[290] Little Lancer 七話 00/10 sage 2008/02/17(日) 03:02:11 ID:IVJ0Iu2v
[291] Little Lancer 七話 01/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:07:42 ID:IVJ0Iu2v
[292] Little Lancer 七話 02/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:08:30 ID:IVJ0Iu2v
[293] Little Lancer 七話 03/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:10:02 ID:IVJ0Iu2v
[294] Little Lancer 七話 04/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:11:35 ID:IVJ0Iu2v
[295] Little Lancer 七話 05/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:14:37 ID:IVJ0Iu2v
[296] Little Lancer 七話 06/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:16:13 ID:IVJ0Iu2v
[297] Little Lancer 七話 06の2/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:16:40 ID:IVJ0Iu2v
[298] Little Lancer 七話 06の2/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:18:38 ID:IVJ0Iu2v
[299] Little Lancer 七話 08/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:20:23 ID:IVJ0Iu2v
[300] Little Lancer 七話 09/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:22:12 ID:IVJ0Iu2v
[301] Little Lancer 七話 10/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:24:48 ID:IVJ0Iu2v
[302] Little Lancer 七話 10の2/10 ◆vyCuygcBYc sage 2008/02/17(日) 03:25:45 ID:IVJ0Iu2v

 底の知れない、虚数空間の闇が口を開いて待ち構えている。
 正しく奈落の口その物である裂け目は、猫の瞳の煌きのように妖しい光を放ちながら、来るもの総てを飲み込もうとする。
 覗き込んだだけで、余りのおぞましさに総毛立った。
 目を背けようとしても、余りの威圧感に目を逸らすことすらできない、無限の孔―――

 その裂け目に、一人の少年が落下していく。
 一番の友人であり、最高のパートナーでもあった少年が、堕ちていく。
 全身が襤褸雑巾のようになり、胸にナイフを突き立てた少年が、千尋の谷底に落下して行く。
 その少年は、全身が切り刻まれながらも、底すらない闇に飲み込まれながらも。
 ―――笑っていた。
 もう、思い残すことなど無いというような、綺麗な笑みを浮かべていた。
 少年は堕ちていく。
 自分を置き去りにして堕ちていく。
 思わず手を伸ばした。
 堕ちていく少年の手を掴もうと、何時ものようにその手を握ろうと、必死に手を伸ばした。
 そして、今当にその手を掴もうとした瞬間、気がついた。
 ―――掴もうとした少年の左手が、切り落とされていることに。

 少年は落ちて行った。
 どこまでも堕ちて行った。
 ……自分を置いて、満足げな笑顔を浮かべてどこまでも―――



 キャロ・ル・ルシエはがばりとベッドの中で上体を起した。
 ―――また、あの、夢。もう何度目になるかも判らない、夢。
 最近では、泣き叫んで飛び起きてルームメイトに迷惑を掛ける事も少なくなった。
 ……それにしても、と少女は思う。
 自分が落ちて行く瞬間を見たのはあのクアットロの筈なのに、何故こんなにも鮮明に少年が落ちて行く瞬間を覚えているのだろう、と。

 少女は緩慢な動きで二段ベッドを降りた。
 ベッドの下段では、スリップ一枚のルーテシアが天使の寝顔を浮かべ、体を丸めて眠っている。
 この寝顔を撮影してロングアーチの男性陣に売れば幾らになるだろう?
 ふいにそんな事を考えた。―――勿論そんな真似はしないけど。
 低血圧で寝起きの悪い友人をゆさゆさと揺り起こす。

「ルーちゃん、ほら、朝だよ、起きる時間だよ……」

 ん〜、と眉の間に皺を寄せて、ルーテシアがシーツの中の潜り込む。
 キャロはシーツを気合一発剥ぎ取って、ルーテシアの頬を引っ張った。
 ルーテシアはむ〜、と不満の声を上げながら、渋々目を覚ました。

「……ん、キャロ、おはよー」
「はい、ルーちゃんおはよう! 今日の朝練はなのはさんが来るんだよ! 気合入れて行こ!」

 ルーテシアは寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がる。
 キャロは手早くインスタントコーヒーを注いでルーテシアに手渡した。

「……ありがと」
「ほら、ルーちゃんまた髪跳ねてる」

 熱いコーヒーを冷ましながら飲むルーテシアと、楽しそうにその髪を梳くキャロの姿は仲の良い姉妹そのものだ。
 外見に限った話なら、ルーテシアの方が遥かに年長なのだが、キャロは自分が一つ年上なのを理由に姉役を主張して譲らない。
 ―――ルーテシアと比較して自身の容姿が幼い点でコンプレックスがあるので、せめてお姉さんぶりたいのだろう。
 周囲からはそんな生暖かい目で見られ、余計に子供扱いされる原因となっていることをキャロは知らない。
 勿論キャロにそんなつもりは無く、根っからの善意と友愛で行っているのだが、当分誤解は解けないだろう。
 ……ちなみに、キャロがルーテシアに対して、容姿の点で多少のコンプレックスを持っている、というのは本当であることを追記しておく。

「今日は、いい勝負が出来るといいね!」
「……うん、キャロはいつも、空中機動ですぐにスタミナを使い果たすから、フリードから離れるタイミングを考える方がいいよ」
「あはは、ルーちゃんには敵わないな」

 キャロは照れくさそうに頭を掻く。
 既に六課のフォワードメンバーはAAAランクまでを修得し、一人前の魔導師として自立している。
 なのはやヴィータは普段は外部への教導に貸し出されており、訓練は普段、仲間内での自主トレーニングとなっている。
 今日は、週に一度のなのはの教導の日。
 フォワードメンバーにとって、昔は辛くて堪らない事もあったなのはの教導だが、自身がレベルアップするにつれ、自分達がどれだけ優れた教導を受けていたかを知った。
 今は、フォワードメンバー一同、待ち遠しくなのはの教導を待っている。

「ありがとう、今日も、コーヒー美味しかった」

 ルーテシアは同姓のキャロでも見蕩れるような笑みを浮かべてカップを返した。
 性格容姿、共に正反対に見える二人だが、今では大の親友同士だ。
 ―――こうして、今日も機動六課の一日が始まる。



『Little Lancer 七話』



『Barret V and RF.』

 なのはの空中機動を阻害するように、魔力誘導弾がばら撒かれた。
 ティアナの得意とする中距離誘導射撃魔法、クロスファイアシュート。
 まだ新人だった頃には、16個の魔力弾を制御できずに仲間を誤射しかけた苦い過去もあるが、今では威力・精度共に桁違いである。
 30個近くの魔力弾丸が高速で、且その一つ一つが獲物を狙う蛇のような動きでなのはを追ってくる。

『Axel Shooter.』

 なのはは自身のアクセルシュータで迎撃するが、何分数が多い。
 ティアナの操作する魔力弾はその数、威力が向上しているだけでは無かった。
 操作センス自体が抜群に上手い。
 避けようする軌道、撃ち落そうとするタイミング、総て先読みして魔力弾を配置する。
 なのはは、自身が相手の誘導に従っていることを知りながら、そこから抜け出すことが出来なかった。
 自身の周囲には、ルーテシアの召喚虫であるインゼクトがちらちらと舞っている。
 これが、何らかの情報収集を行い、ルーテシアが念話で仲間に報告を行っているのだろう。
 解ってはいるのだが、矢張り抜け出すことは出来ない。
 インゼクトを振り払おうとすれば即座に魔力弾の餌食だ。

 抜け出せるタイミングが有るとするなら―――

『Sonic Move.』

 背後から、高速でストラーダを構えたキャロが突撃してくる。
 完全に死角からの奇襲。速度、威力、共に申し分無し。
 近接戦闘を苦手とする砲撃魔導師、高町なのはを倒すには最高の戦法だ。
 正しく、100点満点の回答。
 なのはは、生徒達の成長ぶりに堪えきれない笑みを漏らす。
 彼女は予期していた。
 自分の生徒達なら、100点満点の回答を導き出すだろうと。
 必ずこの位置まで誘導したなら、このタイミングで奇襲をかけてくるだろうと―――

『Short Buster.』

 完全なる死角からの奇襲を紙一重で回避し、至近距離からの射撃で撃墜―――

『protection.』

 ―――出来なかった。
 キャロはなんとか一撃を防御し、ストラーダのフルバーストで危険範囲からの離脱を果たした。
 
 ―――本当に、上達していた。

 四人は尚も攻勢を緩めない。
 ウイングロードがなのはに向かって延び、その上をマッハキャリバーのギア・サードで高速接近する影が有る。
 言うまでも無くスバルだが、問題なのはそれが三人で有るという事。
 無論、内二人は幻影だ。
 ティアナの幻影は、マッハキャリバーのウイングロードまで再現できる程上達している。
 そしてまた、スバルの速度も以前とは比較にならない。

 だが、それでも対応はできる。
 三人のスバルはウイングロードを螺旋のように絡ませながら迫る。
 その中の二体の射線が一致した瞬間を狙って砲撃を放つ。
 ビンゴならそれで良し、外れても相手が特定できる―――

『Divine Buster.』
 
 撃った瞬間になのはは感づいた。
 あの二体は最初から囮、いくら上達したティアナと言えどこんな大規模な幻影を長期持続できる筈が無い。
 最初から無駄撃ちをさせるつもりで―――
 驚愕した瞬間には、既にスバルが肉薄していた。
 
「ナックル―――ダスタァァーーッ」

 撃ち込まれる鉄の拳。

『Barrier Burst.』

 それを攻勢防御で迎撃する。拳とバリアが軋みを上げる。

「……トーデス・ドルヒ」
 
 スバルと鍔競り合っている隙に、上空からフリードリヒに騎乗していたルーテシアが着弾爆裂魔法を雨霰と降らす。
 
『Oval Protection.』

 それを防御した瞬間、離脱していた筈のキャロが突撃していた。
 だが、ここまでは予想の範囲内―――

『protection.』

 攻撃軌道を先読みし、防御を展開する。

「――――――?」
 
 だが、待ち構えていた衝撃は無い。
 代わりに、呪文の詠唱が聞こえた。

「―――猛きその身に、力を与える祈りの光を」

 キャロのケリュケイオンが光を放つ、同時にスバルのリボルバーナックルが唸りを上げて回転数を増した。
 攻撃ではなく、スバルの補助の為の撹乱だったのだ。
 四人は、なのはが先読みするであろう事を、先読みしていた。

「往きますっ! 全力全開ッ! 振動拳!!」

 光を放つ拳が撃ち込まれる。
 なのはのバリアを貫通した一撃は、見事になのはを撃墜した。



「やられちゃった。みんな今回も凄い上達。もう、一人じゃ四人相手はとっても出来ないな」

 なのはは嬉しそうにそう告げた。
 四人は、勝利の余韻など味わおうともせず、次なる目標を述べる。

「いえ、まだまだです! あたし達は四人束にならないとなのはさんには敵いませんから、次は三対一でも勝てるように頑張ります!」
「う〜ん、この様子ならきっと三対一でも大丈夫だよ。夢は大きく、二対一、一対一を目指さなきゃ」
「はいっ!!!」

 一同は、なのはの優しくも手厳しい言葉に威勢よく返事をした。
 これが、現時点の六課フォワードメンバーの実力である。


     ◆


 シフトの空き時間に、キャロはアルトとルキノの給湯室での茶会に参加することがある。
 JS事件の後落ち込んでいたキャロを励ます為に、はやてが人当たりの良いに二人に口添えしてくれていたのが、元々の始まりだったと知ったのは随分後になってからの話である。
 キャロは素直に好意を受け取り、アルトやルキノ、時にシャーリーも交えて給湯室での一時の休息を楽しむようになった。
 この小さな茶会は、キャロの世間ズレした部分を随分改善させることにもなった。
 10歳から13歳という思春期の多感な時期、二人はキャロにとっての良き相談相手となり、キャロも二人に妹分として可愛がられた。
 一方、ルーテシアは給湯室ではなく、寮母室で母メガーヌ、アイナ、ガリューらとのティータイムを楽しんでいるようだ。
 寮母室との茶会は世間ズレしたメンバーが集まっているのか、寮母らが全身外骨格のガリューとテーブルを囲む姿を見て驚く者も多い。
 ルーテシアのマイペースは直る見込みは無いだろうと、六課では悲観論が一般的だ。
 尤も、それを喜ぶ男性隊員も多いのだが。

「こんにちはっ」

 今日もキャロは給湯室にひょっこりと顔を出した。

「お疲れ様! 今日はなのはさんとの模擬戦の日だったんでしょ? どうだった?」
「はい、なんとか今日は四人で一本取ることが出来ました!」
「へぇ〜っ、凄いじゃない、あのなのはさんから勝ち星を取るなんて」
「いえ、四人掛かりで何とか一本なんで、わたし達はまだまだです」
「ううん、そんなこと無い、普通の魔導師じゃ百人束になったって、なのはさんに掠りも出来ないんだから、四人で一本なら上出来よ」
「そうそう」

 アイナはキャロの頭を撫で、ルキノはキャロのカップに紅茶を注ぐ。
 とりとめの無い会話が始まる。
 近頃の天気の話、近くに出来た新しい料理屋の話、海と陸との兼ね合いの話、何処かの誰かの噂話―――
 これも、平穏な日常の一部である。
 キャロは時に頷き、相槌などを打ちながらその会話を聞いていた。
 そして、ルキノがその話題を持ち出した。

「それにしても、最近、六課の中でもカップルが増えたよね〜」

 アルトがジト目を向ける。

「ルキノ、あんた最近浮かれてるよね〜 ふふ〜ん、やっぱり念願叶ってグリフィスさんとラブラブになれて、幸せ真っ盛りだからね〜」
「ち、違うよ、ただ本当に最近六課の中のカップルが増えたみたいだから……まあ、幸せなのは本当だけど」

 ルキノは頬に紅葉を散らして顔を抑える。
 アルトはやってられないとばかりに手を振って揶揄した。

「あ〜、熱い熱い。どうして奥手のルキノに彼氏ができて、あたしは何時までも独り身なんでしょうかね〜」

 頬杖を着いて愚痴りながら煎餅を齧る。

「そんなこと無いよ、あたしもグリフィスさんに告白できるまでに三年もちゃったし……アルトなら直ぐにいい人見つかるよ」
「はいはい。勝者は余裕があっていいですね〜」

 ルキノはばたばた手を振って弁解するも、アルトは耳を傾けない。
 キャロは少し気になって尋ねた。

「あの……六課の間でお付き合いしてる人って、そんなに多いんですか?」
「うん、多いよ〜。って言うか、もう四年近く継続してやってる部隊なんだから、内部でカップルが増えるのは当然の話よ。
 ん〜と、キャロも知ってると思うけど、見ての通りコイツとグリフィスさん、それにティアナとヴァイス陸曹―――」
「ええええっ! ティアナさんってヴァイス陸曹とお付き合いされてたんですかっ!?」
「……一年も前から付き合ってたのに、気付かなかったんだ……」

 アルトが呆然と呟く。

「……まあ、いいか。外部の人とお付き合いしてる人も多いけどね。有名なとこじゃ、なのはさんとユーノ先生―――」

 再び驚愕の声を上げるキャロを無視して話を続ける。

「あと、八神隊長と本局のアコース査察官もかなりアヤシイって話ね……って、キャロ、本当に全部知らなかったのね」

 口をぱくぱくさせているキャロに憐れみの目を向けて、アルトはその掌にそっと飴玉を載せた。
 
「んで、ルキノ、こないだのグリフィスさんとの初デートは何処に行ったのよ?」
「ええとね……
 まず、サードアヴェニューまで出て市街地をちょっぴりお散歩して―――
 それからチルダデパートまで行って、あ、特に何も買わなかったんだけど、色々見れて楽しかったよ!
 それからこないだのパスタの店で昼食にして、それから映画見に行って……あ、見たのは『世界の中心で〜』ね。
 最後に海岸で夕日を眺めて帰ったの〜」

 ぽお〜っ、と頬を押さえて幸せそうにデートの体験を語るルキノと、頭を抑えてそれを聞くアルト。

「ああああっ、あんたはあんたでっ! あんた一体幾つよ? 何で念願の初デートがそんな中学生の健全なデートコースなの!?」
「ええっ!? だってシャーリー先輩に聞いたら初デートはこれが一番だって……それにとっても楽しかったんだよ?」
「シャーリー先輩もあんたをからかって言ったに決まってるじゃん?
 まさかあんたが本気で行くとは思ってないわよ! グリフィスさんにエスコートしてもらったりしなかったの!?」
「ええと、シャーリー先輩に聞いたのをメモして、グリフィスさんに見せたら何だか苦笑いして、
 『じゃあ、今日はこのコースで行こうか?』 ……って」
「この馬鹿馬鹿馬鹿! 大人のデートなら指輪の一つでも買ってもらって、夕日なんて眺めずにホテルに直行なさい!」
「ちょ、アルト、ホテルって……」

 キャロはティーカップを置いて、席を立った。

「アルトさん、ルキノさん、ごちそうさまでした。今日も面白いお話いっぱい聞けて楽しかったです。ありがとうございました」

 にっこり笑んで去っていくキャロに、二人は顔を見合わせた。

「……アルトがホテルなんて言うから」
「あちゃ、ちょっとキャロには刺激の強い話をしすぎたかな?」
「でも、キャロ、何だか凄く寂しそうな顔してたね……」
「うん、キャロってやっぱり、まだ―――」
「当たり前だよ、あんなの―――忘れられる、筈が無いよ」

 二人は急に醒めてしまった雰囲気に嘆息して、随分冷めたくなった紅茶に口を着けた。


     ◆


 デバイスマイスターのシャリオ・フィニーノは馴染みの来客をにこやかに迎え入れた。
 
「お疲れ様、キャロちゃん。今日もストラーダの点検ね」
「はい、今日も宜しくお願いします」

 キャロの用いているストラーダは、現在六課の中で最も消耗の速いデバイスだった。
 専用デバイスを本来の持ち主以外が使用し、凄まじい頻度でシグナムとの稽古に用いられているので、当然と言えば当然である。
 シャーリーは滑らかな手つきでストラーダのチェックを開始する。
 その鮮やかな手並みはデバイスマイスターの名に恥じない熟練の業だ。
 流れていく内部データを眺めながら、キャロは独立しているストラーダのメモ機能を呼び出した。
 書き込みは三年前で止まっている。
 キャロはその一部分をじっと見つめた。

「……どうしたの? キャロちゃん」

 キャロは返答代わりにその部分を読み上げた。

「レールウェイでサードアヴェニューまで出て市街地を二人で散歩―――
 デパートでウインドウショッピングや会話等を楽しんで―――
 食事はなるべく雰囲気が良くて会話が弾みそうな場所で―――
 映画を見て、夕方海岸で夕日を眺める―――」
「あら、それ……」

 シャーリーは、少し寂しそうに顔を曇らせた。

「はい、三年前の最初の休日の時に、シャーリーさんに作って頂いたお出かけの予定です」
「……懐かしいわね」
「……はい」
 
 キャロは本当に懐かしそうに遠い目をする。

「あの日は結局、途中で任務が入って、この一番最初、サードアヴェニューに出るとこまでしか行けなかったんですけど―――
 約束、してたんです。きっと、もう一度二人で頑張って、このメニューに挑戦してみようって……」

 言葉を失うシャーリーに、キャロは尚も続けた。

「これ、デートコースだったんですね……
 今日、やっと、知りました」

 キャロはシャーリーに頭を下げる。

「シャーリーさん、随分遅くなっちゃいましたが……ありがとうございました。
 シャーリーさんの作ってくれた予定のお陰で、ちょっとだけでしたが、エリオ君と、楽しい休日が過ごせました」

 答えられないシャーリーに、キャロは次なる用件を告げる。
 
「それから、ストラーダの件でお願いがあるのですが―――」


      ◆


 医務室に訪れるのは、何も怪我や病気をした者ばかりではない。
 カウンセラーの資格を持つシャマルの元には、メンタル面の不安や悩みを抱えた隊員が訪れることも多い。 
 その日のシャマルは医務室で退屈を持て余していた。
 医者が退屈なこと程良い事は無い。
 シャマルは喜んでその退屈を受け入れ、カリントウを摘みながら緑茶を楽しんでいた。
 そんな昼の一時、見知った少女が医務室を訪れた。

「あら、キャロ、こんにちは。今日はどうしたの?」

 シャマルはJS事件後、心に大きな傷を負ってしまったキャロのカウンセリングを担当していた。
 事件直後は、事有るごとに俯いて泣き出すキャロを相手に、様々な話をしたものである。 
 キャロには様々な相談も受けたし、初潮の時には手取り足取り性教育を行ったりもした。
 最近はシグナムとの稽古でボロボロになって医務室を訪れることはあっても、メンタル面の相談で訪れることは無かったのだが。
 面持ちを見て一目で解った。
 今日は久々の悩みの相談らしい。

「あの、シャマル先生、ちょっと相談に乗って頂きたいことがあるんです―――」
「はい、なんでもどうぞ。さあ、座って。今お茶入れるから」
「あ、お茶は給湯室で頂いたので結構です―――それで、相談なんですが……」

 キャロは言い難そうに口を噤む。
 シャマルはキャロの緊張を解きほぐそうと手を握った。

「いつも通り、ゆっくりでいいのよ。キャロが言いたくなった事から、ゆっくり聞かせて頂戴」

 キャロの煩悶は手に取るように解る。
 シャマルは今回も時間が掛かるだろうと思ったが、キャロは決然とした表情で顔を上げた。

「あの……わたし、好きな人が、できたんです」

 十三歳の少女らしい、微笑ましい思春期の悩みだった。
 シャマルは思わず顔を綻ばした。

「そう! キャロももうそんなお年頃なのね。
 好きな男の子ができるなんて、素敵なことよ」

 持ち前の好奇心から、誰? と聞きたくなるのをぐっと堪えてキャロの言葉を待つ。
 相談に来るからには、それ相応の悩みがあるのだろう。
 相手との年齢差だとか、既に相手が恋人持ちだったとか。
 何にせよ、キャロに好きな男性が出来たというのは好ましい変化だ。
 キャロが何処までも死んだエリオに固執していたのは、周知の事実だ。
 別の男性を思うことができるようになれば、きっと心に刻まれた傷を癒すのに役立つ筈―――
 そんなシャマルの淡い期待は、次の一言で脆くも崩された。

「それが、好きになったのが、エリオ君、なんです……」
「は?」

 シャマルは思わず間抜けな声を漏らした。まさかこの子は―――

「エリオ君は、ずっとわたしの最高のお友達でした。パートナーでした。それでいて、お兄ちゃんみたいな人で……
 わたし、ずっとずっとエリオ君の事が大好きだったんです。
 でも、それは仲良しの好きで―――
 でも今日、昔エリオ君と遊びに行った時の予定が、カップルの人が行くデートコースだと知って、気付いちゃったんです……
 わたし、エリオ君の事が男の子として好きなんだって―――」

 ―――なんて事。キャロの傷は、なんて、深い。
 シャマルは、どう答えればいいかを必死に思案するも、妙案は出ない。
 キャロはさめざめと涙を流す。

「わたし、馬鹿ですよね。エリオ君、もういないのに。
 今更好きになっちゃっても、どうしようも無いのに。
 ―――でも、好きになっちゃったんです」

 シャマルは、慰める言葉を持たなかった。


     ◆


 その日も、キャロとシグナムの稽古は繰り返された。
 男物のバリアジャケットを着込んだ少女が槍で突き懸かり、長身の女剣士がそれを受け止める。
 飢狼の勢いでキャロはシグナムに懸かり、それをシグナムが払い飛ばす。
 もう、幾度繰り返されたかも解らない順当な手筋だ。
 技量の差は歴然であり、趨勢は傍目にも明らかなのだが、シグナムは決してキャロを一撃で叩き伏せようとはしない。
 吐き出すだけのものを吐き出させてから、止めとして叩き伏せるのである。
 だが、今日のキャロはどこか様子が違った。
 何時も通り捨て身の攻撃を繰り出し続けるのだが、この日は何かが違った。
 普段は持てる技の総てを駆使して勝負を仕掛けるのだが、今日は何かもう一つ、奥の手を隠しているような―――

 面白い、とシグナムは思った。
 キャロとの稽古はキャロの精神の均衡を保つ為に始めたものだった。
 キャロの上達を見るのは楽しいものの、勝負自体はバトルマニアのシグナムを満足させ得るものでは無かった。
 久々に楽しめそうだと舌舐め擦りをする。
 これが真に窮鼠猫を噛む一撃なら、キャロにとっても自分にとっても、これ程素晴らしい事は無い。
 
 シグナムは徐々に攻勢へと転じる。
 剣と槍が虚空に綾目を描いて火花を散らす。
 熾烈な鬩ぎあいが続くが、シグナムにとってはまだまだ前座も同然だ。
 真に追い詰めなければ、キャロは隠し持つ奥の手を見せないだろう。
 シグナムはその細緻にして玄妙な剣刺で、キャロを圧倒していく。
 斯くして、キャロはその隠し持っていた切り札を発動させた。
 息を荒げながらも、その双眸に宿る輝きは微塵も衰えない。
 全身を撓めて槍に魔力を注ぐ。
 彼女の隠し持った切り札とは―――

『Unwetterform.』

 まさか、とシグナムは思った。
 それは、シグナムのあらゆる予想を凌駕していた。
 ストラーダの第三形態、ウンヴェッターフォルムは、魔力の電気変換資質を持ったエリオだからこそ使えた形態だ。
 キャロには発動させることすら出来なかった筈だ。
 まさか、キャロが。

「サンダーレイジ!!!」

 紫電の雷撃が奔る。
 シグナムは愛剣をアース代わりに突き立て、宙へと身を躍らせた。
 
 まさか、キャロが。
 まさか、キャロが、こんなにも愚かしいことをするなんて―――

 そのまま、魔力を籠めた拳でキャロの頬を殴り倒した。
 
 声もなく地面に倒れ臥したキャロを、シグナムは怒りに燃える瞳で見下ろした。

「キャロ、お前は、自分がどんなに愚かしい行為をしたか、解っているんだろう?」
「……はい」
「ストラーダの第三形態は魔力の電気変換資質を持つものの為の形態だ。
 それをお前が使用したということは―――お前が、密かに魔力の電気変換を訓練したからに他ならない。
 確かに、主はやての使用する氷結魔術など、魔力変換の技術を得ることによって得られるものも多い。
 だが、お前は、ストラーダの第三形態を発動させる為だけに電気変換を使用した!
 そんなことをしても、唯の魔力のロスでしかない。
 態々手間隙掛けて電気変化を行うなら、そのまま第二形態に直接注ぎ込んだ方がよほどマシというもの!
 そんな自明なこと、魔力強化を専門に学んだお前が知らないとは言わせんぞ」

 シグナムは、猛っていた。
 キャロは震えながらも言葉を紡ぐ。

「それでも、わたし、エリオ君みたいになりたかったんです―――
 エリオ君みたいな騎士に―――」

 キャロは、今まで見せたことも無いような昏い瞳で唇を噛む。
 そして、キャロはこの三年間のシグナムの稽古で一度も漏らさなかった弱音を―――遂に、吐いた。

「シグナムさん、わたし、本当に、……エリオ君みたいな騎士になれるんでしょうか?」

 シグナムは、その泣訴を一蹴した。

「成れるわけ、ないだろう」

 キャロの表情が凍りつく。
 シグナムは氷のような玲瓏な眼牟でキャロを見つめながら尚も続ける。

「そもそもキャロ、お前が目指しているものが変わって来ていないか?
 キャロ、お前はエリオの墓前でこう誓った。確かにこう言った。
 『エリオの成りたかった騎士になる』と。
 だが、今のお前はこう言ったぞ。『エリオのような騎士になりたい』と。
 何時からお前の目標は其処まで低くなった?
 遥かに高みを目指していたエリオに、エリオを目指しているお前が並べる筈無いだろう?」
「あ……」

 その言葉は、キャロの心の一番奥深い部分を抉った。
 シグナムはキャロの苦衷を知りながらも言葉を止めようとしない。

「それにキャロ、お前は、エリオを目指してすらいない」
「……え?」

 その次の言葉は、この一日でボロボロになっていたキャロの心を粉砕した。

「キャロ、 お前がわざわざ男物のエリオのバリアジャケットを身に纏うのは何故だ?
 自身に才が無いを知りつつもエリオの槍を揮うのは何故だ?
 無駄だと解っていながらストラーダの第三形態を使用したのは何故だ?
 キャロ、自分でも解らないなら教えてやろう。

 キャロ、お前はエリオのように成りたいなんて、心の底じゃ思っていやしない。
 その身にエリオの遺品を纏い、エリオの真似をすることで―――
 ―――エリオに守って欲しいだけなんだ」

「―――――――――」

 キャロは、もう、涙を流さなかった。
 漫ろな視線は、ただ空漠を捉えていた。

 シグナムは踵を返す。その頬には、滂沱の涙が流れていた。

『この世には、正しさでは救い上げることができないものも有る』

 いつかの、自身の言葉である。
 このキャロとの手合わせが、間違った行為であることは最初から知っていた。
 だが、そうでもしなければ一息の呼吸すらできないようなキャロを救うには、こうでもするしか無かったのだ。
 ただ問題を先延ばしにするだけと知りつつ、立ち直ることを願って続けるしかなかった。
 だが、これも限度だ。
 結局、キャロはエリオへの依存から自身を解放することが出来なかった。
 いや、この三年間で依存は余計に深まった。
 これ以上続ければ、キャロはエリオの真似をするだけの生きる屍となる。
 
「―――くっ!」

 シグナムは、愛剣レヴァンティンを地に叩き付けた。
 結局、この三年間の手合わせは、キャロを救う何の手助けにもなりはしなかったのだ。
 少女一人救えずに、何がベルカの騎士か―――
 シグナムは、自身の剣の無力さに絶望を味わった。

「エリオ、私は、どうすればいいのだろうな?」

 差し当たっては、テスタロッサに詫びなければ。
 そう思い直して、シグナムは歩き出した。―――フェイトの悲しむ顔を見なければ成らないのが、辛かった。



 キャロは地に膝を着いたまま、がらんどうの瞳で宙を見つめていた。
 いつまでも見つめていた。
 少女の口から漏れた言葉はただ一言。

「……助けて、エリオ君―――」


     ◆


 銃声が木霊する倉庫街に、銀のライダーが駆け抜けた。
 小型のバイクに跨り、フルフェイスヘルメットを被った彼は、銃弾飛び交う倉庫街を無人の野のように駆け抜ける。
 彼の小型バイクのエンジンタンクには、奇妙なものが取り付けられていた。
 ランス、である。
 中世ヨーロッパの騎士が用いた馬上槍だが、今日日、そんなものをバイクのエンジンタンクに備え付けるなど、時代錯誤を超えて何かの冗談としか考えられない。

 だが、彼はそのランスの一振りで、三人のガンナーを失神させた。
 倉庫街の彼方此方に潜む黒服の男達は、拳銃を手にして時代錯誤の乱心者を蜂の巣にしようと待ち構える。
 だが、狙えど撃てど、その銃弾は銀のライダーには掠りもしない。
 それどころか、忽ちの内に肉薄され、一人、また一人、ランスという時代錯誤甚だしい武器で薙ぎ倒されていく。
 バイクに跨るライダーは、決して体格に恵まれてはいない。
 だが、騎乗するバイクの突進力を槍先に載せて、一撃で人間を昏倒させ得る威力を生み出すのである。

「狙え、囲んで狙えっ!」

 黒服達のリーダー格と思わしき男が部下を叱責する。
 だがその命令は的確であり、銃口はライダーを囲み、一斉に火を噴いた。
 それすらもライダーは頓着しなかった。
 体をバイクから大きく乗り出し、ハングオンの体制で地面すれすれまで車体を傾けて旋回したのだ。
 遥か頭上を空しく弾丸が通り過ぎていく。

 ライダーはそのままタイヤを滑らせて黒服達の下へと突撃した。
 相手に驚愕させる暇すら与えず、リーダー格の男をランスで叩き伏せる。
 周囲の黒服が一斉に銃口を向けるも、ライダーはバイクを大きくウイリーさせて、駐車してあった付近の車のボンネットへと飛び乗った。
 そのまま車体を伝って死角へと逃げ込む。 
 黒服達はそれを追って無意味な発砲を繰り返す。
 ライダーは途切れ無く降り注ぐ弾雨を、予め全てその方向を予想しているかのように避け続ける。

 発砲を繰り返していた黒服の男は、何時の間にか自分が唯の一人になっている事に気付いた。
 あの小さなライダーを追っていた筈が何故?
 振り返ると、そこに黒衣の男が立っていた。
 東洋人らしい顔立ち。
 その手には小太刀二刀が握られている。
 黒服の男は漸く気付いた。
 あの奇天烈な武器を持ったライダーは削りと囮に過ぎなかったのだ。
 他の仲間は全てこの男に―――
 そこで、男の意識は断裂した。

 最後の一人の意識が途絶えた瞬間、車のボンネットから人影か踊り出た。
 容姿は周囲に倒れている黒衣の男達と同様。
 たがその瞳は機械のように冷たい。
 男は、その腕から刃を取り出した。
 文字通り、腕の内部から刃が飛び出したのである。
 男は、獲物に飛び掛る蜘蛛のような動きで、小太刀を手にした黒衣の男に飛び掛った。
 明らかに、人間には有り得ない動きだった。
 男は人外の速度で黒衣の男を百殺せんと刃を煌かせる。
 だが、黒衣の男は、それを磨き抜かれた人の技術で全て受け流した。 
 人間に、斯くも美しくも残酷な剣技が可能なのかと思わせる超常の絶技だった。
 男はそれにすら表情を変えず、他に動きを知らない機械のように刃を叩き着ける。
 黒衣の男は、それを物憂げに受けながしながら、一言。

「やれ」

 と漏らした。
 瞬間、背後から男の胸を銀のランスが貫いた。
 男は文字通り、機械の如く動きを止める。貫かれた胸から歯車が零れ落ちる。

 ライダーはフルフェイスヘルメットを外して汗を拭う。
 小柄な青年と思われていた彼は、その実、まだ瞳に幼さを残す赤毛の少年だった。


     ◆


 ―――そして、機動六課の平穏な日々が終わる。



 機動六課部隊長、八神はやての元に一人の隊員が駆け込んできた。
 
「八神部隊長! ジュエルシードによる解析検証、終了しました!
 これで、件の逃亡した戦闘機人の追跡が可能となりました!」

 はやては椅子を蹴って立ち上がった。

「でかしたで! それで、あの眼鏡女は一体何処に逃げんや!?」

 はやては、胸の高鳴りを抑えられずに部下に詰め寄る。
 だが、その隊員は答え難そうな顔をした。

「どないしたんや? 見せてみい」
「そ、その……」
 
 はやては有無を言わさず、隊員の手から資料を奪い取った。
 そして目を通した瞬間―――顔色を変えた。
 彼女はふらふらと、椅子に腰を落として嘆息した。
 そのまま、両手で顔を覆って、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン両隊長を呼ぶように部下に命じた。



「まさか、 第97管理外世界とはね……」
「うん、一番来て欲しくない所に、わたし達の世界に来ちゃったんだね……」
「あの性悪女、何処まで手を掛けさせやがるつもりや……」

 三人の心の思う所は一つだった。

「すぐに、私達の世界に戻ろうよ! 
 わたし達の世界なら、スカリエッティも勢力を拡大出来ない筈だから、また悪さを始めないうちに捕まえようよ!」
「なのはの言う通りね。これ以上あんな思いをさせる人を出してはいけない。スカリエッティは―――必ず捕える」
「ああ、二人の意見に賛成や。今のスカリエッティはガジェットドローンを生産する施設も、戦闘機人を生み出す技術基盤も無い、唯の一人の魔導師や。
 今の六課の戦力なら、簡単に捕まえられる。フォワードメンバーで出陣や」

 三人は手を重ねる。
 遂に、時が来たのだ。
 三年前の無念を晴らす時が。
 三人は一様に、歓喜とも悲哀ともつかない表情を浮かべていた。
 終わらせるのだ。今度こそ。共にその思いを胸に立ち上がる。
 
「早速わたしが、アリサちゃんと、すずかちゃんにメールを送っとくよ。また転送ポートにお庭貸してもらわないと」
「そやな。宜しく頼むで」

 なのはは、自身の出身世界の親友である、アリサ・バニングスと月村すずかに次元間通信を用いてメールを送ろうとコンソールに向かい―――
 ふと、違和感に気付いた。
 通信主任のシャーリーにその違和感を打ち明ける。

「え? 送信した筈のないメール履歴がある? なのはさんの世界のお友達に向けて、ですか? 妙ですねえ?
 六課の通信担当は皆優秀ですから、バグなんてそうそう起こらない筈なんですけど―――」

 シャーリーはそう言いながら、嬉々として解析を始めた。
 なのははシャーリーの通信士の腕を知っていたので、直ぐに何かの間違いとして解決するだろうと楽観的に眺めていた。 
 だが、何時まで経ってもシャーリーの作業は終わらず、解析を行うシャーリーの全身は瘧に罹ったかのように震え始めた。

「どないしたんや〜?」

 はやてとフェイトもシャーリーの異常に気付き駆けつける。

「どうしたの、シャーリー?」
「なのはさん、このメール、このメール―――
 三年前、クアットロが『あの通信』で使用した周波数で送信されてます……この独特の波形、間違い有りません」
「……なっ!?」

 誰もが絶句した。

「この通信、ビデオメールなんですか……再生、しますか?」

 何度、イエスとノーを繰り返すことが出来る時間があったのか。
 なのはは長い逡巡の末に、ビデオメールの再生を依頼した。
 再生が開始される。画面に大きくなのはの顔が映る。
 彼女はにこやかに言葉を紡ぎ始めた。

『アリサちゃん、すずかちゃん、久っさしぶり〜
 実はね、またそっちの世界でのお仕事が入っちゃって、また転送ポートを使わせてもらえるかな?
 あ、今度のお仕事はね、ちょっとした調査関係のお仕事だから、すぐに終わると思うんだ。
 だからね、お仕事終わったら、またみんなでバーベキューしようよ!
 アリサちゃんとすずかちゃんに会うの、すっごく楽しみだな〜
 わたしね、今回は二人に楽しんでもらおうと思って、ちょっとした『ドッキリ☆サプライズ』を用意してるんだ。
 喜んでくれるといいな!
 じゃあね、アリサちゃん、すずかちゃん、また会おうね〜〜〜っ』

 喜色満面、ぶんぶんと手を振る自分自身の姿を、なのはは呆然と見つめていた。

「このメール、なのはさんが過去に送信したビデオメール履歴の映像を使用して作成されています……」

 シャーリーが沈痛な面持ちで告げた。
 三人は、声も出ない。
 画面では、尚もなのはが手を振り続けている。

「……やめてよ、こんなの―――」

 それは、なのはの喉から漏れたとは思えないような掠れた声だった。

「こんなの―――やめてえええええぇぇぇぇぇっ!!!!」

 高町なのはは、画面の中の自分自身に向けて絶叫した。



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目次:Little Lancer
著者:アルカディア ◆vyCuygcBYc

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