光の庭へ・2

初出スレ:男主第二章661〜

属性:エロなし

ジュネは、目と目を通して相手の心を透かし見ることができた。
相手がその瞬間に頭に浮かべている映像、音、香り、触感、すべてが鮮明にジュネの頭に送り込まれる。

思い出も。
異臭を放つ肉欲の妄想も。
ドス黒い殺意も。

―あそこのババァ豚みたい。
―頭を切り落とせば、まだ動く?
―もし世界中の男が俺以外死んだら、リサだって俺を。
―焼かれてみたい。
―ユリウス様の髪を掴んでここからあそこまで引きずる。

例えジュネが望まなくても、ありとあらゆるおぞましいモノが流れ込んだ。

物心ついた頃には既に両親の心を読んでいたから、生まれつきの能力なのだろう。
それがあまりに強い想いなら目を合わせずとも顔を見るだけで脳裏に映ることもあった。

「どうぞ…こちらへ」
船長は頭を下げたまま身を引き、船内へ続く渡し橋をジュネへ示した。
いつの間にか船員達が甲板に並び、大神殿からの客人に揃って礼をしている。
「はい!あ、彼女は護衛のカーナです。これからロックまでお世話になります」ジュネははしゃいで橋へと駆け出した。
カーナは無表情のまま一同に目線で礼をするとジュネに続く。
船員達は礼を解くと、物珍しそうに甲板から二人を見下ろした。

客室に案内するために数人が迎えに降りるが、残りの者はその場で物珍しそうに雑談を始める。
安全な街から離れ海を渡る男達は皆日に焼けた逞しい体をしていた。
「護衛ちゃん可愛いじゃん。やったねー女の子来たよ」
「はぁ?お前あの腕見なかったのか。そっからじゃ見えない?」
「神殿さんのお付きなんだから中央で作った最新の義手かなんかじゃないか」
重い顔をした船長とは対照的に皆気楽そうだった。
それもそのはずだ。ジュネの読心の技のことを知っているのはごく一部の者のみ。
神殿と契約を持つ船とはいえ直接神官と関わりを持たない乗組員は、ただ神殿からの客人としか伝えられていない。
それは、ジュネとこの船員に限ったことではない。上位神官の特異な性質は、この国中でもほとんどの市民は知らないはずだ。
神官の中でも中央に勤める上位の者は、ジュネを含め全員が心を読む力を持つ。それが上位の神官としての絶対にして唯一の条件だった。
それはどんな方法でも構わないが、推理や第六感という不確かな物ではなく確実に他者の内面を暴ける術でなくてはならない。
ジュネはこの瞳のおかげで9歳の頃からこの国一番の高給取りの仲間入りをしているのだ。

「あーすごい!ベッドがあるよ。立派な部屋だね」
ジュネは客室の奥に備え付けられた大きなベッドにポンと頭から飛び込んだ。スプリングが心地良く跳ねる。
ベッドが並んで二つ、テーブルも簡単な収納も付いた小綺麗な部屋だった。床は波で揺れるがかなりくつろげる。
実は狭い船の一室でハンモックに揺られる旅にも憧れてもいたジュネだが、地方神殿のあるロックまでは一週間もかかる。
柔らかな寝床でなければひ弱なジュネは1日で倒れてしまうだろう。
紋章を胸に入れたままの神官服で寝転べば息苦しく、ジュネは身を起こしモソモソと上着を脱いだ。
しかし、カーナが床に下ろした荷物をほどき始める姿が目に入り慌ててシャツ姿で飛び起きる。
「僕もっ!」
転がる様に床に降りると有無を言わせず素早く荷物に手を付ける。
今度こそ何か仕事をしたかったジュネは、張り切って荷物の中身を床に仕分け始めた。
「これは歯ブラシとタオル、これは…あ、食料だ。後で船員さんに渡さないとね。えと、これは僕の着替え」
カーナは立ち上がり、ベッドに脱ぎ捨てられたジュネの上着を皺にならぬようハンガーに通す。
仕分けに夢中なジュネを静かに見守りながら、壁へと架けた。
「これは?…あ、カーナのパンツ…っ!!ああっ、ごめんっ僕見てないから!」
両手で広げてしまった白い下着にジュネの顔が真っ赤に染まる。
慌ててわたわたと下着を衣類の山に突っ込むが、カーナは気にせずに仕分けられた日用品を棚やテーブルに移動させていた。
ジュネはカーナの表情を気にしつつ、衣類を抱え棚へと移す。その布の山を見ない様に赤い顔を背けながら。

他人の心を通して性欲や情交を生々しく知っていたジュネだが、自身はまるで純情だ。
赤子の頃より当たり前の様に人の業に触れて育ったジュネにとって、人の抱くどんな汚泥も「人間なら誰もが普通に持つもの」でしかなかった。
男女の交わりも自分の身の上には遥かに遠い行為でしかない。ただの知識だ。
もちろんこんな能力を持つ人間全てがジュネの様に考えられるわけではない。
神官になってから知ったことだが、自分と同じ様に心を読む瞳を持つ者が過去二人発見されていたらしい。
一人は気が狂って自殺。もう一人は他者の内側に勝手に踏み入る業に絶望し自ら両目を潰したという。
そのどちらもが大人になってから読心の能力が芽生えたというから、生まれつきその目を持っていたジュネは幸せだったのかもしれない。

気に病むことも卑屈に生きることもなく、ありのままとして健やかに少年期を過ごしている。
その不幸な二人の顛末を教えてくれたのは40半ばの先輩の上位神官で、彼は人の体に手で触れることで相手の心を読めた。
強大な力を管理する神殿という職場には必要な術なのだが、神官同士、その術を持つ故の辛さを労ってくれたのだろう。
彼は去年の神殿行脚の役目だった。今年はこうしてジュネが国中の各神殿を巡る。
年少の神官には異例の大役だが、瞳による読心という実用的な能力とジュネの将来への期待に他ならない。

「僕、頑張らなきゃ…」
「はい」
「うん。ありがとう。カーナもよろしくね」
「はい」
「うん!あ、ねぇ甲板に上がってみない?出航までにもっと港の景色を見ようよ」
「はい」
「じゃあ行こ!」
ジュネは元気よく戸に手を伸ばすが、上着を忘れたのに気付いて立ち止まる。
そのジュネの小さな肩に上着が静かに掛けられた。
カーナは無表情のまま、左手と右のかぎ爪の尖端とで傷付けぬよう上着を持ちジュネが袖を通すのを助ける。
「ありがとう…」
ジュネははにかんだ。肩が温かい。

異能の少年と異形の少女。
異常な事など何も無いように、寄り添う。



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2008年12月17日(水) 01:14:16 Modified by ID:H1hLfUggHw




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