ククール×ゼシカ 531@Part10

夜も更けて仲間たちが寝静まる頃、ゼシカはベッドの中でそっと服の中に手を入れる。
胸の大きな女は感度が鈍いと言われているが、彼女に関しては例外であったらしい。
大きく胸元を覗かせているドレスは、少し引き下げるだけでその豊満なバストの全てが露になる。軽く数回揉むだけで尖り出した先端を指でつまむと、下腹部に甘い痺れがジワリと広がる。
スカートの中に手を入れ、下着の上から割れ目をなぞると、既にそこは湿り気を帯びていた。
すぐに布越しでは満足できなくなり。より強い刺激を求め下着の中に手を差し込む。
(私、何ていやらしい女なの・・・)
彼女が暗黒神の支配から解放されて十日になる。
その間にリブルアーチでチェルスが、オークニスでは薬師のメディが、黒犬レオパルドによって命を奪われた。
羽を生やして飛び去った黒犬を追ってやってきたサヴェッラでも、これといった手掛かりを得ることは出来ず、翌日も聞き込みを続けるべくそのまま宿を取った。
自分が運び手にされた杖のために人が殺されたことも、ここが法皇の住む聖なる地であることもわかっている。
だが暗黒神に操られている間に体に刻み付けられた肉欲は、この十日の間、常にゼシカを苦しめ続けた。
何人もの男に性感帯を刺激され貫かれて、絶頂を味わわされた体は夜毎に火照り、快感を求め疼いて彼女を責め苛んだ。

体の奥から溢れる蜜をすくい取って、その上の突起になすり付ける。パルミドの井戸の中で繰り返され、何度も高みへと追い上げられた行為を自分でなぞる。
「ふっ、う、ん・・・」
ゾクゾクする快感が背中を這い上がり、声を立てぬように唇を噛み締める。同じ部屋で眠る仲間に気づかれぬよう息を荒げぬように気を使いながら、何度も何度もその行為を繰り返す。
快感が高まるにつれ弾みそうになる息を押し殺しているため、頭がジンジンと痺れ、耳なりがする。だが万一にも声を上げて仲間に気づかれるわけにはいかなかった。
自分が肉欲に抗えず、こんな浅ましい行為に溺れていることだけは知られたくなかった。
特にこのパーティーのリーダーであるエイトにだけは・・・。

彼は亡くなった兄に似ていた。
兄より歳も下で背丈もなかったが、穏やかな顔に宿る強い意志を秘めた瞳が、思慮深くも時に誰よりも勇猛に魔物に立ち向かう姿が、大好きだった兄を思い出させた。
自分の体を弄りながら目を閉じると、いつもエイトのことが頭に浮かんだ。ただ性感帯を刺激するよりも、自分に快楽を与える指がエイトの物だと想像した時の方が、数倍深い官能を味わえた。
自分の口で湿らせた指はエイトの唇。彼が自分の乳首をくわえ込んでいるのだと。蜜壷をかき回し若芽を捏ねている指も彼の物だと思うことで、いつでも絶頂を迎えることが出来るのだ。

頭の中で火花が散るような感覚に、体が震えた。吹き出す汗と乱れた息が落ち着きを見せる頃、ゼシカの頭は現実へと戻ってくる。そして代わりに襲ってくるのは、どうしようもないほどの自己嫌悪。
胸にのしかかる痼のような罪悪感は耐えがたく、ゼシカはベッドから出て宿の外へと抜け出した。

自分はエイトに恋をしていたのだろうか?
自問した所で意味はない。彼にはミーティア姫がいる。不思議な泉で彼女の真の姿を見た時のショックが思い出された。
あの時は自分よりも姫が美人なのがショックだというようにふざけてみたが、本心では違っていた。
自覚すら出来ぬ程の淡い恋心ではあったが、その相手には自分よりもずっと長い時を共にしてきた女性がいた。自分の入り込む余地などどこにも無いように思えた。
だからだろうか、ドルマゲスを倒した時に彼女に残ったものが空しさだけだったのは。兄が戻らぬことなど、初めからわかりきったことだった。
彼女にとって悲しかったのはエイトとの別れ。ドルマゲスを倒したことで、共に旅をする理由は無くなったことだった。
ミーティア姫の呪いが解ければ彼は国の英雄だ。望みさえすれば、姫との結婚も許されるかもしれない。姫の許婚のチャゴス王子の最低ぶりには、ミーティア姫の父であるトロデ王も幻滅しているはず。それはさほど難しいことではないように思えた。
ゼシカが易々と杖に支配されたのは、それが原因かもしれなかった。
自分が杖を持ち出せば、エイトはきっと追ってきてくれるだろう。たとえそれが自分のためではなく、杖を取り戻すためであったとしても。
杖が戻らねば、ミーティア姫の呪いが解けることはない。その間は彼は誰のものにもならない。そう思う心が無かったと言い切れるだろうか?
己が心の醜さに、ゼシカは打ちひしがれた。
いや、心だけではない。もはや体も穢されきってしまった。こんなことになってから、恋していたことに気づくことになった運命の残酷さを呪った。
こんな自分にエイトを思う資格などない。その証拠に未だ体の熱は収まらず、更なる快楽を求めて疼くのをどうすることも出来ずにいるのだから。

「お嬢さん、一人かい?」
人気のない場所を求め、ペナント等の土産物を売っている店のそばで夜空を眺めていたゼシカに声をかける男があった。
とりたてて怪しい様子は無い。ただの巡礼者だろう。年の頃は30歳前後といったところか。
「こんな時間に何やってるんだ? 一人が寂しいなら、オレで良ければ相手をするぜ」
男の視線はゼシカの体に、主に大きく覗かせた胸元に注がれている。以前の彼女だったなら、その不躾な視線を無礼と感じ憤慨しただろうが、今の自分にはその扱いはふさわしいもののように思えた。
「何? あんた私を抱きたいの?」
育ちの良さ故にそこはかとない気品を漂わせているゼシカから、はすっぱな言葉を投げかけられ、男は一瞬驚いた様子を見せるが、すぐに好色な笑みを浮かべてゼシカの腕を掴んだ。
「あんたいくらだ? あんまり持ち合わせはないが、400Gでマケてくれないか?」
ゼシカは初め意味がわからず、目を丸くする。そして娼婦と間違えられたのだと気づいた途端、狂ったように笑い出した。
相場がどういうものかは知らないが、400Gで買える物は何かと考え、スライムピアスが丁度その金額だったと思いつく。所詮自分などその程度の存在だ。それが暗黒神を封じて世界を救うなど、何の冗談かと笑わずにはいられなかった。
「お金なんかいらないわ。好きなようにすればいいじゃない。面倒だからここでいいわ、サッサと済ませて」
土産物屋のカウンターに腰掛け、服の胸元を引き下げた。
どうせなら堕ちるところまで堕ちてしまいたい。そうすれば罪悪感などというつまらないものからは解放されるかもしれない。ゼシカは完全に自暴自棄な気持ちになっていた。

男は獣のようにゼシカにのしかかった。荒々しい息にはわずかに酒の匂いが混じっている。酔っているのだろう。
力任せに乳房を握られ、ゼシカの体に激痛が走る。
「痛っ! ちょっと、乱暴にしないでよ」
酒の酔いとゼシカの色香に惑わされた男は完全に興奮してしまっていて、そんな声は届かない。本能が命じるままにゼシカの体を貪り、乱暴に欲望を叩きつけようとする。
凌辱に違いはなかったが、パルミドでのそれはあくまでゼシカの心を打ちのめすためのもので、肉体が傷つくことの無いよう丁寧に扱われていた。破瓜の痛みすらほとんど無いように配慮されていた。
だが今、ゼシカにのしかかっている男の頭には、己の欲望を満たすことしかない。つい先日まで穢れない乙女であった彼女に、それをいなすことなど出来ない。
「ねえ待って、やだ、ちょっとやめて」
身じろぎして抵抗しようとすることは、却って男の情欲を煽るだけだ。
力任せに手首を掴まれ押さえ付けられ、痛みと恐怖で体が竦む。魔法で威嚇することすら思いつかない。
「いや、お願い、離して! やめてぇ!」
考えなしに男を挑発したことを悔やんでも、もう遅い。
暴力的な動きでスカートをまくり上げられ、乱暴に下着の中に手を差し込まれる。宿での自慰で潤っていたはずのその部分は、恐怖と嫌悪で乾ききってしまっていた。無理矢理に秘肉をかき回されることは苦痛でしかなかった。
「いたぁい! いや、助けて! やめて!」
日の差さぬ井戸の底でもこうやって救いを求め叫んだことがあった。だけど助けは来なかった。なのに今もこうして助けを求めてしまっている。救われることなど、とうに諦めていたはずなのに。

不意に体が軽くなった。のしかかっていた男の体重がゼシカの上から無くなったのだ。
「レディに乱暴なマネしてんじゃねえよ。お前はふられたんだ、引き際はわきまえろ」
聞き慣れた声にゆっくりと顔を上げる。
長い銀髪を後ろで束ねた長身の男が静かな怒りを含んだ声で、羽交い締めにした男の耳に囁きかけていた。
「わかったら消えろ」
声の主に突き飛ばされた男は、逃げるように走り去っていった。
「ゼシカ、大丈夫か?」
共に旅する仲間の一人、元聖堂騎士のククールに助け起こされ、ゼシカは慌てて乱れた衣服をかきあわせる。
肩からマントを着せかけられたが、ゼシカは顔を上げることが出来なかった。
ゼシカの頭を占めていたのは、乱暴されそうになったショックや恐怖でも、助けられた安堵でもなかった。
ククールにどこから見られていたのかということだ。だがそれを確かめるのが怖かった。自分がいかに愚かな行為をしようとしていたのかを改めて思い知らされた。
先刻の男が見境のない酔っ払いだったことは、むしろ幸運だった。そうでなかったら法皇のお膝下で見知らぬ男に貫かれ、淫らによがり声をあげている姿を見られていたかもしれなかった。そうなったら、とても生きてはいられないだろう。
見られていたのが組み敷かれている場面だけだったなら、寝苦しくて散歩していたら、いきなり襲われたんだという顔をしていればいい。
でもそうでなかったら? さっきククールは何と言っていた?
『お前はふられた。引き際をわきまえろ』
それは女を暴力で犯そうとした男に投げる言葉ではないのではないか?

「・・・ゼシカもガキじゃねえんだから、夜遊びすんのは勝手だけどよ。相手はちゃんと選べよ。酔っ払いや変態には気をつけた方がいいぜ」
ゼシカは目の前が真っ暗になるのを感じた。背中から冷たい汗が吹き出した。
「どこから・・・見てたの?」
問いかける声が震える。
「覗き見する趣味はねえが、ゼシカが馬鹿笑いしてたのが聞こえたから見にきてみた。様子がおかしかったし、後の方は悲鳴にしか聞こえなかったから止めたけど、良かったんだよな? ああいうプレイが趣味ってわけじゃねえだろ」
気が遠くなりそうだった。自ら服を引き下げ胸を露にし、男を挑発する姿を見られていたという衝撃は大きかった。
「言わないで・・・」
思わずククールに縋り付く。
「言わないで・・・。誰にも言わないで、お願い。言わないで!」
声だけでなく、腕も体も震えが止まらない。ただ何度も『言わないで』という言葉を繰り返すだけ。自分がふしだらな女だということを他の仲間に、何よりエイトに知られることが恐ろしかった。
「頼まれなくても言わねえよ、そんなの。俺はただ相手を選ぶ時は気をつけろって言ってるだけだ」
ようやくゼシカは顔を上げてククールの顔を見ることが出来た。心外だというような不愉快そうな顔をしているが、そこに軽蔑の色は無かった。他言しないという言葉にも嘘はなさそうだった。
「・・・ありがとう・・・。これ返すわ、さようなら。エイトたちにもよろしく伝えて。色々迷惑かけたのに、別れも言わずにごめんって言ってたって」
着せかけられていたマントを返し、ゼシカは階段の方へと歩きだす。
「おい待てよ、さようならって何だよ」
ククールはゼシカの腕を掴んで止める。

「離してよ! 見てたんでしょう? 私がどういう女なのか。あんなところ見られて、どうしてこの先も一緒に旅なんて出来るのよ、バカにしないで!」
掴まれた腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。
「誰がいつバカにしたんだよ。あんなの大したことじゃねえだろ、うっかり女の扱い知らない酔っ払い、ひっかけただけじゃねえか。クソ真面目に考えすぎなんじゃねえの?」
ゼシカは、本当に何でもないという顔をしているククールが憎くなった。
「あんた、私がいつもこんな事してると思ってるの? ずっとそんないやらしい女だと思ってたわけ!?」
ゼシカがどんなに声を荒げても、ククールは眉一つ動かさない。
「だから何であの程度のことで、いやらしい女になるのかって言ってんだ。眠くなったら寝る。腹が減ったらメシ食う。したくなったら相手探す。全部同じだろ? 単なる生理現象だ。
ただ、いくら腹減ってても毒キノコ取って食うようなマネするなって言ってるだけだ。痛い目見るのは自分だからな」
「・・・ああ、そうね。あんたにとっては女を抱くってそういうことなんだ」
ゼシカは自分の心が、どうしようもなく冷えていくのを感じた。
「じゃあ私のことも抱いてよ。気づいてた? 私、毎晩眠れなくて、自分で自分のいやらしい所さわって気持ち良くなってたって。もうそれじゃあ満足できないのよ。大したことじゃないなんて言うなら、あんたが責任取って私を感じさせてよ」
侮辱して精一杯の皮肉を言ったつもりだった。そこまで言えばさすがにククールも怒り出すとゼシカは思っていた。しかしククールからの返事は予想と全く逆のものだった。
「・・・そうだな、俺も最近ご無沙汰だから溜まってるし、ゼシカにとってもその方が安全だよな。満足させられるように、お相手務めさせてもらうか」

屋外ではムードが無いからとククールのルーラでベルガラックまで連れてこられ、宿の一室に入るまでゼシカは無言だった。
初めは軽薄な男と嫌っていたが一緒にドルマゲスを追う旅を続けるうちに、信頼できる仲間へと変わっていったはずだった。
ククールにしても同じだと思っていた。性の対象の女としてではなく、一緒に戦う仲間として接してくれているはずだと信じていた。
それなのに、こんなにあっさりと自分を抱こうとしてる。ゼシカは裏切られたような気持ちになっていた。
「ルーラがあるんだからサヴェッラで高い宿代払うより、こっちに泊まった方が得なんだよな。部屋に風呂着いてるっていうのが何よりいいよな」
ククールは呑気な声で言いながら、グラスにワインを注いでいる。その余裕の態度に、余程遊び慣れているのだろうと、ゼシカの心はますます冷えていく。差し出されたワインを無視し、無造作に服を脱ぎ始める。
「何だよ、気が短いな。俺がゆっくり脱がせてやろうと思ってたのに」
ククールの方はマントと手袋だけ外した状態で、ゆっくりとグラスを傾けている。ヤケになっているゼシカを止める様子もない。
「言ったでしょう、私は気持ち良くなりたくて我慢できないの。いやらしい女なのよ、淫乱なの! ククールたちが私を助けるために苦労してる間ずっと、見も知らぬ男たちに犯されて悦んでたのよ。
気持ち良すぎて息をするのも忘れて、何度も気を失ったわ。自分から腰振って気持ち良くなろうとして、もっとしてっておねだりまでしたのよ!? 私は最低の人間なのよ! そうよ、中途半端に助けてなんてほしくなかった、どうしてあの時一思いに殺してくれなかったのよ!!」
呪いから解放された時、ゼシカは目覚めたくはないと思った。自然に命が尽きる時まで眠り続けているつもりだった。なのに兄の夢がそれを許してくれなかった。
自ら命を断とうと思ったこともあった。だがどんな顔をして兄やチェルスに会えというのか? いや、それ以前に二人と同じ所に穢れきった自分が行けるとは思えなかった。
それまで無言でその様子を見ていたククールが、ワインを一気に干しグラスを置いた。
「ゼシカは最低なんかじゃない。もちろん淫乱なんかでもない。今から俺がそのことを教えてやる」
いつになく真剣な声の調子に、ゼシカは思わず身構えた。

一見細身に見えるククールの体は意外な程に力強く、抱きすくめられたゼシカは逃れることが出来ない。唇が触れるだけで体が固くなり震えてしまう。
「力抜けよ、キスにならないだろ」
そう言われたところで、簡単に緊張が解けるはずもない。性感を目覚めさせられ肉の悦びを知ってしまったとはいえ、それは特異な状況での一方的な奉仕により押し付けられた快楽のみで、ゼシカにはまともな性の体験はないのだ。
埒が空かないと思ったのか、ククールはゼシカの背中を下からなぞり上げる。
「あっ・・・」
思わず声を出し上向いたゼシカの唇に唇を重ね、すかさず舌を割り入れる。そのまま背や脇腹への愛撫を止めず、小さな舌先を吸い上げ歯列の裏に舌を這わせる。
硬直してしまっていたゼシカの体に甘い痺れが走り、肩の力が徐々に抜けていく。それを見てとったククールは、わざと音をたててゼシカの口内を貪り、唾液を吸い上げる。
恥ずかしさで赤く染まったゼシカの体は、絡めた舌で一つ一つ反応を確かめながら敏感な部分を探し出していくククールの指先に、完全に翻弄されてしまう。
「ふっ、う・・・ん、待っ、や・・・んっん・・・」
息をするために時折解放される唇からは、喘ぎ声しか出てこない。
固く尖った胸の頂をククールの胸に擦り付けられ、ゼシカの頭は白く爆ぜた。
「ふああぁぁぁん!」
大きく背をのけ反らせて反応するゼシカの唇はようやく自由になる。だがその後も絶え間無く声をあげさせられることになり、まともに息を吐く間もない。
「あんっ、あっ・・・や、だめっ、はっ、ああ、ああぁん!」
首筋にキスの雨を降らせ、耳の穴にまで舌先を侵入させ、指先は寸分違わずにゼシカの最も敏感な部分を選んで刺激していく。ククールはまるでピアノを弾いているかのように、思いどおりにゼシカの嬌声を引き出している。

「ね、もう許し、あっ・・・ん、はうん! や、あぁ・・・もうだめえぇ!」
ゼシカはほとんど半泣き状態になっている。下半身には力が入らず、膝がガクガクと震えてしまう。それでもククールの腕がしっかりと腰を支えているせいで、座り込むことすらできない。
「あっ・・・おねが、い・・・ほんとにもう、ダメ・・・」
「何がダメなんだ?」
ククールに意地悪な声で訊ねられ、息を弾ませながらゼシカは訴える。
「もう許して。もうこれ以上、立ってられない・・・」
その言葉を聞くと、ククールは今にも崩れ落ちそうなゼシカの体を抱え上げ、ベッドに横たえる。
ようやく色責めから解放され、大きく胸を上下させて息を整え視線を上げたゼシカの瞳に、自分を静かに見下ろしているククールの瞳が写る。
そこには欲望や下心は見つけられなかった。蔑みや哀れみもない。
そこにある感情が何なのかと考えていると、そっと唇が重ねられた。本当に触れるだけの柔らかいキス。ただそれだけの行為なのにそのキスは、どんな愛撫よりもゼシカの心と体をとろけさせた。
この十日間というもの、ずっと胸の奥に重くのしかかり続けていた何かをも、溶かされていくような気がした。

静かな触れ合いは、ほんの一瞬のことだった。
ククールの唇はそのままゼシカの首から胸へと滑り降り、固く尖って熱を持った乳首にしゃぶりつく。舌で転がし、押し潰し、吸い上げ、時に甘く歯を立てる。器用に自分の服を脱ぎ捨てながら、指先での愛撫も忘れない。
「はあぁぁん! や、待って・・・ああっ!」
ゼシカの体が一気に火がついたように熱くなる。
「ダメ、ダメェ・・・やああぁ・・・」
拒絶の言葉とは裏腹に、頭を降り腰をモジモジと動かしながらも、ククールの頭を掻き抱いてしまう。長い銀髪を束ねていたリボンが解け、絹糸のような髪がゼシカの胸や腰に落ちる。
身に着けていたものを全て取り払ったククールは、ついにゼシカの女の源泉へと手を伸ばす。膝の裏を撫で、内股に手を這わせ、ゆっくりと辿り着いたそこは、淡い茂みに触れただけで掌を濡らすほどの潤いを見せていた。
初めは淵を触れるか触れないかぐらいに、次第に中心へ向け強さを増していく指の動きにゼシカの全神経が集中する。割れ目を数度なぞられるだけで目眩がするほどの官能に包まれる。
ゼシカが充分に感じているのを確信したククールは体を起こし、ゼシカの腰を高々と抱え上げ、開かせた足の中に自分の身を入れる。
自分の恥ずかしい部分がククールの眼前に来る態勢だと気づいたゼシカが、羞恥に身を捩る。
「やだっ、そんな・・・いやっ、恥ずかしい、見ないで・・・」
しかし息つく間もなく責められたゼシカには、その態勢から逃れる体力は残っていない。
「なんで? すげーキレイだよ、ゼシカのここ。濡れて光って、朝露含んだバラの蕾みたいだ」
キザなセリフを恥ずかしげもなく口にし、ククールはゼシカの秘部にそっと舌を這わせる。
「蜜も甘い」
「いやっ、そんなこと言わないで・・・」
消え入りそうに恥じいるゼシカの姿に、既に大きく上を向いているククールの男根が更に固さを増す。だが挿入には移らず、再びゼシカの秘所に唇を寄せた。

それはまるで別の意志を持った生き物のようだった。
リップスのように大きく秘裂をなめ回し、スライムのように形を変えて奥まで潜り込み、クラーゴンの吸盤のように若芽に張り付き吸い上げる。
ククールの舌が動きを変える度に、ゼシカは悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげて身を振るばかりだ。
時折ククールの長い髪が腿や尻を撫でていく不思議な感触に、どうしようもなく興奮し官能が高まる。
ゼシカの限界が近いことを感じたククールは、それまで抱えていたゼシカの膝を自分の肩にかけさせ、空いた両手を、仰向けになってもほとんど形を崩さず盛り上がる胸へと伸ばした。
人差し指と中指の付け根で乳首を挟みながら、掌でゆっくりと乳房全体を揉みしだくと、ゼシカの秘部から溢れる蜜はその量を一段と増していく。
「ハァ、ハァ・・・もう・・・ダメ・・・ぁぁ・・・」
ゼシカの体が小刻みに震えだし、息が浅く速くなっていく。表情が苦しげになり背中が反りかえる。
指先で、舌で、軽く立てた歯で、両の乳首と敏感な若芽を挟み上げられ、ゼシカは一気に昇りつめた。
「あああぁぁぁぁぁーーっ!!」
意識が体を離れ、宙までも高く浮き上がり、そして海の底までも深く落ちて行く。
じきに意識が体へと戻るが、心地よいけだるさが全身を包み、ゼシカはただ胸を上下させて、その余韻に浸っていた。

大きく深い呼吸を繰り返し、不足していた酸素を充分に補充したゼシカは、心配そうな顔で自分を見下ろしていくククールに気づく。
「大丈夫か?」
そう問うククールの声は優しかった。まだ声を出す気力はなく、小さく頷いて答えるゼシカ。
「挿れても、平気?」
気がつくと、達したことで激しい収縮を繰り返していた部分に、ククールの固くなりきったモノがあてがわれていた。
再び小さく頷き、今度は言葉も添える。
「挿れて・・・欲しい・・・」
絶頂を味わったことで満足した体は、絶頂を味わったことで新たな欲望に目覚めていた。
自分の中の一番深い部分を、力強いもので満たしてほしかった。
小さく笑み、軽い口づけを贈った後、ククールはゆっくり腰を進めゼシカの中へと入っていく。達したばかりで敏感になっているその部分の締め付けは強く、ククールの口から小さな呻き声が漏れる。
「すげぇ締めてくる。ゼシカの中、サイコーに柔らかくてあったかい」
「だから、そういうこと言わな・・・あああぁん!」
最後まで言わせぬように、ククールがゼシカの一番深いところまで一気に侵入した。
敏感になっているゼシカは、それだけでまた軽い絶頂を迎えてしまう。受け入れたばかりのククールの分身を、離すまいとするように締め付け搦め捕る。
「・・・っ。あぶねぇ・・・。今ちょっとヤバかった。ゼシカ、すごすぎ」
ククールの冗談めかした口調に、再びゼシカの顔が赤くなる。
「動くぞ?」
ゼシカの様子を確かめてから、ククールの腰がゆっくりと動き始めた。
初めはゼシカをいたわるように、反応を確かめるようにゆっくりだった抽挿は、次第に速く強くなり、ククール自身も大きさと固さを増していく。

ゼシカの全身に甘い痺れが広がる。
いつも全身くまなく覆っている服を着た男の、初めて触れる素肌の熱さに。
冷静沈着なポーカーフェイスが、苦しげに眉間に皺を寄せて快楽に耐える姿に。
本心とは違うひねくれたことばかり言っている口から漏れる、余裕のない荒い息遣いに。
感じていた。
「ククール・・・ん、ハァ・・・ククール」
名前を呼ぶたびに、官能は深くなった。
「ゼシカ・・・すげぇ気持ちいい。ゼシカは最高だ」
名前を呼ばれるたびに、悦びは大きくなった。
『抱かれる』という言葉の意味を初めて知ったような気がした。
「ククールっ! もう、ダメ、もうおかしくなっちゃう・・・あっ・・・あぁ、あああぁぁっ!!」
ゼシカが何度目かの絶頂を迎えると同時に、ククールも自分のモノを引き抜き、脇に用意してあった布に精を放った。

絶頂の余韻と動悸が収まり、荒くなっていた呼吸が整うにつれ、ゼシカの心に深い悲しみと自己嫌悪がのしかかっていった。
やっぱり自分は淫らな女なのだと。
自分が恋しているのはエイトのはずなのに、ククールに抱かれ、彼の名を呼び首にしがみつき、何度も絶頂を味わった。
それだけならまだ良い。少なくとも合意の上の行為で、相手への信頼もあったし、相手からの思いやりもあった。
だけどパルミドでのそれは自分の意志に反した無理矢理の凌辱で、羞恥と嫌悪しかなかったはずなのに、今夜と同じように何度も絶頂を迎えてしまっていた。
ククールはそうではないと言ってくれたが、これを最低な淫乱女と呼ばずに何というのだろうか?
胸が塞いで、息が詰まりそうだった。

「ゼシカ・・・」
顔を伏せて沈み込んでしまったゼシカを、ククールは抱き起こし、その腕に抱き締めた。
「もうそんなふうに思い詰めなくていいんだ。抱いてみて、はっきりわかった。やっぱりゼシカは最低でも淫乱でもなかった。もう自分で自分を貶めるようなこと言うな」
ククールの言葉に、ゼシカは一瞬で頭に血が昇った。ククールの腕をはねのけ、睨みつける。
「嘘よ!」
ゼシカには、その言葉は根拠のない気休めとしか思えなかった。つい数分前まで、淫らに腰を振ってよがり声をあげる姿を見ているくせに、白々しいにも程があると怒りさえ覚えた。
「あんたは知らないから言えるのよ、私がどんなに恥ずかしいことされてたのか! 教えてあげるわ、私が一体どんな行為に悦んでたのか!」

ゼシカは吐き出すように、パルミドの井戸の底で行われた行為を話しだした。
何人もの見知らぬ男に体を弄られたこと。
処女であったのに、破瓜の痛みよりも快楽の方が勝っていたこと。
途中から行為の全てを鏡で見せられ、はしたないその自分の姿に興奮し、より深い感応に支配されたこと。
自分から腰を振り、貫かれることを求める声をあげ続けたこと。

「死にたいくらい恥ずかしかったのに、あの時と同じことをされて気持ち良くなりたいって思ってるのよ!? これでもまだ淫乱じゃないって言えるの!?」
ゼシカには絶望しかなかった。
これから先もずっと、性の欲望と自己嫌悪との間で苦しまなければならないと思うと、目の前が暗くなった。
それが易々と暗黒神に操られ、その後の殺人を止められなかった罪を問われているのだとしても、その罰に耐える自信はなかった。

「ごめんな・・・助けてやれなくて」
ゼシカの胸に何かがストンと落ちたような感触があった。一気に体の力が抜け、軽い目眩に襲われた。
ククールは再びゼシカの体を抱き寄せる。
「片時も離れず守るって約束したのに、守ってやれなかった。ゼシカが杖を手にした時、俺が一番近くにいたのに呪われたことに気づいてやれなかった。・・・怖かったろ? 辛い思いさせてごめんな」
(・・・怖かった・・・?)
そう、ゼシカは怖かったのだ。自己嫌悪よりも罪悪感よりも羞恥心よりも、ただ恐ろしかった。
自覚してしまった恋心。それ故に抱いてしまう嫉妬心。失われた純潔。知ってしまった性の悦び。
決して以前に戻ることは出来ない、あまりにも変わってしまった自分が、この先どうなってしまうのかが恐ろしかった。
「ゼシカは何も悪くない。だからもう、一人で悩んで苦しまなくていいからな。今度こそちゃんと、お前のことは守るから」
杖に支配されてからこれまで、ゼシカは一度も涙を流さなかった。男たちに犯されている間も、自分の醜さ浅ましさに苦しんでいる時も。
泣いても誰も助けてくれないことを、思い知るのが怖かった。
泣いていることに気づかれて、変わってしまった自分を知られたら、誰にも受け入れてもらえないのではないかと怖かった。
だけど今、全てを知った上で『お前は悪くない』と、『今度こそ守る』と言ってくれる男の腕に抱かれている。
ゼシカはククールの腕に全てをあずけ、子供のように声をあげて泣いた。
ずっと心の奥底に押し込めて冷えて固まっていた恐怖や不安が、安堵と混じり合い溶け出して、瞳から涙となって溢れ出ていくように感じた。

「私・・・体が動かなくて、何も出来なかったの・・・。声は出たけど何度『やめて』って言ってもきいてもらえなかった。ほんとに何度も『いやだ』って『やめて』って言ったのよ」
ゼシカが必死に押し殺していた忌まわしい記憶が噴き出し始める。
「『助けて』って言っても誰も助けてくれなかった・・・もうイヤ・・・あんなこと二度とイヤ!」
ゼシカは顔を上げ、震える体をさすり髪を撫で瞼にそっと口づけてくれるククールの目を正面から見据える。
「でも、それだけイヤだったのに・・・本当に怖かったのに、気持ち良くなんてなるはずないのに、どうして私あの時・・・こんなのおかしいわよ、やっぱり私は・・・」
「おかしくない」
ククールはきっぱりと言い切り、ゼシカに次を言わせなかった。
「そうじゃないってこと、教えてやるって言ったろ?」
ククールはゼシカの手首を掴んで上に持ち上げる。そしてそれを自分の頬を目がけて力いっぱい振り抜いた。平手打ちをくらった格好になる。
「いってぇ・・・。やっぱり結構痛いな、これ」
ゼシカはすっかり面食らってしまった。
「当たり前でしょう、何やってるのよ!?」
「そう、殴られりゃ痛いのは当たり前。たとえ相手が誰だろうとな。だったら誰が相手でも気持ちいいことされたら感じるのも当たり前だ。ただそれだけのことなんだよ」
「でも・・・それとこれとは・・・」
納得いかない様子のゼシカに対し、ククールは尚も続ける。
「ゼシカが怖くて辛くて恥ずかしかったのもわかる。だけど俺は少なくともゼシカが大して痛い思いはせずに済んだってことに、少しだけ救われてる。ゼシカの体が、ちゃんと自分自身を守ってくれてたってことに感謝したいくらいだ」

ククールはゼシカの体をそっとベッドに横たえた。
頬に、髪に、肩に、指に、そっと唇をなぞらせる。ゼシカの体中全てに余すところなく所なく口づけていく。
祝福を与えるように。洗礼の儀式でもあるように。
ククールの唇が触れるたびに、ゼシカは心の中が柔らかくなっていくのを感じた。
やっと本当に、呪いから解放されていくような気持ちになった。
そこに言葉はなかったけれど、この体が穢れたものではないと示してくれている心が伝わってきたからだ。
「私・・・ずっと、自分がいやでたまらなかった。いやらしくて、はしたなくて、最低な変態だと思ってたの・・・」
すがるように訴えるゼシカの言葉を、ククールははっきりと否定する。
「ゼシカは真面目すぎんだよ。さっき言ってたろ? もう二度とあんなことイヤだって。それっていたって普通の感情だろ? ゼシカはまともだよ。もう二度とあんな目にはあわせないから、もう何も心配しなくていい」
ゼシカは優しく自分を見つめているククールを、初めて美しいと思った。
容姿が良いのは否定していなかったが、それが軽薄な言動と自惚れの元になっていると思うと、どうしても認めるつもりにはなれなかった。
だけど今は素直に綺麗だと感じられる。本人は否定するだろうが、ククールは神の使いとしての使命を持って暗黒神を倒すために送り出されたのかもしれないとゼシカは思った。天使が本当にいるとするなら、きっとこんな姿なのだろうから。
そのククールの言葉なら、信じても良いような気がした。
「・・・もう一度、抱いて。あの時のこと忘れたいの、忘れさせて」

ククールは何も知らぬ娘を抱くように、ゆっくりとゼシカの体を抱いた。
ゼシカの心には、パルミドの井戸での記憶が生々しく蘇っていた。嫌悪と恐怖と、圧倒的な性の快感。その全てに、彼女は一度負けた。
それがククールに抱かれることで、一つ一つ塗り替えられ、洗い清められていくような気持ちになれた。一人では向き合うことすれ出来なかった心の傷も、二人でなら恐れるには足りなかった。
杖が黒犬によって持ち去られた時、落ち込んだゼシカにククールは言ってくれた。『敢えて悪く解釈する必要はない』と。
だったらこれも同じだ。こんなことがなければ、きっとゼシカはククールに抱かれることなどなかっただろう。世の中には、こんなに気持ちの良い行為があるということを知るきっかけだったと思えば良い。
「初めての人が・・・ククールだったら、良かったのに・・・」
潤んだ瞳を向けながら言うゼシカに、ククールの表情も緩む。
「何だよ、そんな嬉しくなるようなこと言うなよ。そんなに気持ちいいのか?」
「バカ・・・どうして、あんたはそういうこと恥ずかしげもなく・・・」
ゼシカは赤くなって一度はそっぽを向くが、少しためらいながら後を付け足す。
「うん・・・気持ちいい。ククールに抱いてもらうのが、一番気持ちいい・・・」
自分でも意外なほどに素直な言葉が口から出た。
「いいなぁ、ゼシカは。こういうのは淫乱って言わねえんだよ。素直で感じやすい可愛い女っていうの。おまけに恥ずかしがり屋ときたら、もう最高」
ククールは可愛くてたまらないというように、ゼシカにキスの雨を降らせ、足を大きく抱え上げ動きを大きくする。
自分の一番奥深くを激しく突かれ、ゼシカはもう何も考えられなくなる。
ククールから放たれた熱い奔流をその身に受け止めた時、ゼシカの頭の中は真っ白になり、そのまま心地よい波にさらわれて瞳を閉じた。

次に目を開いた時、ゼシカはまだククールの腕の中にいた。腕枕で眠っていたのだと気づき、照れくささで少し身じろぎすると、すぐ耳元でククールの声がした。
「ん・・・起きたのか?」
その声は少し掠れていて、ククールも眠っていたのだとわかる。
「あ、ごめんね、起こしちゃって・・・」
「いや、いいよ。夜が明ける前にサヴェッラに戻らないといけないしな」
大きく伸びをして起き上がるククールが何も身に着けていないのを見て、ゼシカは慌てて目を逸らす。自分も裸のままだと気づいて、毛布を巻いて体を隠した。
「・・・今さら何やってんだとも思うけど、何かいいな、すげえ新鮮な反応」
ククールは自分に背を向けて小さくなってるゼシカを、後ろから抱き寄せる。
「一緒に風呂入ろうぜ、体洗ってやるよ。うっかり失敗して、中に出しちまったからさ」
「・・・中に、出す?」
「そう、ゼシカの体が気持ち良すぎて、そのまま出しちまった。もしもの時は責任取るから、怒らないでくれよな」
ゼシカはようやく、ククールの言葉の意味を理解する。
他の問題に気をとられ失念していたが、妊娠の心配の話をしているのだと。
「でも・・・それだと・・・」
パルミドの男たちはずっとゼシカの中で射精し続けていた。あまりに当たり前のようにそうされたので、ククールが何を言っているのか咄嗟にわからなかったほどだ。
その数は軽く二桁にのぼり、もし妊娠するようなことがあったら、その時の子供である可能性の方が遥かに高い。
それをククールに責任取らせるなど、できるわけがない。
「・・・私、エイトが好きなの・・・」
ゼシカは勇気を振り絞り、エイトへの思いをククールに告げた。
凌辱で穢された体を宝物のように優しく抱いてくれ、心を救い上げてくれた相手に向ける言葉でないことはわかっている。だが、それを告げることでククールを傷つけたとしても、自分がどう思われたとしても、黙っていることの方が数段失礼になるとゼシカは考えていた。
ゼシカとて経験が多いわけではないが、ククールが『うっかり失敗』するほど不慣れでないことぐらいは、すぐわかる。自分のためにそこまでしてくれる男の気持ちを、利用することは出来ないと思った。

「何を今さら」
ククールが呆れ声を出す。
「エイトが相手の時と、俺やヤンガス相手の時とじゃ、態度違い過ぎでバレバレだぞ。まあエイトのやつは鈍いから、わかってないみたいだけどな」
ゼシカは絶句した。それなりの覚悟を決めて打ち明けた、自分でさえ自覚したばかりの恋心が『今さらでバレバレ』と言われては無理もない。
「それで・・・いいの?」
他の男に恋をしていると承知の上で、ここまでしてくれるククールの気持ちが、ゼシカには計り兼ねた。
「いいも何も、初めからお互い気持ち良ければいいって話だったんじゃねえの? ゼシカの体は病み付きになりそう。柔らかさも感度も最高に俺好み。またしような」
後ろから抱かれているために、ゼシカはククールの表情を読むことが出来なかった。

その後の旅の中でもゼシカは何度もククールと体を重ねた。ククールの言葉の通りに互いの性欲を満たし、快楽を得るために。
そのことにもう罪悪感はなかったが、ゼシカにはククールの気持ちを確かめたいという思いはあった。
突き放したようなことを言ってカッコつけるだけで、ククールが根は優しい人間だということはわかっている。それでも仲間への思いやりとして、あそこまで出来るものなのだろうかと。
幸いゼシカが妊娠することはなかったが、誰の子かわからぬ子供の父親になろうなどと、半端な覚悟で言えるはずがない。
だがそれを訊ねても、ククールははぐらかすばかりでまともに答えようとはせず、別れの時がやってきた。
見事暗黒神ラプソーンを打ち倒し、旅の目的が果たされたのだ。
実家に戻ったゼシカをククールは引き留めることなく、彼女を訊ねてリーザス村を訪れることもなかった。
遂にゼシカはククールの真意を確かめることが出来ぬまま、平和な日常に戻るしかなかったのだ。


〜〜エピローグ〜〜

サヴェッラ大聖堂での花嫁奪還劇の後、エイトとミーティア姫を見送った三人は酒場で祝杯をあげていた。ヤンガスは満腹と酒の酔いのために、早くもテーブルに突っ伏してイビキをかいている。
「悪かったな、ゼシカの気持ち知ってるのに、エイトをけしかけたりして。もし諦められないっていうなら、今度はゼシカの略奪愛の方、手伝うけど?」
それなりに本気そうなククールの言葉に、ゼシカは笑って答える。
「いいわよ、そんなの。私、本当に嬉しいの。ちゃんと二人を祝福できる気持ちになってる自分のことも・・・。人生で一度くらい、失恋を経験しておくのも悪くないわ」
「ゼシカが望むなら、いつだって体で慰めてやるからな」
肩に回されたククールの手を、ゼシカはピシャリと撥ね除ける。
「あのねぇ、私が旅を終えて一番自分を褒めてあげたかったのは、ラプソーンを倒したことよりも、うっかり間違ってあんたのことを好きになったりしなかったことよ。まさかここまで節操なしだとは思ってなかったわ。ああ、危ないとこだった」
ゼシカは、ククールが女性同伴でミーティア姫の護衛の付き添いにやってきたことを快く思っていない。
「・・・へえ、危ないとこだったのか。もう一押しだったんだな、失敗したぜ」
失言に気づいてゼシカは耳まで赤くなる。
「寂しい思いさせて悪かったな、今夜にでも埋め合わせはするよ。ゼシカがその気だっていうなら手加減しない。俺から離れられない体にしてやるから、覚悟しとけよ」
初めてククールに抱かれた夜、彼のことを天使のようだと思った言葉をゼシカは心の中で撤回した。
天使は天使でも、彼は堕天使の方だった。自分は救い上げられたのではなく、ククールのところまで引きずり下ろされただけだったと気づいた時には、もう遅い。
実家の部屋で一人で自分を慰める夜、思い浮かべるのはエイトのことではなく、ククールに抱かれた夜のことになってしまっていた。
あと一度でも抱かれてしまえば、『危ないとこ』に入り込み、戻れなくなってしまう予感がある。
確かに人生で一度くらいは失恋するのも悪くない。でも、二度続けては御免だ。なのにどうしてよりによって、こんな苦労させられそうな男に魅かれてしまったのだろう。
ある意味、暗黒神よりタチの悪い男に捕まってしまったことに、ゼシカは大きく溜め息をついた。

  終
2008年12月27日(土) 20:10:19 Modified by test66test




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