352 名前:魔法集団リリカルやがみけInsecterSその8-3[sage] 投稿日:2008/10/02(木) 18:03:45 ID:w2AJdB9+
353 名前:魔法集団リリカルやがみけInsecterSその8-3[sage] 投稿日:2008/10/02(木) 18:05:11 ID:w2AJdB9+
354 名前:魔法集団リリカルやがみけInsecterSその8-3[sage] 投稿日:2008/10/02(木) 18:06:59 ID:w2AJdB9+
355 名前:魔法集団リリカルやがみけInsecterSその8-3[sage] 投稿日:2008/10/02(木) 18:08:26 ID:w2AJdB9+
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363 名前:魔法集団リリカルやがみけInsecterSその8-3[sage] 投稿日:2008/10/02(木) 18:20:21 ID:w2AJdB9+

 開戦は唐突だった。


「上だ、ゼスト!」


 先に接近に気付いたのはチンクだった。
 即座に声を上げ、ゼストに敵の襲来を告げる。

「ぬうぅっ!」

 上空から急降下して放たれたガリューの攻撃を、ゼストは寸前でバリアを展開して受け止める。
 山吹色の魔力光に鋭い突きがぶつかり火花を散らすが、明確な意識下で術式を組み上げた今回の障壁はそう簡単には
砕けず、絶世の切れ味を誇る刃をしっかりと受け止める。
 上空に浮いた体勢のまま苛立つようにガリューが蹴りを放つ。
 脚の負傷の事など完全に考慮していないとしか思えない、凄まじい勢いで叩きつけられた一撃。
 障壁が拉げて亀裂が走るが、それでも壁はダメージを吸収しゼストには届かせない。
 さらにガリューがもう一発蹴りを放とうとした瞬間、その周囲を複数のスティンガーが取り囲んだ。

「ゼスト!!」
「構わん!!」

 短い遣り取り。
 最小限の言葉で互いの意思を確認したチンクはスティンガーを射出。刃は大きく爆ぜゼストごとガリューを爆炎の
渦で覆い隠す。
 オーバーデトネイションの射線は、先刻の攻防同様周到に計算された回避不能のもの。
 だが、だからこそチンクは欠片ほども油断する事無く自身の周囲に新たな刃幕を展開する。

「……何時でも来い」

 発した本人しか聞き取れないほどの、ほんの小さな呟き。
 その言葉に呼応するかのように、炎を切り裂いて黒い影が出現する。
 過程が同じならば、生じる結果もまた同様。
 爆発の中を突っ切った以上ダメージがゼロの筈は無いが、その姿に弱った様子は些かも見られない。
 身体に絡みつく残り火を風の力で引き剥がし、ガリューは翅を唸らせながらチンクに向かって突進する。

「はぁっ!」

 迎え撃つチンクは自身の声をトリガーに、空中に浮かぶスティンガーを撃ち出す。
 疾駆させる刃の数は六本。
 其々が異なる角度から射ち出された刃を前に召喚虫の眼が紅く輝く。
 次の瞬間――


脳内で全てのイメージを完成させた画家が、淀み無い動きでカンバスに絵筆を走らせるように。

 ガリューは全てのスティンガーを回避する。
 空中に描かれたのはまるで空戦魔導師が飛行ショーで見せるような流麗な軌跡。
 そしてその直後、軌跡を彩るように空中に咲き乱れる六つの炎花。
 最初の刃が着弾する寸前から始まり、一瞬で完成する芸術作品。
 戦闘者ではない者が同じものを目にしたならばきっと心奪われただろうと思いながら、チンクはISを発動させ己の
周囲に新たなスティンガーを補充する。
 彼女にとって今の攻防の結果に驚くべき点は無かった。
 最大速度で射出されたスティンガーは標準的な魔導師の高速直射弾に匹敵するスピードを持つが、それでもガリューの
動きと比べればかなり遅い。
 中距離以上から放っても反応されて回避されてしまうだろうと予測するのはそう難しい事ではない。

(そうだ、来い……!)

 故にチンクは予め射出する本数を抑え、迎撃を牽制程度に留めていた。

 今の攻撃はあくまでも囮であり、彼女の『策』の前段階に過ぎない。
 戦闘に赴く前、確かにゼストとは『援護に徹する』と約束した。
 しかし戦場では計算通りに物事が進む事などまずあり得ない。その為彼女はルーテシアを置いてきた洞穴から戦闘が
始まるまで、密かに単独でガリューと戦う事になった時の策も考えていた。
 間髪を入れず次々と時間差でスティンガーを射ちながら、その裏で彼女は計算を巡らせてゆく。

「そこだっ!!」

 両者の距離が当初の半分ほどに縮まったところで、チンクは仕掛けた策を発動させる。
 主の意志に呼応した刃が、闇夜を切り裂いてガリューへ馳突する。 
 その数は三十。初撃の五倍にあたる数だが、ただ数を増やしただけで目標を捉える事が出来ないのは彼女にも
わかっている。

 不意に、襲い来る刃を避けながら飛ぶガリューの動きに小さな変化が生まれる。

 今まではどれだけの刃を前にしても変わらなかったガリューの飛行速度が、少しではあるが落ち始めていた。
 飛行の軌道自体も流れるようなものではなく、かなりジグザグで複雑なそれに変わっている。


(よし)

 仕掛けておいた"小細工"が順調に機能している事を確認し、チンクは僅かながら手応えを感じる。
 スティンガーに施していた小細工の正体とは――速度。
 彼女はスティンガーの射出に使用するエネルギーの量を微妙に変化させる事で射出速度に幅を持たせ、刃の回避を
より困難なものにしていたのだ。
 速度も射出のタイミングもバラバラの刃弾、その一本一本の動きを全て正確に見極める事はただでさえ非常に困難だ。
 加えてチンクはここまで延々と同じ速度のスティンガーを撃ち続け、ガリューはそれをかわし続けてきた。
 ガリューの反応速度と戦闘センスの高さを考えれば、既にスティンガーの速度は肉体が記憶している筈。
 その記憶が今度は逆に、攻撃を回避する妨げになる。

 結果、ガリューは今まで最小限の動きで回避していたスティンガーをより余裕を持って避けなければならなくなり
その分だけ飛行速度が低下する。
 それでも何とか再加速しようとしたガリューに、チンクがさらに追撃の刃を放った。
 たまらず、ガリューが空中高く舞い上がる。


 僅かに数秒間、響き続けた爆音が止む。


 二つの月をバックにした黒い影が小さくなり――突如、再び大きさを増し始める。
 ロスした前後の距離を高さで埋める、空中で再度加速をつけての急降下攻撃。
 猛禽の狩りを彷彿とさせるガリューの突撃に対し、チンクは左眼を見開き真っ向から対峙する。
 突き出した両手の先から黄色の光が生まれ、彼女の目の前にバリアを生成した。
 勿論、これだけでガリューの攻撃を受け止める事が出来ないのは分かっている。
 チンクの防御力は"ナンバーズ"の中でも最高クラスを誇るが、それはあくまでも固有武装"シェルコート"という助力が
あっての話だ。
 各種の防御機構を搭載したあのコートは今、ルーテシアの元に置いてきてしまっていた。
 現状の彼女の防御力はコート装備時の半分以下といったところであり、彼女自身もそれを熟知している。
 だから、『受け止める』事が出来ないのは分かっている。

 攻撃の先端、刃の切っ先がバリアに触れ凄まじい衝撃がチンクを包む。

「ぬ、ぐうぅ……っ!」
 
 バリア越しからも伝わってくる、圧倒的なエネルギーの奔流。
 明らかに自身の防御力を超えた攻撃。
 その攻撃を、チンクは力の方向をずらしいなす事で『受け流し』た。
 刃はバリアの表面を大きく削りながらもチンク本人には到達せず、ガリューは加速をつけたまま大地に激突する。

「くうっ……」

 激突の衝撃で大地がひび割れ、足元の地形が変形してゆく。
 大きく揺れる地面にチンクのバランスが崩れかけるが、寸前で何とか踏みとどまった。
 ここで倒れてしまう訳にはいかない。
 何故なら――この状況、この瞬間にこそ彼女にとって唯一無二の勝機が存在するからだ。


(この召喚虫は確かに強い。だが、冷静になって考えれば決して手も足も出ない相手ではない……!)
 
 ここまでの全ては、彼女の作戦通りに進んでいる。

 単純なプログラムしか組めない機械兵器を除けば、これまでチンクの戦闘訓練の相手は彼女一人しか居ない。
 高い格闘能力とレーダーの追尾すら振り切る超高速移動能力を持つ姉、"ナンバーズ"3番・トーレ。
 高速機動能力を持つ相手に対しての戦闘経験『だけ』がずば抜けて豊富なチンクにとって、ガリューはむしろ楽に対策を
立てられる相手だった。
 チンクは未だ微弱な振動の続く大地を蹴り、舞い上がる土煙の中を跳ぶ。

 目的地はただ一点。
 最も深く大地が穿たれた爆心地。

(自分よりも速い相手と対する為には、まずそのスピードを封じる!)

 目標はただ一つ。
 『自然』という最強の盾に進行を阻まれた漆黒の召喚虫。

 高速機動は封じた。
 翅と両足を負傷し、飛行・再加速までに時間が必要な今のガリューならば攻撃を届かせる事が――出来る。

「はあああぁっ!!」


          ◆


 気勢を上げて飛び込んで来る敵に対し、召喚虫が再始動する。
 傷ついた体では回避に十分なスピードは出せない。
 何より『退く』という選択肢自体彼には無かった。自分を近づかせなかった相手が自ら来てくれるなら、寧ろ好都合。
 選んだ迎撃の手段は、腕を振り抜いて放つ一閃。
 己の突撃を彷彿とさせる、風の如き切り払い。


          ◆


 チンクの眼がその動きを捉えたのは当然だった。刃の軌道の先には、自分の顔がある。
 身を捩って回避を試みるが、彼女の頭脳は冷静に刹那の差で刃の到達の方が速いという計算結果を導き出す。
 それでもチンクは動揺はしない。
 そう、彼女は冷静さを失ってはいない。恐怖も躊躇も無く、肉体に指示を送り回避の為の動作を続けさせた。

 そして刃が触れる。


 刃はいとも容易く切り裂く。
 紙細工のように簡単にそれ『ら』を切り裂く。
 簡単に――チンクの眼前に発生した金属製の刃を数本一気に。
 ほんの僅かだけ勢いを弱めた刃はそのままチンクの額を掠め、持ち主から別たれた銀髪が数本宙に舞う。
 ただそれだけを代償に、彼女は敵の懐に潜り込んだ。
 本来は近接戦を得意とするガリューもこの距離では長い手足が逆に仇となる。
 この距離は即ち――チンクの間合い。

「はあっ!」

 身を屈めた体勢から放たれた足払いが、ガリューの脚を二本まとめて刈り取る。
 100キロを優に超えるガリューの体が浮き上がった。
 外見は小柄なチンクだが、彼女の肉体はスカリエッティの技術によってかなりの強化施術が施されている。
 その増強レベルはAA。人間の範疇に入る程度の重量であれば、このような芸当も訳はない。
 両手に発生させたスティンガーを掴み、バランスを崩したガリューにチンクが猛然と襲いかかる。

「……何っ!?」

 しかしその攻撃を、ガリューは空中に寝そべったような体勢で簡単に受け止めた。 
 予想外の行動に、繰り出される反撃への対処が遅れる。
 真下から顎に強烈な一撃をくらい、チンクの体と脳が撥ね上がった。

(馬鹿な、一体何をしたっ!?)

 チンクの体が地面に叩きつけられ、背中に鈍い痛みが走る。
 揺らぐ意識の中、左眼がガリューの姿を捉えた。

(尾か……!)

 人間には持ち得ない第三の脚であり、また或いは腕。
 支点にして体を支え、さらに身体を浮かせて反回転、鞭のように振り上げ顎に叩き込んだ。
 こればかりは幾らトーレとの模擬戦を繰り返したチンクでも予想できない、正に野生としか形容できない攻撃法だ。
 ただ、謎の正体がわかっても体が受けたダメージが消える訳ではない。かろうじて意識を繋ぎ止める事は出来たが、
自分に迫るガリューの攻撃を防げるほどに回復するには、まだ時間が必要だ。

 チンクは周囲の空間にスティンガーを喚ぶ。
 位置も射線も考えずただ滅茶苦茶に発生させただけの刃だが、用途は射出する為ではない。
 この刃に期待するのは空中に設置したまま固定しガリューが近づけば爆発させる、所謂機雷に似た役割。
 勿論シェルコートの無い状態で近距離から爆発を受ければ、自分も無事では済まない。
 その為実際は牽制としての意味しか持たないが、少しでもガリューが躊躇してくれればその間に肉体を回復させる事が
出来る。
 せめて十数秒、時間が稼げれば。
 だがそんなチンクの願いも空しく、ガリューはスティンガーを全く意に介さずゆっくりとチンクとの距離を詰めていく。

(……効果無し、やはり脅しの通用する相手ではないか)


 チンクは臍を噛む。
 元々刃の幕を突っ込んで抜けるような奴だ、期待薄なのは分かっていた。それでも実行したのは他に時間を稼ぐ方法が
見つからなかったからだ。
 ガリューがチンクの側に立ち、倒れた彼女を見下ろす。
 こうなれば一か八か全てのスティンガーを爆発させ、コイツもろとも自爆を試みるか?
 一瞬そんな考えも浮かぶが、すぐに次に浮かんだ騎士の顔に打ち消される。

(全く、お前が生かしたまま止めるなどと言うからだぞ、ゼスト……というかお前は何をやっているんだ? まさか先の
爆発で死んだなどと言うなよ)

 悪態をつく間も、チンクの脳裏には走馬灯のように家族の顔が浮かぶ。
 最近稼働したばかりの妹から姉、そして創造主まで。
 ガリューが彼女の息の根を止めるべく、死神の鎌と化した腕を振り下ろす。
 チンクが目を閉じた。


          ◆


 なぜ発生させた刃を爆発させなかったのかは分からないが、それはどうでもいい。
 まずはここでこの敵を殺す。
 ガリューはそれだけを考え禍々しい形の腕を振り上げた。
 コイツを殺して、次はあの男だ。
 勢い良く腕を振り下ろす。
 その時、敵が目を閉じ何かを投げつけた。
 ガリューの眼が即座に『それ』の正体を捉える。


 同時に、『それ』から放たれた強烈な光が二対の両眼を貫いた。


          ◆
 

「む……ぅ……」

 頭を押さえながらチンクが立ち上がる。
 ダメージが全て抜け切った訳ではないが、悠長に回復を待っている時間は無い。
 取り落としたスティンガーを拾い、チンクは膝をつくガリューに突進する。

 あの時脳裏を駆け巡った走馬灯。
 そこにスカリエッティの顔が映し出された瞬間、蘇ったのは彼が昔チンクに語ったある『言葉』だった。

 ――チンク、この地に私が拠点を構えたのは『聖王のゆりかご』が埋まっているからというだけではないよ。
 実はこの一帯は次元世界全体でも有数、いや唯一無二と言えるほどの鉱山地帯なんだ。地質学者にはあまり知られては
居ないがね。地表にほど近い場所にも大きな鉱床が幾つも手つかずで眠っているし、なんとたった数メートル掘り進めた
だけで簡単に各種の鉱物資源を採掘する事が可能だ。
 こんな土地は、おそらく他の何処を探しても見つからないだろうね。 

 如何な天才科学者といえど、全くの無から有を創造する事は出来ない。
 己の手足となる各種兵器の開発や実験には多くの資材が必要になる。外部から大量に輸送するには手間もコストも
かかる上、そこから足がつく可能性もある。
 結果、彼は採掘から製錬、生産までを全て独力で行えるようこの地に拠点を構えた。
 その事を彼女は思い出したのだ。
 今自分が居る場所は、ガリューの突撃によって大きく地面が削られている。
 淡い期待を込めて近くの小石を掴み、デトネイターのエネルギーを流し込む。
 ほんの僅かだが、エネルギーが吸収された感触があった。
 引き続きエネルギーを注入しながら、機人の握力で小石を握り潰し細かく砕く。
 理由の一つは少量のエネルギーでも爆発させられるようにする為。そしてもう一つは――

 ガリューの攻撃に合わせてチンクは目を閉じ、同時に破片をばら撒きデトネイターを発動。
 破片の一つ一つが花火のように輝き、ガリューの眼前の空間を昼間のように照らし出す。
 直接ダメージではなく、強烈な光で眼潰しの効果を狙った即席の炸裂閃光弾。
 月明かりがあるとはいえ、夜の闇の中でも正確にスティンガーの弾道を見切った眼を持つこの相手にはかなり有効な
攻撃手段だった筈だ。

(ここで……決める!)

 敵の接近を察知したガリューが構えを取る。
 回復の度合いは未知数だが、もう油断はしない。
 見えている、或いは他の感覚器官でこちらの動きを把握していると考えた上で挑む。
 スティンガーと刃がぶつかり、耳障りな金属音が響いた。

(やはり見えているか、だがっ!)

 もう一度懐に潜り込みたかったが、今度はガリューもそれを簡単には許さない。
 自分の間合いに持ち込もうとするチンクとそれを防ごうとするガリュー。
 そのまま数合打ち合ったが、唐突に均衡が崩れる。
 並の刀剣を超える切れ味と硬度を持つガリューの刃によって、片方のスティンガーに罅が入ったのだ。

「ちいっ!」

 チンクは使えなくなったスティンガーを捨て、襲い来る刃をもう片方のスティンガーを持つ手で受け止めた。
 そのスティンガーも既に限界だったのか、刃を受け止めた直後根元から砕け散ってしまう。
 攻勢の機と見たガリューが残った腕でチンクを狙う。
 最初の攻撃は何とか避けたものの、チンクの体が大きく揺らいだ。
 そこに刃を叩き込もうとして――ガリューの攻撃が受け止められる。

「質には……量で対抗させてもらうぞ!!」

 両の手に発生させた『新たな』スティンガーを掴んだチンクがその隙に乗じて反撃に転じ、再び戦局が拮抗する。
 攻めるチンク。防ぐガリュー。
 時に攻守を入れ替えながら、短くも永い一進一退の剣戟が繰り返される。
 再度の均衡を破って仕掛けたのはガリューだった。


「ぬあっ!?」

 ガリューが後頭部から触手を伸ばしチンクの両腕を絡め捕る。
 突然の事にチンクは声を上げるがそれでも冷静さは欠かなかった。
 素早く空中にスティンガーを出現させ、射出して触手を切断。
 互いにバランスを崩しチンクは転倒、ガリューも身を仰け反らせる。
 先に体勢を整えたガリューが倒れたままのチンクに追い打ちをかけようとした瞬間、チンクの小柄な体が宙を舞った。 
 全身の強化筋肉を総動員しての、地に伏した状態から放つ右の回転蹴り。
 アクション映画の登場人物さながらのトリッキーな動きに、虚を突かれたガリューは攻撃を中断しガードの体勢を取る。
 だがその結果、チンクは今度は無数の刃が生えたガリューの腕に自ら足を突っ込む事になってしまう。
 大多数の人間ならば、一秒後に起こる光景を想像して顔を顰めるか身体を震わすだろう。

 しかし、チンクの頭の中にそのような思考など無かった。

(足一本などくれてやる。その代わり――)

 両者が接触する寸前、ガリューの腕のすぐ側にスティンガーが出現する。 
 チンクの脚はそのまま勢い良くガリューの腕に突っ込む。
 飛び出た無数の刃に脚を切り裂かれ鮮血が舞った。
 それでも蹴りの勢いは全く衰える事無く、彼女の脚、踵の部分がスティンガーに触れ。

 金槌で木に釘を打ち込むように、踵はガリューの腕にスティンガーを叩き込んだ。
 
「っぐ、ああぁぁっ!!」

 痛みを知覚したチンクが押し殺すような悲鳴を上げ、一瞬遅れてガリューが凄まじい速さで腕を振り回す。
 蹴りに体重を乗せていたチンクはそのまま数メートル宙を舞い地面に着地する。
 着地の瞬間衝撃で激しい痛みが脚を襲ったが、彼女はそれを意志の力で強引に意識下に抑え込む。
 腕に深々と刺さったスティンガーを引き抜こうとするガリューに向けて、チンクは攻撃の続行を宣言した。


「足一本などくれてやる。その代わり――お前の意識を貰うぞ」


 スティンガーが、轟音と共に爆発する。
 非殺傷設定など勿論無い、正真正銘ゼロ距離からの一撃。
 膨れ上がった炎と煙でガリューの姿が消え、そこでチンクは漸く倒れるように座り込んだ。
 
(あの距離でのデトネイターの直撃……流石に効いた筈だ……奴の事だ、死にはしていないだろうが……確実に
ダメージは受けている……) 

 炎の先に意識を残しつつ、右脚のダメージを確認する。
 見た目からは想像もつかない防御力を持つ青いボディスーツはおろか、皮膚までぱっくりと裂かれ脚全体が真っ赤に
染まっていた。切り口をよく観察すれば基礎フレームや神経ケーブルの姿も確認できる。
 一歩間違えば完全に切断されていただろう。今更ながら自分の行動に寒気が走る。
 

(……しかしこの脚ではゼストも奴も運べんな。私も止血をせねば危険だ)

 傷のチェックを終えると、チンクはスカリエッティかウーノに通信を入れようとして――


「な……ん、だとっ!?」

 
 ――違和感に気づいた。


 すぐに視線をその正体に移す。

「馬鹿な……」

 違和感の正体――意識を残していた『その場所』にガリューの姿は無かった。
 倒れている訳ではない。
 いないのだ。
 倒れているにしても立っているにしても、そこにあるべき場所にあの漆黒の巨体が存在していない。
 これまでのガリューの防御力と爆発させたスティンガーの破壊力から考えて『跡形も無く吹き飛ばした』という
事は考えられない。『四肢欠損レベルの重傷は負うかもしれないが措置すれば死ぬ事はない』筈だ。
 だとすれば、考えられるのは――

(まだ奴の意識は断ち切られてはいない……! 何処から来る!? 右か? 左か!?)

 敵の姿を探し目まぐるしく動く視界が色を変える。
 今までよりもほんの少し暗く。
 原因は月明かりを隠す、影。

(上かっ!)

 見上げた先には、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで接近している黒い召喚虫。 
 先ほどよりも加速のついた突撃はあまりにも速く、その姿を目にした瞬間、チンクは今度こそ迎撃も回避も間に合わない
事を悟った。
 見開いた眼を閉じる時間すら、無い。
 何故ガリューがそこにいるのか。
 デトネイターのダメージはないのか。
 混乱の極致の中、チンクは今日何度目かの死を予感した。


「ぬううおおおおおおおおおおぉっ!!」


 だが、その予感は死神よりも速い影によって外れる事になる。 


「ゼスト!?」
「おおおおおぉっ!!」

 文字通りチンクの眼前まで迫っていたガリューが、直前で超高速で飛んできた槍騎士の一撃を真横から打ち込まれて
吹き飛ぶ。
 ガリューはそのまま森の奥まで吹き飛ばされ、一人残ったゼストはまるで他の球にぶつかって全ての運動エネルギーを
失ったビリヤードの手球のように、槍を打ち込んだままの体勢で空中に留まりチンクの方を見やった。

「ゼスト……」

 顔を見れば言ってやりたい事は多くあったはずだったが、チンクは何を言えばいいのかわからず言葉に詰まる。

「……無事だったのか」

 少し考えた末、やっと一言だけを絞り出す。
 その言葉に対するゼストの返答は――

「『援護に徹しろ』と言ったはずだ」
「な……ふ、ふざけるな! そう思うならば援護に徹させろっ!! 私だって好きでアイツと一人戦り合っていた
訳じゃない!!」

 あまりといえばあまりな物言いに、チンクの口調が思わず荒くなる。
 頭の奥では目の前の男が好きで自分とガリューを一人戦わせていた訳ではない事は想像できる。
 世話係として長く彼を見てきたからこそ、彼が周囲の人間を危険に巻き込ませるのを良しとしない人間である事や、
その癖自分は誰よりも速く危険な場所に飛び込んで行く性格である事はよく分かっていた。
 このタイミングまで戦闘に介入しなかったのは『しなかった』のではなく『できなかった』のだろう。
 しかし、幾らなんでもこのタイミングでそれを言うか。

「チンク、その脚は」
「あ、ああこれか……心配するな。出血さえ収まればなんとかなる」
「ならばまずその出血を止めろ」

 ゼストはコートの裾を破り取るとチンクに手渡す。
 野宿など日常茶飯事の彼が何時も着ているコートである。
 これで止血して傷口に菌が入ったりしないだろうか、と一瞬チンクは考えるが今は感染症よりも失血死を心配するべきだと
思い直し傷口を縛ってゆく。

「お前は大丈夫なのか?」
「問題無い……と言いたいところだが万全ではない」
「だろうな」
「だが、そうも言っていられない。お前が負傷している以上、戦えるのは俺しかいない」
「……」
「前にも言ったように、これは元々俺の問題だ。お前はラボに戻って一刻も早く治療を受けろ」
「……アイツが、それをさせてくれると思うか?」


 ゼストが言葉に窮する。


 ゼストとチンクの視線は、同じ一点に向けられていた。


 何度倒されても、どんな攻撃を受けても輝きが絶える事の無い二対の双眸。
 勿論ダメージが無い訳ではない。
 幻想的に輝く紫紺の翅は無惨に破れ一枚として無事な物は無く。
 両の脚は自身の刃を突き刺し強引に固定しなければ肉体を支える事すら出来ず。
 甲冑を思わせる全身の外骨格は何度も炎の海を掻い潜った事で赤黒く焼け焦げていて。
 そして今、半ばから断ち切られた左腕からは絶える事無く血を滴らせている。

 どうすればあの召喚虫は倒れるのか。
 或いは本当に、その命を断ち切る事でしかアレを止める手段は無いのではないか。
 そんな風にすら思えてくる。

「あの腕は……」
「私がやった。ルーテシアお嬢様とお前には悪いが、私のISでは五体満足で止める方法が思いつかなかった。
脚と引き換えに意識を断つつもりだったが、結果は『等価交換』というやつだ」

 自嘲気味に呟くチンクにゼストが疑問の台詞を口にする。

「本当にお前がやったのか? あの切断面、お前の能力というよりは奴の刃で切断したように見えるが」

 言われチンクは傷口を注視する。
 見れば、確かにデトネイターの爆発ではあのような形にはならない。

「成程……」

 チンクの中で先程浮かんだ疑問が氷解する。
 おそらくガリューは左腕に刺さったスティンガーが爆発する寸前、自らの右腕で刺さった個所ごと左腕の一部を切断した。
 そして爆発で起こった風の力を借りて空に舞い上がり、自分の頭上から攻撃を仕掛けたのだ。
 途轍もない覚悟と判断力が無ければ実行できないアイデアだが、既に両脚を犠牲にしている以上、腕の一本くらい
失う事は躊躇しない。
 それどころか残る爪一本、牙一つで自分達の命を奪う事が出来るというならば、あの召喚虫は己の命すらも簡単に
差し出すだろう。

「いや、あれは間違いなく私がつけた傷だ。お嬢様には後で私から話す。お前に迷惑はかけない」
「そうか」


 過程はどうあれ、あの結果は間違いなく自分が原因で生じたものだ。
 チンクは事実だけを淡々と告げ、ゼストもまた短く頷く。

「仕方あるまい。生きていてさえいれば、償いの方法もある……む?」

 ガリューの妙な行動に気づきゼストが声を上げる。

 未だ血が流れ続けるガリューの左腕の先端が、小刻みに振動していた。
 次の瞬間、切断面から他の物より一際巨大な爪が飛び出す。 
 真っ直ぐに伸びるそれはまるで槍の穂先の様で、腕を柄と見ればガリューの左腕は短いながら確かに一本の突撃槍を
彷彿とさせる形状に変化していた。
 あまりに衝撃的な肉体の変貌にゼストが絶句する。
 長く彼と戦場を共にし、彼の『武装』が皮下組織や骨格を変形させたものであると知っていたゼストも、流石に
これほどの変化は見た事が無かった。

「……『等価交換』は撤回しよう」

 チンクが、ぽつりと呟いた。

 左腕を軽く振って『素振り』を終えたガリューが、二人に向けて進行を開始する。
 その姿に『風』と表現するしかなかったかつての面影は無く、明らかに速度、そして戦闘力は低下している。
 しかしそれはゼストとチンクにしても同じ事。
 応戦すべく飛び出したゼストにも往時の力強さは無く、彼の後を追おうとするチンクは脚の痛みに動きを止める。

 戦場に立つ三人の誰一人として五体満足な者はいない。
 決着の時は、着実に近づいていた。



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目次:魔法集団リリカルやがみけInsecterS
著者:ておあー

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