愛人くんと天使ちゃん5

初出スレ:【従者】 主従でエロ小説 第七章 【お嬢様】
属性:プレイボーイなチャラ男執事と反抗期の暴力お嬢様の学園ラブコメ。エロなし。

1
「アンジュちゃんって、お家ではいつも柏木さんに甘えて彼のお膝の上に座ってらっしゃるんですって」
んなわけないでしょ。
「しかも、紅茶を飲むのも柏木さんからの口移しじゃなきゃ駄目なのよね?」
不衛生だし発想が気持ち悪すぎるでしょ。
「おトイレの個室に行くにも柏木さんにお姫様抱っこで運ばせているそうよ」
それもう介護でしょ。
「お風呂に入るのもお姫様抱っこで、さらに体まで洗わせているなんて大胆ですわ」
だからそれもう介護でしょ。
(…滅茶苦茶だ…)
アンジュは机の上に突っ伏して頭を抱えた。淡い色のゆるいカールの髪が机にふわっと広がる。その机の周りには、美しい声で囀り続けるお嬢様達の群れ。
昨日、エセ執事の柏木がお茶会でぶちかました法螺話が、次の日の二時限後の休み時間にはここまで曲解されてクラスメイト中に広がっているとはーー。
多分、最初はお姫様抱っこの話だけだったはずだ。エミナか百合子さんが話のネタとして、ごきげんようの挨拶の後にでもちょこっと出したのだろう。
しかしその話がお嬢様からお嬢様に伝わる間に、尾ひれはひれに背びれに角に、天空を羽ばたく翼まで付けられて、最早ファンタジー世界の召喚獣のような姿で教室中を飛び回っている。
さすがの狂犬もこれには手が付けられない。
当初は一々訂正していたが、「まあ!照れてムキになってしまって可愛らしいですわぁ」とお嬢様達にハグされて終わりだった。
(顎髭野郎……恨むぞ…)
アンジュには、机に伏せた童顔をしかめ、胸に浮かぶバ柏木のヘラヘラ顔に怨念を飛ばすことしかできなかった。

三時限目、数学。
「京極さん、頑張りましたね」

2
ガヴァネスを思わせる美人の数学教師が、全員から回収した宿題のプリントを一通り眺めるなりそう言った。
当然みんなの視線はクラス後方の京極さん、即ちアンジュに集まる。
感激するガヴァネス美人はなおも続けた。「こんなに頑張ってくれるなんて初めて。先生、嬉しいわ」
いや、いつだってアンジュは数学を頑張っているのだ。ただ、頑張ってもまるで理解できないから、いつもは答案用紙が白いというだけで。
クラスのあちこちから「宿題まで柏木さんに」「答えを耳元に甘く囁かれたのね」とひそめる気のない音量の声が上がり、学級委員の撫子さんが「お静かに」と静めてくれた。
(うう……やり方はバ柏木に教わったけど…全部自分で頑張って解いたのに…)
アンジュの数学の成績はクラスでワースト一位なので、確かに疑われても仕方がないのだが。
肩を落とすアンジュの小さな背を隣の席の薫子さんが撫でてくれて、ちょっと泣きそうになる。
後ろの席の千鶴子さんも小声で、「手伝ってもらったとしても気になさることないわ」と柔らかなフォロー。
この聖女の千鶴子さんが、そして撫子さんが、柏木とナニをしたとはやはり現実味がない。
「柏木さんって?」先生が首を傾げると、「京極さんちの新米執事さんでーす」とわざわざ挙手してエミナが明るく教えてあげた。やめろ。京極家の恥を教師陣にまで広めるのはやめてくれ。
「まあ、ではその執事さんが宿題を解いたということ…?これは京極さんの文字ですけど、答えを書き写したということなの?」
ああ、先生、そんな悲しそうな顔をしないで。アンジュはいつもの無表情のままぷんぷんと顔を横に振って自身の無実をアピールする。
アンジュの気持ちが通じたのか、先生は小さく頷き、アールヌーヴォー風の堀細工に囲まれた黒板にカツカツとチョークの音を立てて計算問題を書いた。
「では、京極さん。こちらを解いてください。宿題とは違う問題ですが応用で解けますので」
これはいい。アンジュの潔白も示せるし、ちゃんと自立してる姿を見せつければ、みんなの怪しい妄想も少しは覚ますことができるかもしれない。
「あの…ノートを見ながら解いてもいいですか…?」と、アンジュが両手で学園指定の小花柄のノートを持ち上げて見せると、それにも先生は頷いた。
とてちてとてちて。
小柄なアンジュは絨毯の床を黒板まで小走りで進み、ノートを開いた。そこにあるクソ柏木直筆の『文系にも分かるやさしい数学講座』を参考に、黒板の数式と懸命に戦う。
途中ちょっとつまずいたりはしたが、なんとか解けた。

3
「正解。やっぱり京極さんの努力だったのね」
そう喜ぶ美人先生と、多くのクラスメイトからの「がっかりですわぁ」の謎のブーイング。なんでやねん。一緒に喜んでくれ。
「柏木さんって優しい執事さんね。ノートに京極さんのためのレクチャーがいっぱい。それに全部の語尾にハートマーク。京極さん、これで数学も頑張れたのね」
悪意のないガヴァネスさんがアンジュのノートの中身を暴露し、教室は「んまぁー!」の合唱で大いに盛り上がった。
……なんでやねん……。

「黒瀬サンと黒田サンってー、お嬢様の宿題とかお手伝いすることってあります?」
学園内の使用人用待合室。長身を屈ませてドリンクバーから硬水炭酸をカップに注ぎつつ、柏木は双子のような二人の男にそう尋ねた。
クロセとクロダ。お嬢様達から通称、「仁王像」と呼ばれるレスラー体型のボディーガードの二人は名前も似ていた。
コーヒーマシンからエスプレッソを注ぎながら黒瀬さんが「いや、自分らは全然です」。カプチーノ片手の黒田さんも「お嬢様勉強できるし、使用人に頼らないんで」だそうで。
「あーいいッスね、知的なお嬢様って羨ましい」
柏木は当たり障りのない言葉で頷きながらソファーに腰掛け、長い足を組んで本題に踏み込むタイミングを見計らう。
仁王像さんとは仲良くさせてもらっているが、肝心の、このお二人の仕えるお嬢様を存じ上げない。
柏木は奥様&お嬢様ら高嶺の花がストライクゾーンだし、その花々専門の愛人が本業だ。だから是非知りたいし、お近付きになりたい。
そんな心の声を読んだのか、二人は囲うように柏木の両側にドスンと座り、険しい目で見つめてきた。
「「うちのお嬢様は、ダメですよ」」
ステレオで警告される。
あ、まだお嬢様三人しか食べてないのにバレましたか。隠す気はあまりなかったけれど。柏木は軽く肩をすくめた。
しかし、柏木の想像とはまったく違う警告が、両側から今度は囁かれる。
「「…危ないですから…」」

4
危ない……?まさか、仁王像さんのとこのお嬢様も、アンジュ様と同じく狂犬なのか。
黒瀬さんが真剣な声で告げた。
「あのですね、柏木さんみたいなイケメン系なら範囲外かと思うんですけど、たまには趣向を変えてってことで矛先が向いたら危険なので…」
それってどういうお嬢様なの?むしろ矛先を向けてほしくなってしまう柏木である。
柏木はイケメンでチャラい。こういうタイプが嫌いなお嬢様もそりゃ多いだろう。でもそのお方が趣向を変えて味わってくださるなら、どうぞ召し上がれ、だ。
その時、黒田さんがシッと会話を遮った。遠くから、一人のお嬢様が待合室へ向かって歩いてくる。先程チャイムが鳴ったので今は休み時間のはずだ。
ボレロとハイウエストの七分丈ジャンパースカートという野暮ったい制服を着ていても、彼女はまるで着せ替え人形のように可憐だった。
華奢な肢体に小さな顔、サラサラストレートのロングヘア。少女漫画の主人公のような癖のない美少女で、万人受けする可愛らしさがある。
そのお嬢様が待合室に踏み入るなり、仁王像は柏木の両側から瞬時に起立した。
「「お疲れ様です。美佳子様」」
「ごめんね、ちょっと遊びに来ちゃった。楽にしてていいから」
まるで声優のようなアニメ声で、美佳子様は自らの使用人二名に笑った。そして、真ん中に挟まれている柏木にもニコッとする。
「こんにちは、あなたが噂の柏木さんかな?アンジュちゃんの執事さんの」
「はい。うちのお嬢様がお世話になっております」
自らも立って頭を下げながら、ああこれは落とせないなと柏木は瞬時に悟った。美佳子様が柏木を見る表情も声の調子も、可愛い笑顔のままで何一つ揺らぎがないのだ。
笑顔なのだが、まるでコンビニで客が買う気もない商品の棚を見るともなしに見るかのように、ただ柏木を見ているだけ。
おそらくだが、美佳子様は、ドS。
両側に立つ巨体に漲る緊張がそれを裏付けている。この仁王像、調教済みと見た。
美佳子様は、その後しばらく使用人用のドリンクバーを眺めたりとのんびり過ごされ、帰り際に可愛く笑って「じゃあね、ポチ、ペス」と黒瀬さん、黒田さんに手を振った。
ーーー確かに、これは危険だった。


おしまい
2019年09月20日(金) 07:50:30 Modified by ID:0Yc35ZP2rQ




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