3・愛人くんと天使ちゃん

初出スレ:【従者】 主従でエロ小説 第七章 【お嬢様】
属性:プレイボーイなチャラ男執事と反抗期の暴力お嬢様。ラブコメ。エロなし。

1
アンジュお嬢様の通うこの女学園には、玄関付近に使用人のための施設がいくつもある。
ドリンクバー付きの広い待合室。軽食を提供するカフェ。さらにはコンビニ、ジム、トイレ、シャワー、仮眠室に牛丼屋。
なんでこれほどまでに充実しているかというと、理由はお嬢様達の我儘に他ならない。
「私ひと時も婆やと離れたくないの」
「メイドがいないなんて、食事の時は一体どうすればよろしいの?」
「SPが敷地内に居ないなんてありえなくてよ!」
そんな皆々様のご要望にお応えし、お嬢様達に仕える大勢の使用人を学園内に押し込むため、こんな状態になっているのである。
さらに、爺や婆や世代にはシルバーシートならぬシルバールームが特別に用意されており、そこでは旅館のような和室でマッサージを受けたりと優雅に過ごせるらしい。
もちろん、三十路にも満たない健康な執事はそんなサービスは受けられない。年若いボディーガードも然り。
そんなわけで、アンジュお嬢様付きの新米執事の柏木と、どこかのお嬢様付きの同年代のボディーガードは、待合室で仲良くお喋りをしていたのであった。


「あー…このマッサージチェアってー、効くんだけどちょっと小さいっすよねー」
「自分達が標準よりデカイから仕方ないですよ」
ンヴィィィィゥゥゥウン。
背が高い色男の柏木と、レスラー並みの体型のボディーガードは、待合室の隅にあるマッサージチェアで並んで揉み揉みされていた。
ちなみにこのボディーガードには彼とよく似た見た目の相方がいて、いつも二人一組でお嬢様の登下校をお守りしている。
今は相方がトイレタイムで居ないのだが、二人が並んだその姿は学園のお嬢様方から密かに「仁王像」と呼ばれていた。
と、入口の守衛によるチェックとカードキーによる二重のロックを通り、一人の女性が入室してきた。
その場にいた男性陣全員が(おー、いい女)と心中で呟くほどのカッコいいお姉さんだった。

2
髪は飾り気のないショート。華美ではないが整った目鼻立ちの中、視線の鋭さと甘くないメイクがセクシーだ。
ヒールを含めれば180はありそうな長身を黒いパンツスーツでビシッと包んでいるが、女性的な見事な体の凹凸はしっかり出しているのもまた良い。
柏木は、奥様&お嬢様ら「高嶺の花」専門なので彼女は好みの範囲外だが、やはり美人は眼福である。
「あのお姉さんって、どこのお嬢様のお付きなんでしょーか?」
と新参者の柏木が小声で尋ねると、お隣も小声で答えてくれた。
「あ、まだ新米なんでご存じない?彼女は京極様のご親友の、九条様付きのSPですよ」
京極は、柏木の仕えるお屋敷の名前。つまり、アンジュお嬢様のオトモダチの専属SPというわけか。
(へー女性SPねえ。んでんで、ご親友の九条様?どんなお嬢様なのかなー。ウチのお嬢様、俺にオトモダチ紹介してくれねーかな)
柏木はイケメン俳優並みの顔の下で、誰にもバレぬようスケベな妄想を始めてしまった。

その頃「ウチのお嬢様」であるアンジュは、誇らしさと情けなさを胸の内に半々に抱えていた。
ついでに、ボレロの制服の胸の上にも二つの荷物を押し抱えている。
銀縁眼鏡を知的に光らせた撫子さんから、「柏木さんにこちらを渡していただけるかしら」と封蝋のついた厚めの封筒を。
眩く微笑む千鶴子さんから、「柏木さんの忘れ物を届けてくださる?」とちょっと重めの小箱の入った紙袋をそれぞれ預かったのだ。
昨日、あのエロチャラ執事を撃退してくれた撫子さんは、おそらくバ柏木に対して注意書きみたいな物を封筒に入れて寄越してくれたのだろうと思う。
『一、男性は使用人スペース以外の校舎内に踏み入るべからず。
一、女生徒へみだりに近付く事は固く禁ずる。』みたいな感じの。
千鶴子さんは、一体どこで柏木の私物を発見したのか分からないが、小さめの上品な紙袋にわざわざ入れていただいて、その袋の口はきちんと中央を箔押しのシールで留めてある。
丁寧に箱に詰めて美しくラッピングまでして渡してくださるなんて、ありがたいやら申し訳ないやら。
そんな撫子さんの凛とした厳しさと、千鶴子さんの聖女の優しさはクラスメイトとして誇らしく、同時に、自分のエセ執事がお二人の手を煩わせてしまったことが情けない。

3
(すごく、複雑…)
アンジュはふわふわした緩い巻き髪を肩に揺らしながら、普段は無表情の童顔を少し難しそうにしかめた。

とてちてとてちて。
アンジュが使用人の待合室まで荷物を運んで来たその時、アンジュのか細い両のあんよが、マッサージチェアからはみ出て伸びていた長い足に思いっきり引っかかった。
足を掛けてコケさせる、その典型のように。
「きゃっ!」
「げっ!」
アンジュと、長い足の持ち主のバ柏木から同時に声が上がった。双方上の空で考え事をしていたため、ぶつかるまで気が付かなかったのだ。
しかし、そこは京極の狂犬。古武術を嗜むアンジュは反射的に床に両手を付き、ズッコケる勢いをそのまま使って小柄な体を跳ね上げてダイナミックな前方転回を決めた。
ポーン、見事着地。
お嬢様が倒れかけた瞬間にあちこちから駆け寄ってきたボディーガードやSPの皆さんも「おおー」と拍手。
いい女のお姉さんSPもお隣さんのボディーガードもトイレから帰ってきたその相方さんも、みんな一緒にパチパチパチ。
「ごめっ、すんません!ごめんなさいお嬢様!」
クソ柏木は大慌てで、コカした地点からかなり遠くに着地したアンジュに駆け寄る。
アンジュはいきなり両肩をガシッと捕まれ、背後から柏木の広い胸に体を強く引き寄せられた。
「…っ!」
みんなの前で何さらす。足までかけてからに。
古武術をもひとつ披露して鳩尾を狙おうかと拳を握ったが、アンジュの後頭部にある柏木の胸部、逞しい胸板が早い心拍数でバクバクと脈打っていた。
スーツ越しにも、伝わるくらいに強く、早く。ーー柏木も相当肝が冷えたらしい。

4
アンジュは小さな拳をそっとほどく。「…だらしなく足を投げ出すな…危ない…バ柏木…」と一応注意はして。
はい、と大人しく返事をするチャラ男と、心臓バクバクを頭の後ろに聞きながらムッツリ顔で頬を微かに染めるアンジュ。
そんな二人に、「京極様、お荷物が」と、どこかのお家のメイドさんが声を掛けてくれた。
見れば、着地地点からさらに前方の誰もいない空間に、大切なクラスメイトのお二人から預かったお荷物が無残に散らばっているではありませんか。
落下した際に打ち付けたか互いにぶつかったかしたらしく、どちらの封も取れており、封筒も紙袋もその中の小箱も中身を出して広がっている。

ぎゃーーーー!

アンジュは跳ね上がってバ柏木の顎に頭突きすると、猫のように俊敏にその現場に飛びついた。
(千鶴子さん、撫子さんのご厚意が!)
ぺたん座りをして荷物を掻き集めようとしたアンジュの手が、不意に止まった。
「うっわ…柏木さんすごいアッパー食らいましたね」
「ガーンッて入ったけど大丈夫ですか?」
「……………駄目っすね」
気遣う仁王像二名と、顎を抑えてヨロめきながら近付いてくる柏木。
メイド達は荷物を片付けるお嬢様を手伝って良いものか悩み、オロオロと遠巻きに見ているだけだ。
だって、お嬢様の荷物の中身がボーイズラブ漫画とか、女の子同士のラブレターだったら見ちゃマズイし。オロオロ。
「あーイッテェ……。あのっお嬢様、荷物もマジごめんなさい」
バ柏木が長い足を折り畳みうんこ座りをして、ぺたん座りのままのアンジュの近くに屈み込んだ。
なぜかさっきから手を止めているアンジュの代わりに荷物を片そうとそれを覗き、「ワァオ」と小声で一言。

5
そう、荷物の中身は、正に「ワァオ」だった。
封筒からは相当な枚数のお札がザラララッと飛び出ている。全部、一万円札。
紙袋から飛び出て蓋の取れた小箱の中では、明らかに新品の保証書付き高級時計がビロードに嵌まって光っている。
(これは…一体…?)
思っていた中身と明らかに違う何かが出てきてしまい、アンジュは呆然と固まってしまったのだ。
札束にも、高級時計にも、それぞれ電話番号やアドレスの書かれた小さなカードが添えられている。
(これも…一体…?)
それを目にした仁王像らも同時に「「へ?こちらは?」」と、異口同音にアンジュに質問してきた。
固まっていたアンジュはようやく口元だけ硬直を解いて、「…これ…クラスメイトの二人から…柏木に届けてって…預かってて…」
メイド達の中の誰かが「貢物だわ」と思わず漏らし、周りからシッと口を塞がれた。
ーーえ?これは、柏木へのミツギモノ?
ちょっと処理が追いつかなかったアンジュだが、いくらこういうことに疎くても分かることはある。
じわじわとその意味が体の奥底から染み込んできた。
貢物。振り向かせたい相手に、繋ぎ止めたい相手に贈る物。
贈る相手は、好きなアイドルだったり、新興宗教の教祖様だったり、愛人だったり、愛人だったり愛人だったり。
「柏木」
ぐるりとアンジュの無表情が柏木に向けられた。静かな声。
だがしかし、この広い待合室全てを覆い尽くすほどの殺気。柏木含むその場の使用人全員は、背筋に氷柱を突き刺されたようになった。
お嬢様による執事の公開殺人ショーの始まりを誰もが覚悟した、その瞬間、
「あらあら、散らかっちゃったわねぇ。お片付けしましょうねえ」

6
シルバールームから出てきた可愛らしい婆やさんが、のんびりと声をかけてきた。
老いた顔に柔らかな皺を刻んで笑み、アンジュの側に膝を着くと「あらあら、まあまあ」と丁寧にすべてをあるべき場所に詰め直し、封筒と紙袋という元の形へと戻してくれた。
その二つをうんこ座りのままの柏木へと差し出しながら、
「これ、きっと貴方へのプレゼントね。電話の番号まで添えてあって、モテるのねぇ」ウフフ。ーーさらに、
「お嬢様達だって若い女の子ですものねぇ。ちょっとくらい火遊びもするわよねぇ」ウフフ。
強い。婆やさん、強い。
さっきまでは殺人のリングと化していたこの部屋が、今ではタンポポが小さく揺れる田園風景のよう。婆やさんが殺気をへし折ったのだ。
アンジュも柏木も巻き込まれてしまったギャラリーも、亀の甲より年の劫のその実力を見せつけられ感服するより他にない。
柏木は貢物二つを受け取ると、凛々しい顔ですぐさま婆やさんに向き直り、渾身の土下座をかまして叫んだ。「ありがとうございましたぁあ!」
命の恩人である。どうやら真山に預けている遺書の出番は、無事お預けとなったようだ。
アンジュは、半ば呆けたようにその場に座り続けたまま、婆やさんの言葉を心の中で反芻していた。
お嬢様達だって、若い女の子、火遊び……。
そして、真山が書いた2枚目の付箋の意味をようやく理解した。
(つまり…あの学級委員で厳しい撫子さんと、我が校の麗しの聖女様の千鶴子さんが、自ら望んで柏木とヤったと……)
その、あまりの衝撃にアンジュはーーー
「きょ、京極様がっ!早く保健室保健室!」
「げえ!?これヤベーわ白眼剥いてるし!お嬢様しっかりしてくださいって!お嬢様ってばぁー!!」
ーーーぶっ倒れた。


おしまい
2019年09月11日(水) 12:56:47 Modified by ID:0Yc35ZP2rQ




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