665 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:37:29 ID:mGHr2WRn
666 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:38:55 ID:mGHr2WRn
667 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:40:03 ID:mGHr2WRn
668 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:41:04 ID:mGHr2WRn
669 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:42:04 ID:mGHr2WRn
670 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:43:30 ID:mGHr2WRn
671 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:44:31 ID:mGHr2WRn
672 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:45:46 ID:mGHr2WRn
673 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:46:47 ID:mGHr2WRn
674 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:47:53 ID:mGHr2WRn
675 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:49:27 ID:mGHr2WRn
676 名前:8years after[sage] 投稿日:2008/05/18(日) 17:50:29 ID:mGHr2WRn

 ゲンヤと結婚して家族の人数が十人を超えることになった時、はやては一つの決断を下した。

「これから先も、またひょんなことで家族がどっと増えるかもしれへん。だから思い切ってめちゃくちゃ
でかい家建てよ」

 かくして有り金はたいた上に友人達から借金までし、グラナガン郊外の更地に一からぶっ建てた新生八
神家は途方も無い大きさとなった。
 二階建ての住居内は二十人が余裕で暮らせるだけの部屋数があり、同等の面積の庭は観賞用だけでなく、
子供達が遊べるようにと芝生にした部分、家庭菜園の域を超えたディードの畑などがある。
 そしてその一角にあるのが、日本在住時にシグナムが師範をしていた剣術道場を見本にした道場。
 板張りのなんら変哲ないように建物に見せて壁をしっかり魔法で補強した物であり、本格的な魔法戦は
ともかく格闘戦だけなら八神家の面子がそこそこ本気を出しても大丈夫な造りとなっている。
 もっとも八神家の面子はたいてい管理局で訓練を行うため、もっぱら八神・ハラオウン家の子供の訓練
場所として使用されているのが現状だが。



          8years after 〜daytime2〜



 道場に、声変わり前の気合が響く。

「やぁっ!」

 掛け声を発して、トウヤは突きと蹴りを繰り出した。
 対するギンガは、全ての攻撃を手の平で止めるか受け流していく。そしてトウヤの攻撃が息切れで止まっ
た時、初めて自分から動いて足払いをかけた。
 力任せではない軽いものだったが、完全に足元がお留守だったトウヤは床にすっ転ばされ背中を打った。

「あいてて……」
「連撃したら大振りになっていく悪い癖、また出てるわよ。もう一回」

 立ち上がったトウヤが再度構え直そうとした時、入り口からぱたぱたとアギトが飛んできた。

「おーい、昼飯の時間だぞ」
「あらもうそんな時間? シグナムさんも上がりにしましょうか」
「少し待ってくれ。……クロード、最後に十本。いつものだ」
「はい」

 道場の反対側で同じくかかり稽古をやっていたシグナムとクロードが、訓練用の簡易デバイスから壁に
かかっていた竹刀に持ち替え改めて向かい合う。
 途端、シグナムの纏う空気が一変した。
 全身から圧倒する剣気が放出され、離れているトウヤの肌にすらひりつく感触を覚えさせる。
 それをまともに受けているクロードの額を冷や汗が流れ落ちるのが見えた。気に押されたのかクロード
の足がじりっと後退り、竹刀の先が揺れた。
 その瞬間、シグナムの竹刀が一閃した。
 残像を追うのすらトウヤには出来ない剣速。道場に響いた音と、脇腹を押さえてうずくまりかけたクロー
ドの姿で、ようやく胴を撃ったのが分かった。
 苦しそうな表情のクロードだが、つかえていた息が吸えるようになるとまた中段に構えを取る。

「……シグ姉マジでやってるよな?」
「間違いなく本気ね。当たる瞬間だけ力抜いてるだろうけど。シグナムさんが本気で打ったら、竹刀でも
骨折するだろうし」
「本気になる意味あんのかな?」
「プレッシャーに耐える訓練なんじゃないかしら。シグナムさんと真正面で対峙出来るようになったら、
戦場で臆することなんて無くなるだろうし」
「だからって子供相手に本気出すかよ。うちのロードもおとな気ないな」
「クロノさんとフェイトさんに、うちでは甘やかしがちだから思い切り厳しくやってくれって言われてる
らしいから」

 三人がしゃべっている間さらにクロードは四回打ち込まれ、五度目でなんとか自分から斬りかかった打
が、呆気なく小手を叩かれて竹刀を取り落とした。

「やけくそになって無謀な攻撃をするなと言っているだろう。それぐらいならまだ防御を固めて一撃防ぐ
工夫をしろ」

 容赦なく叱責されているクロードを大変だなと思いつつ、眺めているうち別の考えがトウヤの頭に湧い
ていた。

「……なあギン姉。俺にも一回本気出してもらっていい?」
「うーん、まあいいわよ。ただ当たったら万が一があるから寸止めにするけどいい?」

 そっちの方が痛くないからトウヤにとっても有難い。
 全力のギンガはどれぐらい凄いのだろうとわくわくしながら、トウヤとギンガは構えあった。
 神経を目に全力で集中しつつ、どう動くかトウヤが頭の隅で組み立て始めたその矢先、ギンガが消えた。

「……えっ?」

 間抜けな声を発したのは、視界が握られた拳でいっぱいになってからだった。遅れて来た風圧が、前髪
を揺らす。
 ギンガが床を蹴ってトウヤの顔面に拳を突きつけるまでコンマ数秒、ギンガの挙動は何一つとしてトウ
ヤの目で捉えることが出来なかった。年の差を割り引いても呆気なさすぎる決着。
 吹き飛ばされるだろうがガードぐらいは出来るだろうし、あわよくば二、三回は打ち合えるとトウヤは
甘く考えていた。それが反射神経すら追いついていない。
 魔法も、ましてやローラーブーツによる加速も無しでこの神速。

(ギン姉でこれなら、管理局一早いと言われてるフェイトさんとかどれだけなんだよ……)

 スピードすなわち強さというわけではないが、フェイトは九歳の時にはシグナムと互角に戦ったと聞い
ている。自分が二年後にギンガより強いシグナムと五分に戦えるかと訊かれれば、全く自信は無い。

「スバルとノーヴェはもっと速いわよ。代わりに寸止め失敗するかもしれないから、同じこと頼む場合は
それなりの覚悟しなさいね」
「…………絶対やめとく」

 真剣にトウヤは首を振った。
 初めて本気を出した姉との訓練は、年上との力量差をまざまざと見せつけられるだけの結果となった。

「瞬発力を生むには天性も大切だが、地道な基礎トレーニングが一番重要だ。お前はローラーブーツばか
りで走っていないで、もっと真面目にランニングをするんだな」

 いつの間にかクロードとの稽古を終えていたシグナムも口を出してくる。

 とりあえずそれで今日の稽古は終了で、トウヤとクロードはお互いの師に一礼した。

「「ありがとうございました」」
「おーいクロード、あたし特製の打ち身薬塗ってやるからこっちこいよ。…………ああもう、こんなに赤
くなってるじゃないか。もっと加減しろよシグナム」
「日本とベルカの両方に同じ格言がある。痛くなければ覚えませぬ、だ」
「……クロード、シグナムに殺されそうになったらすぐはやてさんに言えよ。尻叩きの二十発ぐらいはす
ぐにしてくれるから」
「冗談だ。今は赤いが、痣になるようには打ってない。……だがなクロード、きつかったらいつでも言っ
ていい。私はなのはやヴィータと違ってあまり教える才能が無いから、やりすぎているかもしれない。な
により、お前はまだ子供なのだから」
「いえ、シグナム先生の稽古はやる度に強くなっているって実感出来るから、僕は平気です」
「お前の母親の教え方ではそう思わないのか?」
「そんなことはないんですが、母さんはちょっと身体に当たったぐらいですぐ中断しちゃうんで、テンポ
があんまりよくなくて……」

 しゃべっている一同をよそに、トウヤは心中で気合を入れ直す。

(さて、と……)

 トウヤにとってここからは、ある意味訓練以上に真面目な時間となる。
 一度唾を飲み込んで喉を湿らせたトウヤは、さりげなく二人の姉に話しかけた。

「ギン姉シグ姉、メシ食う前に風呂入ろうぜ。汗かいて気持ち悪いし」
「そうだな。一風呂浴びようか」

 風呂好きのシグナムはすぐ同意してくれたが、ギンガはそう簡単にいかなかった。

「けどお昼ご飯冷めちゃうわ。入れるのに時間もかかるし、シャワーでいいんじゃない?」
「入るかもしれないと思ってあたしが入れといた。昼ごはんもディードが作ってったシチューの余りだし
温め直すだけでいいから、入ってこれば?」

 真に都合よく、アギトが合わせてくれた。ギンガもちょっと考えたが、まあ昼風呂もいいわよねと頷い
た。

(アギ姉ナイス!)

 心の中で親指を立てるトウヤ。今度アイスを奢ってあげよう。
 実はトウヤにとって、汗などさしたる問題ではない。
 最も重要なのは、姉との混浴によりどさくさまぎれで乳を触り、あわよくば揉むことにあるなのだ。
 物心つき始めた頃、スバルと入浴して「スバ姉むねおっきい」「触ってみる?」とたまたま話の流れで
遠慮なく姉の胸を揉み、その柔らかさと弾力に無限の感動を覚えて以来、トウヤの脳味噌の一割は常に姉
達の巨乳を揉む機会を作り出す算段をしている。
 ちなみにアギトやリィンやヴィータの胸は、触るどころかまともに直視したことすら無い。トウヤにとっ
て揉めない乳に意味など有りはしないのだ。

 しかし自分ももう七歳。いくら家族だろうが、そろそろおっぱいを触って許される年頃ではなくなって
きつつある。現に先日、いつもどおりのノリでディードの胸を揉んだら頭をはたかれた。
 タイムリミットは近い。チャンスは一度たりとも逃してはならないのだ。

(女だったらいくつになってもスキンシップってことで誤魔化せるのに、不公平だよなぁ)

 風呂場に向かって歩きながら姉達の胸をフリーダムに揉みたおしている母を思い出し、なぜ自分を女に
産んでくれなかったのかと少し両親を恨むトウヤ。
 恨むといえば、もう一人その対象がいる。
 自分も混浴するのがさも当たり前のような面をして隣を歩いている、ハラオウン家の跡取り息子である。
 こいつは一見すると品行方正な良い子だが、その実エロに関する方面に全く抵抗感や羞恥心というもの
が存在していない。
 例えばトウヤがフェイトの裸を見ることがあったら、その巨乳を生で拝めたことに喜びつつも一応顔は
背けるし赤くもなろう。
 しかしクロードは、はやての裸だろうがシグナムの裸だろうが平然と見る。ガン見するようなことこそ
ないが、少なくとも一緒に風呂に入っていて声をかけられたら躊躇なくそっちに顔を向けるぐらいのこと
は平気でやるだろう。というかやってる。
 不審に思ったトウヤは一度訊ねたことがあった。

『お前さあ、うちの姉貴達の裸見て恥ずかしいとか思わないのかよ?』
『そりゃ全く知らない人だったら恥ずかしいよ。けどトウヤの家とうちの家は家族みたいなもんだし』
『いや、家族でも混浴とかしたらちょっとは恥ずかしいもんだろ』
『どこが? 父さんだってよく母さんと一緒に風呂入ってるけど、恥ずかしがってないよ』
『それおかしいぞ!』
『そうかなあ。母さんも僕が一緒に入って身体洗ってあげたら喜ぶけど』
『洗ったって……身体の前も?』
『うん』
『おっぱいもか』
『もちろん』

 当然のように頷いた親友を全力で蹴り飛ばした自分は何も間違っちゃいないと信じている。
 今もクロードはシグナムに、いつも教えてもらっているお礼に背中流しますと言って、シグナムも了承
している。どうせ背中だけでなく前面も洗うのだろう。
 下心無しの完全に天然で言ってるあたりがなおさら性質が悪い。
 クロードを横目で睨みつつ、誰にも聞こえないよう小声で怨嗟を込めて呟いた。

「このエロードが……!」

          ※



「八神提督、書類持って来ました。……あら?」

 クラウディアの提督室に入ったティアナは、珍しい顔に出くわした。
 はやてとしゃべっていた修道士服に赤毛の少女は、片手を挙げて挨拶してくる。

「うぃーッス。久しぶりッスねティアナ」
「ウェンディじゃない。久しぶりね。どうしたの?」
「こないだ頼まれてた資料の届けものッス。あと騎士カリムからのお茶会の招待。ティアナじゃなくて、
八神提督宛てッスけど。……あっ、伝え忘れてたッス。出来たら息子さんもご一緒にどうぞって」
「うん、じゃあトウヤと二人でお邪魔させてもらうわ」

 ウェンディの用件は済んだようだが、立ち去ろうとする気配は無い。はやても椅子に深く腰掛けて雑談
体勢に入っている。
 ティアナも書類の報告は後回しにして、食後の休憩がてらだべることにした。

「しかしカリムもなかなか結婚せえへんな。教会に籠りっぱなしで男の人と出会う機会が少ないからしゃあ
ないっちゃしゃあないねんけど、そろそろ本気で赤信号や」
「騎士カリムって、今年でおいくつでしたっけ?」
「クロノ君の一つ上だから三十四」
「そうだったんですか!? 私より年上なのは知ってましたけど、絶対二十代だと思ってました」
「私が出会った頃からほとんど顔が変わってへんからな。……私の周りは若く見える人ばっかりや。リン
ディさんなんて五十代なのに皺一つないとか、冗談通り越してるで」

 お年をめされた女性の実年齢を口にするのがタブーであるのは常識だが、本人がおらず女同士だとその
手の気遣いは無くなる。

「ロッサに子供が出来たら養子にもらうから跡継ぎの心配はない、って本人は飄々としてるッスね。一説
によると、妻子持ちの男性に本気で恋してるから結婚しないらしいッス」
「その噂ちょこちょこ聞くなぁ。その割に、具体的な相手の名前は全然上がらへんし」
「あたしゲンヤさんとクロノ少将が怪しいって聞いたことあるッスよ」
「はっはっは、おもろい噂やなぁ。…………言ってたの誰や」
「ロッサ」
「今なら三ツ星レストランのフルコースで許す、て伝えといてくれへん?」
「……もし嫌だって言ったらどうなるんスか」
「ご想像にお任せします、て言うとき。ついでに、自分の想像力は乏しかったと思い知ることになるって
ことも。フェイトちゃんも大喜びで参加してくれるやろうし」

 一瞬血も凍るような笑顔を見せたはやてだが、すぐに表情を戻してティアナに話題を振ってきた。

「相手がいない言うたら、ティアナもや」
「私はまだそんな年頃ってわけじゃないですし……」
「油断しとったらあかん。ティアナもすごい若く見える方やけど、女はクリスマスケーキ……って言うて
も分からへんか。とにかく二十四越したらヤバイで」
「はあ……。そういうものですか」

 曖昧に返事するティアナだったが、実は来月に結婚を控えた身である。
 仕事中は付けていないだけで婚約指輪の交換はしているし、先方の妹にはお義姉ちゃんと呼ばれるまで
になっていた。
 なのに何故隠しているのかといえば、周りに弄られるのを避けるためである。
 長期航海中の艦内というのはとかく娯楽に飢えており、特に他人の恋話などというのは格好の話題であ
る。それが艦内クルーだったりすれば、本人をとっ捕まえて根掘り葉掘りとことん訊き出す。
 ティアナがクラウディアに配属された当時の上司など、通信指令ともう一人の執務官補佐の巧みな誘導
尋問の前に、新婚間もない旦那との性生活まで白状させられていた。
 あれの二の舞は避けたい。結婚後は仕方ないにしても、弄られる時間は可能な限り少なくあるべきだ。

(今日は仕事終わったらもうちょっと式の打ち合わせやって、ついでにご飯作っていってあげようかしら。
明日も仕事だけど、なんなら泊まっていっても……)

 ティアナが会話に相槌打ちつつ思案していると、なぜかはやての口元がにやりと歪んだ。
 なんかすごく嫌な予感がしたティアナが身構える暇も無く、はやては口を開く。

「なあウェンディ、ヴァイスっていう人のこと知っとる?」

 いきなり出た婚約者の名前に、ティアナはびくりと肩を震わせる。

「えーと、たしか武装隊の狙撃で有名な人……確か元機動六課だったッスかね? ディエチがちょくちょ
く話してるッスね」
「そう。その人がな、もうすぐ結婚するらしいねんて」
「へえ、本当ッスか?」
「こないだウェディングドレスの下見してたの、たまたま見た人がおるねんて。きっときれいな花嫁さん
が着るんやろうな」

 口はウェンディとしゃべっているが、視線はティアナにしっかり固定されたまま。細められた眼差しに
ティアナの背筋を冷や汗が流れる。
 つまりさっきの話は「今白状するなら黙ってたことは見逃してあげるで」という最終通告だったのだ。

「結婚はうちの教会でやるんスかねー」
「いや、最近はホテルアグスタが人気らしいで。聖王教会とは別の宗教やけどホテルの中に教会作ったら
しいから、そこで式挙げてそのまま披露宴っちゅうのがええとか。なあ、ティアナ?」
「そ、そうらしいですね……」

 予定している式場までばれている。改めて、管理局一の地獄耳と呼ばれている八神はやての片鱗を思い
知らされた。隠しきろうというのが土台無理だったのだ。

「相手は誰やろなぁ。機動六課時代の関係者やったりして。ヘリパイ繋がりでアルトかな?」
「スバルの線とかどうっすかね」
「う〜ん、六課時代もあんまり話してへんかったからな。それやったらうちのシグナムの方がまだ脈ある
で。ティアナはどう思う?」
「え、えっと、わ、私は……」
「別に遠慮しなくていいじゃないッスか。ただの予想なんだから誰に迷惑かかるわけでもないッスし」

 にやにや笑いながらわざとらしい言葉を並べるはやてと、何も知らず促してくるウェンディに、ティア
ナは引きつった笑みを返すしかなかった。


 結局、残らず白状するので許してくださいと土下座するまで執務官いじめは続いた。

          ※



「ごちそうさま。行こうぜクロード」
「うん」

 食事を終えて食器を流しにつけたトウヤは、先に食べ終わっていたクロードと一緒に自分の部屋へ向っ
た。
 訓練をするのは昼食までと決まっている。小さい頃は戦闘訓練なんかよりも遊ぶべし、というのが八神
家の教育方針である。

「チビどもは家の中で遊ぶのか」
「この間父さんが買ってあげたゲームをやるみたい」
「じゃあ、俺は庭やってくる」

 食後の茶を一気に啜ったゲンヤは、腰を上げた。
 庭木の手入れをしているのをトウヤに見られると、好奇心旺盛な息子は自分もやりたいと言い出す。
 七歳の子供に美的センスが備わっていると信じられるほどではないが、息子の頼みを無碍に却下するの
に抵抗を覚える程度に親馬鹿なゲンヤは、息子が部屋に籠るもしくは外出した時を狙って庭弄りをするこ
とにしていた。
 作業着に着替え脚立を背負ったゲンヤは、松の木に向かう。はやての故郷に行った時に見て感銘を受け、
わざわざ手間をかけて植樹したこの木は特にゲンヤのお気に入りである。
 今日は蒸れないよう松葉毟りをしようと木に登ったゲンヤだが、庭の隅っこでごそごそ動いている人影
を見つけ、木を下り足音忍ばせて人影に近づき声をかける。

「なにやってんだカルタス」
「あっ、お義父さん」

 いきなり声をかけられ慌てるカルタスの手には、煙を漂わせている一本の紙巻煙草があった。

「隠れて煙草って、不良学生じゃあるまいし堂々と吸えよ」
「ギンガに見つかるとえらいことになるんで……」
「そんなに怖いのか?」
「怖いです。にこにこ笑いながら『煙草やめてっていうの何回目かしら?』と言うのとか、こないだ夢に
出ました」
「お前ほんと尻に敷かれてるな」

 こういう気概の無いところを目撃してしまうと、娘を託したのは失敗だったかと過去の選択を後悔しそ
うになる。
 もっとも、反対したら駆け落ちしかねないほどギンガが惚れており、今もその想いは続いているような
ので娘の幸せという点では問題ないのだが。

「本数は減っていっているんですが、ゼロにするのがなかなか……」
「俺も昔喫ってたから気持ちは分かるがな。……久しぶりに喫いたくなった。一本くれ」

 カルタスが差し出した煙草の銘柄をゲンヤは知らなかったが、味はゲンヤの好みに合っていた。
 十数年ぶりの煙草は目の奥にツンとくる。ゆっくりくゆらせながら、カルタスを横目で見た。

「ところで急かすようなこと言わせてもらうが、子供はまだか?」
「……まあ、その……頑張ってはいるんですが、こればっかりは半分運なものですから」
「息子に親父と呼ばれる夢は叶ったからな。次は孫におじいちゃんと呼ばれたい」

 ギンガやスバルが子供を産める身体であることは、管理局の検査で分かっている。
 だがスバルの周囲に男っ気は無い。はやての娘と言っていいヴォルケンリッターは子供を作れない。ト
ウヤが嫁をもらうまでまだ十数年はかかるだろう。ディードとノーヴェは、子供というより息子や娘の友
人の色合いが強い。
 となれば、期待するのは目の前の男しかいなかった。

「やっぱり回数こなさなきゃいけないんですかね。…………ところで子供といえばお義父さん」
「なんだ?」

 カルタスは眉毛を下げた微妙に情けない顔で、ぼそりと言った。

「トウヤ君はいつになったら俺のこと、おっちゃんじゃなくてお義兄さんと呼んでくれるんでしょうか……」
「……あの年頃から見りゃ、二十歳過ぎた男は全部おっさんだからなぁ」

 俺とはやてはちゃんとお兄さんと呼ぶように躾けたはずなんだが、とゲンヤは首を捻る。姉達をおばさ
んと呼ぶことがないのも不思議だ。
 あの年にして家庭内の力関係を的確に把握していると言えばそこまでなのだが、さすがにカルタスが最
底辺にいることを口に出して自覚させるのはかわいそうなので黙っておいてやった。

「しかしもうすぐギンガに子供が出来るとするなら、トウヤ君十歳になる前に叔父さんですね」
「これだけ色んな連中が集まって出来た家族なんだ。それぐらい、奇妙でもなんでもねえだろ」
「それもそうですね」
「まあ、子供や義弟に舐められないようがんばれや婿養子」
「はい……」

 苦笑いしながら二人はよく晴れた空を見上げる。
 雲一つない青空に響く声が、玄関の方でした。

「こんにちわー!」

 そういえばいつも一緒にいるチビが一人足りなかったな、とゲンヤは煙草を口から離して呟いた。

          ※



 玄関まで出迎えてくれたのはギンガだった。

「こんにちは。ヴィヴィオちゃん、ユーナちゃん」
「これ、おばあちゃんのお店のシュークリームです。保存魔法はかけてますけど、出来たら今日中に食べ
てください」
「あら、ありがとう。後でおやつに出すわ。ヴィヴィオちゃんも食べて行ったら?」
「すいませんけど、これから仕事があるから。それじゃあユーナ、帰りはチンクさんに送ってもらってね」
「うん」

 姉と別れシュークリームの箱をギンガに手渡すと、ユーナは背負っていたバッグを持ち直してトウヤの
部屋へ向う。昔は迷子になったこともあるぐらい広い八神家だが、何度も遊びに来てすっかり間取りは覚
えている。トウヤの部屋は、二階への階段を上がってすぐ左。
 そっとドアを開けると、中では幼馴染二人が格闘ゲームに熱中していた。

「お前またディレイドバインドかよ!?」
「だってトウヤはいつも一直線にこっち向ってくるから引っ掛けやすいし。……あ、ユーナこんにちは」

 クロードの方が先に気づいてポーズをかけた。

「こんにちはクロード君、トウヤ君」
「ん、いらっしゃい。代わるか?」

 トウヤがコントローラーを差し出してくるが、ユーナは頭を振ってバッグを下ろし中から一冊の本を取
り出した。

「これ、クロード君がパパに頼んでた本」
「わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがとう」
「べ……べつに……その……なんていうか……」

 真正面から笑顔で礼を言うクロードにユーナはちょっとどきりとして、ごにょごにょと自分でも何を言っ
てるか分からない言葉で返事する。

「……あー、俺ちょっとおやつの用意してくるわ」

 何故かそそくさとトウヤが出て行き、部屋はユーナとクロードの二人っきりとなった。

 クロードはベッドに腰掛けて、ユーナが渡した本を真剣に読んでいる。
 ユーナも隣に腰掛けてその横顔、特に眼をそっと盗み見る。フェイトと同じ紅の瞳。父からもらった自
分の緑瞳もきれいな方だと思っているが、クロードの赤には緑にない深みがあって引き込まれるような気
がする。

(…………私とクロード君が結婚して子供が出来たら、ヴィヴィオお姉ちゃんみたいに緑と赤の眼になる
のかな)

 思い浮かんだ未来図を、まだ気が早すぎると頭をぶんぶん振って消す。

(でも……お姉ちゃんはパパとママがいっぱいキスして私が生まれたって言ってたよね。……この間、ク
ロード君とか、か、間接キスしちゃったから、ひょっとしてそれだけでも出来ちゃうかも!? どうしよ
う。赤ちゃんの面倒見ながら学校の宿題しなきゃいけないよぅ。ママ手伝ってくれるかな……?)

 大好きな相手に関する妄想で頭の中がどんどん変な方向に進んでいき混乱状態に陥っているところに、
ひょいとクロードが顔を上げた。
 瞳を正面から見つめられてユーナは反射的に頬を染めるが、クロードは全く気にもせずいつもどおりに
話しかけてくる。

「ごめん、父さんの担当した事件だったからついつい読みふけっちゃった」
「そ、それクロノさんが解決した事件だったの?」
「ほら、ここに名前がある。まだ母さんやなのはさんと出会ってない頃だね」

 クロードが読んでいるのは、管理局が解決した事件の概要を顕した本。本好きのユーナは興味を持って
最初の二ページを読んでみたが、さっぱり分からない単語ばかりだった。

「クロード君は、書いてある意味分かるの?」
「ほとんど分からないよ。今は読めるところ読んでるだけ。ちゃんと読む時は辞書引きながら読んでるけ
ど、それでも一つの事件読むのに一週間はかかるよ」
「……やっぱり、クロノさんとフェイトさんみたいに執務官になりたいから読んでるの?」
「うん、まあ、そうなんだけど」

 言葉を少し濁しながら、クロードは本を閉じて口を開く。

「ちょっと迷ってるんだ。執務官になるんだったら、早目に管理局に入って実地で経験積んだ方がいいら
しいけど、提督を目指すんだったらちゃんと士官学校に入った方がいいって父さんが言っててさ」
「でもクロノさんが両方なったんだよね」
「父さんは別だよ。リーゼさん達は覚えが悪かったって言ってたけど、話聞いたら僕と同じぐらいの時に
は僕の数倍あらゆることが出来たらしいし。僕はどっちか片一方に絞らないと無理なんじゃないかな。どっ
ちにしようか全然決められないけど」

 そう言うクロードだが、将来のことをしっかり考えているだけですごいなぁとユーナは思う。

(クロード君の恋人になろうと思ったら、私ももっとしっかりしないと……)

 ユーナが考える未来など、せいぜいが苦手な社会の宿題の提出日と来週の給食メニューぐらいだ。

「ああ、言い忘れてた。ユーノさんに探してもらってありがとうございますって伝えといて」
「あのね……。これパパやアルフさんじゃなくて、私が検索魔法使って見つけたの」
「へえ、凄いね。もうそんなこと出来るんだ。僕なんかそっちの魔法全然知らないや」

 クロードは純粋に感心してくれているが、検索魔法を実地で使うのは初めてだったうえ無限書庫は広す
ぎて、一冊探すだけでも一時間かかった。もちろんそれについては黙っておく。

「じゃあ改めて言うね。ありがとうユーナ」

 優しい言葉だけでなく、手が伸びてきてユーナの頭に触れようとした。だがその寸前で停止して慌てた
ように引っ込んで行く。
 そういえばフェイトはよくクロードの頭を撫でていたし、クロードもロウに同じことをしている。つい
癖でやろうとしたが、同い年の相手にやるのは失礼だと思い直したらしい。
 だがクロードの手が引っ込む前に、ユーナは咄嗟に頭を動かしていた。手の平の下に、自分の頭頂部を
差し出したのだ。

「…………えっと…………撫でていいの?」

 喉にご飯がつまったみたいに声が出せず、頭を縦に振って意思を伝える。
 反射的に頭を撫でられたいと思ってやったため、一瞬の発作的な感情が止まると顔にどんどん血が上っ
てくるのが自分で分かった。
 だが頭を引っ込めようとユーナは決して思わなかった。
 かなりの迷ってる気配があってから、湯気が出そうなぐらい熱くなっている頭にそっと手の平が置かれ
た。
 高級な花瓶でも拭いているように、おそるおそる手が動く。

「…………髪形、いつもと違うね」

 ようやく気づいたらしい鈍感な幼馴染にもう一度こくりと小さく頷いて、ユーナはまた大好きな人に頭
を撫でられる気持ちよさに浸りきった。



 台所まで下りてきてギンガに教えられたシュークリームの箱を確認したトウヤだが、冷蔵庫から取り出
すことはせず代わりに冷凍庫から自分用のアイスを取り出して食べだした。

 クロードは、ユーナと話し始めたら音速で二人っきりの世界を作り出すスキルを持ってるから困る。
 リンディの代よりハラオウン家に伝えられてきたそのスキルの名は「ハラオウンフィールド」。
 命名者のはやてによると、目にしただけで頭痛が起こり、近寄りすぎると砂を吐いて死んでしまうとい
う恐ろしい技らしい。
 スクライア家にも同様の「スクライアバリアー」なるものがあり、これまたユーナに受け継がれている。
 二人が同時に発動することで引き起こす相乗効果は凄まじく、クロードに懐ききっているロウですら最
近は距離を置いて耳を伏せ、見ざる言わざる聞かざるを決め込んでいるぐらいだ。

(うちにも「八神ゾーン」とかないのかなぁ)

 冷蔵庫にもたれ無いものねだりをしながらスプーンを動かしているうちに、十五分が経った。
 もうぼちぼちいいかと思ったが、念のためトウヤは階段の下まで行って大声で呼んだ。

「クロード、ユーナ! アイスはバニラかチョコレートのどっちがいい!」

 一拍置いて、自分の部屋からどすんごろごろ、とでっかい音がした。なんというか、人間二人がベッド
から転がり落ちたような音だった。

「わ、わ、わ、私どっちでもいいよっ!?」
「……ぼ、僕はバニラで」

 やたら上ずったユーナの声と、いつもよりトーンの上がったクロードの返事を耳にして、フィールド外
のはずなのに激しい頭痛を覚えながらトウヤは深々と溜息をついた。

「俺の部屋を愛の巣に変えるなよバカップル……」



          続く


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目次:8years after
著者:サイヒ

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