キミはともだち・3

初出スレ:3章726〜

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ようやくスレタイに反さない展開にできてほっとしている。





「すまない」
 貧民街から離れ誰もいなくなったのを確認してから、馬上で自分に掴まるミコトに
シドニーは言った。
「あの場は、ああするしか思いつかなかった」
「謝ることはこっちだ。あんたを面倒事に巻き込んじまった……ごめんよ」
 言ってミコトは、こつりと背中に頭を預けた。腰に掴まる腕が少し力んだのが分かる。
兵士に殴られたときかばったからか、元来白いそれは痣だらけだった。
 それならむしろ、この一件を引き起こしたハルベルトにこそ非はある。そしてそれを
知らなかった自分にも。
 胸が痛んだ。きっとミコトが受けた痛みは、こんなものの比ではない。
「……町まで送る。とりあえず医者に診てもらおう」



 一番近い町まで馬をとばし病院の戸を叩く。数分して、漸く寝ぼけ眼の老医師が出て
きた。
「夜分すまない。至急こいつを診てくれ」
 馬からミコトを下ろそうとその手を引いた。瞬間、その身体がぐらりと不自然に傾いて
シドニーは慌ててそれを抱き留めた。
「どうした?」
「ごめん、足が……」
「足?」
 見れば、腕と同じく痣だらけの足は、右の方の脛あたりが酷く腫れ上がっていた。骨が
折れているのかもしれない。痛むのか、ミコトは顔を青くし、脂汗をかいている。
「どうして黙ってた!? 馬に乗っているのも辛かっただろ?」
「……ごめん」
 ――ああ、そうか。
 いくら痛むといっても、結局は病院に行くしかない。一番近いここで十数分はかかった。
そんな距離をシドニーが担いでいくのは無理がある。
「……もういい。じっとしてろ」
 シドニーはミコトの体を肩に担いだ。軽かった。そして柔らかかった。
「い、いいよ。肩貸してくれるだけで!」
「これぐらいやらせろ……気付かないですまなかった」
 ミコトは僅かに考えたようだったが、やがて身体の力を抜いた。少し肩にかかる重みが
増したのを感じ、シドニーはミコトの腰にまわした腕に力を入れた。

 * * * * * *

「流民の娘を拾ったそうだな」
 翌朝、自室で遅めの朝食をとっていたシドニーの元に、父ハルベルトが訪れた。
「夜中に屋敷を飛び出した上に、下賤な東の民を囲うなど何を考えている。オートレッドの
名を貶す気か、貴様」
「まさか。聞けば昨晩の掃討はノール公の領内侵犯の対抗だったという話ではないですか。
ならばもし向こうが無理にこちらに入ってきたときのため牽制をしておこうと思っただけです。
そこに女が襲われていたから助けた。それだけですよ」
 ハムエッグを銀のナイフで切りながら、シドニーはそれらしい理由を述べた。
「ふん、お前の女好きにも呆れたものだ」
 ――あんたに言われたくねぇよ。
 シドニーは心の中で父を嘲笑する。
 ハルベルト・オートレッドの好色ぶりはシドニーのそれより有名であった。世間的にハルベ
ルトの息子はシドニーと弟のジョシュアの二人とされているが、本当のところは疑わしいもの
だとシドニーは思う。
 ――蛙の子は蛙か。
 自分も所詮はこの男の息子なのだと、シドニーは自嘲の笑みを浮かべた。
「まぁいい。その娘は今どこにいる?」
「近くの町医者に診せています。怪我をしていたのでね」
「そうか。後で秘密裏に遣いを出す。屋敷に連れてくるぞ」
 どくり、と心臓が大きく鳴った。幸いその音はハルベルトには聞こえなかったようだ。
「……どういう、ことです」
「お前が外で流民の娘と逢瀬を重ねているなどと噂が立ってはかなわん。ここで飼い殺す」
「そんな……そんな必要はない。あれが医者にかかっている間は、私は会いに行きません」
「お前のことを言っているのではない。その娘のことだ。卑賤な人間は金になることには躊躇
がない。このことを醜聞の種として強請り集りに使ってくるぞ。そうなる前に事を片付けねば」
「しかし――」
「玩具にしたいのなら好きにしろ。ただし下の口は使うな、面倒事になってはかなわんからな。
飽きたら使用人にでもくれてやれ」
 血が沸騰するような怒りと持っていたナイフをハルベルトに突き立てたい衝動を、シドニーは
辛うじて堪えた。

その日のうちにミコトはオートレッドの屋敷に連れてこられた。足や腕にまだ包帯が巻かれ顔の
傷も痛々しい彼女が屋敷の外れの女中部屋に連れて行かれるのを、シドニーは自室の窓から
見つめていた。
 ――すまない。
 届かないとは分かっていたが、シドニーは心の中でそう思わずにはいられなかった。
 自由でいてほしかった。何ものにも囚われず、縛られず、そうやって生きてほしかった。そうやって
生きているミコトは、シドニーにとって憧れであり、希望であり、唯一の自由だった。
 ――俺がお前の自由を奪ってしまった。
 自分自身が憤ろしかった。ミコトの自由一つ守れない自分が呪わしかった。
 ミコトにどう詫びればいいのか、どう償えばいいのか、シドニーには分からなかった。
 どうして赦されるだろう、こんな酷い仕打が。
 ――ならせめて、恨まれよう。憎まれ疎まれても、お前を守ろう。
 シドニーは、誓った。それが唯一、自分がミコトにできることだと思った。

 * * * * * *

 ――おかしなことになったね。
 ミコトは屋根裏の物置部屋で古いベッドに腰掛け、ふむと考え込んだ。
 何故、シドニーの屋敷に連れてこられたのだろう? おまけに部屋まで与えられた。つまりは
ここに住み込んで働けということだろうか?
 不意に戸が叩かれた。
「入るぞ」
 言って中年の男が食事を持って入ってきた。
「飯だ、食え」
「ありがとう」
 差しだされたパンにかぶりついたミコトに、男が感心したように言った。
「自分の身体を質に入れてまで命を守るたぁ、大した女だなぁお前」
「何だって?」
 とんでもない言葉を聞いて、ミコトは危うくパンを取り落としそうになった。
「何って、シドニー様に身体を売って命を拾ったんだろ? お前」
 怒りを通り越して呆れそうになって、ふとミコトは昨晩シドニーが咄嗟についた嘘をを思い出した。
 ――ひょっとしてシドニーがそういって誤魔化してるのか。
「……そういうとこかな、一応」
「? まぁいいや。とりあえず怪我が良くなるまではここにいろ。良くなったらそれはそれで大変
だろうけどな」
「大変って、何か仕事でもするのかい? 私」
「そんなの決まってるだろ、シドニー様のお相手だよ」
 男はにやあ、と下卑た笑みを浮かべた。
「なんでもすごいらしいぜ、なかされた女は両手じゃ足りねぇって話だ。なんなら俺が事前練習の
お相手になってやろうか?」
「遠慮するよ」
 我知らずベッドの上で後ずさったミコトに、男はがははと笑った。
「はは、そりゃそうだ。実を言えばこっちだってシドニー様のものに手ぇ出すわけにはいかないしな。
じゃ、おとなしくしてろよ」
「はいよーだ……あ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
 横になりかけたミコトは、ふと身を起こして男に尋ねた。
「シドニー、様、には、会いたいって言えば会えるのかい?」
「お前が会いたくても会えるような御方じゃねぇよ。そのうちあちらからお呼びがかかるだろう。じゃ」
 男はそう言って出て行った。
 ――あほらしい。あいつと私がそんな仲になるわけないじゃないか。
 ミコトは横になり布団を被った。こんな真昼間から横になるのも妙な気分だった。おまけにここは
シドニーの屋敷である。もっとも、シドニーの部屋と場末の屋根裏部屋では月とすっぽんの差だが。
 ――まるで昨日のことが嘘みたいだ。
 シドニーの部屋で、二人でワインを飲んだことも、ポーカーをしたことも、作りごとか絵空事のように
思えた。幸い骨は無事だったがそれでも滅多打ちにされた足は歩くのも辛い。あちこち殴られ打たれ
できた傷や痣が疼く。
 自分はこの国でろくな扱いをうけない底辺の人間であるという現実は、紛れもない痛みとしてミコトを
苦しめた。

 だが、とミコトは思う。

 ――あいつは私を守ってくれた。
 ミコトにとっての真実は、シドニーが自分を守ってくれたことだった。例え彼との間に越えようのない

身分の隔たりがあったとしても、彼と自分が友だちであることこそが痛みよりも明確な真実だった。
 ――あんたに会いたいよ。シドニー。
 眠りに落ちながら、ミコトはシドニーを思った。
 瞼の裏に現れたシドニーは、いつものようにミコトに向かってからからと笑っていた。
2011年10月06日(木) 23:17:59 Modified by ID:4YurNyhosA




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