なのはStS+φ’s正伝12話

『言ってたんだ、あの人……あまりにも弱過ぎて仕方ないからいろいろ言ってやったって』
『“今まで何やってたんだか”“こんなんでよくレリック回収できたよな”……』
『“教えてる奴に問題が……”とか、そこから先は私も頭に来てたからよくは覚えてないけど』
『ひどい悪口ばかり言ってたら向こうが怒り狂ったからこっちもそうした、って。』
『最後に“今回のことは俺が発端だ、あいつを叱るのはそれこそ筋違いだ”』
『それだけ言い残してどこかに行っちゃった……あの人、いったい何を考えてるんだろう……』

わたしが気絶している間にそんなことを言っていたなんて思わなかった。
事実無根なことだけを述べ、しかも自分の評価を貶めているあの人が信じられなかった。
なぜそんなことをするのかがわからなかった……だからどうしても知りたくなった。
訓練が早めに終わったので話を聞こうとしたけど、どこにもいなくて……だから……


「おまえ……まさかそんな事聞くためにわざわざこんなとこまで来たのかよ!?」
「だってあれは、どう考えたってわたしからやったことなのに……!」
「だからってこんな状況で突っ込むかよ普通!! 状況を考えろこのバカ!」
「バカじゃないよ! それよりどうして君はこんなところにいるの!?」

スバルが全力全開で蹴り飛ばしたカイザは文字通り一撃必倒で倒れて気絶したが
またすぐ追ってくるだろうと踏んで巧と共に逃げ出している最中だった。
もしカイザの正体がドラゴンオルフェノク――木村沙耶の言う通りだとしたら
あの男のしつこさは計り知れない……今は様子がおかしいのでなおさらしつこくなっているだろう。

「俺は晩飯の材料を買いに来ただけだ!」
「晩御飯……!?」
「この辺はまだ歩き慣れてないからな、道を覚えることのついでだ!」
「じゃあなんであいつらに襲いかかられてたの!?」
「知るかそんなの! いつのまにかこうなってたんだ!」

横で懸命に走り続けるスバルを見ながら巧は足も口を止めないがさすがに口を止めた。
聞かれるたびにいちいち詳しく説明してたら身体よりも口と顎のほうが先に疲れる
もうひとつの姿を見られたのかと思ったがどうやらそんなことはないらしい。
そこから後はひたすら走り続けるが今度は巧から言葉を投げかける

「しっかし物好きだな、おまえの憧れが言ったことを信じないなんて!」
「だって今回のことは全面的にわたしが悪いから……」
「素直に俺のせいにしとけばよかったんだ!」
「そんなことできるわけ……もしかして、わざと?」

わざと自分が悪いように言いふらしてわたしを庇った……? そういうことをする人には見えない。
でも違うとしたらなぜわざわざ自分を貶めるような言い方をしたのか理由がわからない
そもそも第一に“挑発された”覚えがないのだから間違いなく彼の出任せであろう。
わたしのせいにすればいいのにどうしてわざわざ……考える前に巧が口を挟んでくる。

「さあな! 口を動かす前に足を動かせ!」
「な・・・口も足も動かしてるよ! 君ももう少し速く走れないの?」
「悪かったな!!」

言い争いをしながらも走り続ける2人。多少傷つけられたとはいえ走るのには支障のない巧。
しかしスバルは先程の回し蹴りのせいで間違いなく足に負担があるはずだった。
……なのにスピードはまるで落ちない、しかも巧に離れずにくらいついている。
こんな時になんだがちょっとだけ男である自分が情けなかった。巧にだってプライドがある。
背後からずっと聞こえていた足音が追いついてくる、誰の足音なのか考える必要などなかった。

「嘘!? もうこんな近くに?」
「……追いつかれたか」

目の前に着地して振り返ったそれは紛れもなくブレードモードのブレイガンを握ったカイザ。
足を止めた二人に向かって振り下ろされるカイザブレイガンを見て反射的にスバルを突き飛ばす巧。
少しすりむいたスバルは巧に文句を言おうとしたがそこに再びカイザが斬りかかる。
握られた黄色の剣が2度3度と振られ対象物を切り裂こうと迫り来る。

「って斬ってきた!?」
「よせ草加! こいつは人間だぞ!」
「……敵はどこだぁ」
「聞けよ草加! おい!」

巧はカイザを羽交い締めにして話しかけようとしたがまるで通じないどころか逆に投げられてしまう。
『Ready! Exceed Charge』
「ぐっ・・・草加ぁっ!」
右拳にデジタルカメラ型パンチングユニット『カイザショット』を装着、携帯のENTERを押し
眩き黄色の光が全身を繋ぐライン―ダブルストリーム―を伝って右拳に送り込まれる
倒れた巧に向かってフォトンブラッドを集めた右拳が振り下ろされる。

「させない! 一撃・・必倒っ!!」

寸前に放たれたスバルの延髄斬りがそれを妨害することに成功し再びダウンするカイザ。
何度も思うが生身なのに草加を倒すほどの力を持つこの女はいったい……
肩で息をしながら倒れている巧に向かってスバルは手を伸ばす。

「……これで模擬戦のことはチャラだよ?」
「まだ足りねえよ、これくらいじゃ」
「ぷっ……」
「・・・ふん」

巧の素直じゃない言葉にどことなくティアナに似たようなものを思い出して
吹き出しつつも笑顔で巧に手を差し伸べるスバルと憮然とした表情が変わらない巧。
しかし巧は手を掴んだ、自分一人でも置き上がれたのだが親切は受け取ることにしておく。
あの高町なのはだったら間違いなく拒否していただろうが巧は目の前の少女が嫌いではない。

「さ、速くここから逃げないと……」
『Exceed Charge』
「!! 危ない!」

再び思考に割り込むのは鳴り響いた機械音声と辺りを照らす金色の光・・・
双眼鏡型のカイザポインターから放たれたポイント弾がスバルの背後で四角錐状に広がり
巧が放った技に似ているとわかった瞬間には既にその中心に向かって蹴り込むカイザがいた。

直撃は免れないと思った瞬間何かに押されてバランスを崩すがスバルを庇うように倒れ込んでいる巧。
ほんの少しの動作で地面を易々と抉ったその技の強さに呆然とするスバルだが
巧があのエネルギーキックから守ったことを理解するとなぜか安心する。

「あ、ありがとう……大丈夫?」
「これでさっきの借りは返したからな」
「……浪漫がないよ」

巧の腕の中で少しむくれるスバル、彼女も乙女なのでこういうシチュエーションに憧れたこともある。
「気にするな」とか「当然のことだ」とかもう少し気の利いたことを言えないのだろうか
あるいは「おまえの受けた傷に比べればこの程度たいしたことないぜ!」とか言えたらかっこいいのに。

(でも……言えたならなのはさん達相手に無遠慮でいられるわけないよね)
「何間抜けな顔してんだよ? さっさと逃げるぞ!」
「ちょっとは気遣ってよーー!!」

文句を言いながらも身を起こして再び逃げようとする巧たちをカイザは再び狙う
カイザドライバーの中心部であるホルダーからシステムの中枢である
携帯電話型トランスジェネレーター『カイザフォン』を取り外し携帯銃フォンブラスターに変形。
『Single Mode』
やや遅め入力された『103』のコード入力と同時に逃げる2人を見るカイザ。
発射された黄色の弾は2度も自分を蹴り飛ばした少女に向けて迫る。

(くっ…草加の野郎…!)
「きゃあっ!?」

カイザの敵意に反応した巧は並んで走っていたスバルを突き飛ばして茂みに隠すが
そのせいでフォンブラスターの弾丸が伸ばした腕に当たるが歯を食い縛って耐える巧。
なんとか茂みに逃げ込んだまま立ち去ろうとするが迂闊に動けばやられる……

(このままじゃいつかはやられる……でもこの状況で草加と戦って無事でいられるかは……)

仮に草加雅人を追い払えたとしてもドラゴンオルフェノクが黙ってはいないだろう。
木村沙耶は草加雅人を心から愛している、その心が狂ってしまうほどに。
……だからもしカイザを倒せたとしても間違いなくドラゴンオルフェノクがやってきて終わる。
顔を顰めながら考える巧の腕の怪我に気付いたスバルは思わず声をあげそうになるがなんとか押し留めた。

「君……! ケガしてるじゃない」
「おまえもな」
「わたしの足はケガに入らないよ! けど……」
「だったら俺のこれもこの間に比べりゃたいしたことはねえよ」

言われて口篭もる、巧の大怪我はマッハキャリバーで踏みつけてしまったことが始まりだったから。
それに今回の敵はガジェットとは違い1体だけなのでなんとかなるのかもしれないが……
しかしカイザの攻撃力はガジェット達とは段違いであることは間違いない、それでも巧の意思は固まる。

「当たらなきゃどうってことねえよ! 俺が囮になるからとっとと逃げろ!」
「それじゃこの間と同じだよ! そうするくらいならわたしが」
「ふざけたこと言うな、デバイスもないくせに」

事実を言われて黙り込むスバル、現に今の巧もファイズメモリーは持っていない。
あの時の戦闘のせいで修理が必要になったのでシャーリーに預けたままだ。
状況を打開するためにどうすればいいのか迷うスバルに巧は強い口調で話しかける。

「だから言っただろ、俺が時間を稼ぐ」
「そんな……! また死ぬつもりなの?」
「なんでそうなる」

誤解されるかもしれないが巧は別に死ぬつもりなどない、一定時間引きつけておいて逃げるだけだ。
しかし巧が初任務のときにやったことを頭に焼き付けていたスバルの声が鋭くなった。

「ダメ! 行かせないよ、絶対に行かせないから!」

なぜかはわからない、けど彼をこのまま行かせたらあの列車の時の繰り返しとなる気がする。
彼があのガジェットを倒した後に血の水溜まりの中に倒れた時は心臓が急激に冷えていく感覚を味わった。
誰かを守れる自分になりたいのに……また助けられたままでいた自分が嫌にもなった。
リニアレールの時でもきつい言葉を浴びせながらも決して逃げなかった青年。
少しばかり自己犠牲が過ぎると思って殴ってしまったが
それでも未熟な自分を守ろうとしてくたのは、頼ってくれたのが素直に嬉しかった。

(このままこの人を行かせたら……けどどうしたらこの状況を……)

必死に悩んでいるスバルを巧は珍しく……というか菊地クリーニングでは見せなかった真剣な顔で見つめる。
やっぱりこいつは悪い奴じゃないと思う、諦めこそ悪いがいい人間だと思っていた。
口が悪くて人当たりも悪くいい人間とは決して思えない自分を庇おうとするだけならともかく
無視すればいいだけなのに自分を危険にさらしてもただがむしゃらに助けようとしてくれる少女。
……でたらめな発言をそのままとればいいのに
そして改めて思う……こういうやつをこっちの事情に撒き込むことはできない。

悩みに捕らわれて視線にようやく気付いたスバルが巧を見る。巧の目に自分が写っていることがわかった。



「……おまえ、名前は?」
「え・・・スバルだよ、スバル・ナカジマ」
「素直なやつだな」

スバルの瞳に自分を見詰めたままだが、ほんの一瞬だけとても優しくなった巧の瞳が写り

「俺は乾巧だ」

彼は少しだけ、笑った。
突然の事で虚をつかれてしまったスバルに隙ができる、その間に巧は自らカイザの前に飛び出した。

「待って! 行っちゃダメだよ!」
「これ以上お前の邪魔はしたくないんだ!」
「そんなっ・・・!」
「おい草加! 俺はこっちだぜ! ここまで来い!」


邪魔って……何も邪魔したことはない、むしろあの時邪魔をしたのは自分だ。
彼にケガをさせていなければ・・・マッハキャリバーの制御がきちんと出来ていたら・・・
巧はカイザを誘き寄せるために危険に飛び込んだのに
スバルの考えを余所に巧との距離は次第に離れていく、悔やむことすら許されない

(わたしはまた、何もできない……助けられてばかりの、無力な……)

遠ざかっていく巧とカイザの姿がついに見えなくなる、逃げろと言われたけど逃げられない。
4年前のあの事件でもう泣くのを止めて強くなるために戦ってきたスバル。
……けど今の自分はあの日までの自分と変わっていない。
泣いてばかりで何もできない自分が情けなかったから強くなると決めた、だけど。

(今のわたしは、ただ泣いてないだけ…これじゃ何の意味もないよ…!)

悔しみの力で握り締めていた土くれの感触も嫌に生暖かくて気持ち悪くなる。
今の中途半端な自分の気持ちがそのまま乗り移ったかのようで。
少しの間が合って……手から零れたその土を半端な自分の気持ちごと踏み潰して立ち上がる。

弱虫な自分を押し殺して、震えていた身体を押し止め・・・心は決まっている。
掌から零れ落ちている土ではない何かが彼女の決意と共に風で舞い上がる・・・



「くそっ! おい草加! 聞こえてるならなんとか言えよ!」
「……ゆるさない、オルフェノクはてきだ」
「草加!!」
「ぼくのまりちゃんを狙う、だからたおさなきゃ」
(草加のやつ・・・! 木場にやられておかしくなったのか!?)

カイザの目を引きつけることに成功した巧は無数の攻撃を避け続けて時間稼ぎをしている。
何度もカイザに話しかけたがまるで聞く耳は持たないが声を聞く限りは間違いなく草加雅人のようだ。
だが以前のようなただでさえ気に入らなかった喋り方がさらにおかしくなり聞いていて虫唾が走る。
本性を覆い隠すかのような快活さは微塵も見られずもはや暗い部分しか見えなかった。

『Burst Mode』「たおさなきゃ・・・まりちゃんは・・・」『Ready』

フォンブラスターを発射したカイザは接近しながら再びカイザショットを装備
背中の痛みを必死に堪える巧、痛いなんてものじゃない。
オルフェノクの姿だったとはいえカイザブレイガンで切り裂かれたところに
先程スバルを庇ったときに背中に掠ったゴルドスマッシュの痛みが重なり広がっていく。

『Exceed Charge』

カイザドライバーに再びセットしたカイザフォンのENTERボタンを押して
先程巧を狙った時と同じようにフォトンブラッドがカイザドライバーから右拳に集まる。
動こうとする巧だが既に疲れが限界へと来ていたせいで膝をついてしまう

(ちっ、こんな時に……!)
「―――!!」

大地を駆けるカイザが振った右拳のグランインパクトが巧に向かって放たれる。
最悪だ、よりによってこんな奴に殺されるなんて。死んでも死にきれない。
毎晩化けて出てやろうか……そう思っていた巧が異変に気付くのは少し遅れてだった。

(どうした……?)

変だ、足音が止まった。来ない……いつまで経っても攻撃はやってこない。
地面を蹴る音も草加の癇に障る呻き声もまるで聞こえない、聞こえるのは風の音と・・・わからない。
巧が顔を上げるとそこには夕暮れの森の中にはある意味似合いの幻想的な光景が広がっていた。

身構えたまま棒立ちとなっているカイザを取り囲むように撒かれた無数の薔薇の花弁が舞っている。
“花より団子”を地で行く巧ですら惹きつけられそうになるその異様にして奇妙な光景。
巧も薔薇を見たことはある、しかし巧が見た薔薇はどれもこれも鮮やかな赤。

目の前を覆い尽くしている薔薇の色は紛れも無く……透き通る空のような青。

土を踏む音がカイザが紫の視線を別方向に向けると同時に巧もその方向を見たがカイザが邪魔で先が見えない。
刹那、不意に取り囲んでいた薔薇の花弁が爆発を起こしカイザだけを傷つける
カイザが倒れたことで遮るものが無くなった巧が見たものは……

(あれは……オルフェノク、か?)

生えている薔薇の棘、剥き出しとなっている歯、透けている頭部の中にあるのは脳の代わりの薔薇の花。
近づいてくるその力に震えを感じた巧は薔薇の特質を持つローズオルフェノクを目に焼き付けた。
そしてローズオルフェノクも巧を見据えるが即座にに向かってくるカイザに視線を写した。

「邪魔するなああああ!!」

カイザが立ち上がって右のカイザショットを叩き付けようとローズオルフェノクに迫る。
そこからは一方的だった、当たらない。何発放ってもすべて腕で軽くいなされる。
逆にローズの握った拳が腹部を突き上げる、カイザが軽く浮き上がったところに肘が入る。
腹部に膝、拳が突き刺さる。速き連撃を全身へと打ち分けカイザを弱らせたところに回し蹴りが放たれた。
1・2・3、数に比例してさらに速さが増し8発目で吹き飛ばされたカイザを目で追う巧。

「なんだあいつ・・・強い?」
「ぐっ……!」

巧が思わず口から漏らすほどの強さ、何が起こったのかカイザには理解できていないだろう。
ホースオルフェノクとの時はその図体の違いから押されていたのかもしれないが
あのローズオルフェノクは人間とほぼ同じ姿にも関わらず完全に圧倒した。

「まだぁ……たたかう、うっ!」

再びカイザが立ち上がろうとするが途端に胸を押さえて再び倒れ込んでしまう。
様子がおかしい、息切れを起こしているのか呼吸音もおかしい
何なのか分からない音がカイザから漏れている……草加雅人は喘息の持病があったことを思い出す。

「雅人! 雅人っ!」

雅人の異常を知ったのかドラゴンオルフェノクが駆け付けてカイザの肩を抱き締める。
巧の目も霞み始め全身から力が抜けたのか土の上に倒れ込んでしまう

「また発作が……その身体に慣れるまでは無理しないでって言ったのに!」
「てきはたおす……まもる……」

意識が途絶える瞬間に視界に入ったのは向かってくるドラゴンオルフェノクの姿と
手に茨の鞭でそれを追い払いながら立つローズオルフェノクの後ろ姿。
不意に薔薇のオルフェノクがまるで自分を守るために戦っているように感じる。

ローズオルフェノクから感じた雰囲気で自然にそう思えたのが、自分でも不思議だった。

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2007年08月01日(水) 20:44:51 Modified by beast0916




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