Private aide after days  〜飲み込んで僕のS2U〜

[246]176 ◆iJ.78YNgfE <sage> 2006/07/10(月) 02:25:58 ID:nmSUo8lq
[247]176 ◆iJ.78YNgfE <sage> 2006/07/10(月) 02:26:39 ID:nmSUo8lq
[248]176 ◆iJ.78YNgfE <sage> 2006/07/10(月) 02:27:20 ID:nmSUo8lq
[249]176 ◆iJ.78YNgfE <sage> 2006/07/10(月) 02:28:07 ID:nmSUo8lq
[250]176 ◆iJ.78YNgfE <sage> 2006/07/10(月) 02:30:39 ID:nmSUo8lq

 手元のマニュアルによれば執務間の仕事は至極簡単。
 ――突っ立って威厳を漂わせておく。
「……そんなこと言われても」
 片や嘱託魔導師の身。まず威厳とかそういうレベルの話ではないと思う。
 他に何か明確な道標がないのかとページをめくる。
「……うう」
 泣いた。心の中で泣いた。
 やけに薄っぺらいと思えば元より二枚の高級紙でしか作られていないではないか。
 しかも二ページ目には『上の仕事を体験するのも魔導師として立派な修練の一つだ。byクロノ』という思い出したかのような手書きの文字。以降、延々と余白。
「まぁ……一日執務官もいい経験じゃないかしら」
 指定席でお茶を啜る艦長の手元には二つの書類。
 『有給休暇申請』とゴシック体で印刷されたそれは久しく、というかこのアースラで目にしたものはおそらく艦長である自分が始めてだろう。
 こんなものがあったのか、とまずあの二人がこれを出してきたよりもこの書類の方が物珍しいというのはなんというか。
「私に執務官なんて勤まらないよ……」
「大丈夫よ、ここ最近平和なんだし」
 ただ今当艦アースラは次元空間を鈍足で航行しております。
 そんなアナウンスさえ聞こえてしまいそうなくらいに平和なのは事実なのだから。
「いざとなったらフォローするし大船に乗った気分でがんばりなさい」
「母さん……」
 母親の激励にやる気は出ることは出るのだが、如何せん彼女が気にしているのはこれから一日執り行う執務の仕事ではなくて。
「なのはぁ……」
 本当なら今日はなのはの家でお泊り会の予定だった。休暇だって自分なのだ。
 こんなこと許されるのか。おのれ職権乱用、管理職め。
 代わりにお泊り会な馬鹿兄を密かに心中呪いつつ、なぜかデバイスモードにしていた
愛杖を握り締めるのだった。
『S……Sir……?』
 ピシリ、とあっけなく入った亀裂に彼も何事かとコアをピカピカ点滅。人間なら目を白黒させるところだろう。
「埋め合わせはちゃんとしてもらうからね…………お兄ちゃん」
 かくして、フェイト・T・ハラオウンのあまりに長い一日が始まるのだった。
 あまりに長い一日が……。

 * * *

「ほぅら! 置いてくよクロノ君!」
「ちょ、ちょっと待て! そんな急がなくても」
「だ〜め! 一秒たりとも無駄にできるもんですか」
 腕をぐいぐい引っ張って屈託ない笑みでエイミィが答える。時刻は九時を少し過ぎたくらい。まだまだ町が動き始めるのは先のことだ。
「急いだって行列は動かないぞ。せいぜい順番が少し後ろになるだけだろ?」
「それが駄目って言ってるの。入ったら入ったでアトラクション前でまた行列なのよ。待つのは嫌でしょクロノ君も」
 確かにそれは嫌だ。できるならそういう凡ミスはお引取り願いたい。
 昇り始めた日差しは手加減を知らない。体から迸る熱線を浴びせるだけ浴びせ西の空に帰っていく勝手者は夏の季節を飾る主役である。
 遥か遠方で陽炎に揺らめきながらその時を待つゲートには自分たちの所まで人の群れが続いていた。
「全くだな。乗り物乗らずにベッドに乗るのだけはお断りだ」
 熱に浮かされ救護室送りで一日を終えるのだけは男として人として、女性の前なら尚更最低ランクだ。
「わかってるじゃないクロノ君」 
「君の恋人だからな」
 腕を絡めるエイミィに恥ずかしげもなく言える辺りすでに出来上がっている自分の頭。
 以前ならこの腕だって暑苦しい云々ですぐに解いてしまうだろう。自分がどんな人間かぐらい承知はしている。
「て、照れますな〜あはは」
 対するエイミィ。どうしようもない気恥ずかしさを頭をかくことでどうにか発散させて。
 自分のお相手がここまで甘いせりふを吐いてくるとは……。
 そう思ってもみたがあの超、激ぐらいじゃ足りないくらいの甘党の息子。さして気にすることではないのではと思う。
「そこまで言ってもらわれちゃうと手まで繋いじゃうぞ」
「逸れる心配がないからな、助かるよ」
 しっとり汗ばんだ手に重なる感触。言いだしっぺはエイミィでやりだしっぺはクロノだった。
 かすかに口元緩ませてちょっと得意げに彼女の手を握る。
 手を繋ぐ行為は恋人たちには初歩的なスキンシップ。そうは思ってもこれがなかなか、いやはやクロノの感触を直にすると平静を保てなかったり。
「う、うん……あはは」
 にぎにぎと握っていると返事代わりの優しい愛撫が帰ってくる。
 なんだかクロノの手なのかと疑問に思って力を入れると、怪訝そうにクロノが自分の顔を見る。
 事実確認が取れてしまえばなおのことエイミィの顔の温度は上がる。
「く、クロノ君……喉乾かない?」
「ん? 暑いからな……ここにいるみんな同じ気持ちじゃないか?」
「じゃあ買ってくるよ。すぐそこに自販機あるし」
「安心してくれ、水分対策は施してある」
 おもむろにジャケットの内側へと手を突っ込むと、程なくして二本の缶ジュースが顔を出した。
 受け取り、矛盾した感覚に驚く。ジーンと痺れるような冷たさは炎天下、懐に仕舞われていたものとは思えない。普通なら人肌温度のぬくいジュースでまごころが蒸発してしまうところだ。
「氷結魔法を施しておいたからな。これくらいなら地球でも大目に見てくれるだろう?」
「気が利くというかちゃっかりしてるというか……クロノ君とは思えないな」
「男にしっかりしてもらいたいって言ってたのは……どこの口だ?」
「失礼しました」
 口を尖らせてもクロノはどこか楽しげにエイミィを見詰める。彼の随分な変わりようにエイミィもたじたじだった。
 なんていうか、なんていうかだ。手綱がいつのまにかクロノに握られている。ここまでリードされるなんて今までにあっただろうか。
 気持ちを打ち明けあった初めてのデート。あの時だってキスをするまではこっちがクロノを操縦――あくまで主観的にだけど――していたのだ。
「ありがとね、クロノ君」
「ああ、喜んでもらえて何よりだよ」
 そうして穏やかな笑みを向けてくれる。
 心臓が一度大きく跳ねた。火照る頬は前兆症状。まずい、顔が赤くなってきてる。
 水滴にまみれてきたジュースを誤魔化しついでにおもむろに喉へ流し込んだ。
「んぐ、んぐ……ぷっはぁ、生き返る〜」
 舌から喉、胃へと連続急冷されて干からびかけの体に活力が蘇るのを感じる。体もちょうど良過ぎる位に冷えてたまらなく心地よい。ちょっと頭はキンキンするのが玉に瑕だけど。
 それでも顔面を覆う暑さだけは逃げてくれない。むしろ不幸にも際立ってしまっている。
(や、やだなぁ……どうしちゃったんだろ。暑さにやられちゃった?)
 クロノの横顔にやはり治まらない動悸。こんなこと言っては失礼に当たるのだろうけど今日はすごくクロノが男らしく見えた。
 そりゃイチャイチャしたいとは言った身である。だけどそれがここまで恥ずかしいものとはエイミィ自身、その管制官の勘をもってしても全く予想できなかった。
 クロノも恥ずかしいんだろうか。横目に視線を流すと偶然にもクロノと目が合う。それにまた心臓が跳ねる。
(……何よクロノ君の馬鹿)
 ほんとにクロノに恋してる。馬鹿みたいに好きになってる。
 ――きっと全部この夏のせいだ。
 いつもと違うシチュエーションがそうさせるのだ。オーバーヒートしてるから正常に考えられないだけだ。
 隣の彼が……格好良すぎるだけだ。
(そうよ、園内に入って遊び始めればすぐ私がリードしてやるんだから)
 遊びとなればこっちに絶対分がある。堅物に真似できないくらいはしゃぎ立てると自負できる。そうやって腕を引っ張って、引張り回して彼の困った顔にいつもの悪戯心を満足させれば言うことなし。
「列が動き出したな……開園か」
「いよいよだね」
「大丈夫か?」
「なにが?」
「君が熱にやられてたら元も子もないからな。なんてたって今日のヒロインは君なんだ」
 だけど出鼻をくじかれる。歯の浮くような台詞にむず痒くなってきた。
「や、やられるわけないでしょうが。私はね、これでも暑さには強いんだから」
 力こぶを作って見せてさらに照れ隠し。
「よかった、いつも通りで安心したよ」
「当たり前よ!」
 そうして動き始める人の列。只中でふとエイミィは思った。
 目に入るのは楽しそうに笑いあう親子連れ。あとは恋人たちの群れ。腕を組むのもいれば手を繋ぐは当然。
 そんなカップルに今の自分みたいな白熱電球な子はどれほどいるのだろうか。
 もしかしたらここまで茹ってるのは世界の中で自分だけ。そこまで考えてしまうとさらに恥ずかしい。
「さぁ、楽しむぞエイミィ」
「う、うん、私はいつでも準備万端! スタンバイレディでオーライよ!」
「……本当に大丈夫か?」
「イェッサー!」
 全くほんとに、夏の暑さは大嫌いだ。誰かここにクーラーをかけてくれ。
 再び、どちらともなく握りしめた手。温もりが全身に伝わっていくような錯覚を覚えながらエイミィは今一度、夏の暑さに毒を吐いた。
「まったく恥ずかしいのは君だけじゃないんだからな」
 呆れるような彼の声も今は耳には悲しいかな届かない。
 願うことならば、今すぐ我が身を凍結させたい。きっと彼の極大氷結魔法でも無理な注文なんだろうけど。

 * * *

「いぃぃぃぃやっほーーーー!!」
 遥か遠方に望む名山に見とれる暇なく無重力の自由落下。加速し右へ左へ流れる風。宙返り、ぐるぐる回って転地逆転、上だか下だかわけわからなくなって。
 百キロオーバーのスピードに景色は伸ばされぐちゃぐちゃで。後ろから聞こえる甲高い悲鳴の群れに負けじと声を張り上げて。
「んーーー! ジェットコースター最高!」
 所要時間二分三十二秒。コースターから軽快に飛び出した彼女は満面の笑みだった。
 一足遅れてクロノ。なにやらおぼつかない手つきで安全バー引き上げる。降りるのだって這いずるようにナメクジのごとく。地に足がついた時には既に彼女は出口に向かっている始末だった。
「ま、待ってくれエイミィ……」
 足に纏わりつく浮遊感をどうにか払い落とそうと足を振りながらクロノは続く。その後姿、あまりに滑稽で下手すれば酔っ払いの千鳥足だ。
「く、クロノ君……だいじょぶ?」
「あ、当たり前だ……こんな子供だまし」
 口は強がり、足腰は弱り。軽やかだった足並みは今では一歩一歩大地を確かめるよう。踏み出すたびに全体重が片足に乗って気分はまるで山登りだ。
「出来損ないのロボットみたいだね」
「言わないでくれ」
 ちょうど目に入ったベンチに腰を下ろして一息、夏空を仰ぐ。飛行機雲に向かって肺の中身を全部吐き出すようなため息。
 いつも空を飛んでいるのだから大したことないと高をくくっていたのは認めよう。まさかジェットコースターなるものがあそこまで奇想天外な乗り物だとは思わなかった。
「意外な発見ってやつだね。ジェットコースターにノックアウトされるクロノ君……もう一回いく?」
「僕はおもちゃじゃないんだぞ……でもまぁ君が喜んでるなら良いさ」
「かっこつけてもその顔じゃ説得力ないよ」
 結局、入園してすぐにクロノは潰れてしまった。さっきの彼はどこへ行ってしまったのか、気がつけばいつものクロノが目の前でベンチにへたり込んでいる。
(やっぱりクロノ君だな)
 ちょっとかっこよく見えてもやっぱりどこかでぼろが出てきてしまう。でもきっとこんな一面、他の誰にも見せないんだと思う訳で。
 フェイトの手前なら意地でも踏ん張って次のアトラクションへ向かうに違いない。一見しっかりしてるけど微妙にふらついている様が面白おかしく想像できる。
「もうしょうがないなクロノ君は。じゃ、ちょっち早いけど休憩ね」
 休憩というくらい動いたわけではないだろう。
 口ではそう言いたかったが如何せん体のほうがこれでは何を言っても無駄である。
 そういう訳でクロノは出掛かった言葉を飲み込みエイミィの好意に甘えることにした。
「はぁ……ほんとにごめん。駄目だな僕は、こんなことでへばって」
「初体験なんだから仕方ないんじゃない?」
「仕事馬鹿も考え物だな」
 やはりガラに合わないのだろうか。エイミィが楽しめそうな場所ということで遊園地をデートコースに組み込んでみたが自分の事情も考慮すべきだったのはもう言うまでもない。
 彼女さえ喜んでくれればいいなんて独りよがりはデートにおける失敗の一つだ。重要なのは自分の強みを如何なく発揮させ、なおかつ相手が好む場所。それが最も適当な選択であった。
「でもこれだと次はコーヒーカップなんて乗れないね」
「想像しただけで駄目になりそうだ」
 おもわず二の腕で目を覆った。洗濯機に放り込まれるような体験などしてみたら今度こそ足腰がやられそうだ。
「もう、だらしないぞ〜男の子」
 俄然テンションの高いエイミィに唸るような呻くような声で返事をするクロノ。相当参ってます――本当ならそれくらいのことは言いたいのだが。
 ……反省。それに尽きるのが悲しい。
「んじゃあ、ちょっと寝てみる?」
「馬鹿……みっともないだろうこんな大衆の面前で」
「安心しなって、恥ずかしくないようにするからさ」
 言うなり聞こえるパンパンと何かを叩く音。どうにもベンチを叩いて出る音ではない。
「?」 
 決してベッドメイキングをしているわけではないのだろうけど好奇心に横目に隣を垣間見る。
「んふふ……」
 目が合って彼女は厭らしい含み声一つしてまた同じ音を二度響かせた。
 ピッタリ揃えた腿へリズムよく両手を叩きつけることで、だ。
「ほらほら、クロノ君おいでやす〜」
 そんなどこで覚えたのか訳の分からない言葉で誘惑してもそれもある意味
「羞恥プレイを強制しないでくれ……」
 大衆の面前で見せ付けるものではない。
 いちゃつくのはまぁ歓迎。しかしだ、そのようなことを求められてもいかんともしがたいのが当然であろう。
「いいじゃない、どんな枕よりも寝心地は最高だと思うけどな」
「あのなぁ……時と場所とを考えてくれよ。大体君の手を煩わせるなんて僕のプライドがな……」
 適当なことを言ってはいるが秘めた本音は男の威厳を防衛するためだったり。
 人が羨むというより、こんな所で膝枕される男なんてただ甘えてるだけのヘタレではないか。甘えるといちゃつくは多分違う。
 一つのアトラクションでへばって看病される。目を瞑るなんて出来ない失態だ。
「え〜、別に可愛いじゃない。そんなクロノ君も見てみたいよ」
「二人きりの時な、それまで我慢だ」
 犬を躾けるように言い聞かせ一気に腰を上げた。彼女の次の気まぐれが降りかかってくる前に。
 それと手繰り寄せられた手綱を引き戻す意味合いもこめて。
「じゃあコーヒーカップ行く?」
「ずいぶんとご執心だな。そんなに乗りたいのか?」
「何を隠そう今日はここのアトラクション全部乗るつもりなんだから」
 隣に並んで自慢げに自分の野望を話すエイミィ。無論、手を繋ぐのは忘れはしない。
「全部は一日じゃ無理だろう。子供じゃないんだから」
「わかってますとも、あくまで建前として。だから乗りたいもの一気に乗ろうって寸法なわけ」
「まったく君らしいな、それならさっそく行くとするか」
「もちろん! よぉし、今度こそクロノ君潰して膝枕ね」
「お手柔らかに頼むよ」
 エイミィの枕に興味は沸くものの誘惑に負けては男が廃る。
 いつになくご機嫌な彼女に応えるようにクロノは繋いだ右手に少しだけ力をこめる。そして思う。
 こっちの夏は――暑いな、と。

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目次:Private aide after days 〜飲み込んで僕のS2U〜
著者:176

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