愛人くんと天使ちゃん

初出スレ:【従者】 主従でエロ小説 第七章 【お嬢様】
属性:プレイボーイのチャラ男執事と反抗期の暴力お嬢様。ラブコメ。エロは少年漫画レベル。

1
「愛人枠」というものが世の中にはある。
例えば、四六時中デスクで化粧直しをしているだけなのに、なぜか解雇されずに部署に居続ける綺麗めの女性社員とか。
全然いい成績を出してないくせにずっと一軍でベンチに座っている謎の野球選手とか。
そういう人たちに向けたお下劣かつ辛辣な揶揄の言葉だ。
それは、名のある資産家のもとに生まれ、良家の令嬢ばかりが集う学園に通うアンジュお嬢様には、まったく縁のない穢れた言葉ーーーーかと思いきや。
お金持ちの世界と愛人とは、切っても切れないものなのだった。


「彼ね、柏木っていうの。今日から貴女付きの執事になるのよ」
アンティークの肘掛け椅子の上でそう微笑む母の傍で、ヘリウムガス並みに軽そうな男がアンジュに「よろしくねー」とヘラヘラ手を振っていた。
「……」
彼女、京極杏種ーー苗字はきょうごく・名はアンジューーは、童顔に無表情を貼り付けたまま、その男を冷たく観察した。
背は高く、すらりと伸びたその足は、小柄なアンジュなら屈めばたやすく股の間をくぐり抜けられそうなくらいに長い。
鼻筋が通ったシャープな顔立ちはそこらのイケメン俳優並み。年は二十代後半くらいか。
でも、なに?その顎髭。
しかも髪は使用人としてはアウトの長さだ。辛うじて色は黒だが、無造作風にワックスで毛先を遊ばせてるのが無性にムカつく。
母から買い与えられたと思しき黒く艶めくスーツもエロく…というか絶妙にだらしなく着こなし、しかも片手をポケットに突っ込んでいやがる。
どっからどう見ても執事ではない。ホスト崩れの遊び人だ。
学園から帰宅してすぐに母の書斎に呼び出されたと思ったら、こんなわけのわからん男を紹介されるなんてーー。アンジュの怒りメーターは見る間に上昇していった。
こっちは1日分の汗を吸ったハイウエストの校章入りジャンパースカートを着たままだし、朝にロングヘアを縦ロールに巻いた時のハードスプレーも不快なベタつきと化している。
いつもなら帰宅後すぐに独りでシャワーを浴びて独りで快適なルームウェアに着替えて自室で独りでいるはずなのに。なのになのに。イライライラ。
「…要らない…。執事ならうちにはちゃんと居るもの…」

2
アンジュは目の前の不快な光景から顔を背け、書斎の隅に控える真山に視線を投げた。
真山はロマンスグレーの似合う老紳士。この屋敷の抱える無数の使用人の頂点に立ち、長年京極家を支えている正当な執事なのだ。
バトラーが家に何人も居てたまるか。この柏木とかいういかがわしい者は、たとえ下男だとしてもこの屋敷には不必要なのだ。
しかし、真山は静かに苦笑し、首を横に振った。
「だからぁ、真山とは別の、アンジュちゃん専属の執事なのよ」
母が媚びるような声でアンジュを振り向かせる。
「彼はね、近頃忙しくてなかなか家に寄れなかったママが、お外で選びぬいた特別なお土産なの。アンジュちゃんへ、プ・レ・ゼ・ン・ト」
「ってことで、お嬢様ー、今日から俺のこといっぱい可愛がっちゃってねー」
40歳過ぎの実母からの精神的に痛いウインクと、185cm近いデカさのいやげもの押し付けのダブルパンチ。
いやげものからは甘い投げキッスを飛ばされたので、トリプルパンチかも。
この波状攻撃にはさすがのアンジュの無表情も崩れた。左目の下の泣きぼくろのあたりが微かに痙攣する。
さらに、もうポケットに戻している柏木やらのその腕だが、先程投げキッスでこちらに向けた時に煙草の匂いが微かに漂ってきた。こいつ、喫煙者か?
もはや何に対して怒りを覚えていいのか分からないほどの不快材料の目白押し。怒りメーターは危険水域に突入した。
ーーと、そこでアンジュは、決して気が付いてはいけないものに気が付いてしまった。
母の白いデコルテにある赤い跡。そして、まさかと思い視線を移せば、柏木の緩く閉めたネクタイのかかるエロくさい首筋にも、それは複数あった。
こういうことには疎いアンジュでも、これはクラスメイトから噂で聞いたことがある。
そう、これは、キスマーク。

メリッ!!!

3
アンジュは、椅子とセットで設えられたマホガニーの机に拳を叩き込んだ。
粉砕された木片がパラパラと舞い散る中、片眉を上げた柏木を殺意のこもった目で強く睨みつけ、書斎を後にする。
何が、プレゼントだ。何が、専属執事だ。最近の母がやけに優しくニコニコしている理由はこれだったのだ。
母親の愛人を好待遇で手元に置いておくためのバレバレの方便。
そして、「愛人枠」として自分付きの執事という不要な役職を作られた挙句、そのタバコ臭いチャラ男をそこにねじ込もうとしている事実。
(…ママは…、ママだけはそんなことしないって思ってたのに…)
アンジュの小さな胸の中で、鋭い嫌悪感が抜き身の刃と化してギラリと光った。

残された母親と真山は「あーあ、まーたやらかしたか」と慣れた様子でパックリ2つに割られた机を冷静に眺めていた。
が、この屋敷の新参者である柏木は笑顔を引きつらせ後退りしている。
「ちょ、え……?奥様、何すかこれ?俺のお嬢様になるってコ、ガチでやべーっていうか……」
ドン引きを隠せない柏木の言葉に、母親はウフッと笑った。
「あら言ってなかったかしら。あの子古武術やってて暴れると怖いのよ。いつもムッツリしてて静かに見えるけど、多感な時期だからすっごく血の気も多いし」
ーー狂犬じゃねーか。
柏木の心中の呟きは、今のアンジュの精神状態を的確に表していた。


翌朝、アンジュの寝起きは割と良かった。
6時の目覚まし時計の起動に合わせ、ぱちっと瞳を開ける。昨日テーブルを破砕して多少はすっきりできたためか、ちゃんと眠れた。

4
(…あの顎髭は…多分、二度と私の前に現れない…)
寝起きの脳裏にまず浮かんだのは、あのエセ執事のことだった。テーブルを砕いてまで脅してやったのだ。あの軟派野郎には相当効いたはずだ。
ビビって母親の単なる愛人として屋敷の外に引っ込むか、昨夜のうちに辞表を残してどこかへ逃げたか。
そんな予想を胸に、アンジュは天蓋付きの豪奢なベッドから滑り降りる。
寝間着のベビードールを肩から脱ぎ落としつつ、部屋に備え付けのシャワールームの分厚いドアを開けた。
途端、モワッとした湯気とザーッと小気味いい水音が部屋に漏れ出てきて、で、反射的にドアを閉めた。
(………………………………???)
あれ?なんで?
だってここはアンジュの部屋で、シャワールームはアンジュ専用で、そのアンジュはまだ入っていない。
なのに、なんですでにシャワーが流れている!?
グワッと勢いよく重いドアを開けて浴室内を確認すると、
「あ、おはよ。ごめーんシャワーお先でーす。つーか何そのパジャマ?下着っぽくね?いいねーソレ俺好みだわー」
全裸のクソチャラ柏木がシャワーを浴びつつ笑顔でお出迎え。
しかも、ベラベラ喋りつつも顎髭周りの無精髭を器用にカミソリで剃っていやがる。
「…なん」
なんでここに。そう問おうとしても、言葉が出ない。
初めて見る異性の裸体。その体の中央にぶら下がる男性器に、不可抗力で視線がロックされてしまったからだ。
黒い茂みの下でお湯を滴らせている、コレ。標準より大きいのか小さいのか、生まれて初めて見るものだから分からない。
でも、愛人業をやってるくらいだから、それなりにご立派ということかーーーーいや、そうじゃなくて。
「お前、死にたいのかっ!馬鹿!」
アンジュは我知らず大声を出していた。
自分自身が柏木を殺す人間のはずなのに、なんだか間抜けな台詞になってしまったが。

5
お嬢様の睡眠中に無断で自室に上がり込み、勝手にシャワーを浴び、さらには全裸をお嬢様にお披露目しちゃうという畳み掛けるような罪状のラッシュ。
殺されたいとしか思えない。アンジュを殺人犯にするつもりか。
柏木は顔下半分の泡をシャワーで流すと、濡れた前髪を気障にかき上げてハッと笑った。
「死にたくはないっすねー。でもまー命は張ってます。10分くらい前かなー、ここに来る前、一応遺書を真山サンに託しました」
遺書。アンジュが微かにのけぞる。
「俺ねぇ、昨日の机バキッ!からもう怖くて怖くって、夜になっても全っ然寝れなくてさー。一睡もしてないんですよ。ほら見て、目ぇ充血してんじゃん?」
って体をこっちに乗り出して近づいて来るな。ご立派がブラブラ揺れてる、揺れてる。
「んでー、明け方までガチで悩みまくって、もうさー、なんかこう、逆に?裸一貫で腹割ってぶつかって行くしかねーなって、そういう結論に達したんすよ。逆にね?」
何を逆にしたの?何を?
おそらく、殺されるか逃げるかの二者択一で瀬戸際まで追い込まれ、徹夜で異常回転をした脳からアドレナリンが出まくってこんな結論になっちゃったのだろう。
柏木はケラケラ笑った。
「だーってこれからさ、いつ殺されるかってビビって過ごすよりさ、早いとこ俺がこーいうキャラだって見てもらって、それでサクッと殺されるならそのほーがいーじゃんって」
ーー確かに、命張ってる。体も張ってる。
アンジュは、この軽薄極まりないチャラ男の中に謎の漢気を感じて困惑した。チャラいのに漢って、かなりの矛盾。
当初の怒りもだいぶ削がれ、ついでに男性器にも見慣れてきて、アンジュはようやくクソ柏木の顔をまともに見上げて静かに問う。
「…そうまでして…私の執事…やりたいの?」
「やりたい」
目を見て即答され、思わずアンジュはベビードールの胸のあたりをキュッと握りしめた。
胸の内側から、キュッと締め付けられた気がしたからだ。
……こんな風に、はっきりと使用人から仕えたいと求められたことなんてない。

6
ほとんどの使用人はアンジュのことを怖がって近付いてこない。だって、アンジュは抜き身の刃だから。それくらいちゃんと自覚している。
柏木は、これからも母の愛人を別な形で続けていればそれなりの金はもらえるだろうに、なんでわざわざアンジュの執事になんてなりたがる……?
柏木はフッと片頬で笑うと遠くを見つめ、穏やかに語り出した。
「俺さー、一人でも多くの奥様達、お嬢様達とヤリたいんすよ。そのためにはいいとこの執事のポジションって不可欠なわけ。生まれてきたならヤリたいことヤらないでどーすんのって」
それ、ヤリ違い。
執事をやりたいんじゃなく、高嶺の花々とヤリたい、と。
アンジュは無表情でドバムッとドアを叩き閉めた。
「えー?一緒に浴びようよー!ねーシャーワーアー!」
ドアの向こうからくぐもったバ柏木の呼び声がするが、もう知らない。死ね。死ね死ね死ね!
アンジュは急いでローブを羽織ると部屋から猛ダッシュで出て行った。


ーーアンジュの柏木に対する意識が「殺す」から「死ね」に変化したこの瞬間、柏木は無事生命の危機から脱し、
そしてアンジュの執事の地位を手にしてしまったのだが、当の2人はまだ気付いていなかった。


おしまい
2019年09月06日(金) 22:27:27 Modified by ID:0Yc35ZP2rQ




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