200 :名無しさん@ピンキー:2007/01/31(水) 07:18:19 ID:Xz7CxTOl
 バスがガス爆発する炎を、陸自のヘリに見つけて貰ったのは本当にラッキーだった。
 俺のライダースーツやピザ男は少し焦げたが、死んだ者もなく全員元気だ。
「ああちくしょう、いてぇ……」
「しっかりしなさい、男なんでしょ」
 駐屯地にいた医官のお姉さんに湿布を貼ってもらいながら、奴は半べそをかいている。
 その前で俺は白いご飯をもらい、ちょうどいい具合にほっこり焼け上がったシイタケをおかずに朝飯だ。
「うまいぞ、タイツ仮面がくれたシイタケ。ピザ男もどうだ」
「うるせえよ。おれにメシを食わそうってんなら飲み物としてマヨネーズを持ってきやがれ!」
 さすがにマヨネーズはないので、俺は幕僚長テントの方を見た。黒BDの連中が事情聴取を受けている。
 だが、ただの『武装した公務員』である自衛隊員と、何度も死線を潜り抜けた彼らでは格が違いすぎる。
 案の定、眼鏡の陸佐はバカにされまくって顔を真っ赤にしていた。
「だから、貴方達はどういう組織なんですか。それだけでも教えて頂けませんかね!」
「黙れ小僧」
「過去ログ嫁」
 連中は詰め寄られてもどこ吹く風、そっぽを向いてニヤニヤ笑い、涼しい顔でタバコを吹かす。
 陸佐もとうとうキレたのか、机をバンッと叩いて奥の手を出してきた。
「凶器準備集合罪の現行犯で装備を没収しますよ! 現行犯なら警察じゃなくても可能ですからね!」
「ヤ、ヤッウェーイ!」
「ヤーウェーイ!!!」
「アホどもめ……」
 俺は溜息をついて飯を終え、周囲を見渡した。
 枯野の中に設置された臨時の基地はあちこちにテントが立ち並び、その間を戦車や装甲車が行きかう。
「そういえば、貴方がたと同じ警察の方が来てますよ」
 医官のお姉さんがいきなり言い出したので、俺とピザ男は同時に振り返った。「はい?」
「確か室井さんという方で、今は避難者収容のテントでお貸ししたパソコンをお使いです」
「……ありがとうございます。おい、ピザ男いくぞ」
「ええっ?」
 俺とピザ男は避難者用テントに向かったが、途中で完全武装した隊員に声をかけられた。
「あ、警察から委託されたライダーの方ですね。済みませんがご同行をお願いします」
 俺の格好は貧相な裸にズボンだけだが、変身ベルトはまだ腰に巻いている。
「リモコン兵士達の電波発信源を特定しましたので、これよりヘリで突入します。犯人逮捕にご協力下さい」
 ちょっと信じられない事を言われて、俺は思わず足を止めた。
「本拠地がわかった? 今まで解らないから犯人が確保できなかったんじゃ……」
「いえ、昨夜の一時から状況が変わりました。奥多摩の山中に強い電波の反応があります」
 ゆうべといえば、俺がピザ男に叩き起こされたのが三時。その頃には邪神兵だらけだった。
 都内各地で女淫兵が邪神兵に変異し、虐殺を始めたのが二時間前とすると辻褄があう。
 連中は戦法を変えたのだろう。それか、何かトラブルが発生して止む無くといったところか。
 俺はすぐ目の前にあるテントとピザ男を見比べ、隊員に頭を下げた。
「すいません、もうちょっとだけ待って下さい。どうしてもやらなきゃいけない事があるんです」


201 :名無しさん@ピンキー:2007/01/31(水) 08:04:29 ID:Xz7CxTOl
「了解しました。でもそんなに長くは待てませんよ」
 再び走り出す俺に、もう息を切らしたピザ男が話しかける。
「はぁはぁ待てよはぁはぁ祐樹、どうしたんだよはぁはぁ何がそんなにはぁはぁ大事なんだ」
「ハァハァきめえ! 管理官クラスになりゃ、警察の重要ファイルにアクセスできるだろ」
「はぁはぁ……そりゃまあ、かなり使えるIDカード持ってるわな」
「それを貸してもらうんだよ!」
「ああそう……って、そんなもん簡単に貸すわけねーだろ!」
 貸してもらえた。
 ピザ男が用件を伝える間、俺がずっと耳元で「むろいさんかわいいよかわいいよむろいさん」
と言い続けてたら、室井さんは「かまンたーッ!」みたいな事言いながら凄い勢いでどっか飛んでった。
 きっと照れたのだろう。残されたのはノートPCと、警察ネット内で高位権限を持つIDカード。
「よっしゃ、おだて作戦上手くいった」
「いってねーよ、ぜんぜん上手くいってねーよ。俺どうなるんだろ。減給かな、降格かな……」
 ピザ男は鬱になって頭を抱えているが、そんな事を気にしている時間はない。
 俺は素早いブラインドタッチでデータベースを探り当てると、捜査ファイルにアクセスした。
「……やった。これだ」探し物はすぐ見つかった。
 〃違法組織ブラックレディースについて ICPOとの共同捜査最新状況〃
 素早くダウンロードして俺の自宅PCに転送し、他に目ぼしい物が無いかと探す。
 〃米田股介の身辺調査〃
 クトゥルフの身元を洗ったものだ。日常からいきなり事件に巻き込まれた俺には、これを読む権利がある。
 そう勝手に決めて開いてみて…… 俺は後悔した。
 股介は玩具工場を経営していたが、不審火で住宅と工場が全焼。妻と高齢でできた一人娘も焼け死んだ。
 粘菌を素材として使う特許も持っており、それまでは順調な人生だったのに。
 ちょうどバブルが弾けて景気がガタ落ちしている最中で、銀行は容赦しなかった。
 貸し付けていた資金もすべて回収され、股介は汚い家で一人死ぬのを待つばかりだった。
 恐らく彼はこの時点で、耐え切れぬ寂しさと失望に、静かに狂い始めていたのだろう。
 そこへ親切げに声をかけたのは救いの手ではなく、悪へのお誘いだった訳だ。
 誰か、股介に資金を出した奴がいる。奴に力を与える事で、狂った老人の夢を実現させた奴が。
 本当にふんじばって裁かれるべきなのは、そっちの方ではないのか。
「なあピザ男。俺達、今から股介を逮捕しに行くんだよな……ただのボケた爺を」
 へこみきっている俺に、うしろからピザ男が口を開いた。
「あのな、祐樹。警察の仕事ってぇのはそんなもんだ。世の中嫌になるもんばっかりさ。
何が正義かなんてのもわかんねぇ。でも少なくとも、それで助かる人もいるんだぜ」
「本当かなぁ……」
 納得できない思いを抱え、もうPCに用はないだろうと思い始めた頃、俺は妙なフォルダを見つけた。
 〃ダークキッドの出生から今日に至る記録〃
 中身は、恐らく論文であろうドでかいサイズのワードファイル、PDF、そして画像ファイル多数。
 これはすごく読みたい。めちゃくちゃ読みたい。謎に溢れる彼の事がわかるかもしれない。
 しかし本人の同意もなしに、こそこそ調べるような真似をしていいとは思えない。
 悩んだ挙句に俺は、彼のファイルを読まぬまま閲覧履歴を消去し、PCの電源を切った。


202 :名無しさん@ピンキー:2007/01/31(水) 10:55:43 ID:Xz7CxTOl
◆8月23日/埼玉/探索地域:ルルイエ
     坂下 祐樹
 終了条件1:マザーコンピューターの破壊
 終了条件2:事件の黒幕・安藤良子に天誅を下せ

 接地したブラックホークから飛び降り、俺達はどこの道からも続いていないトンネルに入った。
 外からではただの洞窟に見えたが、内部はコンクリートで補強されている。
「まず自分らが先行します。警察の方は後から来て下さい」
 一緒に来た自衛隊員はそう言い残し、フォーメーションを組んで突入して行った。
 すぐに変身済みの俺とピザ男も続こうとしたが、そこへもう一機のヘリが飛んできた。
 30mはある飛行高度から飛び降り、空中一回転して着地したのはダークキッドだ。
 というか、飛行中のヘリから身ひとつで飛び出す時点で彼しかいない。
「よう坂下、生きてたか」
「何とかな。そっちも元気そうで何よりだ」
 最終ステージを前にしても、別に笑うでもなく怒るでもなく、ダークキッドは普段と変わらない。
 緊張で顔が固い俺やピザ男とは対照的だ。「じゃあ……行こうか」
 闇に沈むトンネルの奥からビンビン感じる『嫌な予感』に、ガチガチになっている二人に素が一名。
 俺の脳内では今までプレイしたゲームの最悪シナリオが次々と再生され、本当は前へ進むどころではない。
「あ、坂下。お前部屋に携帯忘れてただろ。連絡つかないと困るから持ってろよ」
「ありがとう」
 あまり進みたくないのでダークキッドから手渡された携帯をいじってみると、登録が一つ増えている。
「これダークキッドの?」
「そうだ。緊急時にはいつでも呼んでくれ」
 これは恐らく警察ですら掴んでいない番号とメアドだろう。えらく貴重なものを貰ったものだ。
 と、ビクビクしながらも進む俺達の前に、ドアが二つ現れた。その前に隊員が一人。
「伝令です。この先、二方向にあるスイッチを同時に押さないと進めないようです」
「ふん、そうか」ダークキッドは俺に向き直り、こともなげに言い放った。
「坂下、ここで別れよう。俺とお前でスイッチを押すぞ」
 自衛隊……先に攻略しておいてくれるのは有難いが、それならスイッチも押しておいてくれんか。
「あのー、他の人達はどうしたんですか?」
「はっ、左通路に進んだまま帰ってきません」
 それを聞いて俺は右通路に行きたくなったが、ここは慎重に行動だ。
「ちょ、ちょっと待って。どっちがきつそうか偵察してくる」
 俺は忍び足で左通路に入ってみた。まあ何もない、当然だ。
 だが、右通路はもう少し進んだだけでやばい。この世のものと思えないものがいる。
 俺はそいつに見つからないよう足音を殺し、息もせずに戻ってきた。
「で? どっちの道がきつそうだ。俺はそっちへ行くぞ」
 余裕綽綽なダークキッドに、黙って右の道を指差す。俺のヘルメットの下の顔は真っ青だ。
「右だな、よし!」
 彼は颯爽と暗闇の通路へ消えてゆき、やがて暗闇の通路に悲鳴が響いた。
 恐らく彼が人生の中で、五本の指で数える程にも上げるかどうか分らない〃恐怖の悲鳴〃というやつが。
「うぅぅぅぅっッぎいいいぃぃやあああ信じらんねー! ス プ ー だあああぁぁああああ!!!!」
 無理もないだろう、あれは誰でも怖い。子供だったら昼間見ても卒倒すること間違いなしだ。
 とてつもなく酷い事をしたのは分かっているが、俺では勝てないのだから仕方ない。
 例えば皆の衆、RPGで強いボスへの攻撃役は強い奴に任せて他は回復役だろう。
 誰だってそーする、俺もそーする。
 彼に決定的な落ち度があるとすればそれは一つ、俺より遥かに強い事なのだ。
「すまないダークキッド、許してくれ!」
「がんばれダークキッド、負けるな僕らのヒーロー!」
 自分勝手な事を言いつつ、俺達は左の通路をひた走りに進んだ。
 しかし、これで俺の嫌な予感は実現したわけだ。
『最悪シナリオその1、強い仲間がパーティ離脱』

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