのをただありのまま見つめる事しか出来ない。

「……ねえ……ガリュー……私の……最期のお願い、聞いてくれる?」

『聞きますっ……メガさんの願いなら……たとえこれが最期だろうとそうでなかろうと……!』

「ありが、とう……今私が行っているのは……私の最期の魔法……召喚契約の、継承。この儀式が完成したら……貴方の主は、私から
あの子に……ルーテシアに引き継がれる」
『!!』
「親バカかしら、ね……でも、私にはわかるの……自慢とかじゃ、なくて……私と……あの人の娘だもの……きっと、魔法の……
召喚の才能があるって……信じてる」
『……思います! 俺も……そう思います!!』

「……ずっと……一人にさせちゃったから……母親、らしい、こと……何も、してあげられて、ないから……あの子に遺せるもの……
私には、他にないから……あの子が……寂しい想いをしないように……ずっと、ずっと側にいてあげて……それが私から貴方への……
最期のお願い……約束してくれる? ガリュー……」

『約束……します!!』

 一片の淀みなく、ガリューは宣言した。
 命を懸けて娘に何かを遺そうとする母親に報いるには、全身全霊を込めてそう返答すべきだと思った。

 この場で自分がやるべき事は「生きてくれ」と不可能な懇願をする事ではないと、野生の直感が告げていた。


 それが正解なのかは分からない。
 しかし少なくとも目の前の女性にとっては満足いく答えであった事を示すかのように、魔方陣の輝きが一際強く増し術式が進行の速度を

早めていく。
 


「……ありがとう……これで……少しだけ……安心……でも……やっぱり、残念、かな……貴方に……伝えて……ほしいこと……
まだ、いっぱい……ある、の……に……なあ……」

『なん、だ……!?』


 メガーヌのその言葉を意味を理解するより前、同時にガリューも何か、それも十や二十ではない大量の『少なくとも人ではない足音』
がこちらに迫ってきているのを感知する。

(くそっ、なんてこった……感情に感覚を支配されてて、この距離まで接近を感知出来なかった……!)

 
 凡そ数十の敵、それも四方からこちらを取り囲むように進行してくる未知の敵に対し、こちらは召喚虫一匹と命の灯が消えかけた
魔導師一人。彼我の戦力差を分析するまでもなく、抵抗は愚か逃走すら不可能だという事は瞬時に理解できる。
 ガリューが床を殴りつけたい衝動に襲われた時、通路の角から足音の主達が姿を現した。

『何だ、ありゃ……機械……なのか?』


 それは生物――昆虫に近い多脚生物を思わせる姿だった。
 腕に当たる部分には鋭い鎌を携え、一糸乱れぬ連携でじわじわとガリュー達の包囲網を狭めてゆく。

("覚悟"は決めた……だが、このままじゃ継承の術式を完成させる前にやられちまう……けど術式を中断して重症のメガさんを抱えて
俺一人で囲みを突破できるか……分がワリい……あまりにも危険だっ……第一、メガさんの命は、もう……!!)

 
 その時、思索を続けるガリューの眼が一匹の機械兵器に釘付けになった。


『あれは……』

 心臓が高鳴り、周囲からその一点を除いて色彩が失われる。
 白の機体を赤黒く染めている血……そしてその鎌に引っ掛かっていた、同じく血で汚れた薄い水色のリボン。
 

『……姐さん』


 あのリボンの主を、ガリューは知っている。

 雲一つ無い青空を連想させるそのリボンが良く似合う、明るくて姐御肌の彼女を。



 ――うおおっ!? なんじゃこりゃああぁ、これ生き物? ねえコレ生き物?

 ――オーッス、相変わらずブッサイクだねガリュー! アンタいつになったら成長すんのさ。

 ――ほら、あーんしなってばー。

 ――ほえー……あの芋虫が随分といかつくなっちゃってまあ……でもカッコイイね。いい感じだ!!

 ――サンキュ、助かったよガリュー! このまま二人で一気に突破しちゃおっ!!

 ――ねえ、ガリュー。メガーヌとルーテシアちゃんの事、絶対護ってあげて。約束だからね……





『キ……サ、マ……らああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!』





 感情のスイッチが爆発し、紅蓮の怒りが漆黒の肉体を染め上げる。

 激情と共に両の腕より無数の刃が飛び出し、突き破られた皮膚から鮮血が滴り落ちた。


「ガリュー、止まりなさい!!」

『無リだ!! 命令は拒否シます!! 俺はコイツらを許セねゑっ!!』

 己の感情と召喚獣としての忠義が激しくぶつかりあい、ガリューの中から理性を奪う。

 目の前の敵。

 大切な仲間の仇。

 生物だろうが機械だろうが構わない。同じ事だ。
 生物なら細胞の一粒まで引き千切り磨り潰す。機械ならネジ一本、歯車一つまで粉々に砕き叩き潰す。



 怒りのままに迸る一匹の黒い災禍は最初の一歩を踏み出そうとする。

 次の瞬間あの機械兵器は一撃で機能を破壊され単なる金属と電子部品の寄せ集めとなるだろう。今のガリューの一歩は数メートルの
距離を零距離に縮め、腕の一振りは相対したものを根こそぎ吹き飛ばす竜巻。だが――




「動くな!! 止まれっ!!」



 しかしその一歩を踏み出す前に、メガーヌがかつて見せた事の無い裂帛の気合で宙を舞おうとする黒弾を地に叩き伏せる。

 使役の力を最大限以上に行使し、それでも足りぬ分は文字通り自身の生命を糧にした不可視の鎖がガリューの動きを奪ったのだった。

『何故ですか!? アイツらは、アイツらはクイント姐さんをっ!!』
 

 解き放たれた怒りを再び押し留められ、理性の一部を取り戻したガリューが残る野性で主人に吼える。

 対してやり場を失った怒りをその身で受ける事になったメガーヌは、自身のほぼ全てを喪失してなお揺ぎ無い覚悟を持って応えた。



「……術式が、失敗してしまうわ……其処から、動かないで……」


『……っ!!』


 メガーヌは泣いていた。

 きつく噛み締めた唇からは一筋の紅線が流れ、見開かれた双眸からは、文字通り『血の涙』が溢れていた。

『う、お、お、おおおおおおおおおおおああーっ!!』


 ガリューの声無き声が叫びとなってプラントを揺らし、叩き付けた両の拳は亀裂の波紋となって床を砕いた。


 ――捨てたのだ、自分の主人は。


 もはや数刻も保てぬ残滓のような命で何を成すか考えた時、その命を娘の為に使う事を選択し他の道を捨てたのだ。
 堅い信頼で結ばれた親友の仇を討つ事を放棄し、築き上げてきた自分との小奇麗な主従関係を放棄し、燃え滾る己の一部を放棄し
選択したのだ。

 捜査官でも召喚士でも自分自身でもない、ただルーテシア・アルピーノの母である事だけを残して他の全てを切り捨てたのだ。

 血に塗れたバリアジャケットを纏い、なお全身から鮮血を噴き出し、阿修羅の如き形相を浮かべ、子の為に一匹の赤鬼となったのだ。



 そこまでの生き様を見せられて、どうしてちっぽけな自分の怒りなど貫ける。

『ぬああああっ!!』

 ガリューは武装を収めると、建材が剥き出しになった床に腰を下ろした。


 自分が甘かった。
 ここから先、自分はもう一歩も動かない。

 ただ見届ける。焼き付ける。


 何時かその時がくれば伝えられるように。
 これから自分が仕える事になるであろう新たな主人に、先代の主人が、彼女の母が如何に生きたかを。
 


 こちらの戦意が失われたのを見て取ったのか、数体の機械兵器がこちらに突進してくる。
 しかし魔方陣と同じ色の障壁に阻まれその体は弾き飛ばされた。

『Panzerhindernis』

 メガーヌの手に填められたデバイスが、無感情に障壁の名を告げる。

(……へ、そうだよな。お前さんだって、メガさんとずっと一緒に戦ってきたんだものな)


 その障壁に別の機械兵器達が取り付き、光の波動を放出する。
 直後、堅牢な筈の障壁に、僅かながら亀裂が生じてゆく。

(ジャマー系か……!)

 自身も魔力運用を行うガリューは、すぐに波動の正体に思い至った。

 魔力結合を阻害する上位のフィールド系防御。ただし魔力が結合できなければどれだけ優れた魔導師であろうと一般人と変わらない、
ゆえにこの手のジャマーフィールドは質量兵器や単純な武器と組み合わせれば強力な攻撃手段にも成り得る。


(しかもこれだけ大量……一気に発動すれば一定空間内の魔法使用を完全にキャンセルできる。メガさんが俺を喚び出さなかった理由は
これか……『喚び出さなかった』ではなく、『喚び出せなかった』……)

 ガリューの思考と時を同じくして、障壁の亀裂は目に見えて大きく広がっていく。
 罅割れだらけになった障壁は、通常ならあと数秒で完全に崩壊するだろう。

(だが、それでもお前なら防げるよなあ……!)

 その予想通り、亀裂はいよいよ網目の様に障壁全体を包んでいくが、防壁はけして崩壊しない。

 壊れる筈が無いのだ。
 彼女の為に張られた防壁は。彼女のデバイスが張った防壁は。
 少なくとも、この機械兵器が親子の絆よりも堅固な物を持ち合わせていない限り砕けはしない……!


 やがて拮抗状態が数分経った時、急激に魔方陣の輝きが増した。


「術式……完了。後は、自動的に、貴方を……ルー、テシアの、ところまで……送り届けて、くれ、る……」

 声も切れ切れになりながらメガーヌが全てが終わった事を告げる。
 朱に染まったバリアジャケットはところどころが分解され装着前に着ていた服が見え隠れしている。

 もう……バリアジャケットを維持するだけの魔力も彼女には残っていないのだ。
 ただその表情は何処までも穏やかで、先ほどまでの幽鬼のような彼女は何処にもいなかった。

『御苦労……様でした……』 

 ガリューも立ち上がり、メガーヌに一礼する。

「お別れ、ね……」

 メガーヌは装着していたアスクレピオスを外すと、ガリューに託す。

「良かったら……これもお願い……」
『わかりました。きっと、必ず……』


 メガーヌは笑顔を浮かべると、ツギハギだらけのバリアジャケットを解除する。
 紅一色に染まっていた体も、元の衣服に戻れば綺麗なものである。
 既に出血はほとんど止まっていた。
 傷口が塞がった訳ではない。
 流れ出るものがもう、ないのだ。

「よいしょ……っと」 

 その場を動けないガリューに近寄ると、メガーヌは首にかけていたマフラーを外し、背伸びをするようにしてガリューの首に巻いた。

『メガさん……これ』
「私からのプレゼントよ。今日まで良く働いてくれたから、そのご褒美」

『……大切にします、必ず』

「こんなものしかあげられなくて、ごめんね」

 足取りは軽く、口調はつい数分前よりむしろしっかりしている。
 瀕死の筈の彼女に、なぜこんな現象が起こるのだろうか。

 血色が無くなり白磁のような肌に浮かべる微笑みは何処までも優しく、今の彼女はまるで幻想の世界の住人の様に美しかった。


「ルーテシアに、よろしくね」
『あ……』

 一瞬その手を取り、魔方陣の中に引っ張りこもうかと思った。

 そうすればルーテシアの元へ行ける。
 彼女にお別れを言える。

「ダメよ」

 だが、伸ばしかけたその手が彼女の指に触れる寸前、メガーヌはす、と退がり彼の手を拒絶した。



「……私はこれから、クイントと"旦那"の敵討ちをしなきゃいけないんだから」


 その言葉と同時に二人と敵を別っていた障壁が崩壊し、ガリューの体もまた完全に光に包まれた。


          ◆


『ちっくしょう……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……』

 ……メガーヌは、自分の主人は何一つ捨てていなかった。
 召喚士としての自分も、捜査官としての自分も、メガーヌ・アルピーノとしての自分も。

 全てを捨てず、最期まで自分の生を貫き通した。

『ちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!』

 己の責を全う出来なかった召喚虫はただひたすらに叫ぶ。
 世界と世界を結ぶ間隙に、声ならぬ慟哭を聞く者は誰も居なかった。


          ◆


 メガさんの術式は成功だった。
 俺はルーの元に転送され、彼女は契約に従って俺の新しい主人になった。

 けど、世の中ってなあそう上手くはいかねえんだよな。
 やっぱ口も満足に聞けねえ子供が誰かを使役しようって方が無理な話だし……





同66年 ミッドチルダ南部のとある保護施設


 ――どうだった? 例の"あの子"。
 ――別に。いつもと同じ"眠り姫"よ。
 ――ふうん……じゃあ"アレ"は?
 ――それも別に。相変わらずの化け物よ。ねえ、その話今度から私の前でしないでよね……思い出すだけで鳥肌が立つんだから……


(……へーへー、相変わらずの化け物でわるうございましたねっ)


 ドアの外から漏れ聞こえる会話に、ガリューは心の中で悪態をついた。


 あの日、管理局の託児施設で預けられていたルーテシアの元に転移してきたガリューを待ち受けていたのは職員の悲鳴と緊急事態を
告げるアラームだった。

 確かに突然転移してきたのはマズかったかもしれないが、一応何度かルーテシアを引き取りに来た経験がある身である。まさか
いきなりデバイスを構えられるとは思わなかった。
 しかし言葉の通じぬ身ながら弁明をしようとした瞬間、彼はすぐに自分の身に起こっている異変に気づいた。
 
 低い視界。短い手足。動かぬ身体。
 
 そう、ガリューは芋虫の姿に戻ってしまっていたのである。

 当然の帰結だった。
 ルーテシアはまだ言葉も満足に話せぬ赤子である。魔力のやり取りが出来る筈も無い。
 タンクにどれだけ豊富に水があっても、蛇口を捻らなければその水を取り出す事は出来ない。

 魔力供給に異常アリと判断したガリューの肉体は強制的な休眠を選択。死の間際にあったメガーヌがこの事態を予測出来ていたかは
わからないが、ともかくルーテシアを護るために来たはずのガリューは事実上彼女を護る事など不可能な状態だった。

 やがてゼスト隊全滅の報が伝えられると共に他隊にいるメガーヌの知人からガリューが彼女の召喚虫である事が証明され、父親不明と
いう事でガリューとルーテシアはメガーヌの親戚に引き取られる事が決まった。

 だが、ここでガリューの存在はルーテシアの立場に大きな影響を与える事になる。
 まず、最初に引き取りを申し出たメガーヌの両親はガリューを見た瞬間引き取りを取り止めた。 
 続いて別の親戚が立候補したが、これもガリューの存在を知るなり上げた手を下ろす。
 その後はひたすらたらい回しだった。

 幼子一人ぐらいなら何とでもなる。
 母親メガーヌの遺族補償もある、養育費には困らない。
 ただあの化け物だけは何とかならないだろうか。
 
 使い魔や使役獣といった存在は魔導師の間ではそれなりに認知されているが、やはり一般人にとっては馴染みが薄い。
 街で使い魔を見かければ道行く人の視線を集める事になるし、より姿形が人間から遠ざかる使役獣はなおさら好奇の対象に晒される。
そんな中でもガリューはあまりにも見る者に与える心証が悪すぎた。
 どう見ても怪物そのもののガリューの存在は他に局員のいなかったアルピーノ一族にとって、到底許容出来るレベルではなかったのだ。
 
 勿論、ガリューを引き離しルーテシアだけを引き取ろうと考える人間もいた。
 一度その計画は実行され、局員の手によってガリューは元の世界に送還されかかった事もあった。しかしいざ送還を始めると、今度は
当のルーテシアの方が嫌がり魔力を暴走させて大事故を引き起こしかけた。
 こうして、何かしらの目に見えぬ絆が二人を引き離すのを拒否するかのように、離れざる関係になった一人と一匹は紆余曲折を経て
局と関係のある児童保護施設に預けられる事になったのだった。
 ルーテシアとガリューは"専用の個室"という名の部屋で他の子供とは隔離され、一日のほぼ全てをその部屋で過ごす事になった。
幸い時間が経つに従ってルーテシアの肉体も魔力供給のシステムに慣れ、ガリューが餓死する心配は無かった。魔力量に関しては彼女


先天的にかなり多い部類だった。母親が召喚魔導師であり、父親もSランクオーバーなのだ。これで魔法の才に恵まれていない
方がおかしいくらいである。何を与えなくても生き続けるガリューに職員は恐れを増したがガリュー自身は疎まれる状況を今さら
気にはしなかった。
 むしろ深く心を痛めていたのは、『自分の存在がルーテシアの枷になっている』という点だった。


「キシャー(よっ……と)」

 ドアの外に注意を払うのを止めると、ガリューはルーテシアの眠るベッドまで這い進みその寝顔を眺める。

 一応魔力量が多いといっても、やはりガリューの食事はかなりの負担になるのか、ルーテシアは一日のサイクルの中で眠りに費やす
時間が非常に多い。彼女の寝顔を見るのが、いつの間にかガリューの趣味になっていた。

「キシャー(なあ、ルーちゃんよ……俺の何が気にいってるのか知らねえが、とっとと見切りをつけちまった方がいいぜ。今の俺は
お前のお母さんが思ってたようなボディガード役なんて到底無理なんだからさ。むしろ強面過ぎて一緒に居たら友達出来ないぞ)」

 まだ会話を交わしたことの無い小さな主人に、ガリューは彼にしか聞こえない声で話しかける。

 いつか、彼女ともメガーヌの時同様に会話が出来る日が来るのだろうか。

(メガさん……)


 ――ガリュー、良かったらルーテシアを抱いてみる?
 ――ええっ、無理無理、俺なんて近づいただけで泣かれちゃいますよ。
 ――そんなに怖がらなくても大丈夫よ……一回だけ。一回でいいから抱いておきなさい。いつかこの子が貴方に反抗的な態度を取った
時に強力な武器になるから。『俺は君のオシメを取り替えてあげた事もあるんだぞ』って。
 ――そりゃ後でオシメの取り替え手伝えって事っスか。はいはい、わかりましたよ……あ。
 ――どう? ……暖かいでしょう。それが貴方に護ってほしいもの。優しくて心までぽかぽかになる温もり……私が護りたくなる
気持ち、わかった?

(俺が元の姿に戻った時は、もうルーも抱っこなんて年じゃなくなってるかもな……あの時は照れてうまく答えられなかったけど……
凄くあったかかったです……メガさん……)

 今は亡き先代の主人を想い、ガリューは目を伏せる。 

 あの日、ゼスト隊を救出すべく『施設』に突入した局員達が見たのは無残な最期を遂げた隊員達だった。

 遺体の中にはあのクイント・ナカジマの姿もあったと聞く。
 女だてらにゼスト隊の切り込み隊長的役割を務め、ガリューと種を超えた絆で結ばれていた頼もしき盟友は、結局あの場所であっけなく
その生涯を終えていたのだった。遺されたゲンヤ・ナカジマは二人の"娘"を抱え今頃何を想っているだろうか。何度か出会った事が
ある、やや及び腰で内心自分の姿にビビっているのが丸分かりだったが、基本的には気のいい男だった。落ち込むな、というのが
無理な話だが、出来ればあまり落ち込んでいてほしくない。

 その一方、隊長であるゼスト・グランガイツ、そしてガリューの主人であるメガーヌの遺体は見つからなかった。
 ゼストの事はよくわからない。自分は姿を見ていないし、メガーヌから話も聞いていない。
 メガーヌは……こちらもよくわからない。

 ただあの状況下、放っておいても死が確定している彼女がデバイスもバリアジャケットも無しにあの機械群の中から生還できたとは
到底考えられない。自分がルーテシアの元へ転移した直後、ゼストが救助に来てその後二人で逃走したという可能性もゼロではない。
だがその希望的観測は縋るにはあまりにも小さな可能性だった。第一、生きているのならば名乗り出ない理由が思いつかない。

 おそらくはゼストもメガーヌも、遺体が見つからないほど酷く……

(……クソッ)

 頭を振ってガリューは嫌な想像を振り払った。

 たとえ生存が絶望的でも、せめて最期は安らかに迎えていて欲しい。
 別れる間際に見た穏やかな微笑がガリューの脳裏に再来する。
 あれだけ優しい表情をしていた彼女が苦悶の中で死んでいったなどと思いたくは無かった。



 ……その時、ドゴオォ……ンという轟音と共に、建物が大きく揺れた。



「ふえ……」
「キシャー(な、なんだなんだ!?)」

 ガリューは床に顔を押し付け聴覚を最大限に研ぎ澄ませる。

 音は階下から聞こえているようだった。
 小さな爆発音に紛れて甲高い声――人間の悲鳴が聞こえる。

「キシャー(……チッ。なんだかわかんねえが、マズいぞこりゃ)」

 階下の様子は分からないが、どうやら自分やルーテシアにとって好ましくない事態が起こっている事は明白である。
 しかし、それが分かっても今のガリューにはどうする事も出来なかった。

(ルーを先に逃がして……いや、ルー一人逃がしても後が続かねえんじゃ意味がねえ……ここはベッドの下にでも隠れてやり過ごす
しか……)

 無力さに打ちひしがれながら、なんとか事態の打開策を考えようとするガリュー。
 そんな彼を嘲笑うかのように木製のドアが打ち破られ"何か"が部屋に侵入してきた。 

「キシャー(コイツ……!)」

 それは空中をふわふわと浮遊する、カプセル状の機械兵器だった。
 中央に"目"を思わせるセンサーのようなものがあり、その上下に3つの小さなセンサーが装備されている。

 一見するとその外見に見覚えはない。
 見覚えは無いが、ゼスト隊を襲撃し全滅させたのもまた同じ機械兵器だった。
 さらにこの場にはそのゼスト隊の一員だったメガーヌの娘、ルーテシアがいる。
 当然関連性を考えずにはいられない。

(どうする、生物ならともかく機械じゃハッタリの威嚇も通用しねえ……)

 ふいに、中央部の大きなセンサーが不規則に明滅を開始する。 

(スキャン? それとも何かべ

 瞬間、ガリューは体を極限まで丸め、バネのようにその身を跳躍させた。
 特に言葉で説明できる根拠があるわけではなかった。
 ただ数多の戦場を翔け、肉体が変化しても消える事の無かった戦士の経験がもたらす感覚が"避け"を選択させた。

 そして、その理外の回避は見事ガリューの命を救う事になる。

 センサーに見えていたレンズ状のパーツから発射された青い光線は、つい今までガリューが居た場所に命中し、床に溶けたような
孔を残していた。立ち上る細い煙は光線に相当の熱量がある事を示し、同時にまともに受ければ無事では済まないという事もまた
示している。

(おいおい、冗談じゃねーぞ……! あんなもんもしルーに当たれば一発じゃねえか……!!)

 とにかくルーテシアから距離を取り、かつ目の前の敵の注意を引き続けるしかない。

「キシャー(おいこらガラクタ、俺が相手になってやるからかかって来い!!)」

 ガリューは自らを囮にし、ルーテシアから敵を引き離そうとする。



「あらら〜、ホントに何やってんのかしらこのガラクタは。ターゲットの居る部屋で光学兵器を使うなんて、もしターゲットに当たり
でもした……ら……」
「キシャー(ほらどーした! 来ねえならこっちから行く……ぞ……)」


 が、その最中室内に新たな侵入者が現れる。

 眼鏡をかけ、茶色の髪を二箇所に縛った少女。年齢は十代後半だろうか。

「なに……このモンスター……?」
「キシャー(おいテメェ、今ターゲットって言ったなあどういう事だ!?)」
「そういえば……確かターゲットの側にいつも居るでっかい芋虫がいるってドクターが仰ってたわね……そう、貴方がその芋虫」
「キシャー(人の話を聞けよコラ! ターゲットってのはどういう意味だ!!)」
「ていうか……シャーシャー五月蝿いわね、このクソ虫」
「キシャー(アァ!? 俺にはメガさんからもらったガリューっつー名前があるんだよ!!)」

「……これも機能テストの一環よ。ちゃちゃっと片付けちゃいなさい」

 激して少女に詰め寄ろうとするガリューの背後に、先の機械兵器が回り込む。
 次の瞬間、機械兵器から伸びた六本のケーブルアームがその体に巻きつき、強烈な電気ショックを浴びせかける。

「キ……シャー……(ぐ、お、おおああああがああぁーっ!!)」
「芋虫の丸焼き、一丁上がり……まあこおんなゲテモノ、頼まれたって食べたくないけど」


 電気ショックで跳ね上がったガリューの体がバタリと地に倒れる。同時に電撃を発した側の機械兵器も支えを失ったかのように
床に落ちた。

「ふ〜ん……何処かパーツに不備があったのかしら。ま、邪魔な虫ケラも死んだし、貴重な実験データも手に入って一石二鳥。後は
ターゲットを確保しておしまいにしましょうっと」

 少女は冷たい声で呟くとベッドの前まで歩いていき、そこに眠る幼児を抱き上げる。

「ふわ……」
「はあ〜い、怖くないでちゅよ〜ルーお嬢様。お母さんのところに連れて行ってあげるだけですからね〜」

 そのままぐずりかけるルーテシアを連れて部屋を後にしようとした彼女の動きは……三歩目で止まった。 

「シュー(おい……何やってんだ?)」
「……この虫……生き延びたっていうの? あの電撃を浴びて……」


 少女が身に纏っている白銀の外套。

 その先端部……振り返った彼女の視線の先に、ガリューはいた。

 スクラップと化した機械兵器を絡みつくケーブルアームごと引き摺って。
 短剣の様に鋭い牙を突き立てて。

 しっかりと外套の端を銜え込んでいた。


「なんで……なんで死んでないのよ……!?」
「シュー(死ぬんだよ……その子を連れて行かれたら死ぬんだよ……!!)」

「この……離しなさいよ、化け物っ!!」

 外套を銜える口に向かって、少女の蹴りが炸裂する。

 見た目よりずっと重いその一撃に一瞬ガリューの意識が手放される。

(があっ、コイツ……なんつー重い蹴りだよっ……鉄パイプで思いっきりぶん殴られたみてえだっ……)

「化け物め! 死ね! 死ね! 死ね!!」

 雨霰と飛んでくる蹴りの嵐。
 それが大して効果を成さないと分かると次は目を狙っての踏み付け。
 
 冷酷かつ正確無比な攻撃がガリューの顔面を捉え、執拗な責めに徐々に顎の力が弱まっていく。

「くたばれ!!」
「シュー(嫌……だね!!)」

「びえぇ……ひっく……」

 余りに鬼気迫る少女の表情に気圧されていたのか、これまで沈黙を守って来たルーテシアからも嗚咽が漏れ始める。

「……ったく! わかったわよ、そんなにコレが欲しいならアンタにあげるわよ!!」

 それでもなお外套を離そうとしないガリューに業を煮やした少女が、悪鬼の表情で叫ぶとルーテシアを抱いて無い方の手で外套を
掴み勢い良く引き千切った。

「キシャー(うがっ……!!)」

 バランスを崩すガリューに向けて少女が吐き捨てる。

「それが代金よ、精々後生大事に持ってなさい!!」

「キシャー(ざけんなよ……こんな布キレじゃ100万枚集めたってその子には及ばねえんだよ……100万枚の服を重ね着したって、
その子を抱いた時のあったかさには全然及ばねえんだよ……!!)」

「……うっ!」

 ガリューの"声"は届かない。
 しかしその姿に秘められた彼の"意志"を感じ取った少女はじわじわと追い詰められるように後退する。

「あああぁっ!!」
「キシャー(返せよ……返せよおっ!!)」



「――ライド・インパルス」



「キシャー(ごっはああっ!!)」

 踵を返し走り出す少女の逃走手段――蒼いボディスーツに包まれた太股の肉に喰らいつこうと跳んだガリューの脇腹に空中で何かが
突き刺さり、次の刹那ガリューの体は壁に叩きつけられる。

「全く……降りてくるのが遅いと思い来て見れば、何をやっているんだクアットロ。ドクターが必要としている動作データも十分に
収集した。後はターゲットを確保し戻るだけだぞ」
「ご、ごめんなさあいトーレ姉様……あの虫があんまりにしつこかったものでえ……」
「今のアレがか……?」

 クアットロと呼ばれた少女は芝居染みた大袈裟な身振りで謝りながら、ピクリとも動かないガリューを指差す。
 もう一人、トーレと呼ばれた女性はガリューを興味なさそうに一瞥し、クアットロの抱えるルーテシアの顔を覗き込む。

「この子がターゲットか?」
「ええ……ルーテシア・アルピーノ。正真正銘メガーヌ・アルピーノの娘です。父親のデータはありませんけど……」
「素体としての適合率が高ければ父親などどうでもいい。さあ、基地へ戻るぞ」











     ……キ……シャー










 最初はトーレ、クアットロ共に空耳を聞いたと思った。
 半信半疑で振り返った二人の表情が、驚愕のそれに変わる。

「……バカな!? あの一撃を喰らってなお動くだと……!」
「だ、だから言ったじゃないですかあ! あまりにしつこかったってっ……!!」


「……シャー(……頼まれてんだ)」

「こ、こっちに来ますよトーレ姉様!!」

「……キシャー(頼まれたんだよ)」

「こいつ……」


 クアットロとは違い、トーレはどちらかというと武人タイプである。
 その武人の本能で彼女はガリューの動きに尋常ではないものを感じ、手足にエネルギー刃を展開しクアットロと彼の間に立ち塞がる。

「キシャー(……頼まれてんだよ……メガさんから……頼まれてんだ……あの子をお願いって頼まれてんだよ……! ずっと、ずっと
一緒に居てくれって頼まれたんだよ……頼むから、その子を連れて行かないでくれよ……!!)」

「……貴様がただの野生生物ならばここで捨て置くつもりだった。だが……あくまでも我々の前に立ち塞がるというのであれば、私は
貴様を敵と判断する」

 トーレの判断基準はシンプルだった。
 警告し、踏み込んでくるならば全力で迎え撃つ。

「キシャー(なあ、頼むよ……頼むからどいてくれ……その子から手を離してくれよ……)」
「……それが貴様の選択か」

 ガリューはもっとシンプルだった。
 警告など関係ない、ただ全力でルーテシアを取り戻す。
 

「キシャー(離せよ……その手を離せ……離せ……離せって言ってんだろうがよおっ!!)」

「……ライド……インパルス!!」
「キシャァァァァアアアアア(どけっつってんのがわかんねえのかあああああああああああああぁぁ)!!」





「びえええええん!! えぐうっ、びえええええええええええーっ!!」





 発声と咆哮の交差、両者の激突を寸前で止めたのはクアットロの腕に抱かれていたルーテシアの泣き声だった。
その声に呼応するかのように大地が揺れ、放出された魔力が渦となって空間を満たしてゆく。
 
「きゃああっ!!」

 直感的に危険を察知し、退路を確保しようと窓の方を見たクアットロがそこに映っていた光景を見て声を上げた。

 金色の二本角を携えた黒い威容。
 そのフォルムは何処の次元世界でも見られるシンプルなものだが、明らかにそれらとは常軌を逸する体躯。

 後に『地雷王』と称される、超巨大甲虫。
 それが空からこの施設に向かって、大挙して押し寄せていた。
 窓から見える数は十指を超え、今もなお続々と増え続けている。こんな事が出来る人間は……この場では一人しか居ない。


「これが……この子に秘められた力……!?」
「マズいぞ、全速力で退避だ! 急げクアットロ!!」
「了解ですっ!!」

「キシャー(待てっ! ちくしょう、行くなああっ!!)」

 動かぬ体で必死に二人を追おうとするガリューだったが、彼が部屋を出るのを待たずして大地が大きく揺れ、施設そのものが崩壊
を始める。

「キシャー(ぐあっ……!!)」

 天井から落下した上階の破片が頭部を直撃し、ガリューの意識を根こそぎ奪う。


(ルー……護れねえのか……また……? ふっざ、けん、な、ちくしょ……う……)


 薄れゆく意識の中で最後まで残ったのは絶望と後悔。
 心と体を蝕む痛みの中、最後まで残っていた意識の一片が刈り取られ世界が闇に包まれた。
 

          ◆


 その後あの施設がどうなったのか俺は知らねえ。
 記録を見れば分かる事だが……まあ、データの改竄とかされてるかもな。どっちにしろ昔の話だ。
 

 気がついたら、俺は故郷の世界に戻っていた。地雷王をそのまま放っておく訳にはいかなかっただろうから、アイツらかその仲間が
なんとか送還したんだろう。きっとその時ついでに俺も故郷に還されたんだと思う。

 傷を癒し、再び肉体を成長させながら俺は再び召喚される日を待ち続けた。

 他の人間を主にするという道もあったが、それだけは出来なかった。

 俺はまだメガさんの気持ちに答えられていない、あの二人に何も出来ていない……そう思ったらここで退く訳にはいかなかった。

 
 ……そして、俺にとっては随分と長い、永遠にも似た時間が流れ……俺達は再会した。


          ◆


 召喚魔方陣で次元間を移動する感覚は、液体の中を押し流されるみたいなものだ。

 入口から出口まで、一度入れば後はノンストップ。多少の差はあるが数秒程度で自動的に喚び出した者の元へ到着する。
 その数秒間が、あの日だけは途中で時が止まったかのように長く感じられた。


新暦70年 ミッドチルダ某所


 光の三角形を抜け、久々に降り立った場所。
 そこが何処なのかはまだわからない。ただ、自分が喚び出されたという事は、何処であろうとそこは彼女がいる世界のはずだ。

『山中? ここは……ミッドチルダか』

「……ガリュー?」


 聞き覚えの無い声、しかし自分の名を呼ぶ声が背後から聞こえ、ガリューの全身を電流が走った。

(いや待て、幻聴かもしれない……落ち着け……)

 逸る気持ちを抑え、ゆっくりと体を振り向かせる。
 それが幻の発する声ならば、せめて一目この瞳に映るまでは消えないようにと。


『……あ』


 そこに居たのはおそらくまだ就学の年齢にも満たないであろうという幼い少女だった。

 少女の事をガリューは知らない。いや、正確に言えば、ガリューは今の少女の事を知らない。

 記憶の中にあるのは、いつもベッドの上で眠ってばかりの姿。あの頃はここまで髪も長くなく、性別も分かりづらかった。
 今では服装と親譲りのロングヘアが、彼女が女の子である事を教えてくれる。

 そう、流れるような紫の長髪は、まさに彼女の母親の在りし日の姿を鏡に映したかのようだった。


「貴方が……ガリュー……」
『ルーテシア……なのか……?』

 ガリューの問いに少女はこくりと頷くと、手にしたグローブ型のデバイスを示す。

「アスクレピオスのデータが教えてくれた……"漆黒の騎士"ガリュー……お母さんを生き返らせるのを……助けてくれる仲間……」

『……は? ちょっと待ってくれ、ルー。お前の母さんを……生き返らせる?』

 ガリューは訳がわからず混乱する。

 あの日、アスクレピオスはルーテシアと共に謎の襲撃者に奪われている。それを持っている事、そして容姿からも目の前の少女が
ルーテシア・アルピーノである事はほぼ間違いない。

 だとすれば、彼女が言う『お母さん』とはメガーヌの事だろう。
 確かに遺体は見つかっていないが、彼女の死はほぼ確定事項だ。


 だが……『生き返らせる』というのはどういう事だ?

 いかな魔導師と言えど、死者を蘇らせる魔法など習得出来はしない。
 魔法は有能だが万能では無い。出来る事と出来ない事、その基準線には明確な線引きがなされている。



「……ルーテシア。ガリューは喚べたのか」


 そう、死者は蘇る筈等無い。だとすれば。


「……ゼスト」


 今こちらに歩いてくる男は、何者だ――


「……成功のようだな。久しいな……ガリュー」

 自分の目の前に現れたゼスト・グランガイツはどう説明すればいい。


「すまないが、少しの間だけ二人にしてくれないか。ガリューと話がしたい」
「……うん」

 またこくりと頷くと、ルーテシアは二人を残し森の中へ姿を消してゆく。


『どういう……ことだ……なんで……テメェがルーと一緒に居る』


 全滅したゼスト隊。
 攫われたルーテシア。
 そして再会した彼女と共に現れた、死んだと思っていたゼスト。

 全ての情報が絡み合い、ガリューに一つの結論を導き出させる。


『なんで……お前が生きている。お前はあの日、あそこで部下と共に死んだんじゃなかったのか? なんでここに居る……なんで、
攫われたルーがお前と一緒に居る……?』

 ガリューの問いにゼストは答えない。
 彼にはガリューの言葉は届かないのだ。それはずっと以前――それこそ、まだゼスト隊が健在だった頃から変わらない。

 代わりにゼストはある質問に対する問いに答える。
 目の前のガリューが最も聞きたかったであろう質問を彼なりに推測して。


「話すべき事は多くある……だが、まず初めにこれだけは言わせてくれ。お前の主人、メガーヌ・アルピーノは死んだ……そうだ。
俺が殺した」

 しかしその情報は今のガリューにとって、あまりにも危険すぎるものだった。

 裏切り・偽装・誘拐……そんな言葉に囚われつつあったガリューの思考は、その情報で『何らかの目的でルーテシアを手に入れる為、
目の前の男は仲間を裏切り、自らも死を装って彼女を誘拐した』という誤った結論に確固たる確信を抱いてしまう。


 死者の蘇生。
 その技術の存在を知らない彼にとって、彼が辿り着いた答えはあまりにももっともらしく、信憑性がありすぎてしまうものだった。
 


『……なんでだ……? なんでなんだあああっ、ゼストオオオオオオォォォォーッッ!!』








 この時、俺は久々過ぎてあの堅物の性格をすっかり忘れちまってた。

 突然の事で気持ちが揺れている俺と、不器用すぎるアイツ。
 せめて俺がもう少し落ち着いてるか、アイツにもう少し配慮があるかすれば、この後の出来事は回避出来たかもしれねえだろうにな。


 まったく……世の中はこんなはずじゃねえ事ばっかりだよ。



前へ 次へ
目次:魔法集団リリカルやがみけInsecterS
著者:ておあー

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メンバーのみ編集できます