俺ロワ・トキワ荘にて行われている二次創作リレー小説企画の一つ。Perfect World Battle RoyaleのまとめWikiです。

ばちり、と雷が鳴る。
それは決意の雷鳴、迷いを断ち切る、一筋の光。
血の縛りも、地球意志も、完全者も、自分を動かすには至らない。
自分を動かすのは、自分だ。
人間は前を向いて歩く、それは誰かに言われたからじゃない。
自分の足で、自分自身を、動かしているのだ。
「大丈夫か?」
「ぶっ倒れてる場合じゃないでしょ」
正直、限界は近いかも知れない。
それでも、今は地に伏せている場合ではない。
今、今進まなければ、きっと一生後悔するから。
だから、アメフトプレイヤーと歴史を愛する少女は倒すべき敵を睨む。

ごうっ、と小さく炎が舞う。
それは不屈の闘志、未来を見据える、一筋の光。
未来を掴むと決めた、生きて、生きて、生き抜くと決めた。
誰にも邪魔は出来ないし、する権利もない。
けれど、それを阻むヤツがいる。
好きに生きる、ということを、邪魔するヤツがいる。
そんなこと、許されて良いはずがないのだ。
「待っててね、みんな」
感覚を確かめるように、氷を作って溶かす。
中に炎が見えたのは、錯覚だろうか。
いや、錯覚だろうと何だろうと、もう炎は怖くはない。
自分は、二人分の炎を背負って生きなければいけないのだから。
怖がってる暇なんて、今はないのだ。
だから、皆を背負う少女は倒すべき敵を見据える。

ざくり、と地面を踏み抜く。
何もかも失っても、自分の体の感覚は消えない。
たった二本の足で、大きな体を支え、地面に立つことが出来る。
"人間"とはそんな凄い生き物なのだと、改めて噛みしめる。
欺瞞や拒絶、繰り返してきたそれを全てかなぐり捨てて。
決めた道を、真っ直ぐと、真っ直ぐと見つめる。
「もう、迷わない」
深紅のグローブが、パキリと音を立てながら曲がる。
何もない、けれどそこにある、新しい力。
沸き上がるそれは、まだ何かは分からないけれど。
その力は、信じられる。
だから、生まれ変わった少年は超えるべき敵を見つめる。

三つの視線をその身に受け止めながら、首をぐるりと回してその場を一望する。
地球意志と契約を結びながらも、その意志に反抗した少女と男を。
二人分の炎を背負いし、人の手により作られた少女を。
正されることで、新たな世界の力を手にした少年を。
それぞれの戦いが、力が、願いが渦巻き、空へと昇った。
それを見届けてなお、彼女は笑う。
「……さすが、と言ったところか。ここまで生き抜いてきた者が、そう易々と死ぬわけも無かった、か」
神の力を有する余裕か、それとも他の何かか。
完全者は明確に"見下す"ように、生き残ってきた者達を見つめる。

「あんたをぶっ飛ばすまでは死んでも死にきれないわよ」
即答する。
失わなくて良かった日常と、失われた多数の命。
別に博愛主義者と言うわけではないが、理不尽な死に納得がいくほど現実を諦めているわけでもない。
特に、それが誰かの手によって齎されたというのなら。
それを与えようとする者に、反逆せず何になるというのか。

「右に同じ、だ。言いたい放題やりたい放題されっぱなしじゃ、割に合わねえからな」
他の誰かからすれば、ゴミや必要のないモノだったとしても。
自分自身にとっては、かけがえのないモノだったりする。
ましてや、自分の命なんて大事なモノは、誰かが価値をつける権利を持っているはずがない。
自分の命は、自分のモノだから。
それを奪おうとする者に、反逆せず何になるというのか。

「クーラは、貴方を許さないよ。皆を、私を、めちゃくちゃにしたから!!」
こんな場所でなければ、もっといい出会いが出来たに違いない。
こんな場所でなければ、もっといい形で気づけたかもしれない。
こんな場所でなければ、失われることもなかったかもしれない。
それを全て招き、自分たちを陥れたのは、目の前の存在だ。
だから、叶わないかもしれないと分かっていても。
自分たちが掴んだ、手にした、かけがえの無くて、大事なモノを。
生きてきたという証を見せつけ、これからも生きてやろうと。
それを邪魔する者に、反逆せずに何になるというのか。

「あんたが何を考えているかは知っている。
 けれど、それは違う、それこそが、糺されるべきことだ」
ようやく分かった答え。
それが分かるには遅すぎたとも思うけれど。
掴んだ今だから、言える。
こんなことは間違っているって、大きな声で言える。
"新世界"は、そんな場所じゃない。
どうあるべきかなんて、誰かが決めていい場所じゃない。
許されるわけでもなく、悲しみや怒りに暮れる訳でもなく。
ただ、誰もが"前を向いて歩ける場所"こそが、新世界なのだから。
それを阻む者に、反逆せずに何になるというのか。

それぞれの言葉、反逆の狼煙。
短い一言に、短い一日を過ごして経験した様々な思いが詰まっている。
「……く、ククっ……ははハハハ」
それを察してか、あるいは無視してか。
"敵"として立ちはだかる彼女は、笑い出した。
「なにが可笑しいッ!!」
響きわたる声をも無視して、完全者は笑い続ける。
「威勢がいいな……だが、貴様等がこれからどれだけ足掻こうが、もう無駄だと言うことだ。
 明日を掴むため、我を倒すため、そのために使ってきた"力"によって、貴様等は滅びるのだからな」
マントを靡かせながら、生き残った者達の少し上から彼らを見下ろす。
それはまるで、新人類と旧人類を隔てる壁があるかのように。
自分たちの力で、自分たちが滅ぶ。
完全者の言葉は、生き残った者達には理解できない。
現にこうして、それぞれが"勝って"ここに立っているのだから。
それがどうして滅びに直結するのか、理解できる訳もない。
「それでも、我と戦うというのか?」
明らかな挑発、勝利を確信しているからこそ出来る芸当か。
ククッ、と笑いを漏らす完全者に対し、生き残った者達は叫ぶ。
「無駄だの何だの、勝手に決めてんじゃないわよ!!」
真っ先に響きわたる、叫び声。
やれ滅びだ、やれ無駄だと、完全者は一人で話を進めている。
そんな"決めつけ"通りにコトが運ぶなど、誰が決めたのか。
「俺たちは"勝ち"に来たんだ。やる前から負けるコトなんて、考えねえ」
そう、まだ決まったわけではない。
決まっていたとしても、それは完全者の掌の中だけの話だ。
自分の手に掴むまでは、勝ちも負けも決まっていない。
だから、戦うのだ。
「クーラは、退かないよ。貴方を絶対に許さないから」
まっすぐ、まっすぐ、絶対に折れない一本の芯がある。
戦うと決めた、未来を掴み、生きると決めた。
絶望している暇はない、死んでいった者達に笑われてしまうし、情けないから。
「新世界、それを作るのは人間だ……アンタじゃなくってね」
歩くと決めた。
目を逸らさず、逃げることもせず、ただ背負うだけでなく、受け入れて歩く。
前を見つめ、前を見据え、その両足を動かす。
新たな時を生きるために必要だから、前に立ちはだかる壁を壊さなくてはいけないのだ。

「……よかろう」
生き残った者達と言葉を交わし終え、完全者はその顔から笑みを消す。
手に銃剣を構え、帽子を被り直し、マントをはためかせ、生き残った者達を睨む。
「ならば、絶望して死ぬが良い」
前に突きだした手と共に飛び出した無数の鎖が、最後の始まり。



「唸れ、雷鳴ッ!!」
飛び退いた先、着地と同時に雷を放つ。
力の大元のオロチは封ぜられたが、ラピスに宿る力はまだ残っている。
現世に残した土産か、あるいは完全に打ち勝ったが故の新たな力か。
ともかく、今使える"力"であることは間違いない。
持てる牙を全て使い、完全者へと向かっていく。
一本、二本、三本、蛇のように落ちる雷。
「護よ」
だが、それは完全者が片手を翳すだけで無力化する。
蛇が襲い来るのならば、蛇を食らう者になればよい。
先ほどのラピスがそうしたように、完全者もまた蛇を食らった。
まずはこの喧しい蛇から黙らせるか、と銃剣に力を込めたとき。
空を切り裂くもう一つの不快な音が、完全者の耳に届く。
目前には、数発の小型ミサイル。
"追跡者"の異名を持つ、エネミーチェイサーが、今まさに完全者を敵として認識し、襲いかかってきているのだ。
だが、それも完全者の体を傷つけるには至らない。
ゆっくりと延ばされた片手、小さな一言。
先ほどの雷のように、ミサイル達も飲み込まれていく。
「威勢がいいと思ったが、この程度か。こんな子供騙しで、我に勝てるとでも?」
相も変わらず余裕を見せる完全者。
だが、その表情は即座に驚愕へと変わる。
完全者の脇の部分、すぐ側の空間が突然爆ぜる。
ほんのわずかな空気の歪みと輝く破片に気づき身を翻したものの、攻撃の予兆は殆どなかった。
しかし、この場には自分を除き四者しかいない。
今し方相手にしていた二人ではない、そして残った一人の内、一人はもう力が使えない。
なれば。
「ふぅっ……」
クーラ・ダイアモンドの仕業に違いない。
氷と炎、相反する二つの力。
K'の力とアンチK'の力の合体実験は、今までも行われてきていた。
だが、その全てが不発に終わる。
というのも、全てが無くなってしまうからだ。
実験体も、結果も、施設も、全てが無くなっていく。
まるで、"無"が生まれているかのように。
その絶大な破壊力を手にしようと、何度も何度も試みたものの、いたずらに施設を失うだけに終わっていた。
だが、今この場所で、それが生まれた。
いくつもの奇跡と、いくつもの願いと、いくつもの意志が重なり合い。
アンチKの力と、Kの力が融合し、新たな力となっていた。
今までと同じように、けれど少し形を変えて、クーラはその力を扱う。
「くるっと、えいっ!」
バレリーナのようなスピンから、鋭利なハイキックを繰り出す。
その仕草は、何もない空を切っているかのように見える。
だが、そうではない。
氷と炎から生まれた無の力を生み出し、それを氷に纏わせて蹴り抜く。
彼女が全く知らない力、でも知っている力を使い、今まで通りに戦う。
見えない刃が、空気を伝って完全者へ向かう。
そして完全者の側に来たとき、ぐにゃりと空間が歪み、"無かったこと"にしながら凍らせていく。
目に見えるものは弾けても、目に見えないものは弾けない。
タイミングを掴めば不可能では無いかも知れないが、同時に飛び交うミサイルと雷が、完全者の呼吸のペースを乱す。
見えるものの対応に追われる間に、見えないものが襲い来る。
「小賢しい真似を!」
障壁の数を増やし、一気にミサイルと雷を弾いていく。
いや、雷とミサイルだけではない。
抉り取られる空間さえも、その障壁に飲み込ませていく。
もはや何人たりとも突き抜けることは出来ない、そんな巨大な"壁"。
絶対防壁とも呼べるそれを前にしながら。

「受けろっ」

肉薄していた一人の少年が。

「このブロォオオオオッ!!」

握りしめた拳で、その壁を打ち抜く。

前へ進む力、全てを受け入れる力。
彼が見て、感じて、過ごした全てが、力になる。
そして、彼に手をさしのべてくれた人の力は今、最も強い彼の武器になる。
八番目の狂犬の牙は、世界を作る少年の牙となり、ここに蘇った。
「ほう……それが、お前の手にした力か」
「そうさ、アンタを乗り越える力だ」
殴り飛ばされた完全者は、素早く体勢を整え、殴り飛ばした少年を睨む。
何者にも止めることの出来ない、全てを"殺す"トランペットが鳴り響く。
彼女の知っている彼の力ではない、それを即座に理解し、彼女は。
「ふ、はハハは! やはり面白い!」
その力を、笑い飛ばした。
それと同時に、エヌアインが再び拳を振るう。
大振りで、構えもへったくれもない、狂犬の拳は。
全てを受け入れて、前へ進もうとする今の彼にぴったりの武器なのかもしれない。
飛び込みと同時に振るう足、踏み込むブロー、がむしゃらな拳。
飛んでくるミサイルと雷と無と共に、完全者を狩り尽くそうとしている。
さすがにたまらず、完全者も逃げの一手を打つ。
クーラのそれとは違う空間の歪みを生み、自分の体を転移させていく。
出すまでもないと思っていた力の内の一つを使い、銃剣で飛び道具を払っていく。
それを見て間髪入れず肉薄しようとしたエヌアインを止めるように、完全者は銃剣をエヌアインに向ける。
「……のう、エヌアイン。まだ今なら許してやろう。
 我と共に、愚かなる人類を滅ぼしに行こうぞ」
上から下へ。
明確な意志を持って"見下ろされた"発言。
その問いかけを向けられたエヌアインの答えは。
「クソ食らえだ」
当然、ノーだった。
同時に、銃剣の上を行くように鋭い飛びを見せていく。
ぶつかり合う足と銃剣。
五分の力がぶつかり合い、弾け飛ぶ力が両者の距離を離していく。
エヌアインは拳を構え、銃剣を持つ完全者をじっと睨む。
「残念だ……その切り拓く力こそ、新たな世界の幕開けにふさわしいと思ったのだがな」
「……この力は、アンタの為じゃない」
ため息混じりに残念がる完全者に、エヌアインは即答していく。
腕を横に振るい、何かを訴えるように語り続ける。
「ボクや、皆の……これからの、明日の、新しい世界のための――――」
その背には、雷と知を操る少女の姿。
その背には、炎と氷を操る少女の姿。
その背には、勝利を手にする男の姿。
それだけではない。
この場所で散っていった無数の命、思い、信念。
その全てが、今の彼の力になる。
誰かが前を向く力こそが、たった一人の少年の"牙"になる。

そして、その力は。



「それを見るための、"歩く"力だっ!!」



今、極限まで高まっている。

弾け飛ぶように、それぞれが動く。
苦境に立たされた人類が、驚異に立ち向かう為に開発した"牙"を振るう男。
残された全てのミサイルが、完全者へと向かっていく。
人類を滅ぼしうる存在を、押し込めた少女が"牙"を振るう。
辺りを覆いかねない雷の衝撃波が、完全者を飲み込もうとする。
氷と炎、有から無を作る少女が"牙"を振るう。
歪んだ存在を曲げる、破壊の力が完全者を襲う。
そして、未来を見るための歩く力を持つ少年が牙を振るう。
封ずるでもなく、破壊するでもなく、切り拓く力が完全者を包もうとする。
それぞれが、それぞれの思いを載せて。
人を滅ぼそうとする者に向かって、真っ直ぐに伸びていった。





爆音。
弾け飛ぶ力と力が、そこにある全てを飲み込んでいく。
どんな物質ですら、塵一つ残さない。





「調子に乗るな」





はずだったんだ。





振り抜かれた一閃。
銃剣の先についた剣が裂いた? いや、違う。
銃としての機能、万を貫く完全なる破壊を齎す光。
真っ直ぐに伸びきったそれは一本の刀となり、人類の希望を真っ二つに斬り裂いた。
彼らの体に損傷がなかったのは、その力が盾となったからか。
「……遊びは終わりだ」
全てが凍り付きそうな声と共に伸びた鎖に、その場の人間全員の体が固まる。
動かない両足の感覚と共に襲う無力感、絶望の壁と圧倒的な力。
屈するしかないその状況を、飲み込まざるを得ない。
「ふッ……ザけんなっ!!」
だが、只一人。
それを飲み込めない者が居た。
ラピスは、それを認めなかった。
だから、鎖を肉ごと無理やり引きちぎり、食ってかかった。
人間は無力じゃない、お前を倒すことが出来る。
何より一発ブン殴るまでは、帰れないのだから。
「駄目だっ!!」
だが、それが甘い一手だと言うことは誰の目にも明確だ。
冷静に考えれば、単騎で勝ち目なんてないのに。
エヌアインが制止の言葉を出したときには、既に遅かった。
繰り出される拳、迸る雷鳴、明確な殺意と怒り。
「ぐぇッ……」
その応酬は、自分の命。
深々と突き刺さった完全者の掌が、自分の体内にめり込んでいた。
ビクン、と一回大きく跳ねるのを見てから、完全者はそのままラピスの体を放り投げる。
「不味い……」
手についた血を振り払い、たった一言そう呟き、放り投げたラピスに銃剣を突き刺そうとする。
「たぁぁっ!!」
もちろん、それを黙って見過ごす訳がない。
クーラが、ラピスを救うために果敢にも飛び出していく。
だが、それも無駄だ。
感情に突き動かされるままに戦って、どうにかなる相手じゃない。
全員の力を合わせても、突破口はないと分かったのならば。
一人で戦ったところで、結果は分かりきっている。
けれど、それでも体が動いてしまう。
だって、"人間"だから。
「理解力に乏しい豚が……」
そんな人間を、まるで家畜を見る目で見据える。
無の盾を作りながら肉薄するクーラに対し、焦りも驚愕もなく。
「がはっ……」
ただ、貫く。
一点に集中し、その腹部を貫き、破壊の光を当てていく。
超高速で吹き飛ぶクーラの体は、間違いなく無事ではいられないだろう。
そんな光景を見てもなお、エヌアインの足は動かない。
分かっている、分かってしまったのだ。
"勝てない"と、脳裏に焼き付けられてしまった。
「貴様等の相手も飽きたな……」
ふと気がつけば、完全者が自分の目の前で笑っている。
始めよりも、もっと明確な意志の見下した目線が、エヌアインの心を抉る。
「ははっ、見ろ。残された豚は、先ほどからずっと足がすくんで動けずに居るではないか。
 滑稽とは思わんか? なあ、エヌアインよ」
ブライアンに銃剣を向けて、完全者は笑う。
銃剣の先、足がすくんでいるブライアンの目も、恐怖で染まっていた。
……無理もない、始めから圧倒的な姿を見せられていて、改めてそれを見せられているのだから。
止めを刺すのも億劫だと思ったのか、完全者は男にさして興味を向けず、エヌアインへと語りかける。
「貴様の返事が、この状況を招いたのだ。
 お前が黙って私についてくると言っていれば、あ奴らは逃がしてやっても構わなかったのだぞ?」
勝利を確信した、下卑た笑み。
足はまだ、震えたまま動かない。
「……エヌアインよ、もう一度問おう」
そんな自分の耳を撫でるように、悪魔の囁きが飛び込んでくる。
「我と共に来い」
それは、今確実に助かる唯一の船。
それに乗る事を許可され、手が差し伸べられる。





「お断りだ」

破壊する。
振り絞った勇気、つかみ取った気持ち。
この力は、この命は、"自分の足で前へ歩く"ためのもの。
誰かに用意された道を、ただ歩くだけの命ではない。
そんなことの為に……この力を手にしたわけではない。

「……それが答えか」
ため息混じりに、完全者はそう呟く。
エヌアインはさしのべた手を弾く事は出来ても、逆らうことは出来ない。
それを分かっているから、完全者はふさわしい言葉を投げかけていく。
「フン、まあいい。冥土の土産に教えてやろう。貴様等がもう既に負けていた理由をな」
その言葉と同時に、完全者のすぐ側に、天を貫くほど巨大な扉が現れる。
そう、既に彼女の目的は成就している。
彼女に立ち向かうエヌアイン達が、それぞれの壁を乗り越えた時点で、既に叶っていたのだ。
エヌアイン達と刃を交えたのは、単なる余興にすぎない。
笑みを少し浮かべ、完全者はその目的を語る。
「遙けし彼の地より出でし者達……奴らは時を遡り、永遠を繰り返しながら、理想の地を求めたのだという。
 永遠も繰り返せた理由、過去に戻る鍵、それがこの扉だ。
 この扉を呼び覚ますために、貴様等の怒り、憎しみ、悲しみ、ありとあらゆる感情が必要だったのだ。
 我一人では貴様等から"絶望"しか受けとれぬからな」
圧倒的な力、支配、殺戮。
それを繰り広げるだけの力を手にしてなお、彼女がこのような催しを開いた理由。
それは、人間ではなくなった彼女では作り出せない、人間である者にしか生み出せない者が必要だったから。
ありとあらゆる感情、一つ余すことなく掬うため。
その全てと、闘いの気をこの扉の鍵にするため。
彼女はこの殺し合いを開いた。
そして、この扉を求めた理由。
「……この扉で、貴様等を"種"から滅ぼしてやる。
 それこそが、"全ての人類の救済"に繋がる」
圧倒的な力もある、その気になれば人類を滅することも出来る。
だが、それではいけない。
この世から一人も余すことなく人間を狩り尽くすことは難しい。
全世界に向けてテロリズムを敢行しても、それを成し遂げることは出来なかった。
ならば、ならばだ。
全人類の、ありとあらゆる"種"を刈り取ってしまえば。
全ての人類を"救"ってやれる、確実に、誰一人余すことなく。
故に、彼女は過去へ行くことを求めた。
その扉は今、彼女の目の前にある。
「……では、さらばだ。滅びの時は近い。せいぜい、残された生を楽しむが良い」
光を放つ扉の先、一歩ずつ足を踏み入れていく完全者の体が、光に飲み込まれていく。

エヌアインは、立ち尽くす。
ここで止めても、追いかけても。
"勝てない"事は分かっているから。
いや、それより"死ぬこと"が怖いから。
足が、前へ進むことを選ばない。
何が"歩くための力"だ。
結局、何の役にも立ちはしないではないか。
「くっ……そおおおおおっ!!」
そんな事を思いながら、薄れゆく光を見守っていった。

「あ……」
少女達は、まだ生きていた。
いや、完全者が"生き地獄"を見せるために生かしていたのだろうか。
その方が考えやすいかもしれない。
体を動かそうにも、上手く動かせない。
それどころか、光の中へ消えていく完全者を追いかけることすら出来ない。
雷を出そうにも届かない。
氷を出そうにも届かない。
炎を出そうにも届かない。
完全なる存在には、自分たちの攻撃など何も届かない。
「ダメだったよ――――」
それを、受け入れるしかなかった。






























こうして、この物語は絶望で幕を閉じる。






























……何を、していたんだろう。
いや、何もしていないか。
この場所に着いてから、"勝つ"と決めたはいいものの、何をしたわけでもない。
自分の最高の友達は死んだ。
一人はまるでゴミでも捨てるかのように、首をへし折られて。
一人は自分の知らない場所で、結局出会えぬまま死んだ。
ここはそういう場所、分かっている。
でも、受け入れられなかった。
"そんな風にはなりたくない"と言う気持ちと、"こうなるに至った原因をぶっつぶす"と、決めた。
けれど、それだけ強い気持ちがあったのに、自分を慕ってくれていた兵は死んだ。
自分のファンだと、自分とあえるなんて夢のようだと言ってくれた。
自分の夢を、希望を、ずっと離さず、抱え続けていた。
けれど、そんな彼もたった数発の銃弾にいとも容易く命を奪われた。
一瞬の出来事だったけど、自分の勘違いかもしれないけど。
あの時、彼に庇われたような気がしてならないのだ。
だがその後、真っ先に駆けだしたのは灰児だ。
自分じゃない、自分は何もしていない。
その後、灰児を止めることも出来なかった。
襲撃者を追い払った後に続く襲撃者に、喧嘩を売られた。
あんな傷で、売られた喧嘩を買えばどうなるかなんて分かっていたのに。
止めることは出来ず、ただその場から去るしかできなかった。
続く死にかけの男も、たどり着いた先で完全者と戦っていた電光兵士も。
みな、死んでいった。
いつの時も、何の時も、自分は何もしていなかった。
ただ、時がぼうっと過ぎるのを待っていただけ。
そして、今もそうだ。
圧倒的な恐怖を前に、足が動けずにいる。
自分よりも小さな年頃の少年少女達は、果敢に完全者に立ち向かっていたというのに。
自分は近代兵器の引き金を引く程度で、特に何もしていない。
自分は、なんだ?
このまま何もできず、グズグズと時が過ぎるのを待ち、完全者に滅ぼされるのを待つだけなのか?
"勝つ"なんて大袈裟なことをいって、結局やっていることは何もなく、口だけの人間でしかないのか?
……いつからだ? "ブライアン・バトラー"という人間は、いつからそんなレベルに成り下がったのだ?
「……違う」
否定の言葉を口に出す。
そう、完全者に勝つなら、今しかない。
自分の命どうこうを考えている方が、おかしかったのだ。
共にいる三人の少年少女達は、そんなこと微塵も考えていなかったではないか。
そんな中、自分だけがビクビクしてる訳には行かない。
自分が死ぬのは怖い、けれどどうせ待っていても死ぬのならば。

「まだ、終わってない!!」

始めに決めたことぐらい貫かなくて、どうするというのだ。

縛られていたかのように、縫いつけられていたかのように動かなかった体が、軽くなる。
"自由"を手にしたと分かった瞬間、彼は考えることなく飛び出した。



かつん、かつん、かつん。
真っ白な空間の中、靴の音だけが響く。
ただ、ただ、迷うことなく前へと進む。
かつん、かつん。
古の時へと向かい、滅ぼすべき種の"種"を滅ぼすために。
ただ、無心で歩く。
かつん。
足が、止まる。
「……ほう、誰かと思えば、怯えて動けなかった豚ではないか」
振り向いた先、けだるそうな表情で見つめたもの。
三人の少年少女の体を抱き抱えながら"ここ"へ来た、ブライアン・バトラーの姿だった。
「なんだ? わざわざ殺されにきたのか?」
「いや、違う」
完全者の問いかけに、ブライアンは即座に否定する。
眉を顰める完全者をよそに、言葉を続ける。
「俺達は、"勝ち"に来たんだ」
グッと拳を作り、前に掲げながら男は畳みかけるように言葉を投げる。
「死ぬのは怖いさ、誰だって死にたくはない。
 けれど、死ぬことより怖いことや、情けねえこともある!!
 特にこの場所じゃあ、あんたをこのままホイホイ見送る方が、情けなくてどーしようもねえんだよ!!」
そう、死ぬのは確かに怖い。
先ほどまで、彼らを縛り付けていたのは、死ぬという絶対の恐怖だった。
けれど、その中で。
死んでしまうよりも恐ろしいことを思い出すことが出来た。
死ぬより恐ろしいことになるのならば、死んだ方がましだ。
何も出来ず、ただ朽ちていくわけにはいかない。
だから、彼は勇気を振り絞った。
そして、必死の思いでこの扉に飛び込んだ。
「だから、俺達は戦う。もう、迷わない。
 "勝って"、"前に歩く"ために!」
彼の望む未来、勝利という二文字をつかみ取るために。
アメフトのように、最後の最後の一秒まで諦めてはいけない。
まだ試合は終わっていないから。
「だろ!? 皆!!」
だから、彼は仲間にも発破をかけた。
そう、生きているならまだ終わっていない。
抗える、戦える、ならば、まだ未来をつかめるかもしれない。
男の言葉が、少年少女達が失いかけていたものを、一つずつ蘇らせていく。
「……ったりまえよ、アタシはまだあいつをブン殴ってないのよ」
ボロボロの体を起こし、肩で息をしながら三人は立ち上がる。
「クーラはまだ終わらない、皆の分を、生きなきゃいけないから!」
まだやることがあるから、戦うべき相手が居るから。
それをするには、自分の体しか使えるものがないから。
「完全者……ボクはアンタを、終わらせて見せる」
それは、少女達だけではない。
絶望の淵に叩き落とされたエヌアインも、差し伸べられた手を取って這い上がり、戻ってきた。
「アンタの、"世界"を!!」
迷いも、何もかもを捨てた今。
本当に見据えるべきは、ただ一つ。
眼前の、たった一人の敵だけ。

「ク、くハは、ハははハはハッ!!」
笑う、笑う、笑い飛ばす。
「何を言うかと思えば、そんな妄言を我に聞かせにきたのか?」
過去へ渡る扉へ入ってきてもなお、そんな事を言っていられる。
それは彼女にとっては妄言、虚言、間抜けな言葉でしかない。
何故か? それは圧倒的な力が自分にあるからだ。
「……折角見逃してやったというのに、大人しくしていれば楽なものを。
 そこまで死にたいのならば、我が直々に殺してやろう」
銃剣を構え、帽子を深く被り直す。
もう、容赦はない。
「四人まとめて、"救われる"が良いッ!!」
手を掲げると同時に、無数の槍達が人類へと牙を向き、飛び交っていった。



「――――それが、五人なんだよねぇ」
響く声。
緑の炎が、槍を飲み込む。
「ずいぶん騒がしいと思ったら、なるほどドンパチやってる訳だ」
どこからともなく現れたのは、赤い服、白い髪の不思議な少年。
その手には、ゆらめく緑の炎を携えている。
「アンタは……」
「ボク?」
現れた少年に、問いかける。
色んな意味が含まれているが、大ざっぱに言えば"何者か?"ということだ。
顎に手を置き、しばらく考え込んだ後、あっけらかんと笑う。
「まぁ、いいじゃん。それより、アレやっつけようよ」
振り向き、指をさし、もう一度笑う。
「ボクの仕事でもあるから、さ」
まるで、ずっとここにいるかのように振る舞っている不思議な少年。
四人の中、唯一一人クーラだけは、その姿に見覚えがあるような気がしてならなかった。
けれど、思い出せない、分からない。
彼が誰だったか、何者だったのか。
知っているはずなのに、思い出せないのだ。
「フン、まあいい。雑魚が何人増えようが我の敵ではない」
完全者の鼻で笑う声で、正気に戻る。
彼が誰なのか? というのも大事なことだが、今はそれよりもっと大事なことがある。
目の前の壁を壊すという、とても大事で、逃せないことが。
彼について聞くのは、その後でも良いだろう。
「いつまでも我の邪魔を出来ると思うなァッ!!」
完全者が叫ぶ。
再び顕現した球体の槍が、再び牙を向く。
「二度も通用するかァッ!!」
真っ先に駆けだしたのはラピスだ。
雷を纏い、完全者へと突っ込んでいく。
低速だが相手を追尾して追ってくる槍を無視し、一気に突き抜ける。
「護「無駄ァッ!!」」
防壁を張ろうとする完全者を、防壁ごと殴り飛ばす。
攻勢防禦の倫理を覆す、地球意志の一撃が完全者の頬を殴り抜いた。
真っ白な空間を、バウンドしながら滑る完全者。
驚きに目を見開いている暇もなく、次の一撃が飛んでくる。
「はァッ――――」
大きく息を吸い込むように体を反らせ、その反動とバネを最大に生かして体当たりをする。
初めてKOFに出たときから愛用している、アメフトの技術を応用した技。
何てことはないただの体当たりのはずなのに、完全者はそれをガードすることが出来なかった。
大きく吹き飛ばされた後、信じられないと言った顔で叫ぶ。
「バカな、こんなことがッ」
「行くよッ」
慌てて姿勢を戻すものの、即座に次の攻撃が飛んでくる。
氷の柱、いや只の氷の柱ではなく、無を纏った氷の柱が、完全者を襲う。
破壊の光を凝縮して打ち込んでも、一方的に負けてしまうほど強力な氷の柱が、一本、二本と肉薄してくる。
そして三本目、ついに完全者の脇腹が氷の柱に貫かれた。
明らかな焦りを顔に浮かべながら、完全者はそれぞれを睨む。
「貴様等ァァァッ!!」
「は〜い、ストップ」
そこで、緑の炎が完全者を包み込む。
ここに空があれば、空にまで届きそうな高さの炎渦が、完全者を逃がさない。
超高温のそれに焼かれる感覚、忘れることもない、あの感覚に酷似していた。
「何故だ、どこにそんな力があった!!」
冷静さを欠いた叫びが、白の空間に響き渡る。
だが、緑の牢獄からは抜け出すことが出来ない。
怒りを露わにしながら悶え、暴れる完全者に、エヌアインはゆっくりと近づいていく。

「……これが、"新世界"だよ。
 僕たちが作る……いや、人間達が作る未来の力。
 人間でありながらも人間を侮ったアンタに、この力は破れない」
目が覚めた、先ほどはまだ失うのが怖い物があった。
だから、呼応も弱く、互いに作用しあうことも無かった。
だが、今は違う。
今の四人は、失うことを恐れない、本当に前だけを見ている。
新しい世界を切り拓く力は、その意志と呼応し、その力を互いに高めあっていく。
だから、ラピスはあふれ出す力で殴ることが出来た。
だから、クーラは氷と無の柱をより強く操れた。
だから、ブライアンは何よりも強い体当たりを繰り出せた。
"新世界"が、それを見る者に力を与えるから。
そして、その力を操る者も、今は前だけを見据えている。
死ぬことより何より、恐ろしいことを避けるために。
まっすぐ、前を見ている。
「おぉうっ――――」
そして、緑炎に焼かれる完全者の姿を見つめながら、構えた拳を下から一気に振り抜く。
「――――るぁっ!!」
死神のサングラスが、ゆっくりとはずされ、その命を"睨む"。
吹き飛ぶ完全者の体は、舞い上がり続けることをやめない。
その姿を、エヌアインは追うことをしない。
「受けろ――――」
ただ、その場で体を反らせ、全身のバネというバネを生かし。
「このブロォォォオオオッ!!」
完全なる者を迎えに来た絶望という名の地下鉄が、空から落ちてきた完全者の体を正確に貫いた。
今度は地面を擦りながら高速で吹き飛ぶ完全者の体に、余裕などはない。
止めを刺すなら今しかないのはわかっている。
けれど、誰もがその一手に踏み出せない。
「……あ、そっか。そのまま倒しちゃうと"転生の技法"を使われちゃうか」
その理由を、赤の少年がいち早く察する。
完全者――――肉体が滅びようと、その心と精神を別の肉体に移し、永劫の時を生きながらえる存在。
その存在を殺すには、肉体を滅ぼす以外の手段を取らなくてはいけない。
しかし、エヌアインの"新世界"は、それを出来るかどうかはわからない。
先ほどは、オロチを封ずるにふさわしい草薙の力によく似た力になったから良い者の、完全者を封ずるに相応しい力をエヌアインは知らない。
いたずらに肉体を滅ぼせば、現世に蘇ってしまうかもしれない。
それをどうやって避けるべきか、それを考えていた時だった。
「ね、ボクの中に八咫と八尺瓊の力がある。
 そしてクーラ、キミの中に草薙の力がある。
 さらにアンタの中にはオロチの力がある。
 ……互いに相反する最強の力、これを使えば封印のさらに先に連れていけるかもね」
赤の少年が、エヌアインに語りかける。
人類を滅ぼしうる地球の意志、それに匹敵する三種の神器の力。
その力の向きは今、ひとつに向けられている。
互いに作用しあう"新世界"ならば、その力をまとめ、新たな"力"にする事が出来るかもしれない。
封ずる草薙の力を越えた、さらなる封ずる力。
それが、生まれると信じている。
「ただ、練り上げられるのはキミしかいない。それを保ちながら殴るのは……キツいよねえ」
けど、それほど強力な力を練り上げるのには、いくら"新世界"が互いに作用する力とはいえ、相当な集中力がいる。
それを維持しながら、相手を殴り抜くのは相当な労力にもなるし、下手をすれば暴発するかもしれない。
ただ、その力を、練り上げたそのときに純度の高いまま放てば。
それを受け取ったまま、殴りに行ける人間が一人居るならば。
話は変わるし、段取りもスムーズに進む。
「だから、練り上げた力を一身に背負って、アイツにぶつけるのを任せても良いかな?」
だから、唯一手が空くブライアンに、その役目を願う。
全てを滅ぼしうる、けれど全てを創造できる強力な力。
ひょっとすると飲み込まれるかもしれないし、どうなるかはわからない。
けれど、ブライアンは迷うことなく首を縦に振る。
もう決めている、失うことも、何も、怖くないと。
あの目の前の壁をぶち壊せる力があるなら、それを振るうまでだ。
「オッケィ♪ じゃ、アレが弱ってるうちにとっとと始めようか」
ブライアンがうなずいたのを確認し、赤の少年は他の三人にアイコンタクトを送る。
完全者は未だに立ち上がれずにいる。
新世界の力が齎した傷跡が、彼女の想像以上に"心"を焼いているからだ。
チャンスは今、この瞬間しかない。



「クーラの炎……いや、皆の炎。未来を照らす、希望の光!」

手を翳し、炎を生み出す。
その炎は、幾多もの意志と、やせ我慢と、希望が詰まっている。
この場所のどこかで、きっと何かを貫いて死んでいった男と。
その男のように、自分を貫いていった男が自分に残した僅かな炎。
今もなお、この命を繋いでくれた感謝の気持ちを込めながら。
残された炎の力、草薙の力を全て放っていく。

「地球の意志、人間の意志、強き心よ、ここに!!」

手を翳し、雷を生み出す。
裁きの雷、全てを天に委ね、その運命を決める者の力。
命を繋いでくれた彼女は、人類の敵だった。
けれど、彼女もまた完全者に刃向かう者だった。
だからこそ、今も力を貸してくれているから。
残された雷の力、オロチの力を全て放っていく。

「神器の内が二つよ、ボクに力を貸してッ」

彼は、存在し得ない人間だ。
この空間に留まっているが故、その存在を許されている"イレギュラー"。
故に操れる力がある、かつて世界を救うために手にした力がある。
片やオロチと契約を結んだ、八尺瓊の紫の炎。
片や三種の神器の支えとなる、八咫の鏡の力。
その力を今、より強く放っていく。

「これが……"新世界"を作る力、破壊を越えた創造の力」

集まった力、集中し、その全てを纏めていく。
未来を切り拓くための、大きな風穴をあける、たった一つの鍵。
一瞬でも気を抜けば、爆発してしまいそうなそれを、必死の思いで纏めていく。
前を向くため、未来を見るため。
けれど、その世界を見るのは自分ではない。

「……元々人間ではないボクには扱えない、だから、お願い」

世界に生きる、"人間"だ。
きっと、純粋な人間ではない者には扱えない力。
だから、切り拓く力を、新世界をさらに呼び覚ました男に、その力を託す。

「任せろ」

男は短くそう告げて、肩を回しながら完全者を睨む。

「おの、れェェェ!! 下等な旧人類がァァァ!!」

その時完全者が起きあがり、銃剣を握りしめて自分達を睨んでいた。
もうこれ以上、待っている時間はない。

「行くぜ」

合図と共に、ブライアンが駆けだしていく。
そして、エヌアインが纏めた力を放っていく。
白い世界でよりいっそう光り輝く白い光が、走るブライアンを包み込むように伸びる。
ブライアンはただただ走り、完全者はそのブライアンを迎撃しようとする。
即座に構えを作り、体全体を一つの衝撃波にするように、ブライアンは体当たりを仕掛ける。
完全者は魔剣から破壊の光を呼び出し、その力を斬り裂き潰そうとする。
突進する体、振り抜かれる銃剣。
それぞれが纏う力が。

「どぅぅおりゃあああああああ!!」
「ァアアアアアアアアアアアッ!!」

炸裂する。









「――――っは!!」

目を、覚ます。

「ここは、何処だ?」

白でも黒でもない、形容しづらい色の世界。
その中で、動けるようで動けないまま、ただ浮いていた。
不快感を覚えたその時、聞き慣れた声が耳に届く。

「ミュカレちゃん」
「貴様は……」

金のツインテール、蒼の瞳。
かつて完全者ミュカレが依り代に使っていた少女、カティの姿だった。

「何故、ここにいる」
「……ミュカレちゃんの、友達になりに来たから」
「……戯れ言を」

単純な問いかけ、それは即答される。
友達? 何を言っているのか?
相手にならないと早々に切り捨て、次の問いかけを投げる。

「ここは、どこだ」

今度は、答えが帰ってこない。
いつまでも続く沈黙に、苛立ちを覚える。

「言えぬか」

ため息を漏らし、完全者はカティを見つめる。
そこでようやく、体が動く感覚を取り戻す。
さらに、銃剣を呼び出すことにも成功した。
そのまま銃剣を突きつけ、カティに凄んでいく。

「言わぬなら、死ね」

未だにカティは沈黙を守ったまま、動かない。
ついに痺れを切らした完全者が、銃剣を振るい、カティの小さな首を刎ねていく。
そこに躊躇いは、微塵もない。

「ねえ、ミュカレちゃん。カティは知ってるよ」

けれど、その命を奪った瞬間。
全く同じ姿、全く同じ声が現れる。
振り向いた先、確かにそこに彼女は居た。

「ミュカレちゃんのここが、空っぽだって事を」

銃剣を振るう、首をはねる。
今度は念入りに心臓を抉り出し、足で踏みつぶし。
引き金を引き、脳を破壊し、完膚無きまでに殺していく。

「カティはね、ずっとミュカレちゃんとお話がしたかった」

それでも、それでも彼女は現れる。
完全者が何度、何度殺しても、彼女は全く同じ姿で現れる。
銃剣を振るう、弾を吐き出す、彼女の体を破壊し続ける。

「確かに、ミュカレちゃんは間違ったことをしてたかもしれない。
 私たちからすれば、それは理不尽なことだって分かる」

ずっと、ずっと言葉を続ける。
ずっと伝えたかったことを、自分の心の中、足りなかった何かを埋めるように。
壊されても、潰されても、言葉をやめない。

「けれど、カティは知ってるの。ミュカレちゃんがそんなことをするのは……ミュカレちゃんが、寂しいからだって」

ようやく繋がった、語り合えたのだから。
もう、一生逃さない、自分の気持ちを、空っぽを埋めるために。
その気持ちが伝わるまで、何度でも言葉にする。

「お話、しよう? 私は……ずっと」

だって、だって。
自分はずっと話したかった、できるなら分かり合いたかった。
だって、自分は――――

「ミュカレちゃんの友達だから」

独りぼっちの彼女の、たった一人の友達なのだから。

けれど、彼女はそれを拒む。
殺す、壊す、潰す、それを繰り返す。
広がり続ける赤を認識することもなく、現れる相手をただひたすら拒絶していく。

終わらない、終わらない地獄。

認められたくない、旧人類と同じになりたくない。

受け入れれば、それを認めることになる。

だから、拒むしかない。

「アアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!!!!!」

きっと、ずっと続くのだろう。

思いを伝えて受け入れたい少女の気持ちと、それを拒み続ける彼女の意志がある限り。





「終わった……のか?」
白い世界の中、確かに弾けたはずの力の中心地。
そこに立ち尽くしていたのは、ブライアンただ一人。
完全者の姿は、そこにない。
「恐らくは、ね」
気配も、魂も、感じることはない。
彼女がどうなったのかを知る由はないが、確かにいないということだけは分かる。
「さ、て、ゆっくりしてるわけにはいかないよ。
 時間がないから、早く戻らなきゃ。
 アレが閉じちゃうと、元の世界に戻れないからね」
赤い少年が、指を指す。
白の世界の中に、色を持った縦に長い穴。
そこに映るのは、先ほどまでエヌアイン達が居た、あの始まりの場所だった。
それが少しずつ薄れているということは、閉じこめられてしまうかもしれないと言うこと。
「お前は、いいのか?」
ブライアンは問いかける。
半分くらい分かっていた答えを聞くために、といってもいい。
「ボク? ボクはダメだよ、なんてったって……」
予想通りの答えが返ってくる。
ここに来てから突然現れた、ということは。
ここに居なければいけない理由があるからなのだろう。
薄々感じていたものの、言葉に出されると少し辛い。
「あの世界にはもう、居ないからね」
続いた言葉、それがクーラには一層深く刺さる。
もう、居ない。
つまり、元々は居たということ。
だからだろうか、彼に既視感を覚えるのは。
けれど、思い出せない。
彼が誰だったのか、その名前も、知っているはずなのに。
ごっそりと抜け落ちたかのように、思い出せない。
だから、それを聞こうとしたけれど、彼の言葉がそれを遮る。
「それとさ、あの世界に持ち込んじゃいけないものがボクの中にあるから、戻れないんだよね。
 あと、なんだかんだでさっきみたいに、何かたくらんでるのがたまーに来るし、それを追っ払う仕事もあるからねぇ〜。
 意外と、忙しいんだよ? ここ」
ハハハ、と苦い笑いを浮かべ、手を小さく振る。
現世に持ち込んではいけない要素、そして過去にもわたれない存在。
ここに留まらなければいけないし、ここでしか存在できないから、彼はここに残る。
「さ、閉じこめられる前に早く戻りなよ。君たちには、帰る世界がある」
指を指す方向、現世の光景が刻一刻と狭くなっていく。
時間が残されていないことを理解した者達は、歩みを進める。
一歩一歩踏みだして、現世へと戻る。



「……ボクは、ここに残るよ」



ただ一人を、除いて。
「何言ってるんだい、ここは」
「ボクは」
呆れた顔でもう一度説明しようとした赤い少年の言葉を、エヌアインは遮る。
そして、言葉を放つ隙間を与えないように、即座に言葉を紡いでいく。
「ボクは、完全者から作られた存在だ」
神の現実態"エネルゲイア・アイン"は、完全者によって生み出された。
その完全者が今、過去に渡る途中で"消えてなくなった"。
"新世界"が齎した力は、存在そのものすらをも消しているかもしれない。
そこに、完全者によって作られた自分が戻ればどうなるだろうか?
考えなくても、分かる。
時空間のねじれ、ありえないことが起こる。
最悪、完全者の蘇生すら起こしかねないのだ。
それが分かっているから、エヌアインは戻れない。
「……なるほど、ね。キミもボクと同じって訳だ」
察した様子で、赤い少年も口を閉ざす。
何かを言おうとしていた三人も、言葉を失う。
「ごめん、皆」
真っ先に飛び出したのは、謝罪の言葉だった。
世界を作るとか、大層なことを言っておきながら、自分はそれに関われないのだから。
「けど、大丈夫。皆ならきっと、"新世界"を作ってくれる」
それに関われないのはこの上無く、悔しい。
けれど、ようやく踏み出した一歩を、無碍にする訳にもいかないのだ。
その一歩を踏み出すために、ここまで来たんだから。
「無責任な言葉になるけど……頑張って。応援してる」
だから、ほんの少し、けれどもとても長い時間。
共に進んだ仲間達に、全てを託す。
「ほら、扉が閉じるよ、早く行って」
現世に繋がる扉が、今閉じようとしている。
もうこれ以上、悠長にしゃべっている時間はないのだ。

「見てて、ちゃんと作るから」
グーサインを作り、自信満々の笑みを浮かべてラピスは言う。
「うん」

「"勝って"みせる、どんな困難もな」
拳を作り、強く前に突き出してブライアンも言う。
「うん」

「クーラ達のこと、忘れないでね!」
クーラは大きく両手を振る、ちょっとでも自分のことを覚えてもらえるように。
「うん」



そんな三人の姿を、エヌアインはじっと見つめて見送る。

「行ってらっしゃい」

最後に一言、それだけを残して。

そして、三人は景色に飲まれていき。

世界は、白に染まっていった。



「……戻って、来たんだね」
大地、色のある世界。
そこに降り立ち、クーラは言葉をこぼす。
戻ってきたのだ、自分たちが居るべき世界に。
「ええ、私たちの世界に」
そして、自分たちがこれから作り上げていかなくてはいけない世界に。
今、しっかりと両の足をつけて立っているのだ。
「なあ、見ろよ」
ふと、ブライアンが指を指して言う。
クーラもラピスも、ブライアンが指を指す方を見る。
そこにあった物を見て、こんなにありがたい物だったのかと、思わず声が漏れる。

「日が、昇るぜ」

まぶしい光が、戻ってきた彼らを祝福するように、燦々と光り輝き始める。
彼らはそれを手で覆うこともせず、ただ真っ直ぐ、見つめ続けていた。



新しい日々が、始まる。



【ブライアン・バトラー 生還】
【クーラ・ダイアモンド 生還】
【ラピス 生還】

【生還者 三名】























「良かったの? 本当に」

「うん」

「ま、それもそうか……」

「それに……」

「何?」

「キミが、ひとりぼっちだったから」

「ぷっ……アハハハハ! 何それ!!」

「ボクの友達でもこうすると思う」

「ボクも……そうやって手を差し伸べてもらったから」

「だから、ボクも差し伸べられる手は、伸ばしたいんだ」

「……キミも、その友達も物好きだねえ」

「よく言われるよ」

「……これからよろしくね」

「こちらこそ♪」

「ボクはエヌアイン……いや、違うな」

「ボクの名前は――――」



【"新世界"の少年 ――――――――】

【Perfect World Battle Royal
                   The End】
Back←
087
→Next
086:『New Welt』
時系列順
088:UNLIMITED WORLD
投下順
エヌアイン
――――
084:人様ナメてんじゃねえよ
ブライアン・バトラー
088:UNLIMITED WORLD
ラピス
085:2K+2
クーラ・ダイアモンド

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu


資料、小ネタ等

ガイド

リンク


【メニュー編集】

管理人/副管理人のみ編集できます