なぜないのか疑問だった

虚ろなる幻想の彼方に




「はぁ、はぁ……」


虚ろな足取りで暗闇の中を進む一人の少女。
深く被っているフードのせいでその表情は確認できないが、着ている服はボロボロだった。
誰かから、何かから必死で逃げている―――そんな様子であった。


「ぅ……おなか、すいた…」


ついに限界を迎えたのか、少女は倒れ伏してしまう。
逃げなければと頭では理解しているが、空腹で身体が動かない。
薄れゆく意識の中、どこか近くで声が聞こえる。多くの人々が集まっているような。


「誰か……だれ、か……」




―――『集龍祭』。
盛大に開催された、二日間の冒険者達の祝祭。
ある冒険者は従者と共に出店を回ったり、またある冒険者は新たに見つかったダンジョンを攻略したり……
そんな中。


「せっかくの祭りなのに悪いな、ダンジョン攻略に連れてって」

「ううん、気にしないで!まだ祭り続いてるみたいだし、帰る前に寄ってこ?」

「ああ、そうだな」


ダンジョン帰りの冒険者と、その隣を歩くメイメイ。
メイメイの腕に抱えられているのは、赤龍喚士に似た集龍……所謂"ガチャドラ"である。


「ふふ、これ可愛いね!拠点に置いててもいいかな、マスター?」

「一体だけだぞ……あまり多いと大変だからな」

「はーいっ、それより早くいこ?お腹すいちゃった!」

「あっ、待てよメイメイ。そんなに急がなくても料理は逃げないぞ」


待ちきれないと言わんばかりに走り出したメイメイを、大量の金や虹の卵を背負ったまま追う冒険者であった。
612: 虚ろなる幻想の彼方に :2017/03/06(月) 01:37:03 ID:PHP627J6
それからしばらくして。


「それじゃ先に帰ってるね、散歩もいいけど遅くならないようにね!」


拠点で待つ皆への土産……と、どうやら気に入ったらしいガチャドラを両手に抱え、冒険者と別れるメイメイ。
対する彼は、久しい祭りなのでいろいろ見て回りたいようだ。


「たまには、一人の時間も悪くないな」


絢爛豪華な装飾は、この集龍祭が特別な祝宴であることを示しているようにも見えた。
会場の周りにも祝いの酒を飲み交わす人々がちらほら見受けられる。
顔馴染みの同業者も何人か見かけ、近況を互いに話したりもした。
……そんな集龍祭も、終わりの時は来る。


「やべえな、もうこんな時間か……結局最後まで居てしまった。こりゃメイメイに怒られるかも」


もうすぐ日付を跨ぐ時刻。祭りの後片付けを少し手伝ったとはいえ、彼の言う通り怒られる可能性はあろう。
少し急ぎ足で拠点へと歩む冒険者。


「……すけ、て…」

「………誰だ?」


その歩みが止まる。微かな、だが確かな助けを求める声が聞こえたからだ。
微かな声が聞こえる方向に行き、茂みを掻き分ける。
月明かりだけが頼りの中、木々に囲まれた小さな草原には―――倒れ伏している少女の姿。


「お、おい!大丈夫か!?」

「ぁ……お、ねがいです…たすけ……」


少女はそこまで言葉を紡いだところで意識を失った。
解れや破れが目立つ服装から、どうみても様子がおかしい。
病気や泥酔とは異なるのは明白だった。事実、衰弱しているようにも見える。
どこからどう見ても人間の姿だが、この年代の少女がこのような状態になるまで一人で外を彷徨っている…とは考えにくい。


「………このまま放っておくわけにもいかないし、とりあえず連れていくか」



――城内の書庫へ追いやられた。嫌になって逃げだした。

  私への興味は失ったはず、なのに追われた。だからもっと逃げた。

  街に逃げ込んだ。初めて見た街は皆が楽しそうだった、皆優しかった。

  だから、皆優しいから、迷惑はかけたくなかった。

  逃げた。ただ、ひたすら逃げた。

  でも、限界だった――





「………あれ、私…」


薄れゆく意識の中、誰かが声をかけてくれた。そこで彼女の記憶は途切れている。
だが、最後にいた場所と今いる場所が明らかに違うのは彼女にも分かった。


「此処は、どこ…?」


寝かされていたベッドの横には、ホットミルクが注がれたカップが一つ。
恐らく自分のために用意されたものだろう。
状況を認識しようと辺りを見回していると、部屋のドアが開かれる音がした。


「あ、良かった。目が覚めたみたいだな?」

「っ…!あ、貴方は……」


また追手か、そう思った少女は恐怖に身を震わせる。
部屋への来訪者はにっかりと笑みを浮かべた。


「おいおい、何を怖がってるんだ?何もしないから安心しろって」

「……貴方が、私を助けてくれたの?」


来訪者――この部屋の主と思わしき冒険者は頷いた。
その言動に曇りが無いことを察したようで、少女も少し安心したようだった。


「あ、ありがとう……何か、お礼を…」

「気にするなって。困ったときはお互い様…だろ?」

「………貴方、優しいんだね。なり損ないの私に手を差し伸べてくれて」


冒険者はその言い回しに疑問を感じた。


「"なり損ない"?そうは見えないんだがなぁ」

「う、ううん。私は白獣魔のなり損ない………なの」

「なっ、白……!?」


冒険者は、目の前の少女の告白に戦慄した。
白獣魔――イルム。昨今、世界を騒がせている悪魔である。
同業者の間でもよく話題に上がることもあり、その関係者との邂逅に思わず身構えてしまう。



「自己紹介が、まだだったね。私はイルミナ……白獣魔、イルムのなり損ない」


イルミナ。そう名乗る少女はそっと目を伏せる。
創造主の行動は逃亡中に寄った街でも耳にしたことがある。故に、冒険者の反応は当然のものだろう。
だが、それでも受け入れてもらえない寂しさを隠すことはできなかった。


「助けてくれたことには、感謝してる。だからこそ……優しい貴方に、迷惑はかけたくない」

「………イルミナ。君は、どこか行く当てはあるのか?」

「ううん、当てなんてないよ。誰もが貴方みたいに、優しいわけじゃないし…」


イルミナの目にはうっすらと涙が浮かぶ。
そんな彼女の頬をそっと撫で、冒険者は彼女にこう言うのだった。


「なら、俺達と一緒に冒険しないか?俺達の仲間に……なってくれないか?」


イルミナがその言葉の意味を理解するのに、十数秒はかかっただろうか。
聞き間違いかもしれない。そう考え、再度確認する。


「え、っと……今、何て言ったの?」

「俺達の仲間にならないか、って。行く当てが無いなら構わないだろ?」


こんな自分に優しい笑みを向けてくれる彼の申し出は、イルミナにとっては願っても無いこと。
しかし、素直に承諾できるような環境ではない。


「わ、私……追われてるんだよ。だから、貴方に迷惑かけちゃう」

「なら俺が守ってやる、その程度迷惑とも思わないさ」

「………私と一緒だと、貴方も避けられちゃうよ。白獣魔の仲間じゃないのか、って」

「ああ、言わせておけばいい。それに、俺の知り合いはその程度で離れるような軟弱者は一人もいない。イルミナも絶対仲良くなれる」

「でも、でも……っ」


続く言葉が出てこないイルミナ。必死に申し出を断る理由を探しては述べるが、その全てを冒険者は切り返す。
少し間を置いて、イルミナがまた口を開いた。


「……私は、なり損ないだよ。それでも、貴方と………貴方達と一緒に、歩んでいくことはできるの?」


"その言葉を待っていた"、そう言いたげな冒険者は涙ぐむ少女の頭を撫でる。
深く被っているフード越しだが、気持ちはきっと伝わっている。


「当然だろ。一緒に行こうぜ、イルミナ」

「………ありがとう…でも、ちょっと待って」


そう告げると、イルミナは布団から降りた。
身の丈に合わないほど大きなコートを脱ぎ去ると、彼女の姿が変化していく。
可愛らしい耳、小さな翼、身の丈ほどはある大きな尻尾……それは、まるで小さな白獣魔だった。


「改めて自己紹介、するね。私はイルミナ。………これからよろしくね、"ご主人様"」


琥珀色の瞳に大粒の涙を浮かべたまま、自らの主人となった青年に微笑みかけるイルミナ。
彼女がこれから歩む道は、きっと笑顔溢れる幸せなものになるだろう。






「おはよ、マスター!……その子は?」

「おはよう、メイメイ。えっと……ほら、自己紹介」

「は、はいっ…えと、イルミナです。よろしくお願いします…」

「………可愛い〜〜っ!尻尾もふもふしていい!?」

「へっ?あ、いいですけど…」

「ありがと〜〜〜〜っ!ああぁ癒されるぅぅ〜〜………♡」

「ひゃうっ、も、くすぐったいですよぉっ……!」

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