光の庭へ・1

初出スレ:男主第二章652〜

属性:エロなし・義手の少女傭兵と少年神官


傍らの傭兵が重い荷物を担ぎ上げた。
「カーナ、僕も手伝うよ」
傭兵の名を呼んで少年が手を伸ばす。
主のジュネは腕力はもちろん身長も体重もカーナには及ばないのだが、それでも何かカーナの力になりたかった。
「いえ、護衛の仕事です」
カーナは静かにそれだけを返す。拒絶でも遠慮でもない、単なる区別を口にする事務的な声だ。
ジュネの出した手の平は引っ込みがつかずにしばし空を掻き、やがて恥ずかしそうに体の脇へと戻された。
二人分の食料や衣服を肩に背負い港へと歩き出すカーナにジュネは慌てて続く。
ジュネの頬が熱い。いくら護衛と言えど、女性に力仕事を任せる自分が情けない。
「ま、待ってよ」
「はい」
ジュネの声にカーナは歩みを止め、子犬のように駆け寄る小さな主を待った。

カーナは女傭兵だ。
背中には鞘に納めた剣がベルトで固定されている。厚みはさほど無い薄い剣だが、幅は太く、長さはジュネの背程もある。
カーナはジュネより幾つ年上なのだろうか。しかしジュネの見上げる彼女の鼻梁や頬の線には、まだ成長しきらないあどけなさが残っていた。
すらりと伸びた手足と引き締まった小さな胴体をタイトな防護服が包む。
くっきりと出た胴のシルエットは成熟した女性の凹凸とは遠く、固い果実のように痩せていた。
それでもすでにカーナの容姿が若い女性として魅力的なことは、小さなジュネにもわかる。
配置や大きさの整った目鼻は華美ではないが小作りな美形であったし、細い体も充分に女性としての機能を果たすのだろう。
ただ、多くの男性がカーナをそういった目では見ないこともジュネは理解していた。

しなやかなカーナの体の中で右腕だけが恐ろしく巨大だった。

荷を支えるその右腕が鉛の色に鈍く光る。義手だ。
カーナの二の腕から先を覆うそれは人の手を模した義手ではない。
甲殻を持つ化け物のそれに似ていた。
凶暴な形を誇示するように尖った外殻が組まれ、肘からは大きな鋼の歯車がはみ出ている。
五本の指は鉄片が重なりかぎ爪の形を成していた。

カーナの腕は街の人々の目を集める。
今も通り過ぎた食料店の前で、王国騎士達がカーナを指してささやき合った。「あんな物どこで造ったのか」「あれで剣が扱えるのか」と。
国でも有数のこの港街は様々な職業や人種で賑わっているが、その住民にもカーナの腕は奇怪に映るのか、カーナの姿を見た者は一様に顔をこわばらせ道を開けた。
当のカーナは、ジュネに危害が及びさえしなければどんな視線にも反応を示さないし、ジュネはジュネでカーナ以外の事は気に止めない。
雑多な人混みを左右に分け、悠然と進む少女と少年は平和でのどかだ。
「ねぇ、カーナは船に乗ったことあるの?」
「はい」
「いいなぁ!僕は初めてなんだ。…ちょっと船酔いしないか心配なんだけどさ…。カーナは船酔いしないの?」
「はい」
「ふぅん。じゃあ僕も平気かなぁ」
ジュネの明るい声にカーナの短い答えが返ってくる。
まるで一方通行な会話だったがジュネは楽しそうだ。
カーナが側に居さえすればいつだってご機嫌なのだ。ジュネの小さな胸の中は常にこの無口な護衛のことで一杯だった。
ジュネは、子供が母に続く様にカーナの背で揺れる青い髪を一心に追う。
ベリーショートの栗色の髪からのぞくおでこや初々しいおろしたての神官服が、12歳という年齢よりさらに彼を幼く見せた。
ジュネの丸い瞳には、街の建物に切り取られた空に溶けるカーナの髪が映る。
網膜に漠然と映るカーナの髪は風にそよぐだけで、他の何の意味もジュネに示さなかった。

通りを抜ければ潮の匂いが一層強く溢れる。
「うわぁ…!海だよ」
ジュネは初めて見る海へと目が釘付けになった。
石段のその先の景色は、途方もなく広がる水面で塗り潰されている。
「カーナ!ほら海だよ!海!」
はしゃいでカーナを追い越し駆けるジュネだが、港へと降りる階段に足をかけた瞬間「ふぎゃ」と悲鳴をあげて立ちすくんだ。
水面に反射したぎらつく光と肌を刺す塩気は内陸育ちのお坊っちゃんには刺激が強く、顔に手をかざしてたじろぐ。
「…しょっぱい…」
呟くジュネの隣を淡々と進むカーナがすり抜けて行く。
「……ねぇ、今気付いたんだけど、カーナの右腕海水で錆びちゃわないかな」
初めて触れる潮風にジュネは心配になって問うが、カーナもカーナの右腕も平然としていた。
「大丈夫です」
「そっかぁ…」
船に乗ったことがあるらしいから、海にも経験があるのだろうか。
ジュネは気を取り直し、カーナに続き石段を降りた。

いくつもの船着き場に国の持つ巨大な船や漁師達の小さな漁船がひしめき合う。
船底を濡らす波音と船乗り達の賑やかな声に混じり、高く響く海鳥の声が心地よい。
二人が目指すのは神殿の旗を掲げた大きな船。二十人ほどの乗組員を抱える、この港に並ぶ中では大きい部類に入る運搬船だ。

辿り着いた二人を初老の船長が待ち構えていた。ジュネの神官服を認めると深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました」
船長の挨拶に会釈を返し、ジュネは胸元のポケットから神殿の紋章を取り出して見せた。
鎖でポケットの縁と繋がったその銀盤には、太陽と月とを乗せた天秤が彫られている。公平を表す神殿の証だ。
「中央大神殿より参りました、ジュネリアと申します。この度はよろしくお願い致します」
ジュネの朗らかな挨拶にはいささかの緊張も気負いも見られない。
子供とはいえさすがは神官という人種だと、船長はばれぬよう小さく息をついた。
ふと、顔を上げた船長とジュネの目が合った。レンズの様に澄んだジュネの栗色の瞳に船長の無防備な顔が一瞬映る。
その船長の表情が瞬く間に恐怖で歪んだ。
火に触れた様に船長はジュネの目から顔を背ける。息はあがり、固く握った拳は震えていた。
「…申し訳ありません…」
船長は無礼を詫びるが、ジュネは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。勝手に覗き見る様な失礼な真似は致しません」

ジュネに目を合わせられるのを人は嫌がる。
彼の性質を知らない赤の他人ですらも本能で悟る様に、その二つの目を恐れた。



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2008年12月17日(水) 00:42:19 Modified by ID:H1hLfUggHw




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